華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Up Where We Belong もしくは愛と青春の旅立ち (1982. Joe Cocker & Jennifer Warnes)



青春の光と影」「青春の影」「青春の輝き」という人を混乱させてやまない青春楽曲群において、どれがどれだったかをいっそう分からなくさせてしまう最後の要素が、私にとっては「愛と青春の旅立ち」だった。この曲に関してはラジオを通じて曲名を知っていた程度で、男声パートを担当していたのがあのジョー·コッカーだったことすら今日に至るまで全然知らずにいたのだが、調べてみたら「軍人の成長物語」という私がこの世で一番嫌いなジャンルの映画のために主題歌として書き下ろされた歌だったことが分かり、ゲンナリしている。何かの縁ではあると思うので一応これも翻訳することにしておくけれど、前回までのつながりがなければ絶対に取りあげていなかった歌だったろうな。


Up Where We Belong

Up Where We Belong

英語原詞はこちら


Who knows what tomorrow brings
In a world, few hearts survive
All I know is the way I feel
When it's real, I keep it alive

人間の心ではとても
生きていけないような世界にあって
明日という日が
何をもたらしてくれるのか
わかる人がどこにいるだろう。
私が知っているのは
自分の感じ方だけだ。
それが本当のものである限り
私はそれを死なせはしない。


The road is long, there are mountains in our way
But we climb a step every day

道は長く
行く手には山が立ちふさがっている。
でもおれたちは毎日
一歩ずつ登ってゆくんだ。


Love lift us up where we belong
Where the eagles cry on a mountain high
Love lift us up where we belong
Far from the world we know, where the clear winds blow

愛は二人を
本当にいるべき場所へと
引きあげてくれる。
高くそびえる山に
ワシの鳴き声が響くところ。
愛は二人を
本当にいるべき場所へと
引きあげてくれる。
今まで知っていた世界を遠く離れ
透明な風が吹き抜けるところへ。


Some hang on to "used to be"
Live their lives, looking behind
All we have is here and now
All our life, out there to find

「あの頃は」という言葉に
しがみつく人たちもいる。
その人生を
後ろ向きに生きてゆくのだろう。
私たちのすべては
今この場所にある。
私たちの人生は
ここではないどこかで
見つけられるのを待っている。


The road is long, there are mountains in our way
But we climb them a step every day

道は長く
行く手には山が立ちふさがっている。
でもおれたちは毎日
一歩ずつ登ってゆくんだ。

Love lift us up where we belong
Where the eagles cry on a mountain high
Love lift us up where we belong
Far from the world we know, where the clear winds blow

愛は二人を
本当にいるべき場所へと
引きあげてくれる。
高くそびえる山に
ワシの鳴き声が響くところ。
愛は二人を
本当にいるべき場所へと
引きあげてくれる。
今まで知っていた世界を遠く離れ
透明な風が吹き抜けるところへ。


Time goes by
No time to cry
Life's you and I
Alone, baby

毎日は過ぎてゆく。
泣いている時間はない。
人生はおれときみの
ふたりきりだベイビー。


Love lift us up where we belong
Where the eagles cry on a mountain high
Love lift us up where we belong
Far from the world we know, where the clear winds blow

愛は二人を
本当にいるべき場所へと
引きあげてくれる。
高くそびえる山に
ワシの鳴き声が響くところ。
愛は二人を
本当にいるべき場所へと
引きあげてくれる。
今まで知っていた世界を遠く離れ
透明な風が吹き抜けるところへ。

=翻訳をめぐって=

特に書くことはないのだけど唯一気になるのは「ワシって鳴くんだろうか?」ということである。

90年代はじめにコント55号が再結成された際、小学校高学年だった私は「関西にはないタイプの笑い」に夢中になっていたのだけれど、その中にすごく昔から演じられているという「帽子屋」というネタがあった。帽子屋の二郎さんが萩本欽一に帽子を売るために、どんな無理難題にもこたえてみせる、涙ぐましくなるようなネタである。あの二人のコントは基本的に全部そうなのだけど。

ハンチング帽を試着した萩本欽一は「鳥撃ちの気分が味わってみたい」とか勝手なことを言い出し、二郎さんにいろんな鳥の真似をさせる。その挙句に「ワシの鳴き声が聞いてみたい」と言われた二郎さんは、進退窮まって「ほにゃあ!」と叫んだのである。あの「ほにゃあ!」には、本当に死ぬほど笑った。

それ以来ワシというのは「ほにゃあ!」と鳴くものだというイメージが私の中には刷り込まれてしまっており、おかげでこの歌の歌詞も「ワシの鳴き声」が出てくるというだけでどうしてもコミカルな感じに聞こえてしまう。歌い手の二人が思い入れたっぷりに歌っているだけになおさら滑稽に思えて、笑けてくるのである。それにつけても実際問題、ワシって本当に鳴くんだろうか。

...たぶん、そういうことまで含めて、「ワシ 鳴き声」とかで検索したら、今の時代、動画でもMP3でもいくらでも見つかるのだろうとは思う。しかしそこまでやったら何だか「一線を越えてしまう」ような気がするので、あえて調べてみようとは思えない。て言っか「ワシって本当に鳴くんだろうか」という「問い」自体、別に答えがどうしても知りたいから言ってるわけではなく、そこから会話や想像をいろいろ広げていってみんなで面白がるための「お題」みたいなものにすぎないのである。少なくとも20世紀の人間の感覚としては。

とはいえ、検索すれば一発で答えが出るような話をあえてそうせずにああだこうだ言ってるのも、それはそれで白々しい。難しいと言うか、つまらない時代になったものだと思う。

て言っか、私一人の問題なら「つまらない」程度の話で済むけど、世の中のお父さんとかお母さんとか言われる立場の人たちにとっては、これって本当に深刻な選択を迫られる問題なのではないだろうか。子どもというのはそもそも親に答えられないような質問を考えることに生き甲斐を感じているような存在なのに、それに検索で答えを出されたりした日には、会話も想像もそこで終わってしまうのである。かといって検索しないことを選べば「子どもに真実を教えない無責任な親」ということになってしまうのである。私自身に人の親になった経験はないしなる予定もないのだけれど、今の時代に親をやっている人たちというのは本当に大変だと思う。

...何でこんな話になってしまったのだろう。

www.nicozon.net
何はともあれ今回の記事は坂上二郎さんの思い出に捧げることにして、しめくくりとしたいと思います。ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1982.7.
Key: D

Up Where We Belong

Up Where We Belong