華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

The Nights もしくはロックンロールは鳴りやまないっ 〜追悼アヴィーチー〜 (2014. Avicii)

The Nights

英語原詞はこちら


Once upon a younger year,
When all our shadows disappeared,
The animals inside came out to play.
Went face to face with all our fears,
Learned our lessons through the tears,
Made memories we knew would never fade.

若かったある年のこと。
影という影がスーッと姿を消して
ぼくらの内なる獣たちが
外に遊びに出てきたときのこと。
ぼくらはあらゆる恐怖と向き合い
涙の中であらゆることを学び
いつまでも消えないと思えるような
そんな思い出をつくった。


One day my father—he told me,
"Son, don't let it slip away."
He took me in his arms, I heard him say,

ずっと昔のある日、父さんが
父さんがぼくに言った。
「消えないように
しっかりつかまえておくんだぞ」
父さんの腕に抱かれて
ぼくは聞いていた。


"When you get older
Your wild heart will live for younger days.
Think of me if ever you're afraid."

「年をとったらおまえの心は
若い頃のことばかり
思い出すようになるはずだ。
もしもおまえが
怖くなるようなことがあったら
そのときはおれのことを思い出せ」


He said, "One day you'll leave this world behind.
So, live a life you will remember."
My father told me when I was just a child,
"These are the nights that never die."
My father told me,

父さんは言った。
「いつかはおまえもこの世界に
さよならを言う時が来るんだ。
だからしっかり覚えておけるような
そんな人生を生きるんだぞ」
まだほんの子どもだったぼくに
父さんが言った。
「こういう夜のひとつひとつが
いつまでも消えない思い出になるんだ」
父さんがぼくに言ってくれた。


"When thunder clouds start pouring down
Light a fire they can't put out,
Carve your name into those shining stars."
He said, "Go venture far beyond the shores.
Don't forsake this life of yours.
I'll guide you home no matter where you are."

「かみなりぐもが
どしゃぶりの雨を降らせてきたら
そんなのに消されてしまわないような
火をしっかりと灯せ。
空一面に輝く星に
おまえの名前を刻んでやるんだ」
父さんは言った。
「陸地を遠く離れて
冒険に繰り出すんだ。
あきらめるんじゃないぞ。
おまえの人生じゃないか。
おまえがどこにいたって
帰り道はおれが教えてやる」


One day my father—he told me,
"Son, don't let it slip away."
When I was just a kid I heard him say,
My father told me,

父さんは言った。
「いつかはおまえもこの世界に
さよならを言う時が来るんだ。
だからしっかり覚えておけるような
そんな人生を生きるんだぞ」
まだほんの子どもだったぼくに
父さんが言った。
父さんがぼくに言ってくれた。


"When you get older
Your wild heart will live for younger days.
Think of me if ever you're afraid."

「年をとったらおまえの心は
若い頃のことばかり
思い出すようになるはずだ。
もしもおまえが
怖くなるようなことがあったら
そのときはおれのことを思い出せ」


He said, "One day you'll leave this world behind.
So, live a life you will remember."
My father told me when I was just a child
"These are the nights that never die."
My father told me,
My father told me,

父さんは言った。
「いつかはおまえもこの世界に
さよならを言う時が来るんだ。
だからしっかり覚えておけるような
そんな人生を生きるんだぞ」
まだほんの子どもだったぼくに
父さんが言った。
「こういう夜のひとつひとつが
いつまでも消えない思い出になるんだ」
父さんがぼくに言ってくれた。


"These are the nights that never die."
My father told me.
My father told me.

「こういう夜のひとつひとつが
いつまでも消えない思い出になるんだ」
父さんがぼくに言ってくれた。
父さんがぼくに言ってくれた。



新しい音楽なんて、実は、20年ぐらいまともに聞いたことがない。「20年」などという言葉を無造作に口に出せるようになってしまったこと自体、自分がいかに年をとってしまったかということのあらわれなのであって、そのことにひたすらゲンナリする。

厳密に言うなら私の場合、「自分の時間」と「世界の時間」が「つながっている」と感じられていた期間は、自分が17歳だった1995年から96年にかけての2年間ぐらいでしかなかったように思う。それ以前の私は本当に子どもで、世の中のことなど何も分かっていなかったから、そこで起こっていた大半のことは「自分に関係のないこと」だった。一方でそれ以降の私はといえば、世の中の裏側というものをあまりに早く見せつけられてしまい、もはや何を見ても「新しい」と思えなくなってしまったもので、世間で起こる大半のことはやはり別の意味で「自分に関係のないこと」に変わってしまった。

もとより、世の中に起こっていることで「自分に関係ないこと」などというのは、誰にとってもそうなはずなのだけど、本当はひとつもないのである。そのことを知った時に自分は子どもから卒業したという感覚が、私にはある。知らなかった方が良かったなどとは全然思わないし、それを知るところからしか何も始まりはしない。何年たってもこの気持ちは変わらないと思う。

ただし、それが分かった瞬間から「じゃあ、自分はどうやって世界と関係すればいいのか」ということが、今度は分からなくなるのである。もっと言うなら、「世の中に起こっていることで自分に関係ないことはひとつもない」ということが分かれば分かるほど、今度はその「世の中」の方から「お前なんかいてもいなくてもこっちには何の関係もない」と言われているような感覚が強まってきてしまうのである。

それまでは自分の方から無視したり軽視したりしていた「世の中」というものから、気がつけば自分自身が「拒まれる側」に回ってしまっていた感覚、と言えばいいのだろうか。だから子どもの頃の「関係ない」とオトナになってからの「関係ない」は同じ「関係ない」でも違うのであって、オトナになってからの「関係ない」はむしろ「関係できない」と言った方が正確な感じがする。

みじめな話である。

ちなみにその1995年から96年にかけての2年間というのは、私が今までの人生の中で唯一「まともな恋愛」を経験することができていた時期に符合している。むかし中島らもという人が「恋愛は時間に対して垂直に立つ」という稲垣足穂の言葉をしきりと引用していたことを、けったくその悪い話ではあるけれど、よく思い出す。

時間は世界のすべてを巻き込んで、流れている。その流れを垂直に輪切りにした断面には、「その瞬間の世界のすべて」が描きこまれている。「断面」だけどその広がりは無限である。一生かかっても見つくせないようなそのパノラマの全体像を、その瞬間にだけ「全部」見ることができる。

他の人のことは知らないけれど、そういう瞬間が一回だけ、私の人生には訪れたのである。一回あっただけでもラッキーと思うべきなのかもしれないと今では思うし、この先に同じことが起こっても話がややこしくなるだけなので、そういう経験は人生に一回で充分なのかもしれないという気も、今となっては、している。

とはいえ「自分の時間」がその時以来、止まったままになってしまっているということは、何とも始末におえないことなのだ。その時に垣間見えた風景は、今にして思えば、何だったのだろう。オトナになってからの20年という時間は、結局そのことばかり考え続けている間に、本当に夢のように過ぎ去ってしまった。

その頃に意味も分からずに聞いていたいろんな歌が、どんなことを歌った歌だったのかということぐらいはせめて正確に知っておきたいという気持ちで始めたのがこのブログであり、私にとっては「自分の青春に決着をつける作業」の一環である。しかしながら続ければ続けるほどに、「果たしてこの作業は終わるのだろうか」という気持ちが強くなってきている。何せあの時に垣間見えてしまった「世界の広がり」は、本当に「無限」としか言いようのないものだったからである。

話を広げても仕方ないので、音楽の話にだけ絞ろう。

とにかくそんな風に「リアルタイムの音楽の世界」というものから5年、10年というスパンで遠ざかってしまうと、その間に知らない若いバンドが知らないうちにデビューして、知らないうちに売れて大騒ぎになって、知らないうちに解散して知らないうちに伝説になっていたりするようなことが、ごくごく「当たり前のお話」になってしまう。初めのうちこそ、自分のあずかり知らない世界で勝手にそんな事態が繰り広げられていることに焦ったりグチったりしたい気持ちにもとらわれるのだけど、そんな感覚はいずれ簡単に麻痺してしまう。

リアルタイムで音楽をやっている若い人たちと、そのリアルタイムのリスナーたちの目の前には、かつての自分がそうだったのと同じように、「無限の未来」が広がっているに違いないのだと思う。別にかれらが挫折したり妥協することを期待しているわけではないし、するようになったら私も終わりだと思うけど、世の中の大体の人に待っているのが「そういう未来」でしかないことは、ある程度年齢を重ねてしまうと、あらかた見えてしまう。だから「同じように夢中になること」は、私にはもうできない。

もしも人並みに結婚して子どもの2〜3人も作ってといったような人生を自分が選んでいたなら、その子どもが大きくなってリアルタイムの音楽に夢中になりだした姿に「かつての自分」を重ねるような形で、「今を流れる時間」というものとそれなりに「正しく」向き合えるようになっていたかもしれないといったようなことを、夢想することはある。世の中の大体の人は悩みながらオトナになって、それが何んにも解決しないうちに自分の子どもができて、その子どもがやっぱり悩みながらオトナになってゆく姿に触れることで初めて自分自身が悩んできたことの「意味」を理解して、老成して納得して死んで行くのだと思う。そういうのが本当に「正しい」生き方というものなのだろうなという気がする。

気はする。でも「そんなことにはごまかされないぞっ!」と叫び続けるもう一人の依怙地な自分が、17歳で時間が止まってしまった私の中では17歳の時のまま、ずっと頑張っている。

あの頃に音楽というものが自分たちに垣間見せてくれた夢は、もっと途方もないものだったはずなのだ。自分たちがちょっと「本気」を出せば、戦争も差別も国境も生存競争なるものも、地球上から消滅させるのは何も難しいことではないとあの頃は思っていたし、そんなことは当たり前すぎてまともに考える気もしなかったぐらいだった。「本当の夢」というのは「その後どうするか」を考えるところから始まるのだというぐらいの気持ちでギターを鳴らしていたのが、他の人のことは知らないけれど、当時の自分の感覚だった。

それがどうだろう。21世紀が始まってかれこれ20年たとうとしているのに、何一つ「なくなって」いない。戦争「すら」なくなっていない。そういうことが何も変わっていないことの一方で「新しい音楽」だけは次々と生み出されている現実があるわけだけど、そんな音楽の何が「新しい」と言えるのだろう。時代がここまで煮詰まってくると、「いつまでそんなことやってるんだ」としか、私にはもう正直なところ、思えない。

結局「何も変わらない現実」と「何も変えられない音楽」の両方にむかついているから、今の私は「新しい音楽」というものに何も興味を持てなくなっているのだと思う。もしも世界から戦争をなくすことができれば、その時こそ「本当に新しい音楽」が地球上には誕生するはずだ。「昔の音楽」は少なくとも、そういう未来が来ることを私に本気で信じさせてくれるものだった。そんな日が訪れるまでは、「新しい音楽」はとりあえず、いい。オトナになって以降の私は、ずっとそういう心境なのである。

そんな今の私が「新しい音楽」を聞いてみようかという気持ちになるのは、現実の生活の中で「新しい誰かとの出会い」があった時に限られている。一番初めに味わうことのできた衝撃とはもとより比べるべくもないものの、人生におけるひとつひとつの新しい出会いはそれぞれがやはり「時間と垂直」に訪れるものであり、それが重なれば重なるだけ、自分の世界は広くなってゆく。それも漠然とではなく、地に足のついた感じで具体的に、広がってゆく。

ブログを始めて良かったと思うことは、そういう出会いが増えてきたことである。当初はこんなにダラダラした文章を書く予定は全くなかったのだけれど、実はここまで書いてきたことは全部前振りで、今回の記事はここからがようやく本題となる。

きっかけは、いつも愛読させて頂いているCKレコードというブログのid:soulknuckleさんが、一昨日の記事で「Doctor Prats」というバンドのことを熱く紹介されている文章を読んだことだった。
ckrecord.hatenablog.com

なんといっても彼等は、観客の盛り上げ方を知り尽くしている。ステージ上から煽りまくる。そして、自分たちも思いっきり楽しんでいる。これ、楽しくない訳が無いのである。ステージに横一列に並ぶ4人の男達の立ち姿(ベース、ボーカル、トランペット、トロンボーンの4人が前列に並ぶ。キーボード、ドラム、ギターの3人は後列に控えるのが彼等のフォーメーションだ)は、最高に格好よかった。

...この人の文章を読んでいると、その曲を実際には一度も聞いたことがなくても、文章そのものからその曲が流れてきて自分もすっかりそれに詳しくなったかのような錯覚に陥ってしまう。同じ感覚を私は中山康樹という人が書く文章を通して「だけ」かつて味わったことがあったのだけど、この人のブログの文章には中山康樹みたいなエラソーなところが全然ない。(←故人となった人の悪口を書かねばならないのは、気が重いことである)。とにかく「この人がそう言うなら、聞いてみようか」という気持ちにさせてくれる、今の私にとっては稀有な先輩の一人なのである。

Doctor Prats (ドクトル·プラッツ)が昨年のフジロックに出演した際に演奏していた曲として「CKレコード」で紹介されていたのが、下の動画だった。見てみて、確かに素敵なバンドだと思った。とりわけPVの中での子どもたちの反応と、それに対するメンバーの対応が素晴らしいと思った。こういうPVって、よくありそうに思えて実はとても少ない。子どもを恐怖させないような「ロックバンド」が果たして世の中にどれくらい存在するかということを想像してみれば、そのすごさは分かると思う。だからと言ってこのバンドのやっていることは決して「子どもだまし」でもないのである。何より、サビの部分に流れる昨今の音楽には珍しく「げんしゅくな感じ」に、私は好感を抱いた。


Les nits no moren mai

とはいうものの、この人たちの歌っている歌詞の言葉が私には全く分からない。調べてみるとドクトル·プラッツは昨年スペインからの独立を宣言したカタルーニャ出身のバンドで、歌詞の言葉もカタルーニャ語で歌われているらしいということが明らかになった。ただしこの曲自体は、スウェーデンのミュージシャンであるAvicii(アヴィーチー)という人の「The Nights」という英語曲のカバーなのだという。
(なお、カタルーニャ語バージョンの歌詞へのリンクも貼っておきますが、Google翻訳で調べてみたところ英語原詞を直訳した内容の歌詞だったことが分かったので、翻訳については省略します)

なので私は月額980円でいろんな曲聞き放題のAppleミュージックでアヴィーチーという人の名前を検索し、「The Nights」がボーナストラックで収録されている2015年発売の「Stories」というアルバムを見つけ出して、聞いてみた。そして思わず知らず、聞き入ってしまった。

確かに「21世紀の音」で演奏されているにも関わらず、どの曲を聞いてもものすごく「懐かしい感じ」がしたのである。

電子音のピコピコした響きが人の心に「懐かしさ」を呼び起こすのはどういうメカニズムにもとづいているのだろうといったようなことを、そういえば昔、考えたことがあったのを思い出した。その時は結局、アナログの音よりデジタルの音の方が「単純」だから、人間の脳の「より単純な部分」に響くのではないだろうかといったような、今にして思えば進化論丸出しのひたすらむかつく誰かの説明で「納得」したりしていたのだったが、そういう機械的な話では、ないのだと思う。どんな技術を駆使してみせようと、「人を懐かしい気持ちにさせる歌」は「自分自身が本当に懐かしいと思える思い出」を持っている人にしか、書けないし歌えないはずなのだ。初めて耳にするアヴィーチーという人のアルバムを聞いて、私はそんなことを思った。

気がつけば私は、休日の午後を丸々使って「Stories」を何度もリピート再生しながら、自分の半生を振り返るようなモードに突入してしまっていた。今回の記事の冒頭部分はそれで上のようにムダに長ったらしいことになってしまったわけなのだけど、ああいう話から私が始めなければならなかった理由は、このアヴィーチーという人も自分と同じように、「輪切りになった時間」の風景を人生のどこかの時点で垣間見て、それをいまだに追いかけ続けている人の一人なのだろうな、ということを、確信せずにはいられない気持ちになったからなのである。

去年の秋、私は「ミチコオノ日記」というどんなジャンルの「芸術」にも当てはまらない正統派叙情青春絵日記文学作品とこのはてなブログを通じて出会い、自分には自分より年下の人間のファンになった経験が今までの人生で一度もなかったけれど、それはこんなにも素晴らしいことだったのか、という初めて垣間見えた感動を、そのまま記事にしたことがある。フタを開けてみるとその後「ミチコオノ日記」の作者の人は私よりいくつか年上だったことが明らかになったため、その時の私の感動は空振りに終わってしまったのだが、2015年という年にこういう顔でこういう曲を出しているアヴィーチー「くん」という人は、どう考えても間違いなく私より年下のミュージシャンである。とうとう私の前にも、本気で応援したい気持ちにさせてくれる年下のミュージシャンが現れたのだろうか。そしてかれこれ20年にわたって「新しい音楽」をまともに聞いてこなかった私の時間がようやく終わり、「世界に流れる時間」と再びつながってゆける時が訪れたのだろうか。そう考えて私はうれしくなったし、何だかワクワクしてきた。

それでそのアヴィーチー君のことを改めてWikipediaで調べてみたところ、1989年生まれで私より11歳年下の彼氏は、16歳の時からネットを通じて音楽活動を始め、そして2018年4月20日に死去したということが書かれていた。

家族から出された声明では、自殺だったことが示唆されていたとあった。2018年4月20日。まだ何週間もたっていない、先月の話ではないか。

そんな展開があるかよと私は思った。

20年間「新しい音楽」とまともに向き合ってこなかった私が、40手前になってようやく本気で「向き合ってみたい」と思える「今の音楽」に出会えたのである。その相手が、初めて名前を知った時には実は既にタッチの差で「過去の人」になってしまっていたなんて、そんな話があるだろうかと思った。

でも、現実は現実なのだ。アヴィーチー君は私より年下で、初めて聞いた彼氏の曲は今からたった3年前の曲だったにも関わらず、名前を知ったその時には彼氏の音楽はもはや「今の音楽」ではなく、「歴史の中の音楽」に変わってしまっていた。

私が今まで追いかけてきた「歴史」は、自分より年上の人によって築きあげられてきた「歴史」で、それを追いかける気持ちは「いつかそれに追いつきたい」という思いで一貫していた。でも自分より年下の人が、自分の知らない間に築きあげ、自分より年下のままで終わらせてしまった「歴史」というものを、私はこれからどんな気持ちで「追いかけ」ればいいのだろう。

「The Nights」の歌詞を、読み直してみた。どう考えても、自殺を考えていた人間が書くような歌詞じゃないだろうと思った。

YouTubeで公開されていた「The Night」のPVは、下のような感じだった。色が滲んだような昔のPVやライブ映像としか付き合ってこなかった私は、その映像のクリヤーさとビビッドさにまず度肝を抜かれ、「これが今の時代のPVというものなのか」と丸っきり田舎者のような感想を持った。いやまあ、今の時代、こういう情報にだけならどんな田舎からでもアクセスできるようになっているわけだから、そういう表現自体が時代遅れになっていることは自覚した上での話なのだけど。


The Nights

その一方で、内容は思っていたよりずいぶんチープであるような感じもした。歌だけ聞いている分には、「記憶するに値する人生を送れ」というこの人のお父さんの言葉はとてもげんしゅくな感じで響いていたのだけれど、その具体的な中身というのは、こんな風にカネさえ出せばいくらでも手に入るような即物的な快楽の羅列にすぎなかったのだろうかと、拍子抜けするような感じがした。

これが「リアルタイムで流れている音楽」である分には、「PVは見ない方がいいかもしれないね」ぐらいのことで済ませてしまえる話なのである。しかしそれが自殺という形で世を去ったミュージシャンの残した映像だという事実を突きつけられてみると、人の死について他人があれこれ言うことの醜悪さは自覚しつつも、「別な感想」が込み上げてくるのを抑えられなくなる。こんなにも「幸福な感じのPV」を作ってみせたアヴィーチー君という人は、その内側では全然「幸福」ではなかったのではないかといったような思いが、どうしても胸に迫ってきてしまうからである。

アヴィーチー君のPVの再生回数は何億回という単位で、連日どんどん伸びている。彼氏より若い世代の世界中の人たちの間でこれからこの人のことは間違いなく「伝説」になってゆくのだろうと思うし、既にその「伝説」は始まっているのだろうなと思う。そしてその若い人たちのかなりの部分が、このPVに描かれているような陳腐でチープな「楽しい生き方」を、「本当に記憶するに値する人生」としてまともに夢見るようになるのだろうな、と思う。そうした人たちの姿は、私にとっては結局これからもやはり「他人事」として眺めているより他にないものだ。

けれども私は一昨日知ったばかりのアヴィーチー君という人の「Stories」というアルバムを、おそらくこれから一生聞き続けることになるのだと思う。そのことは、今からもう分かっている。

「出会い方」にこれだけいろんな思い出がくっついてしまったミュージシャンのことを、簡単に忘れることなんて、できるわけがないのである。

「Stories」を聞いていた間、私の中には自分のいろんな思い出と結びついていた無数の別の歌が頭の中に浮かびあがって、回り続けるのを感じていた。別に気持ちが他所に行ってしまっていたわけではない。本当に特別だと思える音楽に出会えた時だけ、私の中ではそういうことが起こる。このブログで取りあげてきた曲の中ではザ·バンドの「Old Dixie Down」、バグルスの「ラジオスターの悲劇」、鄭智化の「水手」、CCRの「Someday Never Comes」、日本の歌ではアンジーの「情熱」、ハイロウズの「青春」、電気グルーヴの「シャングリラ」、平沢進の「オーロラ」、それになぜか遊佐未森の「ふたつの記憶」。全部私にとっていろんな形で「特別な曲」なのだけど、これからはこうした曲が頭の中を流れ出すたびに、アヴィーチー君という人と初めて出会って同時に別れを告げなければならなかった今回の出来事の思い出が、必ずくっついて甦ってくることになる。そのことが私には、今から分かっている。


情熱


青春


Shangri-la


オーロラ


ふたつの記憶

そんな中で、耳を通して聞こえてくるアヴィーチー君の曲と張り合うかのようにずっと一番強い音で頭の中を回り続けていたのが、同じように私の知っている数少ない「年下」のミュージシャンたちの中のひとつのグループによって書かれた、下の曲だった。記念の代わりに貼りつけて、取り止めもなくなってしまった今回の翻訳記事だか追悼記事だかの、締めくくりにしたい。ではまたいずれ。私はまだ今のところ、今回自分に起こったことが「何」だったのかということを、つかみきれずにいる。


ロックンロールは鳴りやまないっ


=楽曲データ=
Released: 2014.12.1.
Key: F♯

The Nights

The Nights