華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Grapefruit Moon もしくは Closing Time (1973. Tom Waits)


Grapefruit Moon

Grapefruit Moon

英語原詞はこちら


Grapefruit moon, one star shining
Shining down on me
Heard that tune, and now I'm pining
Honey, can't you see?
Cause every time I hear that melody
something breaks inside
And the grapefruit moon, one star shining
Can't turn back the tide

グレープフルーツの月に
一つ星
輝いてる
おれのことを照らしてる
あの曲を聞いて
そしておれは思いこがれている
ハニー
おまえにわかるかい
あのメロディが聞こえるたびに
おれの中で何かが壊れていくんだ
そしてグレープフルーツの月に
一つ星
輝いてる
潮の流れを
押し戻すことはできない


Never had no destinations
Could not get acrossed
You became my inspiration
Oh, but what a cost
And every time I hear that melody
something breaks inside
And the grapefruit moon, one star shining
is more than I can hide

行く先なんて
あったためしはなかった
向こう側になんて
行けなかった
おまえはおれの
インスピレーションになってくれた
でもそれは
何て高くついたこったろうな
あのメロディが聞こえるたびに
おれの中で何かが壊れていくんだ
そしてグレープフルーツの月に
一つ星
おれが隠そうとしたって
やっぱり輝いてる


Now I'm smoking cigarettes
and I strive for purity
And I slip just like the stars
into obscurity
And every time I hear that melody
puts me up a tree
And the grapefruit moon, one star shining
is all that I can see

おれはたばこをふかしてるよ
そしてがんばるんだ
純粋さのために
そして星たちのようにすべり落ちては
暗がりの中に
突っ込んで行くことになるんだろう
あのメロディが聞こえるたびに
木の上に追いつめられたみたいに
のっぴきならないことに
なっちまうんだよな
そしてグレープフルーツの月に
一つ星
輝いてる
おれに見えるのはそれだけだ


Closing Time

=翻訳をめぐって=

最初に試訳を作った時、私は日本語訳の中に「句読点」をつけていた。つけると、例えば一番はこんな感じになる。

グレープフルーツの月に
一つ星。
輝いてる。
おれのことを照らしてる。
あの曲を聞いて
そしておれは思いこがれている。
ハニー
おまえにわかるかい。
あのメロディが聞こえるたびに
おれの中で何かが壊れていくんだ。
そしてグレープフルーツの月に
一つ星。
輝いてる。
潮の流れを
押し戻すことはできない。

しかし、読み返してみて、私はこの句読点がものすごく「ジャマになっている」感じがした。だから、取った。

句読点を外すと、この試訳はかなり読みにくくなる。例えば「輝いてるおれのこと」を「照らしてるあの曲」みたいな、原詩の意味とはかけ離れた誤読を誘発してしまう可能性も、自覚している。それを防ぐために、このブログで取りあげている歌の翻訳では大抵、句読点をつけるように私は心がけているのだが、この歌詞に関してはどうしても、句読点をつけると「ブチ壊し」になってしまうように感じられた。

この歌の言葉は、「頭の中で組み立てられた言葉」ではなく、「考える前に出てきた言葉」であるように思われたからである。

Grapefruit moon。トム·ウェイツは空を見た。グレープフルーツみたいな月が浮かんでいた。それがそのまま、言葉になった。

その次の言葉が「a shining star」ではなく「one star shining」になっていることには、意味がある。

通常の英語表現では、「a shining star」の方が「普通」である。「one star shining」なんて言い方は、あまり見ない。直訳すると「ひとつの星。輝いてる。」みたいな、「ぎこちない日本語」になる。英語表現としても、やはりこの言い方は「ぎこちなく聞こえる」のだと思う。

しかしこの語順は、トム·ウェイツという人が空を見上げた時の「認識の順序」に対応している。まず彼氏は月を見て「月だ」と思った。次に星を見て「星だ」と思った。そしてそれが「輝いている」ということに「気づい」た。「星だ」と「輝いている」の間には、「時間差」があるのである。「浮かんでいる」でも「またたいている」でもなく「輝いて」いるのだと彼氏は思った。それが彼氏にとっての、星との出会いの「意味」になったのだ。

さらに彼氏がその星のことを「a star (とある星)」ではなく「one star」と表現したのは、その星が「たったひとつである」ように感じられたことが、彼氏にとって「意味」を持っていたからである。

「shining」という言葉が「月」にはくっついておらず、「星」にくっついていることにも、「意味」があるように思われる。つまり彼氏は月と星とが(おそらく)並んで浮かんでいるのを見て、その「星の方」が「自分自身」であると感じたのだと思う。従ってこの歌のタイトルである「月」は、彼氏にとっては「他者(おそらく、彼女)」であると感じられていることになる。

けれどもその次に「Shining down on me (おれのことを照らしている)」という言葉が続く時、その「照らしている」のが「月の光」なのか「星の光」なのかは、区別できなくなっている。と言うよりそれが月から発せられた光であれ星から発せられた光であれ、いったん発せられたら区別できなくなってしまうのが「光」というものなのである。彼氏は最初に月を見てそれが彼女であると思い、次に星を見てそれが自分自身であると感じた。そしてそれが「輝いている」と思った。その上でここに来て彼氏は、その「輝く」というのは一体どういうことなのか、ということに思いをめぐらせ始めているように感じられる。

...私はそろそろこの「解説」を投げ出したくなってきている。自分自身で何を書いているのかが全然分からなくなりつつある。とにかく言いたいのは、トム·ウェイツは「感じたままを言葉にしている」ということなのだ。それに赤の他人が勝手に句読点を付け加えたら、その時点でそれは「解釈された言葉」に変わってしまう。それは生きて羽ばたいている蝶々の命を奪って、羽を広げて標本にするのに等しい行為なのである。標本にすれば確かに、羽の模様や身体の構造といったような客観的なことは、「わかりやすく」なる。でもそれが「羽ばたくものである」ことが「わからなく」なってしまったら、蝶々という生き物のことを「知る」ことなど、絶対にできないはずなのだ。

彼氏は言葉を「選んで」いない。文字通り「浮かんできた言葉」だけを、歌詞の中に綴っている。そういう言葉は、原則的には他の言葉には絶対に置き換えることのできない性格のものなのである。

この歌がこんなに「大変な歌」だったなんて、自分で翻訳してみるまで全然気づかずにいた。むしろ、地味で印象に残らない歌だと思っていた。けれども文字になった歌詞に触れてみて、こういうのを本当の「詩」と言うのだろうなと私は思った。

その割には、できあがったものが「うまい訳詞」になっているとは全然思えない。でも、この歌を訳しながら本当にいろいろなことを私は感じたし、考えた。プライベートな話は別にして、歌の言葉のひとつひとつに対するコメントは、蛇足ではあるのだけれど試訳の補足として、書き加えておきたいと思う。

  • Grapefruit moon, one star shining...ここでトム·ウェイツの目に見えているのは、おそらく「月と金星」なのだと思う。時間も真夜中ではなく薄暮だという感じがする。その時間帯には本当にその2つだけが「輝いている」のを、よく目にする。

  • Heard that tune, and now I'm pining...B面一曲目の「Rosie」の歌の世界と「地続き」になっていることが感じられる。この「tune(曲)」はおそらく彼女が思い出として彼氏のもとに残していった曲であり、メロディなのだと思う。
  • something breaks inside...「あのメロディを聞くたびに、内側で何かが壊れる」という感覚が、「月」に向かって吐露されているということが、重要なのだと思う。彼氏にそういう感覚を起こさせるということ自体が、「月の持つ力」なのだと感じられる。
  • Can't turn back the tide...「tide (潮)」という言葉は「月」からの連想なのだと思う。過ぎた時間は戻らない。
  • Could not get acrossed...「get across」は「横断する」「向こう側に行く」等の意味だが、ここでは「acrossed」と、奇妙なところが過去形になっている。(普通、前置詞は過去形になったりしない)。おそらく、「get across」という熟語自体が、ひとつの動詞として意識されているのだと思う。
  • You became my inspiration...ここには前曲の「Little Trip To Heaven」がこだましている。(そういえば前曲では「バナナ·ムーン」という言葉が出てきたが、バナナは「甘い」けどグレープフルーツは「苦くて酸っぱい」のである)。インスピレーションという言葉はインスピレーションとしか言いようのない気もするが、私は「特定の誰かの存在を通して初めて自分の生きていることの意味が理解できるように思える感覚」みたいなものだと解釈している。あらゆる創造力はそこから生まれてくる。
  • Oh, but what a cost...「高くつく」のが自分にとってなのか相手にとってなのかが書かれていないが、たぶん自分にとってなのだと思う。「あのメロディを聞くたびに自分の内側で何かが壊れるようになってしまったこと」がおそらくその「コスト」なのである。
  • is more than I can hide...「hide」という英単語は「隠す」と「隠れる」の両方に機能する。歌の主人公が何かを隠したがっているのか、あるいはどこかに隠れたいと思っているのか、それは分からないが、何らかの理由で「陽の当たる世界」がキライになってしまった人なのだろうなという印象は、受ける。にも関わらず彼氏の見上げる星は、輝いている。そしてその星が彼氏にはなぜか「自分と重なって」感じられている。それは、すごく不思議な感覚なのではないかと思う。普段は自分の中に閉じ込めている「輝きたい」という願いを、星(と月)の光によって「こじ開けられてしまった」ような気持ちが、ここでは歌われているのではないかと私は解釈している。そして自分は「輝きたい」のだということに「気づかされて」しまうことは、同時に彼氏にとっては「内側で何かが壊れる」ように感じられてしまうぐらい、「苦しい」ことなのだ。それにも関わらず主人公は自分が「輝いている」ことを「知って」いるのである。合ってるのか間違ってるのかは分からないけれど、ここまでいろんな情景を聞き手に想像させるこの歌詞を、私はスゴいと思った。
  • puts me up a tree...この歌で一番難解に感じられる箇所なのだが、ネットの英英辞典によると「up a tree」は「のっぴきならない状態」をあらわす俗語なのだそうで、野生動物に襲われて木の上に追いつめられたような状態がイメージされているらしい。問題は、だからと言って日本語で「木の上に追いつめられたみたいに」と書いても全然「のっぴきならない感じ」がしてこないことである。「木の上に追いつめられる」という状況が、日本ではリアルではないからなのだと思われる。むかし網野善彦という人が、日本列島にはトラなどの猛獣が少なかったから「動物に対する恐怖心の薄い特異な感覚」が列島人の心性には形成されてきたのではないかといったようなことを書いていたのを読んだことがあって、「言われてみれば」と思ったことがあるのだが、そういう感覚は言語そのものの性格まで規定してゆくものであるのかもしれない。まあ、個人レベルだとそういう感覚というのは一回「本当に怖い経験」をすれば簡単に変わるものではあるのだけれど、日本語という言語がまとっている「そういう感覚」までは、なかなか変わるものではないということなのだと思う。
  • is all that I can see...「月」と「星」が「別個のもの」であると感じられている場合には、この「is」は「are」になっているはずだと思う。それが「is」で表現されているのは、主人公の心に両者が「ひとつのもの」であると感覚されているからなのだと思われる。



折に触れて明らかにしておかねばならないことだと思うが、私自身は英語が全然話せない。と言うより、実際に英語話者の人たちと会話したり文通したりした経験がほとんどないので、自分の英語がどの程度「使える」レベルのものであるのかを、自分で判断することができない。江戸時代に杉田玄白とか前野良沢とかああいう人たちが、「本物のオランダ人」と一度も会える機会を持てないままオランダ語と格闘しなければならなかったのと同じような気持ちで、いつも外国語の歌詞と向き合っているのが、実際のところである。

そんな私に歌の言葉を「理解」することができるのは、文字になった言葉を辞書を引きながら追いかけることを通してようやくのことに過ぎない。聞いただけでは、今でもやっぱり何を歌っているのか全然わからない。だから「翻訳の舞台裏の風景」というのは、いつもこのマンガの一ページみたいな感じだ。


風雲児たち?蘭学革命篇?

風雲児たち?蘭学革命篇?

このブログで今に至るまでトム·ウェイツという人の歌を一度も取りあげたことがなかったのは、「こんなにオトナな感じがする歌を自分にはまだまだ分かるはずがない」という気持ちを、若い頃と変わらずに引きずり続けていたからなのだと思う。それが、成り行きで「Ol''55」を取りあげたことをきっかけに思い出深い「Closing Time」の歌詞カードを改めて読み直してみたところ、いつの間にか自分もそれが「分かる」年齢を迎えていたことに、自分自身で驚かされた。そして翻訳し始めたら、止まらなくなった。それは新鮮な感覚だったし、あえて言うなら「青春に決着がついてゆく感覚」だったと思う。そんな感じを私はずっと、求めていた。

そして最後のこの曲に至るまでを、翻訳作業を通じて「追体験」することができた今、私はちょっとした放心状態の中に居る。こんなに濃密でジンジンするような歌たちとの時間を過ごした後で、他の薄っぺらい歌なんてもはや全然取りあげる気になれないような、そんな心境である。

だから、あと一曲で400曲というタイミングではあるのだけれど、しばらく更新をお休みさせて頂いて、音楽や自分の歴史というものと向き合い直すための時間を取らせてもらうことにしたいと思う。正直なところを言うなら、「Closing Time」のこの「余韻」を、もうちょっとだけ「大事に」しておきたいという気持ちなのだ。

私の人生においてきっと大きな転換点になる、そうした作業に踏み込むためのキッカケを作って下さった、「ミチコオノ日記」の作者の人およびCKレコードさん、そして全ての読者の皆さんに、この場を借りて改めて感謝申し上げます。

michiko-ono-diary.hatenablog.com
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note.mu
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ではまたいずれ。
万感の思いを込めて。




=楽曲データ=
Released: 1973.3.6.
Key: C

クロージング・タイム

クロージング・タイム

  • アーティスト: トム・ウェイツ
  • 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2011/01/26
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