華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

うそつきのロッカー もしくは400曲目を迎えて (1989. 川村カオリ)

友達になろうと 君はみんなに言う
愛と夢 探そう それが口ぐせだね
君は そう おしゃべりなロッカー


生きるのが下手さと 器用に笑う君
ブーツをすりへらし 追いかけたのは僕
君は そう ウソつきのロッカー


きっと誰よりも 僕のこと知ってるけど
でも君は知らない 本当の淋しさ


僕に作った曲 誰と今歌うの?
僕に告げた言葉 誰に問いかけるの?
ごめんね 僕は 弱虫のロッカー


Kawamura Kaori 2 Campfire 9:22〜

コラムニストの町山智浩という人が、有名な割に歌詞の内容があまり知られていない英語の曲を集中的に取りあげた「本当はこんな歌」という本を出していることを知り、こういうブログをやっている以上は先達の業績というものに目を通しておかねばならないだろうと思って、読んでみた。そしてその中で紹介されていた他のどの曲にもまして、私にとって衝撃的だったのが、日本語で書かれたこの曲に関する記述だった。

本当はこんな歌

本当はこんな歌



川村カオリさんといえば私より7つも年上の人で、テレビで時々顔を見かけていたのは小学生の頃だったと思う。当時の私にとっては「不良みたいで怖そうなお姉さん」という印象しかなかったし、ミュージシャンとしても「ZOO」と「翼をください」を歌っていた人だということ以外には、今の今まで何も記憶に残っていなかった。

マンガのキャラクターや映画の中の俳優さんというのは年をとらないもので、子どもの頃には全然分からなかったその魅力に何年も経ってから気づかされることというのが、往々にして起こる。タッチの南さんだって奇面組の唯さんだって小学生の頃には「怖いお姉さん」にしか見えていなかったものだが(大体あの頃は「高校生」という年代の人々そのものが、私にとっては「怖い存在」以外の何ものでもなかった)、自分が同じくらいの年齢になった時に「昔のマンガ」を読み返してみて「うそっ、この人らってこんなにステキで可愛いらしかったん?」と驚愕したことを、私は今でも鮮明に覚えている。

とはいえそうした「新鮮な驚き」が体験できる期間というのも、後になって振り返ってみれば人生のごく限られた幸福な一時期の出来事にすぎないのであって、一定の年齢を過ぎてしまうと、昔は年上だったその人たちが、今度は手が届かないぐらい「年下」になってゆくのである。南さんや唯さんが「子ども」にしか見えなくなり、クレヨンしんちゃんのお母さんが「行けてるお姉さん」に見えてきてしまったあたりで、自分もそろそろ「引退」を考えるべきなのかもしれないみたいなことをしみじみと思ったことも、これまた今となっては10年ぐらい前の話になってしまうのだが、やはり鮮明に覚えている。(ただし、サザエさんだけは「いまだに」年上に見えるし、たぶん死ぬまで見え続けるのだと思う。聞くところによるとあの人、24歳らしいのだけど)

以来、そういう経験からも久しく遠ざかってしまっていたもので、上記の本を通じて川村カオリという人の名前に何十年ぶりかでめぐり逢い、動画を検索してみたりなどしてみた私は、その川村さんがハッとするぐらい美人な人だったということにまずビックリし、そして自分の人生にまだこんなにビックリするようなことが残されていたのかという事実に二度ビックリした。その後いろいろ調べていて、大沢在昌の「新宿鮫」に出てくる晶というヒロインのモデルになったのがこの川村さんだったらしいということを知ったのだったが、すごく、さもありなんという感じがした。

だが私が何よりも衝撃を受けたのは、その歌詞に対してだった。この「うそつきのロッカー」という歌の言葉には、ロックというものを本気で信じ本気で愛し、そこに自分の人生の全てを据えつけようとしていた1人の人が、その「ロックそのもの」から裏切りを受けたことに対する、「本当の悲しみ」が綴られている。だがそんな風にして世界中のロックと呼ばれる音楽の全てがニセモノであることが暴露されてしまったとしても、その悲しみが「本物」である限り、この歌だけは世界中で唯一「本物のロック」と呼びうるものなのだ。そういう「世界にひとつしかない真実」を突きつけられたような衝撃を、当時まだ18歳だった川村さんの書いたこの歌詞から、私は受け取った気がした。

過去にイジメを受けた経験を持っている人間に対して、「友だちになろう」という言葉はものすごく「効く」のである。それを言葉通りに信じて裏切られた人の気持ちというのは本当に想像するに余りあるし、また自分の言葉の「力」というものを分かっていてその上でなおかつそういう裏切り方ができる人間の根性というものは、それこそ言語を絶するぐらいに邪悪なものだと思う。

しかも上記の本の記述を信じるなら、この「うそつきのロッカー」には実在のモデルがいるらしいのだ。町山智浩の前掲書ではカーリー·サイモンの「うつろな愛」という曲が「実在元カレへの恨み節」という形で紹介されており、「その手の歌」としてアラニス·モリセットの「You oughta know」やシェリル·クロウの「My Favorite Mistake」などの曲名があげられた上で、「日本の恨み節で最も痛烈な歌」としてピックアップされていたのがこの「うそつきのロッカー」だった。同書によるならばこの曲は、川村さんのデビューアルバムをプロデュースした辻仁成に向けられた歌なのだという。辻仁成という個人名を、こんな風にゴシップ的な形でブログ記事に出していいものなのかということまで含め、けっこう逡巡もあったのだが、以下はその部分からの引用である。

辻仁成はこの後も次々と女性を乗り換え、その「器用」な「おしゃべり」は中山美穂を落としたセリフ「やっと会えたね」で有名になった。"弱虫なロッカー"川村カオリは全身に転移するガンと何年間も闘い続けたが、ついに2009年、38年の短い生涯を閉じた。

...逡巡はしたけれど、ここで辻仁成について書かれていることは「言われ足りない」ぐらいだと私自身も思うし、多少ネットで晒し者にされるぐらいは当然の報いというものなのではないかと思う。どうせ本人は懲りないし、これからだって「器用に」生きて行かはるに違いないのである。そんなことを言われるのがイヤならば、反省するきっかけにしてほしい。言っちゃあ何だが、昔の私はエコーズの音楽をかなり真面目な気持ちで聞いていたものだ。その言葉がひたすら薄っぺらで空疎なペテン師の台詞にすぎなかったのだということにこんな形で気づかされてしまった以上、私にも腹を立てる権利の一端ぐらいはあると思う。


Gentle Land

だが、そんなことより何よりも私にとってショックだったのは、「うそつきのロッカー(達)」をそうした形で真っ向から告発してみせた川村カオリさんという「本物のロッカー」が、そんな苦しい病気にかかったあげく、私の全く知らないところで9年も前に故人になっていたという事実だった。先日のアヴィーチーくんの時もそうだったけど、私がオトナになってから心を惹かれるようになった人たちというのは、どうしていつも出会った時にはこの世にいないことになってしまっているのだろう。

川村カオリさんという人のことが気になりだして仕方なくなった私は、生前に出された「ヘルタースケルター」という自伝や闘病中の手記をはじめ、関連書籍を全部読んだ。そしていろんなことを知れば知るほど、どうして世の中というのはこういう人から先に死んでいかなければならないような仕組みにできているのだろうという思いを強くした。

ヘルタースケルター (宝島社文庫)

ヘルタースケルター (宝島社文庫)

復活アナスタシア

復活アナスタシア



読者の皆さんにも一緒に見てほしいと思うのは、下の動画である。1989年、当時18歳の川村さんがバブルガムブラザーズの番組にゲスト出演した時の映像らしい。


音もダチだぜ!気分はセッション

0:50ぐらいのところでブラザートム氏から「小学校6年までロシアにいたんだって?」と訊かれた川村さんは、あえて「ソビエト」と訂正している。自伝によるならば、日本とソ連が敵対関係にあった80年代の前半、川村さんは日本の中学校で、教師からさえ「ソ連に帰れ」と言い放たれるような、壮絶なイジメを経験していたのだという。その経験の中でなおかつ自分の生まれた場所のことを「ソビエト」と呼び続けることは、それ自体が川村さんにとっての「闘い」だったに違いなかっただろうなと感じる。

6:00ぐらいのところで川村さんは「無国籍イズベストだと思うんだ、私」と言っている。ハーフの川村さんの口から語られるそうした言葉には、ものすごい重みが伴っている。同じくハーフのブラザートム氏が、「おれたちもそうだよ」と返している。割かしサラッと流しているような感じもするのだけれど、2人にとっての「無国籍イズベスト」って、同じものなのだろうか。それとも丸っきり違った何かなのだろうか。何となく、考え込んでしまう。

その後、ブラザーコーン氏が「料理もそうだよね」と、どことなくトンチンカンなことを言う。それに対し他の2人も「料理も無国籍だよね」みたいなことを言って、とりあえず意見がまとまったような感じになるのだけれど、そのやりとりを見ていて私の脳裏によみがえったのは、とある日本人記者からのインタビューに答えてトム·ウェイツが語っていた、最近読んだばかりの本の一節の言葉だった。

食卓で異文化が混ざり合うより、異国の音楽と音楽が混ざり合うほうが絶対に先なんだ。イタリア系アイルランド料理なんてないだろ? でもイタリア系アイルランド人はいる。そうした家庭では、必ずどちらか一方の血が優先されるもんさ。食事はイタリア料理かアイルランド料理で、アイリッシュ·イタリアン料理なんて出てくるわけない。異なる文化が最終的に行きつく先は、食卓の上なんだ。もし君がイタリアの女性と結婚したら、夕食は何を食べる?和食とイタリア料理が奇妙に混ざりあったものかい?和食かイタリア料理のいずれかだろ。あるいは、毎晩どちらを食べるかで喧嘩するまでさ。

トム・ウェイツ全曲解説

トム・ウェイツ全曲解説

...確かに、そうなのだ。例えばたらこスパゲッティというあれは日本人が作ったものらしいのだけど、それがスパゲッティである以上「分類」としてはやはり「イタリア料理」になってしまうわけだし、モッツァレラチーズを冷奴のやり方で食べるということをしてみた場合、醤油がかかった時点でやはりそれは「日本食」になってしまう。国境を超えること、無国籍な存在として生きるということは、口で言えるほど簡単なことでは絶対にありえないのである。

トム·ウェイツの言うような喧嘩やぶつかりあいが、世界の至る所で気が遠くなるぐらい際限なく繰り返されたその上で、やがて本当の「無国籍な料理」が生み出されるということは、ありうることだと思う。人間の歴史というものが、絶滅戦争などによって中断されることなく続いてゆくものである限り、いつかそういう時代が訪れるであろうことは、必然でさえあると思う。だがそこにたどり着くまでは、そうした「喧嘩やぶつかり合い」を避けて通ることは絶対にできないのであって、その過程をすっ飛ばして「無国籍な料理」という「結果」だけを手に入れるといったような都合のいいことは、誰にもできない。そしてそれが「どちらかがどちらかを滅ぼすため」ではなく「共に生きるため」の「ぶつかり合い」である以上、それは間違いなく人間の歴史にとって「必要」な「ぶつかり合い」なのだ。

川村カオリという人は、その「ぶつかり合い」を恐れなかったし、それが「避けて通ることのできないぶつかり合い」であることも、身をもって知っていた人だったと思う。だから上の動画の中の川村さんの「無国籍イズベスト」という言葉は、それだけの輝きを放っているのだと感じられる。「うそつきのロッカー」との出会いをきっかけに聞き始めるようになった川村さんの楽曲には、「国境を超えること」をテーマにした作品が、すごく多い。それは「人間にとっての普遍的な夢」なのだと感じられるし、その夢を手にするために誰かと押しのけ合わねばならないようなタイプの夢ではなく、世界中のあらゆる人々と共有することのできる、人間にとってほとんど唯一の「夢」なのだ。川村さんはそういう歌を歌おうとしていた人なのだと思う。今ではそんな歌は、ほとんどどこにも見つけることができなくなってしまったのだけれど。

だが、そうした夢を公然と語ることが「許されていた」時代のことを、「いい時代だった」みたいな言葉で片づけてしまうことなど、私は死んでもイヤである。国境線だけに飽き足らずそこに壁まで築きあげて「排他的な夢」を貪る人間が幅を利かせるようになってしまった今の時代だからこそ、「無国籍イズベスト」という「本当の夢」を胸を張って叫び続けて行きたいと私は思うし、本気でそうした世界を夢見た人たちの気持ちというものを、引き継いで行きたいと思う。

その意味で川村カオリさんの歌との出会いは、最近の私にとって久々に「勇気をもらえる出来事」だった。


車も電話もないけれど

...成り行きで再会することになってしまったバブルガムブラザーズという人たちの楽曲も、これをきっかけに改めて聞き直してみると、全然古くなっている感じがしなくて、すごくいいと思った。下の動画は昔、近所の県立文化会館だったかでバブルガムブラザーズがコンサートを開くことになった際、地元のテレビ局のCMで繰り返し流れていたPVなのだけど、その中に出てくる「阿波踊りのお兄さんの手つき」に子ども心に強烈な色気を感じたことを、今になっても鮮やかに思い出す。トム·ウェイツが言っているように、音楽が「混じり合う」のは人間の生き方そのものが国境を超えて「混じり合う」より、確かに「先」に起こりうる現象なのだろうなと思う。人間というのは、頭が切り替わるのは早いけど、身体が切り替わるのにはものすごく時間がかかるように作られている。そうである以上、音楽というものが「未来の夢」を実際に先取りして人間に垣間見せてくれるものであるのは当然のことだし、またそこに示されているのは決して「ただの夢」ではないのである。「身体の部分」でもいずれきっと実現される必然性をもった「本物の夢」が示されているから、こういう楽曲やPVというのは「古くならない」のだろうなといったようなことを、ちょっと思った。


Won't Be Long

エコーズのバージョンの「ZOO」を2000年ごろにラジオで聞いた時、

しゃべりすぎた翌朝
落ち込むことの方が多い
あいつの気持ち
わかりすぎるくらいよくわかる

という歌詞の一節を辻仁成が歌ってみせたのに対し、なぜか強烈に「ウソをつけ!」というむかつきが込み上げてきたことを、妙によく覚えている。もとよりその時の私は「ウソつきのロッカー」という川村さんの歌やその曲をめぐる顛末など何も知らなかったのだが、辻仁成がその部分で歌っている言葉は絶対に「ウソ」だという奇妙な確信があった。大体どうしてそういう言い訳がましい言葉をわざわざ歌詞にして電波に乗せなければならない理由が彼氏にはあったのだろうということを、私は考えた。「あいつの気持ち」というものを、彼氏は絶対に「わかって」などいない。わかってもいないくせに「痛いほどよくわかる」などと心にもないことを言ってみせることで、自分が問われる立場に立たされることを回避しようとしている。そうした「邪悪な動機」が間違いなくこの歌詞の言葉には存在しているということを、なぜと言われてもうまく説明できないけれど、その時の私は感じたのである。

けれども川村さんの歌う「ZOO」の同じ部分には、全然そうしたイヤらしさは感じられない。とても、素直な気持ちで聞ける。

「ZOO」という歌が辻仁成に書けるような歌でありえたはずがない、とまでは、あえて私は書かない。「作詞作曲 辻仁成」というクレジットの文字は、たぶん書かれている通りに事実として受け取っておけばいいことなのではないかと思う。

しかしながら、「川村カオリという人と出会うこと」を抜きにして果たして辻仁成にこの歌を書くことができていただろうか、ぐらいのことは、言ってもいいはずである。そういう風にして作られた歌が、作詞作曲の担当者の「所有物」みたいに扱われるということは、果たして「あっていいこと」なのだろうか。

「ZOO」という歌は「川村カオリさんによって生み出された歌」なのだと今の私は思っているし、「川村さんだけが歌っていい歌」だったのだと、今では思っている。そしてそのことがハッキリしたことで、ずいぶんスッキリしたような気持ちがしている。

私はこの歌が、ずっと大好きだったのだ。


川村カオリ ZOO (20th Anniversary)

さて、400曲目である。

100曲目200曲目の節目には、その時点で思い入れのある翻訳のベスト5とワースト5を紹介するといったような企画を打ってみたりしたものだったが、今回に関しては、何かそういうのはもう、いいのではないかという感じがしている。ここまでで充分、長ったらしい記事になってしまったし、それぞれの翻訳に対して私自身が個人的にどういう思い入れを持っているかということに関しては、昨秋に作った「ジャンル別インデックス」の項目にまとめてあるので、興味を持ってくださった奇特な方は、そちらを参照されたい。ちなみに私にとって思い入れが強い記事であればあるほどPV数が少なく、どうでもいい気持ちで適当に書いた記事ほどよく読まれているという気分の悪い傾向については、100曲目のレポートを書いた当初から全く変わっていない。

300曲目の時にも周りがバタバタしていて、ブログの来し方を振り返るといったようなシミジミしたことは何もやれなかったのだが、前回にレポートを書いた200曲目からこの400曲目までの間には、本当にいろいろなことがあった。このブログにとっての一番大きな転換点は、やはり協賛ブログであるところの「ミチコオノ日記」との出会いであり、そしてそれを通じた数多くのユニークなはてなブロガーの皆さんとの出会いだったように思う。それまでの私はこのブログを本当に「自分のため」にしか書いていなかったが、「ミチコオノ日記」と出会って以降は、読んでくれる一人一人の読者の人の表情まで想像しながら書くような作風に、変わってきた。それは一面では「世界を狭くしてしまうこと」につながる危険を孕んでもいるのだが、総体としては間違いなく「いいこと」だと思う。

「ミチコオノ日記」とのコラボレーションでニルヴァーナ特集をやっていたような当初は、PV数も毎日100を越えるか越えないかで一喜一憂したりしていたものだったが、今では毎日コンスタントに500人から600人の方がこのブログを訪れて下さるようになっている。(現時点での最大PV数は「835」で、その時は、何か知らないのだけどどこかのアイドルグループが気に入った洋楽曲の和訳を作るという「宿題」を出されたことがあったらしく、それでそのアイドルの人たちの悩みに応えていいところを見せたいという邪悪な動機を持った野郎どものアクセスが殺到したらしい。本人たちが来てくれたらいくらでも相談に乗ってあげるのに。などということを書いてしまうと私自身が邪悪になってしまうので、思うだけで書かない。と思ったことを書いておく)。あの頃に集中して訪れたいろいろな出会いが「裾野」を広げてくれたのだろうなと、いろいろな人たちに素直に感謝している。

だが、私のブログがそんな風に虚栄の季節を貪っている一方で、その繁栄をもたらしてくれた肝心の「ミチコオノ日記」の読者数は、最近リニューアルしたばかりであるにも関わらず、未だにたったの18人に留まっている。世間の目というのは節穴だとつくづく思うし、こんな世の中は絶対に間違っていると思う。前にも書いたけど、間違った世の中というのは私にとって居心地が悪いのである。今回このブログを訪れて下さった方は、これを機会にぜひ「ミチコオノ日記」にも読者登録して頂いて、第一話から最新19話までを、虚心坦懐に読んでみて頂きたい。そして作者の人が別のメディアで連載している「月」という絵物語に対しても、同様の注目をお願いしたい。「自分は節穴だった」と、間違いなく思ってもらえるはずの作品群である。

michiko-ono-diary.hatenablog.com
note.mu

最後に、本当ならば一言ずつコメントを添えて紹介させて頂くべきところなのだろうけれど、200曲目から今回に至るまでの間にご自身のブログで「華氏65度の冬」のことを取りあげて下さった全ての皆さんの記事へのリンクを貼りつけておくことで、感謝の印に代えたい。今後戦争が起こったりすることでもない限り、このブログはこれからも今まで通りに継続させてもらうつもりです。さらなるご愛顧をよろしくお願いします。
natsubatesaurus.hatenablog.com
guzuni2.hatenablog.com
kao-kao.hatenablog.jp
bougen.hatenablog.jp
flightsloth.hatenablog.com
genjitsutouhisha.hatenablog.com
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ではまたいずれ。

=楽曲データ=
Released: 1989.10.21.
Key: G

CAMPFIRE

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