華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Streets Of London もしくはヘレンケラーとブレヒトと (1969. Ralph McTell) ※



前回のスパイスガールズのPVの一件があまりにむかついたもので、同じくらいむかつくこの歌についても、「むかつく歌」としてキチンと取りあげておかずにはいられない気持ちになった。何か、他の和訳サイトを回ってみると、かなり真面目そうな文章を書いている人たちまでがこのロクでもない歌を「いい歌」として紹介している例が散見され、「それは違うだろう」ということをハッキリさせておかねばならないと思ったことも、理由の一端を形成している。気は進まないけれど、いずれどこかで態度を明らかにしておかねばならないとは、前々から思っていた歌だったのだ。

私がこの歌を初めて知ったのは、シネイド·オコナーさんの「Thank You For Hearing Me (聞いてくれてありがとう)」というミニアルバムを通じてだった。歌詞カードを読まずに聞いてみると、それはそれはキレイなメロディだし、シネイドさんの声もそれはそれは美しいし、最初はどんな「いい歌」なのだろうと思っていたのだ。それが内容を知ってみて、あれほどガッカリさせられたことは他になかった。シネイド·オコナーともあろう人がこんなふざけた歌を歌うなんてことがあっていいのだろうかというぐらいのレベルで、ガッカリさせられたものだ。

邦題を「ロンドンの街々」というこの歌は、イギリスのフォークシンガーのラルフ·ネルソンという人が1969年に作ったのだそうで、現在では200人を越えるアーティストからカバーされているのだという。気分の悪くなる話である。

歌の内容に触れずにむかつくとか気分が悪いとか言っていても始まらないので、翻訳を掲載しておきたい。こんな歌だ。


Streets Of London

Streets Of London

英語原詞はこちら


Have you seen the old man in the closed down market
Picking up the papers with his worn out shoes
In his eyes you see no pride and hanging loosely at his side
Yesterdays paper, telling yesterdays news

シャッターが下りた商店街で
そのおじいさんのことを
見たことがありますか。
ぼろぼろになった靴の爪先で
新聞を拾いあげている人。
その目にはプライドの光もなくて
体の脇にだらしなくぶら下げてるのは
昨日のニュースの載った
昨日の新聞。


So how can you tell me you're lonely
And say for you that the sun don't shine
Let me take you by the hand and lead you through the streets of London
I'll show you something to make you change your mind

だから あなた
自分は孤独な人間だなんて
どうして言えるのですか。
太陽は自分のためには輝かないなんて
どうして言えるのですか。
あなたの手をとって
ロンドンの街角を案内させてほしい。
そうしたらあなたの気持ちを
変えられるようなものを
見せてあげられると思いますよ。


Have you seen the old dear who walks the streets of London
Dirt in her hair and her clothes in rags
She's no time for talking, she just keeps right on walking
Carrying her home, in two carrier bags

ロンドンの街角を歩いてる
そのおばあさんのことを
見たことがありますか。
髪はほこりまみれで
着ているものはぼろぼろ。
口をきくひまもなく
ただ歩き続けている。
車輪のついた2つの袋に
自分の暮らす家を
詰め込んで引きずっている。


So how can you tell me you're lonely
And say for you that the sun don't shine
Let me take you by the hand and lead you through the streets of London
I'll show you something to make you change your mind

だから あなた
自分は孤独な人間だなんて
どうして言えるのですか。
太陽は自分のためには輝かないなんて
どうして言えるのですか。
あなたの手をとって
ロンドンの街角を案内させてほしい。
そうしたらあなたの気持ちを
変えられるようなものを
見せてあげられると思いますよ。


And in the all night cafe at a quarter past eleven
Same old man sitting there on his own
Looking at the world over the rim of his teacup
And each tea lasts an hour and he wanders home alone

夜中の11時15分に
終夜営業のカフェのいつも同じ場所に
一人ぼっちで座っている
おじいさんがいます。
ティーカップの縁ごしに
世界を見つめながら
一杯の紅茶ごとに一時間かけて
それから一人で家に帰るのです。


So how can you tell me that you're lonely
And say for you that the sun don't shine
Let me take you by the hand and lead you through the streets of London
I'll show you something to make you change your mind

だから あなた
自分は孤独な人間だなんて
どうして言えるのですか。
太陽は自分のためには輝かないなんて
どうして言えるのですか。
あなたの手をとって
ロンドンの街角を案内させてほしい。
そうしたらあなたの気持ちを
変えられるようなものを
見せてあげられると思いますよ。


Have you seen the old man outside the seaman's mission
Memory fading with the medal ribbons that he wears
And in the winter city, the rain cries a little pity
For one more forgotten hero, and a World that doesn't care

海軍の任務から外された
そのおじいさんのことを
見たことがありますか。
記憶はその胸に下がっている
勲章のリボンと同じように
色褪せてゆきます。
冬の街角で
雨は少し悲しげな音を立てています。
世界から見向きもされない
もう一人の忘れられた英雄のために。


So how can you tell me that you're lonely
And say for you that the sun don't shine
Let me take you by the hand and lead you through the streets of London
I'll show you something to make you change your mind

だから あなた
自分は孤独な人間だなんて
どうして言えるのですか。
太陽は自分のためには輝かないなんて
どうして言えるのですか。
あなたの手をとって
ロンドンの街角を案内させてほしい。
そうしたらあなたの気持ちを
変えられるようなものを
見せてあげられると思いますよ。


Streets Of London (Ralph McTell)

ある海外サイトでは、この歌のことが次のようなヘレン·ケラーの言葉と合わせて紹介されていた。

I cried because I had no shoes, until I met a man who had no feet.
私は自分が靴を持っていないからといって、泣いていた。足のない人に出会うまでは。

ヘレン·ケラーという人は、周知のように一歳の頃にかかった病気が原因で、目が見えない、耳が聞こえない、言葉を話せないという「苦しみ」を経験しながら育った人だが、彼女が自分の目や耳のことについて言わずにこの言葉を語ったのは、自分と立場が違う人、すなわち目が見える人間や耳が聞こえる人間に対しても、自分と同じ気持ちになって考えてほしいという理由からのことだったのではないかと思う。

間違いなく言えるのは、ヘレン·ケラーはかつて自分のことを「不幸な人間」だと感じながら生きていたということだ。それが「自分より不幸な人がいる」ということに気づかされたということが、彼女にとっては「生き方が変わるきっかけ」になった。そのことを伝えたいために彼女がこうした言葉を残したのだということに、疑問の余地はない。

だが、「自分より不幸な人が世界にはいる」ということに気づかされた時、ヘレン·ケラーが思ったことは「自分は幸せだったのだ」「うれしい」ということだったのだろうか。絶対、そうではなかったはずだと思う。むしろ「自分は今まで、自分のことしか考えていなかった」「ごめんなさい」と彼女は思ったのではないだろうか。

そしてそうした「不幸な人」が世界に一人でもいる限り自分もまた「幸せ」にはなれないということを彼女は痛感したに違いないと思うし、かつそれまで自分のことを「不幸だ」と思いながら生きていた彼女が、自分にも他の人を「幸せ」にするために生きることができるのだということに「気づいた」ことは、確かにヘレン·ケラーという人の「生き方」を決定づける出来事だったに違いないと思う。そのことは何より、ヘレン·ケラーという人のその後の生き方に示されている。

付け加えて言うならば、Wikipediaでは「教育家」「社会福祉活動家」「著作家」という紹介のされ方しかしていないものの、ヘレン·ケラーという人は筋金入りの社会主義者でもあった。南北戦争の時に南軍の将校をやっていたような保守的な家庭に生まれながら、常に差別される人たちや抑圧された人たちの側に身を置いてたたかった。不正に対する「暴動」やストライキの鎮圧に戦車が投入されていたような当時の(今だって変わらない)アメリカにおいて、それは文字通り命がけの活動だった。FBIや日本の特高警察から要注意人物として監視の対象になっていたこともある。決して、「自己満足」だけでやれるような生き方ではない。

民衆のアメリカ史 下巻 (世界歴史叢書)

民衆のアメリカ史 下巻 (世界歴史叢書)



だが、そうしたヘレン·ケラーという人の思想や生き方と、この「ロンドンの街々」という歌との間には、一体どういう関係があるというのだろうか。

あなたの手をとって
ロンドンの街角を案内させてほしい。
そうしたらあなたの気持ちを
変えられるようなものを
見せてあげられると思いますよ。

どう「変えて」みせるつもりでいるというのだろう。この歌い手は。それ以前に、知り合いでも何でもない人たちのことをいろいろと引き合いに出して、何を「案内(lead)」してみせるというのだろう。「世の中にはいろんな生き方がある」ということを知り合いに見せるために、この主人公は知らない家の玄関でも平気で開けて回る人間なのだろうか。「家を持っていない人」に対してならそれと同じことをしても許されるという風にこの歌い手の人間が考えているのだとしたら、それこそ差別でなくて一体何だと言うのだろうか。

上見て暮らすな
下見て暮らせ

この歌が歌っていることなんて、初めから終わりまで「それだけ」じゃないか。

We Are The World」の記事を書いた時にも触れたことだが、「世界がもし100人の村だったら」みたいな本があって、今の世界がどんなに不平等で、「不幸な人たち」がどれだけ沢山いるかということを「知識」として知ることができたとしても、「上の何%かの人間たち」が「自分は不幸ではないのだ」ということを「確認」するためにしかその「知識」が使われないのだとしたら、それはしょせん「一握りの人間のため」だけの「知識」でしかない。

この歌は自分のことをその「選ばれた一握り」だと感じている人間が、その事実を確認し、自己満足にひたるためだけに歌われる歌であるにすぎない。一番から四番まで、全ての歌詞に登場する路上生活者の人たちに向けられたまなざしは、「同情的」ではあるかもしれないけれど、結局動物園の動物を眺めるのと何も変わらないぐらいに、差別的なものだ。その人たちと「共に生きる」ことなど、初めから何も考えていない人間が歌っているからである。

それを何を勘違いしているのか、この歌がその路上生活者の人たちの「ため」に作られた歌だといったような解説も時々目にすることがあるのだが、書くなら考えて書いてほしいと思う。この歌が路上生活者の人たち自身の「愛唱歌」になることなんて、ありうるだろうか。この歌が「誰のため」に作られた歌なのかということは、ハッキリしている。この歌は飽くまでも「路上生活をしていない人間」が「自分のため」に作ったものであり、それだけの歌でしかない。

in the winter city, the rain cries a little pity (冬の街で、雨は少しだけ悲しげな声を立てている)」という一節など、聞いていて本当に腹が立ってくる。路上で暮らしている人にとって、冬の雨というのがどんなに辛くて冷たいかということ、場合によっては命をも奪うものなのだということを、その本人を前にしていてもこの歌い手は何も「知ろうとしていない」のだ。だから「a little (少しだけ)」などという言葉を平気で使う事ができる。お前にとっては「a little」かもしれないけれど、お前が「歌のネタ」にしているそのおじいさんにとって、その雨が一体どういう雨なのか少しでも考えたらどうなんだと言いたくなる。何を勝手に「平和な世界のお話」にしてくれているのだ。それにも関わらずこの「アーティスト」にとっては、「a little」という「自分の感じ方」の方が「よっぽど大切」なのである。

こういう人間に対しては、私は本当に口を聞くのもイヤになってくる。こんな連中のナルシスティックな自己満足を肯定するために自分の言葉を引き合いに出されたのでは、ヘレン·ケラーという人だって浮かばれないに違いないと心から思う。

しかもこの「ロンドンの街々」は、現在ではイギリスの学校教育において、「子どもたちが歌わされる歌」になっているらしいのだ。子どもに選民思想を植えつけるのと同じレベルで、ひどい話だと思う。実際に路上で暮らしている人たちは、街角の小学校からこの歌を歌う声が流れてくるのが聞こえたら「うれしい」と思うだろうか。「自分たちは忘れられていない」と思うだろうか。耳をふさぎたくなるに決まっていると私は思う。あるいは、現在ロンドンで路上生活を送っている人たちの中には、子どもの頃にこの歌を教えられた世代の人も増えてきているかもしれないが、その人たちはどんな気持ちでこの歌のことを思い出すのだろうか。

学校社会の内側においても、周りの子どもたちと違った環境で暮らしていることを理由に「この歌でいじめられている子どもたち」は、決して少なくないはずだと思う。この歌詞は、最初からそういう「使い方」が可能なように作られているのだ。作った人間にその意図がなくてもである。

東京オリンピックを目前に控えた現在の日本においては、「おもてなしのため」「街をキレイにするため」と称して、全国の至る所で、路上生活を送っている人たちの叩き出しや強制排除が推し進められている。2012年のロンドンオリンピックの際にもそれと同じことがイギリス全土で繰り広げられたことが伝えられているが、学校で「ロンドンの街々」という歌を教えられて育った人たちの果たしてどれくらいが、それに反対の声をあげたり座り込みに参加したりといった具体的な行動に立ちあがっただろうかと私は思う。少なくとも日本においては、実際に路上生活を送っている人たちはもとより、「住む家のある立場」からそうした行動に参加している人たちまで含め、「ロンドンの街々」みたいな歌に「共感」するような感性を持った人は、私の知る限り現場に一人もいない。イギリスでも同じなはずである。

結局自分たちのことを「キレイ」だと思っている人間たちだけのために、「ロンドンの街々」みたいな歌はあるのだ。自分たちのことを「キレイ」だと思っている人間たちにとって、かれらが「きたない」と見なしている人たちは、時として「同情」の対象になることはあるものの、オリンピックみたいな「自分たちの祭り」のためであれば、自分たちの目に入らないところに排除されるのが当然の存在であると見なされている。抵抗する人に対しては「社会正義」の名のもとに暴力を振るうことさえ、自分たちのことを「キレイ」だと思っている人間たちは全く躊躇しない。それと何ら矛盾しない内容の歌だから、「ロンドンの街々」は「学校で教えられることのできる歌」なのだ。学校教育というものを「作っている」のは、他ならぬその自分たちのことを「キレイ」だと思っている人間たちなのだから。

私自身、そういう人間たちのために労働することを通してしか自分自身の生活費を稼ぎ出せない立場の人間だし、そのことを通して「住む場所」を確保している。ブログを書ける条件もそうやって維持している。自分が何らエラソーなことを言える立場の人間ですないことは、自覚している。

それでも、「そういう人間たちの側」で生きてゆくことだけは死んでもイヤだと思っている。

批判のためだけの批判というのは、空疎なものだ。「ロンドンの街々」に共感できないお前はそれならどんな言葉になら共感できるのかということが問われたならば、ドイツの劇作家のブレヒトという人が1939年に書いた「あとから生まれてくる人々へ」という詩を挙げたいと思う。1933年のナチス政権の成立と同時に、ユダヤ人の結婚相手と一緒にドイツを脱出し、亡命先を転々としながらファシズムを批判する作品を書き続けた彼が、唯一その肉声を通して発表した作品だ。この詩の翻訳を以下に紹介して、今回の記事のしめくくりに代えたいと思う。


An die Nachgeborenen (Bertolt Brecht)

An die Nachgeborenen
あとから生まれてくる人々へ



=1=

Wirklich, ich lebe in finsteren Zeiten!
本当に、ぼくの生きている時代は、暗い!

Das arglose Wort ist töricht. Eine glatte Stirn
Deutet auf Unempfindlichkeit hin. Der Lachende
Hat die furchtbare Nachricht
Nur noch nicht empfangen.

無邪気な言葉はしらけて響く。
つるっとした額は
無気力無関心無感動のあかし。
笑うことができるのは
悲しいニュースを
まだ受け取っていない人だけだ。


Was sind das für Zeiten, wo
Ein Gespräch über Bäume fast ein Verbrechen ist
Weil es ein Schweigen über so viele Untaten einschließt!
Der dort ruhig über die Straße geht
Ist wohl nicht mehr erreichbar für seine Freunde
Die in Not sind?

何て時代なんだろう。そこでは
樹木についての会話をかわすことが
罪悪以外の何ものでもない。
なぜならそれはそれ以外のことを
無視することしか意味していないから!
静かに通りを行く彼氏は
助けを必要としているその友だちからは
もはや手の届かないところに
いるんじゃないだろうか?


Es ist wahr: ich verdiene noch meinen Unterhalt
Aber glaubt mir: das ist nur ein Zufall. Nichts
Von dem, was ich tue, berechtigt mich dazu, mich satt zu essen.
Zufällig bin ich verschont. (Wenn mein Glück aussetzt
Bin ich verloren.)

たしかに、ぼくはまだ食えている。
でもわかってほしい。
それはただの偶然なんだ。それだけだ。
腹いっぱい食えてることを
正当化できる理由がどこにあるだろうか。
分け前にありつけてるのは
運が良かったからだ。
(運がなくなればおしまいさ)。


Man sagt mir: iß und trink du! Sei froh, daß du hast!
Aber wie kann ich essen und trinken, wenn
Ich es dem Hungernden entreiße, was ich esse, und
Mein Glas Wasser einem Verdurstenden fehlt?
Und doch esse und trinke ich.

みんなは言う。食って飲めよ!
モノに囲まれて暮らしてることを喜べよ!
って。
でも自分の食べているものが
飢えている誰かから奪ったもので
自分のコップの水が
かわいて死んでゆく誰かから
奪ったものだったとしたら
どうして飲んだり食ったりできるだろう?
それなのにぼくは食べてるし
飲んでいる。


Ich wäre gerne auch weise
In den alten Büchern steht, was weise ist:
Sich aus dem Streit der Welt halten und die kurze Zeit
Ohne Furcht verbringen
Auch ohne Gewalt auskommen
Böses mit Gutem vergelten
Seine Wünsche nicht erfüllen, sondern vergessen
Gilt für weise.
Alles das kann ich nicht:
Wirklich, ich lebe in finsteren Zeiten!

ぼくだって
かしこくなりたいとは思う。
かしこい生き方というものが
むかしの本にはこんな風に書いてある。
世間の争いから離れて
恐怖から自由になったところで
短い人生を過ごしなさい。
暴力には頼らず
善によって悪を悔い改めさせ
欲望は満たそうとするのではなく
忘れなさい。
ぼくにはできないことばかりだ。
本当に、ぼくの生きている時代は、暗い!




=2=

In die Städte kam ich zu der Zeit der Unordnung
Als da Hunger herrschte.
Unter die Menschen kam ich zu der Zeit des Aufruhrs
Und ich empörte mich mit ihnen.
So verging meine Zeit
Die auf Erden mir gegeben war.

ぼくが街にやってきたのは飢えが支配する
混乱の季節だった。
騒乱の季節に人々の中にわけいり
叛逆のたたかいにたちあがった。
そんな風にしてぼくの時間はすぎた。
それがぼくに与えられた地上の時だった。


Mein Essen aß ich zwischen den Schlachten
Schlafen legt ich mich unter die Mörder
Der Liebe pflegte ich achtlos
Und die Natur sah ich ohne Geduld.
So verging meine Zeit
Die auf Erden mir gegeben war.

殺戮のあいまにものを食べ
人殺したちと折り重なって眠り
恋する時にも心はそこになく
自然を見ているとイライラした。
そんな風にしてぼくの時間はすぎた。
それがぼくに与えられた地上の時だった。


Die Straßen führten in den Sumpf zu meiner Zeit
Die Sprache verriet mich dem Schlächter
Ich vermochte nur wenig. Aber die Herrschenden
Saßen ohne mich sicherer, das hoffte ich.
So verging meine Zeit
Die auf Erden mir gegeben war.

その道の先に待っていたのは
人生の沼地だった。
ぼくの言葉はぼくのことを
殺戮者たちに売り渡した。
ぼくにできることなんて
ほとんどなかったけど
それでも支配者たちは
ぼくがいなくなったことで
少しは気が楽になったことだろう。
そんな風にしてぼくの時間はすぎた。
それがぼくに与えられた地上の時だった。


Die Kräfte waren gering. Das Ziel
Lag in großer Ferne
Es war deutlich sichtbar, wenn auch für mich
Kaum zu erreichen.
So verging meine Zeit
Die auf Erden mir gegeben war.

ぼくらの力は限られていて
目的地ははるかに遠かった。
確かに見えてはいたんだ。
でもぼくにはたどりつけそうになかった。
そんな風にしてぼくの時間はすぎた。
それがぼくに与えられた地上の時だった。




=3=

Ihr, die ihr auftauchen werdet aus der Flut
In der wir untergegangen sind
Gedenkt
Wenn ihr von unseren Schwächen sprecht
Auch der finsteren Zeit
Der ihr entronnen seid.

ぼくらが呑み込まれた洪水の中から
浮かびあがってくるあなたへ。
忘れないでください。
もしもぼくらの弱さを語るのであれば
あなたがたが経験しなくて済んだ
この時代の暗さについても語ることを。


Gingen wir doch, öfter als die Schuhe die Länder wechselnd
Durch die Kriege der Klassen, verzweifelt
Wenn da nur Unrecht war und keine Empörung.

ぼくらは前に進もうとしました。
靴を履き替えるよりもっとたびたび
自分の住む国を乗り換えて
階級と階級との間の戦いを
捨て身でくぐり抜けてきました。
邪悪さだけが存在し
全ての反抗が消滅していた
あの時代において。


Dabei wissen wir ja:
Auch der Haß gegen die Niedrigkeit
Verzerrt die Züge.
Auch der Zorn über das Unrecht
Macht die Stimme heiser. Ach, wir
Die wir den Boden bereiten wollten für Freundlichkeit
Konnten selber nicht freundlich sein.

それでもぼくらは知っています。
絶対に許せないことへの憎しみさえも
時には人の顔をゆがめてしまうことが
あるのだということを。
不正に対する怒りさえも
時には人の声を
聞くにたえないものに変えてしまうことが
あるのだということを。
ああ、ぼくらは
友愛の種をまこうとしたぼくらは
ぼくら自身のあいだにさえ
友愛をはぐくむことができませんでした。


Ihr aber, wenn es soweit sein wird
Daß der Mensch dem Menschen ein Helfer ist
Gedenkt unsrer
Mit Nachsicht.

けれどもみなさん。
いつの日にか人間と人間とが
助け合うことのできるような時代が
ついに訪れることがあったなら
その時には
ぼくらのことを思い出してください。
広い心をもって。

ロシアの作家のゴーリキーは、「どん底」という戯曲の中で、「人間は、いたわるべきものではなく、尊敬すべきものだ」という言葉を残した。

第一次世界大戦とロシア革命の時代にその言葉に触れた日本の被差別部落の人たちが、差別との闘争と人間の解放を掲げた日本最初の組織である、全国水平社を建設した。

その世界の側で、私は生きて行きたいと思う。

ではまたいずれ。