華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Peace Frog もしくは Abortion Stories/ Dawn's Highway (1970. The Doors) ※


Peace Frog

Peace Frog

英語原詞はこちら


There's blood in the streets, it's up to my ankles
(She came)
Blood in the streets, it's up to my knee
(She came)
Blood in the streets in the town of Chicago
(She came)
Blood on the rise, it's following me
Think about the break of day

街頭を染める血
足首までひたす。
(彼女がやってきた)
街頭を染める血
ひざにまで迫る。
(彼女がやってきた)
大都会シカゴの
街頭を染める血。
(彼女がやってきた)
血の水位は高まって
ぼくのことを追いかけてくる。
夜明けのことを考えよう。


She came and then she drove away
Sunlight in her hair

彼女はやってきて
クルマで走り去った。
彼女の髪の中の陽光。


(She came)
Blood in the streets runs a river of sadness
(She came)
Blood in the streets it's up to my thigh
(She came)
Yeah the river runs red down the legs of a city
(She came)
The women are crying red rivers of weepin'

(彼女がやってきた)
街頭をひたす血
かなしみの川を走る。
(彼女がやってきた)
街頭をひたす血
大腿部にまで迫る。
(彼女がやってきた)
川はひたすら赤く
街区を走り抜ける。
(彼女がやってきた)
女たちの泣き声が
赤い川になって流れている。


She came into town and then she drove away
Sunlight in her hair

彼女は街の中にまでやってきて
クルマで走り去った。
彼女の髪の中の陽光。


Indians scattered on dawn's highway bleeding
Ghosts crowd the young child's fragile eggshell mind

夜明けのハイウェイの上に散乱する
血まみれになったIndianたちの身体。
卵の殻のように傷つきやすい
小さな子どもの心に
亡霊たちが押し寄せる。


Blood in the streets in the town of New Haven
Blood stains the roofs and the palm trees of Venice
Blood in my love in the terrible summer
Bloody red sun of Phantastic L.A.

ニューヘイブンの街角を
赤く染める血。
血は屋根を染め
ベニスの街のヤシの木を赤く染める。
あのめちゃなめちゃな夏の
おれの愛の中にこびりついた血。
幻想と幻影のロサンゼルスの街の
血のように赤い太陽。


Blood screams her brain as they chop off her fingers
Blood will be born in the birth of a nation
Blood is the rose of mysterious union

自分の指が切断されるのに合わせて
彼女の中で悲鳴をあげる血。
国家の誕生に合わせて
血は生み出される。
血は謎めいた連邦国家のバラだ。


There's blood in the streets, it's up to my ankles
Blood in the streets, it's up to my knee
Blood in the streets in the town of Chicago
Blood on the rise, it's following me

街頭を染める血
足首までひたす。
街頭を染める血
ひざにまで迫る。
大都会シカゴの
街頭を染める血。
血の水位は高まって
ぼくのことを追いかけてくる。



「Indian」という言葉はアメリカ先住民に対する蔑称であり、差別表現です。ここでは原文をそのまま転載しました。



血のイメージで彩られたこの印象的な歌には、元々は「Abortion Stories」というタイトルがついていたのだという。スタジオでイントロのギターリフを思いついたロビー·クリーガーが、これに合った歌詞はないかとジムモリソンのノートをめくってみたところ(←ドアーズの曲作りの手法が垣間見えて、興味深いエピソードではある)、見つかったのがその「Abortion Stories」という題名のポエムだったらしい。「Abortion Stories」。直訳すると「中絶物語」。相当に、ショッキングなタイトルである。

幸いに、と言うべきなのだろうか。私自身は人にそういうことを経験させる立場に立ったことは一度もないし、自分の知っている人がそうした出来事の当事者になったことをリアルタイムで見聞きした経験もない。しかし、当たり前の話だが、世の中にはそういう経験を味あわされた人たちが無数にいるのだし、味あわせた側の人間もそれと同じだけ存在する。そしてそうした人たちがフツーにこのブログの読者になっていることは、当然ありうることだと思う。

その人たちの気持ちを考えた時、この「Abortion Stories」という詩のタイトルについてあれこれ語ろうといったような気持ちには、私はちょっとなれない。ジムモリソンという男性に人をそういう目にあわせた経験があったのかどうか私は知らないし、この歌詞からだけでは何も分からないが、それにしても日本語にしてみた時の「中絶物語」という文字列の「イヤな感じ」は、ちよっとあんまりだと思う。当初今回の記事のタイトルは「Peace Frog もしくは中絶物語」にするしかないのだろうかとも考えていたのだったが、やはりどうしても見出しには使いたくなかった。探偵物語や南極物語とはわけが違うのだから、ねえ。それと同じ「ノリ」で「物語」にしていいような話だとはどうしても思えない。しかもそれを男性の側から「物語」にしてみせるなど、100%ふざけきった話だと思う。

女性の立場から自らのそうした経験を「物語」にして発信している人たちというのは、ネットの中だけでも本当に沢山いるし、そこに綴られた言葉の重みというものは、こんなブログはもとより、どんなロックバンドの歌の文句とも、比べ物にならない。「Abortion Stories/ 中絶物語」という言葉で検索をかけてみたことで、私自身は今回思いがけずそうした人たちの言葉と無数に出会うことになったわけなのだけど、そうした記事に触れれば触れるほど、この歌の翻訳記事が検索画面でそれと同じ扱いを受けてしまうことには、耐えられないような気持ちになった。そうした「物語」との出会いを求めてこの記事にたどりつき、この歌のことを知った人は、きっと失望することになるのではないかと思う。場合によっては失望にとどまらず、傷つくことにさえなってしまうのではないかと思う。私自身、今回調べてみるまで全然知らなかったことではあったのだけど、もしもこの「Peace Frog」という歌の歌詞が原詩のタイトル通りに「中絶」をモチーフとしたものであるならばということを考えてみた場合、ジムモリソンという人の「中絶」に対する向き合い方というのは、明らかに「不真面目」である。男性の側からの葛藤や罪の意識みたいなものがまともに綴られているならまだしも、ここに並べられた言葉は初めから終わりまで「客観的な心象風景の描写」であるにすぎない。基本的には加害者の立場に立っている人間が平気でそんな風に「客観的な言葉」を並べてみせる姿ほど、当事者の人たちの気持ちを逆なでするものというのは他にないのだということを、彼氏も私も他のいろんな人たちも、こういうケースでは特に肝に銘じておかねばならないと思う。

そうした文脈からこの歌詞を一番「善意に」解釈するならば、足元からだんだんと水位を上げて主人公に迫ってくる血のイメージというのは、彼氏の罪悪感のメタファーなのだ、みたいな読み方も可能であるかもしれないが、「だったら何だって言うんだ」というぐらいのレベルの話でしかない。当事者の人たちにとって「Abortion (中絶)」というものは、精神的にも身体的にも、ものすごく具体的な「痛み」を伴っている。それと無縁なところにいる人間がそのことをネタにしてイメージやらメタファーやらを弄んでいる姿というもの自体がそもそも人をナメているし、軽くてチャラくて正視に耐えない。

今回に関してはあらかじめ書いておくしかないように思われるのだが、「ジムの歌詞にはそれにとどまらないもっと深い意味があるのでは」的なお喋りがしたい人は、さっさとよそへ行ってほしい。間違ってもコメント欄にそんな目が腐るような言葉を書き込んだりはしないで頂きたい。「空気を読まない行為だから」ということではなく、それは「人の心に土足で踏み込む行為だから」である。当事者の痛みより「重」くて「深」いものがどこにあるだろう。ずっと私はそういう話をしているのに、それを否定してまで「ジムモリソンはもっと深い」という話をあなたは本気でしたいのか。自分の痛みと向き合うためにいろんな言葉で検索したり何なりして偶然この記事を見つけた当事者の人が、そうしたあなたの言葉を目にしてしまったなら、確実にその人は自分の痛みが「軽く扱われている」ことを知ることになるだろう。そのことは場合によってはその人の命を奪うことにもなりかねない。

「軽い言葉」でお喋りをすることの全部が悪いことだと言う気はないし、私だって嫌いではない。しかし軽く扱っていい話とよくない話というのはハッキリと存在しているのであって、その垣根を軽々と越えてみせようとするようなことは、時として英雄的な行為になりうる場合もあるだろうが、多くの場合は無抵抗な相手の心を一方的に踏みにじる侵略行為でしかない。どうしてもそういうことがしたいと思うのであれば、自分自身もハチノスになるだけの覚悟を持ってやってもらいたいものだと思うし、私はいつでもそうしている。軽い言葉で喋ることが好きな人たちには、自分たちの言葉には「その軽さゆえに」恐るべき殺傷力が宿っているのだということを、言っても分からないだろうけど、覚えておいてほしいものだと思う。あなたの言葉が軽ければ軽いほど、それで突き刺される側の人間にとっては、その言葉が重く重く突き刺さるのである。

悪い政治家や会社経営者といった人間たちの心に、そうした言葉が突き刺さることというのは「ほぼ」ありえない。だからかれらはそうした言葉を平気で他者に向かって吐き散らすことができるわけでもあるわけなのだけど、「人間の心」を持った人の胸にはそれが「刺さる」のだ。何か「正しいこと」を言いたいのであれば、その人たちの (そしてあなた自身の) 「人間の心」を「守る」ことをまず第一に考えてもらいたいものだと思う。「人間の心」から離れたところに、「正しいこと」なんてあるはずがないからだ。それにも関わらず、そうした政治家やら会社経営者やらと「同じ言葉」でかれらを批判してみせることで何か「正しいこと」を言っているつもりになっているような人たちというのは、「刺さらない相手を刺そうとしている」時点で絶望的にムダなことをやっているというだけにとどまらず、往々にして「刺されるいわれのない相手を刺している」のだから、そういう自己満足にもならないことは即刻やめてほしいと心から思う。悪い政治家を「おバカ」と形容することで何かを言ってみせたような気持ちになっているあなたの言葉が本当に「刺して」いるのは、「人間の心」を持っているがゆえに精神病院への収監の恐怖と24時間戦い続けている本当に罪のないやさしい誰かのことかもしれないのである。て言っか、そうなのである。「かもしれない」のレベルの話をしているわけではない。具体的な話を私はしているのだ。差別というのはそんな風に本当に具体的に直接的に、人の命を奪うものなのである。

まあ、このブログのコメント欄はずいぶん前から承認制にしてあるので、そういうコメントが寄せられたとしてもって言うか実はしょっちゅう来ているのだけれど、それを私の絶対に傷つけたくない大切な読者の人たちの目に触れさせてしまうようなことがないよう、いつも細心の注意は払っている。しかし表示させないコメントにしても、当の私はその全部に目を通しているわけで、中にはその私自身の心を刺したりエグったりしてくるようなコメントも結構ある。私にとっては「自分の青春に決着をつける作業」がこのブログ書きなので、おいそれと投げ出すわけにもいかないが、そういうのを引き受けながらブログを継続してゆくというのは、なかなかにエネルギーの要ることだ。

こないだなんて、そうしたコメントに対し私としては本当に真剣な気持ちで、かつ言い過ぎにならないようにいろいろと気を使いながら、真面目に返事を書いたのだけど、そういう私の態度が「おもしろいですね」と言われてしまった。その人はそれで、私のことをホメてくれたつもりでおられたらしい。そしてホメているのだから、私という人間は当然それで「よろこぶ」はずだとも考えておられたらしい。

あれには本当に、がっかりさせられた。

まあいい。話がそれている。

とにかく、「Peace Frog」の原題が「Abortion Stories」だったことを知ったことで、一番面食らっているのは私自身なのである。そういうタイトルだったことを知った以上は、その当事者の人たちの気持ちを無視したところでこの歌についてあれこれ語ることは絶対に許されないだろうと思い、全く予定になかった長文をここまで書き綴ることになってしまったわけなのだけど、この歌が「そういう歌」だったということを私は今まで全然知らなかったし、気づける回路も持っていなかった。そして意味が分からないなりに私はこの歌に強く惹かれるものを感じていたし、いろんな思い入れも持っていたのである。当初はその話をしようと思っていたのだけれど、はてさてこの先の記事をどんな風に書いてゆけばいいものか。正直言って、ちょっと途方に暮れている。

とりあえずは、楽曲に関する情報を淡々と綴ってゆくぐらいしか、することがないように思う。

その「Abortion Stories」に、どうして「Peace Frog (平和のカエル)」などとゆう「ヘンなタイトル」がつくことになったのか。海外サイトの掲示板で見かけた以外にはどこにも載っていなかった話なので、100%の信憑性は保証できないのだけれど、とにかくどういう理由からであれ「Abortion Stories」というタイトルはちょっといかがなものか、という話になり、結局ワウワウペダルを利かせたこの曲でのロビー·クリーガーのギターの音が「カエルの鳴き声みたいだから」ということで、このタイトルに決まったらしい。だとしたらそれはそれで、ものすごくいいかげんな話だと思う。何かこの曲には、ものすごい勢いでガッカリさせられつつある。



ちなみに2018年現在、「Peace Frog」という言葉で検索をかけてみた時に一番最初に現れるのは上のような画像である。1985年にヴァージニア州で設立された同名の服飾メーカーがあるのだそうで、このカエルの図柄が入ったTシャツやら靴下やらで、けっこう儲けているらしい。Amazonで見たら愛想のない白地にこのしょーもないカエルをあしらっただけの自動車用ステッカーに1万8000円の値段がついていたから、恐るべきボロい商売である。(←副詞の正確な使い方としては「恐るべく」と言うべきなのかもしれないが、よく分からない)。設立者のコメントによるならば、アメリカ先住民の文化においてカエルは「平和の象徴」だったとのことであり、かつ多くの文化において「幸運を祈る」というメッセージを込めたアイコンとして使用されていることから、このカエルのデザインは生まれたらしい。(←日本での「無事カエル」みたいな使われ方までリサーチした上での話だとしたら、確かに勉強してるなとは思う)。ただし、その人のコメントにこのドアーズの楽曲への言及は一切なかった。「無関係」ということで、いいのだと思う。

曲の中で繰り返されている「"She came, she came, she came, just about the break of day."」という言葉は、歌詞の体裁を整えるためにジムモリソンによって後から付け加えられたフレーズなのだという。つまりこの部分が加わったことで、「Peace Frog」は「Abortion Stories」とは「別の作品」になっていることになる。とはいえだからといって、この歌詞の原型が「Abortion Stories」という詩だったという事実に、変化が生じるわけではない。

さらに

Indians scattered on dawn's highway bleeding
Ghosts crowd the young child's fragile eggshell mind

という有名なフレーズは、これまた「Dawn's Highway」というジムモリソンが書いた別の詩から切り取られた一節なのだという。ドアーズについて書かれた文章の中では必ずと言っていいほど言及されていることだが、ジムモリソンは四歳の時に砂漠の真ん中で、荷台に先住民の労働者を大勢乗せたトラックが接触事故で横転する光景を目撃してしまったことがあるらしく、彼自身、そのことが「自分の人生で最も重要な体験」だったと、多くの場所で語っている。何でもジムモリソンはその時、「先住民の祈祷師の亡霊」が「自分の体に乗り移る」のを感じたらしいのである。

このエピソードは「Ghost Song」「Newborn Awakening」といった、彼の残した詩の朗読作品のモチーフにもなっており、詳しく取りあげるのはそれらについての記事を書く時に回したい。今回の記事は、あまりに冗長になっている。ただ、その経験がジムモリソンという人に決定的な影響を及ぼしたという事実は、やはり重要であり、そうした光景を心の中に持ち続けている限り、彼が「Indian」「scatter」「highway」「blood」という単語を口から吐き出すたびに、彼の中にはその情景がまざまざとよみがえっていたであろうことは、想像するに難くない。そしてそれらの単語は、この「Peace Frog」という曲においてだけでなく、「モリソンホテル」というアルバムに収録された他のいろいろな曲の中にも、形を変えて繰り返し登場するのである。だからこのフレーズが「モリソンホテル」はもとより、引いてはドアーズの全作品を読み解く上での重要なキーワードになっていることは、間違いないと言える。

以下は、細かい点をめぐって。

Blood in the streets in the town of Chicago

多くの海外サイトが指摘しているのは、ここで言及されているのは1968年にシカゴで開かれたアメリカ民主党大会の情景なのではないか、ということである。

ジョン·F·ケネディの暗殺を受け、大統領に就任したリンドン·ジョンソンは、「偉大な社会」というスローガンを掲げてベトナム戦争への介入を泥沼化させていったのだが、結局行き詰まり、矛盾は深まる一方になっていた。そしてジョンソンの任期終了後の次の大統領候補を誰にするのかという問題をめぐり、アメリカ社会はかつて経験したことのない混乱を露呈させることになる。それが1968年の出来事だった。

後から生まれた人間が大ざっぱに書くことなので多少のデフォルメは容赦されたいが、共和党の候補はすんなりニクソンに決まった。ベトナム戦争を民主党以上に強硬に継続するというこの党の姿勢に、揺らぎはなかったからである。

一方、ジョンソン自身の出身党である民主党の候補者選びは、荒れに荒れた。この党においても戦争継続という基本姿勢に変わりはなかったのだが、それに反対する有力候補が次々と現れたのである。戦争に反対する人々は当然にも民主党を、正確には民主党の反戦候補者たちを、熱烈に支援した。これに対し民主党内の戦争継続派は、何としてもその動きを「潰さなければならない」という危機意識にかられることになった。かくして民主党内のこの両派の対立は、事実上の「戦争」の様相を呈してゆくことになる。

泡沫候補と思われていたユージーン·マッカーシーという人が、ベトナムからの即時撤退を掲げてニューハンプシャー州から立候補し、ジョンソンに迫る得票率を獲得したことで、ジョンソンは自らの再出馬を断念する。この「マッカーシー旋風」に触発されたJFKの弟のロバート·ケネディが、同じくベトナムからの撤退を掲げて立候補し、一時は彼が大統領候補に指名されることが、確実視されていた。

ところがその彼が1968年6月5日に兄と同様暗殺されるという事件が起こり、反戦派の人々は戦争継続派が暴力をもって自分たちの意志を貫徹しようとしていることを、身をもって知ることになる。こうした中で8月26日から29日にかけてシカゴで開催されることになった民主党の党大会が、ロバート·ケネディを失った反戦派を戦争継続派が「数の暴力」で圧殺するためのセレモニーと化してしまうであろうことは、もはや誰の目にも明らかな事態となっていた。

シカゴの党大会には全米から数万人の抗議者が押し寄せたが、警官隊はテレビカメラの前でかれらに対し公然と暴力を振るい、密室の会議場の外側でそうした流血が繰り広げられているのをよそに、党大会はそれまでの予備選で選挙活動を行ってさえいなかった、ジョンソン政権の閣僚のヒューバート·ハンフリーという人物を大統領候補に指名する。結局、それがニクソンに敗れることになるのだが、この時テレビを見ていた多くの人々が「アメリカは終わった」と感じたらしい。ドアーズが歌っていたのは、そんな時代だった。

ジムモリソンという詩人の中にわだかまる「血のイメージ」は、そんな風にして「現実のアメリカ社会」に流される血のイメージと重なってゆく。この歌詞がそうした歌詞であることは、間違いないと思う。


1968年民主党党大会 (1985年公開のテレビ番組より)

Blood in the streets in the town of New Haven

...「細かい点」と言いながら全然話が細かくならないのだが、この歌詞の背景をなしているのがコネチカット州ニューヘイブンで1967年に開かれたドアーズのコンサートのステージで、ジムモリソンが「暴動を煽動した」として逮捕された事件であるらしいということについても、海外サイトの解釈は一致している。

この日、ジムモリソンはライブが始まる前に楽屋裏でファンの少女といちゃついていたらしいのだが、それを見とがめた会場警備の警察官から横柄に言いがかりをつけられ、いきなり顔面に催涙スプレーを吹き付けられたのだという。これに激昂したジムモリソンは、ステージに上がるなり観客に向かって演説を始めた。

"We started talking and we wanted some privacy and so went into this little show room. We weren't doing anything. You know, just standing there talking, and then this little man in a little blue suit and a little blue cap came in there. He said 'Whatcha doin' there?' 'Nothin'.' But he didn't go away, he stood there and then he reached round behind him and brought out this little black can of something. It looked like shaving cream. And then he sprayed it in my eyes. I was blinded for about 30 minutes."
おれたち、お喋りを始めて、何となくプライベートな雰囲気がほしくなったんだ。それでショールームのひとつに入り込んだんだけど、何もしてなかったんだぜ。ただ立って喋ってただけだ。そしたらそこにいる小っちゃい青の制服に小っちゃい帽子をかぶった人間の小っちゃいそのおっさんが入ってきてさ。「何やってるんだ?」って言うんだ。「何も」って言ったんだけど、そいつ、出て行かないんだよ。それで立ったまま手を後ろに回して、シェービングクリームみたいな小っちゃい黒い缶を取り出したかと思うと、そいつをいきなりおれの目に吹きつけやがった。おれ、30分も目が見えなくなったんだぜ...

ジムモリソンがここまで喋ったところでステージに警官隊がなだれ込み、彼は逮捕されてしまったのだという。連行されるもみ合いの中で、彼は結構がんばって「十字架にかけられるキリストのポーズ」をとってみせたらしいのだが、わたし的にはイマイチだな。もうちょっと「いい連行のされ方」もあったんではないかという気がする。いずれにしても警察や軍隊といった組織の人間たちが「本気」になるのは、「自分たちが面と向かって批判された時」に限られているので、このことは読者の皆さんも覚えておいた方がいい。おちょくる時には「本気で」おちょくろう。

Blood in the streets in the town of New Haven
Blood stains the roofs and the palm trees of Venice
Blood in my love in the terrible summer
Bloody red sun of Phantastic L.A.

ロサンゼルスのベニスビーチはドアーズのホームタウン。「ファンタスティック」という言葉は普通「fantastic」と綴られるのだが、ここでは「Phantastic」と綴られている。「fantastic」と書いた場合、そこには「おとぎ話のように平和で幻想的なイメージ」が込められているのだが、あえて「Phantastic」と書くことには、そこに「Phantom (幽霊/幻影)」という禍々しいイメージを滑り込ませようとするジムモリソンの意思が反映しているのだと思われる。だから試訳は「幻想と幻影のロサンゼルスの街」とした。

Blood will be born in the birth of a nation
Blood is the rose of mysterious union

私がむかし持っていたCDの歌詞カードには、この部分が「mysterious humour (ミステリアスなユーモア)」と記載されており、おかげで意味不明だったのだが、「union (連邦国家=アメリカ)」だったのだとすれば、前段の「nation (国家/国民)」という言葉とも整合性がとれている。そしてこの歌詞に書かれているような内容がジムモリソンという人の「国家」に対するイメージを形成していたのだとしたら、その感覚は相当にファシズム的であり、不気味なものに感じられる。

「Abortion Stories」というこの歌の原題にジムモリソンが込めた気持ちの内容は知るすべもないわけだが、「血のイメージ」がこんな風にして彼自身の歴史から抜け出し、アメリカ社会の現実やアメリカという国家そのものと重ね合わせられてゆく点において、ジムモリソンがこの歌で表現したかったのは「自分とアメリカの関係」というテーマだったのではないか。ということは、言えると思う。

そしてそのジムモリソンがイメージする「アメリカという社会」は、「詩人の自己表現が当事者の痛みよりも優先されるべき社会」であり、彼自身がそれに満足しているものだから、「Abortion」の当事者の人たちの心を「軽く扱う」ことに彼氏は何の痛痒も感じていないのである。このことはジムモリソンという人にとっては「ジョハリの窓」の3つ目の部分に属している問題であり、そう指摘されたなら「そんなつもりはない」とか何とか言ってムキになって否定しにかかるかもしれないが、見る人が見れば彼氏が「当事者の痛み」にまるで無感覚であることは、誰が見ても明らかなことなのだ。

だからこの歌においてジムモリソンという人が「本当は何を言いたかったのか」を云々するような言説に、まともに耳を傾けてやらねばならない必要は「ない」と私は思う。彼氏が「Abortion」という自分に経験するようなこともできないことをネタにしてこうした歌を書いている以上、まず考えなければならないのは「実際に経験した人はこの歌をどう思うのか」という問題であるはずだ。その当事者の人たちを「ネタ」にした歌の話を、その当事者の人たちの「いないところ」で繰り広げようという態度自体が、何よりも人をナメている。そして今回は細かく言及することはできなかったが、そのことは彼氏が歌の中で繰り返しネタにしている「Indian」や「fool」という言葉の当事者の人たちとの関係においても、同様のことなのである。

というわけでまたいずれ。

つかえち。


=楽曲データ=
Released: 1970.2.9.
Key: F

モリソン・ホテル

モリソン・ホテル

Peace Frog

Peace Frog