華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Indian Summer もしくは大和郡山市下三橋町付近国道24号線東側 (1970. The Doors)


Indian Summer

Indian Summer

英語原詞はこちら


I love you, the best
Better than all the rest
I love you, the best
Better than all the rest
That I meet in the summer
Indian summer
That I meet in the summer
Indian summer
I love you, the best
Better than all the rest


きみが好き だれよりも
きみのほかの だれよりも
きみがすき だれよりも
あの夏に出会った ほかのだれよりも
そして時はいま Indian Summer
あの夏に出会った ほかのだれよりも
そして時はいま Indian Summer
きみが好き だれよりも
きみのほかの だれよりも


=翻訳をめぐって=

まず第一に、「Indian」という言葉に対するこのブログとしての立場を明らかにしておかねばならないと思う。

以前にも書いたことだが、私自身は「Indian」という言葉は、アメリカ先住民の人々に対するヨーロッパ世界の側からの「蔑称」であると考えている。それが蔑称である以上、「Indian」という言葉の「差別的でない使い方」などというものは、およそありえない。

「インディアン」という言葉を歌詞に含む日本語の有名曲としては、ブルーハーツの「青空」があり、一部には「差別に反対する歌」として愛唱されている向きもあるようだが、私はこの歌が少しも好きではない。確かに

生まれたところや皮膚や目の色で
一体このぼくの何がわかるというのだろう

みたいな歌詞は出てくるものの、それとは裏腹に真島昌利氏はこの歌の中で「インディアン」という言葉を明らかに「蔑称」として使っているし、またその人々に向けられた彼氏の視線そのものがある種の「蔑視」につらぬかれていることを、私は感じずにいられない。

ブラウン管の向こう側
カッコつけた騎兵隊が
インディアンを撃ち倒した
ピカピカに光った銃で
できればぼくの憂鬱も
打ち倒してくれればよかったのに

というのがその冒頭の歌詞であるわけだけど、日本語話者の感覚として、理由もなく一方的に殺された人のことを「呼び捨て」にするということが、およそありうるだろうか。テレビや新聞の報道で、殺人被害者の名前が「呼び捨て」にされるのを聞いたことがあるだろうか。また、あなたは「呼び捨て」にできるだろうか。前提的な問題として、人間にはその人が男であるとか女であるとかナニナニ人であるとかいうこと以前に、必ず「その人の名前」というものが存在する。その人の固有の名前に「さん」をつけて呼ぶのが、日本語世界における「不正の犠牲者への正当な向き合い方」というものだと思うし、この原則は犠牲者がたとえ仮名でしか報道されない場合であっても「Aさん」「Bさん」という形で必ず貫徹されるのである。殺されたその人が「自分と同じ人間」であるという意識を持っている限り、そうせずにいられなくなるのが、日本語を話す人間の「自然な感覚」であるはずなのだ。

それを「呼び捨て」にできるのは、明らかにその日本語話者が、殺された人たちのことを「自分と同じ人間ではない」と見なしているからなのである。

「言い方」云々の問題ではなく、自分と同じように呼吸し生活している他の人間のことを平気で「名前を持たない存在」として扱うことができてしまうその感覚の中に、差別は存在している。そして「日本人でない人々」のことを無造作に集合名詞で呼び捨てにしてみせる明らかな差別は、マスコミ報道においても学校教育においても、現在も平然と継続されている。

現在進行しているシオニストによるパレスチナの人々の大量虐殺の報道において、多くのマスコミは「パレスチナ人が何人死亡した」という書き方しかしていない。この「パレスチナ人」という「突き放した無造作な呼び捨ての仕方」を目にした瞬間に、日本語話者の感覚は自動的にそれを「他人事」であると感じ取ってしまう。これは「客観的な書き方」というものではない。書き手の人間が「自分」と「パレスチナの人々」との「距離の取り方」を慎重に計算した上で、主観的に選択した表現なのである。こうしたことには以前の記事でも触れた。

さらに右寄りのマスコミになると、パレスチナの人々の反撃によってシオニストが死亡した場合には必ず「イスラエル市民が死亡」「イスラエル兵士が死亡」と書くという「気の使い方」を見せている。「呼び捨て」が「失礼」にあたることを、かれらはしっかり自覚しているのである。その上で「パレスチナ人」は「パレスチナ人」で「いい」と「判断」して記事を書いているのだから、これが確信犯的な差別でなくて一体何だと言うのだろうか。日本語というのは、使い手が何をどうごまかそうとしたって絶対にウソがつけないようにできているものなのだ。もちろんこれは他のどんな言語でも同じことだと思うけど。

「青空」という歌に戻るなら、その歌詞を書く時、真島昌利という人の中には「インディアン」は「インディアン」で「かまわない」という「判断」が確実に存在したはずなのである。その「判断」を私は差別であると感じるし、ふざけるなとも感じる。そしてこの「インディアン」という「突き放した呼び捨ての仕方」には、「かれらはどうあがいたって、殺される他に仕方のない存在なんだ」とでも言わんばかりの「諦念」みたいな感情が込められていることが、ありありと伝わってくる。

何を勝手に絶望してくれているのだ。

「諦念」と私は書いたけど、それはあくまで作詞者自身の頭の中にだけ存在する「勝手な感情」であって、彼氏から「インディアン」に向けられた視線は、ひたすら「見下し」に貫かれていると私は感じる。確かに「同情」はあるだろう。でも「同情」だってやっぱり「見下し」なのだ。彼氏は白人の騎兵隊によって先住民の人々が殺されることを、確かに「正しい」ことだとは思っていない。しかし別にそのことに対して「怒って」いるわけでもない。本音の部分で彼氏はそれを「仕方がない」「どうしようもない」と感じているだけである。

だが、殺される当事者である先住民の人々は、それを「仕方がない」「どうしようもない」と思っていただろうか。ちっとも思っていなかったし、今でも思っていない。だからその人たちは自分たちの尊厳をかけて白人の騎兵隊と「戦った」のだし、その歴史を引き継ぐ人たちは今でも全米の至る所で先住民への差別と戦い続けている。その戦いに対する「共感」が、「青空」という歌の中には全く存在していない。

彼氏が見ていたテレビの中で「インディアン」が「殺された」のは、直接には「戦った結果」のことだろう。しかしアメリカの歴史において先住民の人々は「戦わなくても」殺されてきたのだし、戦わなければ「もっと殺された」に違いないのである。コロンブスが初めて上陸したその時から、先住民の人々は一貫して白人たちと友好的な関係を取り結ぼうとしてきた。それにも関わらず先住民の人々は白人から一方的に「人間狩り」の対象にされてきたし、また白人との間に交わされた約束はことごとく破られた。「同じ人間同士の関係」であれば、そういうことをされたら「怒る」のが当然のことだろう。ところが白人たちは先住民の人たちを挑発してワザと怒らせて、かれらが抵抗に立ちあがったことを、さらなる大虐殺を正当化するための口実にしてきたのである。非は一貫して白人たちの側にあるのであって、先住民の人々が非難されねばならないいわれは一片もない。そして殺されても殺されても戦い続けることを通して、先住民の人々は自らの誇りを守り抜いてきたのだ。

それにも関わらず「青空」という歌の主人公は、「騎兵隊」に対して怒らない。そこに表現されているのは「憂鬱な感情」だけであり、歌い手の「いらだち」はむしろ「インディアン」の側に向けられている。彼氏の目には「インディアン」の抵抗が「ムダなこと」「意味のないこと」にしか見えていない。「だからボクが憂鬱になるんだ」とでも言わんばかりである。

この歌に歌われているのはあくまでその「憂鬱の感情」であり、「差別に対する怒り」ではない。そしてこの歌において「インディアン」という存在には、歌い手がその「自分の憂鬱」を「投影」するための「素材」としての位置づけしか与えられていない。言い換えるなら真島昌利という人は「自分の憂鬱」を表現するための「ネタ」としてのみ、「インディアン」の存在を「必要」としているにすぎない。この歌における「インディアン」は、「無力な存在」「あわれな存在」「みじめな存在」「何もできない存在」「黙って死んでゆく存在」の象徴であり、自分のことをそういう人間だと思っている歌い手は、その「インディアン」に「自分」の姿を重ねているのである。

こんな失礼な話があるだろうか。

てめえが絶望するのは勝手だが、だったらてめえの言葉でてめえで語れっていうのだ。「絶望を拒否して戦っている他者」のことを引き合いに出す必要がどこにあるというのだろう。その人たちが必死で生きようとしている姿を「憂鬱のメタファー」として扱うようなことは、およそその人たちに対する「悪意」がなければできることではないはずなのだ。

要するにこの歌の主人公は、「自分が絶望しているにも関わらず絶望していない人間がこの世にいることが面白くなくて気に食わない」という人間として最悪な状態に陥ってしまっているにすぎないのである。しかもその感情を「歌にすること」を、彼氏は「恥ずかしいこと」ではなくむしろ「カッコいいこと」であると感じているらしいのだ。感受性が腐ってしまっているのではないかとしか私には思えない。

それにも関わらずこの歌がいまだに一部の世界で「愛されている」ということは、そういう人間として最悪な状態に陥ってしまっていながらそれに無自覚な人間というのがいかに多いかを示すひとつの指標であると言えるだろう。だからこの歌が発表された当時においては誰にとっても別世界の出来事みたいに感じられていた「戦争」がこれほど差し迫っている現在において、「何もしないで平気でいられる人間」がこんなに多いのである。

「バス」に乗っかって好きなところへ行けるご身分の人間諸氏は、行き先なんかどこでもいいからさっさと立ち去ってもらいたいものだ。パレスチナの人々はもとより沖縄の人たちだって福島の人たちだって、どこへも逃げられないからこそ「戦う」ことに活路を求めているのではないか。

いずれにしても、だから私はこの歌が大嫌いだし、真島昌利という人に対しては今からでも遅くないから、この歌の言葉を引っくり返すような「本当の反戦歌」を書いてもらいたいと心から願っているのである。もしも本当に「戦争に反対したい」という気持ちを持ち続けてはったらの話で構わないのだけど。

「Indian」という言葉に戻るなら、そもそもこの言葉は自分の上陸した大陸を「インド(India)」であるとカン違いしたコロンブスがその土地の人々のことを「インド人(Indio)」と呼んだというデタラメな言い方が現在に至るまで引き継がれているだけの話なのだから、この言葉で呼ばれ続けてきた先住民の人たちの気持ちが白人社会からどれだけ無視され続けてきたのかということは、想像するに余りある。ただし、Wikipedia日本語版の「インディアン」という見出しのついた記事によるならば、以下のような議論もあるらしい。長くなるが、引用する。

近年アメリカ合衆国で「インディアン」という呼称を「ネイティブ・アメリカン」と呼び替える動きが進んでいるが、この単語はアメリカ合衆国内の先住民全般、つまり「インディアン」、「サモア人」、「ミクロネシア人」、「アレウト」、「ハワイ人」、「エスキモー」全てを表す総称であり、固有の民族名ではない。

アメリカ合衆国内務省インディアン管理局(BIA)によれば『ネイティブ・アメリカン』という語は、1960年代にBIAが、そのサービス対象グループに対して使用し始めたものである。当初はインディアンとアラスカ先住民(アラスカ・インディアン、エスキモー、アレウト)を指しており、のちに連邦の枠組みに入るハワイ先住民と太平洋諸島民などを含むようになった。しかしインディアン・グループから苦情が出て、インディアン運動家たちは『アメリカ・インディアン』を主張するものもある。

「ネイティブ・アメリカン」という呼称は、BIAの意向を受けて「インド人」を祖先に持つ「インド系アメリカ人」と区別するために、人類学者が作った造語である。一方、歴史的呼称としての「インディアン」に誇りをもつインディアン達はこれをあくまで自称とし、またその名称を替えること自体が差別的であるとしている。

この問題にはそもそも「アメリカ」という地名そのものが後付けであり、白人が過去の不正行為から目を背けて「インディアン」という言葉を削除し、「先住民」という中立的または大雑把なくくりの中に埋没させ、問題を隠ぺいしようとしているとする見解もある。(→ネイティブアメリカンの呼称論争(英語版))

ラコタ・スー族の活動家、ラッセル・ミーンズは、「アメリカインディアンへの承諾なしに連邦政府がこの『ネイティブ・アメリカン』という用語を使用している」として批判しており、「私は『アメリカ・インディアン』だ。『ネイティブ・アメリカン』ではない!」とし、さらに「私は『ネイティブ・アメリカン』という用語を憎悪している」とし、「ネイティブ・アメリカン」とは「合衆国すべての囚人としての先住民について説明するのに使用される、一般的な政府用語」であり、また「私は『アメリカ・インディアン』という名称の起源を知っているので、この用語のほうを好みます。『アメリカ・インディアン』は『アメリカ合衆国の民族』以前からいる、唯一の民族グループなのです。」とし、「最終的に、私はだれであるかを、どんな政府にも定義させるつもりはありません。加えて、西半球で生まれる人はだれでも『インディアン』なのです。」と述べている。さらにミーンズはこの「アメリカインディアン→ネイティブアメリカン」への言い換えが白人主体で進められている現状について、「我々がアメリカインディアンの歴史を教えようとしても、白人達が教育現場で我々の子供達に、『アメリカインディアンは20世紀中に絶滅してもう存在していない』と教え込んでいる。」と批判している。

1977年にスイス・ジュネーブの国連議場で、ラッセル・ミーンズら「インディアン国際会議」は、満場一致で「『インディアン』という用語を支持する」と決議し、「我々は『アメリカ・インディアン』の名の下に奴隷にされ、『アメリカ・インディアン』の名の下に植民地化された。そして我々は、『アメリカ・インディアン』の名の下に自由を得るつもりである。また我々は自分達をどうとでも呼べるのである。」というコメントを発表している。

「アメリカン・ヘリテージ英語辞典第4版」には、「『ネイティブ・アメリカン』の承認は、『インディアン』の消滅をもたらさなかった。一度『ブラック』が好まれるようになると、あっという間に『ニグロ』が嫌われたのとは異なり、『インディアン』はアメリカ人の大多数で、決して嫌われることはなかった。」との記述が見られる。

またインディアン系オクラホマ州議会上院議員ランディ・バースは「『インディアン』は『インディアン』だ。『ネイティブ・アメリカン』という言葉は30年ほど前からにわかに使われ始めたが、これを喜ばないインディアンだっていっぱいいるし、インディアンの中心州のこのオクラホマにも、『アメリカ・インディアン』の名のつく施設はたくさんある」という。

ほとんどのアメリカ・インディアンは、「インディアン」、「アメリカ・インディアン」、「ネイティブ・アメリカン」という用語に不快感を持たず、いずれも同じ意味合いで使用している。1995年5月にアメリカ国勢調査局の調査では、49%が「インディアン」を支持し、37%が「ネイティブ・アメリカン」を支持、3.6%が「他の名前がいい」とし、5%は「無回答」という結果が出ている。インディアン部族の公式ホームページでは、これらの単語が混在しているものも多い。2004年にワシントンD.C.で開館した博物館の名前は、国立アメリカ・インディアン博物館となった。

一方、チェロキー族の作家であるクリスティーナ・ベリーは「アメリカ・インディアン」も「ネイティブ・アメリカン」も、両方とも、様々なインディアンの民族の違いをぼかすので使用を避け、各部族名を使うべきであると主張している。

現在のアメリカ社会に生きる多くの先住民の人々が、誇りを込めて「インディアン」という言葉を「自称」に使っているという事実を、私はこの記事を通じて初めて知ったし、それはとても大切なことだと思った。しかしだからと言って、「インディアン」という言葉を「蔑称」として使ってきた側の人間たちが、これからもその言葉を平然と使い続けることが、「正しい」ことだとは全く思わない。

付け加えるなら、Wikipediaの上記の記事の英語版の見出しは「Native Americans in the United States (アメリカ合衆国のアメリカ先住民)」であり、「Indian」ではない。それにも関わらず日本語版の記事を書いた人間は、これだけの議論が存在していることを知った上で「インディアン」は「インディアン」で「いい」と判断しているわけである。当事者でもない人間がどうしてそういう傲慢な「判断」を下せるのか、私には理解できない。そしてそういう人間の書いた「インディアン」についての記事がどこまで信用に値するものなのか、甚だ心もとない気がする。

さらに言うなら、日本語版の「インディアン」の記事の冒頭には、民族衣装をまとった先住民の男性と女性の顔写真がいきなり大写しで掲載されており、しかもその下にはその人たちの名前さえ掲載されていない。「インディアンとはこういうものだ」とでも言わんばかりの紹介の仕方であり、そのやり方には以前の記事で触れた「人間動物園」を彷彿とさせるものがある。

一方で、英語版の記事には、そうした「顔写真」の類は一切出てこない。終わりの方に、現在のアメリカ社会の各界で活躍している先住民の人々の写真が名前入りで紹介されている程度であり、先住民に対するステレオタイプな偏見を助長するような性格の画像は全く使われていない。英語版の記事を書いた人自身が先住民の人なのかどうなのかについて、全部を読めなかった私には判断することができなかったのだが、少なくとも先住民の人たちの意見が反映された結果として、そうした見出しや紙面作りがなされていることは、間違いないことだと思われる。日本語版の記事の執筆者は、どうしてそうした現実から学ぼうとしないのだろうか。

結論として私自身は、白人社会から発信される差別的な情報にのみもとづいて「インディアン」に対するイメージを形成してきた日本語世界の人間が、その「インディアン」という言葉を無批判に使い続けることは、明らかな「差別の居直り」だと考える。だからこのドアーズの「Indian Summer」という歌がどんなに美しくてメローな歌であるとしても、そこに「Indian」という言葉が使われている以上それはやっぱり差別的な歌なのだということを、冒頭でまずハッキリさせておかなければならないと思った。それでこうした文章を書くことになったわけだけど、長くなったなあ。ここまでで9千字か。

とにかくこれでようやく「歌の内容」に入ってゆくことができる。「Indian」の次は「Indian Summer」という言葉についてである。

アメリカ国立気象局は「Indian Summer」を「10月下旬から11月中旬にかけて生じる、通常より気温の高い晴れた天候」として定義しているらしく、日本語ではこの言葉がしばしば「小春日和」と翻訳されている。日本気象庁による「小春日和」の定義は「晩秋から初冬にかけての暖かく穏やかな晴天」なので、意味内容にほとんどズレはない。季節が冬にさしかかる直前にフワッと暖かい日が続くのは、北半球の中緯度帯に共通して見られる気象現象であるらしく、両者は科学的にも「同じ現象」をさした言葉なのだと言いうる。

だがその「同じ現象」を前にした時に、日本語話者は「春のようだ」と感じ、アメリカの英語話者は「夏のようだ」と感じるわけである。この感覚の違いというのは、無視していいものだとは思えない。

さらに画像検索してみると、アメリカの人たちが「Indian Summer」という言葉から連想するのは、上のような風景らしいのである。上の風景といっても、貼りつけた画像からはあまりに遠ざかってしまったので、もう一度貼りつけてみたい。



...この画像から「小春日和」をイメージできる日本人って、いるだろうか。「小春日和」と言うからにはやっぱり、薄紅の秋桜が何気ない陽だまりに揺れていて、このごろ涙もろくなった母が庭先でひとつ咳をするといったような、そういう「道具立て」が必要になってくる。「里の言葉」ではありえても「山の言葉」にはならない気がする。つまるところ「小春日和」は「小春日和」で、「Indian Summer」は「Indian Summer」なのである。だからこの言葉に関しては、「あえて訳さない」のが一番いいような気がした。(余談ながら、日本におけるああいう「嫁入り系の歌」って、どうしてどれもこれも「男が作った歌」ばっかりなのだろう)。

さらに「Indian Summer」という言葉の語源について調べると、以下のような記事が見つかった。興味のある方は参照されたい。
xn--n8j320ixuiolgtssen2b.com
その上で、歌詞についてなのだ。

I love you, the best
Better than all the rest
That I meet in the summer
Indian summer

私が昔持っていたCDの歌詞カードには、三行目が「The time is in the summer」と記載されていた。あまり聞かない表現だが、これだと「時は夏」みたいな意味になる。

だがその「正しい歌詞」が「That I meet in the summer」だったとした場合、上の三行は「私はあなたのことを、あの夏に出会った他の誰よりも愛しています」という「ひとつの文章」になってしまう。

だとすると「Indian summer」という言葉は、どこにつながるのだろうか。「In the summer」という上の歌詞との韻の踏ませ方は完璧であるにしても、このフレーズだけが浮き上がってしまうのである。

「Summer」と「Indian summer」は、時間的にも連続していない。「Indian summer」は「晩秋の季語(?)」なのだから、9月と10月が間に挟まっている。つまり歌の中の2人が出会ったのは夏の出来事だったけど、歌の中に流れる時間において「現在」は「晩秋」になっているということなのだと思う。

それで、上のような試訳になった。

...長くて理屈っぽい記事になったなあ。

私はこの歌が大好きだったのである。けれども今では好きではない。

そのことは、ここまで頑張って読んでくださった皆さんには、分かって頂けるのではないかと思う。



遠い昔、国道24号線の奈良市と大和郡山市の中間あたりの南に向かう道沿いに、「インディアン·サマー」という名前のレストランがあった。白い建物で、周りには背の高い本物のヤシの木が植えてあって、その外観は「ホテル·カリフォルニア」のジャケットを思わせた。中に入ったことは一度もなかったけれど、子どもの頃の私はその店を眺めるのが大好きだった。

今回思い立って、画像でも上げてくれている人がいないかと調べてみたところ、かつて「インディアン·サマー」があった周辺の場所は、今では「イオンモール大和郡山」の一部になってしまっていることが分かった。

私はイオンモールが大嫌いである。

ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Recorded: 1966.8.
Released: 1970.2.9.
Key: D

Indian Summer

Indian Summer