華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Up On Cripple Creek もしくはラストワルツ特集 #1 (1969. The Band)

#0 Up On Cripple Creek#2

  • 「Don't Do lt」の演奏を終えてステージを離れるメンバーたち。リック·ダンコは客席に向かって投げキス。ロビー·ロバートソンは帽子をかぶりなおし、出てくる時に持っていたコーラの瓶を律儀に持って帰る。その映像に合わせて「ラストワルツのテーマ」が流れ出し、やがて映像が切り替わる。

  • 車窓から眺めるサンフランシスコの風景。道端には壊れた車が何台か止まっている。(道端でスクラップ屋をやっている人たちの映像なのかもしれない)。
  • 車は「ロビンソン酒店」と書かれた店の角を右折。さらに映像が切り替わり、車は「ラストワルツ」の会場のウインターランド·ボールルーム(「ダンスホール」と訳される)の周辺の様子を時計回りにぐるっと映し出す。開場を待っている観客たちの姿。
  • 画面、暗くなり、「WINTERLAND」の赤いネオンサイン。(「TERL」の文字が消えかかっている)。

そして画面にタイトル文字。
「A Martin Scorsese Film」
「THE BAND」
「THE LAST WALTZ」

  • タイトル文字に合わせて、開演前の会場で社交ダンスを踊る人々の姿。オーケストラの指揮者の背中。天井で回るミラーボール。その映像と共に、ゲスト出演者の名前が次々に表示される。
  • 最後に開演前のウインターランドの全景が映ったところで、ロビーの声が聞こえてくる。



Robbie Robertson: OK, look. We've been together years.
ロビー·ロバートソン:オーケー。いいかい。我々は、何年も一緒にやってきた。

Martin Scorsese: Who?
マーティン·スコセッシ:誰が?

Robbie: Who? The Band.
…You want me to plug that in?
ロビー:誰って? ザ·バンドだよ。
…そこを話してほしいのかい?


Scorsese: Let's do it again.
スコセッシ:もっぺん最初から行こう。

  • 「You want me to plug that in?」を直訳すると「そこに電源を入れてほしいのかい?」となるので「そこを話してほしいのかい?」と訳したが、スコセッシの「Who?」という「ヘンな質問」は、一体何なのだろう。寝てたのかよと思ってしまう。

  • 画面、切り替わる。シャングリラ·スタジオの一室だろうか。ロビーの背後には大きなカナダ国旗が飾られている。

Robbie: The Band has been together years. Together on the road. We did eight years in bars, dives, dance halls. Eight years of concerts and stadiums, arenas. We gave our final concert, The Band's final concert, and we called it The Last Waltz.
ロビー:ザ·バンドは、何年も一緒にやってきた。一緒にツアーをやってきた。酒場や、いかがわしい店や、ダンスホールで8年間。大きなコンサートやスタジアムツアーで8年間。我々は最後のコンサートを開いたんだ。ザ·バンドの最後のコンサート。我々はそれを「ラスト·ワルツ」と名付けた。

  • ロビーは、過去形で喋っている。つまりこのインタビューは、コンサートの後に撮影されているのだ。文字になった資料をみるまで、私はそのこと自体を分かっていなかった。

Scorsese: Why was it held in San Francisco, in Winterland, when you guys have been on the road for years?
スコセッシ:どうしてそれを、サンフランシスコのウインターランドでやることに決めたんだい?きみたちはもう何年もツアーを続けてきたわけだけど。

Robbie: Winterland was the first place that the band played as The Band. Some friends showed up and helped us take it home.
ロビー:ウインターランドは我々がザ·バンドとして演奏した最初の場所だったんだ。友達が何人か現れてくれてね。我々の里帰りを手伝ってくれたんだ。

Scorsese: Not just friends. They're more than that.
スコセッシ:ただの友達かい?それ以上だろう?

Robbie: Would you ask me that again?
ロビー:もう一回言ってくれるかい?

Scorsese: They weren't just friends. They weren't just friends who came in to say hello. You know what I mean?
スコセッシ:ただの友達じゃないだろう。あいさつするためだけにやってきた友達ってわけじゃない。私の言いたいこと、分かるかな。

  • ロビー、飛んでいるハエを右手でパシッと捕まえる。


Robbie Robertson catches a fly

Scorsese: Get that fly!
スコセッシ:つかまえたね!

  • ロビー、にやっと笑って右手を払う。

Robbie: No. They were more than just friends. I feel they're probably some of the greatest influences on music on a whole generation.
We wanted it to be more than just a concert. We wanted it to be a celebration.
ロビー:そうだな。確かに彼らはただの友達じゃない。おそらくは、ひとつの世代まるごとの音楽に、一番大きな影響を与えてきた人間たちだ。
我々は、ただのコンサートにはしたくなかった。それを祭りにしたかったんだ。


Scorsese: Celebration of a beginning or an end?
スコセッシ:始まりの祝祭かい?それとも終わりの?

Robbie: Beginning of the beginning of the end of the beginning.
ロビー:終わりの始まりの始まりの始まりさ。

  • 画面、コンサート会場に切り替わる。

Levon Helm: Good evening.
リヴォン·ヘルム:わんばんこう!

  • …ごめんなさい。どうしてもリヴォンに言わせてみたくなったのです。以下、歌のシーンに移ります。


Up On Cripple Creek (Lastwaltz)

Up On Cripple Creek

英語原詞はこちら


When I get off of this mountain
You know where I want to go
Straight down the Mississippi River
To the Gulf of Mexico
To Lake Charles, Louisiana
Little Bessie, girl that I once knew
And she told me just to come on by
If there's anything she could do

この山での仕事が終わったら
おれがどこに行きたいと思ってるか
わかるかい。
ミシシッピ川を
メキシコ湾までまっすぐ下って
ルイジアナのレイク·チャールズさ。
前に知り合ったベッシーって女の子がいて
何かできることがあったら
いつでも寄ってちょうだいって
おれに言ってたんだよな。


Up on Cripple Creek she sends me
If I spring a leak she mends me
I don't have to speak she defends me
A drunkard's dream if I ever did see one

クリプルクリークの世界に
彼女はおれを連れてってくれる。
もしおれがダメになりそうになっても
彼女が何とかしてくれる。
おれは何も言わなくていい。
彼女が味方になってくれる。
世界中の酔っ払いが夢に見るのは
彼女みたいな女の子さ。


Good luck had just stung me
To the race track I did go
She bet on one horse to win
And I bet on another to show
Odds were in my favor
I had 'em five to one
When that nag came around the track
Sure enough we had won

ツキが回ってきたのがわかったから
おれは競馬場に行ったんだ。
彼女は本命の馬に賭けて
おれは実力を見せてやるために
別の馬に賭けた。
オッズはいい感じだった。
おれのは5倍だったな。
馬が一周回って戻ってきた時には
もちろんおれが勝ってたってわけさ。


Up on Cripple Creek she sends me
If I spring a leak she mends me
I don't have to speak she defends me
A drunkard's dream if I ever did see one

クリプルクリークの世界に
彼女はおれを連れてってくれる。
もしおれがダメになりそうになっても
彼女が何とかしてくれる。
おれは何も言わなくていい。
彼女が味方になってくれる。
世界中の酔っ払いが夢に見るのは
彼女みたいな女の子さ。


I took up all of my winnings
And I gave my little Bessie half
And she tore it up and blew it in my face
Just for a laugh
Now there's one thing in the whole wide world
I sure would like to see
That's when that little love of mine
Dips her doughnut in my tea

おれは配当金を受け取り
可愛いベッシーに半分くれてやった。
そしたら彼女はそれをビリビリに破いて
おれの顔に叩きつけた。
なんかおもしろいと思ったから。
だってさ。
今この広い世界で一つだけ
おれの見たいものがあるとすれば
それはいとしいあの子が自分のドーナツを
おれのお茶にひたすところ。


Up on Cripple Creek she sends me
If I spring a leak she mends me
I don't have to speak she defends me
A drunkard's dream if I ever did see one

クリプルクリークの世界に
彼女はおれを連れてってくれる。
もしおれがダメになりそうになっても
彼女が何とかしてくれる。
おれは何も言わなくていい。
彼女が味方になってくれる。
世界中の酔っ払いが夢に見るのは
彼女みたいな女の子さ。


Now me and my mate were back at the shack
We had Spike Jones on the box
She said, "I can't take the way he sings
But I love to hear him talk"
Now that just gave my heart a throb
To the bottom of my feet
And I swore as I took another pull
My Bessie can't be beat

そしておれと相方はねぐらに戻り
テレビでスパイク·ジョーンズを見た。
「あのひと歌はイマイチだけどトークは好き」
というのが彼女の意見だった。
その一言はおれのハートを撃ち抜いて
頭のてっぺんから爪先まで
ドキドキさせてくれたね。
もっぺん彼女を抱き寄せながら
おれは断言したよ。
ベッシーには勝てないって。


Up on Cripple Creek she sends me
If I spring a leak she mends me
I don't have to speak she defends me
A drunkard's dream if I ever did see one

クリプルクリークの世界に
彼女はおれを連れてってくれる。
もしおれがダメになりそうになっても
彼女が何とかしてくれる。
おれは何も言わなくていい。
彼女が味方になってくれる。
世界中の酔っ払いが夢に見るのは
彼女みたいな女の子さ。


As a flood out in California
And up north it's freezing cold
And this living off the road
Is getting pretty old
So I guess I'll call up my big mama
Tell her I'll be rolling in
But you know, deep down, I'm kinda tempted
To go and see my sweet Bessie again

カリフォルニアでは洪水で
北の方は凍りつくほど寒くなってる。
道を走って暮らしを立てるのもそろそろ
時代に合わなくなってるのかもしれないな。
ビッグ·ママのところに電話をかけて
そろそろ転がり込むぜって
伝えようかしら。
でも心の深いところではおれはもいちど
かわいいベッシーに会いに行くって
決めちゃってるような感じなんだな。


Up on Cripple Creek she sends me
If I spring a leak she mends me
I don't have to speak she defends me
A drunkard's dream if I ever did see one

クリプルクリークの世界に
彼女はおれを連れてってくれる。
もしおれがダメになりそうになっても
彼女が何とかしてくれる。
おれは何も言わなくていい。
彼女が味方になってくれる。
世界中の酔っ払いが夢に見るのは
彼女みたいな女の子さ。


Oh, no, oooh-oooh-oooh
Yodel yodel yodel oooh-oooh

ああ、ダメだ、ほー!
ヨーデルだヨーデルだ、ほっほー!


Oh, no, no, no, no
Yodel yodel yodel oooh-oooh

ダメだダメだ全然ダメだ
ヨーデルだヨーデルだヨーデルだほっほー!


Yeah, yeah, you know, I sure wish I could yodel, I know
いえい
おれにも上手にヨーデルが歌えたらなあ!


Yodely, yodely, yodely-oh
Yodel yodel yodel oooh-oooh
Oh, no, oooh-oooh-oooh
Yodel yodel yodel oooh

ヨーデルチックにヨーデルチックに、ほー!
ヨーデルだヨーデルだ、ほっほー!
ああ、ダメだ、ほー!
ヨーデルだヨーデルだ、ほっほー!


Up On Cripple Creek

=翻訳をめぐって=

…ガマンできずに突入してしまいました。ラストワルツ特集です。ずっと中断している「AONIYOSHI」特集は、この特集が終わった後に改めて再開ということにさせてもらいたいと思います。期待して待って下さっている皆さんには、申し訳ありません。

さて、特集記事を組む以上、そもそもラストワルツとはどういうコンサートだったのかといったような背景事情についても触れておく必要があると思うのですが、今回は何よりもこのコンサートの冒頭を飾った「Up On Cripple Creek」という曲の翻訳について、書かねばならないことが山ほどあります。他のエピソードはまたおいおい、ということにさせて下さい。以下、文体も通常モードに切り替えさせてもらいます。


…このリヴォンの顔が、大好きなのです。

「クリプル·クリーク」とは、何のことなのだろうか。もしくは、どこのことなのだろうか。私の長年の疑問だった。「cripple」を辞書で引くと「身体障害者への蔑称」であると書かれており、ひょっとするとこの歌はとても差別的な歌なのではないだろうかと思って、距離をとっていた時期もある。(「creek」は「小川」「水路」という意味)。だが、とりあえず言えることとして、この歌に出てくる「クリプル·クリーク」は「単なる地名」であり、歌詞そのものの中に差別的なメッセージが含まれているわけではない。そして合州国とシカゴを合わせた北アメリカには、少なくとも6ヶ所の「クリプル·クリーク」が実在しているらしい。(もちろん、その地名がつけられるに至った経緯には間違いなく差別の歴史が存在しているわけであり、「地名だから問題ない」とは全然思わないのだけど)

それではこの歌に出てくる「クリプル·クリーク」は、どの「クリプル·クリーク」なのか。これについてもいろいろな議論が存在しており、ロビー·ロバートソンが口をつぐんでいる以上、「正解」などおよそ出てくる見込みもないのだが、現在のところ「定説」になりつつあるのは、「現実世界ではなく歌の世界の地名」であるらしいということだ。それというのもアメリカにはこの歌ができるずっと前から「クリプル·クリーク」という名前のフォークソングが存在しており、「Up On Cripple Creek」という歌詞は具体的な地名ではなくその「歌」から採られた可能性が高いらしいのである。こんな歌だ。


Cripple Creek

Hey, I got a girl at the head of the creek
Goin up to see her about two times a week
Kiss her on the mouth, sweet as any wine
Wrap herself around me like a sweet potato vine

小川の上流に女の子がいるんだよ。
週に2回は会いに行くんだよ。
あの子のキスは
どんなワインより甘いんだよ。
サツマイモのツルみたいに
僕にからみついておくれ。


Goin up Cripple Creek, goin on a run
Goin up Cripple Creek to have a little fun
Goin up Cripple Creek, goin in a whirl
Goin up Cripple Creek to see my little girl

クリプル·クリークに行くんだよ。
走って行くんだよ。
クリプル·クリークに行くんだよ。
お楽しみが待ってるよ。
クリプル·クリークに行くんだよ。
ぐるぐる回って行くんだよ。
クリプル·クリークに行くんだよ。
あの子に会いに行くんだよ。

…動画の雰囲気からも分かるように、この歌は「子どもの愛唱歌」になっている。子どもの頃からこうした歌を聞いて育てば、それがどこにあるどういう場所なのだといったようなことをあれこれ考える以前に、クリプル·クリークというのは「幸せばっかりのファンタジーの世界」であるというイメージがまず心の中に根をおろすに違いない。私が小さい頃に母親が歌っていた子守唄には

寝る子は丹波へ 泣く子は山へ

という歌詞があり、下の弟が乳離れするまでかなり長い間その歌を聞いて育った私は、「山に捨てられる恐怖」に震えると同時に、「丹波というのはどんなにいいところなのだろう」とずっと思っていた。その私にとっての「丹波」にあたるのがロビーにとっての「クリプル·クリーク」だったのではないかという風に、とりあえず私は受けとめている。

その後オトナになってから夢にまで見たその丹波地方に行ってみたら、あにはからんやそこには「山」しかなかったという不可解な現実にぶつかることに私はなったのだが、それと同じで、コロラド州だかヴァージニア州だかに実在しているクリプル·クリークが実際にはどんな場所であろうとも、そんなことはおそらく歌の世界とは何の関係もないのである。この歌に出てくるクリプル·クリークはあくまでも、「かわいい女の子が待っている、ぐるぐる回って行きたくなるような」ファンタジーの世界の地名であり、それこそ「夢の中にだけある場所」なのだ。ちなみに歌詞の中に出てくる「drunkard's dream」という言葉も、同様に古いフォークソングのタイトルから採られているらしい。

そんなわけで私は「Up On Cripple Creek」という歌詞を「クリプルクリークの世界へ」と翻訳することにした。以下は、細かい部分をめぐって。

When I get off of this mountain

直訳は「私がこの山から離れたら」。この主人公の職業をめぐっては、「金鉱採掘者」説と「長距離ドライバー」説が存在している。「金鉱採掘者」説は、ロッキー山脈の東側に位置するコロラド州の「クリプル·クリーク」がかつてゴールド·ラッシュで栄えた街だったという史実に由来しており、それだと「山から降りたら」という歌詞も「わかりやすく」なるのだが、客観的に見てこの主人公は「長距離ドライバー」である可能性の方が高い。おそらくは「山岳地帯での仕事を終えて」という意味なのだろう。その場合、この「山」は西部のロッキー山脈と東部のアパラチア山脈のどちらでもありうることになる。とにかく、スケールの大きな歌なのだ。

Straight down the Mississippi River
To the Gulf of Mexico
To Lake Charles, Louisiana

ルイジアナ州レイクチャールズの街の位置は、上図の通り。地図の右側の緑の部分がアパラチア山脈、左側がロッキー山脈で、その中間の平地部分はすべてミシシッピ川の流域である。事実上「アメリカのすべて」がこの歌の舞台になっているわけで、そのあちこちを気ままに行ったり来たりできるのは「トラックドライバー」以外にありえないというのが、海外サイトの見解だった。

Up on Cripple Creek she sends me
If I spring a leak she mends me

中学生の頃の私がいくら考えても分からなかった歌詞だ。「If I spring a leak she mends me」を直訳すると「もしも私が漏れ出しても、彼女が修繕してくれる」となる。言語交換サイトでこのフレーズの意味するところについて質問してみたところ、「船底から水が漏れ出したら、いずれその船は沈んでしまう。そんな風に主人公が人間的に堕落して破滅の危機に陥ったとしても、彼女はきっと主人公のことを立ち直らせてくれるという意味だ」と解説してくれた人がいて、私はとても納得した。

ただし、「私が早漏でも、彼女が処理してくれる」という意味だとカン違いしている人は、英語圏にも多いらしい。

…「も」って言ってしまった。

A drunkard's dream if I ever did see one

ここがこの歌の中では、文法的に一番難しかった場所。言語交換サイトでネイティブの人が説明してくれたコメントは、以下の通り。

The expression "if I ever did see one" emphasizes what comes before.
「if I ever did see one」というフレーズは、その前に来る部分を強調している。

In this case, "If I ever saw a dream to comfort and protect this drunkard (that I am) she is that dream, that superlative perfection who will stand up for her man no matter what state of intoxication he is in.
この場合だと、「もしも私がこの酔っ払い(である私)のことを癒し、守ってくれるような夢を見たことがあったとしたら、彼女こそがその夢だ」という意味になる。彼がどんなにへべれけであろうとも、自分の男のために味方になってくれる、最上の守護者だということだ。

For example) He's a smart man if I've ever seen one= he is smarter than any other man I've ever seen. If any of the people that I've called smart in the past are actually smart, then he must also be smart.
別の例をあげれば、「He's a smart man if I've ever seen one」と言った場合、「彼は私が今までに会ったどんな男より賢い」という意味になる。過去に私が賢いと形容してきた人間たちが本当に賢いのだとしたら、彼もやはり賢いに違いないという意味だ。

…上の訳詞は、上記の説明を踏まえた上での意訳になっている。(「上」を3回も使ってしまった)

I took up all of my winnings
And I gave my little Bessie half
And she tore it up and blew it in my face
Just for a laugh

「winnings」を「配当金」であると理解した場合、ベッシーさんは「本物の紙幣」を引き裂いて彼氏の顔に叩きつけているわけで、そこまでするだろうかと思うのだが、そこまでする人なのだろう。私は関西人なので、こういう人がいたら確かに惚れると思う。

Now there's one thing in the whole wide world
I sure would like to see
That's when that little love of mine
Dips her doughnut in my tea

空耳で「隣町」と聞こえるこの最後のフレーズはとても魅力的な歌詞だと昔から感じてきたのだけど、英語圏にはこの歌詞を「えろい」と主張するえろい人が、かなりいるらしい。理由は「ドーナツには穴があいており、しかも甘いから」というのだが、それしきのことをえろいと感じるほど私はえろくないので、別にえろいとは思わない。

さらに「Tea」という言葉の「T」の字のきのこの山的な形状がえろく思えて仕方なく、それがドーナツの穴と湿った状況であれこれする状況を想像すると赤面を禁じ得ないという人まで英語圏にはいるらしいが、もはや何を言っているか分からないレベルなので、何がえろいというのか私には全然理解できない。

世界でひとつだけ見たいと思うのは、彼女が自分のドーナツを僕のお茶にひたすところ。すごくいい歌詞じゃないかと言いたい。その油の浮いたお茶は、きっとおいしいことだろう。

Now me and my mate were back at the shack
We had Spike Jones on the box
She said, "I can't take the way he sings
But I love to hear him talk"
Now that just gave my heart a throb
To the bottom of my feet
And I swore as I took another pull
My Bessie can't be beat

これが外国人にはとっても分かりにくい歌詞なのだが、まずスパイク·ジョーンズというのはアメリカの冗談音楽の草分けと言われた人で、1940年代から50年代にかけて、ラジオやテレビで彼が登場しない日はないくらいの人気者だったのだという。ザ·バンドの面々も、当然この人の音楽を聞いて育ったことになる。YouTubeには動画がたくさん上がっているけれど、下のコントなど、とても1945年の作品とは思えないクオリティに、まず驚かされる。80年代のドリフスターズの芸よりもっと「新しく」見えるくらいである。(バーテン役の人がスパイク·ジョーンズ)


The Spike Jones Show

それで分からないのが、「トークは好きだけど歌はイマイチ」というベッシーのスパイク·ジョーンズ評にどうして主人公がズキューンと来るのかというそのメカニズムなのだけど、海外サイトが解説するところによるならば、

スパイク·ジョーンズといえば、その本領は歌でこそ発揮されるのであって、トークは余技だと思うのが「普通の人」の感覚だ。ところがベッシーはトークはホメても歌はホメない。その感覚がズレてるところが、イカしてるのだ。キュートなのだ。どこか変わっているところが、彼女の魅力なのだ。

…ということらしい。しかしそんなこと言われたって、ねえ。どう共感すればいいというのだろう。横山ホットブラザーズの喋りだけをホメてノコギリをホメない女の子に出会ったとしても、私は別にズキューンと来るとは思えない。とはいえ、まあ、変わっているところがベッシーさんの魅力だということは、何となくわかる。ここに関しては、それだけでいい。

As a flood out in California
And up north it's freezing cold

…「北は凍りつくほど寒い」という歌詞を聞くたびに、ザ·バンドはカナダを忘れていなかったんだなと感じる。なお、この曲はカリフォルニアのロサンゼルスで録音されている。デビューアルバムはニューヨーク近郊のウッドストック発だったわけである。アメリカ中を行ったり来たりしている主人公の姿は、実はザ·バンドの一人一人の姿なのだ。

So I guess I'll call up my big mama
Tell her I'll be rolling in

ここで「ビッグ·ママ」という言葉が登場することから、主人公と「リトル·ベッシー」との関係は「浮気」なのではないかという疑惑が浮上する。実際、英語圏でもそう考えている人がほとんどらしい。

ただし、長距離ドライバーの符牒で「ビッグ·ママ」は「お気に入りのラジオ番組」のことを指す場合もあるらしく、主人公はそこにリクエストの電話をかけようとしているだけではないかと解釈している人もいることは、付記しておきたい。

Oh, no, oooh-oooh-oooh
Yodel yodel yodel oooh-oooh

私が持っていたCDの歌詞カードには、この部分が「ローロー、ホー/ ロディロディロディ、ホー」と記載されていたのだが、ネットに上がっているトランスクリプトを読む限り、あれは「ヨーデル」だったらしい。「Yeah, yeah, you know, I sure wish I could yodel, I know 」というのはラストワルツでだけ聞けるリヴォンのアドリブ。

…以上。次回に乞うご期待。


=楽曲データ=
Released: 1969.9.22.
Key: A

Up On Cripple Creek (2000 - Remaster)

Up On Cripple Creek (2000 - Remaster)