華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Old Time Religion もしくはラストワルツ特集 #9 (19c. African-American Spiritual)

#8 The Night They Drove Old Dixie Down#10

  • 暗くなった画面から、楽器の音が流れてくる。

Richard: Doesn't that need dusting?
リチャード:ホコリを払った方がいいんじゃないのか?

Rick: This looks interesting. We'll play "Old-Time Religion" for the folks.
リック:見た目が面白いだろ?今からみんなのために「オールドタイム·リリジョン」を演奏してやるぞ。
(リチャードが「ホコリを払え」と言いリックが「見た目が面白い」と言っているのは、リックのバイオリンなのかはたまたリックのかぶっている変テコリンな黒い帽子なのか、私には判断できる材料がない)

  • 画面、明るくなる。「The Shape I'm In」「It Makes No Difference」の前の場面と同じ三人。同じ場所。向かって右のロビーはアコースティックギターを、真ん中のリックはフィドルを、左のリチャードはハーモニカを演奏している。

Old-time religion,
give me that old-time religion
And it's good enough
Well, it's good enough
It was good for Grandpa,
good for my grandma
It's good enough
Good enough, good enough now

昔のかみさま。
昔のかみさまでいいや。
それで充分だ。
それで充分だ。
おじいちゃんにとっては
いいものだったし
おばあちゃんにとっても
いいものだったけど
今ではもうたくさんだ。
充分だ。たくさんだ。


Robbie: Oh, it's not like it used to be!
ロビー:あーあ。昔みたいには行かないな。(笑)

  • 画面、切り替わり、舞台ではホーンセクションが「オールド·ディキシー·ダウン」のイントロを奏で始める。


The Night They Drove Old Dixie Down

The Night They Drove Old Dixie Down

詳しい翻訳記事はこちら


Virgil Caine is the name
and I served on the Danville train
Till Stoneman's cavalry came
and they tore up the tracks again
In the winter of '65
we were hungry, just barely alive
By May the tenth Richmond had fell
It's a time I remember oh so well

名前はヴァージル・ケイン。
ダンヴィル補給鉄道で
任務についていた。
ストーンマン将軍の騎兵隊が来て
線路を再び破壊して行ったあの日まで。
1865年の冬
僕らは腹ぺこで
ただ生きてるだけだった。
5月10日までには
リッチモンドが陥落した。
あの時のことは ああ
今でも本当によく覚えてる。


The night they drove old Dixie down
When all the bells were ringing
The night they drove old Dixie down
And all the people were singing
They went la la-la la la-la laaa
La la-la la la-la la-la laaa

その夜やつらは
古き良きディキシーを滅ぼした。
すべての鐘が鳴り響く中。
その夜やつらは
古き良きディキシーを滅ぼした 。
そして誰もが歌っていた。
ラーラララララ、
ララーララーララーララーラァと。


Back with my wife in Tennessee
When one day she called to me
Said "Virgil, quick, come and see
there goes Robert E Lee!"
Now I don't mind chopping wood
And I don't care if the money's no good
You take what you need
and you leave the rest
But they should never
have taken the very best

連れ合いと一緒に
テネシーに戻ったある日
彼女が僕のことを呼んだ。
「ヴァージル、早く来て見てごらん、
ロバート・E・リーが行くよ!」
僕はもう何も気にしない。
ただ木を切ってる。
受け取る金が粗悪なやつでも
気にならない。
必要ならいくらでも持っていけばいい。
余った分だけ置いていってくれれば
それでいい。
でもやつらは
絶対に奪っちゃいけないものまで
奪って行ったんだ。


The night they drove old Dixie down
When all the bells were ringing
The night they drove old Dixie down
And all the people were singing
They went la la-la la la-la laaa
La la-la la la-la la-la laaa

その夜やつらは
古き良きディキシーを滅ぼした。
すべての鐘が鳴り響く中。
その夜やつらは
古き良きディキシーを滅ぼした 。
そして誰もが歌っていた。
ラーラララララ、
ララーララーララーララーラァと。


Like my father before me
I will work the land
And like my brother above me
Who took a rebel stand
He was just 18 proud and brave
But a Yankee laid him in his grave
And I swear by the mud below my feet
You can't raise a Caine back up
when he's in defeat

先に逝った父さんのように
僕は土に生きる。
反乱に立ちあがった
天国の兄さんのように生きる。
まだ18歳だったのに
誇り高く勇敢だった。
けれど1人の北軍兵士が
その兄さんを墓穴に眠らせた。
足元の泥に僕は誓う。
ケインの一族はカインの末裔。
打ち負かされた者を
よみがえらせることはできない。


The night they drove old Dixie down
When all the bells were ringing
The night they drove old Dixie down
And all the people were singing
They went la la-la la la-la laaa
La la-la la la-la la-la laaa

その夜やつらは
古き良きディキシーを滅ぼした。
すべての鐘が鳴り響く中。
その夜やつらは
古き良きディキシーを滅ぼした 。
そして誰もが歌っていた。
ラーラララララ、
ララーララーララーララーラァと。


The Night They Drove Old Dixie Down (Lastwaltz)
nagi1995.hatenablog.com
重厚なホーンセクションをバックに「オールド·ディキシー·ダウン」が演奏されるこのシーンは、文句なしに「ラストワルツ」という映画の最大の魅せ場だと思う。この歌を初めて聞いた時の衝撃は、上にリンクを貼ったこのブログの一番最初の記事に暑苦しいほど書いてあるのであえて繰り返さないが、この「ラストワルツ」のバージョンを初めて聞いた時のインパクトたるや、それをもしのぐ巨大なものだった。(だんだん言葉がインフレを起こしつつあります)

「ラストワルツ」のバージョンのスゴいところは、最後のコーラスが始まるところで、まだ曲の途中であるにも関わらず、地鳴りのような「客席の歓声」が聞こえてくるところである。普通、こんなことってあるんだろうかと思う。客席からみんながあんな大声をあげたら、演奏だって聞こえなくなってしまうはずなのに。それにも関わらずあのシーンに録音されている「歓声」は、他のミュージシャンのどんなライブアルバムからも味わうことのできないような「一体感」を演出し、客席ではなく映画館で観ている人をも、さらには太平洋の向こう側のタタミの部屋でスリ切れたカセットテープを通して聞いている人間のことをも、ほとんど暴力的な力でもって、歌の世界に引きずりこまずにはおかない。

数回前の記事で紹介したアリーサ·フランクリンさんの「ナチュラル·ウーマン」のライブ映像は、まさにこの「ラストワルツ」の「オールド·ディキシー·ダウン」を彷彿とさせる迫力に満ちていた。アリーサさんが毛皮のコートを脱ぎ捨てた瞬間に、満場の観客がガマンできなくなって一斉に立ちあがってしまう。こういうのを英語では「ミッドパフォーマンス·スタンディング·オベーション」と呼ぶらしい。曲が終わってからのスタンディングオベーションなら、お世辞や付き合いでも起こりうる。けれども曲の途中からのスタンディングオベーションというものは、「本当に観客がそうせずにいられない」と感じた時にしか起こらない、文字通りの「自然現象」なのだ。丸い虹を見たとかオーロラを見たとかいう確率でしかお目にかかれない、この上なく希少な体験なわけで、こういうライブ会場に居合わせることのできた人たちのことを私は心からうらやましいと思う。ちなみに私は「ブロッケン現象」なら一回だけ見たことがあるのだぞ。奈良県南部の大峰山系で。何の話になりつつあるのかそろそろ自分でも分からなくなってきているのだけど。



とはいえ、YouTubeで公開されている例の「隠し撮りみたいな実際の映像 (2番目に貼りつけた白黒のやつ)」を観てみると、確かに名演だし終わってからの歓声はものすごいものの、「ミッドパフォーマンス·スタンディングオベーション」が起こっている気配はない。どうやらあの「途中からの大歓声」とリチャードのコーラスは、後からスコセッシ(とロビー)の手によって「合成で付け加えられたもの」だと判断する以外になさそうである。

それなのに、あまり腹が立ってこないのは、どうしたことなのだろう。恐らくは、映画の中のこのシーンが、私にとってあまりに特別なものになっているからなのだと思う。これだけ思い入れのある映像になると、もはや本物だとかニセモノだとかはどうでも良くなってしまうのだなという感覚に、自分自身、驚いている。それに実際の音がどうであったとしても、「オールド·ディキシー·ダウン」という名曲中の名曲がザ·バンドのオリジナルメンバーによって演奏されたのは、文字通りこの時が最後だったのだ。

その「最後のオールド·ディキシー·ダウン」はこんな感じであってほしかった、というロビーの願望にもとづいてあのシーンが「作られた」のだとするならば、それは正直なところ、私(たち)自身の願望でもある。だからあのシーンが「盛って」あるならあったで、やはり「いいものを作ってくれてありがとう」というのが、個人的には素直な感想になっている。

「だったらどうして勝手にバンドをつぶすようなことを決めたんだ」と、とりわけリヴォンは死ぬまで思っていたに違いないはずなのだけど。


Old Time Religion
さて、「オールド·ディキシー·ダウン」が翻訳済みなので、今回はリックとロビーとリチャードがグダグダな演奏を繰り広げている「Old Time Religion」という曲について、より詳しく取りあげておくことにしたい。YouTubeで検索したら、「ジョニー·キャッシュ·ショー」という大昔のアメリカのテレビ番組のオープニングと思しき映像が見つかったのだけど、何とまあ、豪華な出演者の顔ぶれなのだろう。マヘリア·ジャクソンだとかカーター·ファミリーだとかいった、20世紀には活字を通じてしかその名前を知ることのできなかった伝説のシンガーの人たちが、次から次へと紹介されて出てくるもので、思わず知らず口が開きっぱなしになってしまう。ラストワルツで「ザ·ウェイト」を歌っているステイプルズ·シンガーズの姿も、真ん中の最上段に見つけることができる。何年ぐらいに放送されていたのだろうか。

「Old Time Religion」は、メロディに関してはイギリス民謡以来だとかいろんな説があるらしいが、確認されている限りでは19世紀の早い時期からアメリカ南部のプランテーション地帯で歌われていたというスピリチュアル、いわゆる「黒人霊歌」である。歌詞にはさまざまなバリエーションがあり、ピート·シーガーなどの手によってフォークの世界に移されたバージョンではかなり「宗教をおちょくる内容」に書き換えられているが、元々は「真面目な賛美歌」であり、ネットを調べてみるとモルモン教の集会だとかプロテスタント教会のゴスペルタイムだとかいった、極めて厳粛な場面で歌われることが今でも多いらしい。なので今回は最も「ベーシック」だとされている教会音楽としてのバージョンの歌詞を、翻訳の対象にしておきたいと思う。

Old Time Religion

英語原詞はこちら


Refrain:
Give me that old time religion,
Give me that old time religion,
Give me that old time religion,
It's good enough for me.

古き教えを私に
古き教えを私に
古き教えを私に
それは私にとってよいものです


It was good for Paul and Silas,
It was good for Paul and Silas,
It was good for Paul and Silas,
It's good enough for me.
[Refrain]
それはパウロとシラスにとって
よいものでした(X3)
それは私にとってよいものです


It was good for the Hebrew children,
It was good for the Hebrew children,
It was good for the Hebrew children,
It's good enough for me.
[Refrain]
それはユダヤの子どもたちにとって
よいものでした(X3)
それは私にとってよいものです


It was good for our mothers,
It was good for our mothers,
It was good for our mothers,
It's good enough for me.
[Refrain]
それは我々の母親たちにとって
よいものでした(X3)
それは私にとってよいものです


Makes me love ev'ry body,
Makes me love ev'ry body,
Makes me love ev'ry body,
It's good enough for me
. [Refrain]
すべての人を愛することが
できるようにしてくれます(X3)
それは私にとってよいものです

=翻訳をめぐって=

  • この歌、リックたちが映画の中で歌っているのと実際に賛美歌として歌われているものとでは、同じようなフレーズが使われているけれどかなりニュアンスが違っているはずだと思う。ごく最近「グーニーズはグッド·イナフ」という曲を翻訳した時に、「good enough」とは「それで充分」とか「可もなく不可もなし」といったような割とネガティブなイメージの言葉なのだということを我々は習い覚えたばかりなのだが、リックたちのバージョンは「good enough now」というフレーズで締めくくられていることからしても、そういう「おちゃらけた感じ」で歌われている印象が強い。しかし賛美歌として歌われる際には「ガチで神を讃える歌」になっているはずなのだから、「可もなく不可もなし」では「神」を怒らせこそすれ、喜ばせる歌にはなりえない。辞書には載っていない読み方ではあるけれど、おそらくここでの「good enough」には「これ以上ありがたいものはない」みたいなニュアンスがあるのだと思う。けれどもそれは私の想像でしかないし、何度も書いてきたことだけどそもそも「神を信じる人の気持ち」というものが私に「わかった」ためしは一度もないので、ここでは「最低限、間違いのないような訳し方」をするにとどめておいた。
  • Old Time Religion」は直訳すると「むかしの宗教」になるわけだが、人は通常、自分の信仰する宗教のことを「宗教」などという一般名詞では呼ばないものだ。(日本語話者は、と言うべきなのかもしれないが)。私の知る限り例えば大阪では「あんな神さん、あかんで」的な言い方がフツーに使われているので、リックたちのバージョンはそのニュアンスで訳したが、「賛美歌」になるとなあ。結局「教え」で訳した。面白くも何ともないけど、賛美歌に面白さを求めても仕方がない。
  • Paul and Silas...ポール=パウロは、イエスの死後にキリスト教を広く伝道して回ったとされている「使徒」の一人。サイラス=シラスは、その同行者である。新約聖書によればこの二人がギリシャのマケドニアで布教していた時、ローマ帝国の役人によって投獄されたのだけど、その夜に大地震が起こって牢の扉がみな開き、囚人の鎖も壊れてしまうという「奇跡」が起こった。アメリカ南部で「奴隷」にされていた19世紀のアフリカ系の人々は、その故事にならって自分たちの解放を願い、この歌を作ったのだというのが海外サイトの解説だった。
  • Hebrew children...以前に「ジェリコの戦い」を翻訳した時に細かく触れたことがあるけれど、ここでの「Hebrew children」はかつてエジプトのファラオによって奴隷の鎖につながれていた「イスラエルびと」=ユダヤ系の人々を指している。モーゼの導きのもとにその人々がエジプトを脱出した故事にならい、ここにもアフリカ系の人々の「解放への願い」が重ねられているというのが海外サイトの解説だった。

ではまたいずれ。
マタイ's霊


=楽曲データ=
("Give Me That") "Old-Time Religion" (and similar spellings) is a traditional Gospel song dating from 1873, when it was included in a list of Jubilee songs—or earlier. It has become a standard in many Protestant hymnals, though it says nothing about Jesus or the gospel, and covered by many artists.