華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Dry Your Eyes もしくはラストワルツ特集 #10 (1976. Neil Diamond)

#9 Dry Your Eyes#11

  • 写真だろうか。窓の外の風景だろうか。川の向こう側に街が広がっている映像。そこからカメラが引いてゆくと、映画館の客席のような場所にリヴォンとロビーが座っている。

Revon Helm:A dream come true. Fascinating. Scary. Kind of hard to take the first time. You have to go there about two or three times before you can fall in love with it.
リヴォン·ヘルム:夢がかなうということ。それは魅力的なことでもあり、恐ろしいことでもある。最初の一回でってわけには、なかなか行かない。そいつと恋に落ちるには、少なくとも二回や三回は通わなくちゃならない。

  • ロビー、笑う。

Revon:But that happens eventually.
リヴォン:でも最後にはそれが、起こるんだ。

Robbie: We stayed at the Times Square Hotel on 42nd Street. The title of the hotel, it sounded like it was conveniently located in midtown Manhattan.
ロビー:我々は42番街のタイムズスクエア·ホテルで過ごしたんだ。名前からして、マンハッタンのど真ん中にあるようなホテルだろ。

  • リヴォン、うなずく。

Robbie: What did we know? We came out of the hotel after checking in, and you think "It's great to be back in New York." Movie theatres for ever. All these friendly women walking up and down the street. It was... It was great.
ロビー:我々が見たものは何だったか? チェックインを済ませてホテルから出てきて、思ったよ。「ニューヨークに帰ってくる場所があるってのは、スゴいことだな」って。永遠に続くムービーシアター。通りを行き交ってるフレンドリーなお姉さんたち。本当に…本当にスゴかったよ。

Revon:it was an adult portion.
リヴォン:オトナの世界だったよな。

Robbie: Yeah, New York.
ロビー:ああ。ニュー·ヨークだ。

Revon:It was an adult dose. So it took a couple of trips to get into it. You just go in the first time and you get your ass kicked and you take off.
リヴォン:オトナ向けの一撃だったよな。だからそれになじめるようになるまでは、何回か通わなくちゃならなかった。最初は誰でもケツを蹴飛ばされて、尻尾を巻いて引き上げるだけさ。

  • ロビー、笑う。

Revon:As soon as it heals up, you come back and you try it again. Eventually, you fall right in love with it.
リヴォン: 傷が癒えたらすぐにまた戻っていって、トライしてみて、それで最後にはまともに恋に落ちるってわけだ。

Robbie: Roulette Records was in the middle of this mythical place, Tin Pan Alley. The songwriting capital of the worid. And we met some of the greatest songwriters ever. Rock-and-roll songwriters.
ロビー:ルーレット·レコードは、神話的な場所の中心に位置していた。ティン·パン·アレイだ。世界中の歌づくりの首都だよ。我々はそこで歴史上もっとも偉大なソングライターたちに出会ってきた。

  • リヴォンが同意する声。

Robbie: Doc Pomus. Mort Shuman. Lieber and Stoller. They were all then. Carole King. Neil Diamond... At the time it wasn't fair that a songwriter was the low man on the totem pole. But then, these people... And here come the '60s, with change and revolution and war and assassinations, and a whole other frame of mind coming along. And these songwriters were expressing the feelings of people in the street. In a way, it was kind of the beginning of the end of Tin Pan Alley.
ロビー:ドック·ポーマス、モート·シューマン、リーバー&ストーラー、みんな当時は現役だったよ。キャロル·キング、ニール·ダイヤモンド…その時代は、フェアじゃなかった。ソングライターは、トーテムポールの下の方の存在だった。でもそれからその人たちは…ほら、60年代が来て。変革と革命と暗殺の時代だ。そういう考え方が何をするにもついて回るようになった。それでソングライターたちは、ストリートの人々の気持ちをそのまま表現するようになった。それがある意味では、ティン·パン·アレイの終わりの始まりだったんだな。


Dry Your Eyes

Dry Your Eyes

英語原詞はこちら


Dry your eyes and take your song out
It's a newborn afternoon
And if you can't recall the singer
You can still recall the tune

涙をふいておまえの歌を歌え。
生まれたばかりのこの午後に。
シンガーのことは思い出せなくても
歌は思い出せるはずだ。


Dry your eyes and play it slowly
Like you're marching off to war
Sing it like you know he'd want it
Like we sang it once before

涙をふいてゆっくりと歌え。
戦場に赴くように。
彼がかつて望んだように
我々がかつてそうしたように歌え。


And from the center of the circle
To the midst of the waiting crowd
If it ever be forgotten
Sing it long and sing it loud
And come dry your eyes

そして舞台の中心から
待ち受ける観衆の真ん中へと
よしんば忘れ去られたとしても
終わることなく強い声で歌え。
そしてここに来て涙をふくといい。


And it taught us more about giving
Than we ever cared to know
But we came to find the secret
And we never let it go

そしてそれは
我々が知りたかったこと以上に
与えることについて多くを教えてくれた。
けれども我々は秘密を知ることになった。
それを手放そうとは思わない。


And it was more than being holy
Oh it was less than being free
And if you can't recall the reason
Can you hear the people sing

そしてそれは
聖なるという言葉以上のものだった。
だがそれは
自由であるということには及ばない。
そしておまえが
その理由を思い出せないなら
おまえには果たして
人々の歌う声が聞こえるだろうか。


Right through the lightning and the thunder
To the dark side of the moon
To that distant falling angel
That descended much too soon
And come dry your eyes

雷鳴と稲妻の只中から
月の裏側に向けて。
地上に降りるのが早すぎた
あの彼方の堕天使に向けて。
そしてここに来て
涙はふくといい。


Come dry your eyes
涙をふくといい。

Robbie: Neil Diamond! Thanks very much.
ロビー:ニール·ダイヤモンド!どうもありがとう!


三好鉄生 涙をふいて

何かと歯切れの悪い言葉で語られることの多いこのニール·ダイアモンドのシーンなのだけど、最初に「ラストワルツ」を見た時の「Dry Your Eyes」の印象は、悪いものではなかった。三好鉄生という人の「涙をふいて」という歌が「いい歌」であるのと同じ程度には、この歌だって「いい歌」だと言われる資格を備えているはずだと今でも思っている。

…自分で書いといて何だけど、あんまりフォローになっている感じがしないな。ニール·ダイアモンド氏と三好鉄生さんの両方に対して、失礼なことを書いてしまった気がする。何なのだろう。「程度」って言い方が良くなかったのだろうか。言い訳がましいけど、フツーに好きなのですよ。「涙をふいて」。一人で広大な浴槽を独占している時とかに、あれほど気持ちよく歌える歌は他にないと思っています。

このシーンに「悪いイメージ」がくっついているのは、「ラストワルツ」のゲストミュージシャンの予定表にニール·ダイアモンドの名前が入っているのを知って、リヴォンがキレた、という有名なエピソードが出回っているからだ。「ただでさえ初めてやる曲を20曲以上も覚えなくちゃいけないのに、あんなやつ、ザ·バンドの音楽と何の関係がある?」と言ったのだとか言わなかったのだとか。そうでなくてもリヴォンという人は、この「さよならコンサート」の企画自体が最初からイヤでイヤで仕方なかったのである。

一方でロビーの方には、どうしてもニール·ダイアモンドをゲストに呼びたい切実な理由があった。「ラストワルツ」の数ヶ月前にロビーはこのミュージシャンのニューアルバムをプロデュースするという名誉な仕事を任されたばかりであり、彼氏としてはそれを大いに自慢できる場所がほしかったのである。というのは別の本に書いてあった話で、ロビー本人がそう言っていたのを私は聞いたわけではないのだけれど、とにかくそんな事情でロビーは結局これまた強引なやり口で、ダイアモンドをゲストに呼ぶことに決めてしまった。資料によっては、この時のいさかいが最終的にザ·バンドの解散につながる直接的な理由になったとさえ、書かれている例も少なくない。

リヴォンの自伝をよく読んでみると、彼氏がキレたのはダイアモンドを呼ぶことそれ自体に対してではなく、ダイアモンドの出演時間を確保するために「マディ·ウォーターズの出演枠を削ること」をロビーが画策したからだったらしいことが分かる。でもって、これに対してリヴォンは本当にキレたらしい。「時間が足りないならダイアモンドを断れよ!もういい分かった!おれはマディとニューヨークに戻って二人でラストワルツをやる!」ぐらいのことは言ったらしい。自伝にそう書いてある。これに対するロビーの言い分というのは、2016年に出版された自伝を読み始めたばかりなので、私はまだ知らない。読み終えた上で両方の言い方を書いておかねば不公平だと感じさせられるような話がもし出てきたら、書き足しておくことにしたい。まあ、結果としてマディ·ウォーターズの出演枠が削られるようなことは、起こらなかったのだけど。
nagi1995.hatenablog.com
かわいそうなのはニール·ダイアモンドである。これはもう、昔からそう思っている。そういう台所事情がどこまで本人に伝わっていたのかは知らないけれど、そういったバチバチの中でステージに立つのは「針のムシロ」だったに違いない。

映画のシーンには収録されていないけど、レコードの中でロビーに紹介されてマイクの前に立った彼氏は、歌い出す前にこんなことを言っている。

I'm only gonna do one song,
but I'm gonna do it good.

ボクが歌うのは一曲だけなんですけどね。
でも、いっしょけんめ、やらしてもらいます。

…このポール·サイモンばりの卑屈さは一体何なのだろう。いやまあ、ポール·サイモンという人が実生活においても卑屈な人だったのかどうか私は知らないし、むしろエラそーな人だったかもしれないという感じも一方ではあるのだけれど、それにつけてもあの大舞台で口にする言葉としては、覇気がないにも程がある。

そしてラストワルツの長い映画の中で、このシーンに限り、カメラはニール·ダイアモンドのこと「しか」映していない。遠景でロビーがピョンピョン跳ねてる姿がちょっとだけ映る程度である。リヴォンだって別に意地悪しているわけではないし、聞こえてくるドラムの音は実に丁寧に演奏されている。あと、チラッと聞こえてくるリチャードのピアノがとてもいい味を出していたりもする。にも関わらず、他のザ·バンドのメンバーの顔は一切映し出されない。ひょっとしてみんな、ものすごくエグい顔をして演奏していたのではないだろうか。そんなことばかり想像してしまう。そしてアップの映像が続けば続くほど、ダイアモンド氏の顔は青ざめているように思えてしまう。

さらに、Wikipediaの英語版の「The Last Waltz」の項目には、こんなことが書かれてあった。

A persistent rumor claims that when Diamond came off stage he remarked to Dylan, "Follow that," to which Dylan responded, "What do I have to do, go on stage and fall asleep?"
繰り返し語られている噂によれば、ダイアモンドがステージから戻ってボブ·ディランに「Follow that」と声をかけたのに対し、ディランは「おれ、何したらいーの?ステージに出てって寝てりゃいーの?」と答えたと言われている。

However, Diamond claims that they were just joking around with each other before either of them performed, and Diamond never said anything like "follow that!" or "top that!"
もっとも、ダイアモンドはそれをお互いが演奏する前に交わされた単なるジョークだったとしており、かつ自分は「follow that!」とか「top that!」とかいった言葉は絶対に口にしていないと主張している。

…この「follow that」という言葉をどういうニュアンスで翻訳したらいいのかということが、正直私にはよくわからない。「おれのこと、フォローしといてくれよ」みたいな意味かとも思うが、「top that!」というのは明らかに「オレを超える演奏をやってみな」という意味なので、もっとエラそーな言葉として解釈できる幅もある。「オレに続きな!」みたいなニュアンスを、英語話者は、感じるのかもしれない。いずれにしても、本人は「言ってない」と言ってるわけだけど、同じ軽口を叩くならどうしてニール·ヤングとかもっと「やさしそうな相手」を選ばなかったのだろうとつくづく思う。ディランというのは自分を傷つける言葉には敏感だけど他人を傷つけることなんて本当に何とも思っていないヤツなのである。楽屋でまでこんなことを言われてしまったのでは、私だったら一生立ち直れなくなってしまうのではないかと思う。「雷鳴と稲妻の只中から月の裏側に向けて」あたりの歌詞なんて、明っきらかにディランの詩を意識して作ってるのにな。何かもう、気の毒でかける言葉も見つからない。

ちなみにこのニール·ダイアモンドという人について、私は長い間「ロビーが必死で売り出そうとしていた無名の若手ミュージシャン」だという先入観を持っていたのだが、実はザ·バンドが結成されるずっと前からモンキーズに曲を提供したりしていた超売れっ子のソングライターで、ザ·バンドの全員を合わせたよりもっと金持ちだったということを後から知り、少しだけ心が軽くなった。それならば普通の人であれば一生もののトラウマになるようなこうした体験も、それなりにカロやかに打ち流してしまえる余地はあったことだろう。ロビーが彼氏の出演にこだわったのは彼氏のためというより、やっぱり「自分の勲章にするため」だったのだろうな。

それにつけても、この曲の前のシーンでリヴォンとロビーが語り合っているのはホークス時代に二人が初めてニューヨークの地を踏んだ時の思い出話に他ならないわけだが、リヴォンとしてはまさかその会話がニール·ダイアモンドのシーンの導入部に使われるとは思っていなかったはずだと思う。あれだとまるでリヴォンとロビーが二人でダイアモンドに出演を要請したみたいだし、事実私はそういう印象を持っていた。

あれだとリヴォンが怒るのも、当たり前だったと思うな。

…書く前から予想していた通り後味の悪い記事になってしまったのだけど、ラストワルツ特集、続きます。またいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1976.6.11.
Key: D