華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Baby, Let Me Follow You Down もしくはラストワルツ特集 #19. (1962. Bob Dylan)

#18 Forever Young完結編


Baby, Let Me Follow You Down

Baby, Let Me Follow You Down

英語原詞はこちら


Can I come home with you?
Baby, can I come home with you?
Well, I'll do anything in this god-almighty worid
If you'll just let me come home with you

家までついてってもかめへん?
なあ家までついてってもかめへん?
もう私
全能の神の見そなわすこの世界において
どんなことでもいたしますですよ。
家までついてかしてくれたら
それだけで。


Baby, let me follow you down
Baby, let me follow you down
Well, I'll do anything in this god-almighty worid
If you'll just let me follow you down

なあついてってもかめへん?
なーてついてってもかめへん?
もう私
全能の神の見そなわすこの世界において
どんなことでもいたしますですよ。
ついてってもかめへんてだけ
言うてくれたら。


I'll buy you a diamond ring
I'll buy you a wedding gown
Well, I'll do anything in this god-almighty worid
If you'll just let me follow you down

ダイヤの指輪も買うたんぜ。
ウェディング·ガウンも買うたんぜ。
もう私
全能の神の見そなわすこの世界において
どんなことでもいたしますですよ。
ついてってもかめへんてだけ
言うてくれたら。


-1994年訳-


  • 以下はリヴォン·ヘルムの自伝「This Wheel's On Fire」(邦題「ザ·バンド-軌跡-」からの引用。

ボブ・ディランは前半の部のあいだに側近の連中といっしょにやってきたが、楽屋にとじこもってだれにも会わなかった。休憩のなかごろ、あと十五分ほどでぼくたちといっしょにステージに出ていかなければならないときになって、ボブは映画に出演しないことを決めた。ぼくはたいしておどろかなかった。ボブは、 『ラスト・ワルツ』と 『レナルド・アンド・クララ』の両方の映画に出演して自分と自分を競わせることになるのを避けたがっている。その週のあいだずっと、ハワード・アークがそういっていた。しかし最後の瞬間まで決断は下されず、その結果がこれだった。ボブの弁護士が渋い顔をしてボブの楽屋から出てきた。ロビーは真っ青になった。ボブの側の人間たちが「ボブは映画に出ない」といった。スコセッシは怒った。ボブが出ないなら、映画は存在しないのだ。すべて、なしだ。百万ドル以上の金がどぶに捨てられることになる。スコセッシはふつうでなくなっていた。そしてボブはどうして映画に出ないのか、その説明を求めた。

ロバートスンは、ボブはただ出演したくないのだといった。現在の自分を映したフィルムがすでにたくさんありすぎると感じているのだと。あと十分しかなかった。だれもどうしたらいいかわからなかった。アルバート・グロスマンがいたが、その影響力を行使することはできなかった。ボブに対して、グロスマンはそういう力を持っていなかった。そこでロビーたちはビル・グレアムに仲介を頼んだ。ビルはボブの部屋に入り、そして首をふりながら出てきた。ビルによれば、ボブは映画出演のことを知らなかったといっている。初めてその話を聞いた、映画には出たくない、自分の演奏のあいだ、カメラがほかにむけられているのを確かめてくれといっていた。事態がどれほど差し迫っているかを説明するため、もう一度ビルに話してもらうことになった。「心配するな」ビルはうしろをふりかえっていった。「きっとやってみせるよ」みんなはほんとうに不安な思いで待った。きっとピルはぼくたちのために、ザ・バンドの歴史のために、必死になってボブに頼んでくれたのだと思う。撮影したフィルムはすべて、ボブが見て了承してから使うことにする。それでもだめだろうか。ビルはボブにそう話してくれることになっていた。おそらく二、三分のことだったろう。しかし一時間のように思えた。みんなが我を忘れていた。あと五分というときになって、ボブの出演部分の最後の二曲の撮影が許可された。

その夜ビル・グレアムのおかげで、映画は救われた。

…ボブ・ディランがスポットライトの下で光っているように見える白い帽子をかぶって出てきた。黒い革ジャケットに、水玉のシャツを着ていた。ボブはすぐにマイクの前に立ち、「ハロー」といい、《ベイビー・レット・ミー・フォロー・ユー・ダウン》に突入した。ぼくはドラムの陰から見まわした。カメラはよそをむいていた。技術係は可動アームからおりていたし、サウンドの人間もヘッドフォンをはずしていた。会場の裏に止めたトラックのなかでちゃんと録音がおこなわれていることを、ぼくは願った。だが正直いって、ほんとうはそれほど気にしていなかった。ボブは自分のことは自分できちんと管理する人間であり、ぼくたちには関係のないことだった。ボブの側近たちがステージの両側で眼を光らせ、撮影されていないのを確認していた。

ボブのギターにあおられて、ぼくは素早く反応した。雰囲気は確実に活気を帯びてきた。ボブは大きな声で歌詞をさけび、一九六五年にいっしょにまわっていたころよくやったように、ふいにマイクから遠のくような仕種をした。会場は熱狂していた。みんな、ボブが出てきたことに興奮していた。

事態を鎮めるために、ボブはつづけて『プラネット・ウェイヴズ』からの《ヘイゼル》を歌った。つぎは、ふたたびディランとホークス時代にもどって《アイ・ドント・ビリーヴ・ユー》。ほんとうにいい演奏だった。ボブものっていて、いつもよりずっと積極的にバンドをひっぱった。ぼくがまわりを見ると、カメラはまだまわっていなかった。

最後の二曲になった。技術係があわててヘッドセットをつけ、カメラがむきを変え、照明がつき、ステージはふたたび映画のセットと化した。《フォーエヴァー・ヤング》のあと、ボブがまた《ベビー・レット・ミー・フォロー・ユー・ダウン》をやりだした。ぼくたちはおどろいたが、きっとボブは映画のなかに昔のロックンロールが一曲もないことに気づいたのだと考え、あとにつづいた。やがてボブもくわわって大フィナーレがはじまり、ステージの横でビル・グレアムが大きな声でボブの側近たちを止めていた。彼らは、その模様を映すカメラを止めようとしていた。演奏がつづくなかで、このごたごたがあり、ピルが「ばか!カメラをまわせ!これを撮らなきゃだめだ!」とさけぶのが聞こえた。ボブは怒っていなかったし、ぼくたちも笑ってそのままよい演奏をつづけた。



文中に使用されている「熱狂」「ばか」という訳語は、「精神病者」に対する差別表現です。ここでは日本語版からそのまま引用しました。

…というわけで、「ラスト·ワルツ」におけるディランのシーンが歴史に残るまでには上記のようなとんでもない大騒ぎが繰り広げられていたわけであり、オトナになってからその内幕を知った時には、少なからずショックを受けたものだった。本当ならば「Forever Young」と「I Shall Be Released」の二曲しかフィルムに収められなかったはずのところを、ここでもう一曲「演奏してくれた」ディランの心変わりが、「粋な計らい」だったとかいう言葉で書かれている批評を時々見ることがあるのだけれど、そもそも出演直前になって「映画は撮らせない」と無理難題をふっかけてきた彼氏のやり口それ自体が、「無粋」でなくて何だと言うのだろう。どうにも納得の行かない話である。

さて、邦題を「連れてってよ」というこの「Baby, Let Me Follow You Down」は、ディランが20歳の時に出したデビューアルバムに収録されている曲なのだけど、元々は作曲者の名前も分かっていないぐらい、古いフォークソングだったらしい。そこで歌われている「オリジナル」の歌詞と演奏も、併せて取りあげておきたいと思う。


Baby, Let Me Follow You Down

Baby, Let Me Follow You Down

英語原詞はこちら


I first heard this from Ric von Schmidt
He lives in Cambridge
Ric's a blues guitar player
I met him one day in the
Green pastures of Harvard University

僕がこの歌を最初に聞いたのは
リック·フォン·シュミットからでした。
ケンブリッジに住んでる人です。
リックはブルースギターのプレイヤーで
僕はある日かれとハーバード大学の
青い芝生の上で出会ったのでした。


Baby, let me follow you down
Baby, let me follow you down
Well, I'll do anything in this god-almighty worid
If you'll just let me follow you down

なあついてってもかめへん?
なーてついてってもかめへん?
もう私
全能の神の見そなわすこの世界において
どんなことでもいたしますですよ。
ついてってもかめへんてだけ
言うてくれたら。


Can I come home with you?
Baby, can I come home with you?
Well, I'll do anything in this god-almighty worid
If you'll just let me come home with you

家までついてってもかめへん?
なあ家までついてってもかめへん?
もう私
全能の神の見そなわすこの世界において
どんなことでもいたしますですよ。
家までついてかしてくれたら
それだけで。


Yes, I'd do anything in this God-almighty world
If you just let me follow you down

はいもう私
全能の神の見そなわすこの世界において
どんなことでもいたしますですよ。
ついてってもかめへんてだけ
言うてくれたら。

…一部読者の方はそろそろ「何で関西弁なのだ」ということに腹を立て始めておられるかもしれないが、この歌は私が翻訳を始めた一番古い時代に取り組んだもののひとつなもので、思い入れがあってどうにも改訳する気になれなかった。当時中学生だった私は「let me follow you down」がどうして「連れてってよ」になるのかという理屈を、どうしても理解することができなかったのだ。「Let It Be」を翻訳した時にいろいろ書いたけど、この「let」という単語の果たす役割というものが、日本語使いの感覚からは丸っきり呑み込めなかったからである。

英語教師をつかまえてしつこく説明を求めたところ、「let me follow you down」を「直訳」すると「あなたについて行かせて下さい」みたいな意味になることが分かった。理屈は分からないけれど、「連れて行って下さい」と「ついて行かせて下さい」は、明らかに「違った意味を持つ日本語」ではないか。歌詞カードには「ウソ」が書いてあったのだ。よし。おれが「納得の行く自然な日本語」に翻訳したる。という生意気きわまる気合いでもって、私がひねくり出したのが「ついてってもかめへん?」という訳語だったのである。ちなみに「かめへん?」は「構わへん?」の転化形であり、当時の私にとっての「自然な日本語」とは、「自分の喋っているそういう言葉」でしかありえなかった。「かめへん?」を「かまへん?」にするだけでも、それはブチ壊しになった。今にして思えば、ひとりよがりも甚だしい「こだわり」でしかなかったと思う。とはいえ、それから20年もたった現在の私をなお「うたを翻訳すること」に駆り立て続けているのは、結局のところその頃と内容においてほとんど何も変わらない「こだわり」であったりもしているわけなのである。

なお、子ども子どもした声のディランが冒頭で「この歌はハーバード大学の芝生の上で教わりました」と語っている説明を、私はずっとその言葉通りに受け取ってきたのだけど、海外サイトによるならば「ホラ話に決まってるじゃないか」ということらしい。フォークソングというのはもともと肉体労働者の間で歌い継がれてきた「民謡」だったわけだけど、ディランはそうした世界のイメージとは丸っきり対極にある「ハーバード大学」という最高学府の名前を持ち出すことで、古くからのフォークファンをからかっているのだ。というのがその説明だった。デビューした当初から、そういうところのある人だったのだ。どこまでもJesterなやつである。ただし、リック·フォン·シュミットという人からこの歌を教わったと言っていることについては、本当らしい。この人自身、当時は有名なフォークミュージシャンだったのだそうで、詳しく書いてあるブログ記事とつい先ほど出会うことができたから、リンクを貼らせて頂いておくことにしたい。

egyptianrecords.blogspot.com
ところで、そのデビューアルバムを聞いた限りでは「地味で目立たない曲」だとしか思えないこの歌が、どうしてあのラストワルツという「特別な舞台」で派手派手しく取りあげられることになったのか。私がその理由を初めて理解できた気持ちになったのは、確か2005年に公開された同じスコセッシが監督する「No Direction Home」という映画を見た時だったように思う。

周知のようにディランという人は1965年、フォークギターをエレキギターに持ち替えてロックンローラーへと「転向」し、無数のフォークファンから「裏切り者」呼ばわりされた経歴を持っているのだけれど、その時にディランのバックバンドに採用されたことが、当時ホークスと呼ばれていたザ·バンドが「世に出るきっかけ」になったわけである。しかし行く先々でファンの期待を裏切り続けるディランと一緒にツアーをすることは、メンバーにとっては地獄の苦しみであったらしい。「子どもの頃からずっと、音楽とは人々をほほえませ、楽しく集わせるためにあると思ってきた」というリヴォン·ヘルムは、あまりのブーイングに耐えきれず、ディランがヨーロッパへのツアーに出発する前の時点で、いったんバンドを抜けている。彼の自伝によるならば「トマトとかそういうものを投げられて、それがドラムの上に落ちるのが特にイヤだった」とのことだが、それは本当にイヤだったろうと思う。しかもフォークを歌うディランを見たいファンの敵意というものは、ディランに対してではなく、後ろのバンドに向けられるのである。

文字を通してだけ知っていたその「伝説のブーイング」の有様を、「No Direction Home」という映画を通して私は初めて生々しく、つぶさに知ることができた。「本気で怒っている客」というのは思っていたより少なかったけれど、画面に映される当時の観客たちは、みんなヘラヘラしていた。まるで有名歌手にブーイングを浴びせるという「新しい楽しみ」を求めて、コンサート会場に来ているような感じだった。こういうのを相手にしなければならないというのは、いっそうキツかっただろうな、と私は思った。

ディランはまるで、ステージの上にいる他のメンバーたちとの世界の中でだけ、歌っているような感じだった。ブーイングをかき消すような大音量で、しかしラリったような感じで極めてゆっくり歌う、というのがその時のスタイルだった。挑発的ではあっても鋭くはない、と私は感じた。鋭さなら、「偉大なる復活」というアルバムになっている74年のツアーの方が上なのだ。けれどもそこには何とも言えず、得体の知れない迫力が漂っていた。何を考えているのかを人に悟らせない人間だけが醸し出す、その意味ではコンサートという「一体感」が求められるはずの空間とは完全に矛盾した、異様なタイプの迫力だった。

と、そこで「ダダダダン!」という、ラストワルツで何度も聞いた「Baby, Let Me Follow You Down」のイントロが鳴り響いたのだ。(という風に私は覚えているのだけど、ネットで確認し直してみると「No Direction Home」のサントラに「Baby, Let Me Follow You Down」の曲目は入っていない。どこかで記憶が混同されているのかもしれない。分からない)。リヴォンを除けばラストワルツと全く同じメンバー。ラストワルツと全く同じ音。それなのに観客は、全く喜んでいない。真面目に聞いてさえいない。みんなヘラヘラしている。その光景を見た時に私は、10年後のラストワルツでディランがザ·バンドとの最後の共演にこの曲を選んだ本当の理由が、ようやく分かった気がした。

ディランとザ·バンドの面々はあの瞬間、自分たちの出発点となった「1966年のツアーの時間」に、戻っていたのである。10年前と全く同じことを、かれらはウインターランドでやってみせたのである。怒る客もブーイングする客も今では一人もいない。そんな歴史などなかったかのように誰もが興奮し、歓声をあげている。その光景を舞台の上から確かめた時、少なくとも画面の中で顔を見合わせていたディランとロビーは、自分たちが「時代の勝利者」となったことを、無言のうちに確認しあっていたのではないかと思う。

憎たらしいやつらだぜ!

ちなみにその1966年のツアーにおいて歌われた「Baby, Let Me Follow You Down」には、ツアーの雰囲気に合わせたかのようなガサツで挑発的な歌詞がいくつか付け加えられている。(残念ながら、動画は見つからなかった)。ほとんどやっつけ仕事だけどそれも翻訳させてもらって、締めくくりに代えたい。ラストワルツ特集も残すところあと一回となりました。皆さんのご愛読に感謝します。

I'll buy you a diamond ring
Yes, I'll buy you a wedding gown
Yes, I'll do anything in this god almighty world
If you just let me follow you down
ダイヤの指輪も買うたんぜ。
ウェディング·ガウンも買うたんぜ。
もう私
全能の神の見そなわすこの世界において
どんなことでもいたしますですよ。
ついてってもかめへんてだけ
言うてくれたら。


I'll buy you rope and twine
Honey, just for you to climb
Yes, I'll do anything in this god almighty world
If you just once drive me out of my mind

ロープとヒモも買うたんぜ。
じぶんが登ってこれるよーにやぜハニー
もう小生
全能の神の見そなわすこの世界において
どないなことでも
さしてもらいますですよ。
じぶんがおれのことめちゃめちゃな
気持ちにさしてくれたなら。


Buy you a hoop and skirt
I'll buy you a velvet shirt
Yes, I'll do anything in this god almighty world
If you just don't make me hurt

輪っかの入ったスカートも買うたんぜ。
ビロードのシャツも買うたんぜ。
もうやつがれそれがしおれ当方
日本全国隅から隅まで的に全能の神の見てけつかるこの世界の端から端までにおいて
どないなことでも
やってこましたるっちゅーねん。
おれのことを傷つけさえ
しゃんだらの話やぜ。


=楽曲データ=
American traditional folk song. Popularised in the late 1950s by blues guitarist Eric Von Schmidt.
Key: G