華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Greensleeves もしくはラストワルツ特集 完結編 (16c? English Folk Song)

#19 I Shall Be Released

  • ディランの演奏が終わり、出演者の全員がステージに並んでいる。(マディ·ウォーターズとそのバンドだけは、出演を終えるとすぐにニューヨークに戻ったとのこと)

Robbie: Thank you. We got Ringo and Ronnie Wood gonna help us out on this one, too.
ロビー:ありがとう。リンゴとロニー·ウッドも、この曲を一緒にやるために出てきてくれたよ。


  • イントロが鳴り、ボブ·ディランが「I Shall Be Released」の一番を歌い始める。


I Shall Be Released

I Shall Be Released

詳しい翻訳記事はこちら


They say everything can be replaced
They say every distance is not near
So I remember every face
Of every man who put me here

すべてのものが
そこにある位置は
改められることのできるものだと
人は言う。
けれども
そのすべての間の距離は
決して手の届くようなものでは
ないのだとも人は言う。
だからわたしは
わたしをここに連れてきた
すべての人間の顔を
おぼえていることにしようと思う。


I see my light come shinin'
From the west down to the east
Any day now, any day now
I shall be released

わたしの光が
かがやいてくるのが
わたしには見える。
西から東に向かって。
もういつだって
もういつだって
われ解放さるべし。


They say every man needs protection
They say that every man must fall
Yet I swear I see my reflection
Somewhere so high above this wall

だれでも保護が必要なものだというし
だれもが必ず倒れるものなのだという。
けれどもわたしにははっきりと
自分の姿の映し絵が見える。
この壁の上の
はるかに高いどこかにだ。


I see my light come shinin'
From the west down to the east
Any day now, any day now
I shall be released

わたしの光が
かがやいてくるのが
わたしには見える。
西から東に向かって。
もういつだって
もういつだって
われ解放さるべし。


Now yonder stands a man in this lonely crowd
A man who swears he's not to blame
All day long I hear him shouting so loud
Just crying out that he was framed

この孤独の群衆の中の
ほらその場所に
ひとりの男が立っている。
自分には罪がないということを
断言している男だ。
一日中その男が
自分はおとしいれられたのだと
叫ぶ声がわたしには
聞こえ続けている。


I see my light come shinin'
From the west down to the east
Any day now, any day now
I shall be released

わたしの光が
かがやいてくるのが
わたしには見える。
西から東に向かって。
もういつだって
もういつだって
われ解放さるべし。

  • 曲が終わった後の映像に合わせて、ロビーの声が聞こえてくる。

Robbie: The road was our school. It gave us a sense of survival. It taught us all we know. There's not much left that we can really take from the road. We've had our share of... Or maybe it's just superstitious.
ロビー:旅は我々の学校だった。路は生き延びるための知恵を授けてくれた。我々の知っているすべては、旅から学んだことだ。我々が旅から本当に受け取るべきものは、もはや多くは残されていない。…さもなきゃ、多分それは迷信的なことになってしまう。

Scorsese: Superstitious in what way?
スコセッシ:何がどう迷信的になるんだい?

Robbie: You can press your luck. The road has taken a lot of the great ones. Hank Williams. Buddy Holly. Otis Redding. Janis. Jimi Hendrix. Elvis. It's a goddamn impossible way of life.
ロビー:調子に乗りすぎてしまうってことさ。旅は何人もの偉大な人たちを奪ってきた。ハンク·ウィリアム、バディ·ホリー、オーティス·レディング、ジャニス、ジミ·ヘンドリックス、エルヴィス…それはおよそ不可能な、呪われた生き方なんだ。

Scorsese: It is, isn't it?
スコセッシ: そうだね。そうなんだろうね。

Robbie: No question about it.
ロビー:それについては、疑いもない。


  • 客席に投げキスを送って退場する出演者たちの映像。「ラストワルツのテーマ」が流れ始め、画面が切り替わる。最初に映し出されるのはオルガンの鍵盤の上に置かれたガースの指。カメラは右向きに移動し、誰もいないステージに立ったひとりひとりのザ·バンドのメンバーの姿を映し出す。ロビーが弾いているのはハープギター。リヴォンが弾いているのはマンドリン。リックはウッドベース。リチャードはドブロのスライドギター。

  • …最初に私がこの最後のシーンを見た時、反射的に連想したのは「東大寺三月堂の内陣」だった。観光用のパンフレットには大抵正面から撮った画像しか載っていないけど、右側の入口から中に入ると最初に仏像たちが目に飛び込んでくるのは完全にこのアングルなのだ。


  • このシーンでロビーが弾いている「めちゃめちゃ弦の多いギター」を初めて見た時には、自分の目を疑ったものだった。「ハープギター」と呼ばれるものであるらしいことだけは後から分かったが、弾き方や構造的なことはいまだに全く理解できない。映像を見る限りロビーがこのギターを「活用」しているのは最初のボロローンというところだけで、後は普通のギターと同じように演奏しているとしか思えないのだが。

  • 東京御茶ノ水の楽器店のウェブサイトによるならば、この時ロビーが弾いていたギターはGibson STYLE-Uという名前で、1902年から30年代にかけてごく少数だけ生産されたビンテージ品なのだという。2018年現在の時価は89万6400円。「ボロローン」のためだけに89万6400円。そういう物好きなことができる立場の人間には、なりたいようにも思うし、死んでもなりたくないようにも思える。

  • カメラ、引いてゆき、5人だけになったステージの全景が映される。そして、エンドロールが流れ出す。



Fin.

nagi1995.hatenablog.com
…というわけでラストワルツ特集もめでたく完結したことになるのだけれど(「I Shall Be Released」の翻訳については、上記リンクを参照されたし)、ここで我々はどうしても、リヴォン·ヘルムの言い分に耳を傾けておかねばならないと思う。

公開直前におこなわれた 『ラスト・ワルツ』の試写には、ロニー・ホーキンズといっしょに行った。ザ・バンドの全員、それに家族や友達、そのほかラスト・ワルツに携わった大勢の人が来ていた。二時間のあいだ、カメラがほとんどロビー・ロバートスンの顔だけを映しだしていた。金をかけたヘアスタイル、こってりと化粧した顔の長いクローズアップ。映画は、ロビーが大げさにギターの首をふってバンドを指揮しているかのように編集されていた。ロビーがスイッチを切ったマイクにむかって力強く歌うと、彼の首の筋肉が縄のように盛りあがるのが映しだされた。ホークはこれを見て、ぼくを何度も小突いて笑った。映画のなかほどでホークがいった。「これをやったとき、リチャードはまだグループにいたのか?」

なぜならば、リチャードが映っている場面がほとんどなかったからだ。ガースもほとんど映っていなかった。リックとぼくはたくさん歌っていたので、かなり映っていた。だがリチャードはどこにいるのか?インタヴューの場面では、リチャードはシャングリラのソファに前かがみにすわっていた。髪は乱れ、眼は濡れた月のような光を放ち、ボリビア人にやられたあとのチェ・ゲバラのように見えた。ガースは、その場を逃げだしたがっているように見えた。ぼくはスコセッシに噛みついていた。リックは革の帽子をかぶり、沈んだ様子で、インタヴューに答えずにソロ・アルバムの曲をひいていた。

だから、映画のプロデューサー本人、ロバートスンひとりが話しているだけだった。兄弟同士のようなバンドは十六年間ツアーをつづけ-ジャック・ルビーが経営する荒っぽい酒場を点々とする地獄のサーキットで生きていくには、食べ物を盗まなくてはならないこともあった-、ついにツアーは危険すぎてこれ以上はつづけられないと考えた。「十六年間ツアーをつづけたあと、その数字が恐ろしくなってきた」ロバートスンがアイラインで縁取った瞼を半分閉じて、熱をこめてスコセッシにいっていた。三十年間ツアーをつづけることなんて、ぼくにはできない。その話をすることさえいやだ」

厭世的な苦悩に満ちたことばを聞いて、ロニーは声をあげて笑いだした。実際、ロニーは二十年間ツアーをつづけて、そしてちゃんと生きていた。ぼくが肘でつついてロニーを黙らせようとするたびに、ロバートスンが出てきていう。たとえば「そう、ツアーは大勢のすばらしい人たちの命を奪った。ハンク・ウィリアムズ、オーティス、ジミ、ジャニス、エルヴィス。ツアーをつづけていては生きてはいけないんだ」というようなことを。ロニーはこれを聞いて、また笑い声をあげる。画面が暗くなって、《ラスト・ワルツ組曲》をバックにクレジットが出て、ザ・バンドの姿が小さくなって消え、そして画面に何もなくなった。

試写室は静まりかえっていた。ぼくは映画のひどさにショックをうけていた。九台もカメラがあったのに、リチャードがフィナーレで彼の代表曲である《アイ・シャル・ビー・リリースト》を歌うところさえ映っていない。あとでわかったことだが、映画のほとんどが、九台あったカメラのうちの二台の映像で構成されていた。マディ・ウォーターズがステージの上でぼくにキスをしてくれたのも映っていない。ガースがバンドをひっぱり、みんなを鼓舞している様子もまったくわからない。映っていたのは、ほとんどが王者のようにふるまうロバートスンだった。

試写室の明かりがついた。ぼくはたばこに火をつけてホークを見た。彼はぼくの背をたたき、みんなに聞こえるように大きな声でいった。「おい、そんなにがっかりした顔をするなよ。この映画だって、きっとよくなってたぜ。もうちょっとロビーの場面がたくさんあればな。ワッハッハッハッハッ!!! 」

『ラスト・ワルツ』はそういう映画だった。予想どおりは大好評だった。評論家は、ロック・コンサートを映した贅沢なすばらしい映画と評した。きっと、そのとおりなのだろう。しかしワーナー・ブラザーズは、事前に借りたアドヴァンス分を映画とレコードから差しひくことにした。だから、ビデオが世界じゅうで発売されているにもかかわらず、現在に到るまで、この事業からの金はぼくたちのふところには入っていない。ザ・バンドがワーナー・ブラザーズでレコードをつくることもなく、やがてシャングリラは閉鎖された。

リチャードは、出ていかなくてはならなくなったときにも、まだ改造したはなれに住んでいた。マネージメント・チームは、その邸宅の維持費の足しにするため、はなれを賃貸しようとしていたのだと思う。しかしリチャードはそこが好きで、出ていきたがらなかった。そこでマネージメント側は電話を切り、ガスも止めた。ぼくが訪ねてみると、リチャードは逆さにした電気アイロンの上でステーキを焼いていた。温度は「木綿」に設定されていた。リチャードはアイロンの上にバターを一かけら落として肉をのせ、それをひっくりかえしてバターをもう一かけらのせた。そして直接そこから食べた。やっとリチャードを追いだしたあと、二千本のグラン・マニエの空き壜がみつかり、それをきれいにかたづけるのに二日かかった。

いまも大勢の人が、 『ラスト・ワルツ』がとても好きだとぼくにいいにくる。ぼくは礼儀正しくありがとうといい、ぼくにはあの映画が恥さらしに思えることはいわないようにしている。だいぶあとになって、あの映画と音楽にはドラッグが深く関係しているから、合理的な観点から意味を見出すのはむずかしいという意見も聞いた。あとから考えてみれば、それもまたぼくが最初からラスト・ワルツに反対した理由のひとつだったのかもしれない。だれの責任かと訊かれれば、ぼくはまずロバートスンとスコセッシを責める。実際にふたりが、自分たちはまちがっていたといっているインタヴューも、読んだことがある。彼らは、あれは行きすぎだったといっていた。自分の頭が考えたことを、勝手に重要だと思いこむのはまちがいだ。いくら重要人物になりたいと思ったとしても、その通りに重要である人間などいないのだ。 『ニューヨーク、ニューヨーク』は公開されたが、不成功に終わり、スコセッシはその九月、病院に入った。そして医者から、生活を変えなければ命はないといわれた。

ロビーのほうはしばらくして家族とよりをもどし、バンドを捨ててまでかなえたかった映画界への進出を図った。ザ・バンドにおけるロビーの役割を否定する気はない。彼は重要な触媒であり、ザ・バンドの音楽の歴史に大きな貢献をした。しかし彼がなぜ、あんなふうにすべてを放りださなくてはならなかったのか、ぼくはいまになっても理解できない。メンバーのなかには、とても苦しい状態にある者がいた。仲間を助けようと思えば助けられるのに、手を差しのべないのはいけないことだ。ぼくは音楽をとてもたいせつなものだと考える。その音楽をつくる者たちが長いあいだ、ひどいあつかいをうけて無視された。それが、ぼくには許せない。

-自伝より-

…そしてついにこの時以来、プライベートなことまでは知らないけれど、リヴォン·ヘルムとロビー·ロバートソンが同じ舞台に立つことは、2012年にリヴォンがこの世を去るまで一度もなかったのである。1992年に私がディランの30周年トリビュートでザ·バンドの姿を初めて見た時にも、字幕で流れてきたのは「ロビー·ロバートソンの参加は実現しなかった」という文字だった。その時以来、私は「ロビー·ロバートソンというのは一体何者なのだ」という思いを抱き続けてきた。その答えのひとつが、上に引用した文章である。

ここにリヴォンが書いていることは、どこまでが本当でどこまでが誇張なのかといったことを云々する余地もなく、完全に「正しい」ことだと思う。彼はロビーと一緒にザ·バンドというバンドを作り、ラストワルツというコンサートを完成させたその当事者として、自分の怒りを語っている。ロビーは明らかに「自分の夢」のため、他の4人のメンバーのことを「使い捨て」にしたのである。リヴォン自身がそう感じているのだから、そこには誤解もへったくれもあったものではない。誤解だというのならロビーはそれを「解く努力」をしなければならなかったはずだ。それさえしなかったロビーの側に、自分を正当化できる権利があるはずはない。そしてザ·バンドが「あんな終わり方」さえしていなければ、リチャードだって「あんな死に方」はしなくて済んだはずなのだ。リヴォンが死ぬまでロビーを許さなかったのは、当然のことだと思う。

これに対してロビーが2016年に出版した自伝「Testimony」には、どんな言葉が綴られているのか。世の中ではあと数日で日本語版が書店に並ぶ流れになっているらしいけど、先に原書を入手した私はまだそこまで読み進めることができていない。せめて何らかの「人間的な言葉」が書かれていてほしいものだと思うのだけれど、三分の一ぐらい読んでみた印象としてはかなりストレートな筆致で綴られている感じなので、割と期待してもいいのではないかという感じが、今のところ、している。もしこれがディランみたいに人をケムに巻くような文章で書かれていたらどうしてくれようと思っていたが、幸いにもその心配だけはなかったようである。

…日本語版で先に終わりまで読んでしまった人は、くれぐれも私にその内容を教えないでくださいね。


The Last Waltz Ending
さて、ラストワルツ特集の締めくくりに取りあげる曲は、すべてが終わった後のエンドロールでおもむろに流れ始める「Greensleeves」である。私の時代では小学校でタテブエの練習曲になっていた曲であり、誰もが聞いたことのあるメロディだと思うのだけど、なぜこの曲が「ラストワルツ」という映画の終わりに流されることになったのかという顛末については、ガース·ハドソンによる即興演奏らしいということ以外、何も分からなかった。いつ演奏されたのかについてもなぜ演奏されたのかについても、教えてくれる資料は今のところ見つからない。何か知っている方がいらっしゃれば、教えて頂ければ幸いです。

Wikipediaによるならばこの歌は本当に古い歌で、エリザベス朝時代にあたる16世紀には、既にイギリスで広く歌われていたことが確認されているのだという。日本で言うなら信長·秀吉の時代である。歌詞の内容は「緑色の袖の女性」に恋をした身分の高い男性が、自分を愛してくれなくなったその相手への想いを切々と語るというものであり、一説によればヘンリー八世という実在したイギリス国王がモデルになっているらしいのだが、詳しくは上記リンクを参照されたい。

ネットで見つけることのできた歌詞は、四番までは「普通の英語」で書かれているのだけど、五番以降は「古語」で書かれている。(例えば「you」という単語が「なんじ/そなた」というニュアンスの「thee」になっている)。おそらくは、よく歌われる最初の方は時代と共にリニューアルされてきたけれど、終わりの方の歌詞は古い形をとどめているということなのだと思う。意訳も直訳もしないということを看板に掲げている関係上、一応「それっぽい言葉」で訳してはおいたけど、しょせんは素人が即興でデッチあげたエセな擬古調なので、雰囲気を味わう程度に読み流してもらえた方が、今回に関しては気が楽です。

そんなわけで足かけ21回にわたりお送りしてきたラストワルツ特集に最後までつきあって下さった皆さん。本当にありがとうございました。ちょっとだけ休ませてもらって、未完の「AONIYOSHI」特集を再開させて行きたいと思います。


GREENSLEEVES

GREENSLEEVES

英語原詞はこちら


Alas, my love, you do me wrong
To cast me off discourteously
For I have loved you well and long
Delighting in your company

ああわたしの恋人よ
あなたは私にまちがったことをした。
非礼にもわたしのことを
見捨てるなんて
長きにわたり深きにわたり
わたしはあなたを愛し
あなたと共にあることを
よろこびとしていたのに


[Chorus]
Greensleeves was all my joy
Greensleeves was my delight
Greensleeves was my heart of gold
And who but my lady greensleeves

あなたの緑色の袖こそが
わたしのよろこびのすべてでした
あなたの緑色の袖こそが
わたしの心を明るくしてくれました
緑色の袖のあなたは
黄金の心を持った人でした
そして緑色の袖のわたしのレディの他に
そんな人はどこにもいないのです


Your vows you've broken, like my heart
Oh, why did you so enrapture me?
Now I remain in a world apart
But my heart remains in captivity

あなたは自分の約束をやぶった
わたしのこころをやぶったように
ああそれならどうしてあなたは
あんなにもわたしのことを魅了したのか
いまのわたしは
離れたところに取り残されていて
それなのにわたしの心は
あなたのもとにとらわれている


[Chorus]

I have been ready at your hand
To grant whatever you would crave
I have both wagered life and land
Your love and good-will for to have

わたしはあなたの手に
何だって捧げる準備ができていた
あなたが望むものであれば
どんなものであろうとも
自分の命と自分の土地の
すべてをわたしは賭けていた
あなたの愛と好意とを
手にすることができるのならばと


[Chorus]

If you intend thus to disdain
It does the more enrapture me
And even so, I still remain
A lover in captivity

あなたがもしもわざと
こんな風にわたしを侮蔑したのだとても
そのことでわたしの心は
いっそうあなたに惹きつけられてしまう
そしてよしんばそうだったとしても
わたしの心は変わらない
とらわれた恋する人間で
ありつづけることだろうと思います


[Chorus]

My men were clothed all in green
And they did ever wait on thee;
All this was gallant to be seen
And yet thou wouldst not love me

我が家来たちはみな緑をまとひ
そなたの為に仕へてゐた
それはまことに気高きさまであつた
それにもかかはらずそなたは
わたしを愛さうとはしなかつた


[Chorus]

Thou couldst desire no earthly thing
But still thou hadst it readily
Thy music still to play and sing;
And yet thou wouldst not love me

俗世のものなどそなたなら
欲しがらなくとも済んだはづだ
それにもかかはらずそなたは
いつでもそれを求めてゐた
かつ奏でかつ歌ふそなたの調べは
今でも響き続けてゐる
それにもかかはらずそなたは
わたしを愛さうとはしなかつた


[Chorus]

Well, I will pray to God on high
That thou my constancy mayst see
And that yet once before I die
Thou wilt vouchsafe to love me

さうわたしは
高きに在る神に祈らう
わが忠誠が
そなたに届きますやうに
そしてわたしが死ぬ前に
一度で可ひ
そなたがわたしに
愛を賜はつてくださひますやうに


[Chorus]

Ah, Greensleeves, now farewell, adieu
To God I pray to prosper thee
For I am still thy lover true
Come once again and love me

ああ緑の袖のそなたよ
今はさらば
そなたに栄えあらんことを
わたしは神に祈らう
わたしは今もそなたにとつての
真実の恋人なれば
願わくは再び来たり
わたしを愛されんことを


[Chorus]