華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Karma Chameleon もしくはカルマは気まぐれ (1983. Culture Club)

あなたは色彩
時折 私を映し出す
私は色彩
時折 あなたを描き出す
二人は色彩
時折 ひとつの色になる

-ZELDA「時折の色彩」1985年ー


Karma Chameleon

Karma Chameleon

英語原詞はこちら


Dessert loving in your eyes all the way
If I listen to your lies, would you say
I'm a man without conviction
I'm a man who doesn't know
How to sale a contradiction?
You come and go, you come and go

きみの瞳の中にあるのはいつも
デザートみたいな愛だ。
ぼくがきみのウソをまともに聞いたら
きみはぼくのことを
信念に欠ける男だとか
矛盾を商売にすることを
知らない人間だとか
そんな風に言うんだろうか。
現れては消えてゆくきみ。
あっちに行ったりこっちに行ったり。


Karma, karma, karma, karma, karma chameleon
You come and go, you come and go
Loving would be easy if your colors were like my dreams
Red, gold, and green, red, gold, and green

カーマはカルマはカーマはカメレオン。
現れては消えてゆく。
あっちに行ったりこっちに行ったり。
きみの持っている色がぼくの夢と
同じような彩りを持っていたなら
愛し合うことはきっと
難しくなくなるんだろうけどね。
赤と金色と緑色の夢。
赤と金色と緑色の夢。


Didn't you hear your wicked words every day
And you used to be so sweet I heard you say
That my love was an addiction
When we cling, our love is strong
When you go, you're gone forever
You string along, you string along

自分が毎日口にしてるひどい言葉を
自分で聞いてみたことはないのかい。
きみはぼくにはいつでも
甘い言葉で語っていたものだった。
お互いがくっつき合ってる時には
ぼくらの愛は強い。
そしてもし行ってしまうことを選んだら
きみは二度と戻ってこない。
きみは味方のふりしてぼくをだます。
きみは味方のふりしてぼくをだます。


Karma, karma, karma, karma, karma chameleon
You come and go, you come and go
Loving would be easy if your colors were like my dreams
Red, gold, and green, red, gold, and green

カルマはカーマはカルマはカメレオン。
現れては消えてゆく。
あっちに行ったりこっちに行ったり。
きみの持っている色がぼくの夢と
同じような彩りを持っていたなら
愛し合うことはきっと
難しくなくなるんだろうけどね。
赤と金色と緑色の夢。
赤と金色と緑色の夢。


Every day is like survival
You're my lover, not my rival
Every day is like survival
You're my lover, not my rival

毎日がサバイバルみたいだ。
きみはぼくの恋人だろ。
ライバルじゃないだろう。
毎日がサバイバルみたいだ。
きみはぼくの恋人だろ。
ライバルじゃないだろう。


I'm a man without conviction
I'm a man who doesn't know
How to sale a contradiction?
You come and go, you come and go

きみはぼくのことを
信念に欠ける男だとか
矛盾を商売にすることを
知らない人間だとか
そんな風に言うんだろうか。
現れては消えてゆくきみ。
あっちに行ったりこっちに行ったり。


Karma, karma, karma, karma, karma chameleon
You come and go, you come and go
Loving would be easy if your colors were like my dreams
Red, gold, and green, red, gold, and green

カーマはカルマはカーマはカメレオン。
現れては消えてゆく。
あっちに行ったりこっちに行ったり。
きみの持っている色がぼくの夢と
同じような彩りを持っていたなら
愛し合うことはきっと
難しくなくなるんだろうけどね。
赤と金色と緑色の夢。
赤と金色と緑色の夢。


カルチャークラブの2ndアルバム「Colour by Numbers」のジャケット。真ん中に「ボーイ」という「カタカナ」が書かれているのは、ボーイ·ジョージという人が日本の文化に憧れを感じてくれていたからだと思うのだが、縦書きにした時には長音符号も縦向きになるのだということをかれらが知らなかったのかそれともワザとだったのかということについては、私には今のところ分からない。

コーマカーマ」から、もひとつカーマで行ってみようということで今回の選曲なのだけど、前回の「Instant Karma!」と同様、この歌に出てくる「カーマ」も「カルマ」の英語読みだったのだということは、調べてみるまで全然知らなかったことだった。ただしこの歌ではその「カーマ」に、具体的な人名としての意味も重ねられている。

「1870年のミシシッピ」を往来する川船を舞台にしたこの歌のPVは本当に印象的で、最初に見たのがいつだったのかは覚えていないけど、子どもの頃に琵琶湖のそばに住んでいる親戚の家に遊びに行って、浜大津港に観光船の「ミシガン」が停泊している姿を見るたびに、頭の中にこの歌が流れていた記憶がある。出てくる人たちはみんなハウス名作劇場みたいな格好をしていて、黒人の人たちも白人の人たちも一緒になって楽しそうに歌っているのだけれど、「Old Dixie Down」の世界から5年しか経っていないあの時代のアメリカ南部諸州であんなにも幸せそうな光景が展開されていたということは、まあフィクションでしかありえなかっただろうなと、今となっては思う。とりわけあの小股の切れ上がりまくったダンサーの人たちの衣装というものは、絶対ありえなかったに違いない。「小股」というのが人体のどの部分を指す名称なのかということについては、いまだに何も知らないまま分かったようなことを書いている、いいかげんな私ではあるのだけれど。



いずれにしてもその「ミシガン」のイメージがあまりに強かったため、カルチャークラブというのはアメリカのバンドに違いないと、今の今まで私は思っていた。アイルランド系のボーイ·ジョージとユダヤ系のジョン·モス、ジャマイカ系のマイキー·クレイグにイングランド系のロイ·ヘイという、さまざまな文化的背景を持つ4人がイギリスで出会って結成したから「カルチャー·クラブ」になったのだという話を知ったのは、つい今しがたのことである。ボーイ·ジョージという人に関しても、むかし奇面組の大くんが彼氏と同じコスプレをして「センソーハンタイ!」と叫んでいたという記憶を除いては、私の中には何も残っていない。

そういう個人的な記憶の断片を掘り起こしては、「あれはどういうことだったのか」という疑問について「調べ直す」のがこのブログの趣旨としているところであり、私はそれを「青春に決着をつける作業」と呼んでいる。もしも「知識」を求めてこのブログを訪ねて来た方がいらっしゃったなら、そんな風に基本的には何も知らない人間が書いている文章なのだということを、あらかじめ頭に入れておいて頂けた方が「安全」だと思う。英語も、喋れないですしね。

=翻訳をめぐって=

私はいつも自分の手で歌の翻訳を完成させるたびに、他のサイトでは同じ歌がどんな風に翻訳されているのだろうということをチェックして「答え合わせ」をすることにしているのだけれど、この歌に関してはサイトによって丸っきり違った内容のことが書かれており、全然「答え合わせ」にならなかった。私の作った試訳がどうして上記のような内容になっているのかということについては、他にもいろんな翻訳サイトが存在している手前、その根拠を示しておく必要があると思う。

ボーイ·ジョージ氏自身は、この歌について以下のようにコメントしているらしい。

The song is about the terrible fear of alienation that people have, the fear of standing up for one thing. It's about trying to suck up to everybody. Basically, if you aren't true, if you don't act like you feel, then you get Karma-justice, that's nature's way of paying you back.
この歌は、疎外されるということに対して人間が持っている強烈な恐怖のことを歌ってるんです。ひとつのことに自分を賭けるという、そのことに対する恐怖。八方美人的な振る舞い。そういうことについての歌です。基本的に、誠実じゃなかったり、自分が感じた通りに行動しようとしない人間は、カルマの裁き(=因果応報のむくい)を受けることになる。それが自然の摂理ってものなんです。

…つまりこの歌は「八方美人じゃいけない」ということを歌っているということであり、その「八方美人的な振る舞い (trying to suck up to everybody)」のことを「カメレオン」という言葉で表現していると思われるのだけど、一方で人間が八方美人的に振る舞うのはなぜかといえば、「疎外されるのが怖い」からだと彼氏は明言している。「その気持ちは分かる」と言っているわけだ。だからこの歌は必ずしも、カーマという名前の恋人のことを「なじって」いる歌ではないのではないかという風に、私には感じられる。

さらに彼氏は「カルマ」という言葉に「Justice (正義)」を見出しており、その「正義の響き」に「恋人の名前」を重ねているのである。相手が「正義」であるということは、「間違っている」のは「自分の側」だということだ。この歌の主人公は「カメレオン」的な相手の振る舞いに明らかに「傷ついて」いるのだけれど、同時にそれを「受け入れなければならない」と感じているように思われる。それは彼氏自身もまた、「疎外されることが怖くて、八方美人的に振る舞う人間の気持ち」が「わかる」人間だからなのだと思う。つまりこの主人公の側にも「相手のことを傷つけている自覚」があるということなのではないだろうか。そしてそんな風に傷つけ合うことを通してしか一緒にいられないことをも「カルマ=宿命=自然の摂理」として「受け入れ」ながら、いつか「相手の色」と「自分の色」が重なり合う「幸福な瞬間」が訪れてくれることを、祈るような気持ちでひたすら待ち望んでいる。それがこの歌の主人公の心象風景なのではないかと思う。

さらに重要だと思われることとして、二人の色が「重なった」としても、その色は決して「一色」ではないということが言われている。「赤と金色と緑色」なのである。主人公自身もまた「カメレオン」に他ならないのだということになる。

そんな風に考えてみると、「カーマは気まぐれ」という有名なこの歌の邦題は、「意訳のしすぎ」なのではないかという感じがする。これだとどうしても「カーマという名前の気まぐれな恋人」のことを、非難しているだけの歌に聞こえてしまう。しかし同時にこの歌には、「多様性へのオマージュ」みたいなものが歌い込まれているようにも、私には感じられるのである。言うならもうちょっと客観的に「カーマは七色」にするとか、あるいは素直に「カーマはカメレオン」にするとかにとどめておいた方が、良かったのではないかと言う感じがする。

なお、「カーマ(Karma)」という名前は、Wikipediaによるならばイベリア半島のカタルーニャ地方で使われている女性名らしいが、ほぼ同じ発音で「Kama」と綴られた場合、ヒンドゥー教で「愛と欲望」を象徴する概念として使われている「カーマ」を意味する言葉になるのだとのことであり、この「Kama」を司る神だとされている「カーマデーヴァ=カーマ神」は、「オウムに乗った美男子」として描かれているらしい。つまりは「男性であるとも女性であるとも両方に解釈できる余地のある名前」であるということが他サイトに書かれていたので、参考のため付記しておきたい。


シュガー カメレオン
…「みんなのうた」関係の動画って、どうして上がってもすぐに消されてしまうのだろう。

Dessert loving in your eyes all the way

サイトによっては最初の言葉が「Desert」になっており、この場合だと「Desert loving」は「不毛な愛」みたいな意味になるが、文脈的には多分「Dessert loving」で正しいのではないかと思う。

「デザートみたいな愛」というのがどういう「愛」なのかと言われてもそれはそれでよく分からないのだが、「楽しいけれどもメインではない」「それだけではお腹いっぱいにならない」みたいな意味なのではないかと思う。知らんのやけど。

If I listen to your lies

「もしも僕が君のウソを見抜いたら」みたいに翻訳されているサイトが非常に多いのだけど、「listen to」をどうして「ウソを見抜く」という意味で訳せるのかということが私には全然わからない。「聞く」かせいぜい「耳を傾ける」みたいな日本語にしか、移せない言葉だと思う。つまり主人公は「相手の言葉をウソだと分かった上で黙ってそれを聞いている」のである。別に相手のことを責めてはいない。

そして「If (もしも)」という言葉が最初に使われているのは、もしも「主人公が相手の言葉をウソだと分かった上で黙ってそれを聞いている」のだということに相手が気づいたら、ということなのだと思う。何だかとってもややこしい話なのだけど。

Would you say
I'm a man without conviction
I'm a man who doesn't know
How to sale a contradiction?

サイトによっては「I'm a man without conviction」以下の三行を「相手の言葉」として翻訳している例も見られ、その場合だとこの部分は「きみは自分のことを、信念に欠ける男だとか、矛盾を商売にすることを知らない人間だとか、そんな風に言うんだろうか」という意味になる。実際、耳で聞いただけでは判断できないわけだけど、もしもこの三行がクォーテーションマーク("〜")で括られていたなら、そういう読み方をすることも可能である。ボーイ·ジョージ氏は自分がゲイであることを80年代からカミングアウトしていた人なので、恋人が自分のことを「I'm a man (男性)」だと言っていても、この歌の場合は何ら不自然なことではない。

しかし「自分は信念を持たない人間だ」とか「矛盾を商売にすることを知らない人間だ」とかいうのは、「ウソを見抜かれた人間が言い訳に使える言葉」ではないと思う。やっぱりこの部分は、「ウソを見抜かれていたことに気づいた相手が逆ギレして、主人公に対して投げつけるであろう言葉」として解釈すべきフレーズなのではないかと思う。

そんでもって、「お前は信念を持たない人間だ」というのと「矛盾を商売にすることを知らない人間だ」というのは、悪態の内容としても、よく聞いてみると矛盾しているのである。一方では「強い信念を持て=いちいち疑うのはやめろ=私のことを信じなさい」と言っているわけであり、もう一方では「矛盾を受け入れる度量を持て=小さなことにこだわるな=それでもアーティストか」的なことを言っているのだと思われる。「いちいち疑うのはやめろ」と「小さなことにこだわるな」は、辛うじてイコールで結べる気がしないでもないけれど、フツー人間というものは強い信念を持てば持つほど、あらゆる矛盾が許せなくなってくるものなのではないだろうか。こんな風に論理の破綻したことを言っていることからしても、この部分は「逆ギレ」としか解釈しようがないような気がする。

…何か、思ってた以上に大変な歌だな。いずれにしてもこの部分の解釈がサイトによっていろいろ違っているのは、みんながこの部分を「どう解釈していいか分からない」からなのだと思う。私だって、確信があって書いているわけではない。あくまで推論である。

Karma, karma, karma, karma, karma chameleon

「カーマ(カルマ)はカメレオン(のようである)」というのが一般的な翻訳のされ方であり、私もそれを踏襲しているけれど、海外サイトではこのフレーズを「カーマ·カメレオン」という「架空のカメレオンの名前」として解説している例も見られる。それによるならば「カーマ·カメレオン」というのは、「自分の信念に従って行動しないために、カルマ(因果応報)の報いを受ける人」のことを指す比喩表現なのだとのことである。上に引用したボーイ·ジョージのコメントを踏まえた上での解説なのだと思われるが、「そんな聞き方もある」という参考意見として聞いておく程度でいいのではないかと思う。後述するように私は彼氏がこの歌の中で「カメレオン」のことを「悪く言っている」ようには、どうしても思えないからである。

Red, gold, and green

「赤と黄金と緑」という組み合わせから多くの人が連想するのは、レゲエのシンボルとして使われている「ラスタカラー」なのではないかと思われ、私もそれが第一印象だったのだけど、海外サイトによるならば、同時にこの配色は80年代、同性愛者の人たちや、それにとどまらず様々な性のあり方を社会に認めさせるために闘っている人々のシンボルとして現在使われている「レインボー旗」がまだ一般的になっていなかった時代に、「ゲイ·プライド」を掲げて運動していた人々を象徴する旗のデザインにもなっていたとのことである。

この三色が「ゲイ·プライド」の象徴だったということを踏まえるならば、ボーイ·ジョージの言う「赤と黄金と緑色の夢」というものは、極めて具体的なイメージを持っていたことになる。すなわち、同性愛者(だけではない。私の知る限り「同性愛者のためだけ」に「運動」している人間というものは、世界中に一人もいない)が自分自身のことを誇りを持って肯定し、同時に他の人間の存在をも尊重しながら、多様性を認め合って自由に生きることのできる未来への夢が、「赤と黄金と緑色」の三色に象徴されているという読み方が可能になる。




「カメレオン」というのは明らかに「多様性」を象徴している言葉だが、カメレオンがどうして自分の色を様々に変えなければ生きて行けないかといえば、「弱いから」なのである。(自然界においては「他の生物を欺いてエサにするため」という側面もあることはさておき)。その意味では「信念を持っていない」のだし、ボーイ·ジョージもそれを「いいこと」だとは言っていない。そして「信念に逆らった行動をとれば、自然から報いを受けることになる」とも言っている。けれども同時に「カメレオン」に対する彼氏のまなざしは、「いつくしみ」に溢れているように私には感じられる。それは彼氏が「人間の弱さ」というものを否定しない姿勢を持っている人だからなのではないかと思う。そして「信念を持って生きること」と「いろいろな人間の多様性を認め合って生きること」は決して矛盾することではないのだという極めて微妙なメッセージが、「カーマ·カメレオン」というフレーズには込められているのではないかという気がする。自然の中から生まれてきた人間が「人類」という「ひとつの存在」であるのと同時に「諸個人」という「多様な存在」でもあるということは、「自然の摂理」もまた「多様な形」で働くものだという風に、言えるのではないだろうか。だから「カルマ(も)カメレオン」なのである。

この歌はそんな風に「カメレオン的な世界」にあって、自分自身もカメレオン的に生きている一人の人間が、同時に他者との関係の中で「自分の信念を貫くこと」の難しさと苦しさと楽しさとかけがえのなさとを、タメ息みたいな感じで歌いあげている歌なのではないかと、とりあえず私自身は解釈している。

…やっぱり大変な歌だな。

Didn't you hear your wicked words every day

サイトによっては「Didn't you」の「you」が抜けており、「あなたがひどい言葉を言うのを私は聞いたことがない」と翻訳している例も見られる。でもそれだと最後に「every day (毎日)」という言葉が入ってくる理由が分からなくなるので、誤植にもとづく誤訳だと思う。

You string along

「string along」は「味方のふりをして人をだます」という意味になる熟語だとのこと。ここでも「カメレオン的なフレーズ」が選択されている。

You're my lover, not my rival

海外サイトによるならば、この歌はカルチャー·クラブのバンド内で、ボーイ·ジョージがドラマーのジョン·モスと恋愛関係を持っていたことを背景に作られた歌なのだという。その辺の事情が「君は恋人であってライバルではないはずだ」というこの歌詞に反映されているのだと思われるが、同じ歌詞が当てはまる状況というのは、異性愛者のあいだでもいくらでもある話だと思う。


ゼルダ 時折の色彩

…それにつけても、今回サブタイトルにした「カルマは気まぐれ」という文字列は、改めて見直すとものすごくイカガワしい感じがするな。昔のオウム真理教の関係者だとか深見東州だとかそういう人間の著作物のタイトルに、フツーに使われていておかしくない感じがしてしまう。もしもそういうのが実際に使われているのを見つけてしまったら、そっと変更しておくことにしたいと思う。ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1983.9.
Key: B♭

カーマは気まぐれ

カーマは気まぐれ