華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Tangled Up in Blue もしくはブルーにこんがらがって (1975. Bob Dylan)

いかりのにがさ また青さ
-宮沢賢治「春と修羅」1922年-

「ブルーにこんがらがる」ということ

「ブルーにこんがらがって」というこの歌の邦題は、名訳中の名訳だと思う。原題は「Tangled Up In Blue」なわけだけど、英語話者の人たちは果たしてこのアルファベットの文字列に、我々が「ブルーにこんがらがって」から受け取るのと同じくらいのインパクトを、感じているものなのだろうか。私が「ブルーにこんがらがって」に対して感じてきた「スゴさ」の中味というのは、第一義的には「日本語としてのスゴさ」であり、「誰も思いつかなかった日本語表現としてのスゴさ」に他ならなかった。中学生だった頃にこのタイトルを初めて目にした時の衝撃は、今でも忘れることができない。

何が、そんなに衝撃だったのか。

…「がびーん」という言葉が、私の頭の中を覆い尽くしている。衝撃だったことは間違いないのだけれど、「何が衝撃だったのか」ということなど、今の今まで一度もまともに考えたことがなかったということに、気づいてしまったのである。自分の言葉で感想を書こうという段になって初めて「何がそんなに衝撃だったのか」という問題意識も生じてくるわけで、そういう感覚はこのブログを始めて以来、実はしょっちゅう味わっているのだけれど、この歌の場合は、本当に何も言葉が出てこない。つまり「衝撃は受けたものの何が衝撃だったのかは自分でもよくわからない」という情けない状態が、ディランのアルバム「血の轍」を初めて聞いたあの日以来、私の中ではずーっと継続していたことになる。どれだけボーッと生きてきたのだ。私は。

だがしかし、「わからない」にも関わらずあれだけ何度も何度も繰り返しこの歌を聞き続けることができたのは、「わからないなりに何かを感じていた」からなのだということが、言えると思う。その「感じた内容」をひとつひとつ思い出して整理することぐらいなら、できるかもしれない。そこから始めてみよう。

ひとつ確かに言えるのは、この歌と出会うことがなければ私自身、「ブルーにこんがらがること」など知らずに生きていたに違いない、ということである。つまり「ブルーにこんがらがるという新しい感覚」を、私はこの歌を通じて、「覚えた」ことになる。上の画像は10代の頃の私がしょっちゅう「ブルーにこんがらがっていた場所」の写真なのだが、「ブルーにこんがらがる」というのはどういうことなのかということが問われても言葉では何も説明できないにも関わらず、当時の私はああした風景の中で間違いなく、「ああ、今をれはブルーにこんがらがつてゐるのだなあ」という感覚を、東京弁で客観的に、味わっていた。「何をどうしていいか分からなくなった時、たいてい、空は青い」という趣旨のことを、以前に書いたことがあるけれど、私が「ブルーにこんがらがる気持ち」を感じていたのはいつもそんな風に、「何をどうしていいかわからないぐらい青い空の下に一人でいる時」のことだったように思う。

不来方のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五の心 

という啄木の歌に感じていたのと同じような詩情を、「ブルーにこんがらがって」という日本語の文字列から当時の私は受け取っていたと思うし、「こんがらがって」いる分それはいっそう複雑で深遠で謎めいた感覚を表現しているフレーズであるように感じられた。当時の私が一番魅力を感じていたのはその「謎めいた感じ」に対してだったのかもしれない。つまりは、「分からないからこそ知りたいと思う」という、そういうタイプの魅力の感じ方だったことになる。

もっとも私にとってこの歌の記憶が奈良県奈良市佐紀町の平城宮跡の空の印象と分かちがたく結びついているのは、単に自分がそういうところで育ったという私自身の事情であるにすぎない。海の近くで育った人ならこの歌から呼び起こされるのは空ではなくむしろ「海の風景」の記憶なのかもしれないし、花の色やら信号の色やらマンドリルの顔のシマシマの色を思い出す人だって、いると思う。青色発光ダイオードの開発に携わったような経験を持っている人なら、「ブルーにこんがらがって」という歌の名前から真っ先に思い出されるのは、そのための研究生活に明け暮れた苦難の日々の記憶であるに違いない。いやまあ、「違いない」とまで言っていいものなのかどうか、私は言いきれる立場にはないわけなのだけど、要はとにかく「ブルー」という言葉から何を感じるのか、という問題なのだと思う。


富山湾の「ホタルイカの身投げ」

周知のごとく「ブルー」という英単語には、「青色」と「寂しい悲しい侘しい気持ち」という二通りの意味が存在している。で、私の場合、この歌のイメージが初めて聞いた頃に見上げていた空の記憶と密接に結びついているということは、「青色の印象」の方をより強烈に感じとっていたということになる。飽くまで私にとっての話だけど、「Tangled Up In Blue」は「憂鬱にこんがらがって」という意味より先に、「青色にこんがらがって」というフレーズとして「聞こえて」いたわけである。

上記のように「青」といえば空の色であり海の色であり、さらには、地球の色だ。空の涯も海の底も人間にとっては謎に満ちた世界なわけだから、青色は「謎を象徴する色」だというイメージが、私にはある。そして黄砂やら赤潮やらといった「夾雑物」が取り除かれれば取り除かれるほどに、空の青さや海の青さというものはその「本来の青さ」に近づいてゆく性質を持っているわけで、そこからしてこの色は「純粋さ」や「清潔感」、「透明感」と結びついたイメージを具えている。この点、他の色には見られない特徴だと思う。

若干脇道に踏み込むことになるが、我々にとっての「青」がそういうイメージを具えた「色」であるということの上で、日本語話者が「青」という言葉から思い浮かべるイメージと、英語話者が「ブルー」という言葉から思い浮かべるイメージは、相当に違ったものであるらしい。例えば周知のように、我々日本語話者には「緑」のことまで「青」という言葉で言い表そうとしてしまう「クセ」がある。子どもの頃の私は緑の信号を「青信号」と呼ぶことに違和感を感じていたから、違いが分からないわけではないのである。けれども「草が青々と伸びる」みたいな言い方までをおかしいと感じたことはないし、むしろ「草が緑だ」と言うよりも「青々している」と言った方が、草が「元気」であることがよりクッキリと伝わってくるような印象をおぼえる。

谷川健一という民俗学者の「青と白の幻想」という本によるならば、古代の日本や沖縄において色の名称というものは「赤、黒、白、青」の四種類しか存在せず、当時においては「緑」だけでなく「黄色」までが、「青」の範疇に含まれていたのだという。「当時においては」と書いたけれど、「黄色」のことを「青」と呼ぶ「文化」は、今でも「方言」の形で各地に残されているらしい。実際に聞いたことがないから、私には何とも言えないのだが。

Wikipediaによるならば『日本語のアオは「アフ=会う・合う」、または、その連用形の「アヒ=間(隣合うの意)」と関連した語であり、アイヌ語のアフ(会)の他界観とも関連するものと捉えられている』という見解が存在しているらしく、この説に従うなら「アオ」は原義的には「クロ」と「シロ」の「中間」に位置する全ての色のことを大雑把に言い表した言葉だった、ということになる。(「火の色」であり「血の色」である「赤」はやはり「特別な色」であり、古代の人々にとっても「別格の印象」を持って受け止められていたということなのだろう)。どこまでもハッキリクッキリしたイメージのある「ブルー」の語感と比べるなら、それと「同じ色」であるはずの「青」が「中間色の総称」だったという説明には、やや意外な感じを覚える。けれども我々が「青」という言葉から(と言うよりむしろ「蒼」という言葉から)同時に受け取る「くすんだ影のあるイメージ」は、古代の人々が「中間色の総体」を表現するのに使っていた「アオ」という言葉のイメージを、我々が今でも「引きずって」いることのあらわれなのかもしれない。

そういった「中間的でハッキリしないイメージ」と共に、「成長段階にある若草の色のイメージ」も合わさって、日本語の「青」には「若い」とか「未成熟な」とかいった語感がつきまとっており、このことは中国語でも同様である。「青春」と言う時のあの「青」は「ブルー」ではなく、「伸び盛りの植物の緑色」のことなのだ。(「若くて未熟なこと」を「青い」と表現することは、我々有色人種の出生時に高確率で臀部にあらわれる「蒙古斑」に由来しているという説もあるようだが、この場合の「青」は「ブルー」である。でもまあ、昔の人にとってはどっちだって「青」だったわけである)。そしてその「若草色」のイメージと「ブルー」のイメージが「青」という言葉において「統一」されていることから、我々日本語話者は「青」という言葉に「若者だけが持っている透明感」や「汚れを知らない純粋な気持ち」のイメージを重ねることができる。飽くまで私見だが、「ブルーハーツ」というバンド名に多くの日本人が感じていたのは、「憂鬱な心」というイメージよりもむしろ「若々しい心」というイメージだったのではないかという気が、そう思っていた私自身、今でもしている。

しかし。英語の「blue」という単語には、「若くて未成熟な」という意味など全く存在していないのである。納得できない人は気が済むまで英和辞典をめくってみるといい。私も、めくってみたのだ。正直、気は済んでいないのだけど、ないものはないのだから、その事実は素直に受け止める以外にどうしようもない。従って我々が「ブルーハーツ」という言葉に「若々しい心」を感じたり、「ブルーにこんがらがって」という文字列に「青春叙情」を感じとってしまうのは、「日本語話者に特有の自分勝手な勘違い」にすぎなかったのだという話になる。やっと本題に戻ってきたぞ。

一方で、英語の「blue」が持っている「憂鬱な」という意味について。そういう意味があることを「知識」としては知っていても、「ブルー」という言葉を「その意味で使いこなす」ところにまではまだ行っていないという感覚が私にはあるし、その事情は大部分の日本語話者にとっても、同様なのではないかと思う。「青としてのブルー」はほぼ「日本語化」していると言えると思うけど、「憂鬱としてのブルー」はいまだ「日本語になり切っていない言葉」だと思うのである。未来のことは知らないが。

「ブルー」という言葉が「憂鬱な」という意味で使われているのを初めて耳にしたのは、私は割とハッキリ覚えているのだけれど、これもやはり中学生だった頃、「夕焼けの松ちゃん浜ちゃん」という関西ローカルの番組の中で、松本人志が

そんなん言うたらオレむっちゃブルーになるやんけ!

というセリフを叫んでいた場面を通じてのことだったと思う。その「ブルー」の使い方が我々世代にはめちゃめちゃ「おしゃれ」に感じられ、次の日からはもう学校に行くと誰もが「スカイブルー入るわぁ…」みたいな言葉を100年前から知ってたような顔して使っていたという鮮烈な記憶があるのだが、しかし「ブルー」というのが「どういう気持ち」なのかということを本当に「わかって」使っていたT中生は、私自身を含め、一人もいなかったに違いない。みんな「テレビの真似をしていただけ」だったのである。私の場合、「ブルーな気持ち」というのはおそらく、昔「みんなのうた」で流れていた「小犬のプルー」みたいな気持ちなのだろうな、という漠然とした「想像」だけで「ブルー」という言葉を使っていたというのが、実際のところだった。ブルーとプルー。似ているのは「響き」だけで、関係もへったくれもあったものではないのだし、第一英語世界の住人が「小犬のプルー」などという歌を知っているわけがない。それにも関わらず「雰囲気だけで使えてしまう」というのが、言葉というもののスゴいところだし、コワいところでもあるのだと思う。…何も言ったことになっていないな。


小犬のプルー (真島昌利)

「ブルー=憂鬱」と上には書いたわけだけど、英語の「blue」と日本語/中国語の「憂鬱」とは、英語の「blue」と日本語の「あお」が似て非なるものであるのと同じかそれ以上に、やっぱり「違ったもの」であるはずなのだ。例えば私の場合、「ブルー」が「憂鬱」という意味だと説明された時には、どうしてもその言葉に「くすんだ影のあるイメージ」を重ねてしまっていたものだけど、そのイメージというのは日本語の「青」が「中間色の総称」だったことに引きずられた「誤解」である可能性が、極めて高いと思うのである。英語話者の人たちが口にする「blue≒憂鬱」という言葉は、実際にはもっと透明感があって深みをたたえたイメージを持っているのではないかという感じがする。「濡れたイメージ」か「乾いたイメージ」かで言えば、おそらくは「乾いたイメージ」なのである。でも、本当のところは私には分からないとしか言いようがない。「ちゃんと」知ろうと思ったら、ネイティブの英語話者の人たちとトコトンまで「つきあってみる」以外に、方法はないのだと思う。このことは我々非英語圏の住人に「ブルース」というものがどれだけ「理解」可能なのかということにも、直接関わってくる問題である。

蛇足ながら付け加えると「blue」という言葉には「わいせつな/エロの/下品な」という意味も存在しているらしいのだが、この感覚というのは私には本当に理解不能である。確かに半世紀ほど前、いまだ一般家庭にビデオが普及する前の時代に場末で上映されていたえろい映画のことを「ブルーフィルム」と呼んでいたらしいといったような事例は、話としては聞いたことがある。しかし言い方としても「ピンク映画」の方がよっぽど「ピンと来る」感じがするし、「桃色吐息」という歌で妖しい気持ちになれる感覚は理解できても、「青息吐息」という言葉に欲情する人の事例などというものは、私の周りでは見たことも聞いたこともない。大体、天井から壁紙からカーテンからの全てが「青」で統一された部屋に誰かと二人でいたとして、「えろい気持ち」になれる人というのが果たして実在するものなのだろうか。絶対「萎える」のがフツーだと思うのだが。とはいえ、日本語話者としての感覚から私が何を「フツー」であると強弁しようとも、辞書にそう書いてある以上、少なからぬ英語話者の人たちが「blue」という言葉から「えろいイメージ」を感じとっていることは、厳然たる事実であるらしい。だから「ブルーにこんがらがって」というこの歌も、我々日本語話者には想像もつかないことであるけれど、英語話者の人たちの耳には「そこはかとなくえろい歌」として聞こえている可能性が、間違いなくあるわけだ。そうなると「Tangled Up=こんがらがって」というフレーズにも、髪や肢体がもつれあっている「別のイメージ」が必然的につきまとってくることになるわけだが、ここではそれ以上は深入りしないことにしておく。

「こんがらがって」についても言いたいことは山ほどあるのだけれど、「ブルー」と違ってこちらは極めて具体的なことを表現している動詞なもので、「分析」しても仕方がないと思う。「こんがらがる」は「こんがらがる」なのである。ただこの「文語」にも「口語」にも「方言」にも正確には分類しきれないような「こんがらがる」という「座りの悪い日本語」を、「Tangle Up」の訳語として的確に選択し、しかも「ブルーに」という外来語を使った副詞に接続せしめた訳者の人の日本語センスというものには、ひたすら驚嘆させられる他にない。関連書籍やネットの世界を漁ってみると、「ブルーにこんがらがって」というこれほどまでに完璧な日本語タイトルが存在しているにも関わらず、オリジナリティを出したいのか何なのか、あえてこの歌を「憂鬱にもつれて」とか「ブルーによじれて」とかいった言葉で翻訳しようとしている例が散見されるのだが、そうした「無駄な試み」に「ブルーにこんがらがって」と比肩しうるようなどんなパンチ力が備わっていると言えるだろうか。「ブルー」を「憂鬱」と翻訳したら、同じ単語に備わっている「色のイメージ」は訳詞の中から完全に消し去られてしまう。それを消さないために「ブルー」という音訳が選択されているにも関わらず、何を勝手に聞き手が歌詞から受け取ることのできるイメージの幅を狭めてくれているのだろう。「よじれて」というのは何なのだ。「Tangled Up In Blue」が単にブルーの方向に「よじれて」いるだけだったとした場合、ちょっと一方向に「巻きすぎた」だけなのだから、逆方向に回転させれば簡単にその「よじれ」は解消されてしまう。ドラマも何もあったものではないし、誰がその程度の問題をわざわざ歌にしたいと思うだろう。「こんがらがる」と言った場合、その問題は「うまくすればほどける」けれど「下手をすればほどけなくなる」のである。意味としては「もつれる」でも大差ないのだが、言葉に備わった緊張感としては「こんがらがる」の方が数億倍も上回っている。考えれば考えるほど、この歌の邦題は「ブルーにこんがらがって」以外にありえないと思うし、この邦題を考え出した人は本当にこの歌のことを「よくわかっていた」のだろうなと、尊敬の念を抑えられなくなる。

そんな風にこの邦題を考えついた人のことを賞賛したくてたまらない私なのだけど、それが実際「誰」だったのかということについてはなぜか情報が錯綜しており、今のところ文字通り、「こんがらがって」いる。アルバム「血の轍」の歌詞カードに訳詞の担当者としてクレジットされていたのは片桐ユズルさんの名前だったもので、私は「ブルーにこんがらがって」は片桐さんの「作品」なのだとずーっと思い込んでいた。ところが21世紀になってから読んだ浦沢直樹×和久井光司の「ディランを語ろう」という本によれば、この曲が冒頭に収録されている「血の轍」というアルバム邦題はもとより、「ブルーにこんがらがって」も「運命のひとひねり」もことごとく、当時CBSソニーでディランのディレクターを担当していた菅野ヘッケルさんの「素晴らしいセンス」にもとづく邦題だったのだということが、語られている。してみると、何だったのだろう。「ブルーにこんがらがって」という「タイトル」を思いついたのはヘッケルさんで、それをもとにして訳詞を完成させたのが片桐さんだった、という話になるのだろうか。この歌に対する私のイメージは完全に「片桐さんの訳詞」を通して形成されていたものだったから、私はずっと片桐さんという人に憧憬を感じ続けていたのだけれど、事実はもうちょっと複雑な様相を呈していたのかもしれない。この点についてもし詳しくご存知の方が読んでいらっしゃったなら、コメント欄で教えて頂ければ幸いです。

とにかくいずれにしても。「ブルーにこんがらがって」という「日本語の響き」から、10代だった頃の私はそんな風に無限のイメージを受け取っていたのだし、私の10代の思い出はそのイメージによって埋め尽くされていると言っても過言ではない。「ブルーにこんがらがって」にまつわる私の記憶は、奈良盆地に特有の空の高いところの色と結びついているし、中学の時に好きだったタカハシさんのカバンとペンケースの色とも結びついているし、生駒聖天に祀られていた不動明王の脇侍のコンガラ童子の澄ました顔とも結びついているし、「複雑に絡み合った現代社会に鋭いメスを入れ…」という「探偵ナイトスクープ」の冒頭のナレーションとも分かちがたく結びついている。そしてそうした自分を取り巻くものの全てが「ブルーにこんがらがって」というフレーズで「結び合わされていた」ことを通し、あの頃の私は文字通り「ブルーにこんがらがった世界」で生きていたのだな、という感慨さえ、当時のことを思い出すと、湧きあがってくるぐらいである。

けれどもそんな風に「ブルーにこんがらがって」という言葉から私が受け取っていたイメージをひとつひとつ振り返ってみた時、冷静に考えてみると、そこに「アメリカにあるもの」はひとつもなかったことに気づく。全部、自分の地元の風景なのだ。さらに「ブルー」という「同じ言葉」を使っていても、日本語話者と英語話者とではその「感じ方」が丸っきり違っているということについては、上に見た通りである。「ブルーにこんがらがって」というこれほど完璧な「翻訳」が存在しているにも関わらず、私はやっぱりこの歌のことを何も「わかって」いなかったのだなということに、改めて思い至らざるを得ない。

この歌は本当は、どういう歌なのだろうか。そして英語話者の人たちは、この歌の歌詞からどんなイメージを受け取っているのだろうか。ここまで一万字にもわたっていろいろ喋っておきながらこういうことを言うのも何なのだけど、私にはこの歌について「語れること」など、実はひとつもないのである。けれどもこの歌について「知りたい」とだけは、間違いなく思い続けてきた。とりあえずオトナになった今、調べて分かる範囲のことだけは、書きとめておくことにしたいと思う。

=楽曲をめぐって=

1974年の夏に書かれたというこの「ブルーにこんがらがって」は、ボブ·ディランという人の歴史の中でも「特別な位置を持った歌」であるらしい。ステージでこの歌を歌う際、彼氏は何度か「10年間の生活を2年かけて歌にした作品("Ten years to live and two years to write.")」だという紹介の仕方をしているそうである。ディランという人がそんなにも「素直でわかりやすい言葉」で自分の歌について語っている例を私は他に知らないので(「素直でわかりにくい例」ならいくらでもあるのだが)、この歌に対するディランの思い入れは「よっぽど」のものだったのだろうなと、こちらとしても素直に思わされずにはいられない。

その当時のディランに何が起こっていたのかといえば、同じアルバムに収録されている「嵐からの隠れ場所」の翻訳記事でも触れたことだけど、最初の結婚相手だったサラ·ラウンズさんとの関係が、破局に向かいつつあったのである。アルバム冒頭のこの曲だけにとどまらず、「血の轍」に収録されている全10曲はそのことごとくが迫り来る「別れの予感」を背景に執筆されており、60年代の彼氏の「エラそーな言葉」とは対照的にさえ感じられるような、内面の苦悩を赤裸々に語った言葉が綴られている。そのせいもあってか、「血の轍」をディランの70年代の最高傑作だと考えている人は数多いし、私自身、今までに一番数多く聞き返したディランのアルバムだったようにも思う。もっともディラン本人はそうした評価があまり気に入っていないらしく、「あんなに辛気くさいアルバムのことを好きになる人間の気が知れない」という趣旨の発言を、繰り返し行なっているそうである。「だったら出すなよ」みたいなことは言っても仕方がないことなので、言わないことにしておく。と思ったということだけ書いておく。

この歌については、「ピカソが絵画の世界でやろうとしたことを、ディランが歌の世界でやってみせた作品」であるという評価が存在しているらしい。(あるいは、ディラン自身のコメントなのかもしれない。正確な出典元を見つけられない)。実際、この歌の歌詞は極めて「絵画的な手法」で書かれており、同じひとつの歌の中にさまざまな角度からの視点や、違った時間軸の描写が盛り込まれている。下から見上げた鼻の穴や横から眺めた唇の形を「同じひとつの顔」の上に描き込もうとするようなそのやり方は、確かにピカソが一時期追求していたという「キュビスム」の手法に通じるものがあると言えるだろう。



この歌の作曲過程には、事実、ディランがこの時期ノーマン·レーベンという「謎の絵描き」のもとで「絵の修行」をしていたという背景が、密接に関係しているらしい。ただし、サラさんという人にとってディランが本当に「何を考えているのかわからなく」なり、関係が壊れ始めていったのは、ディランがその絵描きの弟子になった時期の出来事がキッカケになっているのだそうで、その意味ではディランという人は「自分の結婚生活を犠牲にして」この歌を書いたのだと、言えないでもないのではないだろうかという感じがする。

またある人の説によるならば、この歌はジョニ·ミッチェルが1971年に発表した「ブルー」というアルバムからの強い影響を受けており、曲名そのものが「ブルー」へのオマージュになっている、という見方も存在するらしい。ジョニ·ミッチェルの楽曲は、成り行き上このブログでもかなりたくさん取りあげてきているのだけど、「社会派」な歌を歌っている割にどうも他人の痛みに冷淡な人だという印象が知れば知るほど強くなってきているもので、私個人はあんまり好きではない。でもディランは今も昔もこの人の大ファンなのだそうで、それはおそらく「似たもの同士」だからなのだろう。事実、この歌の最初のレコーディングに際し、ディランはジョニ·ミッチェルの演奏を必死でパクろうとしたかのようなオープンEチューニングでギターを弾いている。



ディランは当初、この曲をニューヨークのスタジオでギター一本で録音しているのだけど、アルバムの発売直前になって「何かが気に入らなくなった」らしく、既にできあがっていたレコードの発送を差し止めてまで録音をやり直し、最終的には生まれ故郷のミネソタ州で弟のデイヴィッド·ジンママン氏がかき集めた地元のバンドメンバーとのセッションで録音された演奏が、「血の轍」には収録されている。この際、ドラムが加わったり歌詞がいくらか書き換えられたりといったいくつかの「決定的な変更」が加えられているのだが、注目すべきはニューヨークでのセッションではGのコードで演奏されていたこの歌が、ミネソタでは一音高いAのコードで演奏されている、という事実だと思う。このことによって初期バージョンでは「重く内省的」だったこの歌の印象が、「血の轍」で発売されたバージョンでは同じ曲と思えないぐらいに「明るく力強い印象」に生まれ変わっている。後に「ブートレッグ·シリーズ1〜3集」が発売された際に、私はその初期バージョンも初めて耳にする機会があったのだが、それはそれで味わい深いものがあるとは思いつつ、やっぱり一番好きなのは「血の轍」に収録されているバージョンだというのが、正直な感想である。

なお、「お蔵入り」になったニューヨークでのセッションでディランのワガママに付き合わされ続けたミュージシャンの人たちが、どんな思いをさせられた挙句に「使い捨て」にされたかという悲惨なエピソードについては、下のリンクのブログに海外サイトからの詳しい翻訳記事が載っているので、興味のある方はぜひご一読されたい。この記事に関してばかりは、リンクを貼らせてもらわずにいられなかった。
heartofmine.seesaa.net
ディランはミネソタでこの歌を録音し直す際、歌詞の内容に「重大な変更」を加えており、またその後ステージでこの歌を演奏する際にも、その都度「違った歌詞」で歌っているのだという。そうした事実についてだけは、20世紀の時点から文献を通じて「知って」はいたものの、耳で聞いただけでは歌詞のどの部分がどう「変わって」いるのかなんて私には分からないので、自分がこの歌を本当に「知る」ことなんて多分一生できないのだろうと、当初は「あきらめて」いたのが正直なところだった。(「ブートレッグ·シリーズ」のバージョンなんか、明らかに「血の轍」と「違った歌詞」で歌われているにも関わらず、歌詞カードの内容は「血の轍」と「同じ」なのである。あのズボラな手抜きには、本当にガッカリさせられた)。けれども今になって調べ直してみると、ネットの世界に溢れているディランの楽曲をめぐる情報量の豊かさには隔世の感があり、この歌に関しても、ブートレッグを含めた様々なバージョンの「ブルーにこんがらがって」の歌詞を正確に書き起こして発信している奇特な人のサイトが見つかった。なので今回の記事では文字通りの「大盤振る舞い」で、「血の轍」に収録されている公式バージョンはもとより、「ブートレッグ·シリーズ」に収録されている初期バージョン、並びに1984の「リアル·ライブ」に収録されているバージョンの3つの歌詞を、それぞれ全部訳出させてもらうことにしたい。これは少なくともネットの上では、本邦初の試みだと思う。


Tangled Up In Blue (Album Version)

Tangled Up In Blue (Album Version)

Recorded in Minneapolis in 1974/12.
英語原詞はこちら


Early one mornin' the sun was shinin',
I was layin' in bed
Wond'rin' if she'd changed at all
If her hair was still red.
Her folks they said our lives together
Sure was gonna be rough
They never did like mama's homemade dress
Papa's bankbook wasn't big enough.
And i was standin' on the side of the road
Rain fallin' on my shoes
Heading out for the east coast
Lord knows i've paid some dues gettin' through,
Tangled up in blue.

ある朝早く日は輝き
おれはベッドに寝転がっていた。
彼女はすっかり
変わってしまったのだろうか
彼女の髪はまだ赤いのだろうかと
考え込みながら。
彼女の家族は
おれたちが一緒になったらその暮らしは
大変なことになるだろうと言った。
おれの母親の手作りのドレスを
あの人たちは好きになろうと
してくれなかったし
父親の貯金通帳の残高は
合格ラインに届かなかった。
そしておれは道端に立ちつくしていた。
靴の上には降り続ける雨。
かみさまだけが知っている。
何とか切り抜けようとして
東海岸に向かった時に
おれは支払うべきものを支払ったのだ。
ブルーにこんがらがって。


She was married when we first met
Soon to be divorced
I helped her out of a jam, i guess,
But i used a little too much force.
We drove that car as far as we could
Abandoned it out west
Split up on a dark sad night
Both agreeing it was best.
She turned around to look at me
As i was walkin' away
I heard her say over my shoulder,
"we'll meet again someday on the avenue,"
Tangled up in blue.

おれたちが初めて会った時
彼女は結婚していて
すぐに離婚することになった。
おれは彼女をごたごたの中から
助け出したのだと思う。
けれどもそのやり方は少しだけ
強引すぎたようにも思う。
おれたちはあのクルマを
あらん限り遠くにまで走らせ
西の外れで乗り捨てた。
暗く悲しい夜に別れたのだ。
それが一番いいという
お互いの合意の上に立ち。
おれが立ち去ろうとした時
彼女はおれのことを見ようとして
振り向いた。
おれの肩ごしに
彼女が叫ぶのが聞こえた。
「並木道の上で
いつかきっとまた会えるよね」
ブルーにこんがらがって。


I had a job in the great north woods
Working as a cook for a spell
But i never did like it all that much
And one day the ax just fell.
So i drifted down to new orleans
Where i happened to be employed
Workin' for a while on a fishin' boat
Right outside of delacroix.
But all the while i was alone
The past was close behind,
I seen a lot of women
But she never escaped my mind, and i just grew
Tangled up in blue.

グレート·ノース·ウッズにいた時
おれには仕事があって
しばらくの間はコックとして
働いていたこともあった。
けれどもおれはそれを全然好きでなく
そしてある日クビの上に
無慈悲に斧が振り下ろされた。
それでおれはさまよい歩いて
ニューオーリンズにたどり着き
運よく雇われて
ドラクロアの沖合で
しばらく漁船の仕事をした。
けれども一人でいたあいだじゅう
おれの背中には
過去がぴったり張りついていた。
女は山ほど見てきたが
彼女の面影は心から離れてくれず
おれはただますます
ブルーにこんがらがるのだった。


She was workin' in a topless place
And i stopped in for a beer,
I just kept lookin' at the side of her face
In the spotlight so clear.
And later on as the crowd thinned out
I's just about to do the same,
She was standing there in back of my chair
Said to me, "don't i know your name?"
I muttered somethin' underneath my breath,
She studied the lines on my face.
I must admit i felt a little uneasy
When she bent down to tie the laces of my shoe,
Tangled up in blue.

彼女はトップレスの店で働いていて
おれはビールを飲むために
そこに立ち寄ったのだった。
スポットライトがそれはそれは
くっきりと輝く中で
おれはただ彼女の横顔を
じっと見つめていた。
そして時間が経って
人混みが薄くなり
おれも同じように出ていこうとしたとき
彼女はおれの椅子の後ろに立って
「私、あんたの名前、知らなかったよね」
と声をかけてきた。
おれは息をするのも
忘れそうになりながら
口の中で何かもごもごつぶやいて
彼女はおれの顔に刻まれた皺を
観察していた。
おれの靴ひもを結ぶために
彼女がかがみこんだ時
ちょっとだけ
落ち着かない気がしたことは
認めなければならないと思う。
ブルーにこんがらがった靴ひもを。


She lit a burner on the stove and offered me a pipe
"i thought you'd never say hello," she said
"you look like the silent type."
Then she opened up a book of poems
And handed it to me
Written by an italian poet
From the thirteenth century.
And every one of them words rang true
And glowed like burnin' coal
Pourin' off of every page
Like it was written in my soul from me to you,
Tangled up in blue.

彼女はストーブに火をつけて
おれにパイプを薦めてくれた。
「あなたってあいさつもしたことがない
人なんだろうなと思った」と
彼女は言うのだった。
「あなたって無口なタイプに見えるのよ」
そして彼女は一冊の詩集を開き
おれに手渡した。
とあるイタリアの詩人によって
13世紀に書かれた本だ。
その言葉はひとつひとつが
真実の響きをもち
燃える石炭のような輝きが
すべてのページがら溢れ出していた。
それはまるでおれから君に向けて
おれの魂で書かれた言葉みたいに
思えたんだ。
ブルーにこんがらがって。


I lived with them on montague street
In a basement down the stairs,
There was music in the cafes at night
And revolution in the air.
Then he started into dealing with slaves
And something inside of him died.
She had to sell everything she owned
And froze up inside.
And when finally the bottom fell out
I became withdrawn,
The only thing i knew how to do
Was to keep on keepin' on like a bird that flew,
Tangled up in blue.

おれはかれらと一緒に
モンタギュー·ストリートにある
とある地下室で暮らしていた。
夜のカフェには音楽があり
空気の中には革命があった。
そして彼氏は奴隷を扱う商売を始め
彼氏の中では何かが死んだ。
彼女は自分の持っていたあらゆるものを
売りに出さねばならなくなり
内側では凍りついていた。
とうとうその底が抜けた時には
おれは引きこもりになっていた。
おれにわかっていた
たったひとつのやり方は
続けていることを続けること
それだけだった。
ちょうどそのとき飛んでいた
一羽の鳥みたいに。
ブルーにこんがらがって。


So now i'm goin' back again,
I got to get to her somehow.
All the people we used to know
They're an illusion to me now.
Some are mathematicians
Some are carpenter's wives.
Don't know how it all got started,
I don't know what they're doin' with their lives.
But me, i'm still on the road
Headin' for another joint
We always did feel the same,
We just saw it from a different point of view,
Tangled up in blue.

そして今おれは
もう一度戻ろうとしている。
何とかして彼女に
近づかなくちゃいけないのだ。
数学者が何人かいたし
大工のよめさんも何人かいた。
すべてがどんな風にして始まったのか
おれにはわからないし
その人たちが自分の命を使って
何をやっているのかということも
おれにはわからない。
けれども自分のことを言うなら
おれはいまだに路上にいて
次のたまり場を探している。
おれたちの知っていた人々はすべて
今のおれにとっては
まぼろしにすぎない。
おれたちはいつも
物事を同じように感じていたけれど
違った角度から見ていたんだな。
ブルーにこんがらがって。

…何も見ないで翻訳したにも関わらず、多くの部分の言葉遣いが片桐ユズルさんの訳詞と「同じ」になっていることに、自分自身でも驚いている。やはりあの人の私に対する影響力には、絶対的なものがあるのだと思う。この歌の一人称が「おれ」でなければならない必然性は、私自身には見つけることができない。けれども「ぼく」でも「私」でも「違和感」が生じてきてしまうように感じられるのは、片桐さんの訳詞の印象がそれだけ強烈だからということになるのだろう。なので結局私も「おれ」で翻訳させて頂く形になった。

そのことの上で、片桐さんと違う翻訳の仕方になった部分もあったし、誤訳としか思えない言葉が使われていることに気づかされる箇所もいくつかあった。やはり自分の手で翻訳してみると、それだけの「発見」が生まれるものである。詳細については「翻訳をめぐって」のコーナーで触れるとして、続いてはこの歌が最初に録音された時の形態である、ニューヨーク·セッションでのオリジナルバージョンの訳詞を紹介させてもらいたい。


Tangled Up In Blue (First Version)

Tangled Up In Blue (First Version)

Recorded in Minneapolis in 1974/12.
英語原詞はこちら


Early one morning the sun was shining
He was laying in bed
Wond'ring if she'd changed at all
If her hair was still red
Her folks they said their lives together
Sure was gonna be rough
They never did like Mama's homemade dress
Papa's bankbook wasn't big enough
And he was standing at the side of the road
Rain falling on his shoes
Heading out for the old East Coast
Lord knows he paid some dues, getting through
Tangled up in blue

ある朝早く日は輝き
彼氏はベッドに横たわっていた。
彼女はすっかり
変わってしまったのだろうか
彼女の髪はまだ赤いのだろうかと
考え込みながら。
彼女の家族は
二人が一緒になったらその暮らしは
大変なことになるだろうと言った。
彼氏の母親の手作りのドレスを
かれらは全く好きではなかったし
その父親の貯金通帳の残高は
合格ラインに届かなかった。
そして彼氏は道端に立ちつくしていた。
靴の上には降り続ける雨。
かみさまだけが知っている。
何とか切り抜けようとして
なじみの東海岸に向かったその時
彼氏は支払うべきものを支払ったのだ。
ブルーにこんがらがって。


She was married when they first met
Soon to be divorced
He helped her out of a jam I guess
But he used a little too much force
And they drove that car as far as they could
Abandoned it out west
And split up on a dark sad night
Both agreeing it was best
And she turned around to look at him
As he was walking away
She said "This can't be the end
We'll meet on another day, on the avenue
Tangled up in blue."

二人が初めて会った時
彼女は結婚していて
すぐに離婚することになった。
彼氏は彼女をごたごたの中から
助け出したのだと私は思う。
けれどもそのやり方は
少しばかり強引すぎた。
二人はあのクルマを
あらん限り遠くにまで走らせ
西の外れで乗り捨てた。
暗く悲しい夜に別れたのだ。
それが一番いいという
お互いの合意の上に立ち。
彼氏が立ち去ろうとした時
彼女は振り向いてそちらを見つめ
そして言った。
「これで終わりになんて
きっとならないよね。
並木道の上で
いつかきっとまた会えるよね。
ブルーにこんがらがって!」


He had a job in the great north woods
Working as a cook for a spell
But he never did like it all that much
And one day the axe just fell
So he drifted down to L.A
Where he reckoned he tried his luck
Working for a while in an airplane plant
Loading cargo onto a truck
But all the while he was alone
The past was close behind
He seen a lot of women
But she never escaped his mind and he just grew
Tangled up in blue

グレート·ノース·ウッズにいた時
彼氏には仕事があって
しばらくの間はコックとして
働いていたこともあった。
けれども彼はそれを全然好きでなく
そしてある日クビの上に
無慈悲に斧が振り下ろされた。
それで彼氏はさまよい歩いて
何となく運試しができそうに思えた
ロサンゼルスにたどり着き
空港で荷物をトラックに詰め込む仕事を
しばらく勤めた。
けれども彼氏が一人でいたあいだじゅう
その背中には
過去がぴったり張りついていた。
女は山ほど見てきたはずだったが
彼女の面影は心から離れてくれず
彼はただますます
ブルーにこんがらがるのだった。


She was working in a topless place
And I stopped in for a beer
I just kept looking at the side of her face
In a spotlight so clear
And later on as the crowd thinned out
I's about to do the same
She was standing there, back of my chair
Saying "Tell me, what's your name?"
I muttered something underneath my breath
She studied the lines of my face
I must admit I felt a little uneasy
When she bent down to tie the laces of my shoes
Tangled up in blue

彼女はトップレスの店で働いていて
おれはビールを飲むために
そこに立ち寄ったのだった。
スポットライトがそれはそれは
くっきりと輝く中で
おれはただ彼女の横顔を
じっと見つめていた。
そして時間が経って
人混みが薄くなり
おれも同じように出ていこうとしたとき
彼女はおれの椅子の後ろに立って
「ねえ、あんたの名前教えてくれない?」
と声をかけてきた。
おれは息をするのも
忘れそうになりながら
口の中で何かもごもごつぶやいて
彼女はおれの顔に刻まれた皺を
観察していた。
おれの靴ひもを結ぶために
彼女がかがみこんだ時
ちょっとだけ
落ち着かない気がしたことは
認めなければならないと思う。
ブルーにこんがらがった靴ひもを。


She lit a burner on the stove
And offered me a pipe
"Thought you'd never say hello", she said
"You look like the silent type"
Then she opened up a book of poems
And handed it to me
Written by an Italian poet
From the thirteenth century
And every one of them words rang true
And flowed like burning coal
Pouring off of every page
Like it was written in my soul from me to you
Tangled up in blue

彼女はストーブに火をつけて
おれにパイプを薦めてくれた。
「あなたってあいさつもしたことがない
人なんだろうなと思った」と
彼女は言うのだった。
「あなたって無口なタイプに見えるのよ」
そして彼女は一冊の詩集を開き
おれに手渡した。
とあるイタリアの詩人によって
13世紀に書かれた本だ。
その言葉はひとつひとつが
真実の響きをもち
燃える石炭のように流れを作って
すべてのページがら溢れ出していた。
それはまるでおれから君に向けて
おれの魂で書かれた言葉みたいに
思えたんだ。
ブルーにこんがらがって。


He was always in a hurry
Too busy or too stoned
And everything that she ever planned
Just had to be postponed
He thought they were successful
She thought they were blessed
With objects and material things
But I never was impressed
And when it all came crashing down
I became withdrawn
The only thing I knew how to do
Was to keep on keeping on like a bird that flew
Tangled up in blue

彼氏はいつでも焦っていて
忙しすぎるか
何かに酔っ払いすぎているかの
どちらかだった。
そして彼女のやろうとしたことの全ては
後回しにされてしまうのだった。
彼氏は自分たちは
成功していると思っていたし
彼女は自分たちは
興味の対象にも物質的なことにも
めぐまれていると思っていた。
けれどもそうしたことは
おれを全然感動させてくれず
そしてすべてが崩壊したとき
おれは引きこもりになっていた。
おれにわかっていた
たったひとつのやり方は
続けていることを続けること
それだけだった。
ちょうどそのとき飛んでいた
一羽の鳥みたいに。
ブルーにこんがらがって。


So now I'm going back again
I got to get to her somehow
All the people we used to know
They're an illusion to me now
Some are mathematicians
Some are doctor's wives
Don't know how it all got started
Don't know what they're doing with their lives
But me, I'm still on the road
Heading for another joint
We always did feel the same
We just saw it from a different point of view
Tangled up in blue

そして今おれは
もう一度戻ろうとしている。
何とかして彼女に
近づかなくちゃいけないのだ。
おれたちの知っていた人々はすべて
今のおれにとっては
まぼろしにすぎない。
数学者が何人かいたし
医者のよめさんも何人かいた。
すべてがどんな風にして始まったのか
おれにはわからないし
その人たちが自分の命を使って
何をやっているのかということも
おれにはわからない。
けれども自分のことを言うなら
おれはいまだに路上にいて
次のたまり場を探している。
おれたちはいつも
物事を同じように感じていたけれど
違った角度から見ていたんだな。
ブルーにこんがらがって。

YouTubeに上がっているディランの動画はすぐに消されてしまう率が非常に高いので、上のリンクもいつまで生きているか極めて心許ないのだが、このブログでこの歌と初めて出会ったという方は、ぜひ最初に翻訳したアルバムバージョンと聞き比べて頂きたいものだと思う。上述のように私は、自分が先に聞いたアルバムバージョンの方が「好き」だし、いろんな思い入れが加わっている分「なじみぶかさ」も感じているのだけれど、演奏の迫力という点からすれば、このファーストバージョンの方が圧倒的に「上」だと感じる。何かもう、「この世のものとも思えないところから聞こえてくる声」って感じなのである。これだけの長い曲が当初はギター一本の演奏でアルバムの冒頭に収録される予定だったというところからして、ディランという人がいかにこの曲に「勝負」をかけていたかが、垣間見えるような気がする。ちなみにギターの演奏に合わせてカラカラ言ってるカスタネットみたいな音は、ディランがそのとき着ていた上着の袖のボタンが弦にぶつかっている音なのだそうである。脱いで歌えよ。て言っか、演出だったのだろうか。

「血の轍」で発表されたこの歌の「公式」歌詞と、30年たって公開されたその「原型」の歌詞との違いは、歴然としている。アルバムバージョンは「おれはベッドに寝転んでいた」で始まるけれど、ファーストバージョンは「彼氏はベッドに横たわっていた」で始まっている。つまりディランはこの歌を最初は「他人を主人公にした歌」として作ったわけだけど、土壇場になってそれを「自分を主人公にした歌」に「変えた」わけなのである。それは相当に、思い切った決断だったと思う。

もっともファーストバージョンの歌詞でも、4番以降の主語は「おれ」になっている。そして語り手がハッキリしているように思われるアルバムバージョンの歌詞でも、ところどころ唐突に「彼」が登場する部分が存在する。このことから考えるに、この歌に出てくる「おれ」と「彼」とは、どちらも「同じディランという人」を指している言葉だと考えて間違いないのではないか、と私は思う。(もちろん、「違う読み方」もできるのだが)。自分のことを「彼」という客観的で突き放した言葉で表現するのと、「おれ」という「そのまんま」の言葉で表現するのとでは、当然「視点の位置」が変わってくるのである。この歌の最後の歌詞はどちらも

おれたちはいつも
物事を同じように感じていたけれど
違った角度から見ていたんだな。

という言葉で結ばれているわけだけど、ファーストバージョンの歌詞では正にそれを地で行くように、主人公である自分自身を様々な角度から描き出そうとする「絵画的な手法」が、より徹底的な形で試みられていたのだということが分かる。これに対して主語を一人称の「おれ」で統一したアルバムバージョンでは、「絵画的な側面」を犠牲にしつつ「物語的な手法」に力点が置かれているのだということが、言えると思う。どういう心境の変化でディランが最初のやり方を放棄するに至ったのかは、知らないし、分からないのだけど。

とはいえ、レコードになっているのは「おれ」が主語になったバージョンであるにせよ、ステージで演奏される際には「彼」を主語にした形で歌われることの方が、どちらかといえば多いみたいである。世の中の「ディラノロジスト」と呼ばれる人たちほど私はディランのアルバムや海賊盤を聞き込んでいるわけではないのだけれど、この歌をめぐっては彼氏の中で何十年たっても「試行錯誤」が続いているのだろうな、という感じがする。最後に紹介するのは1984年に発売された「リアル·ライブ」というアルバムに収録されているバージョンの歌詞で、歌が生まれてから10年後の演奏になるわけだけど、かなりドラスティックな改変が加えられている。それにしても、私はいつも思うのだけど、ディランがこうやって自分の歌を「それまでと違う歌詞」で歌う時、彼氏はそれをいつも「その場で思いついて」歌っているのだろうか。


Tangled Up In Blue (Real Live Version)

Tangled Up In Blue (Real Live Version)

Recorded in Wembley, 7 July 1984.
英語原詞はこちら


Early one morning the sun was shining
And he was laying in bed
Wondering if she'd changed at all
If her hair was still red
Her folks they said that their lives together
Sure was gonna be rough
They never did like mama's home-made dress,
Papa's bank book wasn't big enough
He was standing at the side of the road
Rain falling on his shoes
Heading out for the old East coast
Radio blasting the news
Straight on through
Tangled up in blue.

ある朝早く日は輝き
そして彼氏はベッドに横たわっていた。
彼女はすっかり
変わってしまったのだろうか
彼女の髪はまだ
赤いのだろうかと
考え込みながら。
彼女の家族は
二人が一緒になったらその暮らしは
大変なことになるだろうと言った。
彼氏の母親の手作りのドレスを
かれらは全く好きではなかったし
その父親の貯金通帳の残高は
合格ラインに届かなかった。
そして彼氏は道端に立ちつくしていた。
靴の上には降り続ける雨。
なじみの東海岸に向かったその時
ラジオはニュースをがなり立てていた。
ずっとひっきりなしに
ブルーにこんがらがって。


She was married when they first met
To a man four times her age
He left her penniless in a state of regret
It was time to bust out of the cage
And they drove that car as far as they could
Abandoned it out west
Splitting up on a dark sad night
Both agreeing it was best
She turned around to look at him
As he was walking away
Saying "I wish I could tell you all the things"
"That I never learned to say"
He said "That's alright, baby, I love you too"
But we were tangled up in blue

二人が初めて会った時
彼女は四倍も年上の男と結婚していて
そいつは彼女を無一文のまま
遺憾な状態の中に置き去りにした。
檻から脱走すべき時に
さしかかっていたのだ。
そして二人はあのクルマを
あらん限り遠くにまで走らせ
西の外れで乗り捨てた。
暗く悲しい夜に別れたのだ。
それが一番いいという
お互いの合意の上に立ち。
彼氏が立ち去ろうとした時
彼女は振り向いてそちらを見つめた。
「私が言い方を知らずにいた全てのことを
あなたに伝えることが
できたらいいのに」と言いながら。
「気にすることはないさベイビー
おれもおまえのことを愛してるよ」
と彼氏は言った。
けれどもおれたちは
ブルーにこんがらがっていたのだ。


He had a steady job and a pretty face
And everything seemed to fit
One day he could just feel the waste
He put it all down and split
And he drifted down to New Orleans
Where they treated him like a boy
He nearly went mad in Baton Rouge
He nearly drowned in Delacroix
But all the while he was alone
The past was close behind
He had one too many lovers and
None of them were too refined
All except for you
But you were tangled up in blue

彼氏にはしっかりした仕事があり
顔も行けていて
すべては順調に思えた。
ある日彼氏はただそれが
ムダなことであるように感じ
すべてを投げ出して逐電した。
そして彼氏はニューオーリンズに
たどり着いたのだったが
そこの人々は彼のことを
子ども扱いした。
バトン·ルージュではmadになりかけ
ドラクロアでは溺れかかった。
けれども彼氏が一人でいた間じゅう
過去はぴったりとその背中に
張りついていた。
彼氏には一人だけ多すぎるぐらいの
恋人たちがいたが
でもきみぐらい洗練されていた人は
他のどこにもいなかった。
それなのにきみは
ブルーにこんがらがっていたじゃないか。


She was working in the blinding light
And I stopped in for a drink
I just kept looking at her face so white
I didn't know what to think
Later on when the crowd thinned out
I was getting ready to leave
She was standing there right beside my chair
Saying "What's that you got up your sleeve?"
I said "Nothing baby, and that's for sure"
She leaned down into my face
I could feel the heat and the pulse of her
As she bent down to tie the laces
Of my shoe
Tangled up in blue

彼女は目が見えなくなりそうな
灯りの下で働いていて
おれはそこに飲みに入った。
それはそれは真っ白な彼女の顔を
おれはただ見つめ続けていて
何を考えたらいいのかも
わからなかった。
そして時間が経って
人混みが薄くなった時おれは
出ていこうとしていたところだった。
彼女はおれの椅子の真横に立って
「ねえ、あんた
袖の上に何くっつけてるの?」
と声をかけてきた。
「何てことはないよ。
これはこれでいいんだ」と
おれは言った。
彼女はおれの顔の上にかがみこみ
おれは彼女の体温と鼓動を感じた。
ブルーにこんがらがった
おれの靴ひもを結ぶために
彼女がかがみこんだその時のこと。


I lived with them on Montague Street
In a basement down the stairs
There was snow all winter and no heat
Revolution was in the air
And one day all of his slaves ran free
Something inside of him died
The only thing I could do was be me
And get on that train and ride
And when it all came crashing down
I was already south
I didn't know whether the world was flat or round
I had the worst taste in my mouth
That I ever knew
Tangled up in blue

おれはそいつらと一緒に
モンタギュー·ストリートにある
とある地下室で暮らしていた。
そこでは冬中雪が降っていて
暖かいものは何もなかったけれど
空気の中には革命があった。
そしてある日彼氏の奴隷たちは
全員脱走して自由になり
彼氏の中では何かが死んだ。
おれにやることのできた
たったひとつのことは
自分自身でいること
そしてあの列車に
飛び乗ることだけだった。
全てが崩壊したとき
おれはすでに南部の地にいた。
世界が平らか丸いかなんて
おれにはどうでもよかった。
おれはそれまでに経験した中で
最悪の味を口の中で味わっていた。
ブルーにこんがらがった味だ。


So now I'm going on back again
Maybe tomorrow or maybe next year
I gotta find someone among the women and men
Whose destiny is unclear
Some are masters of illusion
Some are ministers of the trade
All of the strong delusion
All of their beds are unmade
Me I'm still heading towards the sun
Trying to stay out of the joint
We always did love the very same one
We just saw her from a different point
Of view
Tangled up in blue

そして今おれは
もう一度戻ろうとしている。
それが明日になるのか来年になるのかは
とりあえずわからない。
おれはその運命の
いまだ定かでない男女の中から
誰かを見つけ出さねばならないのだ。
何人かは幻想の親玉連中にすぎないし
何人かは取引の代表者だ。
すべての強烈な思い込み。
やつらのベッドはどれもまだ
整えられていない。
そして自分のことを言うならおれは
今でもまっすぐ太陽をめざしていて
いかがわしい場所には
近づかないようにしている。
おれたちはいつも
同じひとりの人のことを愛し
そしてその彼女のことを
違った角度から見ていたんだな。
ブルーにこんがらがって。



「mad」は「精神病者」を排撃するために使われる差別語です。ここでは原文をそのまま転載しました。

…何か、ビックリしますよね。この歌はもともとは「主人公と彼女の歌」だったはずなのだけど、このバージョンでは最後の最後になって「主人公から別の男性に向けられた歌」に変わっている。一体どこからそうなったのだろうと思って、歌詞をさかのぼって読み直したりしてみるのだけど、どうにも「こんがらがって」よく分からない。そもそもライブでの演奏というのは「一期一会」なものなのだから、本当ならばそんな風に聞き直したり読み直したりといった鑑賞の仕方に走ること自体が、「邪道」なのかもしれないと思う。しかし仕方がないではないか。我々には英語が分からないのだから。とにかく、自分が英語話者でないことがこんなに「不公平」に感じられる歌は、私の歴史の中でもそういくつもは見当たらないのである。

ライブにおける「違ったバージョンの歌詞」は、他にもまだまだ探せば出てくるのだが、さすがに全部を翻訳することはできないので、ここでは「違いが顕著」な上のバージョンを代表して紹介させてもらうにとどめたい。以上の三つのバージョンの歌詞を読み比べてみた上で、ここからは「血の轍」に収録されている公式歌詞の内容を「基準」としつつ、その分析に取り組んでみたいと思う。やっぱり長い記事になってしまいつつあるな。

=翻訳をめぐって=

=第一節=

Early one mornin' the sun was shinin',
I was layin' in bed

「Early one mornin'…」という歌い出しはアメリカのフォークソングにおける「決まり文句」のひとつで、「昔々あるところに…」的な「響き」を英語話者の人たちは感じ取るらしい。このくらいの英語なら中学生でも分かるので、「朝早くにベッドで悶々としているディランの絵」を歌詞からダイレクトに思い描くことができたことが、当時の私にはうれしくて仕方なかった。事実、この歌は内容的にはかなり「こんがらがって」いるのだけれど、文法的には全体的にとても平易な言葉で書かれており、ディランの歌としては例外的な感じがするぐらいである。ちょっとテキテキ言い過ぎやな。

この歌は「物語」の形式をとっているが、その時間軸は錯綜している。「嵐からの隠れ場所」の翻訳記事と併せて読んで頂けると幸いなのだけど、ディランは「血の轍」に収録されている全ての楽曲について

「歌は時間と決別している。太陽の光を虫眼鏡で集めるように、焦点を明確にする為に時間の概念を一切、排除した」

とコメントしているらしい。だからこの歌に関しても、一番から七番まである歌詞を「ひとつの時系列」の上で読み解こうとするよりは、むしろ「バラバラに切り取られた七つの世界」として「鑑賞」した方が、ディランが意図した表現をよりダイレクトに感じ取ることができるのではないか、という感じがする。今度はカンジカンジ言い過ぎや。

そのことの上で、あらゆるバージョンの歌詞において、この歌は「この朝」から始まっている。そして最後の歌詞において、同じ「この朝」に帰ってくる形式をとっているのである。おそらく、なのだけど。

Heading out for the east coast
Lord knows i've paid some dues gettin' through,
Tangled up in blue.

片桐ユズルさんの訳詞は、この部分が

イースト·コーストへむかったおれは
神のみぞ知る はらうべきものをはらって
なんとかなったのだ
ブルーにこんがらがって


となっている。この「なんとかなったのだ」というくだりに昔の私はとても劇的なものを感じていたのだけれど、原文を読む限りこのフレーズの中心に位置しているのは「i've paid some dues」というフレーズであり、「Heading」も「gettin'」もそれを「修飾」している関係にすぎないのではないかと思う。だから「はらうべきものをはらって何とかなったのだ」と訳すよりは「何とかするためにはらうべきものをはらったのだ」と訳すべきではないかというのが私の見解である。何を払ったのかは、知らんのやけど。

あと、この最後の「ブルーにこんがらがって」は、文法的には「ブルーにこんがらがった状態で、はらうべきものをはらった」と言ってるはずなのである。「ブルーにこんがらがった状態で、何とかなった」と言ってるわけではないと思う。

…おれ、こんな調子で最後まで全部書かんとあかんねやろか。やっぱり大変なことを始めてしまった。いつもそんなこと言ってるけど今回は特にその極みだと思う。だって、こんなに自分にとって特別な歌、私には他にないから。

=第二節=

She was married when we first met
Soon to be divorced

この第二節は、時系列的には歌の彼氏が彼女との関係を回想している場面と見るのが「自然」である。ディランとサラさんの関係で言えば、実際初めて会った時、サラさんは結婚していたらしい。ディランが「別れさせた」わけだけど。

I heard her say over my shoulder,
"we'll meet again someday on the avenue,"
Tangled up in blue.

…昔、めちゃめちゃ好きだった人からフラれた時に、「いつかまた会えるよな!並木道でな!」と口走ってしまったことがある。この歌が好きすぎたからなのだが、何が「並木道」やねんと思う。知らない人が聞いたらキョトンとするだけだと思うし、実際向こうはキョトンとしていた。私自身、何で「並木道」なんて言ってしまったのか今では全然よく分からない。確実に言えるのは「全部ディランが悪い」ということだけだ。そんでもってそんなことは真面目に歌詞の翻訳を追求するこのブログの趣旨とは何の関係もない。

この歌詞では「we'll meet again someday on the avenue」の部分がクォーテーションマークで括られているので、この部分だけが「彼女の台詞」だということになる。従って最後の「ブルーにこんがらがって」は、「主人公が肩越しに聞いた彼女の言葉のその言い方がブルーにこんがらがっていた」ということである。

もっとも、「言葉のどの部分がクォーテーションマークで括られているか」などということは、耳で聞いただけでは、分からない。事実、ファーストバージョンの歌詞では、クォーテーションマークの終わりが「ブルーにこんがらがって」の「後」になっている。誰がその歌詞を文字に起こしたのかという問題もあるだろうが、その場合は彼女が「ブルーにこんがらがった状態でまた会えるよね」と言ってるわけである。そしてそれが英語話者の人たちには「どっちにも聞こえる」ということなのだ。

…本当に、「こんがらがる歌」だと思う。

=第三節=

ここで描かれているのは、おそらく彼女と別れた後の彼氏の遍歴である。というのはこの部分の最後で「彼女の面影が心から離れなかった」的な言葉が語られているからなのだけど、でもその「彼女」と一番二番に出てくる「彼女」が同じ「彼女」であるということが明言されているわけでもない。とにかく、「いろんな聞き方」のできる歌なのだ。

I had a job in the great north woods
Working as a cook for a spell

「great north woods」とは、ディランが生まれ育ったミネソタ州の周辺の森林地帯の呼び名なのだという。抽象的な単語が三つも並んでいる割に、すごくローカルな歌詞でもあるのだな。

one day the ax just fell.

直訳は「ある日ただ斧は落ちてきた」。片桐さん訳の「ある日ついに首をきられた」はとても的確な意訳なのだけれど、せっかく「斧」という単語が使われている以上は訳詞でもその「絵」が見えた方がいいと思い、上のような訳し方になった。

So i drifted down to new orleans

…初期バージョンの歌詞ではこの部分が「ロサンゼルス」になっている。最初、東海岸のニューヨークで売り出して、そのあとロサンゼルスのマリブでセレブの一員になったのは、ディランという人の実人生の歩みとも対応している。それが「ニューオーリンズ」と入れ替えられたのは、おそらくはそこがアメリカのミュージシャンにとっての「聖地」であることと関係しているのだと思う。

Right outside of Delacroix.

「ドラクロア(デラクロワ)」はニューオーリンズの街の南東に位置する海沿いの地名なのだが、19世紀のフランスを代表する有名な画家の名前でもある。だからそういう方面に詳しい人の脳裏にはおのずと「絵」が浮かんでくるような歌詞になっているのだということが、海外サイトには書かれていた。わざわざ書くようなことでもない気もするのだが。

But all the while i was alone
The past was close behind,
I seen a lot of women
But she never escaped my mind, and i just grew
Tangled up in blue.

ここの部分の歌詞はですね。
沁みるのです。
どーだっていー話なのでぃすけどね。

=第四節=

初期バージョンではここから主語が「彼」ではなく「おれ」に変わっている。歌の世界が劇的に変化する感じが伝わってくる節である。歌詞の内容も三番までは「時系列の描写」が中心だったけど、ここからしばらくは「場面の描写」が中心になってくる。

She was workin' in a topless place

「topless place」というのは女の人が乳首を露出させて働いている店なのだそうで、どういうところなのか私は知らない。サラさんという人は事実ディランと出会った当初はそういう店でバニーガールのバイトをしていたらしいのだけど、そういう店に入ってくるような男と付き合おうという気になれる女の人の気が知れない。いや別にサラさんを責めてるわけではなく「そういう店に入るような男であるところのディラン」を責めてるつもりであるわけなのだけど。

I just kept lookin' at the side of her face
In the spotlight so clear.

英語が全然わからなかった10代の頃にも、この「じゃすけぷるきあつぁ」という「言葉の飛び出し方」には、タメ息が出た。どこからそんな風に「言葉があふれてくる」のだろうと思った。

And later on as the crowd thinned out
I's just about to do the same,

あとでお客が散ったときに
おれはいつものようにしようとした

というのが片桐さん訳なのだけど、「他のお客と同じように自分も出ていこうとした」と訳すべきところなのではないかと思う。

Said to me, "don't i know your name?"

「あんたの名まえ、なんだったかしら?」
というのが片桐さん訳で、私はこれにずいぶん悩まされた。どうも片桐さんはこの場面を主人公と彼女の「再会」のシーンであると解釈して翻訳している感じがするのだが、今考えると私にはどうしてもこれが「初対面」のシーンだという感じがするのである。だって、「再会」で「あんたの名前、何だったっけ」って、脈がないにも程があると思いません?昔の私はこの片桐さんの訳し方から、ディランは何か彼女にひどいことをして「復讐」されているのだろうかという感じまで受け取ったぐらいなのである。そうではなく、「名前を教えてほしい」という趣旨で彼女は彼氏に話しかけているのだと思う。このことは他のバージョンの歌詞と比べてみると、よりハッキリしている。

I must admit i felt a little uneasy
When she bent down to tie the laces of my shoe,
Tangled up in blue.

何でディランは「落ち着かない感じがした」のだろうかということが海外サイトでは結構「分析」の対象になっていて、大体の結論は「乳首を露出した彼女が目の前でかがみこんだからだろう」ということになっているらしいのだが、こういう「解説」を「蛇足」と言うのだと思う。

ここの「ブルーにこんがらがって」はうまいこと「靴ひも」にかかっているのだけれど、「ブルーにこんがらがって落ち着かない感じがした」と読むことも「ブルーにこんがらがった感じで彼女はかがみこんだ」と読むことも、文法的には可能である。その辺の「あいまいさ」がこの歌の「命」になっているとも思うので、「ひとつの日本語」で翻訳することにあまりこだわりすぎるのは、考えものだと思う。

=第五節=

Then she opened up a book of poems
And handed it to me
Written by an italian poet
From the thirteenth century.

上の試訳の中では紹介しきれなかったが、「13世紀のイタリアの詩人」が出てくるこの印象的なフレーズが、ディランがキリスト教に改宗した前後にあたる1978年のツアーでは以下のような歌詞で歌われていたらしい。

And she opened up the Bible
And she started quoting it to me
Jeremiah, chapter 17,
From verses 21 and 33

そして彼女は聖書を開き
おれに向かって引用を始めた。
エレミヤ書の第17章
21節と33節だ。

…そんでもって「その一言一言がまさに本当で燃える石炭のように赤かった」と他バージョンと同んなじように続くのだが、エレミヤ書というのは旧約聖書の24番目の書で、「神」に従わないイスラエルの民の滅亡を預言したために同じユダヤ人たちから疎まれ、迫害されることになったエレミヤという預言者の一代記である。何だか私にはディランがその預言者と彼自身を重ねているように感じられて、あんまりゾッとしない。

さいでもって(←関西弁)じゃあそのエレミヤ書の第17章33節にはどんなことが書いてあるのだろうと思って調べてみたら、笑ける話だが、27節でその章は終わっていた。つまりディランは聖書のその一節に実際に感銘を受けて歌っていたわけではなく、テキトーな言葉を並べていただけだったのである。(ちなみに21節には、「安息日に荷物を持ってエルサレムの門に入ってはならない」みたいな、屁みたいなことが書かれていた)。この「第何章何節」の部分では、コンサートのたびに「違ったページの名前」が挙げられていたらしく、今回参考にしたリンクにはそれをリストアップした膨大な一覧表まで載っているのだが、興味のある方は自分で調べて聖書と読み比べてほしいと思う。私は、興味がない。

Pourin' off of every page
Like it was written in my soul from me to you,
Tangled up in blue.

1ページ 1ページからそそぐように
それはおれのたましいに書き込まれ
それからおまえと
ブルーにこんがらがった

というのが格調高い片桐さん訳なのだが、ここは明らかに誤訳だと思う。「Written in English」が「英語で書かれている」という意味である以上、「Written in my soul」は「おれの魂で書かれている」という意味になるはずなのである。そうでないと、「from me to you (おれからきみに)」という後のフレーズとも、整合性がとれない。そしてここでの「ブルーにこんがらがって」は、「おれの魂によってブルーにこんがらがった感じで書かれたみたいに」といったようなフレーズを形成しているのだと思う。

なお、海外サイトではここで「from me to you」というフレーズが出てくることに「ビートルズの影響」を指摘している人もいたが、「言われてみれば」ぐらいの話でしかないと思う。その人は「そういえば次のフレーズにはRevolutionという歌詞も!」と熱くなってはったのだが、いちいち熱くなんなよと思う。終わるのか。この記事は。

=第六節=

初期バージョンとアルバムバージョンの間で、一番大きく書き換えられている箇所。内容的にも、ディランという人にとって極めて重要な思い出に関わっている部分なのだと思う。

I lived with them on montague street
In a basement down the stairs,

「モンタギュー·ストリート」はニューヨーク時代のディランが実際に住んでいた場所で、ブルックリンにあるらしい。ここに出てくる「them (かれら)」が具体的には誰を指しているのかが、解釈の上では重要である。ただ単に有象無象の「連中」とも解釈できるのだが、「彼女とその夫と歌い手との三人」で暮らしていたという可能性もあるわけなのだ。つまり彼女が「前の夫と別れる過程」がこの節では描かれているという読み方も、可能である。もっともそれは例によって、「可能性のひとつ」にすぎないわけなのだが。

Then he started into dealing with slaves
And something inside of him died.

…謎めいた歌詞だが、ここでも重要なのは「he (彼) とは誰か」という問題である。ディラン自身のようでもあるし、彼女の前の夫のようでもある。それが文字通りここでは、「こんがらがって」いる。

The only thing i knew how to do
Was to keep on keepin' on like a bird that flew,
Tangled up in blue.

「to keep on keepin' on=いま続けていることを続けるということ」。卒業文集の寄せ書きに書きたくなるような、キャッチーなフレーズである。この歌にはそうしたキャッチーなフレーズが、いくつも出てくる。

ここでの「ブルーにこんがらがって」は、それこそ一幅の絵のようだ。

白鳥は 哀しからずや
空の青 海のあをにも 染まずただよふ

という若山牧水の歌みたいなイメージが、ここには重なってくる。その鳥がここでは「染まずただよって」いるわけではなく、「こんがらがりながら、それでも飛び続けている」のである。

=第七節=

…やっと最後まで来たぞ。でもこの節は全体的に「素直な言葉」で書かれているので、特にコメントが必要だと思われることは見当たらない。初期バージョンの「医者のよめさん」がアルバムバージョンではどうして「大工のよめさん」になったのかとか、割とどうでもいい。「joint」という言葉の訳し方に割と悩まされたが、細かいことは辞書を引いてほしい。さすがに私は疲れた。今、午前3時なのである。それでも

All the people we used to know
They're an illusion to me now.

というフレーズはただただひたすらカッコいい、ということだけは、20年前の自分がどんな気持ちでこの歌を聞いていたかということへの追憶を込めて、書きとめておきたいと思う。願わくは20年後の自分にとっては、「まぼろしになったその人たち」が再び「まぼろし」なんかでなくなっていてくれますように。


Tangled Up In Blue

…やったぜ。4万1700字。大してまともに聞いたことのなかったクイーンの「ボヘミアン·ラプソディ」が最長記事の記録を更新してしまったことには、正直「それでいいのだろうか」という釈然としない気持ちを抱え込んでいたのだが、この曲でそれを塗り替えることができたのなら、私にとっては本望だ。今後、私がこれより長い記事を書くことは、おそらくないと思う。この曲以上に「思い入れのある歌」は、多分この先の人生には二度と生まれないはずだからである。ではまたいずれ。



青と白の幻想 (1979年)

青と白の幻想 (1979年)

ディランを語ろう

ディランを語ろう