華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Going Back to Okinawa もしくはフルメタルジャケット (1987. Ry Cooder) ※



AONIYOSHI」特集の、続きである。喜納昌吉&チャンプルーズと一緒にステージに上がり、「ハイサイおじさん」が終わった後にボーカルを交代して歌い出したのは、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」の8位に輝くアメリカのスーパーギタリスト、ライ·クーダーだった。

確か私はこの人のことをこのコンサートで見るまで全然知らずにいたのだけれど、開演前に買ったパンフレットでそのプロフィールを読んだ時には、タメ息が出たのを覚えている。世界中のミュージシャンから尊敬されているスライドギターの名手で、ライフワークは世界中に埋もれているステキな音楽を「発掘」して回ること。何てカッコいい生き方なのだろう。そのころ彼氏が注目していたのは、エレキギターをふゅーちゃりんぐした河内家菊水丸のパフォーマンスだったとのことで、そのインタビュー記事は私の関西的自尊心を大いに満足させてくれるものでもあった。東大寺でのこのコンサートから二年後、ライ·クーダーはキューバのミュージシャンの長老たちと競演した「ブエナ·ビスタ·ソシアル·クラブ」というアルバムで世界をアッと言わせることになるのだが、関西の人間なら誰もがそうするごとく、その時の私は「あのコはワシらが地元で育てたったんや」的な気持ちで、一人で鼻を高々させていたことを覚えている。全く、どうしようもない土地で育ってしまったものである。


河内家菊水丸 カーキン音頭

ライ·クーダーと喜納昌吉は早くも70年代に出会い、共演していたらしく、聞くところによるとなぜかこの「AONIYOSHI」の直後にケンカ別れしてしまったらしいのだけど、少なくともあの日の大仏の前では、素晴らしく「息の合った演奏」を見せてくれた。何より直前に演奏された「ハイサイおじさん」のおかげで会場が思いきり「あったまって」いたものだから、ライ·クーダーが沖縄音階を刻み出しただけで、ワッという歓声が上がったことを覚えている。ステージ前の真ん中らへんに設置された2万8千円のイス席でも、立ち上がって踊っている人の姿が散見された。そして立見の我々はそれこそ会場ごと、右に左に揺れながら踊っていた。とても平和でのどかで楽しい時間。この時の印象を、私はずっとそんな風に記憶していた。

が。

その歌詞を今になって翻訳してみると、どうもこの歌は「平和」にも「のどか」にも思えないという気持ちが、じわじわと強くなってきた。「罪のない歌」だと思っていたけれど、むしろ「罪だらけ」なのが、この歌の内容なのではないだろうか。こんな歌で「楽しく踊っていた」ということは、恥ずかしい、と言うよりも率直に言って「恐ろしい」ことだったのではないかという感じが、今となっては、する。以下、試訳である。(演奏は動画の18:12から)


Shoukichi Kina & Ry Cooder '94

Going Back to Okinawa

英語原詞はこちら


Goin' back down to Okinawa
Sorry, baby, but I can't take you
You better stay at home in California
There's nothing over there that you can do

オキナワに戻るんだ。
悪いなベイビー。
きみを連れて行くことはできない。
きみはカリフォルニアの
地元にいた方がいい。
あそこに行ったってきみには
何にもやることなんてありゃしないよ。


Goin' back down to Okinawa
Ain't gonna do me like you've done before
They treat me like a king down in Okinawa
And I may never come back no more

オキナワに戻るんだ。
前におれにやったようなことは
二度とやらないでくれ。
オキナワに行けばおれは
王様みたいに扱われる身分なんだ。
ここへは二度と戻ってこないよ。


It's just an island floating in the sun
Everybody is having so much fun
Pretty mamas laying in the sand
Sure to know how to treat your man

オキナワは太陽の中に浮かんでる
ただの島さ。
そこではみんなが楽しい思いをしてる。
素敵な姉ちゃんたちが
砂の上に寝転がっていて
男の扱い方というものを
実によく知っている。


Okinawian baby, won't you come by me ?
Sun going down in the China Sea
Making love on the beach all night
Okinawa moon is shining so bright

オキナワのベイビー
おれと一緒に来いよ。
東中国海に夕陽が沈んでゆく。
砂浜で一晩中愛し合おう。
オキナワの月は明るく輝いている。


Folks in Okinawa sure have fun
They get together when the working day is done
Drinking cheap wine. and making romance
While some old man's doing the Okina dance

オキナワの連中は
楽しくやっている。
一日の仕事が終わると
みんなで集まるんだ。
安い酒を飲んで
ロマンスを語り合う。
爺さんたちが
「オキナ踊り」をやってる間にね。


Back in the days of World War II
Fought against the Japanese like me and you
Everybody's worried ‘bout World War III
Okinawa's just the place where I'm gonna be

第二次世界大戦の頃に
おれやお前と同じように
日本人と戦った人間は
誰でも第三次世界大戦が
怖くてたまらない。
オキナワはおれがこれから行くところ。
ただそれだけのことだ。


Goin' back down to Okinawa
Sorry, but I can't take you
Never coming back no more, baby

オキナワに戻るんだ。
悪いけど連れて行くことはできない。
おれはもう帰ってこないからね。
ベイビー。


帰ってきたヨッパライ

...大仏の前でこの歌を聞いた時、私は高校生になったばかりだったわけだけど、歌詞の意味を全然わからずに聞いていたわけでも、なかった。

沖縄よいとこ一度はおいで
酒はうまいし姉ちゃんはきれいだ
わーわーわっわー

的な内容なことが歌われているのだろうと思いながら踊っていたし、それはそれで「大体合ってた」わけである。なお、上記のような内容を「思い描く」ことができたのは、言わずもがなのことだが、上に動画を貼りつけたフォーク·クルセイダーズの「帰ってきたヨッパライ」という歌が、子どもの頃から大好きだったからである。

このフォークルの歌からして、子どもの頃の私は「楽しくて平和で罪のない歌」だと思っていたわけだけど、今ではあんまりそんな風にも思えない。「酒がうまくて姉ちゃんがキレイ」であるということは、確かに「酔っ払いの男性」にとっては「天国的な環境」であると言えるだろう。けれどもその「天国」というのは、裏を返せば地元の住民である「姉ちゃん」たちが来る日も来る日もそういう酔っ払いの相手を(しかも無償で)引き受けさせられねばならない場所でもあるわけなのだ。ちっとも「天国」ではない。むしろピッタリ来る言葉は「地獄」だと思う。

そんな風に「同じ世界で暮らしている誰か」の上に「地獄の苦しみ」を押しつけることでしか成立しない「天国」などというものは滅ぼされて然るべきだ。と今の私は思うのだけど、全然そんな風に思わない「酔っ払いの男性」というものは、いまだ世の中に数多くいる。そして場合によっては、私自身だって「そういう男性」に育っていた可能性もある。現に子どもの頃の私はこの歌を「楽しくて平和で罪のない歌」だと思い、「愛唱」していたわけなのだ。

私が「恐ろしい」と感じるのはそのことである。そしてそのことを「恐ろしい」と思えるようになるキッカケに出会えていなければ、ライ·クーダーのこの歌に関してもやはり、「楽しくて平和で罪のない歌」だったという「思い出」だけを何年たっても語り続けているような、そういう人間になっていたかもしれない。

そのことは想像するだに「恐ろしいこと」である。

「帰ってきたヨッパライ」と同様、この「Going Back to Okinawa」という歌に関しても、それが「誰の目線から」歌われているかということが問題にされねばならないと思うのだが、ハッキリ言えるのはこの歌が明らかに「アメリカ人男性の目線」から歌われている歌だということである。カリフォルニアで生まれたか育ったかして、地元で彼女を作ったのだけどその相手に裏切られるか傷つけられるかして、心を「癒す」ために「沖縄という異世界」に旅立とうとしている。そういう内容のことが歌われている。

で、このアメリカ人男性は、「どういう立場」で沖縄に向かおうとしているのだろう。「観光客」としてだろうか。だとしたらこの男性はあまりにも、沖縄の人の気持ちというものを分かっていない。と私は沖縄の人ではないのだけれど、憤らずにいられない。「They treat me like a king down in Okinawa (沖縄に行けばおれは王様みたいに扱われる身分なんだ)」ということが歌われているわけだが、それって「威張って言っていいこと」なのだろうか。1972年まで米軍政下に置かれていた沖縄では、「アメリカ軍の存在が法律」であるような状態が何十年も続いてきたわけだし、今でもその状況は基本的に変わっていない。アメリカ人が沖縄に行けば「王様みたいに扱われる」のはそのことの結果にすぎないわけだし、「下手に扱えば後でひどい目にあう」からこそ、地元の人も「気を遣わざるを得ない」わけなのだ。それを何か自分の「人徳」がしからしめていることでもあるかのように「自慢」してみせることができるこの歌い手の感性に、私はまず鼻持ちならないものを感じる。

この歌い手にはそもそもそんな風に、「相手の気持ちが見えない」のである。そのことの上で「地元の連中 (folks)は楽しくやっている」みたいなことが歌われているわけだが、沖縄の人たちが本当に「楽しい」と思っているかどうかだって、この歌い手には「見えて」いるはずがない。相手が飲んでいる酒の値段とかそういうのは「見えて」いるわけだけど、それって何のために「見て」いるのだろう。わざわざそんなことを「歌にする」のは、「見下す意図」を持ってのことだとしか私には思えない。「俺様はそんな安い酒では酔えない」的なことでも言いたいのだろうか。だったら高い酒飲んでろよ。高い酒ばっかり飲んでる連中の世界で。

この男性が「単なる観光客」ではなく、本気で「定住」を考えているくらいに沖縄に対して「入れ込んでいる」人であったとしても、その「思い入れ」の中味というのは、上記のような内容なのである。要は沖縄にいれば「特権的な生活」が保障されているから、この男性にとって沖縄は「魅力的」なのだし、アメリカ人男性である彼氏にその「特権」を「保障」してくれている存在は、結局のところ「米軍」である。つまりこの歌は実質的には「米軍を賛美する歌」なのであって、「沖縄の人たち自身の気持ち」など、実際には一顧だにされていない。

だが、歌詞の内容から判断するに、この歌の主人公は単なる「観光客」や「フリーク」ではなく、むしろその米軍そのものに勤務している「兵士」であると考えた方が、いろんな辻褄が合ってくる感じがする。「Going Back to Okinawa (沖縄に戻るんだ)」ということが歌われている以上、この男性は沖縄とアメリカ「本土」を「行ったり来たりする仕事」に従事しているわけである。さらに主人公と「戦争」とのつながりを示唆するような歌詞も、後段には出てくる。だとしたらなおのこと、この歌は「恐ろしい歌」だと思わずにいられない。



この歌と同じ1987年に公開された「フルメタルジャケット」というアメリカ映画がある。1960年代にアメリカ海兵隊に入隊した「普通の若者」たちが、上の写真のような「鬼軍曹」からの徹底的な「しごき」の中で「殺人マシーン」に「改造」され、ベトナムに送られて実際に人殺しに手を染めるまでの一部始終を描いた映画である。

この映画における「しごきの描写」はとても有名なのだけど、その内容があまりにハチャメチャなもので、子どもの頃に最初に見た時には「ギャグ」だとしか思えず、声を出して笑っていた記憶がある。その中でも特に印象的だったのが、現在でもいろいろな形で繰り返しパロディ化されている、「歌のシーン」だった。


Full Metal Jacket Military Cadence

「ファミコンウォーズが出ったーぞー」というCMのフレーズで私と同年代の人なら誰もが知っている節回しだと思うし、後に嘉門達夫がこれをネタにした「軍隊訓練」という作品をつくった時には何度も何度も繰り返し再生しては一人で笑い転げていた。またウルフルズの「すっとばす」という曲のPVの元ネタにもなっている。90年代に青春を送った人間の「原風景」のひとつとも言うべきワンシーンなのだけど、あそこで訓練生たちが歌っていた(あるいは「歌わされていた」)内容というのは、本当にメチャメチャなのである。


嘉門達夫 軍隊訓練


ウルフルズ すっとばす

上の動画の中で訓練生が走りながら歌っているのは「ミリタリー·ケイダンス」と呼ばれているもので、「部隊の士気を盛り上げ、隊員同士のチームワークと助け合いの精神、規律を高めるため」、アメリカの新兵訓練では必修とされている「科目」なのだという。そして映画「フルメタルジャケット」で歌われているのは、実際にかつての米軍で歌われていた通りの歌詞だというのだけれど、以下、その内容をひとつずつ翻訳してみたい。

Mama and Papa were laying in bed.
(Mama and Papa were laying in bed.)
Mama rolled over, this is what she said...
(Mama rolled over, this is what she said... )
Ah, gimme some...
(Ah, gimme some... )
Ah, gimme some...
(Ah, gimme some... )
P.T....
(P.T.... )
P.T....
(P.T.... )
Good for you!
(Good for you!)
And good for me!
(And good for me! )
Mmm, good.
(Mmm, good.)...
ママとパパとがベッドで寝てた
(ママとパパとがベッドで寝てた)
ママが寝返り打って言うことにゃ
(ママが寝返り打って言うことにゃ)
「ああ、ちょうだい」(「ああ、ちょうだい」)
「P.T.を」(「P.T.を」)
「いいでしょ」(「いいでしょ」)
「いいわあ」(「いいわあ」)
「んー、いい」(「んー、いい」)...

...「P.T.」というのは「Physical Training (肉体訓練)」の略であり、学校教育における「体育」という教科名も「P.T.」だし、部活や軍隊で何か失敗をした時に「罰則」として与えられる腕立て伏せなども「P.T.」である。アメリカ社会では極めてありふれた言葉なのだが、「肉体を訓練する」という意味内容からして、単独で使っても充分「えろい言葉」として機能するということなのだろう。映画の字幕では「しごいて」と訳されていたが、日本語において「しごき」という言葉が「肉体訓練」と同じ意味を持っているのは単なる「偶然」であり、かつ女性が男性に求める内容としては「不自然な話」になってしまうので、あの翻訳は「よくできている分タチの悪い誤訳」だと私は考えている。

などという話はどうでもいい。

どうしてこんな歌を「みんなで声を合わせて歌うこと」が、「隊員同士のチームワークと助け合いの精神、規律を高めるため」に「必要」だという話になるのか。

なるのである。

自分の両親のセックスの様子を具体的に思い描くなどということは、誰にとってもイヤなことだが、それは「そんなことは考えたくない」と思うのが「人間的な感情」というものだからである。そしてこの「訓練」は、訓練生からその「人間的な感情」を「払拭」させることを目的として、実施されている。

アメリカで実際に士官学校の「教科書」として使われているという、デーヴ·グロスマンという元軍人の書いた「戦争における『人殺し』の心理学」という本によるならば、人間には本来、「同類」を殺すことへの強烈な抵抗感が備わっており、たとえば第二次世界大戦時、敵との遭遇戦において実際に「発砲することができた」アメリカ兵の割合は、15〜20%にすぎなかったらしい。この割合を「高めれば高めるほど」、戦争においては「勝てる確率」が高くなる。だから「軍人教育」においては、どうすればその「発砲率」を「上げる」ことができるのかを具体的に考えることが、「教官」たちの「仕事」になる。

多くの場合、「兵士が発砲を求められる場面」でその「さまたげ」になるのは、兵士の脳裏に「家族の顔」、とりわけ「母親の顔」が「浮かんでしまう」からである。そして自分が殺そうとしている目の前の敵にも同じように家族がいるといったような「余計なこと」を「考えてしまう」から、「撃てなくなる」のである。

だから米軍においては、新兵たちの大部分が持っている「母親に対する聖なるイメージ」を「破壊」するために、上記のような「親を冒涜する言葉」を大声で唱和させる訓練方式が「採用」された。当時のアメリカにおける全ての新兵がその「洗礼」を受けたのかどうかということまでは私は知らないけれど、「受けた兵士たち」は間違いなくいたのであり、かつやり方は何であれ「部隊の発砲率を上げることに成功した教官」は、そのことで「出世すること」ができるのだ。もっと目を覆いたくなるような「方式」だって、確実に採られていたはずだと私は思う。

いずれにしても、一見したところでは「シュールなギャグ」にしか思えないような上記の「歌」が、実際にはそうした冷徹な計算と目的意識にもとづいた「殺人訓練」の一部を形成していたのだという事実に、私は今さらながら「恐ろしい気持ち」を感じずにいられないのである。上の動画では途中でカットされているが、この「ミリタリーケイデンス」は以下のように続く。

Up in the morning to the rising sun.
(Up in the morning to the rising sun.)
Gotta run all day till the running's done!
(Gotta run all day till the running's done!)
Ho Chi Minh is a son-of-a-bitch!
(Ho Chi Minh is a son-of-a-bitch!)
Got the blueballs, crabs and the seven-year-itch!
(Got the blueballs, crabs and the seven-year-itch!)
朝から起き出し太陽に向かい
(朝から起き出し太陽に向かい)
ランニングが終わるまで一日中走らなきゃ
(ランニングが終わるまで走らなきゃ)
ホー·チ·ミンは雌犬の息子
(ホー·チ·ミンは雌犬の息子)
睾丸が青くなる性病にかかって毛ジラミにたかられて七年間続くカユみにとりつかれてる
(睾丸が青くなる性病にかかって毛ジラミにたかられて七年間続くカユみにとりつかれてる)

…戦争相手である当時の北ベトナムの指導者、ホー·チ·ミンを罵倒することで、訓練生たちの「敵愾心」を煽ろうという狙いを持った歌詞だと思われるのだが、よく耳にする表現ながら「son-of-a-bitch (雌犬の息子)」という言い方は、何なのだろう。「相手は人間ではない」「だから殺してかまわない」そう主張している歌詞だとしか思えないのだが、それこそ「差別」でなくて何だと言うのだろう。相手は間違いなく「人間」なのである。

同様に相手が「性病にかかっている」という「罵倒の仕方」も、何なのだ、と思う。「性病にかかっていること」が「殺す理由」になるのだろうか。今回参考にした「東アジアの米軍基地と性売買·性犯罪」という資料によるならば(リンクは記事の末尾に転載)、米軍がいわゆる「世界の憲兵」的な動きを開始した1950年の朝鮮戦争以来、沖縄における米軍兵士の性病罹患率は10〜20%にのぼっていたとのことであり、あるいはこうした歌詞は兵士に対して「性病への恐怖を植えつけること」を目的に「採用」されたものなのかもしれない。しかし、だったら「自分たちのこと」として歌えばいいのである。

場面は変わり、以下は下着姿の訓練生たちが営舎内で「片手は銃に片手は股間に」という「妙な振り付け」で歌わされている「歌詞」である。

This is my rifle! This is my gun!:
(This is for fighting! This is for fun!)
This is my rifle! This is my gun!
(This is my rifle! This is my gun!)
これは私のライフル!これは私の銃!
(上は戦うため、下は楽しむため!)
これは私のライフル!これは私の銃!
(これは私のライフル!これは私の銃!)

...実にふざけたことを「ものすごい恐怖と重圧」の中でやらされているわけだけど、こうした「訓練」に「意味」があるとすれば、それこそ「殺人にはセックスと同等の『快楽』がある」ということを兵士たちの無意識の部分にまで「刷り込む」ことを「目的」として、実施されていることなのだろう。しかし「こんなやり方」があるものなのだろうか。

私が読んだり聞いたりしてきたところでは、ベトナムでもパレスチナでも自ら銃を手に取って戦うことを選んだ若者たちがまず「学ぶ」のは、「自分たちが戦争をしているのはなぜなのか」「なぜ『戦う』以外に選択肢は存在しないのか」という「事実」に他ならない。その「前提」なしには、「戦う」ことや「殺す」ことなんて、誰だって「やりたくないこと」に決まっているからだ。しかしその人たちが「真面目に」戦っている相手であるところの米軍においては、「人を殺すのはそれが『快楽』だからだ」という「教育」が公然と行われているわけなのである。「戦う理由」も何もあったものではないという話ではないか。

いずれにしても、「こんなに恥ずかしくて屈辱的なこと」を「暴力」によって他人に強制される経験を植えつけられた人間は、自分も「力」さえあれば同じことを他人に強制したってかまわない、という感覚を必然的に身につけてゆくことになるはずだ、と思うのである。その意味からしてもこうした「訓練」は、新兵たちの「人間性を破壊すること」を目的として実施されているとしか言いようがない感じがする。

次の場面でやや「成長」した訓練生たちが歌っているのは、以下の歌詞である。

I love working for Uncle Sam!
(I love working for Uncle Sam!)
Lets me know just who I am!
(Lets me know just who I am!)
One, two, three, four! United States Marine Corps!
(One, two, three, four! United States Marine Corps!)
One, two, three, four! I love the Marine Corps!:
(One, two, three, four! I love the Marine Corps!)
My Corps!
(My Corps!)
Your Corps!
(Your Corps!)
Our Corps!
(Our Corps!)
Marine Corps!
(Marine Corps!)
アンクル·サムのために働くのは楽しいな!
(アンクル·サムのために働くのは楽しいな)
おれが誰だか教えてくれよ
(おれが誰だか教えてくれよ)
1.2.3.4.合州国海兵隊!
(1.2.3.4.合州国海兵隊!)
1.2.3.4.海兵隊を愛してる!
(1.2.3.4.海兵隊を愛してる!)
おれの部隊!(おれの部隊!)
お前の部隊!(お前の部隊!)
おれたちの部隊!(おれたちの部隊!)
海兵隊!(海兵隊!)

...「アンクル·サム(サムおじさん)」は、イニシャルが「U.S.」になることから、擬人化された「アメリカ合州国」をさす言葉。ここは文字通り「愛国心」や「部隊への忠誠心」を育むための歌詞であり、特に「説明」は要らないのだけど、その後に続くのはこんな歌詞である。

I don't know, but I've been told.
(I don't know, but I've been told. )
Eskimo pussy is mighty cold!
(Eskimo pussy is mighty cold!)
Mmm, good!
(Mmm, good!)
Feels good!
(Feels good!)
Is good!
(Is good!)
Real good!
(Real good!)
Tastes good!
(Tastes good!)
Mighty good!
(Mighty good!)
Good for you!
(Good for you! )
Good for me!
よく知らないんだけど聞くところによると
(知らないんだけど聞くところによると)
Eskimoの女性器は強烈に冷たいらしい
(Eskimoの女性器は強烈に冷たいらしい)
うーん、いいぜ (うーん、いいぜ)
いい感じだぜ (いい感じだぜ)
とてもいいぜ (とてもいいぜ)
実にいいぜ (実にいいぜ)
いい味してるぜ (いい味してるぜ)
めちゃめちゃいいぜ (めちゃめちゃいいぜ)
いいだろ (いいだろ)
いいぜ (いいぜ)

…「Eskimo」はアメリカの北方先住民の人々に対する蔑称であり、転載するのも憚られるぐらいに差別的な歌詞なのだが、その北方先住民の人々も「アメリカという国家」の「国民」なのではないのだろうか。「アメリカ海兵隊」というのは本当に「誰」のことを「守って」いる軍隊なのだろうか。とはいえアメリカの軍隊というものがそもそも「先住民に対する戦争と征服」を目的として建設されたものだという歴史を考え合わせるなら、その隊内でこうした歌がいまだに歌われているということは、「許せないこと」ではあっても「理屈に合わないこと」ではない。アメリカという国家の内側においてそうした「歴史」はいまだに「終わっていない」ということが、示されているだけなのである。

映画の日本語字幕ではこの部分の歌詞がことさらに差別的な日本語を「選んだ」上で「翻訳」されていたのだが、私はそれを「翻訳した人間自身の差別性にもとづく行為」であるとして、批判したいと思う。映画の中の原語でそういう言葉が使われているのは、「そういう映画」なのだから、ある意味で「仕方のないこと」だ。けれどもその言葉がどんな風に差別的であるかということを、こういう日本語を使えば「わかりやすく翻訳できる」という風に「発想」することができるのは、その翻訳者自身が映画の登場人物と同じ差別意識を「共有」しているからなのだ。その「翻訳者自身の差別意識」を、何ら反省することなくわざわざ別の言語にまで置き換えて「ばらまく」ことは、差別を流布·拡大させる行為以外の何ものでもない。このことは翻訳という行為の本質に関わる問題だと、私は考えている。このブログの二回目の記事で「意訳はしない/直訳もしない/差別表現に見て見ぬふりはしない」という「三原則」を明らかにして以来、折に触れて取りあげてきたテーマなので、関心のある方は遡って参照されたい。

その次のシーン。銃を持つことを「許された」訓練生たちが合唱しているのは、こんな歌である。

I don't want no teenage queen.
(I don't want no teenage queen.)
I just want my M-14.
If I die in the combat zone.
(If I die in the combat zone.)
Box me up and ship me home.
(Box me up and ship me home.)
Pin my medals upon my chest.
(Pin my medals upon my chest.)
Tell my mom I've done my best.
(Tell my mom I've done my best.)
ティーン·エイジ·クイーンに興味はない
(ティーン·エイジ·クイーンに興味はない)
おれに必要なのはM14小銃だけ
(おれに必要なのはM14小銃だけ)
もしもおれが作戦地帯で死んだら
(もしもおれが作戦地帯で死んだら)
箱詰めにして船で地元に運んでくれ
(箱詰めにして船で地元に運んでくれ)
肩には勲章をつけてくれ
(肩には勲章をつけてくれ)
母親にはおれがベストを尽くしたと伝えてくれ
(母親にはおれがベストを尽くしたと伝えてくれ)

...「teenage queen」の直訳は「10代の女王様」であり、同年代のみんなからチヤホヤされている少女のことを指す言い方でもあるのだが、「おしゃれが好きな男の子」のことを軽蔑的に言う言い方でもあるらしく、軍隊という組織の「価値観」に照らすなら後者の意味で「軟弱者を罵倒するため」に歌われていると考えた方がこの場合は「当たっている」ように思う。いずれにしても最後は「死ぬことの賛美」なのである。こうやって「自分の生を軽く扱うこと」を教えこまれた人間が、「他人の生を軽く扱うこと」を「覚えて」いくのだ。戦前の日本の教育現場で行われていたことと全く変わらないことに、改めて気分が悪くなる。

映画に出てくる「歌詞」はこれだけだが、Wikipediaによるならばベトナム戦争の最中には下記のような「歌」も公然と歌われていたのだという。

Bomb the village
Kill the people
Throw some napalm in the square
Do it on a Sunday morning
Kill them on their way to prayer
Ring the bell inside the schoolhouse
Watch the kiddies gather round
Lock and load with your 240
Mow them little motherfuckers down

村に爆弾を落とせ。
人々を殺せ。
広場の真ん中にナパームを投げ入れろ
それを日曜の朝にやれ。
やつらがお祈りをしてるところを殺れ。
学校の中でベルを鳴らせ。
ガキどもが集まってくるのを見張れ。
M240機関銃を固定し装填しろ。
ちっちゃなマザーファッカーたちを薙ぎ払ってしまえ。

さらに、上記の「戦争における『人殺し』の心理学」という本によるならば、70年代には下記のような歌詞まで、実際に「採用」されていたらしい。

I wanna Rape Kill Pillage’n’ Burn,annnn’ Eat dead Baaa-bies!
おれはレイプがしたい!
殺したい!
略奪したい!
燃やしたい!
そおおおして
死んだ赤ん坊を食ってやりたああい!

...「現在ではこうした歌は歌われていない」と資料にはある。だがそれは「兵士の罪悪感を払拭するため」に「もっと洗練されたやり方」が現在では「採用」されているというだけの話であり、「洗練」されている分その内実は、いっそう冷酷かつ残忍なものとなっているに違いない。そしてそうした「訓練」の一番「基本的な部分」に位置している「Kill! Kill!」の連呼は、現在でも変わることなく、繰り返されているのだという。

本当に重要なのはそれが「歌や映画の話ではない」ということであり、沖縄では「終戦」以来、人々が日常生活を営んでいるそのすぐ隣で、米兵たちがずーっとこうした「人殺しの訓練」を続けてきた、という事実である。(もちろんそれは佐世保であれ横須賀であれ、「米軍基地の存在する全ての場所」で繰り返されてきた事実でもある)。そしてそのように「訓練された」米兵による性暴力事件が、基地の周辺では一貫して絶えることなく、引き起こされ続けてきた、という事実である。

よほどの例外でない限り、かれらが「裁かれる」ことというのは、基本的にはない。かれらは「教えられた通りに行動しているだけ」なのであり、報道官がどんなに「遺憾」を表明しようとも、かれらが基地に戻れば「元気のいいやつだ」で済まされるのが実態なのであって、それが言うなれば「米軍という組織」の「アイデンティティ」なのだ。それが本当に「変わる」ことがありうるとしたら、「米軍が米軍でなくなる時」だけだろう。

そしてライ·クーダーの「Going Back to Okinawa」という歌に出てくる主人公の、とりわけ女性に対する「まなざし」は、そんな風に「訓練された米軍兵士のまなざし」であると解釈しても、何ら矛盾を感じさせない内容になっているのである。この歌の「歌い手」になっているのが、「レイプしたい」「殺したい」という「願望」を実際に「口に出したことのある人間」だったのだとしたら、そんな「恐ろしい話」がどこにあるだろうか。

それにも関わらず私はその歌を「楽しくて平和で罪のない歌」だと思っていた。そして「フルメタルジャケット」という映画に対しては、「ギャグ」だと思って声を出して笑っていた。そういう人は、他にもたくさんいると思う。

我々は「どこで」怒ればいいのだろうか。「どこで」顔色を変えて、「そんなことは許せない」と叫べばいいのだろうか。

「最初から」怒るしか、ないではないか。

今回この歌を20年ぶりぐらいに聞き返してみて感じたのは、そんな風に「いろんな文化の洗礼」を通じて「平気で人が殺せる人間」へと「改造」されてしまっていたのは、かつての私自身だったのではないか、ということだった。それが「本当に人を殺すこと」に直結しているという意識が「麻痺」させられてしまっていたからこそ、こんな歌を「楽しくて平和な歌」だと感じることができたわけだし、「フルメタルジャケット」を「ギャグ」だと思って「真似して遊ぶ」ことさえ、できていたわけなのだ。

加えて私がこの歌を聞いたのは、「国連ユネスコのお墨付き」で開催された「AONIYOSHI」というコンサートを通じてのことだったのである。「平和の歌」だと考えるのが「普通の感覚」というものではないか。けれども間違っていたのはその「普通の感覚」の方なのであって、「国連ユネスコの口にする平和」というものが「そういう内容のもの」でしかなかったという事実に対してこそ、当時の私は「怒って」然るべきだったのだと思う。そしてそのことに気づくことのできる材料は、当時においてもいくらでもあったはずなのだ。この連載の最初の回にも書いた通り、当時の日本においては自衛隊の初の海外出兵というとんでもない事態が、他ならぬその「国連」のお墨付きのもとに、推し進められていたさ中だったのである。

本当に全く何を自分は「踊って」いたのだろうと、その時のことを考えると、思う。

ライ·クーダーという人を私は「良心的な人」だと思ってきたし、「客観的」に見ても「良心的な部類に入る人」ではあるのだと思う。「アメリカ人の中では」である。けれどもその「良心的な部類のアメリカ人の意識」においても、かれらが「沖縄」やその他の「外国」、一般的に言うなら「他者」に対して抱いている「願望」の中味というものは、この歌の歌詞に示されている通り、徹底して「自分に都合のいい内容」にすぎないわけだし、もしその「イメージ」が「裏切られる」ようなことが起こった場合、その内容は立ちどころに「レイプしてやる」「殺してやる」にまで「転化」しうる必然性と言うべきものを備えている。そしてこの「良心的な部類の人間」でさえ他者に対して「身勝手な願望」を押しつけている状況というものは、日本と日本人の現実においても、大して変わるところはないのではないかということを、私は感じている。かれらが歌にしたり文字に綴ったりする「こうあったらいいのにな」という色とりどりの「願望」の中に、本当に耳を傾けるべき「他者」の声、実際に暴力にさらされている人たちの声や、不正を押しつけられている人たちの声というものは、まるで上からポスターカラーを塗りたくったように、「消しさられて」しまう。

そんな風に「現実にフタをするため」に歌われているような歌なら、「ない方がいい」のである。

Brown Sugar」と同様、こんな歌を聞いて「踊っていた」ことも、今では恥ずべき思い出のひとつだったと、率直に言って思う。そんな風に「自分の青春とひとつひとつ決着をつけてゆくこと」が、これから始まる時代と向き合ってゆくために私には必要なのであり、そのことがこのブログの「もうひとつのテーマ」になっている。

=翻訳をめぐって=

Goin' back down to Okinawa

「Okinawa」という単語を「普通」に「沖縄」と訳すことができなかったのは、アメリカ人が「オキナワ」という言葉の意味を「漢字」として「理解」できているはずがない、と考えたことによっているのだが、じゃあ「オキナワ」を「沖縄」と表記する「本土の日本人」は、アメリカ人よりも「沖縄」のことを「理解」しているということになるのかよという話になり、そう考えると自分自身、何も知らないではないかとしか思えない。むしろ私自身にとっても「沖縄」は「オキナワ」なのかもしれない。いずれにしてもこの歌詞はどうしても、「普通の漢字」を使って「翻訳」できる気持ちになれなかった。

なお、「Goin' back down to Okinawa」という歌詞に「down」という言葉が使われているのは、沖縄という場所が歌い手にとって「心理的に下位」に位置しているからなのではないかという感じが、うがちすぎかもしれないけれど、私はどうしてもしてしまう。

Sun going down in the China Sea

「China Sea」は「日本で発行されている地図」通りの表記を使うなら「東シナ海」に当たるのだけど、「支那(シーナ→チャイナ)」というのは歴史的には中国大陸の人々が一度も「自称」として使ってこなかった「他称」としての呼び名であり、かつ日本という国家は近代以降、それを意識的に「蔑称」として使ってきた歴史を持っている。それを「蔑称として使われてきた側」が「支那と言うな」と言っているのだから、言うなよと私は思う。確かに「中国」というのは「エラそーな対外的自称」ではあるのだが、「日本」だって大概「エラそーな対外的自称」なはずである。にも関わらず向こうは敢えてこちらのことを「倭」と呼んだりはしていないのだ。だったらこちらだってそれなりの「誠意」を尽くすのが当然の話だと私は思う。

While some old man's doing the Okina dance

普通に聞き流していると最後の部分は「オキナワン·ダンス (沖縄の踊り)」と歌っているように聞こえていたのだが、ネットで確認できる歌詞はどれを見ても「Okina dance」になっている。ことによると沖縄に独自に伝承されている「翁踊り」みたいなものがあるのかもしれないが、そういうのが実際にあるのかどうか、私は知らないし、調べてもよく分からなかった。あるいは「単なる誤植」なのかもしれない。

戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)

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ではまたいずれ。