華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

A Hard Rain's A-Gonna Fall もしくは激しい雨が降る (1963. Bob Dylan)



1994年5月に東大寺で開催されたユネスコ主催のコンサート「AONIYOSHI」で歌われた楽曲をすべて翻訳して再現しようという企画も、ようやく折り返し地点にまでやってきた。

喜納昌吉&チャンプルーズとライ·クーダーがステージを降りた後、かなり長い時間にわたって照明が消え、それから例の鳥人間コンテストみたいなアナウンスのお姉さんの声が、おもむろにボブ·ディランの登場を告げた。その日一番の歓声が湧きあがった。

色とりどりの照明に照らし出された世界最大の木造建築の前のステージに一人あらわれたディランの姿は、圧倒的に「小男」に見えた。身体と不釣り合いなぐらいに大きなアコースティックギターを抱えていたことも、そう見えた理由だったかもしれなかった。

「小兵といふぢやう十二束三伏、弓は強し」という平家物語の一節が、なぜか頭をかすめた。

ディランを生で見たのは、実はその時が初めてではなかった。その三ヶ月前にあたる二月にもディランは大阪城ホールに来ていて、私は高校受験の最中だったにも関わらずかなり無茶なことをやってそれを見に行っていた。その時のやり口が親を激怒させてしまったもので、しばらく経ってから来日したザ·バンドのコンサートは結局見に行かせてもらえなかったことを覚えている。

...ここで書くことではないのだろうけれど、どうしてあの時ザ·バンドの方を選んでおかなかったのだろうということを、私は今でも後悔している。ディランはまだまだピンピンしてるけど、リックもリヴォンも、今ではもうこの世にいないのだ。

大阪城ホールでのコンサートは「JOKERMAN」で始まって、何で終わったかは覚えていない。途中で誰かがスタンドから「ディラン、笑ろてー!」と叫んで、会場全体が爆笑に包まれたが、ディラン本人はクスリとも笑わなかった。「この人は絶対に笑わない人なのだ」というのが、その日一番の印象だった。そして私の地元で開催されたこのコンサートでも、やっぱりディランは笑わなかった。ひたすら、難しい顔をしていた。

浦沢直樹+和久井光司の「ディランを語ろう」という本では、90年代前半のこの頃のディランの声が、青空球児・好児の「ゲロゲーロ」にたとえられている。「言いえて妙」だとつくづく思う。私がテレビで初めてディランを見た92年10月の30周年トリビュートコンサートの時から、ディランの声は既に「ゲロゲーロ」だったし、当時発売されていた2枚の最新アルバム、「Good As I Been To You」でも「World Gone Wrong」でも、その声は「ゲロゲーロ」だった。大阪城ホールではその「ゲロゲーロ」を直に聞けたことで、すっかりうれしくなった。そしてこの日大仏の前で「ゲロゲーロ」の声が吐き出されるのを聞いた時には、もはやそれを「なつかしく」感じるレベルにまで至っていた。年上の世代の人たちのことは知らないけれど、私にとってはいつまでも、ディランという人は「ゲロゲーロ」のアーティストなのである。

世界中のファンの人たちにとっては、奈良でのこの日のコンサートはディランという人が初めてオーケストラをバックに歌った歴史的なステージとして、記憶されているらしい。けれどもその日の私が感じていたのは、歌い出したディランの口から流れてきたのが「自分の知っているフレーズ」だったというよろこび、それだけだった。


Bob Dylan in Nara Japan. 1994.5.22.

A Hard Rain's A-Gonna Fall

英語原詞はこちら


Oh, where have you been, my blue-eyed son?
And where have you been, my darling young one?
I've stumbled on the side of twelve misty mountains
I've walked and I've crawled on six crooked highways
I've stepped in the middle of seven sad forests
I've been out in front of a dozen dead oceans
I've been ten thousand miles in the mouth of a graveyard
And it's a hard, it's a hard, it's a hard, and it's a hard
It's a hard rain's a-gonna fall

どこにいたのですか。
青い目をした私の息子よ。
あなたはどこにいたのですか。
若くいとしい私の息子よ。
12の霧の山腹で
よろめいておりました。
6本の曲がりくねったハイウェイの上を
歩いたり這ったりしておりました。
7つの悲しい森の真ん中に
踏み込んで参りました。
1ダースの死んだ大洋の岸辺に
たたずんでおりました。
墓穴の口に
1万マイルも落ち込んでおりました。
そして激しい そして激しい
そして激しい そして激しい
激しい雨が
降り出すことになりそうなのです。


Oh, what did you see, my blue-eyed son?
And what did you see, my darling young one?
I saw a newborn baby with wild wolves all around it
I saw a highway of diamonds with nobody on it
I saw a black branch with blood that kept drippin'
I saw a room full of men with their hammers a-bleedin'
I saw a white ladder all covered with water
I saw ten thousand talkers whose tongues were all broken
I saw guns and sharp swords in the hands of young children
And it's a hard, it's a hard, it's a hard, and it's a hard
It's a hard rain's a-gonna fall

ああ何を見たのですか。
青い目をした私の息子よ。
そしてあなたは何を見たのですか。
若くいとしい私の息子よ。
野生の狼にぐるっと囲まれた
生まれたばかりの赤ん坊を見ました。
ダイヤモンドでできた
その上には誰もいない
1本のハイウェイを見ました。
血をしたたらせつづけている
1本の黒い枝を見ました。
血を流しながら
ハンマーを握りしめた男たちで
いっぱいになった部屋を見ました。
水の中に沈められた
真っ白なハシゴを見ました。
壊れた舌で喋り続ける
1万人の話し手を見ました。
幼い子どもたちの手に握られた
銃と鋭い剣とを見ました。
そして激しい そして激しい
そして激しい そして激しい
激しい雨が
降り出すことになりそうなのです。


And what did you hear, my blue-eyed son?
And what did you hear, my darling young one?
I heard the sound of a thunder, that roared out a warnin'
I heard the roar of a wave that could drown the whole world
I heard one hundred drummers whose hands were a-blazin'
I heard ten thousand whisperin' and nobody listenin'
I heard one person starve, I heard many people laughin'
Heard the song of a poet who died in the gutter
Heard the sound of a clown who cried in the alley
And it's a hard, it's a hard, it's a hard, it's a hard
It's a hard rain's a-gonna fall

ああ何を見たのですか。
青い目をした私の息子よ。
そしてあなたは何を見たのですか。
若くいとしい私の息子よ。
何かを警告するように響きわたる
雷鳴を聞きました。
世界を丸ごと呑み込んでしまうような
波のうねりを聞きました。
両手を炎に包まれた100人の鼓手が
打ち鳴らす太鼓の音を聞きました。
1万ものささやきを聞きましたがそれは
誰の耳にも届いていませんでした。
ひとりが飢えていて
大勢が笑っているのが聞こえました。
どぶの中で死んだ
詩人の歌声が聞こえました。
裏通りで泣き叫ぶ
道化師の声が聞こえました。
そして激しい そして激しい
そして激しい そして激しい
激しい雨が
降り出すことになりそうなのです。


Oh, what did you meet, my blue-eyed son?
Who did you meet, my darling young one?
I met a young child beside a dead pony
I met a white man who walked a black dog
I met a young woman whose body was burning
I met a young girl, she gave me a rainbow
I met one man who was wounded in love
I met another man who was wounded in hatred
And it's a hard, it's a hard, it's a hard, it's a hard
It's a hard rain's a-gonna fall

ああ何と出会ったのですか。
青い目をした私の息子よ。
あなたは誰と出会ったのですか。
若くいとしい私の息子よ。
死んだ小馬のそばにいた
1人の幼い子どもに出会いました。
黒い犬を連れて歩いている
1人の白い人に出会いました。
からだが燃えている
1人の若い女の人に出会いました
小さな女の子に出会って
その子は私に虹をくれました。
愛に傷ついた
ひとりの男の人に出会いました。
また憎しみに傷ついた
別の男の人にも出会いました。
そして激しい そして激しい
そして激しい そして激しい
激しい雨が
降り出すことになりそうなのです。


And what'll you do now, my blue-eyed son?
And what'll you do now, my darling young one?
I'm a-goin' back out 'fore the rain starts a-fallin'
I'll walk to the depths of the deepest dark forest
Where the people are many and their hands are all empty
Where the pellets of poison are flooding their waters
Where the home in the valley meets the damp dirty prison
And the executioner's face is always well hidden
Where hunger is ugly, where souls are forgotten
Where black is the color, where none is the number
And I'll tell and speak it and think it and breathe it
And reflect from the mountain so all souls can see it
And I'll stand on the ocean until I start sinkin'
But I'll know my song well before I start singin'
And it's a hard, it's a hard, it's a hard, and it's a hard
It's a hard rain's a-gonna fall

そしてこれからどうするのですか。
青い目をした私の息子よ。
そしてこれからどうするのですか。
若くいとしい私の息子よ。
雨が降り出す前に
もう一度外に行ってこようと思います。
世界で一番深くて暗い森のその
深みの中へ歩いて行こうと思います。
そこには人がたくさんいて
その手は全部からっぽなのです。
小さな毒のかたまりが
そこの水の中にはあふれているのです。
心地よい谷間の家が
じめじめした汚い監獄と
向き合っているのです。
そして死刑執行人の顔はいつも
念入りに隠されています。
そこでは飢えることは不道徳なことで
たましいというものは
忘れ去られています。
そこでは黒が色で無が数です。
私はそのことを伝えそのことを話し
それについて考え
それに息吹を与えようと思います。
そしてすべてのたましいが
それを見ることができるように
山肌に映し出してみたいと思います。
そして私は自分の身体が沈み始めるまで
大洋の上に立つことでしょう。
けれども私は自分が歌い始める前には
自分の歌を自分でちゃんと分かるように
なっているはずだと思います。
そして激しい そして激しい
そして激しい そして激しい
激しい雨が
降り出すことになりそうなのです。

=翻訳をめぐって=

以下はその内容がマニアックなことで知られている、ポール·ウィリアムズの「ボブ·ディラン 瞬間の轍」という本からの引用である。

唐突だが、ぼくはこの歌にひとつの数学が、数の魔法があることに気づいた。全部でバースは5つ、5番まであり、コーラス部分では「hard」ということばが5回くりかえされる。それ以上でもそれ以下でもない。1番では、問のあとの答となる描写は5行、3番は7行、4番は6行、クライマックスの5番では12行だ。それから数に関する歌詞がある。1番では5回(「12」「6」「7」「1ダース」「1万」)、2番では1回(「1万」)、3番では3回(「100」「1万」「1」)5番ではとてもはっきりした形で1回(「黒が色で、ゼロが数の場所」)、数に関する歌詞が登場する。この頻繁な数の使用は何を意味するのだろう?そう、それは何も意味しないのだ。しかし、それは火花を散らす。心をひきつける。それが詩だ。それが歌うのだ。

何も意味しないんかい!

...ほんとに私は、声に出して叫んでしまった。何も意味しないんだったらこんな思わせぶりなこと、書かないでほしいな。でもそれはポール·ウィリアムズという人でなく、むしろディラン本人に向けるべき「突っ込み」であるのかもしれない。

この曲は実にしばしば、1962年10月に発生した「キューバ危機」と結びつけて語られている。1959年の革命で親米独裁政権が打倒されたばかりのキューバにおいて、ソ連の手で建設されていた核ミサイル基地をアメリカの偵察機が発見し、それを撤去せよと迫るアメリカとソ連との間に全面核戦争の危機が高まった、12日間の出来事である。結果的に、当時のソ連のフルシチョフ首相が核ミサイルの撤去を決断したことで「危機」は回避されたのだが、その約二週間のあいだ、世界中の人々は本当に「明日にも世界が終わるかもしれない」という恐怖にさらされ続けることになったのだという。当時を生きた人が書いた本にはその時の「恐怖」の記憶が必ず綴られているし、遠く離れた日本で中学生をやっていた私の母親も「明日で世界は終わるんやろか」とマジで感じていたらしい。その話を小さい頃に聞かされていたから、子どもの頃の私は「今、世界があって、自分が生きていること」が不思議で仕方なかったぐらいである。それは今でもやっぱり「不思議なこと」ではあるわけなのだけど。

ただしディランがこの歌を書いて、初めて人前で歌ったのは、ケネディ大統領の緊急記者会見で「危機」の存在が明らかにされる1ヶ月前の、1962年9月のことだったらしい。その時には別に誰も、それは「漠然とした不安」はあったかもしれないけれど、「明日世界が終わる」などとは全然本気で思っていなかったはずなのだ。それにも関わらず、翌年発売されたアルバム「Freewheelin' Bob Dylan」のスリーブでは、以下のようなディランのコメントが紹介されている。( 「スリーブ」とはレコードジャケットの内側でLPレコードを包んでいた、薄い大きな紙袋のこと。とても大きいので、昔はそこに歌詞やいろんなことが印刷されていた)

Hard Rain is a desperate kind of song. Every line in it, is actually the start of a whole song. But when I wrote it, I thought I wouldn't have enough time alive to write all those songs so I put all I could into this one.
「激しい雨」は、絶望的なタイプの歌だ。すべての行は、もともとそれぞれ別々の歌の最初の一行になるはずだった。けれども私がそれを書いた時、私はもう自分にはその全部の歌を書きあげるための時間は残されていないと感じていた。だから私はこのひとつの歌の中に、自分が詰め込めるすべてを詰め込んだ。

...調子のいいやつなのである。「Jester」なのである。おかげで今でも多くの人が、この歌をキューバ危機に対する直接の「プロテストソング」なのだと考えている。けれどもこの「黙示録」的な歌が、図らずもそれから間もなく全面核戦争の危機を経験することになった時代の空気と「シンクロ」していたことは、事実なのだろう。実際、そこからここに歌われている「激しい雨」とは「死の灰」や「黒い雨」のことなのだという解釈が流布されることになったし、ディラン本人はそれを否定しているらしいのだが、当時の人たちにとってはそれが圧倒的な「リアリティ」を持って受け止められることになったのだ。そんな風に「作り手の手を離れた歌」というものはいくらでも「独り歩き」を始めてゆくものなのだから、こうなってくると「何が正しい解釈か」などということは、むしろどうでもよくなってしまう。この歌を「リアリティ」を持って受け止めた人たちの「感じ方」は、きっとみんな「正しかった」のだろうとしか私には言いようがない。

Oh, where have you been, my blue-eyed son?
And where have you been, my darling young one?

という有名なこの歌の歌い出しは、17世紀からイギリスで歌われている「Lord Randall」という古いバラッドを下敷きにしているらしい。ランドール卿という地方領主が恋人から毒を盛られ、死んでゆくさまがその母親との対話の中で綴られており、同様の歌はヨーロッパの各地に伝わっているのだという。10番まである長い歌だが、乗りかかった船なので、こちらも翻訳しておくことにしたい。


Lord Randall

Lord Randall

英語原詞はこちら


“O where ha you been, Lord Randal, my son?
And where ha you been, my handsome young man?”
“I ha been at the greenwood; mother, mak my bed soon,
For I’m wearied wi hunting, and fain wad lie down.”

どこに行っていたのですか。
わが息子ランドール卿よ。
どこに行っていたのですか。
若くてハンサムな私の息子よ。
グリーンウッドに行っていました。
母さん。
私のベッドを用意してください。
狩りで疲れてしまったみたいです。
横になりたいと思います。


“An wha met ye there, Lord Randal, my son?
An wha met you there, my handsome young man?”
“O I met wi my true-love; mother, mak my bed soon,
For I’m wearied wi huntin , an fain wad lie down.”

そこで誰と会ったのですか。
わが息子ランドール卿よ。
そこで誰と会ったのですか。
若くてハンサムな私の息子よ。
恋人に会ってきました。
母さん。
私のベッドを用意してください。
狩りで疲れてしまったみたいです。
横になりたいと思います。

(以下、繰り返し部分は省略)

“And what did she give you, Lord Randal, my son?
And what did she give you, my handsome young man?”
“Eels fried in a pan; mother, mak my bed soon,
For I’m wearied with huntin, and fain wad lie down.”

「彼女から何をもらったのですか」
「焼いたウナギをもらいました」


“And wha gat your leavins, Lord Randal, my son?
And what gat your leavins, my handsom young man?”
“My hawks and my hounds; mother, mak my bed soon,
For I’m wearied wi huntin, and fain wad lie down.”

「残った分はどうしたんですか」
「猟犬と鷹に食わせてやりました」


“And what becam of them, Lord Randall, my son?
And what became of them, my handsome young man?”
“They stretched their legs out an died; mother, mak my bed soon,
For I’m wearied wi huntin, and fain wad lie down.”

「猟犬と鷹はどうなったんですか」
「手足を突っ張って死んでしまいました」


“O I fear you are poisoned, Lord Randal, my son!
I fear you are poisoned, my handsome young man!”
“O yes, I am poisoned; mother, mak my bed soon,
For I’m sick at the heart, and I fain wad lie down.”

「あなた毒を盛られたんじゃないですか」
「そうみたいです」
母さん。
私のベッドを用意してください。
心臓が苦しくて
横になりたいんです。


“What d’ ye leave to your mother, Lord Randal, my son?
What d’ye leave to your mother, my handsome young man?”
“Four and twenty milk kye; mother, mak my bed soon,
For I’m sick at the heart, and I fain wad lie down.”

「母親である私には何を遺してくれるのですか」
「乳牛を4頭と20頭あげます」


“What d’ ye leave to your sister, Lord Randal, my son?
What d’ ye leave to your sister, my handsome young man?”
“My gold and my silver; mother, mak my bed soon,
For I’m sick at the heart, an I fain wad lie down.”

「あなたの妹には何を遺すのですか」
「私の金と銀とをあげます」


“What d’ ye leave to your brother, Lord Randal, my son?
What d’ ye leave to your brother, my handsome young man?”
“My house and my lands; mother, mak my bed soon,
For I’m sick at the heart, and I fain wad lie down.”

「あなたの弟には何を遺すのですか」
「家と土地をあげます」


“What d’ ye leave to your true-love, Lord Randal, my son?
What d’ ye leave to your true-love, my handsome young man?”
“I leave her hell and fire; mother, mak my bed soon,
For I’m sick at the heart, and I fain wad lie down.”

「あなたの恋人には何を遺すのですか」
「地獄の炎を遺してやります」

...どうも、ヘンな歌だな。息子が領主である以上、大切なのは遺産の話かもしれないけれど、それをそこでその状況で聞くかな。ひょっとしてランドール卿の恋人とグルになっていたのは母親自身だったのではないだろうか。でもまあ、この歌のことを多分私は二度と思い出さないと思うので、そこはとりあえず、いい。重要なのはディランの「はげしい雨が降る」の「訳し方」に関わる問題が、この「元歌」の中に横たわっていると思われる点である。

片桐ユズルさんは「はげしい雨が降る」の冒頭部分を、

Oh, where have you been, my blue-eyed son?
And where have you been, my darling young one?

どこへいってたの、青い目のむすこ?
どこへいってたの、わたしのかわいい坊や?

と翻訳している。「young」という言葉には「若い」から「幼い」までかなりの幅があるので、片桐さんはこの歌詞から「母親が幼い息子に語りかけている情景」を想像したのだと思われる。

けれども「元歌」にあたる「Lord Randall」の主人公は、明らかに「青年」である。それを知っている英語圏の人たちは、おそらく大部分がこの歌を「青年とその母親」の歌として聞いているのだと思う。けれども日本では片桐さんの訳詞の影響が絶対的に強いから、かなりの人が「母親と坊やの歌」として聞き続けているはずである。事実私も、そう思って聞いていた。そんでもって「そこでは黒が色でゼロが数だ」とか、小難しいことを言う子どもだなとずっと思っていた。今回自分の手で翻訳してみて、やっぱりこの主人公は「青年」だろうなと私は感じた。なのでそのような言葉で翻訳したのだが、「young」という言葉に「幅」があるのは事実なのであって、主人公が「子ども」であると解釈できる余地も、ないわけではない。どんな主人公の姿を思い浮かべるかは、とりあえず男性でさえあれば、「聞く人の自由」に委ねられている問題だと思う。

以下は、細かい点をめぐって。

  • I've been ten thousand miles in the mouth of a graveyard...「in」という言葉が使われているので、「墓穴の口から1万マイルの深さ」という意味であり、「墓穴の口の幅が1万マイル」という意味ではないと思う。なお、非常に無粋なことを言うならば、地球の直径というものは7900マイル(12700キロ)ぐらいしかないので、「深さ1万マイルの墓穴」というものがあるとした場合、その「底」は反対側を突き抜けて宇宙空間にあることになる。
  • I saw a newborn baby with wild wolves all around it...生まれたばかりの無垢なものが野獣に囲まれている、というイメージだが、人によってはローマ帝国の創始者が狼に育てられたという故事から、「英雄の誕生」みたいなことを思い浮かべる向きもあるらしい。何か、いろんなことを知ってる人になればなるほど、解釈の泥沼にハマり込んでゆくように作られているのがディランの歌だという感じがする。
  • I saw a highway of diamonds with nobody on it...「初稿」では「ダイヤモンド」ではなく「黄金のハイウェイ」になっていたらしい。宮沢賢治の話をしているような錯覚におちいる。
  • I saw a white ladder all covered with water...ここはおそらく一番「聖書的なイメージ」が反映された歌詞である。「ヤコブの梯子」については下の記事を参照されたし。

nagi1995.hatenablog.com

  • Heard the song of a poet who died in the gutter...「gutter」は「排水溝」なので「どぶ」と訳したが、「貧しい人の集住する街」という意味もあるとのこと。
  • Heard the sound of a clown who cried in the alley...西岡たかしの「哀しい歌」の元になったイメージはこの歌詞にあったことに気づいたぞ。ってもはや「翻訳」とは全然関係ない話なのだけど。


哀しい歌

  • I met a young child beside a dead pony...「pony」は「小さい馬」であって「子馬」ではないのだけれど、「小馬」と書く分には許されるだろうと思って「小馬」と翻訳した。ほとんどペテン師のやり口だな。
  • Where hunger is ugly, where souls are forgotten...「ugly」は「醜い」だが、「不道徳な」という意味もある。「不道徳な」で翻訳すると、「貧困」をあたかも「自己責任」であるかのように言いなして貧乏人を排撃している日本の現在の為政者たちの価値観にもピッタリ重なるような内容が、批判された歌詞になっていることに気づく。たぶんここは「不道徳な」という意味で「正解」である。
  • And I'll tell and speak it and think it and breathe it...「breathe it」の訳し方は、すごく難しい。「それを呼吸する」とも「それに息吹を与える」とも訳せるわけで、ここで意図されている意味は多分その「両方」である。試訳では「呼吸する」を「犠牲」にせざるを得なかった。
  • And reflect from the mountain so all souls can see it…「all souls」は「すべてのたましい」と訳したが、「すべての個人」とも訳しうる。「reflect」という単語のイメージについてはこちらの記事を参照のこと。


Patti Smith A Hard Rain's A-Gonna Fall

2016年のノーベル賞騒ぎの時に、「代理」で受賞式に出席したパティ·スミスが歌ったのが、この歌だったのですね。私にとっては気分の悪くなるようなニュースでしかなかったので、今まで一度も見たことがなかった。歌詞、二回も間違えてるのに、結構な割合の人が泣きながら聞いている。何か私はむしろそういうところに白々しいものを感じてしまうのだけど、このブログのテーマは飽くまで「うたを翻訳すること」なので、そこはとりあえず、いいや。ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Written in the summer of 1962.
Recorded: 1962.12.6.
Released: 1963.5.27.
Key: E