華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Standing Sex もしくは大仏の前でペラペラピー (1991. X-JAPAN)



1994年5月に東大寺で開催されたユネスコ主催のコンサート「AONIYOSHI」は、ボブ·ディランがステージに立った瞬間が、時間的にも内容的にもその折り返し点をなしていた。その後、和太鼓奏者のレナード衛藤という人とパーカッショニストのレイ·クーパーという人が、アタゴオルのヒデヨシでさえ怖気をふるって逃げ出すのではないかと思われるほどの大迫力の競演を繰り広げ、さらに劉宏軍と天平楽府の人たちが、シルクロードの古楽器を再現した演奏をシットリと聞かせてくれなどしたのだが、そうした時間をも貪欲に味わいつくしたい方は、下のダイジェスト版の動画の1:04:40〜1:16:45のあたりを参照されたい。そしてその「劉宏軍と天平楽府の皆さんに続いては」と、例の鳥人間コンテストの司会者みたいなお姉さんの声が、告げたのである。

「お待たせしました、いよいよです」
「X-JAPANの登場です!」



AONIYOSHI Digest

...当然会場はものすごい歓声に包まれたのだったが、聞きました?皆さん。「お待たせしました」ですよ。INXSの皆さんの時も玉置浩二さんの時もボブディさんの時も、お待ちしていたお客の皆さんは決して少なくなかったはずであるにも関わらず、そうした特別なアナウンスは一切なかったのですよ。何でエックスの場合だけ、「素晴らしい記録が出ました」みたいな「VIP待遇」が、最初の段階から保証されているというのだろう。しかもまだ一曲も歌っていないにも関わらず。まあ、率直に言って、当時15歳だった私たちの中に、エックスというバンドの見た目に対する地元のヤンキー的な対抗心みたいなものがなかったかと言えば、ウソになると思う。その「反感の中身」というのは、ちっとも胸を張って主張できるような内容のものではない。今になって動画を見直してみると、当時の自分たちがエックスの面々の立ち居振る舞いのひとつひとつに対してまで、いかにせせこましくケチつけをしては盛り上がっていたかということがまざまざと思い出され、むしろ恥ずかしい気持ちになる。

肩で風切って入場してきたToshiは、開口一番「てめえらーっ!」と叫んだ。聞きました?皆さん。「てめえらーっ!」ですよ。鹿と亀とを愛する人間たちが平和に暮らすこの土地で、そんな言葉遣いというものを私は生まれてこのかた一度も聞いたことがありませなんだ。その時の気持ちというものをどう言い表せばいいのだろう。「てめえらーっ!」というアイサツは食らったことがなかったものでムカッと来たのです。するとお巡りはそのカバンを見せてもらいたいと言って。ちがーう。何か脱線しつつある。


黒いカバン 泉谷しげる

世界おたふく。ちがーう。今書いたことは忘れてほしい。開口一番「てめえらーっ!」と叫んだToshiは、それに続いて「ペラペラピーッ!」と叫んだ。「ペラペラピーッ!」というのは当時、嘉門達夫という人がヘビメタの人の物真似をする時に使っていたフレーズなのだけど、本当に「ペラペラピーッ!」としか聞こえないこと、それなのに、言われたファンの人たちは「喜んでいる」ということに、私は衝撃を受けた。確実に「自分たちには理解できないこと」が、進行しつつあったのだ。今になって聞き直してみると、あの「ペラペラピーッ!」は「ひさしぶりだな!」と言っていたのだということが、辛うじて、聞き取れた。それで、四半世紀も経ってからアレな話だとはいえ、今頃になってようやく「いや、自分、初対面なんすけど」と「返事」をすることができた。青春というものにはそんな風にひとつひとつ、「具体的に」決着をつけてゆくことが必要なのだ。


ヘビメッタ失礼しました

さらに彼氏は舞台の上を行ったり来たりしながら「今日は大仏の前で!」と叫び、我々地元の人間が物心ついた時分から「大仏さん」と呼んで信仰と敬愛の対象にしてきたその相手を敢えて呼び捨てにするということを通して自分らというバンドの相対的なデッカさをアッピールしようとするかのような、決して看過することのできない挑発行為に踏み込んだ。お前らみたいなカントーの人間におれらの気持ちは絶対わかれへんやろから言うといたるけどやー。それって言うなれば「悪魔くん」を「悪魔」と呼び捨てにするのと同じくらいの「暴挙」なのだからな。「同じこと」ではないかもしれないけれど、言われた方の心の中でいろんな「設定」がグチャグチャになって訳が分からなくなってしまうという意味においては、やっぱり「同じくらいの暴挙」だとしか言いようがないのである。

で、「大仏の前で」何なのだと思ったらまた「ペラペラピー!」だった。しかもこの「ペラペラピー!」は二回繰り返された。この「ペラペラピー!」に関しては後日、録画したものを何度も聞き直すことを通して、どうやら「気合い入れて行けオラ!」と言っていたらしいことが判明するのだが、それにつけても「音楽を聴きに来た観衆」に向かってこんなに「わけのわからない要求」を突きつけるミュージシャンって、それこそ日本以外のどこの世界に存在するだろう。「誇っていいような文化」であるとは、私には全然思えない。

言いたいことを大体言い終えたと思しきToshi氏は舞台の上で歩みを止め、

すたんでぃん...
すたんでぃん...
すたんでぃんぐ·
せぇーーーーっくす!!

と絶叫した。「言いよった」と私は思った。天平の昔以来、時の権力者たちの手によって何重にも「聖域」としての庇護を受けてきたこの奈良盆地東麓の地において、東大寺の公認のもとにこんな罰当たりなセリフを吐いてみせた人間がかつてどこに存在しえただろうか。知らんからな。飛鳥の亀石が西向いて、談山神社の裏山が鳴動して、奈良盆地が再び湖になっても、おれは知らんからな。私はもはや放心したような気持ちで、「取り返しのつかないこと」が始まってしまったステージを、ただぼんやりと眺めていることができただけだった。

で、とっても刺激的なそのタイトルの意味だけは、当時中学を出たばかりだった私たちにもしっかり「理解」することができたのだったけど、この歌の歌詞は全部英語で歌われていたから、内容はさっぱり分からなかった。よしんばエックスの曲であったとしても、リアルタイムで聞いて分からなかった外国語の曲にはすべて翻訳して決着をつけておきたいというのが、このブログの基本姿勢なので、この曲についても試訳を掲載させてもらうことにしたいと思う。ただし、日本の曲で歌詞を直接転載するとJASRACが飛んでくる確率を非常に高めてしまうので、原歌詞に関してはリンクを貼らせてもらうだけにとどめておきたい。


Standing Sex (1994.5.21. Todaiji).

Standing Sex

英語原詞はこちら


空の上のルーシー。
おれはウイスキーで元気いっぱい。
レディ·ジェーン、メリー·ジェーン
おれに思い切り楽しませてくれ。

痛みもなければよろこびもない。
おれをドライでハイな状態にしてくれ。
番号は24。
おれにはエックスが必要なんだ。

(立ちあがれ)
(ぶちこわしにしてやれ)
lunacyなやつのように
一片の慈悲も見せるな。

(はじめるぜ)
(うせやがれ)
カウントダウンを始めるぜ。

メリー、メリー
キスしてくれ、メリー
どうしてお前には
熟れてなきゃならない理由があるんだ?

おれにくれ おれにくれ
雨模様の夢をおれにくれ
その夢がおれを殺してしまうまで。
(照らしだせ!)

切り裂け 切り裂け
切り裂かせてくれ
退屈と味気ない日々とを。

おれのことを おれのことを
この世界から放り出してくれ
雨模様のバラを
求めて泣いているんだから。

空の上のルーシー
まっすぐ立ちあがれ。
ビジュアル·ショックの罪
お前こそがエックスだ。

(立ちあがれ)
(ぶちこわしにしてやれ)
おれのジェラシーみたいに
一片の慈悲も見せるな。

(はじめるぜ)
(うせやがれ)
カウントダウンを始めるぜ。

メリー、メリー
早くキスしてくれ
どうしてお前には
熟れてなきゃならない理由があるんだ?

おれにくれ おれにくれ
雨模様の夢をおれにくれ
時間がおれを殺してしまうまで。
(照らしだせ!)

メリー、メリー
キスしてくれ、メリー
お前にもおれを
自由にすることはできないんだろうな。

レディ、レディ
準備はいいか。行くぞ。
どうしてお前が
寝っ転がってなくちゃならないんだよ。



「lunacy」は「精神病者」に対する差別表現です。ここでは原語をそのまま転載しました。

=翻訳をめぐって=

Marry, Marry, Kiss me, Marry」って歌ってたのだなあ。私は20年来、わからないなりにずっと「Believe, Believe, Kiss me, Believe (信じてくれ、そしてキスしてくれ)」と歌っているのだろうと、思い込んでいた。「Why Do You Have To Be Ripe?」の「ripe」という言葉にも、「熟れている」という意味だけにとどまらずいろんなイメージが込められているらしいことがうかがえるが、全部を「訳出」する必要はないと思う。気持ちいいぐらいに「意味のない歌詞」であり、あるのはおそらく「イメージだけ」なのである。知らんのやけど。

Lucy in the Sky」といえば、そんな感じの曲をジョン·レノンと一緒に録音した当人であるところのジョージ·マーティンという人もあの日は同じ東大寺の敷地内にいたはずなのだが、どんな気持ちで聞いてはったのだろうかといったようなことを、今になって思う。もっとも、お互いに何も意識していなかったかもしれないし、日本人である私が日本語の「ペラペラピー!」を全く聞き取れていなかったのと同様、英語圏のミュージシャンの人たちにもやっぱりあの歌詞は全然聞き取れていなかったのではないかと考えた方が、どちらかといえば「自然」な風にも思える。

ひょっとしてこの人だけ女の人なんではないだろうかと思いながら私が眺めていた、ものすごく美しい赤い髪の毛をしたギタリストの人が、曲の終わり近くになって野太いオトコの声で「ゔぁいっす!」と叫んだ。その瞬間だけ、鳥肌が立った。後になってから分かったところでは「Light Up!」というのがその歌詞で、そしてhideというのがそのギタリストの名前だった。最初の「てめーら」の段階からエラそーなやつらだと思って批評することばっかり考えつつ、そのくせエックスというバンドのことなんて実際には何も知らなかったのがその時の私であったのだった。

その後、当時のスポーツ新聞等々が伝えていたところによるならば、世界の有名アーティストを集めて開催されるこのイベントのリハーサルに平気で遅刻してきたエックスというバンドに対し、布袋寅泰氏が説教を試みた、という出来事が、奈良市内の某所で発生したらしい。ところがYOSHIKIがそれに対して逆切れし、布袋氏の宿泊しているホテルに向かって一晩中「出てきてタイマンで勝負しろ」と泣きながら絶叫していたという光景も、報道が本当なら、繰り広げられていたらしい。どこに行っていたらそんな面白い光景を目撃できていたのだろうかといったような話でしばらく友人たちと盛り上がっていた記憶があるのだが、結局私も直接見たわけではないので、伝聞として書いておくだけにとどめたい。ただ奈良というのは昔も今も文化財保護条例のおかげでものすごく「夜が静かな街」なので、そういうことが実際に起こっていたのだとすれば、ものすごく「目立っていた」であろうことだけは、間違いないと思う。

ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1991.10.25.
Key: D