華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Foreign Sand もしくは異国の砂 (1994. Roger Taylor & Yoshiki) ※



1994年に東大寺で開催されたユネスコ主催のコンサート「AONIYOSHI」、徐々に正確な記憶が甦ってきたのだけれど、初日の5月20日には確かX-JAPANがバンドとして参加することができなくて、ヨシキが一人で登場したのである。で、その時の彼氏は、ゴージャスな衣装をまとってステージに歩み出るや、いきなり客席に向かって「ドラムスティックを投擲した」のである。

高く投げ上げられたドラムスティックは我々の頭上にくるくると放物線を描きながら、観客席の後ろの方に落ちて行った。

「なんという、あぶないことをするねや」と私は思った。小さい子の顔面にでも当たってしまったら、どうするつもりなのだ。

もっとも前回の記事にも書いたように、当時地元の中学校を卒業したばかりだった私たちの中にあったヨシキないしエックスといった人たちへの「反感」は、根本的にはヨソから来た連中が自分たちの街であるこの奈良で女性ファンの心を鷲掴みにしていやがるという現実に対する「地元のヤンキー的な対抗心」以外の何ものでもなかったと思うわけで、そんなのは「義憤」でもなければ「胸を張って口に出せるようなタイプの怒り」でもない。言ってみれば、「単なる排外主義」なのである。それにも関わらずその「単なる排外主義者」が自分のエゴイスティックな憎悪を「正当化」できる材料を手に入れてしまった時、人間というのはどこまでも際限なく醜悪な存在に成り果てることができてしまうものなのだということを、この時の自分自身がステージ上のヨシキ氏に向けていた感情を思い出すにつけ、痛感させられずにはいられない。「他人へのケチつけ」のために全身全霊を注ぎ込んでいる人間だけが醸し出しうる、あれは、醜悪さだったと思う。

何やねんあいつ。ドラムスティック投げたりしやがって。おれらが同じことやってみい。絶対ケーサツ呼ばれるわ。調子乗っとったらあかんぞ。大体、東大寺は、何でああいうやつ、許すわけ?修学旅行生がマネしだしたりとかしたら、お前ら責任とれるわけ?飛び交うドラムスティックによって古都の文化財は軒並み破壊されてまうわ。お年寄りや無垢な子どもたちや鹿やムササビが路上で次々と額を割られて倒れ伏すわ。嗚呼。それにも関わらずこの会場で無責任に歓声をあげてやがる連中はその問題の重大さに何ひとつ気づいていやがらない。おれか。おれしかいてへんのか。こんだけの人間がガン首そろえとる中で、まともな問題意識を持った人間はおれしかいてへんちゅーことなのか。そして奈良の平和を守ることのできる人間も、結局はおれしかいてへんちゅーことなのか。情けない。くそー。それにつけても、おれもいっぺんドラムスティック投げてみたいやんけ。

...ほとんど維新から選挙に立候補してしまうような人間のメンタリティにまで、あの時の私は陥ってしまっていたと思うし、また今日び昨今のいわゆる「意識の高い人たち」の頭の中に渦巻いているのが上記のような内容のルサンチマンにすぎないことは私自身が一番よく分かっていることなので、そういう風に些細なことで他人を攻撃の対象にしようという風潮に対しては厳に警戒を深めてゆかねばならないと思っている次第であったりするのだけれど、何の話だっけ。ヨシキが出てきた時の話だ。

ボブ·ディランの後を受けていよいよ登場した日本代表、みたいな貫禄を醸し出しつつヨシキがこのとき我々の前に紹介したのが、現在映画「ボヘミアン·ラプソディ」の公開で再びみたび脚光を浴びているクイーンのドラマー、ロジャー·テイラーだった。もっとも当時の我々にそんな予備知識はない。ヨシキの姿だけをみるためにあの日全国から詰めかけていたXファンのお姉さんたちも、よっぽど詳しい人を除いては、「誰なのあのオッサン」みたいな目で見ていた人たちが大半だったのではないかと思う。こういうコンサートでは、主催者が準備した取っておきのゲストの「有難み」というやつを肝心の受け手が全然理解していないケースが、往々にして起こるものなのだ。自分たち自身が「わかっていなかった」場面でこうした客観的な表現を使うのも、考えものではあるのだけれど。

「友だちのロジャー·テイラーと一緒に一年前に作った曲を今日はやります」とヨシキは語り、「Thank you, my friend Yoshiki」とロジャー·テイラーはそれに応えた。その「友だちの」とか「my friend」とかって、どうしても「わざわざ言わなあかんこと」なん?と、私は思った。そう思った感覚だけは、まあまともなものだと言ってもよかったのではないかと今でも思う。確かにあの時代、「友だち」という言葉さえあれば国境なんていとも簡単に越えられる、という「幻想」みたいなものは、今よりもずっと強固な形で存在していた。でもそんな「空気」の中にあっても、下記のような歌は既にその内側から生まれ出しつつあったのだ。
nagi1995.hatenablog.com
ヨシキのピアノをバックにロジャー·テイラーが歌い始めたのは、その時には「Just say hello」という歌詞以外には何も聞き取れなかったのだけど、以下のような歌だった。今になって初めて知った内容だった。


Foreign Sand

Foreign Sand

英語原詞はこちら


Here we go - ain't it grand
Here we stand on foreign sand
And we're not alone

さあ行こう。
大したことじゃない。
我々は今この
異国の砂の上に立っている。
そして我々は
ひとりぼっちではない。


Why do we fear what we don't understand
Can't we reach out our hand to try just say 'hello'
Try to plant a seed - fulfill the need - to make it grow - just say hello
And when you're far from home try to learn from all you see
Your eyes will tell you everything you need

どうして我々は
自分たちに理解できないもののことを
恐れてしまうのだろう。
ただ手を伸ばして
「こんにちは」と言ってみる
それだけのことが
できないものなのだろうか。
ただその種を
必要を満たす種をまき
育てることだ。
「こんにちは」と言ってみる
ただそれだけのことでいいのだ。
自分の生まれ育った土地を離れ
すべてを自分の目に見える通りに
学ぼうとしてみたならば
きみの瞳は
きみにとって必要なものを
残らず教えてくれることだろう。


Why do we dread what we really don't know
Come not as concubine - come not as foe
Come with intentions clearly shown
Try to plant a seed - fulfill the need - to make it grow - just say hello
And though you're far from home try to learn from all you see
Your mind will tell you everything you need - everything you need

どうして我々は
自分たちが知りもしないことに
恐れおののいてしまうのだろう。
性奴隷として来るのではなく
敵として来るのでもなく
自分のやりたいことを
ハッキリさせて来ればいいのだ。
ただひとつの種を
必要を満たす種をまき
育てることだ。
「こんにちは」と言ってみる
ただそれだけのことでいいのだ。
もしきみが
自分の生まれ育った土地から
離れた場所にいたとしても
すべてを自分の目に見える通りに
学ぼうとしてみたならば
きみの心は
きみにとって必要なものを
残らず教えてくれることだろう。


Here we go ain't it grand
Here we stand on foreign sand
And we're not alone

さあ行こう。
大したことじゃない。
我々は今この
異国の砂の上に立っている。
そして我々は
ひとりぼっちではない。


Red, yellow, black and white
Every man stand in the light - stand not alone

赤、黄、黒、そして白
すべての人間が
ひとつの光の中に立つ。
ひとりぼっちにではなく。


It's not a lie - it's not a shame we play for keeps - it's not a scam
No bigotry - we're hand in hand - it ain't a cinch - we make a stand
We learn to live on foreign sand
Just say hello

うそじゃない。
自分たちの利害勘定で言ってるような
恥ずべきことでもない。
詐欺なんかじゃないんだ。
偏狭さを捨てよう。
我々は手に手をとっている。
たやすいことじゃない。
我々は立ち止まる。
我々は異国の砂の上で
生きるすべを学ぶのだ。
「こんにちは」と言ってみる
ただそれだけのことから。


Why do we despise when we can't even speak
We keep on spreading lies
As far as we know it's the only way to be
Try to plant a seed - fulfill the need - to make it grow - just say hello
And though you're far from home try to learn what you could be
Your heart will tell you everything you need
even though you stand here you stand on foreign sand
Ain't it grand here we stand
On foreign sand
Together we stand
Here we stand
On foreign sand

どうして我々は
自分たちが語ることさえできないことに
さげすみの感情を持つのだろう。
我々は今も
ウソをバラまき続けている。
ただその種を
必要を満たす種をまき
育てること。
我々の知る限り
それが唯一の道だ。
「こんにちは」と言ってみる
ただそれだけのことでいいのだ。
もしきみが
自分の生まれ育った土地から
離れた場所にいたとしても
自分が何になれたのかということから
学ぼうとすることさえできたなら
きみのハートは
きみにとって必要なものを
残らず教えてくれることだろう。
きみの立っているのがこの
きみの立っているのがこの
異国の砂の上だとしても
大したことじゃない。
我々は今この
異国の砂の上に立っている。
共に立っているのだ。
この異国の砂の上に。

=翻訳をめぐって=

Wikipediaによるならば、この歌は以下のような経緯を経て書かれた曲なのだという。

ヴァージン・レコード社長の紹介で1992年にロサンゼルスで知り合った二人であったが、YOSHIKIが『Eternal Melody』の制作のため渡英した1993年にロンドンで再会。ロジャー・テイラーの自宅に招かれたYOSHIKIが人種差別をテーマとしたコラボレーションを提案。その後、「Foreign Sand」というタイトルと曲だけをYOSHIKIが書き、ロジャー・テイラーがそれに歌詞を付けた。ロジャー・テイラーによる歌詞は人種差別を嘆く内容となっている。

...「人種差別を嘆く」というのは、ものすごく「ヘンな言い方」であると私は感じる。人種差別を受けているその当事者が、許せない現実を泣く泣く受け入れる気持ち、みたいなことが言われているのだろうか。この歌に歌われているのは、どう考えてもそんな内容ではないと思う。あるいは自分のことを人種差別の「局外者」であると考えている人間が、「ここではないどこか」に存在している「人種差別」というものについて「嘆いている」という意味なのだろうか。目の前にいくらでも存在している人種差別の現実を決して見ようとしないくせにそうしたポーズだけはとりたがる人間というのは、実際、数多いし、例えばブルーハーツの「青空」という歌はそういう歌にすぎないと現在の私が考えていることについては以前の記事でも触れた通りなわけだが、この歌に歌われているのはそういう内容で「すら」ないと私は思う。

「人種差別は問題だ」ということを言葉の上で主張する人は沢山いるし、そういう人の方が「多数派」なのではないかとも思っているのだけれど、その「何」を「問題」だと思っているのかということを具体的に聞いてみると、自分たちの社会に「差別される人間」が「いる」ということそれ自体を「問題」だと考えている人間というのが、実は結構、いる。「差別される人間」が「いなく」なれば、差別はなくなる。とその人たちは考えているのである。だから場合によっては「差別される人間」に向かって「いなくなれ」と言い放つようなことも、その人たちは平気でする。「差別する人間」に対しては、間違ってもそんな言葉は吐かないにも関わらずである。

この歌に歌われているのは、どう考えても「そういう内容」でしかないのではないか、と私は感じる。差別に対して「怒る」わけでも「反対」するわけでもなく、むしろ「差別する側」の目線から「差別される側」の人間に向かって「説教」をぶつけているような内容なのである。つまるところそれ自体が「差別」であり、「排撃」にしかなっていないではないか、としか私には思えない。

Come not as concubine - come not as foe
Come with intentions clearly shown

という一節に、とりわけ強くそれを感じる。ロジャー·テイラーが生まれ育ったイギリスは、日本よりもっと早い段階から旧植民地出身の人々が人口の多くを占める「移民社会」になっているわけだが、そこにおいて「性奴隷(concubine)」としての役割や「社会の敵(foe)」としての役割を押しつけられてきたのは、ロジャーたち「イギリス本国人」では決してなかったはずだ。「後からやって来た」移民の人たちに対し、かれらイギリス本国人が「性奴隷」や「社会の敵」としての役割を押しつけているからこそ、差別は生み出され、かつ再生産され続けているのである。それにも関わらずロジャー·テイラーは、自分の所属しているイギリス本国人の社会に「差別をやめろ」というメッセージを投げかけるのではなく、逆に移民の人たちに対して「我々に敵対するのはやめろ」という「説教」を投げつけている。「人種差別を嘆く」とはよく言ってみせたものだ。彼氏が「嘆いて」いるのはイギリス社会に「移民が存在しているという事実」それ自体ではないか。つまりは、彼自身が他の誰よりも移民の人たちのことを差別しているということではないか。こんなふざけた話があるだろうか、と私は感じる。

フレディ·マーキュリーという「移民の子ども」と一緒にずっとバンドをやっていたはずのロジャー·テイラーという人から、こんなにも「移民の気持ちを逆なでする言葉」が出てくるものなのだろうかと思うと、信じられないような気がする。けれどもこれが現実だし、差別という問題の根深さでもあるのだと思う。ハッキリさせておく必要があると思われるのは、ロジャー·テイラーという人には「差別される人間の気持ち」なんて絶対に分かっていないということであり、それにも関わらず「自分にはそれが分かる」みたいなヘンな「自信」があるから、こういう歌が平気で書けてしまうのだろうな、という問題である。それは「分からないこと」を素直に「分からない」と言うよりも、一層タチの悪い態度であると言わざるをえない。

though you're far from home try to learn what you could be
Your heart will tell you everything you need
even though you stand here you stand on foreign sand

...等々というとりわけ「説教くさいくだり」では、ロジャー·テイラー自身がクイーンというバンドを通じて「国際的成功」をかちとってきた経験と実感にもとづき、「本物の才能さえあれば世界のどこに行ってもうまくやっていける」的な趣旨のメッセージが歌われていると思われるのだが、確かにクイーンというバンドにはフレディという人もいたとはいえ、それが「国際的成功」をかちとる過程においては、他のメンバーがイギリスという国家に戸籍を持つ白人男性であるという「事情」が、あらゆる面において「有利に」働いていなかったわけがないのである。言うなればかれらは「出発点からズルをしている」わけなのであって、その成功体験というものは決してエラそーに他人に説教していいような内容のものではないと私は思う。

Red, yellow, black and white
Every man stand in the light

...というくだりの「無造作な言葉の選び方」についても、どうなんだろう。本人の意識としてはそれこそ「客観的な色の描写」を並べているだけなのかもしれないけれど、例えば西洋人から「yellow」という言葉で「表現」される東洋人の気持ちというものを、この人は一度でも「真剣に」想像してみたことがあるのだろうか。「黄色人種」という「呼ばれ方」をしている我々ではあるわけだけど、少なくとも日本語話者の意識において、我々の肌の色というのは決して「黄色」ではないのである。「顔が黄色い」というのはむしろ相手が肝臓の病気にかかっていることを心配する時の言い方なのだ。「red」、「black」についても、それぞれその「代名詞」で呼ばれる人たち自身の感じ方というものが存在していると思うが、少なくとも「yellow」という言葉で「くくられて」いる人間の一人として、私はこの「yellow」を「蔑称」であると感じるし、「yellowって言うな」という感想しか湧いてこない。私は「yellow」ではないのである。

...こうなってくるとそもそも最初にヨシキがロジャー·テイラーに対して「人種差別をテーマとしたコラボレーションを提案」したというのはどういう気持ちにもとづいてだったのだろうということが私は気になってならないし、それに対して出来上がってきたのがこんな曲だったということについても何も思わなかったのだろうかということが気になって仕方ないのだが、おそらくは、「気にならなかった」のだろう。そしてその程度の「提案」だったのだろう。大体ヨシキなどというのは現在の天皇が即位10ヶ年を迎えた時にその「奉祝曲」の作曲/演奏を買って出たようなミュージシャンであり、そういう仕事を嬉々として引き受けるような人間に「人種差別」について語っていいような資格など、初めからあるはずがないのである。そういえばクイーンはクイーンで、ライブのたびに「God Save The Queen」というイギリス国歌を律儀に演奏していたバンドでもあった。そんな風に「身分差別」の大好きな人たち同士が「人種差別」を「テーマ」にした歌を作るために寄り集まったわけなのだから、場合によっては「人種差別を讃える歌」になっていたとしても何もおかしくなかったわけなのだ。この歌に「人種差別に反対する内容」を求めようとすること自体が、そもそも「ないものねだり」というものなのだろう。

「foreign sand」とは誰にとっての「異国の砂」なのか。歌い手にとっての「異国」なのか、歌い手が語りかけている相手にとっての「異国」なのか、あるいはその両方にとっての「異国」なのか。この歌詞を「真面目に」考察しようと思ったら一番重要なのはその問題だと思うのだが、ここに来て私はもはやそれを「真面目に」考えるだけの気力を持ち合わせていない。作った人間自身が明らかに「真面目に考えていない」からである。本当に、「テキトーな言葉」にすぎないのだ。

それでも四半世紀前のあの時、私たちは意味も分からないなりに、大仏の前でこの歌をとても真面目な気持ちで聞いていた。ユネスコ主催のあのコンサートで、生まれて初めて耳にする本物のオーケストラをバックに荘厳に歌われていたこの歌には、きっとこれからの時代を生きる人類が共通に分かち合うべき「願い」みたいなものが込められているのだろうと、真剣に思い込んでいた。

それが、こんなにもくだらない代物にすぎなかったのだということに、もっと早く私は気づくべきだったのだと思う。いずれにしてもこれからの時代、本当に差別と「戦う」ことが問われる瞬間に、こんな歌の思い出にしがみついていたずらにそれを「嘆く」だけになってしまうようなことは、私にはもう二度と起こらないはずである。

書けてよかった記事だと思う。ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1994.6.1.
Key: G