華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Christmas Must Be Tonight もしくは聖夜は今宵なるべし (1977. The Band)


Christmas Must Be Tonight

Christmas Must Be Tonight

英語原詞はこちら


Come down to the manger, see the little stranger
Wrapped in swaddling clothes, the prince of peace
The wheels start turning, torches start burning
And the whole wise men journey from the east

馬槽がもとに来たりて
幼きまれびとにまみえるべし。
布にて包まれし
平和の御子なり。
車輪が回り
篝火が灯され
すべての博士たちは
東方よりの旅路につくべし。


How a little baby boy bring the people so much joy
Son of a carpenter, Mary carried the light
This must be Christmas, must be tonight

いかにこの幼子の
人々によろこびをもたらさんや。
木匠が子にマリヤは
灯を掲ぐるなり。
今宵こそは聖夜なるべし。
まさに今宵なるべし。


A shepherd on the hillside, went over my flock I bide
On a cold winter night, a band of Angels sing
In a dream I heard a voice say, "Fear not, come rejoice
It's the end of the beginning, praise the new born King"

丘の中腹なる羊飼いは
吾が待つところのしもべとなれり。
冷たき冬のゆふべに
天使の一団の歌ふべし。
われ夢にて声の語るを聞けり。
「恐るるなかれ。
よろこびて来たれ。
此は始まりが終わりなり。
新しく生まれし王を讃えるべし」


How a little baby boy bring the people so much joy
Son of a carpenter, Mary carried the light
This must be Christmas, must be tonight

いかにこの幼子の
人々によろこびをもたらさんや。
木匠が子にマリヤは
灯を掲ぐるなり。
今宵こそは聖夜なるべし。
まさに今宵なるべし。


I saw it with my own eyes, written up in the skies
Why a simple herdsmen such as I
And then it came to pass, he was born at last
Right below the star that shines on high

かく空に書かれたるを
吾はこの目にて見たり。
などて吾がごとき牧人に
かかる奇跡の顕現したるや。
そして時は至り
人の子は生まれたまひしなり。
高きにありて輝く星の
そが真下にて。


How a little baby boy bring the people so much joy
Son of a carpenter, Mary carried the light
This must be Christmas, must be tonight
Son of a carpenter, Mary carried the light
This must be Christmas, must be tonight
Be tonight, be tonight
Be tonight, be tonight
Be tonight, be tonight

いかにこの幼子の
人々によろこびをもたらさんや。
木匠が子にマリヤは
灯を掲ぐるなり。
今宵こそは聖夜なるべし。
まさに今宵なるべし。
木匠が子にマリヤは
灯を掲ぐるなり。
今宵こそは聖夜なるべし。
まさに今宵なるべし。
今宵なるべし。
今宵なるべし。

=翻訳をめぐって=

実質的な「解散コンサート」となった「ラストワルツ」の翌年に発表された、ザ·バンドのオリジナルメンバーによるラストアルバム「Islands」から、このブログにおいては最初の選曲である。(ちなみにこの「ザ·バンド」が中国語版のWikipediaでは「楽隊合唱団」というバンド名で紹介されているという事実は、最近仕入れた一番愉快な豆知識だった)。レコード会社との契約を満了させるために「未発表曲の寄せ集め」で作られた「やっつけ仕事のLP」であるというのが世評であり、ファンの間でも「おまけ」みたいなものとして見なされがちなのだけど、それでもやはり聞き込んでみればザ·バンドのアルバムなのだから、「よくないわけがないアルバム」なのである。

この「クリスマスソング」は当初、前作の「南十字星」に収録されることが予定されており、さらに1975年のクリスマスに合わせてシングルカットされることも計画されていたらしいのだが、諸般の事情で流れ、解散後の発表という形になったらしい。ロビー·ロバートソンはこの曲にかなりの「思い入れ」を感じているらしく、ソロになってからも自分自身で2回レコーディングしていて、そんなことは他のどの曲でもやっていないのだという。それというのもこの曲は、彼氏にとっての最初の男の子であるセバスチャン君の誕生を記念して書かれた曲だからだということが、ザ·バンドの公式ファンサイトには書かれていた。
Christmas Must Be Tonight -Notes by Peter Viney-

この歌の歌詞は「欽定訳聖書の文体」で書かれているらしい。「欽定訳聖書 (King James Bible)」とは1611年にイングランド王ジェームス一世の下命によって翻訳された唯一の「公式英訳聖書」であり、「日本における文語訳聖書のように、荘厳で格調高い文体から、口語訳の普及した現在も多くの愛読者を保ち続けている (Wikipedia)」のだという。だとしたら日本語に移すにしても「文語訳聖書の文体」で翻訳しなければ「ウソ」になってしまうわけで、実際にWikisourceで文語訳聖書の用語と比較対照しながら、それなりに苦労して作ったのが上の試訳である。

たとえば一行目の「manger」という単語は、イエスが馬小屋で生まれた時に寝かされたという「飼い葉桶」のことを指しているのだけれど、これが文語訳聖書では「馬槽(うまふね)」という言葉で訳されている。「Son of a carpenter」に関しては、イエスが「大工の息子」だったことなど誰でも知ってる話ではあるわけなのだけど、文語訳では「木匠(たくみ)」という言葉が使われていたのでそれにならった。その他、「篝火」は「かがりび」で、「灯」は「ともしび」であり、本来そんな風にルビがなければ読めないような言葉など自分の訳詞には使いたくないのだが、今回に関しては特例ということで、「そういうものか」という感じで読んでもらいたい。

そのことの上で、何度も書いてきたことではあるけれど、私は日本の古典文学を専門に勉強した人間ではないし、上の試訳が「エセな擬古文」にしかなっていない可能性というのは、否定できない。もともと「雰囲気を再現すること」以上のことは考えていないし、それさえできていれば御の字なのだけど、それはそれで「正確さが要請されること」では、あると思う。たとえば「How a little baby boy bring the people so much joy」というフレーズは、現代日本語に翻訳するなら「小さな男の赤ちゃんが、どんな風にして、人々に大きなよろこびをもたらしてくれるのでしょう」という感じの意味になるのだが、その「文語訳」が「いかにこの幼子の/人々によろこびをもたらさんや」で果たして「いい」のだろうかということについては、自分自身でもあんまり自信が持てない。詳しい方が読んでいらっしゃったら、添削して頂ければ幸いです。

さらによく分からないのは、「I」という一人称で示されているこの歌の語り手は「誰」なのだろうという問題である。後半に「a simple herdsmen such as I」というフレーズが出てくることから、この語り手は「herdsman=家畜の所有者=牧人」なのだろうということが一応言えるが、二番には「my flock I bide (私が待ち望んでいるところの私の信者の一団)」というフレーズも出てきており、ここだけ読むと語り手は「神」のようでもある。この歌がもともと「息子に捧げる父親の歌」として作られているという背景事情に「読解のヒント」がありそうな気もするが、とはいえ私自身の本音として、それほど「正確に知りたい」わけでもない。それこそ「雰囲気だけで充分」なのがこの歌だと、一方では思っているからである。

ロビー·ロバートソンという人は私と同様、どう考えても「信心深いタイプの人」ではない。そもそも自伝にも書かれていたように、彼氏が受けてきたのは先住民コミュニティにおける「教育」だったわけで、キリスト教における伝統文化みたいなものが彼氏のアイデンティティの深い部分に横たわっているといったようなことは、あまり考えにくい。ただそのことの上で、ロビーという人は「作られた神話のイメージ」みたいなものがものすごく「好き」なのだと思う。それが昂じてついには「ザ·バンド」という「自分のバンド」をも「神話」にすることを思いついてしまい、他のメンバーに大変な思いをさせることになった困り果てた人だという印象が私にはあるのだが、この歌もそんな風に、英語圏におけるキリスト教文化の伝統の形式を「なぞる」ことを通して創造された、「新しい形式の神話」としての位置づけを持った歌なのだと思う。「The Band」という最高傑作のアルバムを出した時、彼氏は「アメリカの新しい神話を創造すること」が自分のやりたかったことだというコメントを出しているのだけれど、それが恐らく現在に至るまで続いている、ロビーという人のライフワークなのである。

だからそこに恐らく「内容」は不要なのだ。イメージだけが湧いてくるような言葉と音楽であればそれでいいわけで、倫理的にそれを「いい」とか「悪い」とか言っても結局私はこの人の音楽を聞き続けるのだろうということは、私自身が一番よく自覚している。

それにつけても、この歌詞にも「It's the end of the beginning」というフレーズが出てくる。ラストワルツの映画の中でも、「とっておき」という感じで口にされていた台詞である。「終わりの始まり」ではなく「始まりの終わり」と言うのがロビーの言い方の特徴なのだけど、果たしてこの「決め台詞」は彼氏の中でどういう位置づけを持った言葉なのだろうか。ザ·バンドの歌詞世界は、私にとってやっぱり謎に満ちたものであり続けている。つきあい甲斐のある人たちである。

ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1977.5.15.
Lead Vocal: Rick Danko
Key: G