華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Happy Xmas (War Is Over) もしくは というわけでクリスマス (1971. John & Yoko/Plastic Ono Band with the Harlem Community Choir)


Happy Xmas (War Is Over)

Happy Xmas (War Is Over)

英語原詞はこちら


Happy Xmas, Kyoko
Happy Xmas, Julian

ハッピークリスマス、京子。
ハッピークリスマス、ジュリアン。


So this is Xmas
And what have you done
Another year over
And a new one just begun
And so this is Xmas
I hope you have fun
The near and the dear one
The old and the young

というわけで本日はクリスマス。
そしてあなたは何をしてきただろうか。
行く年は去り
そして新しい一年が始まる。
そんなこんなで本日はクリスマス。
楽しくやってくれたらいいと思う。
近しい人もいとしい人も
老いた人も若い人も。


A very Merry Xmas
And a happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear

心からメリークリスマス。
そして新年おめでとう。
いい年になるように祈ろうよ。
どんな恐怖もないような年に。


And so this is Xmas (war is over)
For weak and for strong (if you want it)
For rich and the poor ones (war is over)
The world is so wrong (now)
And so happy Xmas (war is over)
For black and for white (if you want it)
For yellow and red ones (war is over)
Let's stop all the fight (now)

というわけで本日はクリスマス。
(戦争は終わる)
弱き人にとっても強き人にとっても
(もしもあなたがそれを望めば)
富める人にとっても貧しき人にとっても。
(戦争は終わる)
世界はひどく間違っている。
(今はね)
そんなこんなでクリスマスおめでとう。
(戦争は終わる)
黒い肌の人にも白い肌の人にも
(もしもあなたがそれを望めば)
黄色い肌の人にも赤い肌の人にも。
(戦争は終わる)
すべての争いをやめよう。
(今こそね)


A very Merry Xmas
And a happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear

心からメリークリスマス。
そして新年おめでとう。
いい年になるように祈ろうよ。
どんな恐怖もないような年に。


And so this is Xmas (war is over)
And what have we done (if you want it)
Another year over (war is over)
A new one just begun (now)
And so happy Xmas (war is over)
We hope you have fun (if you want it)
The near and the dear one (war is over)
The old and the young (now)

というわけで本日はクリスマス。
(戦争は終わる)
そしてぼくらは何をやってきただろう。
(もしもあなたがそれを望めば)
行く年は去り
(戦争は終わる)
そして新しい一年が始まる。
(すぐにだ)
そんなこんなでクリスマスおめでとう。
(戦争は終わる)
楽しくやってくれたらいいと思う。
(もしもあなたがそれを望めば)
近しい人もいとしい人も
(戦争は終わる)
老いた人も若い人も。
(すぐにだ)。


A very Merry Xmas
And a happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear

心からメリークリスマス。
そして新年おめでとう。
いい年になるように祈ろうよ。
どんな恐怖もないような年に。


War is over, if you want it
War is over now

戦争は終わる。
あなたがそれを望みさえすれば。
戦争はもう終わっている。


Happy Xmas
クリスマスおめでとう



昔、イラン·イラク戦争というのが泥沼化していた頃、外交面で日本の存在感を見せつけたい中曽根康弘が両国に「クリスマス休戦」を呼びかけることを思いつき、両国から鼻で笑われた。という内容のいしいひさいちの四コママンガを、父親が買ってきた週刊誌で読んだことがあった。そしてそれから数年後、中学校に入って英語の授業で初めてこの歌を聞いた時、真っ先に頭に浮かんだのはその四コママンガだった。

およそ戦争というものは、文化が異なった人間集団や宗教を異にする人間集団の間で戦われるケースが大部分であるにも関わらず、それに反対しようという趣旨の歌に「宗教的価値観」を持ち出すなんて、「アリ」なのだろうかと思ったのである。西暦の12月25日がキリスト教の創始者の誕生日にあたっているという「事情」など、キリスト教世界の住人以外の人間にとってみれば「何の関係もない話」だ。それなのに「今日はクリスマスだから」ああしろこうしろといったようなことを他人に「強制」するようなことは、それこそ「形を変えた侵略行為」と受け止められても仕方のないことなのではないかと思ってしまう。

そんな風に「自分の価値観を他者に押しつけようとする側」が振りかざす「正義」よりは、むしろ自分が許せないと思っている相手にとって「特別な日」であるところのクリスマスという日付に合わせて練りに練った攻撃計画を準備する「テロリストの側の正義」みたいなものの方に、どちらかといえば「共感」したくなる傾向を私自身はハッキリ言って、持っている。この点、「一般的な洋楽ファン」であるところの読者の皆さんの大部分とは、明らかに価値観を異にしていることを認めなければならないと思うし、それが「一般的な意見」として受け入れてもらえるタイプの主張ではないということも、自覚している。けれどもこれは私自身の信念の領域に属する問題なのである。

具体的なことを書くなら、私が高校生だった1996年の12月、ペルーでフジモリ政権と戦っていたMRTA(トゥパク·アマル革命運動)の人たちが、政治犯として投獄された仲間たちの釈放を求めてリマの日本大使館を武装占拠したのは、同大使館が「天皇誕生日祝賀レセプション」で浮かれ騒いでいたそのただ中のことだった。そのニュースに私は、フジモリと彼を支援する日本という国家に対するペルーの人々からの「告発」を強く感じたし、またその「告発」は「日本人」の一人であるところの自分自身にも向けられていることを、感じずにはいられなかった。

また1932年には、日本の軍事制圧下にあった上海の虹口公園において、朝鮮の独立運動家だった尹奉吉氏が水筒型の爆弾を投擲し、上海派遣軍司令官白川義則をはじめ多くの要人を殺傷した「テロ事件」が起こっているが、中国や朝鮮半島の人々によって現在も「義挙」として語り継がれているこの事件もやはり、日本人が他人の土地で「天長節祝賀行事」を繰り広げているただ中に決行されたものだった。日本人ないし日本という国家から尊厳を踏みにじられる経験を味わい続けてきた人々の立場からしてみれば、その支配者でありかつ「象徴」であるところの「天皇の誕生日」が「最も許せない日」になるのは、当然のことなのだ。だからそれを自らの行動をもって「メチャメチャ」にしてみせたこの人たちの「壮挙」は、「讃えられるべきもの」だと私自身思うし、日本人としての立場から言うならば、「本来我々自身の手でやるべきことを他国の皆さんに背負わせてしまって申し訳ない」という感想しか湧いてこない。

イエス·キリストという人は、基本的に「争いをやめること」を説いて回っていた宗教者だったと私は思うし、天皇ほどに邪悪な存在だったとは思わない。「一緒にすること」はある意味失礼な話でもあると思う。けれども「キリスト教世界の人間たち」が「それ以外の人々」に対して歴史的におこなってきた仕打ちというものは、一方的な暴力と虐殺以外の何ものでもなかったし、その歴史は21世紀に入った今でもちっとも「清算」されてなどいないのである。中東のイスラム世界からの移民の人々を公然と排撃する現在のヨーロッパの風潮、また排外主義政策を加速させているトランプ政権下のアメリカの状況は、かれらがいかに自分たちの歴史を「反省していない」かを、露骨なまでに物語っている。排他的な「平和」を謳歌しているキリスト教世界の人間たちからそんな風に迫害され、今この瞬間もいじめられたり暴力にさらされたりしている数え切れないぐらいの人たちの立場に立ってみるならば、相手の側が最も「大切」にしているクリスマスという日付を選んで大規模な暴動に立ちあがったり、あるいはそれ以上の抵抗を見せつけてやりたいという気持ちになったとしても、それは「人間として当然のこと」ではないかとしか私には思えない。そしてそういうことが本当に「いつ起こってもおかしくない時代」を今の世界史は迎えているのであり、その時に「誰の立場に立って生きるのか」ということが、我々には等しく、問われているのである。

そうしたこの21世紀において、「クリスマスだから戦争はやめよう」というこの歌は、単に「無力」であるにとどまらず、もはや「害毒」なのではないかと、私には感じられてならない。その「キリスト教世界の価値観」自体を許せないと感じている人たちの怒りと戦いをも、「押しつぶす」役割しかこの歌は決して果たさないからである。しかしながら「守るべき既得権」にしがみついている人間たちがどんどん排他性を深めている現在にあって、本当に「世界をひとつにすることのできる力」は、その人たちの「怒り」以外のどこから生まれてくることができるというのだろうか。

ちなみに1971年に発表されたこの歌が直接問題にしている「戦争」は、当時アメリカの介入によってその悲惨が頂点に達していたベトナム戦争であり、「戦争をやめよう」というメッセージは介入の当事者であったところのアメリカ市民に向けられている。その意味ではキリスト教世界における「内輪の歌」なのであり、自分たちのやっている戦争を「内輪で」反省して、「クリスマスでもあることだし」という「内輪の論理」でそれをやめよう、という趣旨の歌なのだから、その限りにおいては「他人がとやかく言うこと」ではない。理屈は何であれ、虐殺に手を染めている当事者に向かって「殺すのをやめろ」というメッセージを突きつけるのは、無条件に「いいこと」だ。とはいえこの歌は、その戦争のもう一方の「当事者」であったところのベトナムの人たちに対して、何か語れるような内容を持っていると言えるだろうか。そもそもこの歌は、ベトナムの人たちのことを「相手に」していたのだろうか。

そのベトナムの人たちはといえば、「ハッピークリスマス」発売の三年前にあたる1968年の旧正月、「テト攻勢」と呼ばれる乾坤一擲の反撃戦に、全土で一斉に立ちあがっていた。他の東アジア諸国と同様、旧正月にあたる「テト(節)」は、本当なら家族と共に過ごす「最も平和であるべき祝祭の期間」なのだが、ベトナムの人々はそれをあえて「新たな戦いの始まりの日」にすることを選んだのである。1965年の「北爆」開始、それに続く大量のアメリカ軍の上陸を通じてそれまで一方的な殺戮にさらされてきたベトナムの解放勢力が、初めて「攻勢」に転じたのがこの1968年の「決起」に他ならなかった。

その命がけの戦いの「力」が、最終的には1975年のサイゴン陥落という形で、ベトナム戦争を「終わらせた」のだ。決してジョンレノンがそれを「終わらせた」わけでもなければ、「ハッピークリスマス」という歌が「終わらせた」わけでもない。

「戦争は終わる。あなたがそれを望みさえすれば」とこの歌は歌っている。その「あなた」という言葉の中に「ベトナムの人々」までが含まれていたのだとするならば、「余計なお世話だ」としか言いようのない話だと私は思う。そしてこの歌が、当事者であるベトナムの人々「以外」に向けられたメッセージであるのならば、「望むだけ」ではやっぱり「ダメ」なのである。「戦争を終わらせたい」と「望む」ことは全ての出発点であり、そこからしか何も始まらない、ということは言えるだろう。けれども本当にそれを「望む」なら、「具体的な行動」というものが必ず必要になってくるはずなのだ。

けれどもこの歌は「望むこと」以外のどんな具体的な行動も、聞き手に対して求めない。「イマジン」という歌のメッセージが「みんながそう思うようになれば世界は変わる」であったのと同様、この歌も結局は「そう思おうとしない意識の低い人間」に向けられた「説教」としての内容ぐらいしか、持ち合わせてはいないのである。その点において私はこの歌を、「イマジン」がそうであるのと同じぐらいに「傲慢な歌」であると感じる。

戦争をやめさせる「力」というものは、「クリスマスの奇跡」に宿っているものでもなければ、教会やローマ法王の宗教的権威の中に宿っているものでもない。「people」だけがその「力」を持っているのだということは、ジョンレノン自身が別の場所で何度も言葉を尽くして訴えていたことではなかったのだろうか。そういえば彼氏は「神なんて信じない」という趣旨の歌も、ずいぶん力を込めて歌っていたはずだ。だったら都合のいい時だけその「権威」に頼るようなみっとも恥ずかしい真似は、やめてほしいと心から思うのである。そういう振る舞いは自分が歌にしてきた全てのことを「ウソ」にしてしまう行為だと、生前の彼は思わなかったのだろうか。思わなかったのだろうな。しかしそこは、やはり思ってほしかったと思う。

以上は私自身の感想。下は問題の「イマジン」にまつわる関連記事。
nagi1995.hatenablog.com

=翻訳をめぐって=

  • この歌はイギリスで18世紀から歌い継がれている「Skewball (もしくはStewball)」というバラッドに、とてもよく似たメロディを持っている。それが「元歌」になっているのか、それとも「偶然似てしまった」のかに関しては、作った本人が在世していない以上、誰にも何とも言いようがない。


PPM Stewball

  • Happy Xmas, Kyoko /Happy Xmas, Julian...京子さんとは、ヨーコさんが前の結婚相手との間に作った子どもの名前。ジュリアン君というのは、ジョンが前の結婚相手との間に作った子どもの名前。別居している実の親から自分の名前を「勝手に」使われて、しかもこんな形で世界中に「言いふらされて」しまうということについて、果たして本人たちはどんな気持ちでいるのだろうということが私は昔から気になって仕方ないのだけど、こればかりは「他人には口の出しようのないこと」なので、いいことだとも悪いことだとも決めつけるわけには行かないと思う。なお、昔の歌詞カードではこの部分が「Happy Xmas, Yoko /Happy Xmas, John」と記載されていたのだそうで、今でもそう勘違いしている人がかなりいるらしいのだが、普通自分に向かって「メリークリスマス」とはあんまり言わないはずなので、考えたら分かりそうな話であるようにも思う。
  • So this is Xmas...この冒頭の「So」をどう翻訳すればいいかということが昔から気になっていたのだけれど、おそらくは「とりあえず」みたいなニュアンスなのではないかと思う。でも、違うかもしれない。異論があったら寄せられたい。
  • Another year over /And a new one just begun...「begun」が過去分詞になっている理由が、私にはどうもよく分からない。まだクリスマスで年は明けていないのだから、「新しい一年が始まっ」と過去形で翻訳するのはどう考えてもおかしいと思う。
  • I hope you have fun...この「楽しくやってくれたらいいと思うよ」という言い方に、英語話者の人たちはけっこう「皮肉な響き」を感じとっているらしい。すごく、ジョンレノン的な言い方だということなのだろうな。
  • A very Merry Xmas...「すごくメリーなクリスマス」みたいな訳語が一瞬浮かんだのだが、まあ「心からメリークリスマス」ぐらいでいいと思う。大体「メリークリスマス」の「メリー」って何やねんということがよく分かっていなかったので、改めて調べ直してみたところ、「陽気な」「お祭り気分の」みたいな意味の形容詞なのだとのこと。
  • War is over /If you want it...「戦争は終わった」と過去形で訳されている例が、この歌の邦題を含めて非常に多いのだが、実際、「終わっていない」わけだし、「If you want it」という「付帯条件」までついているわけなのだから、「戦争は終わる」という「未来の話」として翻訳するのがふさわしいはずである。
  • For yellow and red ones...以前にも書いたことだけど、私はアジア系の人間の一人として、ヨーロッパ系の人から自分の肌の色を「黄色」もしくは「yellow」と形容されることに対しては、強烈な違和感と抵抗を感じる。少なくとも日本語話者の感覚からすれば、「黄色の絵の具」を使ってしまうとそれはもはや「肌色」にはなりえないはずなのである。ヨーコさんはそれを「受け入れて」いたのかもしれないけれど、私自身はこの歌詞を「蔑称で名指しされている」ようにしか受け止めることができない。「black」「red」に関しては、それぞれその言葉で「くくられている」人たちの「感じ方」による話なので、「成り代わって」あれこれ言うわけには行かないと思うのだけど。

ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1971.12.1.
Key: D