華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Go West もしくは怒りの葡萄 (1979. Village People)


Go West (Village People)

Go West

英語原詞はこちら


Heyhey
well well well well
yeaah
yeaah


(Together) We will go our way
(Together) We will leave someday
(Together) Your hand in my hand
(Together) We will make the plans

(ご一緒に!)
ぼくらは自分の道を行こう。
いつかは旅立たなければならない。
きみの手はぼくの手の中。
一緒に計画を立てよう。


(Together) We will fly so high
(Together) Tell our friends goodbye
(Together) We will start life new
(Together) This is what we'll do

(ご一緒に!)
ぼくらは高く飛び立つんだ。
友達みんなにさよならを言おう。
人生を新しく始めるんだ。
それがこれからやることさ。


(Go west) Life is peaceful there
(Go west) Lots of open air
(Go west) To begin life new
(Go west) This is what we'll do

(西に向かおう!)
そこには平和な暮らしがある。
開かれた空気でいっぱいだ。
人生を新しく始めるということ。
それがぼくらのやることさ。


(Go west) Sun in winter time
(Go west) We will do just fine
(Go west) Where the skies are blue
(Go west) This and more we'll do

(西に向かおう!)
冬でも輝く太陽。
ただただ、しっかりやろう。
空が真っ青なところ。
もっともっといろんなことをしよう。


(Together) We will love the beach
(Together) We will learn and teach
(Together) Change our pace of life
(Together) We will work and strive

(西に向かおう!)
ビーチが大好きになるんだろうな。
学んだり教えたりするんだ。
生き方のペースを変えよう。
しっかり働いて生きて行こう。


(I love you) I know you love me
(I want you) Happy and carefree
(So that's why) I have no protest
(When you say) You want to go west

(好きだよ!)
きみもぼくが好きだろう。
(きみには!)
幸せに気楽に生きてほしい。
(だから!)
ぼくは異議なしだよ。
(きみが!)
西に行きたいって言ってくれたら。


(Go west) Life is peaceful there
(Go west) Lots of open air
(Go west) To begin life new
(Go west) This is what we'll do

(西に向かおう!)
そこには平和な暮らしがある。
開かれた空気でいっぱいだ。
人生を新しく始めるということ。
それがぼくらのやることさ。


(Go west) Sun in winter time
(Go west) We will do just fine
(Go west) Where the skies are blue
(Go west) This and more we'll do

(西に向かおう!)
冬でも輝く太陽。
ただただ、しっかりやろう。
空が真っ青なところ。
もっともっといろんなことをしよう。


(I know that) there are many ways
(to live there) in the sun or shade.
(Together) we will find a place
(to settle) down and live with space

(知ってるよ!)
いろんなやり方がある。
(そこで暮らすには!)
日なたであろうと日陰であろうと。
(一緒に!)
場所を見つけよう。
(住みつくための!)
そして広いところで暮らそう。


(without the) busy pace back east,
(the hustling), rustling of the feet,
(I know I'm) ready to leave too,
(so this is) what we're going to do,

(要らないよ!)
東にいた頃の忙しいペースは。
(急がせたり!)
追い立てたりとかするような。
(そうぼくも!)
出発の準備をしてる。
(だからそれが!)
ぼくらのこれからやることなんだ。


(Go west) Life is peaceful there.
(Go west) Lots of open air.
(Go west) To begin life new.
(Go west) This is what we'll do.

(西に向かおう!)
そこには平和な暮らしがある。
開かれた空気でいっぱいだ。
人生を新しく始めるということ。
それがぼくらのやることさ。


(Go west) Sun in winter time.
(Go west) We will do just fine.
(Go west) Where the skies are blue.
(Go west) This and more we'll do.

(西に向かおう!)
冬でも輝く太陽。
ただただ、しっかりやろう。
空が真っ青なところ。
もっともっといろんなことをしよう。


(Go west) Life is peaceful there.
(Go west) Lots of open air.
(Go west) To begin life new.
(Go west) This is what we'll do.

(西に向かおう!)
そこには平和な暮らしがある。
開かれた空気でいっぱいだ。
人生を新しく始めるということ。
それがぼくらのやることさ。


[fade out]
(Go west) together together we'll gone our way
(Go west) together together you lead me the way
(Go west) you begin life new
(Go west) this is what will do
(Go west) life is peaceful there



前回取りあげた「君の瞳に恋してる」をペットショップボーイズも歌っていたことを思い出したことから、ペットショップボーイズといえば「Go West」だったよなと思って調べ直してみたら、この曲もやはり「ヴィレッジ·ピープル」というグループのカバー曲で、かつ「ゲイカルチャー」と「深い関係」を持った曲だったことが分かった。私が二曲しか知らなかったペットショップボーイズの曲が両方ともカバー曲で、しかも同じような背景を持った曲だったということは、よっぽど「何かある」ということなのだろうなと思い、いろいろ調べてみた結果、実にいろいろなことを考えさせられることになった。

「ヴィレッジ·ピープル」というグループについては、私は今まで名前ぐらいしか聞いたことがなくて、今回初めて観たのが一番上の動画なのだけど、とにかくすごく「楽しそうに」歌っている人たちである。その「楽しそう」なのはいいとして、私が気になったのは一番真ん中で「アメリカ先住民の伝統衣装」を着て踊っている男性の姿だった。「Go West」というこの歌のタイトルが「西部に行こう」という意味で、かつそれが19世紀のアメリカ政府が「神が白人に与えた使命」として推し進めていた「開拓」政策のスローガンと重なっていることは、歌詞を読んでみなくても大体わかる。

その「西部開拓政策」は、実質的には「先住民虐殺政策」そのものだったわけであり、実際に白人たちの幌馬車が西部に押し寄せてゆく過程でどれほど多くの先住民の人たちが殺され、また故郷を追われることになったかという経過については、このブログでも何度も触れてきたけれど、何度書いても到底書き尽くせることではない。それにも関わらず「Go West」というタイトルのついた歌を、先住民の格好をして「楽しそうに踊る」なんてことが、あっていいものなのだろうか。と私は思ったのだった。しかも先住民の人たちを直接虐殺してきた当事者である、「カウボーイ」や「警察」のコスプレをした人間たちと肩を並べてである。それはあまりにも「悪ノリ」というものなのではないかというのが、最初に動画を観た時の感想だった。

けれども調べてみたところ、動画の真ん中で踊っているフェリペ·ローズという人は実際に先住民の子として生まれた人なのだそうで、彼が身につけている「鳥の羽根の衣装」も、デビュー前にニューヨークのナイトクラブで踊っていた時代から、彼のおばさんの「自分のルーツに誇りを持ちなさい」というアドバイスにもとづいて採用していたスタイルだったのだという。そしてこの人の姿を、フランス人プロデューサーのジャック·モレリという人が「見初めた」ところから、「ヴィレッジ·ピープル」というグループが誕生したのだとWikipediaにはある。以下は引用。

ヴィレッジ・ピープルは、アメリカ合衆国の男性6人組の音楽アーティストグループ。ゲイ・マーケットをターゲットにして売り出され、メンバーそれぞれが、ゲイ受けを狙ったアメリカの職業等のコスプレをしている。ポップス史上、ゲイ・イメージを表面に出して音楽活動を行った最初のグループといわれ、アメリカにおけるゲイの理解向上に貢献したとの評価もある。また実際にリードボーカルのヴィクター・ウィリス以外は全員ゲイであったといわれているが、真偽は定かではない。

モラリが、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジにあるゲイ・ディスコを訪れた際に、インディアンの衣装を身に着けたダンサー、フェリペ・ローズを発見。また、その周辺ではカウボーイや道路工事人のコスプレをした男達が踊っており、これを見たモラリが「ゲイの象徴的グループを作ろう」と思いついたのが始まりである。グループ名は前述の「グリニッジ・ヴィレッジ」に由来する。

初期のヴィレッジ・ピープルは、ゲイ・ディスコでの営業等を中心にアンダーグラウンド的な活動を行っていたが、ゲイ受けを狙いすぎたヴィジュアルや音楽性が裏目に出てしまい、ターゲットとしていた肝心のゲイ達からは「ゲイをパロディ化している」と受け止められ、あまり良い反応は得られなかったという。そこで、ゲイに限らず一般の人々にも受け入れられるように、ポップ路線へと変更したところ、それが功を奏し世界的スターとして大成功を収める結果となった。

...この人達が「ゲイ·イメージを表面に出して音楽活動を行った最初のグループ」だったということは、歴史的には重要な意味を持っていると思う。それはそれまで「ゲイ」の存在を知らなかった層の人々にとっては、このグループのイメージこそが「ゲイの第一印象」だったに違いないということを、必然的に意味しているからである。そのことの上で、引用した文章の中には、いくつもの「考え込まされる点」が存在する。当初は「ゲイ受け」を狙って発足したこのグループが、肝心のゲイの人たちからは「受けが悪かった」という点。「ゲイの自己表現」としてよりはむしろ「ゲイ·マーケットをターゲットとした企画」であったという点。そしてメンバーの人たち自身が実際にゲイだったのかどうかということは、「明らかにされていない」という点。

そんな風にして作り出された「ゲイ·イメージ」というものは、一体「何」だったのだろうかということを、私は考えさせられずにはいられない。

アメリカの高校の合唱部の面々を主人公にした「glee」というテレビドラマに私は一時期ハマっていたのだけれど、その主要メンバーの一人にカートという名前の「ゲイの高校生」が登場する。ゲイの高校生が出てくるドラマなんてそれまで一度も見たことがなかったものだから、このカートという役柄の人から私は本当にいろんなことを「教えられた」と思っているのだけど、とにかく彼氏はドラマの中で、日常的にすさまじい「いじめ」を受けていた。彼氏は強い心を持った少年として描かれているから、顔にジュースをかけられるにしても実に「誇り高く」かけられていたし、ゴミ箱に頭から突っ込まれても「誇り高く」それを受け入れていたのだが、いいとか悪いとかを云々できる以前の問題として、それがアメリカの学校でゲイの生徒たちが受けている仕打ちの「実態」なのだということが、極めてリアルに伝わってくるドラマだった。

カートが出てくる場面でなくても、ドラマに出てくる高校生たちは男女を問わず、どういうファッションが「ゲイっぽい」とか男子のどういう振る舞いが「ゲイっぽい」とかいうことを事あるごとに言い合っては、それを「笑いのネタ」にしていた。「天然」キャラクターが与えられているブリタニーという女子生徒の「イルカってゲイのサメなんでしょ?」という台詞などにはマジで「考えさせられるところ」があったりしたのだが、異性愛者として日本で生まれて「ゲイ文化」というものを直接には何も知らずに育ってきた私には、それらのひとつひとつがどうして「ゲイっぽい」のかということが、全く理解できなかった。私が実際に行なっていたことはといえば、アメリカではこういうのを「ゲイっぽい」と言うのだな、ということを、理由を考えることもなく無意識のうちにひとつひとつ「丸暗記」していった、というだけの話である。それって結局、「偏見を身につける」ということ以外の何をも意味していなかったのではないだろうか。gleeというドラマが「差別に負けずに生きる」主人公たちの活躍を描いた作品だったことは明らかだったにも関わらず、それが同時に「偏見を助長するもの」にもなっているという事実に、当時の私はずっと「考え込まされて」いた。考えたって「正解」なんて出てくるはずはないのだが。

そういえば最近見た「ボヘミアン·ラプソディ」の映画でも、口ヒゲを生やしてイメチェンしたフレディ·マーキュリーが確かロジャー·テイラーに感想を求めるシーンがあったのだが、それに対するロジャーのコメントが「強いて言えば...ゲイっぽい、かな」というものだった。そしてそこは明らかに「笑いをとるためのシーン」になっていた。けれども私にはフレディのあのスタイルがどうして「ゲイっぽい」ことになるのかということが、やっぱり「わからな」かった。そしてそれを「わかろうとつとめて」までそのシーンで「笑いたい」とは、全く思えなかった。そうした「ゲイに対するステレオタイプなイメージ」というものが、「いいもの」か「悪いもの」かということで言えば、「悪いもの」に決まっているだろう、と私は思う。よしんばそれが、当初においてはゲイの人たち自身が「誇りを持って」発信した文化だったのだとしても、ゲイでない人間たちがゲイのことを「笑い者」にするためにそれらの表象が「使われる」なら、それはもはや差別的な表象に他ならない。ましてその「ゲイのイメージ」が、初めからゲイでない人間が「面白がるため」に作り上げられたものだったとしたら、それは差別以外の何ものでもない。

レイザーラモンHGという人がグラビアアイドルの人と結婚して、「本当はゲイではなかったのだ」ということを知った時、少なからぬショックを感じたことを私は覚えている。あの人の芸というものを果たして「笑ってもいいものなのか」ということにずっと「答え」を出せないまま、2000年代の私はテレビを眺め続けていたのだけれど、あの人の姿を見るたび、人間にはここまで「自分をさらけ出す」ことができるものなのかということに、ある種の「感動」を覚えていたのは間違いないことだったからである。けれどもあの人が「さらけ出して」いたのは、決して「自分自身」ではなかったのだ。

アメリカ社会にごく最近まで存在し、日本でも繰り返し模倣されてきた「文化」として、「ミンストレル·ショー」と呼ばれるものがある。白人が自分の顔に靴墨を塗って、「黒人の扮装」をして歌ったり踊ったり芝居をしたりするのである。内容は陽気でかつ卑猥なものであることが多く、またその中で政治批評や社会風刺などの内容が「黒人の登場人物に仮託して」語られることも多かったという。一種のジャーナリズムの役割を果たしてきた「文化」でもあったわけだ。とはいえ、当然のことながら観客は「白人だけ」であり、「黒人の扮装をして行なわれるショー」でありながら、当の黒人の人たちはそのショーの世界から完全に排除されていた。排除した上にしか成立しない「ショー」なのである。

「ミンストレル·ショー」の中で、黒人の扮装をすることを通して、白人たちは「羽目を外す」ことができる。普段なら絶対人前に出せないような自分自身の抑圧された部分を、「さらけ出す」ことができるのである。その意味では「白人自身のカタルシス」のため、「白人自身の気持ちよさや解放感」のために存在していたのが、「ミンストレル·ショー」なのだ。けれども「白人の姿」をしていたままの状態では、かれらはその「解放感」を得ることができない。白人が白人の姿のままで「羽目を外す」ことは、白人社会における「タブー」に抵触することだからである。黒人という「他者」のキャラクターを「演じている」という「てい」をとることで、初めてそれは「許されること」に変わる。なぜなら白人社会には黒人に対する、「あいつらなら人前でこんなえろいことも平気でやる」とか、「こんな頭の悪そうなことも平気で言う」とかいった類のありとあらゆる差別意識が「社会的合意」として形成されており、「ミンストレル·ショー」でさんざえろいことをやったりふざけたことを言ったりして羽目を外している白人たちには、自分たちはその黒人の「真似」をしているにすぎないのだ、という「言い訳」が準備されているからである。

黒人の人たちが「ミンストレル·ショー」を絶対に許せないと叫ぶのは、当然の話なのだ。黒人という存在を見下しかつ笑い者にする差別の上にしか絶対に成立しないのが「ミンストレル·ショー」だからである。(端的に「ミンストレル·ショー」そのものが「差別」なのだということを、何よりもハッキリさせなければならないと思うわけだが)。羽目を外したいのもえろいことがしたいのもふざけたことを言い散らしたいのも全部「白人自身の欲求」ではないか。にも関わらず、その「下品」な役回りというものを黒人という「他者」に押しつけて、自分たち自身は飽くまで「上品」な存在であり続けようとする根性自体が、とことん邪悪だとしか言いようがない。自分たち自身が白人社会を「不自由」だと感じているのであれば、堂々と戦って自分たち自身の手で白人社会のタブーや因習を打ち破り、「羽目を外せる社会」に変えて行けばいい、というだけの話なのである。その根性もないくせに、自分たちが抑圧している黒人という存在に「乗り移る」ことを通してなら自分たちの抑圧されている部分が「発散」できるという発想が、つくづく卑屈だし(白人社会の権威に対して)傲慢だし(白人でない人々に対して)、何より人をナメている。「他者を差別する人間は自分自身もまた自由な存在にはなりえない」という警句は、本当に真実を衝いた言葉なのだ。

「ミンストレル·ショー」を「面白がる」感性を持った人間は、アメリカ白人だけにとどまらない。上述のようにそれは日本においても繰り返し模倣されてきたし、それがネットの力もあって黒人の人たちから直接「告発」され、「社会問題化」されるようになってきたのは、本当にここ数年のことでしかない。当事者であるその人たちからの糾弾に対し、「日本人には黒人に対する差別意識はない」とか「黒人文化へのリスペクトとしてやっている」といった様々な「居直り」がネット上には溢れかえっており、「黒塗り」は「差別」なのだという「当たり前の前提」すら、日本社会においてはいまだ全く「当たり前」には共有されていない。けれども糾弾を「素直に」受け入れようとしないかれらが、ああだこうだ言いながら飽くまで「黒塗り」をやりたがる最大の理由は、「かれら自身が楽しくて気持ちいい」からなのである。その「楽しさ」や「気持ちよさ」の中にこそ、差別は存在しているのだ。かれらが「人を差別する楽しみ」を「奪われたくない」ということを「自らの権利」として主張するようであれば、差別される側の人間には自らの尊厳を守るためにその相手の命を奪う「権利」が「同等に」保証されねばならないということが言えるだろう。このことは「それぐらいの問題」だと私は考えている。

日本で生まれ育った私の世代の人間が、子どもの頃から刷り込まれてきた「ゲイ」に対するイメージといえば、直接にはとんねるずの保毛尾田保毛男であったり、吉本新喜劇の藤井隆であったりするわけだが、今にして思えばああいうのは全部、「ミンストレル·ショー」だったわけである。同性愛者でもない人間が、同性愛者のことを「面白おかしく」ネタにして、さらにそれが異性愛者にとっては「気持ち悪い」存在であるということをデフォルメして描き出すことで、マジョリティからの「共感」を組織する。それは完全に「差別としての笑い」だったわけだし、それを見て笑っていた人間たちは当時の私を含め、「人を差別して笑っていた」わけなのだ。このことはハッキリさせられなければならないし、ハッキリさせたその上で、二度と繰り返されてはならないことだと思う。(その後、藤井隆氏に関しては、批判と向き合うことを通して自らの「おかまネタ」を「封印」されたとのことなのだが、その「当たり前の対応」をも「立派だ」と形容せざるを得ないぐらいに、最近における保毛尾田保毛男の「復活」への批判に対する本人たち並びに大部分の芸人たちの対応というのは、「ひどい」ものだった)

レイザーラモンHGという人が切り開いた「芸」は、それ以前のただ単に同性愛者を笑い者にするという「芸」のあり方と比べてみるならば、「違った質」を持ったものだったように思う。何と言うかそれは「突き抜けて」いた。あの「芸」を初めて見た異性愛者は、私自身を含めてなのだけど、「笑う」より先に「衝撃」を感じたはずだ。彼が演じる「ゲイ」の姿に、「自分たちが持っていないパワー」を感じて、圧倒されずにいられなかったはずだと思う。その意味であの人が作りあげた「ゲイのキャラクター」は、「ゲイを肯定する質」を備えたものだったと私は感じている。あの人はまた真面目な人でもあって、あのキャラクターを作りあげるために実際にゲイの人たちから話を聞いて相当「勉強」していたというエピソードも、Wikipediaには載っていた。それにも関わらず、あのキャラクターを生み出すことを通してあの人が手に入れた「パワー」というものは、決してあの人自身の「パワー」ではない。それはゲイの人たちから「奪って」手に入れた「パワー」だったのだ。その意味において、あの人が生み出した「芸」も本質的にはやはり「ミンストレル·ショー」と変わらないものだったと言わざるを得ないし、あの人は「やってはいけないこと」をやったのだと今では思う。ゲイの人たちが持っている「パワー」は、飽くまでゲイの人たち自身の「パワー」なのであって、他人が勝手に「使って」いいようなものではない、と思うからである。

そのことの上で、今回とりあげたこの「Go West」という曲のことを簡単に「割り切る」ことができない気がするのは、それが元々ゲイの人たち自身の手によって、ゲイの人たち自身の娯楽を生み出そう、という企画から生まれた側面を持っているからだ。ヴィレッジ·シンガーズの面々が実際にゲイであったかどうかは「明らかにされていない」という話もあるわけだが、少なくともかれらはゲイのクラブで「娯楽を提供する仕事」に自らの出発点を持っていたのであり、かれらの「芸」を「不快」に思うゲイの人たちもいただろうけれど、「支持」する人たちだっていたに違いない。

自らの社会的におかれた状況を「笑い」に変えることを通して、社会に自分たちの存在を認めさせようということを「戦略」にしているマイノリティの人たちは、特にショービジネスの世界においては、数多く存在する。そしてそうした「戦略」に対して、その人たちの出身社会においては必ず「賛否」が存在する。それを「いい」とか「悪い」とか「ジャッジ」するようなことは、「局外者」のやっていいことではない。フェリペ·ローズという人は「ステレオタイプなインディアンのイメージの象徴」であるところの羽根飾りのついた衣装を「誇りを持って」身につけ、かつ「心から楽しく」ヴィレッジ·ピープルというグループの真ん中で踊っていたわけだ。それがその人の「闘い方」だったわけであり、それを否定することなんて誰にもできないと思う。少なくとも「闘っていない人間」にはである。

けれどもそれをマジョリティの側から「楽しいじゃん」とか「面白いじゃん」とかいう「ノリ」だけで、気安く「消費」の対象にできる感覚というものには、間違いなく「差別意識」が含まれている。そしてかれらがその「上っ面の面白さ」だけを掠め取って「真似」をするようなことを始めたら、それはもはや「ミンストレル·ショー」の再現以外の何ものでもない。

だからヴィレッジ·ピープルの人たちがどんなに「楽しそうに」この歌を歌っていたとしても、同じように「楽しく」歌ったり踊ったりすることは、私にはできない。歌っている人たち自身が聞き手に一番求めていることは、「一緒に楽しく歌うこと」だけだということが分かっているにも関わらずである。しかも実際に、この曲は「踊り出したくなる魅力」というものを間違いなく備えている曲でもある。それなのに踊れない、ということは自分自身でも「矛盾」に感じられてならないのだが、それでもやはりゲイでもなくアメリカ先住民でもない自分が「気安く」この曲で踊るというのは、どう考えても「軽薄な態度」だとしか言えない気がする。

でも、わからない。もしも自分がこの時代に生きていてこの人たちのステージを目の当たりにして、そのパワーに本当に圧倒されたなら、「自分も踊る」ことでしかその感動を表現できなくなることは、起こりうることだと思う。それでもしステージに引っ張りあげてもらって「一緒に」踊らせてもらえたりとかしたら、それはめちゃめちゃ「うれしいこと」に違いないと思う。けれどもそれはやっぱりコンサートという「非日常の場」でだけ「許される」ことに過ぎないのであって、その「場」を共有できただけで自分がそれを「自分のものにした」と思い込むようなら、それは明らかに勘違いだし、そういう「思い上がり」は厳に戒められるべきだろう。それは飽くまで「ゲイの人たちのもの」なのだ。

...差別をめぐる問題には、「簡単に答えの出ない問題」が、本当に多い。個々の人間にやれることは、「あらゆる差別を許さない」という「原則」を自分の中に持って行動するということだけだと私は思うし、かつそれを絶対に「あいまいに」させないということだと思う。それを一瞬でも「あいまいに」したら、その人間は差別の中に飲み込まれてしまうより他にない。人間社会にはびこる差別は、それだけ「強大な力」を持っている。

けれどもそれを本気で許せないと感じ「変えよう」とする人間が存在し続ける限り、その現実は必ず「変えることができる」ものなのだ。同性愛者の知り合いというのは実は私には一人しかいないし、その人とは別に気持ちの深い部分を突っ込んで話せるような仲でもないので、実際に同性愛者の人たちがどんな思いをしながら暮らしていて、その日常にどんな「苦しみ」を抱えているのかといったことについて、私はほとんど何も知らないわけだし、「成り代わって」言えることなど何もないわけなのだけど、それでも最低限、その人たちの闘いの「ジャマ」をするようなことをしては絶対にいけないと思うし、またその人たちへの差別的言動に対しては絶対に許せないという声を上げ続けて行かねばならないと思っている。そうした差別的言動がどういう気持ちから発せられるものなのかということを、自分は「知っている」わけだからである。

「みんな同じになればいい」というのは「素朴な願い」として口にされる分には別に「間違い」ではないにせよ、その言葉がマジョリティの側から発せられる場合は必ず「同化主義」にしかならないという事例を、余りにも多く私は(主語が「私」になるのはおかしいのだが)見てきている。「他者として対等に向き合う」という「関係」は、どうすれば作りあげてゆくことができるのか。そのことをずっと、考え続けている。


Go West (Pet Shop Boys)

タイトルの「Go West」に関して。上述のようにアメリカ社会の「一般常識」からするならば、「西部開拓時代」に白人社会で広く叫ばれていたという

Go West, young man, go West and grow up with the country.
西部へ行け、若者よ。西部に行ってこの国と共に成長せよ。

というスローガンにその「元ネタ」は存在しているらしいのだが、「ゲイ·カルチャー」の文脈からするならば、このタイトルには

「建国」以来の因習に縛られた保守的な東海岸を離れて、自由な西海岸の「ゲイの都」サンフランシスコをめざそう!

という意味が込められているのだという。これもまたヴィレッジ·ピープルの人たち自身がそう明言しているわけでもないらしいのだけど、当時における聞き手の多くは間違いなくこの歌からそうしたメッセージを受け取っていたということが、多くの資料には書かれている。だから、この歌がニューヨークという東海岸のグループによって歌われた歌だったということは、「意味を持つこと」だったことが分かる。

思い出されるのは以前に翻訳したオーティス·レディングの「Dock Of The Bay」という歌もまた、南部に生まれて差別の中で育った黒人男性が「西に向かえば自由がある(かもしれない)」と考えて2000マイルも旅をして、たどり着いたサンフランシスコで為す術もなく海を見つめている、という情景を歌った歌だとアメリカでは解釈されているらしいという事実だった。人種を問わず、アメリカ社会に生まれ育った人たちにとって、「西に行けば自由がある」という「感覚」は、それこそ学校教育から映画やテレビから親の昔話からあらゆる媒体を通して、深く植えつけられてきた「心の神話」になっているような面が、今でもあるのかもしれない。「西部開拓」の歴史が実際にはどんなに血塗られたものであり、かつ西海岸諸州が現実には「どんな場所」であり続けてきたかといったような、「事実」とはそれこそ無関係にである。
nagi1995.hatenablog.com
もう既にかなり長文の記事になっているので詳しく触れることはできないが、スタインベックの「怒りの葡萄」という小説は、世界恐慌の時代、農業の機械化によって一夜にして仕事を失ったオクラホマ州の無数の小作農の人々が、カリフォルニアでオレンジの収穫人夫を募集中というたった一枚のビラが回ってきたことを頼りに大挙して西に向かったという「史実」に基づいた文学作品である。カリフォルニアの地元の住民たち(などという存在は本当なら先住民を除けばアメリカ社会にはどこにもいないはずなのだが)は「受け入れ体制」も何もないところにそれだけの人々が押し寄せてきたことでパニックに陥るが、結局オレンジの収穫期だけはかれらのことを「安価な労働力」としていいように利用し、それが終わると暴力で街から追い払った。行く宛のないオクラホマの人々は街の周辺にキャンプを作って住み着くより他になく、「地元住民」からの徹底した差別と迫害にさらされながら、その相手に頭を下げて「仕事をもらって」食いつなぐという、屈辱に甘んじ続けねばならなかった。オクラホマからやって来た人々が自分たちの手で収穫したオレンジの山が、「獲れすぎ」のために商品価値を失って腐り果ててゆく様の描写は、資本主義という制度のおぞましさをこの上なくリアルに切り取っていた。オクラホマの人たちは飢えていたのに、その「捨てられたオレンジ」を手に取ることすら許されなかったのだ。その上には周到に石油が撒き散らされていた。

そんな何世代にもわたる歴史が積み重なった上に、現在のアメリカ合州国にはさまざまな人々が「共存」している。矛盾は何も解決されていないし、差別は根深く残っているし、メキシコ国境には「壁」が築かれようとしているし、「共存」という言葉を使うのも本当なら欺瞞になるのだと思う。それでも間違いなく現在のアメリカには、「さまざまな人々」が暮らしている。

日本はまだ「そこまですら行っていない」のである。これから作られてゆく新しい歴史の中で、同じことを絶対に繰り返させてはならないと強く思う。

Go West」というこの「徹底的に陽気な歌」を聞いた時に、私の脳裏に浮かんだのはその「怒りの葡萄」の風景だったし、また当の「西海岸出身のグループ」であるイーグルスの歌った「ニュー·フロンティアなんてもうどこにもない」という下記の歌の中の風景だった。陽気であればあるほどに、悲しくなってしまう感じが、私は、した。
nagi1995.hatenablog.com
ペットショップ·ボーイズがこの歌をカバーした1993年は、いわゆる「冷戦構造の崩壊」から間もない時期に当たっており、「Go West」というコーラスには「自由な西側世界をめざそう!」という「新たな意味」が付け加わっていたというのが、当時の人たちの「受け止め方」だったらしい。その「自由な西側世界」というのがマジで言われていたのか、それとも「西側にだって本当の自由なんてものはどこにもない」という「皮肉混じりのメッセージ」として歌われていたのかということに関しては、聞き手の「受け止め方」によってさまざまな解釈の幅があるようだが、それにしても「東側世界」出身の人が歌うならまだしも、モロに「西側世界」であり続けてきたイギリスのグループがこんな歌うたうかね。という気持ちが、私はちょっとする。このカバーバージョンにはヴィレッジ·ピープルの原歌詞には存在しない以下のようなフレーズが付け加わっているので、そこだけ訳出しておきたい。

There where the air is free
We'll be (We'll be) what we want to be (Aah aah aah aah)
Now if we make a stand (Aah)
We'll find (We'll find) our promised land (Aah)

そこ(西の地)は空気が自由なところ
ぼくらは自分のなりたいものになれる
もしもぼくらが支持を表明すれば
ぼくらは約束の地を見つけることができる



「make a stand」という熟語は「停止する」「踏みとどまる」などの意味だが、「立場を支持する」という意味もある。「西側世界に住み着けば」という意味と同時に、「西側世界の政治理念を受け入れたなら」といったような意味も込められた歌詞なのだということが推測される。


戸川純 パンク蛹化の女/

...「Go West」を聞いているとどうして同時にこの歌が頭の中を回り出すのだろうと思ったら、両方とも「パッヘルベルのカノン」の「同じメロディ」を下敷きにして作られた曲だからだったのだった。「パッヘルベルのカノン」という曲にも、「何かありそうな感じ」は大いにするのだけれど、そこまで話を広げることはさすがにできない。難産した記事だった。ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Originally Released in 1979.6.
Covered by Petshop Boys in 1993.9.6.
Key: C (Petshop Boys Version)
D♭ (Village People Version)