華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Moskau もしくは もすかう (1979. Dschinghis Khan)

おっさんおっさん教えてくれよ
そんな偉そうにしてるけど
一体いったい何が楽しくて
そんな年まで生きてきた

-15歳の時にこの歌のメロディを
借りて作ったメッセージソングの一節-


Moskau

Moskau

ドイツ語原詞はこちら


モスカウ
Moskau
ふれむ とぅん げはいむねすふぉい
Fremd und geheimnisvoll
トゥル まうす ろーてむ ゴールド
Türme aus rotem Gold
かる ゔぃ だす アイス
Kalt wie das Eis
モスクワ
慇懃でミステリアスな街
赤や黄金の尖塔
氷のように冷たいところ


モスカウ
Moskau
どぅ ゔぇる ディッ ゔぃるくりっ けん
Doch wer dich wirklich kennt
デル ゔぁいす、あいん フォイア ぶれん
Der weiß, ein Feuer brennt
いん ディル ずぉ はいす
In dir so heiß
モスクワよ
誰が知っているだろうか
おまえの中で熱く
ひとつの炎が燃えていることを


コザッケン
Kosaken,
へい、へい、へい、へぷと でぃ グリーザー
hey, hey, hey, hebt die Gläser,
ナターシャ
Natascha,
は、は、は、ドゥ びす ちゅーん
ha, ha, ha, du bist schön,
タワーリシチ
Towarisch,
へい、へい、へい、あうふ だす リーベン
hey, hey, hey, auf das Leben,
あうふ でん ヴォイル
Auf dein Wohl,
ブリューダー、へい、ブリューダー、ほー
Bruder, hey, Bruder, ho
コサックたちよ、へい、へい、へい
グラスをあげろ
ナターシャ、は、は、は
とってもきれいだね
同志よ、へい、へい、へい
人生とあなたの健康に乾杯!
きょうだいよ、へい!
きょうだいよ、ほー!


Hey, hey, hey, hey

モスカウ、モスカウ
Moskau, Moskau
ゔぃるふ でぃ グリーザー あん でぃ ヴァン
Wirf die Gläser an die Wand
ロッスラ いす たいん しゅぇねす ラン
Russland ist ein schönes Land
ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、へい
Ho, ho, ho, ho, ho, hey
モスクワ、モスクワ
グラスを壁に投げつけろ
ロシアはうるわしの国だ
ほほほほほ、へい!


モスカウ、モスカウ
Moskau, Moskau
だいね ジーレ いす ずぉ ぐろす
Deine Seele ist so groß
ナッ、だ いす でぁ トイフェル ろず
Nachts, da ist der Teufel los
は、は、は、は、は、へい
Ha, ha, ha, ha, ha, hey
モスクワ、モスクワ
おまえの魂は偉大だ
真夜中は大騒ぎ
ははははは、へい!


モスカウ、モスカウ
Moskau, Moskau
リーベ しゅめく ゔぃ カビア
Liebe schmeckt wie Kaviar
ミーチェン じん つむ くっすん ダー
Mädchen sind zum küssen da
ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、へい
Ho, ho, ho, ho, ho, hey
モスクワ、モスクワ
愛はキャビアの味
娘たちがキスを待っている
ほほほほほ、へい!


モスカウ、モスカウ
Moskau, Moskau
こむ、ゔぃ たんつぇん おふ でぃむ トゥーシュ
Komm, wir tanzen auf dem Tisch
びす でる トゥーシュ つーざめんぶらぃ
Bis der Tisch zusammenbricht
は、は、は、は、は
Ha, ha, ha, ha, ha
モスクワ、モスクワ
さあテーブルの上で踊ろう
台がぶっこわれるまで
ははははは!


モスカウ
Moskau
トァ つー ファルガンゲンハイ
Tor zur Vergangenheit
スピーゲル でぁ ツァレンツァイ
Spiegel der Zarenzeit
ロッ ゔぃ だす ブルート
Rot wir das Blut
モスクワは
過去への扉
ツァーリの時代を写す鏡
血のように赤い


モスカウ
Moskau
ゔぇあ だんね ジーレ けん
Wer deine Seele kennt
でぁ ゔぁいす、でぃ リーベ ぶらん
Der weiß, die Liebe brennt
はいしゅ ゔぃ でぃ グルート
Heiß wie die Glut
モスクワよ
だれが知っているだろうか
おまえの魂を
石炭のように紅く燃える愛を


コザッケン
Kosaken,
へい、へい、へい、へぷと でぃ グリーザー
hey, hey, hey, hebt die Gläser,
ナターシャ
Natascha,
は、は、は、ドゥ びす ちゅーん
ha, ha, ha, du bist schön,
タワーリシチ
Towarisch,
へい、へい、へい、あうふ だす リーベン
hey, hey, hey, auf das Leben,
あうふ でん ヴォイル
Auf dein Wohl,
ブリューダー、へい、ブリューダー、ほー
Bruder, hey, Bruder, ho
コサックたちよ、へい、へい、へい
グラスをあげろ
ナターシャ、は、は、は
とってもきれいだね
同志よ、へい、へい、へい
人生とあなたの健康に乾杯!
きょうだいよ、へい!
きょうだいよ、ほー!


Hey, hey, hey, hey

モスカウ、モスカウ
Moskau, Moskau
ゔぃるふ でぃ グリーザー あん でぃ ヴァン
Wirf die Gläser an die Wand
ロッスラ いす たいん しゅぇねす ラン
Russland ist ein schönes Land
ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、へい
Ho, ho, ho, ho, ho, hey
モスクワ、モスクワ
グラスを壁に投げつけろ
ロシアはうるわしの国だ
ほほほほほ、へい!


モスカウ、モスカウ
Moskau, Moskau
だいね ジーレ いす ずぉ ぐろす
Deine Seele ist so groß
ナッ、だ いす でぁ トイフェル ろず
Nachts, da ist der Teufel los
は、は、は、は、は、へい
Ha, ha, ha, ha, ha, hey
モスクワ、モスクワ
おまえの魂は偉大だ
真夜中は大騒ぎ
ははははは、へい!


モスカウ、モスカウ
Moskau, Moskau
リーベ しゅめく ゔぃ カビア
Liebe schmeckt wie Kaviar
ミーチェン じん つむ くっすん ダー
Mädchen sind zum küssen da
ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、へい
Ho, ho, ho, ho, ho, hey
モスクワ、モスクワ
愛はキャビアの味
娘たちがキスを待っている
ほほほほほ、へい!


モスカウ、モスカウ
Moskau, Moskau
こむ、ゔぃ たんつぇん おふ でぃむ トゥーシュ
Komm, wir tanzen auf dem Tisch
びす でる トゥーシュ つーざめんぶらぃ
Bis der Tisch zusammenbricht
は、は、は、は、は
Ha, ha, ha, ha, ha
モスクワ、モスクワ
さあテーブルの上で踊ろう
台がぶっこわれるまで
ははははは!


もすかう

「もすかう」の動画は久しぶりに見たけど、やっぱり楽しいなあ。「おっさんですか、シャアですか」みたいなところも面白いのだけど、「スピーディ、ブーン!」みたいな勢いだけあって完全に無意味な聞きなしに、いちばん私は心を魅かれる傾向がある。こういうので最初に出てきたやつって、曲名もアーティストの国籍も忘れたけれど、「飲ま飲まヘイ!」ってやつだったっけ。そのうち調べ直して、取りあげることがあるかもしれない。

この曲は「ジンギスカン」の二曲目のシングルで、かれらがデビューした翌年に開催が予定されていたモスクワオリンピックに向けて発表された曲だったとのこと。私が覚えている一番最初のオリンピックはその4年後に開催されたロサンゼルス大会なのだけど、1980年代初頭というのはいまだ世の中に娯楽の種類が少なかったせいもあってのことなのか、オリンピックに向けた世の中の「盛り上がり方」には、今よりも遥かに「有無を言わせぬ勢い」みたいなものがあった感じがする。鮮明に覚えているのは、ロサンゼルスオリンピックの開会式の時にはNHK教育以外のどのチャンネルを回しても「同じ映像と同じ音声」が流れていたことで、6歳だった私はテレビが壊れたと思って泣きわめいていた記憶がある。88年のソウルオリンピックの時にはそれほどの「挙国一致感」は無くなっていたと思うけど、その4年間のあいだに起こった世の中の大きな変化はといえば「ファミコンとビデオデッキの普及」であったわけで、やっぱりあの辺の時代が文化の歴史におけるひとつの「転換点」になっていたのだな、と今になってみると改めて思う。

1980年のモスクワ大会の際にも、前年からそれに向けた「盛り上げキャンペーン」が世界中で繰り広げられていたのだそうで、日本でも大会マスコットキャラクターの「こぐまのミーシャ」を主人公にしたテレビアニメが放送されたりしていたらしい。私は1歳だったから覚えていないけど、そういえばキン肉マンにもその「ミーシャ君」が登場していた記憶がある。て言っかキン肉マンって、そんな昔から連載されていたマンガだったんだな。

そして私は全然知らなかったのだけど、この「めざせモスクワ」のカバーバージョンは、オリンピック効果を当て込んで日本でも数多く作られ、「競作状態」になっていたらしい。下の動画は当時の人気アニメ声優の期間限定ユニット「バオバブ·シンガーズ」による「めざせモスクワ」だとのことで、参加していたメンバーは井上和彦、緒方賢一、小原乃梨子、加藤修、神谷明、北浜晴子、肝付兼太、清水マリ、千々松幸子、富田耕生、富山敬、野沢雅子、水島裕、三ッ矢雄二、山田俊司、吉田理保子...わ、すごい。


バオバブ·シンガーズ めざせモスクワ

さらに下の動画はダークダックスによる格調高い日本語カバーなのだけど、「僕のカチューシャ、君のナターシャ」って、ヘンな歌詞だな。それぞれロシア人の彼女を連れた男が二人で歌ってる、という設定なのだろうか。後半にロシア語が入ったり、クライマックスに向けてだんだん演奏がスピードアップしたりするあたり、さすがに「分かってはる」感じがする。その上で伴奏はやっぱりディスコ調なのが、何だかとってもおかしいのだけど。


ダークダックス めざせモスクワ

そのことの上で、こんなに鳴り物入りの大宣伝が繰り広げられていたにも関わらず、フタを開けてみれば日本からも当時の西ドイツからも、モスクワに行くことのできたオリンピック選手は一人もいなかった。79年12月のソ連によるアフガニスタン紛争への介入に抗議するという名目で、アメリカがオリンピックの「ボイコット」を宣言し、これに追随する形で日本と西ドイツ、大韓民国が、さらに中国やイラン、パキスタンなど、それぞれの立場からソ連と対立関係にあった50近い国々が、相次いで不参加を決定したのである。リアルタイムのことはもちろん覚えていないけど、マラソンの瀬古選手だったかが記者会見で泣きながらボイコットに抗議していたのに対し、当時の自民党の大臣だか誰だかが「女々しい」という背中が凍りつくような差別語でそれを切り捨てるニュース映像は、その後何年間にもわたって繰り返し流され、政治家というのは冷酷なものだと子ども心にも感じたことを覚えている。「国威発揚」のために「使える」となれば、掌を返したようにスポーツ選手のことをチヤホヤするくせにね。

今の私はオリンピックというものに「興味がない」にとどまらず、「ぶち壊したい」と心から願ってやまない人間なのだけど、この「めざせモスクワ」という歌に関して言うならば、これまで取りあげてきた他のジンギスカンの楽曲とくらべて比較的「罪のない歌」と言えるのではないかと感じている。オリンピックというものそれ自体が罪だらけでウソだらけの代物ではあるわけだが、別にこの歌は国家のために戦えだとかメダルが取れなければ生きて帰ってくるなとか、そういうことを歌っているわけでもない。オリンピックという「虚構のお祭り」にかこつけて、モスクワという場所でただただ「楽しくやりたい」ということが歌われているだけの歌なわけであり、その内容の空虚さは清々しくすらある。それこそ「何も考えずに踊ってはしゃぎたい時」にはピッタリの曲だと思うし、私自身が無性にこの歌を口ずさみたくなるのも、大体はそんな時である。

何よりこの歌は「ロシアでも大人気」らしいのだ。ジンギスカンのファンは今でもロシアに大勢おり、後継メンバーによって時々コンサートが開かれると信じられないぐらいの人が集まるのだという。ドイツとロシアは第一次大戦と第二次大戦の両方で敵同士となり、地続きの戦場で殺し合うことになった歴史が存在しているにも関わらず、そんな関係が築けるなんて、素直にスゴいことだと思う。われわれ日本人は、よその国の人が「自分のイメージ」で作った「日本の歌」に、そんなに素直に耳を傾けることができるだろうか。どちらが「エラい」かということで言えば、これは多分「受け手」のロシアの人たちの方が「エラい」のだと思う。まあ、第二次大戦後の関係から言えばロシアはドイツに対しては「戦勝国」だったわけであり、そういう面での「おおらかさ」みたいなものも、存在しているのかもしれない。

そうした「おおらかさ」は、ネットで知り合った中国人の若い友だちと話している時などにも、折に触れて感じることがある。日本は中国に対してそれこそ言語に尽くせぬ侵略と蹂躙を繰り返してきたわけだが、その侵略者を7年間の「抗日戦争」の末に撃退した勝利の歴史に、あの国の人たちはみんな「誇り」を持っている。それは日本人が「今のまま」では、絶対に持つことのできないタイプの「誇り」である。日本がやってきたのは「誇れないこと」ばっかりだったのだから。

なので、日本文化の中に溢れている「日本的」な「中国に対するイメージ」を紹介すると、イヤな顔をされるよりはむしろ「面白がってもらえること」の方が多い。「なぜか上海」みたいな歌も気に入ってもらえたし、「ラーメンマンの画像」を見せた時の反応は「大受け」だった。ただし「春麗の画像」を見せた時だけは、激怒された。「露出度がありえない」からだそうで、それは本当に「正しい反応」だと思った。おかしいのは明らかに「日本の基準」なのである。

そんなやりとりがもっともっと「普通に」交わせるような時代に、早くなっていけばいいものだと思う。


じゃじゃ馬にさせないで

=翻訳をめぐって=

Moskau
Fremd und geheimnisvoll
Türme aus rotem Gold
Kalt wie das Eis

原文は「よそよそしくて神秘的」「氷のように冷たい」という「形容詞節」になっているのだが、訳詞の座りが悪くなるので「街」「ところ」という訳語を青字で補った。「Fremd=慇懃/よそよそしい」という言葉には、当時の「西側世界」からの「東側世界」に対する「距離感」が込められているのだと思う。

Kosaken,
hey, hey, hey, hebt die Gläser

「コサック」というのは「よく聞く言葉」ではあるけれど、「どういう人たち」なのかということはなかなか簡単に説明できることではないらしい。Wikipediaには「ウクライナと南ロシアなどに15世紀以降に帝政ロシアの農奴制から逃亡した農民や没落貴族で形成された独特の軍事的共同体、またはその共同体の一員である」と記載されている。「民族」でもなければ「社会階層」でもない、「独特の軍事的共同体」だったわけである。帝政ロシアの時代には税金を免除されることと引き換えに国境警備や治安維持などの兵役を課せられていたとのことであり、ロシア革命の際には反革命軍の一大勢力となったため、内戦終結後は弾圧され、共同体としての「コサック」は「消滅」させられることになったのだという。ソ連崩壊後は、ウクライナやロシアの市民団体によってコサックの「復帰運動」が行われているらしい。

一番上の動画でジンギスカンの人たちが踊っているのは有名な「コサックダンス」をモチーフにした振り付けなのだけど、「本物のコサックダンス」と比べるならばあんなのは「甘っちシゲル」の世界である。それがどんなものかを知りたい方は、ぜひ下の動画をご覧頂きたい。前半は何と言うことはないのだけれど、後半はもはや無重力の世界なのである。


Казачок

Towarisch,
hey, hey, hey, auf das Leben, hey

「タワーリシチ(товарищ)」は「同志」という意味。社会主義時代のロシアにおいては最も広く使われていた二人称の呼びかけだった。

Moskau, Moskau
Deine Seele ist so groß
Nachts, da ist der Teufel los
Ha, ha, ha, ha, ha, hey

「Nachts, da ist der Teufel los」は直訳すると「夜になると地獄が解放される」みたいな意味になるのだが、「地獄が解放される」はドイツ語では「大騒ぎをする」みたいな意味の慣用句なのだという。直訳だとどうしても誤解を招きそうな感じがするため、「大騒ぎ」で翻訳した。


Moskau@Russia

動画は2013年のお正月にロシアのテレビで放送されたと思しき、ロシアの人たちによる「めざせモスクワ」の大合唱。前半の歌詞がドイツ語で歌われていることにコメント欄では多くの感動の声が寄せられていたが(歴史を考えるならそれはやっぱり「感動的」なことなのだ)、いいなあ。楽しそうだなあ。いろいろ偏屈なことばっかり書きつつも、私はやっぱり「お祭り騒ぎ」が大好きなのだなあ。オリンピックなんかには死んだって「踊らされて」やるものかと今から思っているし、そういう人間が「お祭り騒ぎ」をできる場所は今の日本では極めて限られてはいるわけなのだけど。三回に渡ってお送りしてきたジンギスカン特集はとりあえず今回をもって「打ち止め」にさせてもらいます。ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1979.
Key: A♭→A