華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Volunteers もしくはアメリカ義勇軍 (1969. Jefferson Airplane)


Volunteers (Woodstock '69)

Volunteers

英語原詞はこちら


Look what's happening out in the streets
Got a revolution Got to revolution
Hey I'm dancing down the streets
Got a revolution Got to revolution
Ain't it amazing all the people I meet?
Got a revolution Got to revolution

外をごらん。
街頭で何が起こっているかを。
革命だよ。
革命をやらなくちゃ。
ほら私は
街じゅうで踊っているんだよ。
革命だよ。
革命をやらなくちゃ。
すごいと思いませんか。
行き交うすべてのみなさん。
革命だよ。
革命をやらなくちゃ。


One generation got old
One generation got soul
This generation got no destination to hold
Pick up the cry

ひとつの世代が年老いて
ひとつの世代が魂を摑んだ。
その世代はまだ向かうべき目的地を
手にしていない。
叫びをすくいあげよう。


Hey now it's time for you and me
Got a revolution Got to revolution
Come on now we're marching to the sea
Got a revolution Got to revolution

さあほら
あなたと私の時代だよ。
革命だよ。
革命をやらなくちゃ。
一緒に行こう。
海まで行進するんだ。
革命だよ。
革命をやらなくちゃ。


Who will take it from you?
We will and who are we?

あなたからそれを奪おうとしているのは
誰なのか。
我々は何者で
どこへ向かおうとしているのか。


We are volunteers of America
Volunteers of America
Volunteers of America

我々はアメリカ義勇軍だ!
アメリカ義勇軍だ!
アメリカ義勇軍だ!


Look what's happening out in the streets
Got a revolution Got to revolution
Hey I'm dancing down the streets
Got a revolution Got to revolution
Ain't it amazing all the people I meet?
Got a revolution Got to revolution

外をごらん。
街頭で何が起こっているかを。
革命だよ。
革命をやらなくちゃ。
ほら私は
通りじゅうで踊っているんだよ。
革命だよ。
革命をやらなくちゃ。
すごいと思いませんか。
行き交うすべてのみなさん。
革命だよ。
革命をやらなくちゃ。


We are volunteers of America
We are volunteers of America
We are volunteers of America
Volunteers of America
Volunteers of America
Volunteers of America

我々はアメリカ義勇軍だ!
我々はアメリカ義勇軍だ!
我々はアメリカ義勇軍だ!
アメリカ義勇軍だ!
アメリカ義勇軍だ!
アメリカ義勇軍だ!


Meadowlands

ジェファーソン·エアプレインが「Meadowlands」というタイトルで「ポーリュシカ·ポーレ」をカバーしていたということを前々回の記事を書いた時に知り、それが入っているアルバムをAppleミュージックで聞いてみたところ、その次に流れてきたのが「知ってる曲」だったので、驚いた。遠い昔に「ウッドストック'69」というコンサートのことを紹介していた夜中のテレビ番組で、その演奏に一瞬だけ触れて、名前も分からなかったけどずっと心に焼きついていた曲だ。あれを歌っていたのが、ジェファーソン·エアプレインという人たちだったのだな。

この歌が特別に印象に残っていた理由は、何だったのだろう。まず、「音が太いこと」に度肝を抜かれたのを覚えている。「本当のエレキギターの音」というものを、私はあの映像を通じて初めて知った気がした。祖父母や両親の世代とは異なり、そんなものは生まれた時から世の中には溢れていたわけではあるのだけれど、それだけにその「原初的な響き」というものを、自分は知らずにいたのだと思わされた。一本の鉄弦をピックでハジくというそれだけのことで、どうしてあんなに「大きな音」が出せるのか。それもそこらじゅうの空気を丸ごと紙ヤスリに変えてしまうような、荒々しくてザラザラした音質に変えてである。そのザラザラした音で「心をこすられる感じ」を、私はあの夜中のテレビ番組で初めて「知った」と思った。確かKBS京都テレビだったと思うけど、そんなことはまあどうでもいいか。ともあれそれが、自分の親の世代の人たちが初めてエレキギターの音を聞いた時に経験した気持ちだったのだと思ったし、引いてはそれが「アメリカの音」というものなのだろうな、と思った。

「音」と同時に心に刻まれたのは、歌詞は全く分からないけれどその一番最後に繰り返されていた「アメリカ!」という言葉の連呼だった。アメリカの人がこれだけ「アメリカ!」を連呼しているからには、これは一種の「アメリカ応援歌」みたいな歌なのだろうかと思ったが、その割には曲調に威圧的なものがなかった。むしろ真摯なものが感じられた。(応援歌というのはそもそも「敵を威圧するための歌」なのだから「威圧的」なのが当たり前なのだが、「自分の優位性を誇示するような歌」というものを、基本的に私は好きになれない。「道義性を誇示する」なら話は別だけど)。それで実際はどういう歌だったのかということが、今回曲名を知って歌詞を読んで初めて分かったのだが、アメリカにこんな歌があったのかと思ってしまうくらいにド直球の、「革命の歌」だったのだった。

日本語化している「ボランティア」という言葉には、「困っている人の気持ちに寄り添いながら身を削って無償で働く」的なことを指す「やさしげなイメージ」が強いけど、もともとこの言葉は「自発的に戦場に赴く志願兵」のことを指す軍事用語だったのである。(中世フランス語の「voluntaire」が16世紀に英語に移入された経緯からして、当初は軍事方面に「限った」使われ方がされていた)。そしてアメリカのように徴兵制を有する国家(ベトナム戦争以降、現在に至るまで「徴兵」復活はなされていないが、18-25歳の男性の徴兵名簿への登録はいまだに義務づけられている)においては、この言葉はいっそう強く「戦争のイメージ」をまとっている。

volunteer」の対義語は「draftee」で、これは「被徴兵者」。つまり「強制的に戦争に駆り出された人」のことを指す言葉である。そして「ウッドストック·フェスティバル」が開催された1969年の前後は、まさにベトナム反戦運動の中で徴兵制度反対の声が高まり、多くの若者が徴兵を拒否して投獄されていた時代だった。「愛と平和の祭典」と位置づけられた「ウッドストック」に結集した40万人は、誰もがその心情的同調者だったと言っていい。その場所においてジェファーソン·エアプレインが「We are volunteers (我々は志願兵だ)」と歌ったことは、果たしてどういう意味を持っていたのだろうか。「むりやり戦争に行かされること」に誰もが反対している中にあって、「自分から戦場に向かう人間」というのは、そのコンサートの趣旨からすれば一番「かけはなれた存在」であるように、一見したところ思える。

「当たり前のこと」をモッタイぶった言葉で「解説」するのも気が引けるが、「正義の戦争」に「自発的に参加する人」というのは、「英雄」なのである。そして「不正義の戦争」に「自発的に参加する人」というのは、「極悪人」なのである。「ウッドストック」の前年に、ヒッピー文化を敵視する「サイレント·マジョリティ」の支持を集めて大統領に当選したニクソンをはじめ、当時におけるアメリカの伝統的な権威の体現者たちは、誰もが躍起になってベトナム戦争が「正義の戦争」であることを喧伝していた。けれども戦争に反対するキング牧師やロバート·ケネディが相次いで暗殺され、かつ学生運動に対する警察の弾圧や、公民権運動に敵対する白人の暴力が日毎にエスカレートしていたその中、心ある人たちの目にはその宣伝が「大ウソ」であることが、ハッキリと見えていた。そしてその人たちにとっては、その「伝統的な権威」と「戦う」ことこそが、「正義の戦争」としての意味を持つことになっていったのだ。「We are volunteers of America」という「宣言」は、その文脈から発せられている。

徴兵拒否の若者たちというのは、「伝統的な権威」の体現者たちからは常に「臆病者」として嘲笑われるだけの存在だった。けれども「不正義」が「制度」として存在している中で、それに唯唯諾諾と従うこととそれに反対することとでは、果たしてどちらが「勇気」や「自発性」を要する行為だと言えるだろうか。「不正義の戦争」に反対し、「伝統的な権威」と「戦う」というその立場において、我々こそが本当の「Volunteers =『志願兵』の集合体としての『義勇軍』」なのだと誇りをもって宣言しているのがこの歌なのである。と私は思うし、また海外サイトもこの歌のことをそのように解説している。「アメリカ義勇軍」という言葉は、「自分たちこそが『アメリカの良心』の体現者なのだ」といった意味の込められた抽象的な表現であるようにも思えるし、あるいはもっと具体的かつ直接的に「革命軍」みたいなものをイメージした言葉である可能性もある。ニクソンをはじめとした支配者たちは「ウッドストック」を恐怖し、かつ激しい憎悪に駆られていたことだろう。アメリカ独立革命に際してイギリス軍と戦った誇りある最初の軍隊の名前が、今や自分たち自身に敵対していることを間違いなく感じていたはずだからである。

1960年代を通じて爆発的に高まった「カウンターカルチャー」のうねりは、1968年のニクソン当選をもって、政治的には敗北したのだということが言われている。そして「敗北」というものは、それまで一つの目的のために団結して戦っていた人々の心を、情け容赦なく「バラバラ」にしてしまう。この歌が作られた当時、まだ街頭にはデモが溢れていて、かつ「ウッドストック」という史上最大のコンサートも実現されたわけではあるけれど、「運動」はそれ以上の盛りあがりを見せることもなく、「アメリカの良心」は重い挫折感を抱えたままで70年代を迎えることになってゆく。それは日本においても同じことだったということが言われているし、世界はその挫折からいまだに立ち直れないまま、「新たな戦争の時代」を迎えようとしているのだということが言えると思う。

けれども大きなスパンで見るならば、何年後か何十年後かと言うことは具体的に言えないにしても、いま生きている世代の人間がまだ生きている間に「次のうねり」は必ず訪れるのだし、その時に次の時代を本当に切り開くことができるのは、「挫折しないで戦い続けた人間」だけなのだ。「全体」が高揚している雰囲気の中で書かれたこの歌が「時代の徒花」だったとは私は思わないし、また新しい生命力を持って歌い継がれてゆく必然性を充分に持っている歌だと思う。よしんばこの歌を作った人たち自身が、その「生命力」を既に喪失してしまっていても。の話である。

=翻訳をめぐって=

ジェファーソン·エアプレインは男女混淆ボーカルのバンドだったので、「男の言葉」で翻訳しても「女の言葉」で翻訳しても「おかしな」話になる。そこだけ「工夫」が必要だったし、工夫した割に大して美しい日本語訳になっているとも思えないのだが、そこはまあそういうブログなのだということで、ご了承願いたい。

Look what's happening out in the streets

「street」という言葉をどういう日本語に置き換えるかは、このブログの抱えているかなり一貫した問題である。日本語世界でも「ストリート」を「ストリート」のままで使おうとする傾向のある人は割と多いが、スカした感じがして好きではないのと、「その人たちの勝手な意味付与」がなされてずいぶん原義が歪められているように感じるので、私はあまりマネしたくない。直訳は「通り」なのだが、「通り」という日本語にはあまりにも「想像力をかき立てる要素」が欠けているように思われる。なので私は、とりわけ政治的な文脈でこの言葉が使われている場合には「街頭」、そうでもない場合には単に「街」と訳すことが多いのだが、英語のテストだとたぶん間違いになる訳し方である。TMNの歌詞に昔「車道で踊るあの娘」というフレーズがあったのは、何とかして「ストリート」を日本語で表現したいあの人たちの努力のあらわれだったのだな、と今になってみると思う。

Got a revolution Got to revolution

こういう「got」の使い方は学校では絶対教えてもらえないにも関わらず、日常会話の中ではこの「got」がなければ話が成立しないぐらいによく出てくる表現なのである。そしてネイティブでもなければバイリンガルでもない私には、この「got」が持っている語感というものがいまだに「正確に」理解できているとは言いがたい。

この歌詞においては、前者の「got」を「革命というものが自らのもとにある」というニュアンスで、後者の「got to」を「革命をしなければならない」というニュアンスで翻訳している。そう訳した根拠については以前に書いた下記の記事を参照されたいが、もし間違いがあるようなら指摘されたい。
nagi1995.hatenablog.com

One generation got old
One generation got soul
This generation got no destination to hold
Pick up the cry

...かなり象徴的な言葉が使われていて分かりにくいが、「自分たちの世代には魂はあるけどどこに向かえばいいかが分からない」という苛立ちに似た感情が歌われているのだと思う。「pick up」は「拾いあげる」なので「すくいあげる」と訳すると厳密には間違いなのだが、「叫びをpick upする」というのがどういうことを意味しているのかということを考えるなら、「言葉にならない叫びというものは、相手にされることがなければ消えてしまうしかないものだが、今は言葉にできなくても叫ばずにいられないその気持ちというものを、我々は見失うことなく握りしめ、それを自分たちの目的地に変えよう」みたいな意味なのだと思われる。(私には、です)。だったら「拾いあげる」よりは、「すくいあげる」の方がふさわしいと思う。

Come on now we're marching to the sea

海の向こうでアメリカ軍と戦っているベトナムの民衆とひとつになろう、という呼びかけであると同時に、旧約聖書の中で紅海の水を真っ二つに割ってその中に行進していったモーゼのイメージみたいなのも重ねられた歌詞なのだと思う。


andymori 革命

「革命を起こすんだ、夢を見るんだと誰もが今夜祈る」なんて歌われてるけど、本当かな。私の頃には自分の周りにそういうことを口に出して言う人間なんて一人もいなかったものだけど、自分より若い人の口からこういうことが歌われると、ちょっとだけドキドキしてしまう。今回の歌を通じて私の心はググッと「ウッドストック」に傾いてしまったのだが、「トータルバラライカショー」の特集が始まったばかりである。この特集ではロックという音楽、ひいては20世紀の大衆音楽というものが「何」だったのかということについてその原点から捉え返して行こうという気持ちを固めているので、「ウッドストック」という巨大な山塊にはその作業を終えたのち、心を新たにして取りかかってゆくことにしたい。ゆくことができれば。ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1969.11.
Key: G