華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

It's Only Rock 'N' Roll もしくは ばららいき (1974. The Rolling Stones)



さあ、ずいぶん引っ張ることになったけど、いよいよ「トータル·バラライカ·ショー」の始まりである。1993年6月12日にヘルシンキで開催されたこのコンサートは、ローリングストーンズのこの曲で幕を開けた。「レニングラード·カウボーイズ」を名乗る井沢的リーゼント集団がエレキギターをかき鳴らすそのバックで、「It's Only Rock 'N' Roll」を大合唱するソビエト赤軍合唱団。前回の記事からの流れで言うならば、これほど「時代が変わった」ことを実感させられたコンサートが他にあっただろうか。「冷戦構造の崩壊」が「資本主義の勝利」を意味していたと結論づけたがるようなあらゆる言説に、私は嫌悪感しか覚えない。けれども長年にわたり緊張関係のもとに置かれていたフィンランドとロシアという二つの国の人々が、お互いの文化を心から無邪気に楽しみあっているさまが映し出されたこのコンサートは、思春期だった私にとってこの上なく鮮烈で、感動的な印象を残すものだった。多分これは、フィンランドという国だったからこそ実現できた夢のコラボレーションだったのだと思う。もっと言うなら、フィンランドという国からレニングラード·カウボーイズというバンドが出てきてくれたから、である。ライブ映像が見つからず、音声動画しか貼りつけることができなかったのはいかにも残念なのだが、聞いたことのなかった皆さんは、ぜひ一緒にその熱気に触れてみてほしい。

なお、今回私がこの曲を取りあげたのは飽くまで「トータルバラライカショーという歴史的なコンサートで演奏された曲目だったから」という理由にもとづいており、ストーンズというバンドと私が現在「絶交中」であることは折に触れて明らかにしておかねばならないと思う。別に、絶交したくてしてるわけではないのである。しかし下記のような邪悪な歌を作っていまだにそれを反省するコメントのひとつも出していないということは、人間として根本的に間違っているとしか思えない。そしてそれを許容することができる聞き手の側も、やはり根本的に間違っているとしか思えないのだ。そのことを踏まえた上で、とりあえずは試訳に移りたい。

nagi1995.hatenablog.com

It's Only Rock 'N' Roll

It's Only Rock 'N' Roll

英語原詞はこちら


If I could stick my pen in my heart
And spill it all over the stage
Would it satisfy ya, would it slide on by ya
Would you think the boy is strange?
Ain't he strange?

もしワシが自分のペンで
ワシの心臓を突き刺してやな。
ステージじゅう血だらけに
したったりとかできたらやな。
兄ちゃんら喜んでくれるか。
じぶんらのとこまで
血ぃは流れて行きよるやろか。
あのおっさんおかしいて思うかな。
おっさんおかしいんとちゃうんかって。


If I could win ya, if I could sing ya
A love song so divine
Would it be enough for your cheating heart
If I broke down and cried?
If I cried?

もしワシがじぶんらにやな。
ものごっついラブソング
作ったれたとしてやな。
ほいでうまいこと
(う)とたれたとしてやぜ。
それでじぶんらのフワフワした心
つかめるもんなんかな。
ワシがガバァ倒れて
泣き出したりとかしたら。
泣き出したりとかしたらやぜ。


I said I know it's only rock 'n' roll but I like it
I know it's only rock 'n' roll but I like it, like it, yes, I do
Oh, well, I like it, I like it, I like it
I said can't you see that this old boy has been a lonely?

わあったあんねん。
しょせん言うたかて
ただのロックンロールやないかいて。
しゃーけどワシはそれが好っきゃねん。
わあったあんねん。
しょせん言うたかて
ただのロックンロールやないかいて。
しゃーけどワシはそれが好っきゃねん。
好っきやねん。
好きやっちゅーとんねん。
ああー好っきゃわ。
好っきゃわー。好っきゃわ。
わかれへんけ。
このおっちゃんはずーっとな。
さびしーねん。


If I could stick a knife in my heart
Suicide right on stage
Would it be enough for your teenage lust
Would it help to ease the pain?
Ease your brain?

もしワシが自分の心臓包丁で刺して
ステージのど真ん中で
自殺したったりとかできたらやな。
それでじぶんらの
10代の渇望ちゅーやつは
満たされよんねやろか。
じぶんらの痛みちゅーやつは
ちょっとでもラクにでけるのんか。
アタマもラクにでけるのんか。


If I could dig down deep in my heart
Feelings would flood on the page
Would it satisfy ya, would it slide on by ya
Would ya think the boy's insane?
He's insane

この胸エグれるだけ深あに
エグったれたらやー。
フィーリングかて溢れ出しよんぜ。
ノートに書きつくされへんぐらいに。
ほしたら姉ちゃんら喜んでくれるか。
したたるフィーリングは
じぶんらのとこまで
流れて行きよるやろか。
あのおっさんinsaneやて思うかな。
おっさんinsaneとちゃうんかって。


I said I know it's only rock 'n' roll but I like it
I said I know it's only rock'n roll but I like it, like it, yes, I do
Oh, well, I like it, yeah, I like it, I like it
I said can't you see that this old boy has been a lonely?

わあったあんねん。
しょせん言うたかて
ただのロックンロールやないかいて。
しゃーけどワシはそれが好っきゃねん。
わあったあんねん。
しょせん言うたかて
ただのロックンロールやないかいて。
しゃーけどワシはそれが好っきゃねん。
好っきやねん。
好きやっちゅーとんねん。
ああー好っきゃわ。
好っきゃわー。好っきゃわ。
わかれへんけ。
このおっちゃんはずーっとな。
さびしーねん。


And do ya think that you're the only girl around?
I bet you think that you're the only woman in town, ah, ooh yeah

なあ姉ちゃんじぶん
このへんでいっちゃん行けてんのは
自分や思てんのんちゃんう?
絶対せやぜ。街で女は自分だけて
思たある顔やぜ。ききき。


I said I know it's only rock 'n' roll but I like it
I said I know it's only rock 'n' roll but I like it
I know it's only rock 'n' roll but I like it, yeah
I know it's only rock 'n' roll but I like it, like it, yes, I do
Oh, well, I like it, I like it, I like it, I like it
I like it, I like it, I like it (only rock 'n roll') but I like it
(It's only rock 'n' roll) but I like it (only rock 'n' roll) but I like it
(Only rock 'n' roll) but I like it (only rock 'n' roll) but I like it
(Only rock 'n' roll) but I like it (only rock 'n' roll) but I like it
(Only rock 'n' roll) but I like it (only rock 'n' roll) but I like it
(Only rock 'n' roll) but I like it (only rock 'n' roll) but I like it
(Only rock 'n' roll) but I like it, yeah, but I like it
Oh and I like it, ooh yeah I like it

わあったあんねん。
しょせん言うたかて
ただのロックンロールやないかいて。
しゃーけどワシはそれが好っきゃねん。
わあったあんねん。
しょせん言うたかて
ただのロックンロールやないかいて。
しゃーけどワシはそれが好っきゃねん。
好っきやねん。
好きやっちゅーとんねん。
ああー好っきゃわ。
好っきやねん。
(ロックンロール一筋)
言うたかて好っきやねん。
(ロックンロール一筋)...



「insane」は「精神病者」に対する差別表現です。ここでは原文をそのまま転載しました。


It's Only Rock 'N' Roll

...一読して「何だこれは」と憤っている皆さんが少なくないことが想像されるので、一言ぐらい言っておかねばならないと思うのだが、私自身は近畿地方の出身者である。そして関西人である以上「関西弁でしか翻訳できない歌や気持ち」というものが、どうしてもあるのである。とりわけ、エモーショナルな楽曲になればなるほど、その傾向が強い。ブログを始めた当初は結構、そういう「独りよがりな翻訳の仕方」は慎まねばと自分にブレーキをかけていたりもしたのだが、ビートルズの「Mr. Moonlight」の訳詞が藤島桓夫さんの声を通じて「降りてきて」しまった昨年2月の霊的神秘体験以来、関西弁にしか聞こえなかった歌は開き直って関西弁で翻訳することに決めている。「ちゃんとした」翻訳を読みたい方には、よそを当たってもらう他にない。地元の文化を基準にするなら、これだって充分に「ちゃんとした翻訳」なのだという気持ちで書かせてもらっているつもりである。

nagi1995.hatenablog.com
私の親の世代の人たちにとっては、ロックというものは確かに「若者の音楽」だったのだろうが、私の世代になると既にそれは、物心ついた時分から「おっちゃんらの音楽」になっていた。私の親戚で一時、寝屋川で喫茶店をやっていた人がいるのだけど、小学生の頃にそこでカルコ(カルピスのコーラ割りです)を飲ませてもらったりしていると、短い時間のあいだに入れ替わり立ち替わり「ロック好きのおっちゃんら」が入ってきて、寄ると触ると音楽の話をしていた。おっちゃんらはたいてい小汚い格好をしていて、全身にタバコの匂いを染み込ませていて、多少は白髪が混じっていて、そして何でも知っていた。自分が同じぐらいの年になった今になって思うと、そのおっちゃんらはみんな基本的に生き方が不器用で、背広を着た人間たちから見下されて、冴えない毎日を送っていたタイプの人たちだったのだと思う。けれどもその頃の私にとって「大人」というのはそういう人たちのことだったし、また自分もそういうオトナに早くなりたいと自然に思わせてくれるぐらいに、そのおっちゃんらはとても魅力的な人たちだった。

「そういうおっちゃんら」の中にあの頃は石田長生さんがいたのだし、有山じゅんじさんがいたのだし、フォークだけど西岡たかしさんがいたわけだし、ブルースと言うか演歌だったけど憂歌団の人たちがいたわけである。直接知り合いだったわけではもちろんないのだけど、テレビやラジオやカセットテープを通じて触れる「そういうおっちゃんら」の言葉や音楽には、みんな「同じ匂い」がしていた。

ストーンズの「It's Only Rock 'N' Roll」は、「そういうおっちゃんら」の歌なのだろうなと、私はずっと思っていた。そういうおっちゃんらはみんな一様に、ええ歳してコロモが聞くよーな歌にずーっと夢中になってるワガ(自分)というものに対するそこはかとない自嘲と同時に、それと裏腹の誰にも文句は言わせないという誇りのようなものを、身体から発散させていた。(大和、河内、紀伊の三州においては、「らりるれろ」と「だぢづでど」の発音の境目が曖昧になってしまう傾向が昔からある)。「たかがロックンロール。でもオレはそれが大好きなのさ」という東京的な言葉で翻訳されたこの歌の歌詞は、当時から「しゃーけど好っきゃねん…」というそういうおっちゃんらのザラザラした塩辛声に「翻訳」されて、私の耳には聞こえていたのだった。(それにしても「〜なのさ」という日本語を「本当に」喋る人というのには、一体どこに行けば出会えるのだろうか)

とはいえ、歌詞の全体を読んでみると、ここに歌われているのはそうした場末のロック好きのおっちゃんらの呟きというわけでもなく、年齢的にはおっちゃんであれ少なくとも野球場を満員にできるぐらいの地位と名声を手中におさめたロックンローラーによる、「どうしたら聞き手との距離を埋められるんだ」という「ゼイタクな悩み」であることがうかがえる。関西出身のアーティストでこういう歌詞を歌わせて本当に「サマになる」人といえば沢田研二と桑名正博ぐらいしか思い浮かばないわけで、このうち桑名さんは既に物故されているからやっぱり頼りはジュリーしかいないことになるのだろうか。でもあのひと関西以外のステージでは絶対関西弁喋らないもんなあ。ちなみに全国区だとどんな人がサマになるだろうと思って矢沢永吉、世良公則、吉川晃司...と思いつくままに名前を挙げてみたら、三人とも広島の人であることに気づいてしまって私は今、ビックリしている。驚愕のサンフレッチェである。私には地元の言葉でしか翻訳することができないので上のような形になったが、もしも広島の人が広島弁で翻訳したら、もっとそれっぽくて迫力のある「It's Only Rock 'N' Roll」が読めるのかもしれない。

=翻訳をめぐって=

タイトルの「It's Only Rock 'N' Roll」なのだけど、これが「しょせんはただのロックンロール」という意味であることは当初から歌詞カードを通じて知っていたとはいえ、「オレにはロックンロールしかない」とも聞こえてしまう気が、昔からしている。と言うか、「オレにはロックンロールしかない」という意味で「It's Only Rock 'N' Roll!」と叫んでしまいたくなる衝動みたいなものを、いまだに感じてしまうことがある。「only」には確かに「たかがしょせんは」みたいな意味もあるのかもしれないが、「王道」としてのメインの意味は、やっぱり「かけがえのない唯一の」というところにあるのではないだろうか。曲全体のメッセージが「オレにはロックンロールしかない」であることは間違いのないところだし、そうであればこそレニグラの皆さんもこの曲をコンサートの一発目に持ってきたのだろうけれど、「It's Only Rock 'N' Roll」というフレーズを単独で切り取った場合、そこのところは、どうなっているのだろう。

結論から言うならば、英語圏の人が聞いた場合、「It's Only Rock 'N' Roll」はやっぱり「しょせんロックンロール」としか「聞こえない」のだそうで、「ロックンロールしかない」と言いたい時には「There's only Rock 'N' Roll」と言うのだそうである。そのうち翻訳するけどビートルズの「It's Only Love」も同じ理屈で「たかが愛」という意味になり、「唯一の愛」ではない。福山雅治の「It's Only Love」も、「あふれる涙は単なる愛」という歌だったことになるわけだ。リアルタイムでは「あふれる涙こそは唯一の愛の証」みたいなイメージで聞いてたものだったのだけど、本人も本当に「たかが愛」という気持ちで歌っていたのだろうか。聞いたことがないから何とも言えないのだが、よしんば間違った英語の使い方をしていたのだとしても、「唯一の愛」という歌であってほしかった気が私はするな。

ただし最後の「I like it (only rock 'n' roll)」というコーラスについては、英語圏の人にとっても「好きなんだ(ロックンロールだけが)」という意味で聞こえているわけであり、そんな風に「たかがロックンロール」と「ロックンロール命」とが似たような言い方で交互に繰り返される中で、英語圏の人にも両方の意味がグチャグチャに溶け合って、果たしてどっちの意味で歌われているのか分からなくなってしまうような「面白さ」が、この曲には仕込まれているのかもしれない。心理学の用語ではこれを「ゲシュタルト崩壊」と呼ぶそうだが、以前にニルヴァーナの歌詞を集中的に翻訳していた時期にそういう手法に何度も出会ったことから、個人的には私はこれを「スメスピ効果」と呼んでいる。興味のある方は関連記事を参照されたい。
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翻訳をめぐってもう一点気になっているのは、「If I could stick my pen in my heart…」という冒頭部分の訳し方である。従来の翻訳ではこの部分は、「オレがステージを血だらけにしたらオマエらは満足かい?」といったような挑発的と言うか当てつけ気味の言葉で訳されているケースがどのサイトを見ても多いのだけど、「If I could〜」は「〜できたら」という意味なのである。「血だらけにしたら」と「血だらけにできたら」の違いは大きい。「could」という言葉には「できるものならそうしたい」という気持ちが込められているように思えてならないわけで、そう考えるならここに歌われていることは「挑発」ではなくむしろ「サービス精神の発露」なのではないかという気が私はするのである。

ミック·ジャガーは生意気で浮気な若い観客に対してむかついていたわけでは別になく、むしろそうした世代の違う観客とどうすれば思いを分かち合えるのかと真剣に悩んでいたことの上で、こうした歌詞ができあがったのではないだろうか。聞けばこの曲はデヴィッド·ボウイの「Rock'n'Roll Suicide」の影響のもとに、ボウイ本人ともセッションしている間に作られた曲らしいのだけど、あの曲だって聞き手との「距離感」を乗り越えて何とかして手を繋ぎあいたいという気持ちが伝わってくる歌であるわけで、スネて逆ギレしているような歌では決してない。とはいえ私はネイティブでもなければバイリンガルでもないので、wouldとかshouldとかcouldとかいった英語の微妙な言い回しが実際にはどんなニュアンスを表現しているのかということについては、読解に全く自信がない。このへん、説明してくれることのできる方がもしいたら、コメントを残して行って頂ければ幸いです。


Amazing Balalaika

「But, I like it!」というこの歌のリフレインは、日本語的に表記するなら「ばららいき!」としか聞こえない。そして「バラライカ」といえば言わずと知れたロシアの民族楽器である。その名前を冠した国際コンサートの冒頭にレニングラード·カウボーイズがこの曲を持ってきたのは、「バラライカ」と聞こえなくもないその響きがカブっていたからなのではないか、という気がちょっとだけしている。バラライカというその楽器の演奏を、YouTubeの時代になった今になって初めて私は実際に目にすることができたのだけど、よくまあ弦が3本しかない楽器でこれだけのパフォーマンスができるものだと思う。3分57秒、しっかりと見とれてしまった。ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1974.10.18.
Key: E