華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Layla もしくは らいらみららいら (1971. Derek & the Dominos)


Layla

Layla

英語原詞はこちら


What'll you do when you get lonely
And nobody's waiting by your side?
You've been running and hiding much too long.
You know it's just your foolish pride.

もしもきみがひとりぼっちになって
そばでつくしてくれるやつが
誰もいなくなってしまったら
どうするつもりなんだ。
きみはあんまり長いこと
逃げたり隠れたりしつづけてきた。
わかるだろうそんなのは
foolishなプライドでしかないんだよ。


Layla, you've got me on my knees.
Layla, I'm begging, darling please.
Layla, darling won't you ease my worried mind.

レイラ
おれをひざまづかせたのはきみだ。
レイラ
この通りだダーリンお願いだ。
レイラ
つぶれそうなおれの心をダーリン
おちつけてやってほしいんだ。


I tried to give you consolation
When your old man had let you down.
Like a fool, I fell in love with you,
Turned my whole world upside down.

きみんとこの亭主が
きみを放ったらかしにした時
おれはきみをなぐさめることが
できたらって思ったんだ。
foolみたいにおれは
きみに恋に落ちてしまった。
自分の世界を上から下に
丸ごと引っくり返してしまった。


Layla, you've got me on my knees.
Layla, I'm begging, darling please.
Layla, darling won't you ease my worried mind.

レイラ
おれをひざまづかせたのはきみだ。
レイラ
この通りだダーリンお願いだ。
レイラ
つぶれそうなおれの心をダーリン
おちつけてやってほしいんだ。


Let's make the best of the situation
Before I finally go insane.
Please don't say I'll never find a way
And tell me all my love's in vain.

やれるだけのことを
やってみようじゃないか。
おれが本当にinsaneに
なってしまう前に。
おれにはどうすることもできないなんて
頼むから言わないでくれ。
おれの愛の全てがムダになるんだなんて
お願いだから言わないでくれ。


Layla, you've got me on my knees.
Layla, I'm begging, darling please.
Layla, darling won't you ease my worried mind.

レイラ
おれをひざまづかせたのはきみだ。
レイラ
この通りだダーリンお願いだ。
レイラ
つぶれそうなおれの心をダーリン
おちつけてやってほしいんだ。


Layla, you've got me on my knees.
Layla, I'm begging, darling please.
Layla, darling won't you ease my worried mind.

レイラ
おれをひざまづかせたのはきみだ。
レイラ
この通りだダーリンお願いだ。
レイラ
つぶれそうなおれの心をダーリン
おちつけてやってほしいんだ。



「foolish」「fool」「insane」という言葉は、それぞれ「精神病者」に対する差別表現です。ここでは原文をそのまま転載しました。

=翻訳をめぐって=

「デライラ」が二回も続いた以上、次はどうしたって「レイラ」である。特集記事を組んでいる最中であるにも関わらずどんどんそこから脱線してゆく背徳感みたいなものに、最近の私はハマってしまいつつある。

この歌は、とかく有名なように、エリック·クラプトンが親友のジョージ·ハリスンの結婚相手だったパティ·ボイドさんのことを好きで好きで仕方なくなってしまい、その思いの丈をストレートにぶつけた曲であるわけだが、何度も書いてきたようにこのブログのテーマは飽くまで「うたを翻訳すること」であり、歌の意味を「正しく知る」ということは、その歌のスキャンダラスな背景について「詳しくなる」ということとは違うはずだという見解を私は持っている。そういう裏事情について知りたい方は三人の名前で検索すればウンザリするぐらいいろんな情報が出てくるので、そちらを当たってもらいたいと思う。私は一通り目を通さざるを得なかったのだが、実際ちょっとばかりウンザリしている。

「L·Y·L」の三子音を持つ単語は、中近東の言葉では「夜」や「闇」のイメージと結びつけられることが多いらしく、「ライラ」はアラビア語で「夜」という意味であり、ペルシア語の「レイラ」は「漆黒の髪」という意味を持つ。(アラビア語とペルシア語は全くルーツを異にする言語なのだが、イスラム教の成立以降、ペルシア語はアラビア語からの強い影響を受けている)。何回見てもよく分からない「新世紀エヴァンゲリオン」で初めてその名を知った、伝説上の「人類最初の女性」こと「リリス」の語源も、同じところから来ているらしい。

この歌のタイトルになっている「Layla」は、直接には「ライラとマジュヌーン」という、ペルシア語で書かれた12世紀の文学作品が由来になっているのだという。ライラという名前の女性に恋するあまりにマジュヌーン(「ジン」という超自然的存在に取り憑かれた人のことをさす)になってしまった主人公の若者の姿にクラプトンは自分自身を重ね、この曲をかき揚げた書きあげたのだと資料にはある。この「ライラとマジュヌーン」という物語の詳細については、下記リンクのサイトの方が実に精密に調べあげて下さっているので、そちらを参照されたい。なお、このサイトの方は下の記事を含め、「レイラ」という曲について全三回にわたり徹底的に語り尽くして下さっているので、私としては自分のブログに他に書くべきことをほとんど見つけられないぐらいである。

themuse.exblog.jp
もともと英語圏に「レイラ」という名前は存在しなかったのだが、この曲が売れて以降、自分の子どもを「レイラ」と名づける親が急増し、ポリスのギタリストでクラプトンの友人であるアンディ·サマーズも、自分の娘の名前をこの曲からもらっているらしい。これは今のところ、どの日本語サイトにも書かれていない情報だと思うぞ。だからどうしたという気もするのだが。

「ライラ·ミラ·ライラ」とは、ゼータガンダムの最初の方に出てきた女性戦士の名前である。ガンダムシリーズというのは、とかく誰が「正義」で誰が「悪」なのかということが判然とせず(「だからいい」のだろうが)子どもの頃は誰にどう感情移入していいか分からなかったもので私はあまりちゃんと見ていないのだが、「らんばらる」とか「がるまざび」とか、忘れられなくなるようなキャッチーな響きの名前が次から次に出てきたことだけは、今でも大したものだと思っている。

…本当にこんなことぐらいしか書くことが見つからないではないか。

What'll you do when you get lonely
And nobody's waiting by your side?

ここに出てくる「wait」は「待つ」よりむしろ「給仕する」的な意味合いで使われているのではないかと思われ(「waiter」の「wait」)、「そばに仕える」→「そばに控える」→「そばでつくす」という発想から上のような訳し方になったのだが、「意訳の幅」として許容される範囲なのかそれをハミ出しているのかは、正直言って自分では判断できない。誰か詳しい方がいたら教えてください。

Layla, you've got me on my knees.

このフレーズの正確な意味が、私にはずっと分からなかった。口語で「have got」といえば「持っている」という意味になり、「君は僕の膝の上で僕を持っている」ということは対面座位的なイメージになるのだろうかとかいろいろえろえろしい想像をめぐらしていたのだったが、どうやらこの「have」は「現在完了形のhave」として解釈するのが「正しい」ようである。

そうするとこの「got」は「○○を××の状態にする」の「get」の過去分詞だということになるので、直訳は「君は僕を僕の膝の上にある状態にした」=「君は僕をひざまづかせた」ということになる。で、ここからが難しい。これは、どういう意味で言っているのだろう。

日本語で考えるなら、「君は僕をひざまづかせた!」などということは、相手の前では普通言わない。そんなことは、見れば分かる。「君が僕をひざまづかせたんだぞ!」なら、言うかもしれない。これはどちらかと言うと相手のことを「なじる」言い方である。しかしここで歌われている「you've got me on my knees」は、自分の思い通りにならない相手に苛立ちをぶつけていると言うよりは、むしろ相手のことを「賛美している」ことの表現なのだと思う。相手の存在があまりに神々しくてまぶしいので、自分は思わず神の前でそうするように、ひざまづいてしまったのだ。君は僕にとって神なんだ。的なことを、この主人公は言いたいのだと思う。

それを日本語的に表現したらどうなるかということを考えた結果、「僕をひざまづかせたのは君だ」という訳し方になったわけで、なじる言い方と大して変わらないではないかとも思うのだが、「僕はひざまづいた」という訳し方にだけは、したくなかった。「ひざまづくという行為」は「自分の意思」によるものではなく、「相手の存在」から発しているのだという事実が、この主人公にとっては一番重要なのだと思われるからである。

…理屈っぽい話になってしまった。

Layla, I'm begging, darling please.

「I'm begging」を日本語にすると「この通り」だろうな、とほとんど直感で翻訳したのだけれど、「この通り」って「どの通り」なのだろう。「土下座した状態」をさして「この通り」と言う使い方が多いように思うが、土下座してなくても使うもんな。「この通り」。奇妙な日本語である。

Let's make the best of the situation

「make the best of the situation」は「その状況での最善を尽くす」という意味。それを「Let me (おれにやらせてくれ)」ではなく「Let us (おれたち二人でやろう)」という言葉で、主人公は相手に呼びかけている。つまりこの二人は、すでにできている。できていることの上で、もう一歩先の段階まで行くことを主人公が相手に求めている歌なのである。この歌から「プラトニックなイメージ」を受け取っていた人は、考え直した方がいいと思う。私は、考え直した。

Please don't say I'll never find a way
And tell me all my love's in vain.

最後の「love's in vain」が、ロバート·ジョンソンの歌ったブルースの古典作品「Love in Vain」から取られたフレーズであることは、間違いないと思う。アメリカでサザンロックの人たちと組んで録音されたこの「レイラ」のアルバムでは、ブルースの古典作品がいくつもカバーされているが、どれもこれも「人妻に横恋慕する内容の曲」ばかりなもので、改めて聞き直しておいおいおいと思ってしまった。三回。

nagi1995.hatenablog.com
この曲のアウトロ(後奏)では、ギターが泣き叫ぶけたたましい前半部分とは打って変わって叙情的なピアノ中心の演奏が、歌なしで4分近くにわたって収録されている。ドラマーのジム·ゴードンという人がスタジオのピアノで何となく弾いていたメロディにクラプトンが感動し、前半部分に「くっつける」ことが決まったらしい。ただしゴードン氏が弾いていたのは「自分で考えたメロディ」だったわけではなく、当時彼氏がつきあっていたリタ·クーリッジの作った曲だったという話もある。彼女の名前はいまだにレコードにはクレジットされていないのだけど。

以前、とても真面目な女の人から「男の人って、射精した後にはものすごい虚無感に襲われるそうですね」ということをとても真面目に質問されたことがあり、「虚無感」と言われると微妙に違和感があるけどどう説明したものだろう、ということをずっと考え続けていたのだけれど、「この歌の後半のピアノパートみたいな感じ」と思ってもらうのが一番「わかりやすい」のではないか、ということに先ほど思い当たった。確かに「脱力感」はあるわけだけど、その脱力感自体、他では味わえないような「心地よさ」を伴っているわけで、基本的にはこのピアノパートと同じように「幸せな気持ち」が続いているのである。少なくとも相手の人が「好きな人」である限りは誰でも間違いなくそうだと思うので、女の人は別に「この人はいま宇宙の虚無と向き合っているのだろうか」みたいな気の回し方をする必要は、ないと思う。おそらくは、多幸感で白目をむいているだけである。それでもって、3分53秒というピアノパートの長さは、個人差もあるだろうけど、「男性が回復のために必要とする時間」にほぼ対応している。

ということはつまり、この「レイラ」という曲は、どれだけ意識して作られているかは分からないけれど、「セックス時の男性における感情とテンションの推移」をほぼ正確に「再現」している作品なのだなということに気づき、何か、めちゃめちゃ納得させられてしまっている。だからこそ、とりわけ男性リスナーの無意識の部分に訴えかける要素が強くて、この曲は「異様な知名度」を誇ってきたといったような側面が、あるのかもしれない。もちろん、だからと言って前半部分の3分11秒が世の中の男性の「平均時間」なのだという風に思ってもらったらそれは誤解というものだし、そういう風に思われたら困る側面も、また存在しているわけなのだけど。

何しろこういうことは、真面目に質問された以上は真面目に答えるしかないことなのである。恥ずかしくは、ないっ。


Layla (MTV Unplugged)

それにしてもクラプトンという人は大した情熱の持ち主だったのだなということには、素直に驚嘆させられる他ない。私が初めてこの人を見たのはちょうど92年の「MTVアンプラグド」の頃に当たっており、メガネかけてるし、ギター弾いてる顔も面白くも何ともなさそうだし、テクニックはスゴいけど、感情の起伏に乏しいおたくっぽい感じの人だなという第一印象を、実はずっと引きずっていたのである。けれどもその当時のこの人は、実は4歳だった息子さんを事故で亡くした直後で、心身ともにボロボロになりながら歌っていたさ中だったのだということを、不覚にもこの記事を書くための過程で初めて知らされることになった。今さらの感はあるけれど、そろそろ真面目に聞き直してみなければならないかなと思う。ということを前にも一度書いた気がするのだが。というわけでまたいずれ。


=楽曲データ=
Recorded: 1970.9.
Released: 1971.
Key: F→E