華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Катюша もしくはカチューシャ(1938. Russian Folk Song)

 りんごの花ほころび 川面に霞たち
 君なき里にも 春はしのびよりぬ
 君なき里にも 春はしのびよりぬ

 岸辺に立ちて歌う カチューシャの歌
 春風やさしくふき 夢がわくみ空よ
 春風やさしくふき 夢がわくみ空よ

 カチューシャの歌声 はるかに丘をこえ
 今なお君をたずねて やさしその歌声
 今なお君をたずねて やさしその歌声

 りんごの花ほころび 川面に霞たち
 君なき里にも 春はしのびよりぬ
 君なき里にも 春はしのびよりぬ

-日本語詞: 関鑑子/丘灯至夫


Katjusha (Total Balalaika Show)

Катюша

ロシア語原詞はこちら


らーすつゔぃたーり ヤーブラニ い グルーシ
Расцветали яблони и груши
ぱーぷるぃーり トゥマーヌィ など リコーイ
Поплыли туманы над рекой
ゔぃーはーぢーぃら な ビェリッ カチューシャ
Выходила на берег Катюша
な ゔぃそーきぃ ビェリク な くるとーい
На высокий берег на крутой

リンゴの木と梨の木に花が咲いていた
川面には霧が漂っていた
カチューシャは岸辺に歩み出た
高く険しい岸辺へと


ゔぃーはぢーら ぴぇーすにゅ ザヴァヂーラ
Выходила, песню заводила
ぷらー スチプノーヴァ しーざゔぁ アルラー
Про степного, сизого орла
ぷらー ターヴォー カトーラヴァ りゅびーら
Про того, которого любила,
ぷら タヴォー ち ピーシマ びぇりぐら
Про того, чьи письма берегла

歩み出て歌を歌いはじめた
草原の歌を 灰色のワシの歌を
彼女が愛したその人のための歌を
大切な手紙をくれたその人のための歌を


おい ティ ピェースニャ ピェーシンカ ヂェヴィーチヤ
Ой, ты, песня, песенка девичья
ティ りちー ざ ヤースヌィム ソーンツィム ふすりぇーと
Ты лети за ясным солнцем вслед
い バイツー な だーりにむ パグラニーチエ
И бойцу на дальнем пограничье
あっ カチューシ ぴぇりだい プリヴィェート
От Катюши передай привет

ああ歌よ 少女の歌よ
輝く太陽を追いかけて飛んでゆけ
そして遠い国境にいる兵士に
カチューシャからの言葉を伝えておくれ


ぷすち オン ふすぽむにっ ヂェーヴシク ぷらすとぅーゆ
Пусть он вспомнит девушку простую
ぷーすち うするぃーしっ かーく アナ ぱいよーと
Пусть услышит, как она поёт
ぷすち オン ジェームリュ びりじょーと らどぬーゆ
Пусть он землю бережёт родную
あ リュボーフィ カチューシャ ずびりじょーと
А любовь Катюша сбережёт

素朴な少女のことを
彼に思い出させしめよ
彼女が歌うのを彼に聞かしめよ
彼をして祖国を守らしめよ
カチューシャは愛を守る


らーすつゔぃたーり ヤーブラニ い グルーシ
Расцветали яблони и груши
ぱーぷるぃーり トゥマーヌィ なっ リコーイ
Поплыли туманы над рекой
ゔぃーはーぢーぃら など ビェリッ カチューシャ
Выходила на берег Катюша
な ゔぃそーきぃ ビェリク な くるとーい
На высокий берег на крутой

リンゴの木と梨の木に花が咲いていた
川面には霧が漂っていた
カチューシャは岸辺に歩み出た
高く険しい岸辺へと


Katjusha (Leningrad Cowboys)

=翻訳をめぐって=

トータルバラライカショー」の9曲目。いわゆる「ロシア民謡」の中では最も有名な曲だと思われ、世界中でいろんな歌詞がつけられて愛唱されている。下の動画はロシアの人が作ったものらしいが、実に15ヶ国語によるそれぞれの「カチューシャ」が網羅されており、思わず知らず聞き入ってしまう。意味は全然わからないけど、ギリシャ語のやつが何となく一番楽しそうで好きだな。スペイン語のやつは歌詞だけでなくメロディまで「自分たち好み」に改変している感があり、興味深い。ルーマニア語のやつは…酒場で酔っ払いが歌ってるのを録音したとしか思えないのだが、もう少し「ちゃんとしたやつ」は無かったのだろうか。


Песня «Катюша» на разных языках мира)

「カチューシャ」というのは「エカテリーナ」という女性の「愛称」なのだという。ちなみに「エカテリーナ」は「略称」だと「カーチャ」になるのだそうで、3つとも全然違うのだけど、「略称」が使われるのは大体「友だち同士」の関係、そして「愛称」を使っていいのは「家族か恋人か大親友」だけ、という関係になっているのだそうで、そういうのは、覚えておいた方がいいと思う。

覚えておいた方がいいとは思うのだけど、こういうのは「名前の数だけ」存在し、しかも「法則性」みたいなものがあるわけでもないみたいなので、全部を覚えるのは不可能に近い。例えば「アレクセイ」という人の「略称」は「アリョーシャ」になるのだけれど、「アレクサンドル」という人の「略称」は「サーシャ」なのだという。似たような名前なのにこのアレクサンドルさんの「サ」に寄せる思いとは何なのだろうと考え込んでしまったりするのだが、まあ日本人の場合でもアダ名のつけ方に「法則性」なんて「あってなきようなもの」なので、そこらへんは「ひとりひとりと会って覚える」以外にないのかもしれない。「久子」という名前の人が「チャコ」になりうるメカニズムなんて、外国の人に「納得」してもらえるとは到底思えないもの。私だって何となく納得行かないし。

ロシアの人は男女を問わず、昨日まで「カチューシャ」と呼んでくれていた相手から突然「カーチャ」と呼ばれるようになる、みたいなのが一番「コタえる」のだそうで、そういう人情の機微みたいなのが、ロシア文学を読んでるとしょっちゅう出てくる。日本文化の中でも同じようなシチュエーションはあるから、その気持ちに大体想像はつくのだが、そういう人間の営みに一番密着した感覚というものが「同じ文化のもとで暮らしている人間同士」の間でしか「共有」されえないものであるということは、何と言ったものか。さびしいものだ。いつか地球上から国境がなくなり、世界が本当に「ひとつ」になるような時代が来た時、そういう感覚というのはどんな風に「変わって」ゆくのだろうと、時々考えることがある。考えたって答えの出ることではないのだけれど。


«Катюша»

「ロシア民謡」という呼ばれ方をしてはいるものの、この歌が作られたのは1938年と存外新しく、また作者の名前もハッキリしている。この記事の一番上に貼りつけた画像は、発表された当時の歌集の挿絵らしい。同時代の日本と同様、この頃における「かわいさの基準」は「ほっぺた」にあったのだなということがうかがえて、なかなか味わい深い

ポーリュシカ·ポーレ」の場合もそうだったわけだけど、日本語の用法として、こうした曲は「民謡」の定義に当てはまらないのではないか、とも言われている。とはいえ例えば「フォークソング」というのは元々「民謡」としか訳しようのない言葉なのだが、「そういうスタイルの音楽」が「ジャンル」として定着して以降は、特定の歌手に歌われていて著作権登録までされている楽曲であっても、やはり「フォークソング」と呼ばれている。従ってこの曲を「ロシアのフォークソング」と呼ぶことには全く問題がないと思うのだが、日本語としてはどうなんだろうなあ。とりあえず「広く民衆に愛されている歌謡」ということで、アイルランドやオーストラリアの同様の歌曲に関しても、このブログの索引では「民謡」という呼称を採用しているのだけど、日本語の使われ方に即して言うなら、「歌謡曲」と呼ぶのが一番「近い」のかもしれない。

この歌には元々二番までしか歌詞がついていなかったのだが、当時の緊迫した国際情勢を反映して、カチューシャの恋人が今は徴兵されて国境警備の任務についているという内容の三番と四番が新たに付け加えられたのだという。そして1941年にヒトラーのドイツがバルバロッサ作戦を発動し、ソ連への侵攻を開始して以降は、完全に「軍歌」として、また「愛国歌」として、ロシアの人々の間に定着することになった。そのせいもあってか、YouTubeで検索するとこの歌を歌っているのは現在でも「軍服を着た人」であるケースが極めて多く(それも「歌っているのがロシア人でなくても」なのだ)、イヤな気持ちにならざるを得ない。

ポーリュシカ·ポーレ」の回でも書いたように、私は「赤軍」というものが建設された際の理念に関してはハッキリと「シンパシー」を感じているし、また侵略してきたドイツ軍を撃退した当時のソ連の側には明らかに「正義」があったとも感じている。けれども現在のロシアの軍隊が「単なる国家の軍隊」でしかなくなっている以上、どこの国家の軍隊の場合でもそうなわけだけど、もはやそれが存在している理由は、「単なる排外主義のため」でしかありえないのである。それを許容することは私にはできない。

この歌の場合本当に「歌に罪はない」と思うわけで、それが辛く感じる。「何のための戦争」であり「何のための軍隊」であるのかを抜きにして、「ノリ」だけで軍服をコスプレにできたり戦車のマンガに夢中になれたりする若い人が最近は少なくないようで、この歌がそういった層の「愛唱歌」になっているらしいことに、私は正直に言って、苦々しい気持ちを感じている。


松井須磨子 カチューシャの唄

島村抱月作詞、中山晋平作曲でレコード二万枚を売りあげ、「日本最初の流行歌謡曲」となったと言われているこの「カチューシャの唄」が発表されたのは、「本家」のカチューシャよりずっと古く、ロシア革命よりさらに前の1914年のことだったのだという。トルストイの「復活」という小説の舞台化作品の劇中歌だったのだそうで、「大正デモクラシー」というやつを感じさせられる。その松井須磨子によるレコードの音源と思われるものがYouTubeに上がっていたのだが、驚いたことには「アカペラ」だった。エジソンによる蓄音機の発明が「明治維新」の前年にあたる1877年、日本における最初の「国産蓄音機」の発売は1910年だったのだそうで、その4年後に2万枚ものレコードが売れたということは、当時蓄音機を持っていたほとんどの人が買ったと言えるぐらいの数字なのではないかと思う。その伝説的なレコードがこんな風に「蚊の鳴くような声」だったということが私にとっては今回最大の衝撃だったのだが、それでも聞き込むほどに「味」がでてきたりとか、するものなのかしらん。というわけでまたいずれ。いささか苦しいまとめ方になってしまったかな。


=楽曲データ=
Released: 1938.11.27.
Key: A♭