華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Dancing in the Street もしくは路上で踊る季節です (1964. Martha and the Vandellas)


Dancing in the Street (Total Balalaika Show)

Dancing in the Street

英語原詞はこちら


Calling out around the world
Are you ready for a brand new beat?
Summer's here and the time is right
For dancing in the street
They're dancing in Chicago
Down in New Orleans
In New York City

世界中のみなさんにお送りしています
最新ビートへの準備はよろしいですか?
夏が来ました 時は今
路上で踊る季節です
シカゴでも踊ってます
ニューオーリンズでも踊ってます
ニューヨーク·シティでも踊ってますよ


All we need is music, sweet music
There'll be music everywhere
There'll be swinging and swaying and records playing
Dancing in the street
Oh, it doesn't matter what you wear
Just as long as you are there
So come on, every guy, grab a girl
Everywhere around the world
They'll be dancing
They're dancing in the street

必要なのは音楽だけ
甘くて素敵な音楽だけ
どこもかしこも音楽だらけになりますよ
どこでもスイング どこでもスウェー
どこでもレコードが鳴り響いて
路上で踊る人だらけ
なに着てたって構いません
そこにいるだけでいいんです
だから男子のみなさん
女子をしっかりつかまえよう
世界中どこへ行っても
みんなが踊り出す
路上でみんなが踊り出す


It's an invitation across the nation
A chance for folks to meet
There'll be laughing, singing, and music swinging
Dancing in the street
Philadelphia, P.A
Baltimore and D.C. now
Can't forget the Motor City

全国のみなさんへのお知らせです
出会いのチャンスが待ってますよ
歌と笑いと音楽とスイング
ダンスが路上にあふれだします
フィラデルフィアにP.A.
ボルティモアにD.C.にも
忘れちゃいけないモーターシティ


All we need is music, sweet music
There'll be music everywhere
There'll be swinging and swaying and records playing
Dancing in the street
Oh, it doesn't matter what you wear
Just as long as you are there
So come on, every guy, grab a girl
Everywhere around the world
They're dancing
They're dancing in the street

必要なのは音楽だけ
甘くて素敵な音楽だけ
どこもかしこも音楽だらけになりますよ
どこでもスイング どこでもスウェー
どこでもレコードが鳴り響いて
路上で踊る人だらけ
なに着てたって構いません
そこにいるだけでいいんです
だから男子のみなさん
女子をつかまえよう
世界中どこへ行っても
みんなが踊り出す
路上でみんなが踊り出す


Way down in L.A. ev'ry day
They're dancing in the street
(Dancing in the street)
Let's form a big, strong line, get in time
We're dancing in the street
(Dancing in the street)
Across the ocean blue, me and you
We're dancing in the street

ロサンゼルスでは毎日
みんなが路上で踊ってます
(路上でダンス!)
大きな列をつくって
強い列をつくって
時代の波に乗ろう
みんな路上で踊ってる
(路上でダンス!)
青い海を越えて
あなたとわたし
みんな路上で踊ってる


Dancing in the Street (Martha and the Vandellas)

トータル·バラライカショーの10曲目は、モータウンの伝説的なソングライター、ウィリアム「ミッキー」スティーブンソンとアイヴィー·ジョー·ハンター、それにマーヴィン・ゲイの三人によって作曲され、マーサ&ザ·ヴァンデラスが1964年に歌って大ヒットしたリズム&ブルースの古典的名曲、「Dancing in the Street」である。上の動画が教えるところによるならば、そこそこ売れたバージョンだけでも25組ものアーティストによってカバーされている曲だ。有名なところではミック·ジャガーとデヴィッド·ボウイが1985年のライブ·エイドの際、ロンドンとニューヨークで大西洋をまたいでこの曲をデュエットする計画があったらしいのだが、衛星中継だとどうしても画面を切り替える際に0.5秒のズレが生じてしまうことが分かり、代わりに両会場で放映されたのが下のビデオだったのだという。実に、ゴージャスなことである。


Dancing in the Street (Mick Jagger & David Bowie)

この曲がアメリカ社会において、とりわけ黒人社会において「特別な曲」となった背景には、当時全米で最高潮に達していた公民権運動が存在した。ということが、英語版のWikipediaには書かれていた。最近書いたディランの「時代は変わる」の記事でも触れたごとく、前年の1963年8月におけるワシントン大行進、同年11月のケネディ暗殺事件を受け、この曲が発売された1964年における黒人解放運動は、保守派による暴力的な巻き返しという重大な反動に直面していた。しかしながらそのことは、自らの解放に向けたアフリカ系の人々の情熱をいっそう燃えあがらせるばかりだった。そして差別と闘うことを決意した人々の耳に、「街に出て踊ろう」というこの歌のシンプルなメッセージは、そのまま「街頭で自分たちの権利を主張しよう」という「呼びかけ」として響いたのだという。この歌は文字通りの「アンセム」となったのだ。

作った人たちや歌った人たちには元々そうした意図はなかったらしいのだが、事実この歌はデモの現場で最も愛唱される歌になった。この歌に出てくるシカゴ、ニューオーリンズ、ニューヨーク、フィラデルフィア、ペンシルバニア(P.A.)、ボルティモア、ワシントン特別区(D.C.)、デトロイト(「モーターシティ」)、ロサンゼルス等々の全ての街ではどこでも「自然発生的」に黒人によるデモが開始され、しばしばそれは「暴動(riot)」として爆発した。検索すると当時の写真がいくつも出てきたが、デモの写真であるにも関わらずそこに写し出されている人たちの表情は本当に「踊って」いるようだ。「踊る」ということ、「ダンスする」ということを、「自分自身の身体を使って自分自身を表現すること」と定義するなら―もっとも私自身はこの「表現する」という言葉をどう「定義」すればいいのかが何十年も分からずにいるのだけれどー「街頭で自らの権利を主張する」ということは、それこそ「踊りたい」という人間の原初的な衝動と深く結びついた行動に他ならないわけである。この写真の中の人々の表情には、「自分自身であること」のよろこびが溢れている。感動的な写真だと思う。







ミック·ジャガーやデヴィッド·ボウイが果たしてそこまで「考えた」上でこの歌をカバーしたのかどうかということについては、私には分からないとしか言いようがない。しかしながら「冷戦」が終結して間もない1993年という時代に、かつての「東側世界」と「西側世界」とで生きてきた人間同士が合同で開催した「トータル·バラライカショー」というコンサートにおいて、数ある歌の中からこの曲を「一緒に歌う歌」として取りあげたレニングラード·カウボーイズの皆さんの選曲センスには、「分かってらっしゃるなあ…」と心憎い気持ちにならずにはいられない。「街頭」が「踊り」で溢れる時というのは、間違いなく「歴史が変わる時」なのだ。変わり始めた歴史をもっといい方に変えて行こう、というポジティブなメッセージをそこからは感じる。そしてその呼びかけの内容は、20年以上たった現在でも決して陳腐なものにはなっていないということを私は感じている。






デモや暴動の爆発が全世界的に「抑え込まれて」いる2010年代の今日において、「Dancing in the Street」という言葉で検索した時に出てくる画像は、各国の街角でゲリラ的に撮影された素人の(しかしめちゃめちゃ上手い)ダンサーの皆さんによるパフォーマンスの写真がほとんどだ。こういうのはこういうので素晴らしいと私は思うし、いくら見ていたって飽きないと思う。けれども人間の「踊りたい」という衝動が「ゲリラ的な形態」にとどまらず大規模な形で噴出した時、そこには誰にもコントロールすることのできない「アナーキーな力」が確実に生まれてくるのであり、そういうのを目の当たりにした時にこそ、私は本当に「ドキドキ」させられる。そういえば昨年夏には徳島で歴史ある阿波踊りの「総踊り」が、徳島市当局による「中止命令」を押し切って場外で大々的に敢行されたという出来事があったけど、「権力の横暴」ばかりが何かと目につく昨今において、あれは久しぶりに胸のすくような「快挙」だったと思う。古今東西の権力者たちが一般的に「街頭に踊りが溢れること」を憎悪してきたのは、つまるところ「大衆が自分自身の意見を持つこと」を恐怖しているからに他ならないのである。そういうかれらの鼻をあかしてやるほど痛快なことはないし、またそれは一人の人間が個人的な力だけでやれることでもない。だから傍目にはどんなに些細な「反撃」であれ、それは「偉大」なことだと私は感じている。





さらに「Dancing in the Street」という言葉で検索していると、下のごとく息を飲むような写真にも出会ってしまったのだが、調べてみるとこれは別に「路上で踊っている写真」ではないらしい。ハワイ在住の写真家のクリスティ·リー·ロジャースという人が「水中で撮影した写真」なのだという。(ご本人のウェブサイトでは「Love Live」というタイトルがつけられていた)。だったら「Dancing in the Street」とどういう関係があるのだか、私にもコメントのしようがないのだが、しかしながらこの人の作品世界には思わず知らず見入ってしまったので、この際だからリンクを貼っておこうと思う。「踊る人間の姿」というのは、本当に美しいものだ。そしてひとつの歌について調べてゆく中で、こんな風に全く未知だった芸術の世界とも偶然に出会ってしまうことができたりするのだから、これもブログを書くことの「役得」のひとつだと思う。


www.christyleerogers.com




ところで。

そんな風に古今東西のいろんな歌詞やら画像やらを自由奔放に引用したり切り貼りしたりして526曲分もの記事を書いてきたこのブログであるわけだが、ここに来て下記のような由々しきニュースが飛び交いつつあることは、ブログ書き仲間の皆さんにとっては周知の事実だと思う。

www.asahi.com
abematimes.com
「歌詞の引用」に話を限って言うならば、周知のごとくこの日本においてはJASRACと呼ばれる邪悪な集団が跋扈しており、好きな音楽について純粋に語ることだけを目的に設立されたいくつものかけがえのないブログやウェブサイトが、完全に恣意的な「狙い撃ち」によって閉鎖に追い込まれる事態が相次いでいる。つい先日も、このブログを始めた当初で既に500曲近くの歌詞を翻訳されていた先輩サイトである「めったPOPS」という有名なサイトが、昨年春の時点で突然「なくなって」しまっていたことを確認した。運営者の方本人によるコメントはどこにも残されていないが、私はそこに「JASRACの影」を感じずにはいられない。JASRACという集団に対する私自身の態度は以前に書いた下記の記事に綴った通りだが、次に「狙われる」のがこのブログかもしれないという緊張感については、すべての読者の皆さんと共有しておきたいと思う。

nagi1995.hatenablog.com
そのことの上で今回の「スクショ画像の非合法化」「厳罰化」の動きは、単に権力者の意に沿わないブログやサイトを「閉鎖」するだけでなく、その運営者をいきなり「逮捕」するようなことさえ可能にするようなエスカレーションとして、見ておかねばならない事態だと思われる。今まで「普通に」インターネットを使ってきた皆さんなら誰でも実感せずにいられないことだと思うが、そのような法律が「厳密に」適用された場合、「自分は逮捕されない」と自信を持って言える人など、一人もいなくなってしまうはずなのである。すべては「戦争の時代」への突入を見据えた、言論弾圧の準備作業に他ならないと私自身は感じている。

こうした動きに対し、最低限の「自衛手段」はとっておかねばならないと思う。しかしながらブログに書くことの内容を「自主規制」しなければならないとは全く思わない。このブログにおいては今までにいくつもの「反戦のうた」「反権力のうた」を取りあげてきた。けれどもそれらを単に「ネタ」にするだけで、ブログを書いている人間自身が「反戦」「反権力」をつらぬけなくなってしまうようであれば、歌の歴史というものに対して、恥ずかしくて会わせる顔もない。

とりあえず、私自身が自らの意思で「何も言わずに」このブログをやめてしまうようなことは、絶対にありえない。このことは、今の時点のうちに「宣言」しておかねばならないことだと思う。だからそれにも関わらずこのブログがある日突然「閉鎖」されているようなことがもし起こったら、その時は「何かあった」ということなので、心ある皆さんにおかれましては、「騒いで」頂きたい。それぐらいの「警戒」が、これからは必要だと思う。

さらに今後JASRACや関係諸機関がこのブログの内容にイチャモンをつけてくるような「攻撃」が確認された場合には、その事実と内容を必ずブログ上で全てのみなさんに明らかにした上で、対応策をとってゆくことを確認しておきたい。こういうことをあらかじめ「ハッキリ」させておくことが、取りも直さず最大の「自衛手段」につながると思う。弾圧をいたずらに恐れるのではなく、「立ち向かう決意」を明らかにすることを、心ある全てのブログ書きの皆さんに呼びかけておきたい。

このブログを書き始めた当初から、どこまで書き続けることができるかは「時間との戦い」だという感覚を私自身は持ってきた。その感覚は強まるばかりだが、焦っても仕方がない。翻訳すべきだと思う歌を翻訳し、書くべきことを書き続けるだけのことである。

そしてせめて書きあげたものについてだけは、何らかの形で「残す」ことができればと思っている。今のところ世界のどこかの「大きな電源」が落ちてしまえば、それだけで消滅してしまう頼りない私の言葉ではあるのだけれど。

「トータル·バラライカショー」で「Dancing in the Street」に続いて演奏されたのは、以前に取りあげたディランの「天国の扉」であり、その次に演奏されたのが「ポーリュシカ·ポーレ」だった。それぞれの記事へのリンクと動画を貼りつけておきたい。コンサートの特集記事は今回を持ちましてほぼ「折り返し地点」です。ではまたいずれ。


Knockin' On Heaven's Door (Total Balalaika Show)

nagi1995.hatenablog.com

Polyushko-polye (Total Balalaika Show)

nagi1995.hatenablog.com


=楽曲データ=
Released: 1964.7.31.
Key: E