華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Revolution もしくは そりゃ蘭丸はかわいいですよ (1968. The Beatles)

もんだい:
タイの動物園からパンダを送ってほしいと言われて、対応にてんてこまいする中国の人たちを描いたテレビアニメは何ですか。

こたえ:
タイからパンダコール (はいからさんが通る)


Revolution

Revolution

英語原詞はこちら


You say you want a revolution
Well, you know
We all want to change the world
You tell me that it's evolution
Well, you know
We all want to change the world

レボリューション(革命)
やらなくちゃって言うわけだね。
えっとね。何つーかね。
そりゃ誰だって世界は変えたいですよ。
イボリューション(進化)の過程が
進んでるんだって言うわけだね。
えっとね。何つーかね。
そりゃ誰だって世界は変えたいですよ。


But when you talk about destruction
Don't you know that you can count me out, in
Don't you know it's gonna be
All right, all right, all right

でももし
デストラクション(破壊)って言葉まで
きみの口から出てくるようであれば
わかんないかな。
ぼくのことは仲間に入れてくれなくて
いいからね。
入れてほしいけど。
わかんないかな。
きっと何とかなるんだって。
何とかなるんじゃないの。
何とかなると思う。


You say you got a real solution
Well, you know
We'd all love to see the plan
You ask me for a contribution
Well, you know
We're doing what we can

現実的なソリューション(解決策)
あるって言うわけだね。
えっとね。何つーかね。
ぜひプランを見せてほしいと思うよ。
それでぼくらにも
コントリビューション(貢献)
求めたいって言うわけだね。
えっとね。何つーかね。
ぼくらはぼくらにできることを
やってるつもりなんだけどね。


But if you want money for people with minds that hate
All I can tell is brother you have to wait
Don't you know it's gonna be
All right, all right, all right

でもきみのほしがってる寄付金が
心に憎しみを抱えた人々のための
ものなのだとしたら
ブラザーそれは待ってくれって
ぼくとしては言わざるをえないね。
わかんないかな。
きっと何とかなるんだって。
何とかなるんじゃないの。
何とかなると思う。


You say you'll change the constitution
Well, you know
We all want to change your head
You tell me it's the institution
Well, you know
You better free you mind instead

コンスティテューション(構造/憲法)
変えてみせるって言うわけだね。
えっとね。何つーかね。
ぼくらはみんなどっちかって言うと
きみのアタマを変えたいって思う。
変えなきゃいけないのは
インスティテューション(制度)だって
教えてくれるわけだね。
えっとね。何つーかね。
そうではなくてきみはむしろ自分の心を
自由にするべきだって思うよ。


But if you go carrying pictures of chairman Mao
You ain't going to make it with anyone anyhow
Don't you know it's gonna be
All right, all right, all right
All right, all right, all right
All right, all right, all right
All right, all right

でもきみが毛沢東主席の写真なんか
抱えて出て行くようであれば
きみにはどうやったって
うまくやれるはずなんてないと思う。
誰と一緒にやるにしたって。
えー、にいはお。
わかんないかな。
きっと何とかなるんだって。
何とかなるんじゃないの。
何とかなると思う。
だいじょうぶ。うまく行く。
何とかなる。何とかなる。



ビートルズの「レボリューション」といえば、私にとってはずっと昔から「はいからさんが通る」だった。冒頭のジョンの「そりゃ誰だって世界は変えたいですよ」というシニカルな喋り方が、私の中では「紅緒さんの喋り方」とダブって仕方なかったからである。

もちろんそれは「私にとっては」の話でしかない。でも、これは私のブログである。だから、それでいい。

あと、冒頭の「あ"ーーーーっ!」という「叫び声」が、世代のせいもあるのだろうけれど、昔の私には浜田雅功のイメージと重なって仕方なかった。あれは調べたところによるとジョンによるボーカルの重ね録りで録音されているらしいのだけど、ビデオを見る限りあれを叫んでいるのはどう見たってポールである。それでさらに調べてみたところ、シングルとして発売されたレコードとビデオクリップとでは「違った音声」が使われているらしい。だからビデオの中では、後述する有名な「Count me out」の後の「in」が、しっかりと歌い込まれている。つくづく、調べれば何でも分かる時代になったものだと思う。
nagi1995.hatenablog.com
ストーンズの「Street Fighting Man」への「アンサーソング」として作られたのがビートルズの「Why Don't We Do It In The Road?」だったという出所不明の情報から、前回はしょーもないサルの交尾の話のために何千字も費やさねばならない羽目に陥ってしまったわけだが、「Street Fighting Man」という歌が切り取ってみせた「1968年的状況」に対するビートルズからの「回答」は、多くの海外サイトで語られているように、やはりこの「Revolution」という曲の中に示されていると見ておくのが順当なところなのではないかと思う。発売されたのも同じ68年8月だし、しかもビートルズの方がちょっとだけ「後」だ。そしてストーンズの問題意識がどちらかと言えば、世界史的に前例を見ないような激動の社会情勢の中で果たしてどういう歌を出せば「受ける」のか、というところに存在していたのに対し、「自分はどう思うのか」というところで文字通り率直に「答え」を出そうとしたのが、ビートルズの、と言うよりもジョン·レノンの「Revolution」だった。

だから「革命」という物々しいタイトルにも関わらず、この曲の歌詞は極めて「個人的」な内容になっている。そして「Street Fighting Man」がけっこう売れて、歌われて、デモの現場でも大音量で流されたりしていたらしいことの一方で、この「Revolution」が運動の現場で愛唱されていたといったような話は、ほとんど聞かない。それはそうだろうと思う。この歌はそもそも運動のことを、良くは言っていないのだから。

それでもどちらの姿勢が「好き」かという話になるなら、私はジョンの態度の方が好きだと思うな。何度も書いてきたけれど私はジョン·レノンという人と自分の思想信条を同じくするものではないし、批判もたくさん持っている。けれども自分を取り巻く状況について「自分はどう思うのか」ということをまずハッキリさせようとする姿勢は、自分の生きている時代に対する態度として「誠実」なものだと私は感じるし、どんな「革命」も究極的には、そこからしか始まらないものだと思う。


Revolution1 (Take18)

ジョンがこの曲を作ることを思い立ったのは、ポールがサルの交尾から啓示を受け取ったのと同じく、68年2月から3月にかけてのインド滞在中の出来事だったのだという。そして構想段階におけるこの曲にかけたジョンの意気込みたるや、ものすごいものがあったらしい。以下は1970年の「ローリングストーン」誌におけるインタビュー記事で、ジョン自身が語ったこの曲についてのコメントである。

I wanted to put out what I felt about revolution. I thought it was time we fucking spoke about it, the same as I thought it was about time we stopped not answering about the Vietnamese war when we were on tour with Brian Epstein and had to tell him, 'We're going to talk about the war this time, and we're not going to just waffle.' I wanted to say what I thought about revolution.
ぼくは自分が革命について感じていることを、表に出したかったんだ。そろそろぼくらもファッキン喋っていい頃なんじゃないかって思った。ベトナム戦争について意見を求められても答えずに来たことも、やめるべきだと思った。ブライアン·エプスティーンと一緒にツアーして、いちいち「ぼくら、今度は戦争について喋るよ。つまんないことはもう喋らないよ」とお伺いを立てなきゃいけないような必要も、なくなってた。ぼくは革命について、自分が思った通りを言いたいと思ったんだ。

I had been thinking about it up in the hills in India. I still had this 'God will save us' feeling about it, that it's going to be all right. That's why I did it: I wanted to talk, I wanted to say my piece about revolution. I wanted to tell you, or whoever listens, to communicate, to say 'What do you say? This is what I say.'
インドの丘の上で、ぼくはずっとそのことについて考えてた。その時はまだ「神さまが何とかしてくれるさ」的なフィーリングが残ってたんだな。それで「it's going to be all right」って歌詞ができた。ぼくは話がしたかったんだ。革命についての自分の作品の中で、そのことを言葉にしたかった。聞いてくれる人みんなと、コミュニケーションがしたかったんだ。「きみはどう思う?ぼくはこう思う」って。

訳注: ビートルズのメンバーはデビュー以来、マネージャーのブライアン·エプスティーンから、公の場所での政治的発言を厳しく禁止されていた。そのエプスティーンが1967年8月に亡くなったことは、メンバーに大きなショックを与え、3年後の解散の遠因になったとも言われているが、同時にジョンの言葉によるならば、「タガが外れたような解放感」を味わってもいたということなのだと思う。

ジョンはこの曲をアップル·レコードからのビートルズの最初のシングルとして発売することを強く主張し、何回も録り直しを重ねた上で最初に完成したのが、昨年公開された「Revolution1 (Take18)」と呼ばれる、上の動画の12分にも及ぶバージョンだった。しかしながらこのバージョンは、ポールとジョージから「長すぎる」「シングル曲にしてはあまりにスローテンポだ」と批判を浴び、結局テンポを上げて再録音されることになった。その際、後述するように「Count me out, in」の部分も、「Count me out」だけに変更されている。おそらくは「過激だと思われる」という、自主規制が働いたのだと思う。

さらに新発売されるシングルのA面は後から録音された「ヘイ、ジュード」にされることが決まり、「レボリューション」はB面扱いされることになってしまう。ジョンにとっては、相当にフラストレーションの残る結果になったのではないかと思われる。もっとも他のメンバーが「レボリューション」をA面にすることに乗り気でなかったことにも、無理もないと思われる事情はあって、この時期におけるジョンの発言を読んでいると「これはビートルズとしての最初の政治的態度の表明なんだ」といった言葉が繰り返し出てくるのだが、それは違うだろう、と思う。この歌に表明されているのは飽くまでも「ジョンという人の政治的態度」にすぎないわけで、ちゃんと話し合って同意を得た上でそう言うのならともかく、「自分の意見」を他のメンバー全員に押しつけて「ビートルズ全体の意見」であると強弁したりするのは、あまりにも乱暴な話だ。そういったことまで含めて、この時期急速に政治に関心を持ち始めたばかりのジョンという人には、いろいろと「わからないことだらけ」だったんだろうな、という感じがする。

最初に録音された「Revolution1 (Take18)」は前半と後半に分割され、意味不明の後半部分は「ミュージック·コンクレート」と呼ばれる手法で再構成されて、11月に発売される新アルバムに収録されることになった。この前半部分がホワイトアルバム(「The Beatles」)所収の「Revolution1」であり、編集された後半部分が「Revolution9」である。あの、洋楽を聴き始めたばかりの中学生が、歌謡曲しか聴かない純朴な友だちに対してオレはこんなにも難解な曲を聞いてんねんぞと自慢してビビらせるためだけに存在しているとしか思えない8分22秒のわけのわからない楽曲は、もともとは「レボリューション」と「同じ曲」だったのだ。このことは今回この記事を書くまで、私が知らずにいたことだった。それにしても、昨年初めて公開されたという「Revolution1 (Take18)」を聞いてみると、これはこれでいいって言うか、「ヘイ、ジュード」と似たような曲の構成になっていることに、驚く。歌の部分は極めて短く、「そこ、要るんか?」と言いたくなるような後奏部分が延々ダラダラ続いているスタイルが、全く同じである。こういう曲の作り方が、何か、4人の中で、流行っていたのだろうか。この「Take18」と「ヘイ、ジュード」が両A面シングルで発売されていたら、その方が面白かったのではないかという感じが、しないでもない。

いずれにしてもこの曲は、そんな風にしてビートルズ最初の、かつ唯一の「政治的メッセージを含んだ作品」になった。そしてこの時は「歌うだけ」だったけど、これを皮切りにジョン·レノンは一挙的に政治へと「のめり込んで」行く。シンシアさんと別れ、ヨーコさんとくっつき、翌年には「ベッド·イン」で大西洋の両岸を行き来し、そしてデモや集会の現場にも積極的に顔を出すようになってゆく。そしてそれに合わせて彼自身の政治的見解も、こう言っては何だけど、コロコロと変わってゆくことになる。その過程の全部を追いかけることは、この記事のテーマではない。歌が作られた背景を確認したところで、後は歌詞の内容に入ってゆくことにしたいと思う。

=翻訳をめぐって=

You say you want a revolution
Well, you know
We all want to change the world
You tell me that it's evolution
Well, you know
We all want to change the world

歌全体の「風景」を最初に確認しておくならば、この歌は自分の政治主張を熱く語るおそらくは左翼の男性活動家に向かって、「はいはい」みたいなことを言いながらジョン自身が自分の意見を述べるという「てい」をとっている。おそらくはそういう風に接触してこようとする活動家が実際にいたのだろうし、また数年後にはジョン自身の方から接触を求めるようにもなってゆく。

You tell me that it's evolution」の「evolution」は、「進化」と翻訳される、ドキッとするような言葉だ。恐らくは当時の左翼運動にあっては、ダーウィンの進化論に依拠しながら、「古いものが滅びるのは自然の摂理だ」といった主張で自らの「正しさ」への確信を深める、という傾向があったのだろうということが窺える。だがそれは、「ナチスの論理」と全く同じ主張でもあるのである。

自然科学の概念だった進化論を社会科学の領域に移入した「社会ダーウィニズム」は、ナチスの政策を正当化する学説として猛威をふるった。ユダヤ人の大量虐殺は「自然淘汰の人為的促進」として位置づけられたわけだし、また「劣等遺伝子を根絶するため」と称して「障害者」や同性愛者への断種手術が、そして後には公然たる虐殺が強行された。「障害者」や同性愛者の何をもって「劣等」だと言うのだろうか。つまるところ「社会ダーウィニズム」は、それを振りかざす人間が自らを「進化の頂点に位置する存在」として絶対化し、自らに同化しない存在を抹殺の対象にすることを正当化する、究極の差別思想に他ならないのである。こうした歴史への反省から、最近では自然科学の領域でも「進化」という言葉に「進歩」という意味は含ませないようにするという、慎重な配慮が行なわれていると聞いている。まじめな左翼の人であるならば、ジョンが歌の中で話している相手と同じような主張で自分たちの政治的立場を正当化しようとする人間は、今ではどこにもいないはずだと思う。

「革命」が必要なのは、それが「進化の過程」や「自然の摂理」だからなのだろうか。戦争や差別といった「許せないこと」があるからこそ、それと戦うというだけのことで、何がいけないというのだろうか。この歌で「ブラザー」と呼ばれている相手の男のことは、私もあんまり好きではないな。というのはただの感想。

But when you talk about destruction
Don't you know that you can count me out, in

この歌の中で一番「問題」視されている部分。まず慎重に直訳するならば、前半部分は「でも、あなたが破壊について語る時には」となる。「Don't you know」は「わからないかな」ぐらいの意味。ほとんど間投詞と変わらないようなフレーズなので、無視しても差し支えない。

そして「you can count me out」は「私のことを仲間の数に入れてくれなくてもいいですよ」という意味。これに対して「(you can count me) in」は「私のことを仲間の数に入れてくれてもいいですよ」という意味になる。つまり、ここでは全く矛盾したことが歌われている。「どっちやねん」という話なのである。

このことについてジョン·レノンは、「曲を書いた時には自分の立場をどっちにすればいいか決められなかったから、両方歌った」と後のインタビューで明言している。自分の意見をまとめられない時には、矛盾した内容を矛盾したまま提出する。ある意味「誠実」な態度だし、すがすがしくさえ感じられるやり方だと思う。もっとも自分自身の「行動」で態度を表明することが問われる時には、そんな風にどっちつかずで最後までやり過ごそうとするようなことは、単に卑怯だと言われて終わるようなことでしかないのだけれど。

そのことの上で、「破壊」といえば「悪いこと」だと、一般的に相場は決まっているわけである。それにも関わらずジョンにはどうして最後まで、「迷わなければならない理由」があったのだろう。語弊を恐れず言うならば、「革命」の一番「魅力的な側面」は「破壊」の中にこそ存在している、ということを、ジョン自身が「自覚」していたからなのではないか、という感じが私はする。彼氏は政治的な革命家ではなかったかもしれないけれど、音楽の領域では数え切れないほど「新しいこと」をやってきた人なのだ。そして「新しいものを創造する」という行為は常に「古いものを破壊する」という行為とひとつのものであることを、彼が感覚的に「知って」いなかったはずはないと思うのである。これは、「革命に暴力は必要なのか」といったような、「手段」に関わる問題ではない。「革命とは何なのか」に直結するような、本質的な問題なのだ。

大体、ビートルズはそういうことはしなかったけど、ロックミュージシャンの人たちというのはどうしてあんなに「楽器を壊したがる」のだろうか。「壊したいことやものがあるから」なのである。この曲の冒頭のギターの音だって、機材が壊れそうな使い方までしてどうしてあんなに「ヒズまされて」いるのだろうか。音を「壊さずにいられない」からこそ、そうなったのである。そしてあの人たちだって別に楽器を壊すことを「自己目的化」しているわけではないし、どうしても楽器が壊したくてミュージシャンになる人というのも、まあ、いないと思う。もっと何か別の巨大なものを「壊したい」という気持ちの「表現」として、あの人たちは「自分にできる破壊行為」をやっているわけなのである。

その「本当に壊したいと思う巨大な何か」とは具体的には一体「何」だったのだろうかということを、ジョン·レノンともあろう人が一度も真面目に考えなかったということは、ありえないのではないかと私は思う。「破壊の衝動」に身を委ねることは、場合によってはその人間を悪魔にも変えうることだ。けれどもそういった「善悪の基準」みたいなものまで含めて「ひっくり返って」しまうことこそ、「革命」というものの本質なのではないのだろうか。

だから私はシングル盤の録音に際してジョンが「やっぱり破壊は良くないよね」という優等生的な結論を「受け入れた」ことを、個人的には「残念」だと思う。自分が本当に「壊したい」と思うのは何なのかということをもっと本気で突き詰めて、それを率直に歌にしてほしかったと思う。「壊したいもの」をひとつも持っていない人間なんて、どこにもいないはずなのだから。

80年に亡くなる直前のインタビューでジョンは、「今の気持ちはCount me outだ」と改めてコメントしているらしい。まあ、人がどういう意見を持とうと勝手だとしか私には言いようがない。そのことの上でそうした主張は、私個人には全く「魅力的」に感じられない。それだけのことである。

Don't you know it's gonna be
All right, all right, all right

この部分では、上のインタビューでも書かれている通り、「難しく考えなくても多分世の中は上手くいくよ」「良くなっていくようにできてるよ」的なことをジョンは言いたいのである。「神さまが何とかしてくれる」というケセラセラ気分が、インド滞在中の彼の世界に対する偽らざる感覚だったということも、彼自身の言葉で書かれている。ただ、この歌い方を聞く限り、彼氏が本気で「All right」と思っていたようには、私には到底思えない。

Everything gonna be alright」というのは、ボブ·マーリィの「No Woman, No Cry」という曲に出てくる有名なフレーズでもあるわけだけど、あの人の場合は本当に心から「いつかすべては良くなる」と思いながら歌っているのだろうなということが、曲を聞いていると伝わってくるような気がする。あと、RCサクセションの「ラプソディ」という歌でも、忌野清志郎は本当に「大丈夫、大丈夫」と思いながら歌っているのだろうなということが伝わってきて、心がほどけてゆくような感じがする。けれどもこの歌におけるジョンの「All right」は、ほとんど「悲鳴」である。上手くいくはずなどないことが内心では分かり切っているけれど、「正論」を振りかざして自分をオルグしようとしてくる活動家の論理に屈服するのもイヤだし、とりあえずは「念仏」と同じような感じで、現実逃避を目的として連呼されている「All right」であるようにしか、私には思えない。

だからまあ、「素直な歌」ではあるのだと思う。でも聞いていて「元気のでるような歌」では、ありませんよね。

You say you'll change the constitution
Well, you know
We all want to change your head

この「constitution」をどう訳せばいいのか、率直に言って、わからない。辞書にはまず「憲法」と書かれている言葉で、日本だと「憲法を変えろ」というのは大体において右翼の主張であるわけだが、たとえば「北アイルランドがイギリス領であることの正当性」や「国王の世襲制の正当性」といった明らかに不正なことも、イギリスにおいては「憲法で保証されていること」であるため、その憲法を左翼が変えろと主張することは別に不自然なことではない。その意味では日本でも、第一条が「天皇条項」で始まっている憲法を「変える」ことを主張しないような左翼は「ニセモノ」であるという見解を、個人的には私は持っている。

だが「constitution」は同時に「構成, 組織, 構造, 体質」といった「一般的な意味」も持ち合わせており、これらを総合した言い方として「コンスティテューション」が使われている可能性の方が、私は高いのではないかと思う。要するに世の中を根本から変えてみせる、ということを、相手の人は言ってはるわけである。

これに対してジョンは「まずきみ自身が変わるべきなんじゃないのか」と主張している。これはまあ、正論だと思う。でも「変わってから行動すればいい」とかいう風に思ってるんであれば、実際に行動を起こせる時は多分永遠に訪れないだろうということも、また事実ではある。

You tell me it's the institution
Well, you know
You better free you mind instead

この一行目の訳し方もまた、難しい。「institution」はまず「制度」と訳せる言葉なので、試訳では「変えなくちゃいけないものは制度だと言ってるわけだね」と翻訳した。この場合は「it」という形式主語を、「変えなければならないと相手が思っているもの」という意味で解釈している。

だが「institution」には「団体,機構」といった意味もある。その場合、「it's the institution」というのは「必要なのは組織なんだ」といったような主張である可能性もある。「革命のための組織が必要だから協力しろ」という主張である。

それに対するジョンの答えが「それよりまず君の心を自由にするべきだ」というものであるわけで、「制度」も「組織」も人間を「縛る」ものだから、どちらの意味でも辻褄は合っている。この部分に関しては、両論併記にしておこうと思う。

But if you go carrying pictures of chairman Mao
You ain't going to make it with anyone anyhow

ここで毛沢東という個人名が出てくるのは、当時のヨーロッパにおける左翼シーン(?)の中に毛沢東の強い影響を受けた人たちが、実際にたくさんいたからである。同時期に中国で進行していた「文化大革命」と結びつき、この歌が発売される3ヶ月前に起こったフランスの「五月革命」では、紅衛兵と同じように「毛沢東語録」を振りかざして行進する学生の姿が、かなり見られたらしい。それに対してジョンが「個人崇拝」の危険性を感じ取っているのは、極めてまともな感覚だと思う。

もっとも当時においてラジカルな学生たちの間で毛沢東に「人気があった」ことには、それなりの理由もあった。1963年のキューバ危機以来、ソ連というそれまでの「東側世界の盟主」はアメリカとの「歩み寄り」を深めており、そのことがまじめな左翼の人たちには「許しがたい裏切り」に見えていた。また同じ1968年における「プラハの春」の武力鎮圧に対しても、ソ連への怒りと抗議は高まっていた。そんな風に「ソ連に対する幻滅」=「旧来の左翼思想への幻滅」が広まる中で、少なくともベトナムと中国の人々は「頑張って」いるように、当時の人々には見えていたのである。ベトナムの人々が「頑張って」いたのは当然のこととして、武装闘争で日本帝国主義を放逐して以降の「革命は銃から生まれる」という原則を堅持しつつ、ソ連の「日和見主義」を批判しながら「社会主義建設」を推し進めていた当時の毛沢東の中国の姿は、決して少なくない人々にとって非常に「頼もしく」映っていたわけなのだ。そして当時は外側の世界にはほとんどその内実が知られていなかった「文化大革命」と呼ばれるものも、多くの人はビートルズやヒッピー文化と同様の「文化の革命」が中国でも進行しているということなのだろうなと素朴に信じ、それと歩調を合わせて「ひとつの世界革命」を実現してゆくのだという意識を持って活動していた。そのように聞いている。

今の中国では誰に聞いたって「文革」は「間違い」だったという答えが返ってくるし、私だって「間違い」だったと思う。その実態が毛沢東による権力闘争にすぎなかったという批判については「当たっている」としか言いようがないし、その過程で本当に多くの人が殺され、また人生をめちゃめちゃにされた。けれども社会主義を標榜している自分の国において貧富の差や資本主義への妥協が存在するのはおかしいという「素朴な正義感」から文革に参加した無数の人たちのエネルギー自体が「否定されるべきもの」だとは私は思わないし、またその全員が毛沢東という権力者に「利用」されただけだったとも思わない。そうした「素朴な正義感」は中国の人々の感情の底みたいな部分に今でもハッキリと息づいていることを私は感じることがあるし、そういった「文化」はやはり、「戦った歴史」があるからこそ生まれてきたものなのだ。

毛沢東という人は実際、極めて魅力的な人でもあった。私自身にとって、である。国共内戦の時代、蒋介石の軍隊に追われたこの人は、8万人の紅軍と共に江西省の瑞金から甘粛省の延安まで、1万2500キロを「戦いながら徒歩で走破する」という人類史上誰にもなしえなかったような「長征」をやってのけた人でもあるわけなのだが、当初の仲間が数千人にまで減ってしまうようなその行軍の中で何が一番辛かったか、というアメリカの記者のインタビューに対し、「タバコがなかったことです」と真顔で答えたりしている。こういうのってどうしようもなく「カッコいい」な、と、やっぱり思ってしまうところはある。とはいえ「英雄を必要とする国は不幸な国」なのである。こういう人が再び現れて「何とかしてくれる」ことを期待するようなことは、結局「新たな権力を作り出す結果」にしか終わらないことだろう。つまるところ、ひとりひとりが「自分はどうしたいのか」ということを明らかにして行動するしかないわけで、その一点においてはジョン·レノンという人の姿勢は、立派なものだったと私は感じている。

なお、このフレーズの最後には「anyhow (どんな風にやってみたところで)」という言葉が挟まれているのだが、この「anyhow」という言葉は聞きようによっては「ニイハオ」と聞こえる。そして英語圏のかなりの人たちが、ここの歌詞には毛沢東が出てくるから「ニイハオ」と言っているんだな、という風に、「納得」しているのだという話である。本当にそうなのかどうかは私は知らない。でも実際に英語圏の人が「ニイハオ」と聞こえると言っているからには、「無視していい情報」だとは思えない。そんなわけで「えー、にいはお」という訳詞を追加した。


東方紅 1965年

というわけで最後はその文革前夜の1965年に制作された大型音楽舞踏史詩、「東方紅」のフル動画である。ところどころ(とりわけ冒頭)どうしても毛沢東への個人崇拝が鼻につくところはあるけれど、私はハッキリ言って、キライではない。上のような歌詞を口ずさみつつも、やっぱりこうした英語の字幕を頼りに、ジョン自身もこの映画は「見ていた」のではないかと思う。ではまたいずれ。


=楽曲データ=

(Single Version)
Recorded: 9-12 July 1968
Released: 30 August 1968 (UK), 26 August 1968 (US)
John Lennon: vocals, electric guitar, handclaps
Paul McCartney: bass guitar, Hammond organ, handclaps
George Harrison: electric guitar, handclaps
Ringo Starr: drums, handclaps
Nicky Hopkins: electric piano

(Album Version)
Recorded: 30, 31 May; 4, 21 June 1968
Released: 22 November 1968 (UK), 25 November 1968 (US)
John Lennon: vocals, acoustic guitar, lead guitar
Paul McCartney: backing vocals, piano, Hammond organ, bass
George Harrison: backing vocals, lead guitar
Ringo Starr: drums
Francie Schwartz: backing vocals
Derek Watkins, Freddy Clayton: trumpets
Don Lang, Rex Morris, J Power, Bill Povey: trombones

Key: A

はいからさんが通る 全8巻完結セット (コミックセット)

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