華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Pride もしくはマタイによる福音書24:27 (1984. U2)

電光の東より出でて西にまで閃きわたる如く、人の子の來るも亦然らん。
それ死骸のある處には鷲あつまらん。


-マタイによる福音書 24:27-


Pride (In the Name of Love)

Pride (In the Name of Love)

英語原詞はこちら


One man come in the name of love
One man come and go
One man come he to justify
One man to overthrow

片方の人間は
愛という名のもとに訪れ
片方の人間は
やって来てそして去る。
片方の男は
神の許しをたずさえて。
もう片方は
世界を覆すために。


In the name of love
What more in the name of love
In the name of love
What more in the name of love

愛という名のもとに。
他にどんなことができるだろうか。
愛という名のもとに。
それ以上のことがありうるだろうか。


One man caught on a barbed wire fence
One man he resist
One man washed up on an empty beach
One man betrayed with a kiss

ある人間は
有刺鉄線にその身をとらえられ
またある人間
かれはあらがう。
誰もいない海岸で波に打ち上げられた
ひとりの人間の身体。
口づけによって裏切られた
いままたひとりの人間。


In the name of love
What more in the name of love
In the name of love
What more in the name of love

愛という名のもとに。
他にどんなことができるだろうか。
愛という名のもとに。
それ以上のことがありうるだろうか。


Early morning, April 4
Shot rings out in the Memphis sky
Free at last, they took your life
They could not take your pride

4月4日の朝まだき
メンフィスの空に
銃声が響きわたった。
最後には
自由が訪れたのですね。
やつらはあなたの命を奪った。
けれどもやつらはあなたから
誇りを奪うことはできなかった。


In the name of love
What more in the name of love
In the name of love
What more in the name of love

愛という名のもとに。
他にどんなことができるだろうか。
愛という名のもとに。
それ以上のことがありうるだろうか。


In the name of love
What more in the name of love
In the name of love
What more in the name of love

愛という名のもとに。
他にどんなことができるだろうか。
愛という名のもとに。
それ以上のことがありうるだろうか。

われ地に平和を投ぜんために來れりと思ふな。平和にあらず、反つて劍を投ぜん爲に來れり。それ我が來れるは、人をその父より、娘をその母より、嫁をその姑より分たん爲なり。 人の仇はその家の者なるべし。

-マタイによる福音書 10:34一

神様のお取り仕切りに凪ぎる心ォこの世の中さ持って来んべって、俺ァ来たんだどァ思うなんな。喜びに凪ぎる安らがな心どごろが、戦ァ持ってきた。争いィ持ってきた。

息子ォその父親
(てでおや)
娘ェその母親に
嫁御ォその姑に
刃向がわせべって、俺ァ来た。
こうやどすて、其方ァいいすァ
(家族は)
其方 (そなだ) とって一番の敵 (かだぎ) んなる。


原文を直訳すると「地の上に平和を投げ入れるためにわたしが来たのだとお前たちは思うな。平和を投げ入れるためにわたしが来たのではない。剣を投げ入れるために来た」となる。だが、いくら何でもこれはおかしい。イエスは戦争好きのテロリストではないはずだ。イエスの真意は、彼が来た目的と言うよりは、結果を述べているものと思われる。彼の愛の教えが、結局、紛争の種となって、剣を地上に投げ込む羽目になってしまうというあまりにも皮肉な悲劇をほとんど自虐的な表現で嘆いているものと読める。

-山浦玄嗣「ケセン語訳新約聖書 マッテァがたより」およびその解説より-

1963年に公民権運動のただ中で殺された、4人の子どものことを歌った歌のことを取りあげた前回の記事を書いていた際、当時における黒人解放運動の指導者だったキング牧師は、その事件が起こった時にどんな気持ちがしただろうかということについて、しきりと考えさせられた。自分の信念にもとづいて掲げてきた「非暴力」の運動が、ついに「人を死なせる結果」をもたらしてしまった時の、その気持ちについてである。

思い出されたのは、「新約聖書」を岩手県沿岸部の言葉で翻訳した「ケセン語訳聖書」の執筆者である山浦玄嗣氏が、「私は平和ではなく剣をもたらすために来た」という有名なイエスの言葉を、上の引用のような形で解釈されていたことだった。「剣をもたらすために来た」という言葉が、「目的」を語ったものではなく「結果」に対する述懐だったというのは、極めて鋭い読み方だと思う。「目的」としているところが「愛」であれ「共生」であれ、その理想のために行動することは必然的に「戦い」とならざるを得ない。その「戦い」の中でついに「血が流されて」しまった時、キリスト者だったキング牧師の心をよぎったのは、やはり上に掲げた聖書の一節だったのではないかと思った。

ただ、それを「皮肉な悲劇に対する自虐的な表現」であると読むのは、違うのではないかとも思う。私自身は「神」というものを一度も信じたことのない人間ではあるけれど、イエスという人と「人間として」向き合うなら、上の一節はどんな結果がもたらされることになろうともやはり「戦う」という「決意」を示した言葉であると受けとめた方が、ふさわしいのではないだろうか。

前回の記事でも書いた通り、私はキング牧師とマルコムXとでは、マルコムXの方が「正しかった」と感じている人間である。そして、キング牧師という人を安易に賛美することは、「無責任なこと」なのではないかとも感じている。「非暴力」という言葉は、現在の日本においては極めて安直に「戦わないこと」を正当化するための決まり文句として使われてしまっている感があるし、「戦い」が本当の「戦い」になった時、「非暴力」で果たして「命」が「守れる」のかということは、リアリズムに徹するしかない問題だ。けれどもキング牧師という人の生き方-「死に方」まで含めて-それ自体は、決して「マルかバツか」で割り切れるようなものではないのだし、割り切っていいようなものでもない。「差別と戦争のない世界」を「本当に」実現するために「最後まで」戦い抜いた、世界史の中でも数少ない「偉人」の一人がキング牧師だったことは、永遠に消えることのない事実なのである。

「In the Name of Love」というサブタイトルで有名なこのU2の「Pride」も、そういえばキング牧師のことを歌った歌だったということを思い出し、改めて歌詞の意味するところを調べてみた。そしたら海外サイトにビックリするようなことが載っていて、思わず読みふけってしまった。

この歌の前半の全てのフレーズは、「One man (ひとりの人間/男)」という言葉で始まっている。その「One man」はキング牧師という「ひとりの人間」のことを指しているのだろうと、私はずっと思い込んでいた。けれどもキング牧師が「ひとりの人間」であることは、「一回言えばわかること」だ。何回も繰り返す意味がわからない。

「One man」が繰り返されていることは、この歌に最低でも「二人の登場人物」が存在することを示しているのだ。そして片方の「One man」はキング牧師を指しているが、もう片方の「One man」はマルコムXのことを指している。そう解釈している海外サイトの記事を読んで、私は初めてこの歌がどういう歌だったのかが「わかった」気がした。そのことの上でこの「二人の登場人物」には、キリスト者であるボノの書く歌詞に似つかわしく、さらに「聖書的なイメージ」が重ねられているらしい。



西暦30年前後のこと。当時ローマ帝国の支配下にあったエルサレムにおいて、イエスはユダヤ教の司祭たちに捕縛され、ローマの代官だったピラトのもとに引き渡される。この時ピラトのもとには、ローマ帝国に反旗を翻した「罪人」であるバラバという男性も、同じく捕まっていた。イエスとバラバ。この二人は今の見方からするならば、どちらも当時のユダヤ人社会における「革命家」だったのだ。ひとりは「愛に訴える」革命家。ひとりは「武器に訴える」革命家。その姿は奇しくも、キング牧師とマルコムXという「2人の革命家」の姿に重なっている。

当時の慣習にもとづき、どちらかの「罪人」は釈放されることになっていた。どちらを許すかとピラトが問い、群衆は口々に「バラバを!」と叫んで、イエスが十字架にかけられることが決まった。ボノがクリスチャンであること、そしてサビの歌詞が「愛という名のもとに」であることから考えても、彼氏の「シンパシー」はキング牧師の側に寄せられていることが窺える。けれども作ったボノの意図をも越えて、「愛」も「暴力」も実際は「ひとつだ」ということがこの歌には示されているのではないかという印象を私は受ける。確かにここには「二人の登場人物」が存在するが、両者が目指しているのは間違いなく「ひとつの世界」であり、「ひとつの未来」なのである。

ボノ自身がこの歌が書かれた経緯については、海外サイトで以下のように紹介されていた。

This began as a song about US president Ronald Reagan. Bono had lyrics written condemning Reagan for an arrogant pride that led to nuclear escalation, but it just wasn't working. "I remembered a wise old man who said to me, don't try and fight darkness with light, just make the light shine brighter," Bono told NME. "I was giving Reagan too much importance, then I thought Martin Luther King, there's a man. We build the positive rather than fighting with the finger."
この歌はもともと、アメリカ大統領だったレーガンについての歌として書き始められた。ボノはレーガンの傲慢なプライドと核開発のエスカレーションを批難する歌詞を書きたかったのだが、うまく行かなかった。「そこで、とある賢者の老人がぼくに言ってくれた言葉を思い出したんだ。光で闇と戦おうとするのはやめろ。ただその光をもっと明るく輝かせばいいんだって」。ボノはNMEに語っている。「ぼくはレーガンに大きな位置を与えすぎてたんだな。それでキング牧師のことを思い出した。そういう人がいたんだよ。それで、核ボタンを押す指について書くよりももっとポジティブな歌をかくことができたんだ」

=翻訳をめぐって=

One man come in the name of love
One man come and go
One man come he to justify
One man to overthrow

「One man come and go」は、ピラトの法廷に引き出されたが釈放されて「どこへともなく消えて行った」バラバのイメージが重ねられた歌詞として読むと、納得が行く。ただそれが、「キング牧師と比してマルコムXは忘れられつつある」みたいなことまで言おうとしているのだとすれば、あまり納得が行かない。

「justify」には「正当化する」などの意味もあるが、ここでは「神の許しをもたらす」という本来の宗教的な意味で読むのが妥当だと思う。「overthrow」は文字通り「転覆する」という意味。

One man caught on a barbed wire fence
One man he resist
One man washed up on an empty beach
One man betrayed with a kiss

「イエスとバラバ」「キング牧師とマルコムX」という重なった両者のイメージから、ここではさらに「いろいろなイメージ」が展開されていると思う。「有刺鉄線にとらわれた人」という言葉でヨーロッパの多くの人が思い浮かべるのは、第一次世界大戦における「塹壕戦」の記憶らしいが、公民権運動やベトナム反戦運動の際に権力側が張りめぐらしたピケライン、またイスラエルによって分断されたパレスチナの光景などを思い浮かべる人も多いに違いない。

「浜辺に打ち上げられた男」という歌詞も、ヨーロッパでは「ノルマンディー上陸作戦の後の死体が散乱した浜辺」を思い浮かべる人が多いらしいが、アメリカでは「南部でリンチを受けて遺体で発見された黒人少年」の姿を想起する人も多いらしい。どちらも極めて具体的なイメージと結びついている。

「口づけで裏切られた者」とは、「ユダの接吻」で敵に売り渡されたイエスのことを指している。ちなみにキング牧師を殺した人間は「彼がその良心を信じようとした」白人だったが、マルコムXを殺した人間は「同じ黒人」だった。だからどちらの姿もこの歌詞に重ねることができるし、またそれ以外のイメージも重ねうる歌詞だと思う。

Early morning, April 4
Shot rings out in the Memphis sky
Free at last, they took your life
They could not take your pride

キング牧師は1968年4月4日にテネシー州メンフィスのモーテルで暗殺された。なお、歌詞では「早朝」とあるが実際の時間は「夕方」だったのだそうで、後からそれを知ったボノはコンサートでは「evening」と歌っているらしい。


今井美樹 プライド

…貼りつけるのが果たしてふさわしいのだろうかとも思ったのだっだが、こちらはこちらで好きなのです。ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1984.9.3.
Key: B