華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

祈っ時 もしくはケセン語訳新約聖書マタイ伝6-9 (2002. 山浦玄嗣)


ケセン語訳新約聖書マタイ伝第6章より 「主の祈り」

天においでのお父様
Ten ni oide no Odód’sama,
その名も高ぐ、あっ尊でァ!
Sono na mo tagágu, áttōdai!
お取り仕切りの来るように
Odórisigiri no kurú yō ni.
お膝元でのそのように
Ohizamodo de no so no yǒ ni,
神様ァ心ァこの人の世に
Kamisáma a kogoró a kono hito no yo ni,
上首尾どそのままなるように
Ig’í anbai do sono mama narú yō ni.
今日の飯も食せでくなはりゃんせ
Kyǒ no mǎnma mo kwasér de kunahari ǎnse.
人の科も許すがら
Hito no tonŋá mo yurusí gara,
俺等ァ科も堪忍してくなはりゃんせ
Ora á tonŋá mo kǎnnin sɪr te kunahari anse.
俺等ァ心ァ闇に迷わねァように
Ora á kogoró a yami ní mayowanag’í yō ni,
災難、難儀の起ぎねァように
Saïnan, nanŋi no ogir-nag’í yō ni.



このかんの「アラバマ特集」を通じて黒人解放運動の歴史と改めて向き合ってきた中で、直接はキング牧師の「非暴力·不服従」の思想との兼ね合いをめぐり、「キリスト教」というものについて、初めてと言ってもいいかもしれない。本気で考えさせられることになった。そんな中、池澤夏樹の個人編集による日本文学全集の「日本語のために」という巻の中で、岩手県大船渡市在住の医師、山浦玄嗣氏が同県気仙郡の言葉で翻訳された「ケセン語訳新約聖書」の存在を知り、大変な衝撃を受けた。受けた衝撃の内容は多岐に渡っており、とてもブログ記事の一本や二本で書きつくせる話ではないのだが、とりあえず最初は「うたを翻訳する」作業に携わる者として、「言葉に対する真摯な向き合い方」という観点から「同業者」的な感銘をおぼえたのである。そのことについては、今までの記事の中でも何度か触れてきた。

そしてこのたび、山浦氏本人による朗読のCDつきの「ケセン語訳新約聖書」本編を図書館で借りてきて(カバンに入らないぐらい、巨大な本だった)、そこで語られている言葉があまりにも「生き生き」していることに1960年代の中高生が初めてビートルズを聞いた時と変わらないぐらいのショックを受け、おのれが関西人であることもかえりみず、自分でもそれを「声に出して」読んでみずにはいられない気持ちになった。それが上の動画である。東北地方の読者の方が聞かれたら、「なっていない」発音に立腹される向きも必ずあるものと思われるが、山浦氏はケセン語を「日本語の一部」としてではなく「ひとつの独立した言語」として世界に紹介しておられる。それを真摯に学ぼうとしている「別の言語世界」の住人の取り組みの一環として、暖かい目で批評して頂ければ幸いに思う。

実際、本当なら山浦氏本人が朗読しておられる動画なり音源なりをここで紹介できれば一番いいのだが、「売り物」になっている関係上、そうも行かないのだろう。ネットで無料公開されているものは見つからない。そうである以上私としては、「自分はこんなに感動した」ということを人に伝えるためには「自分でもやってみる」以外に思いつかないのである。バンドでも、好きになった曲はまずコピーするというのがその作品に対する最大のオマージュなのだ。上の動画の朗読を聞いて「感動」する人がいるとはまず思えないが、「この人はこんなに感動しているんだ」ということぐらいなら、伝わるのではないかと思う。ナギは何をそんなに感動しているのだということがもし「気になった」方がいらっしゃったなら、ぜひ山浦氏本人の「声」に触れてみて頂きたい。今ならオーディオブックでダウンロードすることも可能だという話である。それぐらいの「お返し」しかできないのが心苦しく感じられるぐらいに、貴重な出会いを経験させてもらったと私は感じている。

慣習的にこのブログでは、50曲目ごとに日本語の楽曲を取りあげてそれにまつわる感想や思い入れを語るというスタイルをとっているのだけれど、550曲目の今回はその山浦氏の朗読そのものを「楽曲」として取りあげさせてもらうことにしたい。氏の語るケセン語の響きは「言葉」であると同時に「音楽」そのものになっていると私は思う。それはたとえ「言葉として」そこで語られていることの意味を全然理解できない人が聞いたとしても、「感じるべきもの」は必ず残るという意味において、「音楽」なのだ。ちょうど私たちが意味も分からない外国語の歌を聞いても、それに「感動」できるのと同じ内容においてである。
epix.co.jp
山浦氏は、戦前の気仙地方においてたった一軒だけのカトリック信者の家で育ち、「自分の大好きなイエスさまの言葉」を「自分の大好きなふるさとの仲間」に対し、既製の日本語訳聖書の「難しくて硬い言葉」ではなく、ふるさとの言葉で活き活きと伝えたいという思いを、子どもの頃から感じ続けていたのだという。その夢を叶えるために、医師としての仕事のかたわら氏がまず取り組んだのは、「ケセン語」をひとつの言語として確立させるために、文字と文法を整備することから始めるという気の遠くなるような作業だった。それを土台に「ケセン語入門」や「ケセン語大辞典」を著し、ようやく念願の聖書の翻訳作業に着手できるに至った時、氏は60歳になっていたという。

ケセン語は何しろケセン語なのだから、そこに使われている「音」(たとえば「シとスの中間の音」)を表現するためには独自の「文字」が必要である。私がブログを書いている環境ではそのフォントが使えないので、例えば上に引用した「主の祈り」の一節などにはやむなく「日本語の文字」を使っており、不正確になっているのだが、「ケセン語訳聖書」の全文はその「ケセン文字」で書かれている。巻頭に付されているその一覧表を転載するぐらいのことは、本の宣伝の一環として、また個人的な学習活動の一環として、許される範囲のことなのではないかと思う。








…余談ながら、「共通語の『あい』がケセン語では『えァ』になる」と記載されている部分について、近畿地方の言葉を母語とする人間がその表記を頼りに音読してみようとすると、これが大変に難しい。どうしても名古屋弁の「うみゃー」みたいな発音になってしまうのだが、氏の朗読を通じて聞くケセン語の「えァ」はそれとは全然ちがっている。ふるさとの言葉の響きを「正確に」伝えたいのに、文字というものは何と「不完全」なものなのか、という氏の抱える「もどかしさ」が、「えァ」を発音できない自分のもどかしさを通じて、伝わってくるような感じがした。他者に何かを伝えようとすること、他者から何かを学ぼうとすることは、いつだってお互いにこんなにも「大変なこと」なのだ。しかしその「大変さ」に気づかせてもらえることは、それだけでも「かけがえのないこと」なのだと私は思う。

後は日本語に訳されている「新共同訳聖書」の無機質な言葉を、血の通った気仙の言葉に置き換えるだけだ、と当初は山浦氏も簡単に考えていたらしいのだが、そうは行かなかった。「精霊」とか「預言者」とか「洗礼」とかいった、歴史的に形成されてきた独特の「キリスト教用語」は、漢字のままで「血の通った言葉」に置き換えられる性質のものではない。それをさらに「翻訳」するためには、そもそも「精霊」や「洗礼」と訳されてきた言葉はそもそも「何」を表しているのかということを、「わかって」いる必要がある。クリスチャンとして子どもの頃から暗唱できるくらい慣れ親しんできた用語であるにも関わらず、いざ「自分の言葉」で語ろうとした段になって、山浦氏は初めてそれを「わかっていなかった」ことに気づかされたのだという。この点、同じ翻訳に携わる者として、その感覚はものすごくよく「わか」る。新聞記事や法律の条文ならともかく、他者の口から発せられた「血の通った言葉」というものは、「一知半解」であっては決して他の誰かに「取り次ぐ」ことなどできないものなのだ。

「翻訳の翻訳」では上手く行かないことに思い至った山浦氏は、「原典」に当たるしかないと意を決し、そこからさらに古代ギリシャ語の学習に着手する。60歳を越えられてからの情熱である。そして現代日本では新約聖書とイエス·キリストその人とを象徴するキーワードと見なされているところの「愛」という「訳語」に対してさえ、「果たしてそれでいいのか」という「疑いの目」を向けてゆく。マーヴィン·ゲイの「What's Going On」の記事でも触れさせてもらったが、イエスの弟子たちが福音書を書く際に直接用いた「アガパオー」というギリシャ語が「上下の隔てなく使える言葉」であるのに対し、日本語の「愛する」はある種の上下関係を前提した上での「上から下に向けた感情」を表現するために使われてきた言葉ではなかったか、ということに、山浦氏はイエスが「アガパオーした」というのはどういうことだったのかということを考えぬいた上で「気づく」のである。

「愛」は明治中期以後の翻訳語でした。しかも、その翻訳は見当違いで、元来が目上から目下へ向かう言葉であったものを逆転させて神さまに対してまで用いたのです。

聖書は「あなたの敵を愛しなさい」と言いますが、「愛する」とは「好きになる」こと、「好き」という感情が必要です。一方「敵」とは憎いもの、殺してやりたいほどの憎悪の対象です。これを「愛せ、大好きになれ」とは矛盾した要求です。できるわけがない。

ある感情がわきあがることを人は自分の意志で制御できません。憎もうと思って憎くなるわけではなく、好きになろうと思って好きになれるわけでもなく、これは不可抗力の自然現象です。「一目惚れ」に意志も理屈も関係ありません。もちろん、その感情を行動に移すかどうかはまた別の問題です。意志には感情を制御する力があります。

「敵を愛せ」と言われても、それは無理ですから、自分は罪深い人間だと自己嫌悪に陥ったり、逆に聖書が嫌いになったりします。悲劇です。これは訳が悪いのです。

ギリシャ語の動詞アガパオーを「愛する」と訳し、その名詞形アガペーを「愛」と訳したのがそもそもの間違いでした。1592年発行のキリシタン文書 『どちりな・きりしたん』では「愛」という言葉を用いず、「お大切」と訳しました。名訳ですね。「大切にする」は「愛する」に似ていますが、違います。好き嫌いの感情とも上下関係とも無縁です。臣下が主君を大切にする、主君が臣下を大切にする、いずれも当然です。神さまを「愛する」は失礼な言い方ですが、神さまを「大切にする」ことは至極もっともです。神さまもわたしたちを「大切にして」くださっています。

ー山浦玄嗣「イチジクの木の下で」2015年

…個人的には、いくつか引っかかる点がないでもない。「臣下が主君を大切にする、主君が臣下を大切にする、いずれも当然です」ということが「アガパオー」という概念の説明としてサラッと書かれているのだけれど、「神と人間との関係」というのは果たして「主君と臣下の関係」で「いい」のだろうか。ひるがえってこの人間社会で、人間と人間のあいだに「主君と臣下の関係」が「存在」し続けていることも、キリスト教的には「当然」として受け入れられる範疇のことなのだろうか。だとしたらキリスト教というのは差別思想に他ならないと私は思うし、別にその肩を持つわけではないけれどイエスというのは実際にはもっとラジカルに「人間が平等であること」を説いた人だったのではないかという印象を私は持っている。とはいえ、イエスの「アガペー」と向き合いぬく中で日本語の「愛」が「上下関係を前提した感情」にしか「なっていない」ことを氏が看破されたことは、慧眼という他ない。お世辞やリップサービスではなく、私自身も今までこのブログで訳詞に使ってきた全部の「愛」という単語を見直さなければならないと思わされているぐらいである。かくして従来「汝の敵を愛せよ」と訳されてきた有名なフレーズは「敵(かたき)であっても大事(でァじ)にしろ」という極めて「自然な言葉」に生まれ変わった。氏に言わせるならこれは「敵に塩を送った上杉謙信の精神」であり、誰もがうなづける気高い思想性ではあっても決して「エキセントリックな感情」ではないのである。

山浦氏のこうした「研ぎ澄まされた日本語感覚」は、ある意味ではケセン語という「自分の言語」の立場から日本語という言語を「他者として」対象化することを通して、初めて成立しているものなのではないかという印象を受ける。「他者」の存在を「鏡」にすることがなければ、「自分自身の構造」には決して気づけないように作られているのが人間というものだからである。そんな同氏の「冴えた翻訳」の中でも白眉と言うべきが、「はじめに言葉ありき」という「分かったような分からないようなフレーズ」で知られるヨハネ福音書の冒頭部分だろう。

このフレーズはこの日本語訳である限り、「分かったような分からないようなフレーズ」でしかありえないものなのだ。何となく、と言うかかなり詩的な字面だし、人によってはこのフレーズから何かとてつもないインスピレーションをもたらされたり、人生を変えるような大きなことに気づかされてもおかしくない文字列ではある。しかしそういう人たちにしたところでやっぱり「分かったような分からないような分かり方」でしか分かりようがないのが、「はじめに言葉ありき」というフレーズなのである。実際私自身、考えてみたことはあっても「それ以上の分かり方」はムリだった。けれども山浦氏の翻訳は、そうした「分かったような分からないような」曖昧さを一切残さない、具体性をそなえている。これも拙い朗読で恐縮ではあるけれど、動画つきで紹介させて頂きたいと思う。


ケセン語訳新約聖書ヨハネ伝冒頭部

初めに在ったのァ
Hasɪme ni ar' tár no a
神様の思いだった。
Kamisáma no omoi dár' tar.
思いが神様の胸に在った。
Omoi ŋá Kamisáma no mune ni ar' tar.
その思いごそァ神様そのもの。
Sono omoi góso a Kamisáma sonomono.
初めの初めに神様の
Hasɪme no hasɪme ni Kamisáma no
胸の内に在ったもの。
mune no udɪ ni ar' tar mono.

神様の思いが凝って
Kamisáma no omoi ŋá koŋor' te
あらゆる物ァ生まれ
arayúru mono a umarer,
それ無しに生まれた物ァ
sore násɪ ni umarer dar mono á.
一づもねァ
hitódɪ mo nag'i.

神様の思いにァ
Kamisáma no omoi ní a
あらゆるものォ生がす力ァ有って
arayúru monō igasí tɪkara á ar' té,
それァ又、生ぎる喜びィ
sore a mada, igirú yorogobǐ
人の世に輝がす光だった。
hito no yo ni kaŋayagasí hikari dár' tar.

光ァ人の世の
Hikari á hito no yo no
闇ィ照らしてだったのに
yamǐ terasɪ tér dar' tar no ni,
闇に住む人ァその事に
yami ní sɪmú hito a sono godo ní
気ァ付かねァでだったんだ。
ki a tɪkanag'í der dar' tar n' dar.

…従来「言葉」という日本語で訳されていた部分を「神様の思い」というケセン語に置き換えられたのは、山浦氏が原文に使われているギリシャ語の「ロゴス」という単語と文字通り「格闘」されたことの結果である。「言葉」が「言葉」として発せられる前の段階の「思い」まで含めた概念が、ギリシャ語の「ロゴス」なのだ。従ってそれは「論理」とも訳しうるし「意志」とも訳しうるわけだけど、それらはいずれも計算や意識作用の上に成立する概念であって、「ナマな概念」ではない。そんな風に「洗練」されることをくぐっていない「ナマな概念」を「ナマなまま」で言い表せる日本語(的)な単語があるとすれば、確かにそれは「思い」という言葉以外にありえないと思う。このあたりの山浦氏の思考の過程を跡づけてゆく作業には、鳥肌の立つような興奮を覚える。

そしてそんな風に「思い」という「ナマな言葉」を突きつけられることを通して、初めて私はキリスト教という宗教が、自分が生まれた時からその空気を吸って育ってきた天理教という宗教と驚くほど「似た宗教」だったことに気づく。-今までにも何度か触れてきたが、私の実家は天理教の家だった-。天理教でも確かに「はじめにあった」のは、「泥海の世界では味気ない」という「月日」の「思い」だったという話になっているのである。余談ながら山浦氏のケセン語訳聖書には「親神さま」という完全な「天理教用語」も登場する。従来の日本語訳で「父なる神」と訳されてきた言葉である。

nagi1995.hatenablog.com
天理教にもキリスト教にも「理神論」と呼ばれる立場が存在する。「神」というものがもし「いる/ある」のだとすれば、それは「人間のかたちをした何か」ではなく、宇宙をつかさどる天然自然の「理」そのものが「神」と呼ばれるべき存在/概念なのではないか。そしてイエスも中山みきも何か人間のかたちをした「神」に「服従すること」を説いたのではなく、その「理に沿って生きること」を比喩的に説いたにすぎなかった(もしくは「こそ説いた」)のではないか、という立場である。こういうことを言うと天理教の中にもキリスト教の中にも「怒り出す人」が大勢いるわけなのだけれど、私が自分の立場を客観的に見つめ直すなら、それに一番近いのではないか、という気がしている。そんな風な形で「神」との向き合い方というものを自覚的に形成してゆくことでもしない限り、星の数ほどある「違った宗教」のもとで生活している地球上の人類が「共に生きる」未来を建設してゆくことなど、およそ不可能なことに思えるからである。ただし、そこまで「割り切って」考えてみると、「神」という概念が果たして「必要」なのかどうかということも、よく分からなくなってくる。そして事実、何度も書いてきたように、私自身は「神」というものを心から「信じた」経験は一度も持っていない。

しかしながら「思い」というのは「理」よりもいっそう「ナマな概念」である。「理」というのは「解き明かすこと」が可能なものだが、「思い」はハッキリ言って正体不明であり、直接には整理したり定義したり形にしたりできないからこそ「思い」として「とどまって」いるのである。従って「思い」の主体や実体は謎に包まれているが、謎である分だけそれは「理」よりもいっそうリアルなもの(これは「こと」ではないと思う)に感じられる。イエスも中山みきも「説明できること(理)」だけを語っていたわけではない。「説明できないこと」もこの世には存在することを間違いなくかれらは「知って」いたし、そのことをも含めて「説こうとしていた」のだと思う。それはかれらにその「謎」を「解く」ことができたからではない。「謎」を「謎」として含んだままの「思い」を、「思い」として丸ごと「受け取った」からなのである。「誰」からかと言えばおそらく、「神としか呼びようのない何ものか」からだ。

そしてその「思いの受け渡し」というものは、きっと「言葉を越えた世界」でしか成立しない出来事なのである。人間世界の内側において、誰かの思いが誰かに丸ごと「伝わる」のと、それはおそらく同じ現象なのであり、同じ程度に「奇跡」な現象なのだと思う。

だから私は、「神」というものを信じたことがないのは事実だからそう言うしかないわけだけど、自分の意思として「信じない」とはあえて言わない。「神」の方で私に用事があるなら向こうから何か言ってくるはずなのであって、それを言ってこないということは今のところ別に用事がないからなのだろう。ずっと昔からそう思ってきたし、小さい頃から聞かされてきた「神さん」というのは私の理解ではずっとそういう存在だった。

そして別段、「神」から語りかけてもらえる日のことを「待って」いるわけでもない。「神」に対してそれほど「誠実」になれるのであれば、まず「自分以外の人間」に対して「誠実」になるべきだと私はずっと思っているし、それは「神」の前では誠実ぶっていても人間相手になると全然誠実でない人間の姿というものをいろいろ見てきたからでもある。その上でそう言う自分自身の姿をひるがえって見つめ直してみたならば、全然「真面目」でもなければ「誠実」であるようにも思えない。だったら「神さんのご機嫌をとること」なんかよりも先に、やるべきことは山ほどあるはずなのである。

イエスや中山みきの説いた「神」が「何」だったのかということについて、そんなわけで私には分からないしそもそも興味が持てそうにもないのだが、そういった人たちがそれぞの時代において他の誰よりも「誠実に」生きた人たちだったというのは、やはり疑いえないことだと思う。「誠実」というのは「同じ世界で生きている他の人たちに対して」ということである。だから素直に読むならば、それを「ひながた」として学ぶべきことは当然にも沢山あるのだし、今までそれとまともに向き合ってこなかった私自身、いかに「素直でなかった」かということを痛感させられている。いずれにしても山浦玄嗣氏の翻訳のおかげで、私は今回新約聖書の四福音書を生まれて初めて通読することができた。その中でもマタイ、マルコ、ルカの三編は同じ史料にもとづいて書かれた「共観福音書」と呼ばれるイエス伝であり、ヨハネだけが「違った弟子の視点」から書かれていること、そして実際読んでみるとヨハネが一番面白いのだけど、あらかじめ他の三篇を読んでおかなければいろいろと分かりにくいところも多いことなど、今までに全然知らなかったことをこの年になって初めて知ることができた。得がたい経験をさせて頂いたと思う。

「ケセン語訳新約聖書」に引き続き、山浦氏は東日本大震災の半年後にあたる2011年10月、「セケン(世間)語訳」と称し、日本各地の13方言を駆使して翻訳した新約聖書「ガリラヤのイェシュー」を上梓された。それも併せて読んでみたのだけれど、こちらはちょっとだけ「悪ノリ」という感じがしないでもない。山浦氏自身の母なる言葉で「腹の奥までも響かせるように」語られるケセン語訳と比べると、やはり言葉が「活き活き」していないし、芝居がかりすぎているようにも感じられる。イエスをはじめとした「ガリラヤ衆」が東北地方の言葉を喋っている一方で、それに敵対するエルサレムの役人どもの言葉には関西弁(具体的には京都の公家言葉)が宛てられており、西日本の人間が歴史的に東北地方の人たちに対してとってきた仕打ちを考えるならそういう役回りを振られてしまうことも無理はないと思うのだが、ただそこに使われている関西弁が完全に「芝居の関西弁」で全くリアリティの感じられない言葉になっていることは、いかにも悲しかった。とはいえイエスの言葉以外の「地語り」の部分などは確かにこちらの方が読みやすいし、これならケセン語話者でない人間でも「気軽に」朗読することができる。「声に出してこそ読んでほしい」ということでこの力作を完成させたのであろう山浦氏の思いに応えたいという気持ちも込め、自分からの感謝の印として、全部ではないけれど、四福音書からの抜粋でイエスの生涯の全体を辿れるような形で、このたびその「ガリラヤのイェシュー」を朗読させて頂いた。なお、関西弁の部分だけは自分自身で「自然と思える言い方」に「翻訳」し直してあります。

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ケセン語に翻訳されたイエスの言葉は本当に活き活きしていて力強いのだけど、こういうのを見せつけられた関西人がほぼ自動的に思いつくのは、「イエスの言葉がこんな風に翻訳できるなら、同じように活き活きして力強い関西弁で翻訳することだって可能なのではないのか」ということなのである。そう思ったのは私だけではないはずだ。で、実際にちょっとだけやってみた。ところがあにはからんや、全然「力強く」もならなければ「活き活き」ともしてこない。と言うより関西弁という言語自体が、東北の言葉と比べた時、そもそも「力強く」もなければ「活き活き」ともしていない言語だったのではないかということに、気づかされてしまったような感じなのである。何より山浦氏の朗読にみなぎっている「実直さ」というものが、関西弁では全く再現できない。どう工夫してみたって、どこか人をナメたような言い方にしかなってくれない。これが自分らカミガタの人間の背負って生まれてきた「業」というものなのかと、何だかものすごく情けない気持ちになってしまった。

だがしかし、イエスが日本の東北地方に喩えられるガリラヤ地方の「大工のおっさん」だったとしたならば、中山みきだって奈良盆地東麓のごくごくフツーの「農家のおばさん」だったはずなのである。そしてその言葉は、クルマも電車もなかった時代にわざわざ大阪から十三峠を越えて話を聞きに来る人たちが引きも切らなかったぐらいに、「腹にしみ通るような」関西弁に違いなかったはずなのである。数え切れないぐらいの人々から「おやさま」と慕われた中山みきという人は、どんな言葉を喋っていたのだろうか。語り伝えられているように本当に「さアさア世界がコロリと変わるで」とか言うてはったのだろうか。その「さアさア」は「ビシッと」言うてはったのだろうか。それとも「はんなり」言うてはったのだろうか。はたまた「はんなりかつビシッと」だったのだろうか。実家にいた頃には一度もそんなことはまともに考えたことがなかったのに、若いとは言えなくなったこの年になってそうしたことが猛烈に気になりだしてきてしまった。そのキッカケとなったのが「東北の言葉を通じたキリスト教との出会い」だったのだから、皮肉と言えば皮肉な話である。

そんなわけで、むかし実家で見たことのあった中山みきの伝記小説をも、別にキリスト教とのバランスをとるとか天理教に義理立てするとかそういう話ではないのだけれど、「声に出して」読んでみずにはいられないような気持ちになった。芹沢光治良という作家の人が、戦後まもない時期に書いた古い本だ。こうなってみるともはや「うたを翻訳すること」からも「ケセン語訳新約聖書」とも丸っきりかけ離れた「個人的な作業」であり、およそブログに書くような内容のことにも思えないのだけれど、それでもこのブログの大きなテーマは「自分の青春に決着をつけること」なのである。かつてはすぐそばにありながら一度も手に取ったことのなかったこの本を、今になって図書館で借りて読んでみたことを通して、私は確かにその中に自分の親や祖父母や親戚の人たちの「今まで知らなかった姿」が息づいているのを感じることができたし、それは確かに人生のどこかの時点で「知っておくべきこと」だったのだとも、読み終えてから感じた。天理教的な言葉を使うなら今になってそういう「刻限」が巡って来たということなのだと思うし、それに出会えたのは自分がこのブログを始めたからでもある。まあ何しか、当たり前の話ではあるのだけれど、あらゆることはやっぱり「つながって」いるということなのだな。

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「ケセン語訳聖書」との出会いを通じて私が何よりも感動させられたのは、山浦玄嗣という人のイエスという人に対する「愛」の深さに触れることができたことに対してだったと思う。日本語の「愛」は基本的に「上から下への感情」にしかなっていないということを上であれだけ引用させてもらった上でここで改めて「愛」という言葉を敢えて使うのも何だかアレな話ではあるのだが、しかしこの「愛」ばかりは日本語世界においても今のところ「愛」という言葉でしか表現できないタイプの「愛」なのではないだろうか。相手を「大切にする」と言う時、大切にされたその相手の中に呼び起こされる感情は「げんしゅくな気持ち」だと思うが、「よろこびの感情」というのは「愛されること」を通してしか決してどこからも生まれてこない気持ちなのではないかという気がする。そして山浦氏が80近い年齢を迎えられてもなお圧倒的な情熱をもって「聖書の言葉」に向き合い続けておられるのは、そこに「よろこび」が存在するからだと思うし、それはそれが「大好きなイエスさま」から自分が「愛されていること」を「確認」できる作業だからなのではないかと感じさせられる。その「愛されるよろこび」というものが「下から上への卑屈な感情」だとは、私は決して思わない。氏は疑いなく「それに負けない愛」を相手に捧げようとしておられるし、そうした「本物の愛」を前にした時、人は誰でもそれに「感応」するようにできているものなのだ。人間が「底なしの愛」というものを手にすることができることがあるとすれば、それは「底なしの愛」というものに実際に「触れる」ことを通して初めて手に入るものだと思うし、逆に言うならそれに「触れる」ことさえできれば、今までそんなものを持っていなかった人の胸にも「底なしの愛」は必ず呼び起こされるのである。そうした「愛」は本質的に「平等な性質」を備えているし、また「平等でなければ」成立しえないものであると思う。いずれにしてもそうした「愛」が、「大切にする」という言葉だけでは言い尽くせない内容を備えたものであることは間違いない。

…そんな風に今回の記事は、本当なら「愛って何やねん」ということを正面からテーマに据えて書き進めて行きたいと当初は思っていたのだけれど、今の私にとって明らかにそれは、まだまだ手に余ることであるようだ。だから結局こんな風に、翻訳の話がしたいのか宗教の話がしたいのか訳が分からないような散漫な文章に終わってしまう他なかったわけなのだが、願わくはそれを「ちゃんと」書けるような日が来るまで、このブログは書き続けてゆきたいものだと思っております。ではまたいずれ。



ケセン語訳新約聖書 〔2〕マルコによる福音書

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ケセン語訳新約聖書 〔1〕マタイによる福音書

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ケセン語訳新約聖書 〔3〕ルカによる福音書

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ケセン語訳新約聖書 〔4〕ヨハネによる福音書

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ガリラヤのイェシュー―日本語訳新約聖書四福音書

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日本語のために (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集 30)

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