華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

The Temple もしくはジーザス·クライスト·スーパースター#11 (1970. Tim Rice) ※

Jesus Christ SuperstarⅩⅡ


The Temple

The Temple

エルサレムの神殿

英語原詞はこちら


[Moneychangers and Merchants:]
Roll on up Jerusalem,
Come on in Jerusalem,
Sunday here we go again,
Live in me Jerusalem.

[両替商と商人たち]
寄ってらっしゃいエルサレム
上がってらっしゃいエルサレム
安息日が明けたらまた一儲け
我が内に生きよエルサレム


Here you live Jerusalem,
Here you breathe Jerusalem,
While your temple still survives,
You at least are still alive.

エルサレムよおまえはここに宿り
エルサレムよおまえはここに息づく
おまえの神殿が死なずにある限り
おまえは少なくともまだ生きている


I got things you won't believe,
Name your pleasure I will sell.
I can fix your wildest needs,
I got heaven and I got hell.

お客さんの信じられないようなものが
ここにはありますよ
自分の楽しみに名前をつけてごらんなさい
売ってあげますよ
どんなに荒っぽい相談事だって
かなえてさしあげますよ
天国だって地獄だって
ここにはそろってますよ


Roll on up, for my price is down.
Come on in for the best in town.
Take your pick of the finest wine.
Lay your bets on this bird of mine.

寄ってらっしゃい
安くしてありますよ
上がってらっしゃい
街で一番いいものですよ
最高のワインを試していくといい
私のトリに賭け金を置いてくといい


What you see is what you get.
No one's been disappointed yet.
Don't be scared give me a try,
There is nothing you can't buy.

目に入ったものは
手に入っているんだ
がっかりさせるようなことは
ここではありませんよ
びびってないで試してごらんなさい
カネで買えないものなんて
ありゃしないんだ


Name your price, I got everything.
Hurry it's going fast.
Borrow cash on the finest terms.
Hurry now while stocks still last.

ご希望の値段を言ってごらんなさい
何でもそろえてさしあげますよ
急いだ方がいい
すぐに売れちゃいますよ
カネは借りることもできます
最上の条件ですよ
急いだ方がいい
品物が残っているうちに


Roll on up Jerusalem,
Come on in Jerusalem,
Sunday here we go again,
Live in me Jerusalem.

寄ってらっしゃいエルサレム
上がってらっしゃいエルサレム
安息日が明けたらまた一儲け
我が内に生きよエルサレム


Here you live Jerusalem,
Here you breathe Jerusalem,
While your temple still survives,
You at least are still alive.

エルサレムよおまえはここに宿り
エルサレムよおまえはここに息づく
おまえの神殿が死なずにある限り
おまえは少なくともまだ生きている


I got things you won't believe,
Name your pleasure I will sell.
I can fix your...

お客さんの信じられないようなものが
ここにはありますよ
自分の楽しみに名前をつけてごらんなさい
売ってあげますよ
どんなに荒っぽい相談事だって…


[screaming]
[叫び声]

  • イエスが商人たちの出している店を片っ端から破壊する

[Jesus:]
My temple should be a house of prayer,
But you have made it a den of thieves.
Get out! Get out!

[イエス](聖職者たちに向かって)
わたしの神殿は祈りの場所だ
それをおまえたちは
盗賊の巣窟にしてしまった
出て行け!立ち去れ!


The Temple

  • 神殿で破壊の限りを尽くしたイエス、一人で荒野をさまよう

My time is almost through.
Little left to do.
After all, I've tried for three years.
Seems like thirty, seems like thirty.

わたしの時間は終わろうとしている
もはやほとんど残されていない
わたしが頑張ってきたのは
たかだか三年間だったが
三十年もの時間だったような気がする
三十年だ

  • 病人や貧しい人々がイエスの周りに寄り集まってくる

[Croud:]
See my eyes, I can hardly see.
See me stand, I can hardly walk.
I believe you can make me whole.
See my tongue, I can hardly talk.

[群衆]
私の目を見てください
見たくても見えないんです
私が立っている姿を見てください
歩きたくても歩けないんです
あなたは私を
元通りにしてくれることができる
私は信じています
私の舌を見てください
喋ろうとしても喋れないんです


See my skin, I'm a mass of blood.
See my legs, I can hardly stand.
I believe you can make me well.
See my purse, I'm a poor, poor man.

私の肌を見てください
私は血だらけなんです
私の脚を見てください
立とうとしても立てないんです
あなたは私を治してくれることができる
私は信じています
私の財布を見てください
私はそれはそれは貧乏なのです


Will you touch, will you mend me Christ?
Won't you touch, will you heal me Christ?
Will you kiss, you can cure me Christ?
Won't you kiss, won't you pay me Christ?

触れてくれますか
手当てしてくれますか救世主よ
触れてくれませんか
癒してくれますか救世主よ
キスしてくれますか
治せるんでしょう救世主よ
キスしてくれませんか
一肌脱いでくれませんか救世主よ


See my eyes, I can hardly see.
See me stand, I can hardly walk.
I believe you can make me whole.
See my tongue, I can hardly talk.

私の目を見てください
見たくても見えないんです
私が立っている姿を見てください
歩きたくても歩けないんです
あなたは私を
元通りにしてくれることができる
私は信じています
私の舌を見てください
喋ろうとしても喋れないんです


See my skin, I'm a mass of blood.
See my legs, I can hardly stand.
I believe you can make me well.
See my purse, I'm a poor, poor man.

私の肌を見てください
私は血だらけなんです
私の脚を見てください
立とうとしても立てないんです
あなたは私を治してくれることができる
私は信じています
私の財布を見てください
私はそれはそれは貧乏なのです


Will you touch, will you mend me Christ?
Won't you touch, will you heal me Christ?
Will you kiss, you can cure me Christ?
Won't you kiss, won't you pay me Christ?

触れてくれますか
手当てしてくれますか救世主よ
触れてくれませんか
癒してくれますか救世主よ
キスしてくれますか
治せるんでしょう救世主よ
キスしてくれませんか
一肌脱いでくれませんか救世主よ


[Jesus:]
There's too many of you...Don't push me.
There's too little of me...Don't crowd me.
Leave me alone!

[イエス]
あなたがたはあまりに多すぎる…
押さないでくれ…
わたしにはあまりに少ししかない…
群がらないでくれ…
わたしをひとりにしてくれえ!


Jesus Christ Superstar 1973. 今回は34:20〜41:32

=翻訳をめぐって=

動画は前半と後半に分かれているけれど、サウンドトラックの曲名としては一曲として扱われているらしい。確かに同じメロディが繰り返されてはいるのだが、明らかに場面は変わっていると思う。

7/4拍子。といえば私の場合は思い出されるのはいつもこの曲。JCS(←この特集を始めてから覚えた言い方)とは全く無関係ですけどね。


平沢進 FISH SONG

Roll on up Jerusalem,
Come on in Jerusalem,
Sunday here we go again,
Live in me Jerusalem.

「エルサレムにいらっしゃい」と言っているわけではなく、「エルサレムに向かって呼びかけている」歌詞になっているのだと思う。「Live in me Jerusalem (エルサレムよ、私の内側で生きろ)」という4行目の歌詞には、エルサレムという街の精神は自分たちの中にこそ体現されている、といったような商人たちの矜持が示されているように感じられる。神殿をあくまで「神のための場所」と見なすイエスにとってはそれこそが「冒涜」であり、許せないことなのだろうが。

私はずっと「安息日」と呼ばれている日は「日曜日」をさすのだろうと思っていたのだけど、実は「土曜日」なのだという。だから「Sunday here we go again」という歌詞は、「安息日が明けたら」という文脈で歌われている。そして旧約聖書のアモス書8-4には「安息日が明けるともう商売のことを考えているような人間は不道徳だ」といった趣旨の記述がある。それと対応している歌詞なのだという。

Lay your bets on this bird of mine

直訳は「私の鳥にあなたの賭け金を置きなさい」。闘鶏で賭博をやっている描写と読むのが一番自然だが、イギリスのスラングで「bird」は「女性」をさす言葉になっており、ここでは売春斡旋業者のことが歌われているのだ、という解釈も海外サイトには掲載されていた。

Borrow cash on the finest terms.

サラッと書かれているけれど、「金を貸して利子をとること」は旧約聖書では禁じられており、同じ「経典の民」であるイスラームの社会ではそれが今でも厳密に守られているという。それをこともあろうに「神殿の中」でやっているかれらの姿が、イエスには許せなかったのだ、ということになる。

My temple should be a house of prayer,
But you have made it a den of thieves.
Get out! Get out!

イエスが「My temple (私の神殿)」という言葉を使うことは、極めて意味深である。聞きようによってはイエスが「自分が神であること」を宣言している言葉とも受け取れるからである。

  • それでもって後半。

My time is almost through.
Little left to do.
After all, I've tried for three years.
Seems like thirty, seems like thirty.

「三年間」というのはイエスがヨハネの洗礼を受けてから十字架にかけられて死ぬまでの、世に知られている活動期間。そして十字架にかけられた時イエスはちょうど30歳だったというから、その3年間が自分にとっては全人生に匹敵するような長さだった、ということをイエスは述懐していることになる。

See my tongue, I can hardly talk.

実際に上演される時にはこの部分が「see HIS tongue HE can hardly talk (の舌を見てください。は喋れないんです)」と変えられることもあるのだという。確かに喋れない人間が自分でそのことを訴えるというのは、露骨に矛盾している。ただ、この歌詞と次の連の「See my purse, I'm a poor, poor man (私はこんなに貧乏なんです)」という結び方は、イエスに群がる人々の「図々しさ」を揶揄する「ギャグ」が意識されたフレーズであるようにも思われる。そしてそれを私は極めてタチの悪い「ギャグ」であると感じる。実際に具体的な苦しみを抱えて藁にもすがる思いでイエスのもとに集まっていた人々のその苦しみを、「嘲笑っている」歌詞だからである。

Leave me alone!

この歌詞はもともと「Heal yourselves! (自分で何とかしろ!)」という歌詞になっていたのだけれど、上演にあたって「ひとりにしてくれ」に変えられたのだという。まじめなクリスチャンの観客の気持ちをあまりに逆撫でする歌詞だったからである。

そして私も全然クリスチャンな人間ではないのだけど、実際この歌詞、と言うかこのシーンは、ひどいシーンだと思う。「ひとりにしてくれ」に変えられていたとしても、同じことだ。このシーンから伝わってくるのは、「このロックオペラを作った人間」が「病人や貧乏人に寄ってこられること」を「イヤ」だと感じている人間であること、そしてその人たちの苦しみを「自己責任」なのだと決めつけている人間なのだということ、それだけである。そしてこの作者はその「自分の気持ち」を「イエスに」言わせている。自分がイヤなのだからイエスもイヤだったに違いないはずだと、自分の感性に引き寄せて簡単にイエスのことを「人を差別する人間だった」と決めつけている。それは何よりもその作者自身が「人を差別している人間」だからなのである。

少なくとも実際のイエスはそうでなかったはずだろうと、クリスチャンではない私でも思う。もしそうだったとしたら、彼だって小ざっぱりした格好をしている金持ちや「立派な市民」とだけ関係を結んで、病人や貧乏人との交わりは避けたことだろう。けれどもイエスは進んで病人や貧乏人と「こそ」、関係を結ぼうとした。それはその人たちのことを「好きだった」からというのが、一番最初にあった理由だったはずだと私は思う。けれどもその人たちのことが「イヤな存在」「不快な存在」にしか見えていないこのロックオペラの作者には、イエスのその行動を「苦行」みたいなものとしてしか「理解」することができないのである。かくしてこのシーンでは、人を差別する人間の目に映る「世界の醜さ」というものだけが、その感性のフィルターを通してこれでもかこれでもかと描き出される。私に言わせるならば、「醜い」のはその人間の感性だろうとしか思えないのだけれど。

かくして、この作者とその差別的な感性を共有している観客たちは、このシーンから「イエスは大変だったろうな」という感想だけを「受け取る」ことになるだろう。病人や貧乏人の抱える具体的な苦しみというのはそれよりもっと「大変」だったに違いないはずなのだが、その人間たちにとっては「そんなこと」はどこまで行っても「どうでもいいこと」でしかない。シュバイツァーやマザーテレサの行いには「感動」できても、かれらにすがる他にない人々の現在直下の苦しみやその背景にある社会の構造には目もくれないそこらへんの偽善者たちと全く同じことである。かれらにとって「苦しんでいる人々」の存在は、「聖人」の存在を光り輝かせるための「素材」であるにすぎない。その「素材」が「人間の意思」をもって「自己主張」を始めたら、かれらはその人たちのことを途端に憎みだすのだ。そういうのを差別と言うのである。間違ってもそうした人間の感性に同調してはならないと思う。

物語の作者の目には「苦行」としか映らないその生き方を、イエスという人は間違いなく「自分のよろこびとして」貫いていたに違いないはずなのである。イエスという人から「学ぶ」べきことがあるとすれば、またその生き方に思いを馳せることに「意味」があるとすればその一点にこそ存在しているはずだと私は感じているのだけれど、どうやら70年代に作られたこの映画にそうした視点を期待することは「ないものねだり」だったようである。イエスを「聖人」としてではなく「ひとりの人間」として描き切ろうとした心意気においては、間違いなく「革命的」な作品だったと言いうるのだろうけれど。



というわけでまたいずれ。