華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Superstar もしくはジーザス·クライスト·スーパースター#23 (1970. Tim Rice)

ⅩⅩⅡJesus Christ SuperstarⅩⅩⅣ


Superstar

  • どこだか分からない無人の会堂のような場所で、イエスが神々しく両手を広げている。その見上げる夜空から、十字架にぶら下がったユダが天下ってくる。イエスに向かってユダは歌い始めるが、遠すぎてイエスの表情は読み取れない。その後に映し出されるのは「イエスの目に見えている光景」なのだろうか。

Superstar

スーパースター

英語原詞はこちら


VOICE OF JUDAS
Mmmmm Every time I look at you I don't understand
Why you let the things you did get so out of hand.
You'd have managed better if you'd had it planned.
Now why'd you choose such a backward time in such a strange land?
If you'd come today you could have reached the whole nation.
Israel in 4 BC had no mass communication.

[ユダの声]
んーーあんたの姿を見ているたびに
おれは分からなくなるんだ。
何であんたは自分のやってのけたことが
ひとりあるきを始めても
放ったらかしにしておくんだ。
最初からきちんと計画を立ててれば
もっとうまくやれたはずだと思うぜ。
でもって何だってあんたは
こんな昔の時代のこんな
わけのわからない場所を選んだんだ?
今の時代に現れてれば
あんたは国じゅうの心を丸ごと鷲掴みに
することだってできたはずじゃないか。
紀元前4世紀のイスラエルには
マスコミだってなかったんだぜ。


Don't you get me wrong
Don't you get me wrong
Don't you get me wrong
Don't you get me wrong

勘違いしないでくれよ。
悪気で言ってるわけじゃないんだぜ。
誤解しないでくれよ。
悪気で言ってるわけじゃないんだぜ。


All I wanna know.
All I wanna know.
All I wanna know.
I only wanna know

おれが知りたいのはだな
おれが知りたいのはだよ
おれが知りたいのはだな
おれは知りたいだけなんだぜ


CHOIR
Jesus Christ, Jesus Christ
Who are you? What have you sacrificed?
Jesus Christ, Jesus Christ
Who are you? what have you sacrificed?
Jesus Christ Superstar
Do you think you're what they say you are
Jesus Christ Superstar
Do you think you're what they say you are

[コーラス]
ジーザス·クライスト
ジーザス·クライスト
あなたは何者なんですか?
あなたが犠牲にしたものは
何だったんですか?
ジーザス·クライスト、スーパースター
あなたは自分が
世の中で言われている通りの存在だって
自分でも思ってるんですか?


VOICE OF JUDAS
Tell me what you think about your friends at the top.
Now who'd you think besides yourself was the pick of the crop?
Buddha, was he where it's at? Is he where you are?
Could Mohammed move a mountain, or was that just PR?
Did you mean to die like that? Was that a mistake, or
Did you know your messy death would be a record breaker?

世界のてっぺんに住んでる
あんたの友達のことを
どう思ってるか聞かせてくれよ。
その中で自分と肩を並べられるぐらい
よくできたやつだったのは
誰だと思ってる?
ブッダは
あいつの言葉通りの場所にいたかい。
あいつもあんたと一緒にいるのかい。
ムハンマドってやつは
本当に山を動かしたりできたのかい。
それともあれって
単なるPRだったのかい。
あんたがあんな風に死んだのは
わざとだったのかい。
それとも何かの間違いだったのかい。
さもなきゃあんたは
あのめちゃめちゃな死にざまが
前人未到の記録になるってことが
わかってたって言うのかい。


Don't you get me wrong.
Don't you get me wrong.
Don't you get me wrong.
Don't you get me wrong.

勘違いしないでくれよ。
悪気で言ってるわけじゃないんだぜ。
誤解しないでくれよ。
悪気で言ってるわけじゃないんだぜ。


Only want to know.
Only want to know.
Only want to know.
I only want to know.

おれが知りたいのはだな
おれが知りたいのはだよ
おれが知りたいのはだな
おれは知りたいだけなんだぜ


CHOIR
Jesus Christ, Jesus Christ,
Who are you? What have you sacrificed?
Jesus Christ, Jesus Christ,
Who are you? What have you sacrificed?

[コーラス]
ジーザス·クライスト
ジーザス·クライスト
あなたは何者なんですか?
あなたが犠牲にしたものは
何だったんですか?
ジーザス·クライスト、スーパースター
あなたは自分が
世の中で言われている通りの存在だって
自分でも思ってるんですか?


Jeeee-sus... i only wanna know...
Tell me, tell me..tell me...tell me
Don't you get me wrong
I only wanna know
Jeeeeeeeeee-sus I only want to know
Tell me, tell me, tell me, tell me, don't you get me wrong
I only wanna know

ジィイィィザス…
おれは知りたいだけなんだぜ…
教えてくれよ教えてくれよ…
誤解しないでくれ
おれは知りたいだけなんだぜ


Come on, Jesus, Jeeeeeeeeee-sus I only want to know
Tell me, tell me, tell me, tell me, don't you get me wrong
I only want to know
Come on Jesus, Please us, i only want to know..
Tell me tell me tell me

なあジーザス
ジィイィイィイィィザス
おれは知りたいだけなんだぜ
教えてくれよ教えてくれよ
誤解しないでくれ
おれは知りたいだけなんだぜ


Jesus Christ Superstar 1973. 今回は1:31:20〜1:35:20

もう一曲、聖書からの引用だけで構成されたエピローグみたいな歌が残ってはいるのだけれど、今回がこのシリーズの実質的な最終回である。ほとんど誰でも聞いたことがあるぐらい有名な曲だと思うし、この曲のことを翻訳してみたいがゆえに始めた「JCS」特集でもある。そのためにはこのミュージカルの全体のことを「ちゃんと」知る必要があった。

この歌、と言うかこのメロディに私が最初に触れたのは確か幼稚園ぐらいの時で、芸能人隠し芸大会的な番組だったのではないかと思う。国定忠治の格好をした女優さんが舞台の真ん中で刀を抜いて見栄を切ってるその周りで、何人もの女優さんたちが股旅姿で以下のフレーズを半永久的に繰り返してはったのだった。

名月ー
あかーぎ山ー
さらばでござんす親分ー

…別れといえば悲しいはずなのにこの人たちは何でこんなに楽しそうなのだろうということが子ども心に不思議で仕方なかったものだが、とにかくそのおかげでこの曲のサビを聞いた時に私の脳裏に甦るのは今でも「国定忠治」なのである。第一印象というのは強烈なものだと思う。

その次に私がこの曲に触れたのは奈良テレビで流れていた劇団四季の大阪公演のCMを通じてだったのだけど、そのCMは

じーざらー、じーざらー
あなたは自分のこーとをー
じーざらー、じーざらー…

というところで終わってしまうのだった。「あなたは自分のことを何やねん!」と小学生だった私は何度叫んだか知れなかったと思う。心の中で。そして当時の私にはその「じーざらー」というのが、「イエス·キリスト」という人間の名前とイコールになっていることが全然わかっていなかったのだが、何せ耳につくメロディなもので、しょっちゅう口ずさんでいた記憶がある。

それがどういう歌だったのかということが初めて分かったのは、少し前の記事でも書いたけれど、高校の時につけっぱなしにしていたテレビから流れていた「JCS」の映画を見るともなく見ていたことがキッカケだった。最後の最後になってこの「知ってる歌」が出てきた時、私は大興奮した。途中まで一緒に見ていたキリスト教徒ではないけれど敬虔な天理教徒の母親は、「宗教をおちょくっとる感じが気に食わん」と言って台所に行ってしまったのだったが、私は何かそれまでに目にしたことがなかったようなタイプの「とても真面目なもの」に触れたような感じがしたし、機会があるならこの映画をもう一度初めから「ちゃんと」見てみたいという気持ちをそれ以来、持ち続けていた。

それでようやく「ちゃんと」観ることができたのが、20年後の今である。まあ私の人生には、他にもいろいろと気になることが多すぎたのだな。

今の私は何しろ年齢が年齢なもので、一本の映画や一枚のアルバムで人生を丸ごと変えられてしまうような経験を、この先も味わい続けることができるとはもう思えない。ずっと気になっていたこの映画ともようやく向き合うことができたわけではあるけれど、今となってはその感慨にも、それほどビビッドなものがあるわけではない。私の個人的な感想としては以上にとどめた上で、後は翻訳をめぐる話のみ、きっちり進めてゆくことにしたい。

=翻訳をめぐって=

むかし最初に見た時の印象としては、この歌は「死後の世界でのユダとイエスの対話」みたいなイメージだったのだが、映画を見直してみるとこの歌のシーンではイエスはまだ死んでいないし、「対話」にもなっていない。ユダが一方的にイエスに向かって言いたいことを言っているだけで、イエスの方がどう考えているのかは、相変わらず、と言うか最後までよく分からない。

海外サイトで読んだ解釈は、「十字架にかけられる直前のイエスの心の中での自問自答が象徴的に表現されているのがこのシーンなのではないか」というものだった。先に死んだユダの姿を通して語られているのは実は「イエス自身の心の声」であり、それに対する答えはイエス本人も持っていなかったのではないか、というのである。これは一面、とてもわかりやすいのだけど、何となく「夢のない解釈」であるようにも感じられる。「夢がない」というのは、「ユダが出てこない」からである。

このシーンの「主役」は、誰が何と言ったってユダだろう。あんなに悲劇的な死に方をしたユダが最後になってこんなにカッコのいい登場の仕方をすることで、見ている方は間違いなく「救われたような気持ち」を覚えることができるのである。それが実は「イエスの心の声」にすぎなかったのだとしたら、現実のユダは死にっぱなしではないか。この歌とこのシーンに「意味」があるとしたら、「ユダの救済」が表現されていることであってほしいと私は思う。「ユダにも救われてほしい」のである私は。それは何も私が特別にユダびいきだからということではなく、この映画は最初から、観客にユダに感情移入させるような作られ方になっている。そのユダが「救われない」のであれば、見ている人間もやっぱり「救われない」まま終わってしまうことになる。いやまあ、最後の最後までユダの口からはやっぱり「救いようのない言葉」しか出てきはしないのだけど、少なくともそこには「カタルシス」が存在している。迷える霊魂は「カタルシス」さえあれば「成仏」することができるはずなのである。自分でも何教の話をしているのか分からなくなってきたのだけれど。

そもそもこのシーンは、時空を超越している。だったら見る人が多少は「自分の見たいもの」をそこに重ねたって、許されるのではないかと思う。娯楽映画なのである。キリスト教的にはイエスは十字架にかけられた後、三日後に「復活」して「昇天」することになっているのだけれど、このシーンではそれと対になるような形で「ユダも復活すること」が描かれているのではないか、といった解釈も別のところで目にした。こういうのは先ほどのとは違って、とても「夢のある解釈」なのではないかと感じる。また同時に、私がずっと抱いてきた「死後の世界あるいは未来の世界での対話」というイメージも、改めて考えてみると別段捨てたものではないようにも感じる。要は「人それぞれ」でいいのではないだろうか。

Tell me what you think about your friends at the top.
Now who'd you think besides yourself was the pick of the crop?

「pick of the crop」というのは「収穫された作物の中で最上のもの」を意味する熟語。転じて「同業者」である他の宗教者の中でこいつはって思えるやつはいるかい?というカジュアルな問いかけとなっている。まあ、「at the top」と韻を踏ませるために多少苦しい表現が選択されているのだと思う。

Buddha, was he where it's at? Is he where you are?

「was he where it’s at?」は70年代のスラングで「正しかったのはあいつか?」みたいな意味になるフレーズだったとのことで、そういうことを知らなければ私はこの「it」は何を指しているのだろうということで一生悩まねばならない羽目に陥ったことだったろう。とはいえ仏教は輪廻転生を説く宗教なので、「彼の魂は涅槃の境地にあるか?」的なことを訊ねているフレーズだとも解釈できないことはない。事実、そういう読み方をしている海外サイトもあった。

Could Mohammed move a mountain, or was that just PR?

イスラーム世界での出典元がどのような書物であるのかといったようなことは知らないのだけど、夏目漱石の「行人」の中に以下のような挿話がある。青空文庫からコピーし放題なので、長いが丸ごと引用したい。

 私がまだ学校にいた時分、モハメッドについて伝えられた下のような物語を、何かの書物で読んだ事があります。モハメッドは向うに見える大きな山を、自分の足元へ呼び寄せて見せるというのだそうです。それを見たいものは何月何日を期してどこへ集まれというのだそうです。

 期日になって幾多の群衆が彼の周囲を取巻いた時、モハメッドは約束通り大きな声を出して、向うの山にこっちへ来いと命令しました。ところが山は少しも動き出しません。モハメッドは澄ましたもので、また同じ号令をかけました。それでも山は依然としてじっとしていました。モハメッドはとうとう三度号令を繰返さなければならなくなりました。しかし三度云っても、動く気色の見えない山を眺めた時、彼は群衆に向って云いました。――「約束通り自分は山を呼び寄せた。しかし山の方では来たくないようである。山が来てくれない以上は、自分が行くよりほかに仕方があるまい」。彼はそう云って、すたすた山の方へ歩いて行ったそうです。

 この話を読んだ当時の私はまだ若うございました。私はいい滑稽の材料を得たつもりで、それを方々へ持って廻りました。するとそのうちに一人の先輩がありました。みんなが笑うのに、その先輩だけは「ああ結構な話だ。宗教の本義はそこにある。それで尽くしている」と云いました。私は解らぬながらも、その言葉に耳を傾けました。

…宗教的な話と言うよりは一休さん的な話に思えるのだが、一休さん的な話も分類上はやっぱり宗教的な話なのだということになるのだろうか。いずれにしてもこの歌詞に出てくるのは「その話」なのだと思う。どこに宗教の本義があるのかは、知らない。

Jesus Christ, Jesus Christ
Who are you? what have you sacrificed?

「what have you sacrificed?」というのは「何を捨てたんだ?」と「何が欲しかったんだ?」の両方の内容を持つ問いかけになっていると思う。本当は私は「何が欲しかったんだ?」で訳したかったのだが、それでは「何を捨てたんだ?」が消えてしまう。「何を犠牲にしたんだ?」で訳するしかなかった。こんな訊き方をする日本語話者なんて、いるわけないのだが。

Jesus Christ Superstar
Do you think you're what they say you are

子どもの頃ずっと知りたかった「あなたは自分のこーとをー」の続きがここに書かれているわけだが、劇団四季のバージョンではその歌詞が「聖書の通りと思うの」となっているらしい。敬愛する岩谷時子さんの翻訳ではあるが、いささか首を傾げざるをえない訳し方だと思う。そこまで範囲を狭めた話にする必要があるのだろうか。直訳はむしろ「あなたはみんなが言っている通りの人だと自分でも思ってるんですか」的な内容である。そこには「聖書に書かれている内容」も含まれていようが、他にもいろんなイエス像がある。この映画の時代から「メシア」とか「ユダヤ人の王」とかいろんな「思われ方」をしていたわけだし、二千年後の現在でもやはりいろんな「思われ方」をしている。けれども他人がどう評価するかではなくあなた(イエス)自身は自分のことをどう思っているのか、というのがこの歌詞の「心」なのではないのだろうか。もうちょっと、思い切った訳し方をしてもいいのではないかという気がする。



というわけで次回本編最終回。またいずれ。