華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Garota De Ipanema もしくはイパネマの娘 〜追悼ジョアン·ジルベルト〜 (1962. Antônio Carlos Jobim)


Garota De Ipanema (Getz and Gilberto)

Garota De Ipanema (The Girl From Ipanema)

ポルトガル語/英語原詞はこちら


おーりゃ け コイザ ましゅ りんだ
Olha que coisa mais linda,
まぃ しぇあ ぢ グラッサ
mais cheia de graça
エー えら ミニーナ け ゔぇむ い け ぱっさ
É ela a menina que vem e que passa
ぬん どし バランソ あ カミーノ ど マー
Num doce balanço a caminho do mar

(ポルトガル語)
見ろよ、何てコイザ(眺め)だ。
グラッサ(気品)に満ちている。
バランソ(甘い雰囲気)を身につけて
マー(海)への道を行ったり来たりしている
あのミニーナ(女の子)


モーサ ど コホポ どぅらーど ど ソル ぢ イパネマ
Moça do corpo dourado do sol de Ipanema
お せう バランサード え ましゅ くん ポエーマ
O seu balançado é mais que um poema
エ あ コイザ ましゅ りんだ けう じゃ ゔぃ ぱさーる
É a coisa mais linda que eu já vi passar

イパネマのソル(太陽)からもらった
黄金のコホポ(肌)を持つモーサ(少女)
あの子のバランサード(身を揺する仕草)
ポエーマ(詩)を越えてポエーマだ。
今までに行き合ったことがないぐらい
リンダ(美しい)なコイザ(眺め)


あー、ぽるけ すとう たお そじーにょ
Ah, porque estou tão sozinho
あー、ぽるけ トゥード え たお とりすち
Ah, porque tudo e tão triste
あー、あ ベレザ け ぐじーち
Ah, a beleza que existe
あ ベレザ け なお え そ みーにゃ
A beleza que não é só minha
け たんべん ぱっさ そじーにゃ
Que também passa sozinha

ああ、ポルケ(どうして)こんなに
ソジーニョ(さびしい)なんだろう。
ああ、ポルケこんなに
トゥード(悲しみ)が溢れてくるんだろう。
ああ、そこにあるベレザ(美)
ぼくだけのベレザではなく
彼女自身のベレザなんだ。


あー、セ えら そべっせ
Ah, se ela soubesse
け くぁんど えら ぱっさ
que quando ela passa
お ムンド そりんど せ えんし で グラッサ
O mundo sorrindo se enche de graça
い ふぃか ましゅ りんど ぽる かうさ どぅ アモール
E fica mais lindo por causa do amor

ああ、あの子が通り過ぎれば
微笑むムンド(世界)
グラッサ(優美さ)で満たされる。
そしてもっと美しくなる。
アモール(愛)の力で。
そのことをあの子が
わかってくれていたらいいのだけど。


Tall and tan and young
And lovely the girl from Ipanema
Goes walking and when she passes
Each one she passes goes: Ahhh!

(英語)
背が高くて日焼けした
若くてラブリーな
イパネマの女の子。
彼女が歩けば
そばを通り過ぎるたびに
そこにいる誰もが…ああ!


When she walks she's like
A samba that swings so cool
And sways so gently that when she passes
Each one she passes goes: Ahhh!

彼女が歩けば
その姿はまるでサンバ。
とてもクールなスウィング。
そしてジェントリーに(静かにやさしく)
スウェイする(身を反らす)仕草。
彼女が通り過ぎるだけで
そこにいる誰もが…ああ!


Oh, but he watches so sadly
How can he tell her he loves her
Yes, he would give his heart gladly
But each day when she walks to the sea
She looks straight ahead, not at he

ああ、でもそれを見つめる
彼氏の目は悲しげだ。
その子を愛していることを
どうやって伝えればいいのだろう。
そう彼氏はもちろん
喜んでそのハートを捧げるつもりだ。
けれども来る日も来る日も
海に向かって歩いて行く彼女の瞳は
前だけを見つめていて
彼氏のことは見ていない。


Tall and tan and young
And lovely the girl from Ipanema
Goes walking and when she passes
He smiles, but she doesn't see

背が高くて日焼けした
若くてラブリーな
イパネマの女の子が歩いて行く。
彼氏は微笑みかけるけど
彼女はそれを見ていない。


Oh, but he watches so sadly
How can he tell her he loves her
Yes, he would give his heart gladly
But each day when she walks to the sea
She looks straight ahead, not at he

Tall and tan and young
And lovely the girl from Ipanema
Goes walking and when she passes
He smiles, but she doesn't see
She doesn't see
No, she doesn't see
But she doesn't see
She doesn't see
No, she doesn't see



「ボサノヴァ」の創始者の一人であるジョアン·ジルベルト氏が、リオの自宅で亡くなられたというニュースが届いた。「元号」が変わった云々のことは、制度化された個人崇拝の強要が多くの人の気持ちを踏みにじってまたしても次の時代に引き継がれたというだけの話にすぎないので、私の心には苦々しい気持ち以外に何の感慨も呼び起こさないのだけど、20世紀という言葉で世界的に共有されていた一時代が丸ごと「過去」になりつつあることを実感させられずにいられないような昨今の巨星たちの相次ぐ訃報には、さすがにしみじみした気持ちにさせられる。

「ボサノヴァ(Bossa=盛り上がり/ Nova=新しい)=(「新潮流」を意味するポルトガル語)」という言葉を私が初めて知ったのは、母親が少女時代に挫折して納戸の奥に眠っていたギターの教則本を見つけ出した時のことで、それによるならば「ボサノヴァはあらゆるジャンルの中で最も高度なギター·テクニックを必要とする音楽です」とのことだった。こういう言葉にものすごくコドモは弱いのだ。「最も高度なギター·テクニックを必要とする音楽」ってどんなんなんか、いっぺん聞いてみたくなるではないか。付け加えて言うなら「ギター」と「テクニック」の間に挟まれた「·」が、いかにも「古文書」的なモッタイを醸し出してくれているではないか。

それで「ボサノブァ(←言えてなかった)ってどんなんなん?」と尋ンねてみたところ、母親が同じく納戸の奥から引っ張り出してきてくれたのが、セルジオ·メンデスのLP一枚、長谷川きよしのLP一枚、そして母親の文字で「ボサノバ」と書かれたカセットテープが一本だった。そのカセットの冒頭に入っていた曲を聞いて、私は「なーんや」と思った。曲名こそ知らなかったけど、至るところで何回も耳にしたことのあった有名なメロディ。それがつまるところ「ボサノヴァ」だったのだ。そして「これがボサノヴァ」なのだということをコドモだった私にも一発で分からせてくれた冒頭のその曲こそが、今回とりあげた「イパネマの娘」だったわけである。

ちなみにそのとき母親が出してきてくれた長谷川きよしという人のLPには、それからしばらく物凄くハマった。とりわけ最後に収録されていた「別れのサンバ」という曲には、「ボサノヴァ」が「最も高度なギター·テクニックを必要とする音楽」であるという事実が余すところなく表現されているような感じがして、左手はムリでも右手だけでも真似できるようになりたいと、一所けんめい努力していたものだった。もっとも私が「別れのサンバ」の中で一番気にいっていたのは「さびしかった!」という「叫び」の部分だったのだけど、外国の人が歌っている「本来のボサノヴァ」というものには、そうした「叫び」が全然出てこない。むしろ「絶対に叫んではいけない」という「決まり」でもあるのではないかと思えてしまうぐらいに「物静か」なのがボサノヴァと呼ばれる音楽の特徴だったわけで、コドモだった私は率直に言って、それを退屈に感じた。まあ、文字通り、10年早かったということなのだろうな。


別れのサンバ

私が母親のテープで初めて聞いた「ボサノヴァ」である「イパネマの娘」は、アントニオ·カルロス·ジョビンという人が作った曲であるということだけは後に本で読んで知ることになったものの、誰が歌っていたバージョンだったのかということは長い間、知らなかった。今回ジョアン·ジルベルト氏の訃報を受けてYouTubeで検索してみて、それが同氏とサックス奏者のスタン·ゲッツによって録音された「Getz/Gilberto」というアルバムに収録されている最も有名なバージョンの「イパネマの娘」だったことを、今になって初めて知らされた。その人が亡くなったニュースを受けて、初めてその人と「出会う」ということが、子どもの頃から私にはすごく多かったのだけど、オトナになってもなお、そういうことって、繰り返されてゆくのだろうかと思う。

もったいない話である。


ユニコーン ボサノバ父さん

=翻訳をめぐって=

ポルトガル語の歌を翻訳するのは今回これが初めてだと思うけど、日本語話者にとっては歴史的に見て一番「なじみ」の古い西洋の言語が、ポルトガル語になるわけである。何せその「出会い」は、1543年の鉄砲伝来にまで遡る。日本にキリスト教を伝えたフランシスコ·ザビエルはスペイン生まれのバスク人だったわけだけど、彼の東洋布教はポルトガル国王の要請にもとづいており、彼が乗ってきた船もポルトガルの船だった。なのでこの時代に「日本に移入された西洋の言葉」は、ほとんどがポルトガル語で構成されている。有名なところでは「カルタ」「合羽」「天ぷら」「金平糖」等々、意外なところでは「ブランコ」「じょうろ」「おんぶ」「ミイラ」等々いろいろあるわけで、他にも「オブリガード」というポルトガル語が日本語の「ありがとう」と完全に「同じ意味」になっていたりするあたり、どちらが古いとかそういうことは言わないにしても、何らかの「つながり」があるのではないかと私なんかは感じずにいられない。機会さえあれば、一度本気で勉強してみたい言語のひとつである。

もっとも、「外国の言葉を学ぶ」ということは、このブログを始めて以来とみに実感させられていることなのだけど、限りなく「恋愛」に似ている。英語を勉強するのはもちろん「いいこと」なのだけど、その人が英語に夢中になればなるほど、「英語以外の世界で生きている人たち」のことはその人の脳裏からきれいさっぱり「忘れられて」しまう。一方で中国の文物に興味を持つなどして中国語の勉強を始めてみると、今度は中国語世界以外の世界のあらゆる部分のことが意識から「消えて」しまう。一人の異性を好きになると「その人のことしか見えなくなってしまう」のと、全く同様なのである。一人一人の人間が「一人しかいない存在」である以上、その人が自分の人生をかけて「愛し抜く」ことのできる相手もまた一人しかいないというのは自然の理と言う他にないことで、だからこそ「浮気」は「罪悪」であり「取り返しのつかないこと」なのだということを私はいろんな経験から思い知らされているのだけれど、その伝で行くならば「それまで勉強していた言語の学習を中断して別の言語に心を移す時の気持ち」というのは、限りなく「浮気」に似ていると感じずにいられない。

自分が「母語」にしている日本語だって、それと本気で向き合おうと思ったら一生かけても「極め尽くせる」ものではないわけなのだ。それと同じレベルの深さと広さでもって、別の言語の世界で暮らしている人たちの気持ちや感じ方が分かるところまで相手のことを「知りたい」と思ったら、一人の人間がその人生を丸ごと使ったとしても、可能なのはせいぜい「自分の母語以外にもう一言語だけ」に限られているのではないかと最近の私は思う。浮気ばっかりしている人間の恋愛がどれもこれも「中途半端」なもので終わってしまうことを必然としているように、「何ヶ国語を自由に操る人間」みたいなのを目指してみたところで結局は「中途半端な理解」が量産されてしまうだけなのではないだろうか。そう感じる。

そうなると果たして「どの言語」と「添い遂げる」ことが「自分の人生を捧げるに値する選択」なのかという問いに直面せざるを得なくなるわけだが、こればっかりは「縁」としか言いようがないことなのだろうな、というのが、このかんの私のあきらめにも似た実感である。そしてそうした「問い」が「問い」として見えてきた頃には、自分の人生は既に半分以上終わっているという体たらくになっている。大体、そんな問いに「答え」が出せるくらいなら、私にだってもっと「まともな恋愛」ができていたに違いないはずなのである。

何の話なのだ。

…とても「ポルトガル語の話」に戻れる雰囲気ではなくなってしまったので、無理やり「歌の話」に戻すことにしたい。



「イパネマ」というのはリオデジャネイロ市の南に広がる海岸地帯の地名で、その東側の市街地寄りの地域に広がっているのがこれまた有名な「コパカバーナ」ビーチなのだという。知ってる地名がいろいろ出てくると、うれしくなってしまう。

遠い遠い昔に「魔法少女ちゅうかないぱねま」という子ども向け特撮ドラマがあったのだけど、これはまあ、全く関係ないと言えるレベルの話だな。それでも「ぱいぱい」がいなくなったのにはそういう事情があったのかということが、30年も経って調べてみて初めて分かったりするわけだから、何ごとにもきっかけを与えてくれた人には感謝である。この場合はジョアン·ジルベルトさんに。


いぱねま 番宣予告

この曲の後半部分はジョアン氏に代わり、女性ボーカルによって英語で歌われている。当時のジョアン氏の結婚相手だったアストラッド·ジルベルトさんだそうである。この「英語によるカバー」がボサノヴァの「世界進出」を可能にしたという評価がある一方、ボサノヴァの真髄が商業主義によって歪められてしまったという批判もあるようで、今に至るまで論議が絶えないらしいのだが、私は基本的に門外漢なのでWikipediaの記述に譲りたい。同様にこの「イパネマの娘」には実在のモデルの人がいたという話もあるようだけど、基本姿勢としてWikipediaを読めば分かるようなことは、わざわざ私がこのブログに書くようなことでもないのだと思う。

やや、尻切れトンボな終わり方になってしまったかな。


丸山圭子 どうぞこのまま

「ボサノヴァ」といえば、この曲だったな。最近こういう曲、本当に少なくなってしまったな。ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1964.3. (Getz/Gilberto)
Key: F