華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Blitzkrieg Bop もしくは電撃戦ビバップ (1976. Ramones)


Blitzkrieg Bop

Blitzkrieg Bop

英語原詞はこちら


Hey ho, let's go! Hey ho, let's go!
Hey ho, let's go! Hey ho, let's go!

あい!おー!れつごー!
あい!おー!れつごー!


They're forming in straight line
They're going through a tight wind
The kids are losing their minds
The Blitzkrieg Bop

まっすぐ列を作ってやって来るぞ
ガチガチに密集して過ぎて行くぞ
少年少女は我を忘れてゆく
ブリッツクリーク·バップ


They're piling in the back seat
They're generating steam heat
Pulsating to the back beat
The Blitzkrieg Bop

バックシートに折り重なってるやつら
湯気が上がってるいくつもの身体
バックビートに重なる鼓動
ブリッツクリーク·バップ


Hey ho, let's go
Shoot 'em in the back now
What they want, I don't know
They're all revved up and ready to go

あい、おー、れつごー
やつらの背中を狙い撃て
何がしたいのかは知らないけど
あいつらの回転数は上がってて
飛び出しそうになっている


They're forming in straight line
They're going through a tight wind
The kids are losing their minds
The Blitzkrieg Bop

They're piling in the back seat
They're generating steam heat
Pulsating to the back beat
The Blitzkrieg Bop

Hey ho, let's go
Shoot'em in the back now
What they want, I don't know
They're all revved up and ready to go

They're forming in straight line
They're going through a tight wind
The kids are losing their minds
The Blitzkrieg Bop

They're piling in the back seat
They're generating steam heat
Pulsating to the back beat
The Blitzkrieg Bop

Hey ho, let's go! Hey ho, let's go!
Hey ho, let's go! Hey ho, let's go

=翻訳をめぐって=

「ブリッツクリーク」はドイツ語で「電撃戦」を意味する軍事用語。(Blitz=稲妻/krieg=戦争)。戦車の機動力を最大限に活かした第二次大戦期の戦争形態で、1940年のナチスドイツによるフランス侵攻の際に典型的に繰り広げられた。英語の歌詞の中に挟まれたドイツ語が「同じ日本語」で翻訳されるのもヘンなので、ここでは音訳にとどめてある。

「バップ」は「バップという音楽の種類」である。1940年代に成立したジャズの一形態として「ビバップ」というものがあり、その略称が「バップ」になる。それがどういう音楽かといえば、「バップとしか呼びようのない音楽」である。

つまるところ「ブリッツクリーク·バップ」というのは「それ以上翻訳しようのないフレーズ」なのだと言わざるを得ない。同じような日本語表現を探すならさしずめ「チャンチキおけさ」みたいな響きを持った英語表現が、「ブリッツクリーク·バップ」というフレーズなのであると言えよう。

…何が「言えよう」じゃ。

さらに余談を挟むなら、「ビバップ」という言葉を解析すると「Be bop (バップであれ)」という二語に分解されることになるわけなのだが、この「ビーバップ」という響きは1980年代前半に「ビー·バップ·ハイスクール」というマンガが登場してからというもの、日本語世界においては原義の「ビバップ」と似ても似つかぬ意味を持つ言葉として、独り歩きをはじめるようになっている。60年代末から70年代前半ぐらいに生まれ、若い頃に突っ張らかしていた私より一回り年上世代のお兄さんの話などを聞いていると、実にしばしば以下のような言葉遣いを耳にする。

昔の中学生とか高校生って、もっとビーバップなとこ、あったやんかあ。せやけど今の子ぉらには、そおゆうビーバップな感じが、いっこもあれへんねん。何でもっとビーバップに行かれへんかなって、いっつも思うねん。

…こおゆうお兄さんの口にする「ビーバップな感じ」というのがどおゆう感じなのかといえば、つまるところはこおゆう感じなのである。「ビーバップ」という言葉に「それ以外の感じ」はこおゆうお兄さんにとっては全く求められていない。付け加えて言うならばこおゆうお兄さんにとって「ビーバップな感じがしない」という言い方は「ときめかない」というのとほぼ同じ意味を持っているのだけれど、「ときめかない」などという言葉はこおゆうお兄さんは使わない。「ときめかない」ということはこおゆうお兄さんにとっては飽くまで「ビーバップな感じがしない」ということでなければならないわけなのである。



しかしながら原義の「ビバップ」という言葉には、「そおゆう感じ」は全くくっついていない。日本語世界のごく限られた一世代の人間にとってだけ、「ビーバップ」という言葉は他の世界のどこにも存在しない「特別な響き」をまとっているのである。だが、さらに幾世代か分の時間が流れる中で、そうした「特別な響き」が持つ意味も、いつかは忘れ去られてしまう日が訪れるのだろう。それなりの「時代の検証」に耐えうるような文章を書こうとはいつも意識していても、長い歴史のスパンで見るならば、儚いまでに「寿命の短い」文章しか、結局私は書けていないのかもしれない。このブログに書かれていることの中身が誰にも理解できなくなってしまうような時代というものは、驚くほど早く訪れるのだろう。「ブリッツクリーク」という言葉も消えるだろうし、「バップ」という言葉も消えるだろう。凡ては宇宙の塵に還るのだろう。

旅に出ようか。

…どこ行くつもりやねん。


小沢健二 流れ星ビバップ

ちなみにこの歌の邦題は「電撃バップ」と言う。

あがた森魚に「電気ブラン」という歌があったのを思い出したけど、YouTubeには上がっていなかった。

いとしの第六惑星でも聞いておこうか。


Itoshino Dairoku Wakusei

…冒頭から約三千字にもわたってどうして奥歯に物の挟まったような核心をあえて外すような本丸を一気に攻めずに外堀から埋めてゆくような語り口をチマチマ続けているのかといえば、それだけ私がこの曲とラモーンズというバンドのことを大好きだったからなのである。それを今ではそんなに胸を張って好きだと言えなくなってしまった気持ちというものが、私の文章をチマチマさせ続けているわけなのである。

だって、「わつしほ!(1234)」と叫ぶだけで誰でもこんなに簡単に「なりきる」ことのできてしまうバンドなんて、この人たちの他にどこにいただろうか。字面は「ハイホー」だけど完全に「あいおー」と聞こえるこんなにキャッチーな「かけ声」で始まる歌が、他のどこにあるだろうか。聞けばラモーンズの人たちはベイ·シティ·ローラーズの「SATURDAY NIGHT」に「対抗」してこの歌の歌い出しを思いついたらしいのだが、あんなにちゃらい曲の焼き直しでこんなにも渋くてタイトな曲を作り上げてしまうことのできるこの人たちのセンスのギラギラさ加減というものは、それこそ、どうだろうか。ブルーハーツ、ニューエストモデル、ピーズ、少年ナイフ、私がずっとその背中を追いかけていた先輩バンドの人たちはみんなラモーンズのことを大好きだった。キライになれる要素なんて、どこにあっただろうか。

けれども前回クラッシュの「Police and Thieves」を取りあげた際に久しぶりにこの曲の名前と出会い、調べてみて改めて突きつけられたのは、欧米にはこの曲が「ナチスを連想させる」と感じている人が大勢存在する、という事実だった。そしてそのことには、この曲を夢中になって聞いていた頃の自分自身、何となくではあれ、「気づいていた」はずではなかったか、と思わされたのだった。

「ナチスを連想させる要素」は、まず何よりもとりわけヨーロッパ大陸の大部分の人々に恐怖と憤怒の記憶を呼び起こさずにおかない「Blitzkrieg」という単語の中に存在しているわけだが、それだけにはとどまらない。歌詞の言葉を素直に読む分には、「これから激しくてアツくて楽しいショーが始まるよ」ということ以外にはほとんど何も歌っていないような歌なのだけど、たとえば冒頭の「密集した人間たちが隊列を組んでいる」という歌詞には明らかに「ナチス式の行進」のイメージが投影されている。そしてそういう目で歌詞を読んだなら、「The kids are losing their minds」という部分は「ヒトラーユーゲント」のことを歌っているようにも思えてくるし、クルマ関係の歌詞は全部フォルクスワーゲンとアウトバーンに結びついてくるし、最後の「ready to go」は「戦闘への突撃」のイメージとも重なってくる。

考えてみれば、セックス·ピストルズがその活動期を通じて発表した唯一のアルバムの冒頭を飾っている「Holidays In The Sun」という曲も、「ナチスの行進」をモロに思い起こさせるザッザッザッという「足音」から始まっているわけなのだ。しかも歌の舞台はベルリンである。「パンクという文化」とファシズムとの間には、むろんそれと正面から戦うことを呼びかけている歌も少なくないわけではあるけれど、何らかの「切っても切れないつながり」が存在しているのではないかということを、考えさせられずにはいられない。そして私にとってこのことが決して軽視できない問題であるように思われるのは、日本におけるいわゆる「不良文化」が「日の丸」や特攻服といった右翼的なイメージと常に密接な関係を持ってきたことと、この「パンクとナチスの関係」という問題とは、完全に「重なっている問題」であるように思われるからなのである。

この歌が「ナチスを連想させる歌」であったとしたことの上で、「そう感じた人たち」の中にも大きく分けて「二通りの反応」が存在するわけだ。ひとつは、この歌が「ナチスみたいだ」とは思いつつも「カッコいいからそれはそれでアリだろう」みたいな感じで、「おおらかに」この歌のことを「受け入れる」ことのできる人たちのグループ。もうひとつは、「ナチスの匂い」を感じとっただけで反射的に拒否反応が込み上げ、「二度と聞きたくない」という感想を持つタイプの人たちのグループ。そして私が生きてきた20世紀の終わりから現在にかけての時代の中で、ともすればアタマが固くてシャレの分からない若者文化の敵、みたいな形で世の中からの攻撃にさらされがちだったのは、常に後者の側の人々だった。場合によってはそうした人たちの「エキセントリックな反応」の方が、よっぽど「ナチスみたいだ」と揶揄を受けるのを見聞きしたりもしてきた。けれども後者のタイプの人々の間から「ナチス的なものが復活させられる」ようなことは、基本的にありえないことだと私は思う。ありうるとしたら確実に前者のタイプの人々の間からそれは起こるのだし、「自分に理解できない相手」のことはいくら攻撃し傷つけても良心の痛痒を感じない感性、言い換えるなら20世紀の初頭にファシズムというものを生み出した「マジョリティの感性」というものは、完全に前者のタイプの人間「だけ」が持ち合わせている「属性」なのである。

90年代の松本人志が東条英機やヒトラーの真似をしていたとしても、それは「ギャグ」にしか思えなかった。そしてまた本人が本気でそういうことを言っているのだとも、誰も受け止めなかった。ただ「面白いから」「ギャグとして」そういうキャラクターを演じているだけなのだろうと、少なくとも私は思っていた。だが実際には「単にヒトラーみたいな男」が、ずーっと変わらずにそこにいただけだったのだ。そのことに「あの時代」に気づいて対決しておくことのできなかったことが、自分は悔しくて仕方ない。という趣旨のことを、私は今までこのブログに何度も書き綴ってきた。ラモーンズやピストルズにしてみたって、かれらがその時代に「ナチスのスタイル」をちょこっと模倣してみせるぐらいのことは、本人たちの意識からすれば「ネタ」に過ぎなかったのだろうなとは思う。実際には当時の時点からそれは「ネタ」では済まされない話だったはずなのだが、これからの時代、ナチスや天皇制の表象を「おおらかに」大衆文化の中に持ち込もうとするあらゆる試みは、ますますシャレにならない意味を持ってくることに確実になる。と言うより、既に完全にそうなっている。そういうのを「おおらかに」受け入れることのできるマジョリティの人間が増えれば増えるほど、移民や「障害者」をはじめ、数しれないほどの人々が、単に心を傷つけられるだけにとどまらず、具体的に身体や生活や生存そのものをも破壊されてゆかずにおかないような、「新たな戦前」と呼ぶしかない時代が既にこの世界では20世紀が終わった時点から、始まってしまっているのである。

「抑圧された若者の感性」がなぜ「日の丸」やナチスの旗に惹きつけられてしまうことが起こるのかといえば、それが「強そうに見える」からである。人間には、自分が「弱い存在」であることを痛感させられている人であればあるほど「強い存在」に惹きつけられずにいられないようなところがあって、それをどうすればいいのかということまでは正直、私にもわからない。かつ「抑圧された人間の感性」は、必ず「暴力」にその抑圧からの突破口を求めたいという衝動を内在させている。自分の暴力性が「体制」によって抑圧されている以上、「日の丸」やナチスの旗といった「暴力性のシンボル」が、そういった抑圧から自分たちを「解放」してくれるものに見えたとしても、不思議はないだろう。「気持ちはわかる」のだ。私自身にもそういうのが「カッコよく」見えていた時代は、確かにあったのだから。

けれどもその暴力性が「体制」に向かって叩きつけられるのではなく、むしろ「体制」と「一体化」するようなことが起こってしまうなら、もはやそこに存在したはずの「反逆精神」は、「腐っている」としか言いようがない。パンクという音楽が教えてくれた一番「大切なもの」である「反体制的な生き方」を守り抜きたいと思うなら、私自身は「ガチガチの左翼」になるしかなかったし、これからの時代は、ますますそうしてゆく他にないのだと思う。社会の右傾化を「おおらかに」受け入れてしまったら最後、マジョリティの一人として生きている人間は、自分がファシズムの具体的な担い手として生きることを「選択した」ことになるのである。そうなればもう、「後戻り」は効かなくなってしまうのだ。「右も左も」同じ音楽に耳を傾けて一緒に踊ることが可能だった時代がかつては存在していたかのような「幻想」にしがみついていることからは、もはや「卒業」する他にない。その幻想を手放すことができずにいる限り、「左の部分を切り落として右の部分からの共感を求める」という「腐った路線」しか、歌を歌う人間にも物を書く人間にも、「選び」ようがなくなってしまう。そういう歌や文章ばかりが世の中に溢れるようになってしまった現在、私はもはやそれをまともに相手にしたいとは思わなくなっている。

そういう気持ちや生き方を今みたいには「整理」することができずにいた20代前半の頃、ふとしたきっかけで知り合った「ビーバップ世代」の現役のヤクザの人から、

君には、古きよき時代のツッパリの匂いがする

と言われたことがある。

「反逆精神」を持ってる人がヤクザに流れるのは、間違ってると俺は思いますよ。俺は✕✕さんに、ヤクザなんてやっててほしくないです。と私は答えた。それはその人に対する最大限の私の「誠意の伝え方」だったし、また「突っ張り方」でもあった。年上のその人は、笑うだけだった。

けれども振り返ってみれば自分の人生の中で、あれだけ「言われてうれしかったこと」は他になかったのではないかと思う。

少なくとも私は今でもその言葉を「大切」にして生き続けている。


少年ナイフ ロケットに乗って

ロケットに乗って冥王星に行くことの方が、地べたで暮らしているより「リアル」に感じられていた時代が、自分にも確かにあったのだな。今の私は完全に地べたの世界で「だけ」生きているし、そのことを誇りにも感じている。感じたい。感じるべきなのだろう。だからそのことをあえて「しか」生きていないとは書かない。

ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1976.2.4.
Key: A