華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

One More Time もしくは One More Dub (1980. The Clash)


One More Time/ One More Dub

One More Time

英語原詞はこちら


Must I get a witness for all this misery?
There's no need to brothers, everybody can see
That it's a'one more time in the ghetto
One more time if you please
One more time to the dyin' man
One more time to be free


「このとんでもない悲劇の
証人になってくれる人を
見つけなきゃならないんだろうか?」

「その必要はないさブラザー
誰にでもわかってることだ
ゲットーの中でのことが
もう一度繰り返されるんだってことは」


きみさえよければもう一度
死にゆく男にもう一度
自由になるためにもう一度


One more time in the ghetto
One more time to be free
One more time in the ghetto
One more time to be free


ゲットーの中でもう一度
自由になるためにもう一度
ゲットーの中でもう一度
自由になるためにもう一度


The old lady kicks karate
For just a little walk down the street
The little baby knows Kung Fu
He tries it on those he meets


老いた女性が空手の蹴りを決める
街をちょっとだけ歩くため
小さな赤ん坊もカンフーを知っていて
人を見るたびにそれを試そうとする


'Cause its a'one more time in the ghetto
One more time if you please now
One more time to the dyin' man
They say one more time if you please


だってゲットーの中でのことが
もう一度繰り返されるんだから
きみさえいいと言うんなら今からもう一度
死にゆく男にもう一度
きみさえよければもう一度
みんなそう言ってるよ


One more time in the ghetto
One more time to be free
One more time in the ghetto
One more time to be free


One more time in the ghetto
One more time if you please
One more time to the dyin' man
One more time to be free


One more time in the ghetto
One more time to be free
One more time in the ghetto
One more time to be free


You don't need no silicone to calculate poverty
Watch when Watts town burns again
The bus goes to Montgomery


貧困を計算するのに
シリコンは要らないさ
ワッツの街がまた燃え上がるのをごらん
バスはモンゴメリーに向かって走ってゆく


'Cause it's a one more time in the ghetto
One more time if you please
One more time for the dying man
One more time to be free


だってゲットーの中でのことが
もう一度繰り返されるんだから
きみさえよければもう一度
死にゆく男のためにもう一度
自由になるためにもう一度


One more time (x4)

=翻訳をめぐって=

「One More Time, One More Dub」などという風に曲名を並べてみると何だか山崎まさよしめいているのだけれど、1980年の暮れに発表されたクラッシュのLP三枚組アルバム「サンディニスタ!」のB面(←すなわち一枚目裏面)の最後に連続で収録されているのがこの二曲である。「One More Dub」は「One More Time」のダブバージョン。などと書くとまるで私が「ダブ」とは「何か」ということを「分かって」でもいるかのようなイキった字面になるけれど、実際のところ私はそういう一旦できあがった音楽を電気を通してアレする的な方面のことには極めて疎いので、「ダブ」とは何をどうすることを言うのかということが、いまいちよく分かっていない。付け加えて言うならば「Wi-Fi」というのが「何」であるのかということすら、いまだによく分かっていない。

このかんなぜ久しぶりに集中的にクラッシュの曲を取りあげてきたのかといえば、しばらく前に取りあげた中国のロック歌手、崔健の「仮行僧」という曲がこの曲に似ている、と感じたのがそもそものキッカケだった。あんまり有名な曲ではないのだけれど、クラッシュの楽曲の中ではとても独特な位置を占めているような気がして、昔から気になっていた曲だったのだった。

基本的にクラッシュといえば、「まっすぐでハッキリしたメッセージ性」が身上になっているバンドだというイメージを多くの人が持っているはずだと思うのだけど、この歌はそうした有名な楽曲群とは打って変わって、およそ現実世界の音楽とも思えないようなアンニュイな雰囲気を漂わせている。もっともこのことは、「超名盤」の誉れ高い「ロンドン·コーリング」に続いて発売された四作目にあたる「サンディニスタ!」の、全体を通じて言えることであるのかもしれない。ビートルズのホワイトアルバムと比較されることも多い「問題作」であるところの「サンディニスタ!」は、確かに分かりやすくてキャッチーな曲だっていくつも入っているのだけれど、総体としての印象がとにかく「不気味」なのである。「黙示録的」と言うべきか「悪夢幻的」と言うべきか。自分たちの内側から溢れ出してくる「いろんなもの」のエネルギーと勢いとがあまりに強烈すぎて、メンバーの誰にもそれを「コントロール」できない状況になっていることがありありと伝わってくるのだ。

奇妙なことにと言うべきか、それとも何らかの必然性があってのことなのか。昔から私が好きになるバンドの「四作目のアルバム」は、極めて「変」なアルバムになるパターンが、ものすごく多い。とりあえず好きになった順番に挙げていくと

  • ザ·バンド→「カフーツ」
  • ドアーズ→「ソフト·パレード」
  • ポーグス→「ピース&ラヴ」

…みんな四枚目を迎えた瞬間に「何があったの?」と思いたくなるような「迷いの世界」に突入して行くのである。ちなみに日本のバンドだと、こんな感じになる。

  • ブルーハーツ→「BUST WASTE HIP」
  • ユニコーン→「ケダモノの嵐」
  • ニューエストモデル→「クロスブリード·パーク」
  • エレファントカシマシ→「生活」
  • スピッツ→「Crispy!」
  • Theピーズ→「クズんなってGo」
  • フラワーカンパニーズ→「マンモスフラワー」
  • ジッタリンジン→「Moonlit Lane」

…ものすごくひとりよがりな文章を私は書いているのかもしれないけれど、聞ける条件のある人はいっぺん全部を通して聞いてみてほしいと思う。とてつもなく「変」な気持ちになるはずだから。そして同時に不思議と「夜」の気持ちにもなるはずだから。付け加えて言うならば、上に挙げた各バンドの「三枚目のアルバム」は、デビュー以来の全力疾走の上にバンドとしての「一段の到達点」を刻みつけるような「歴史的名盤」になっているケースが、これまた極めて多いのである。思うに三枚目のアルバムまででひとしきり「やりたいこと」をやりきってしまったミュージシャンたちが「新たな自分探し」みたいなサイクルに入って行くことから、「四枚目」には「実験的な作品」が並ぶ傾向が生まれるのかもしれない。知らんのやけど、とにかくこの現象を私は「四枚目のジンクス」と呼んでいる。

そしてそんな風に「変な」アルバムである「サンディニスタを象徴している曲であるように思われるのが、堂々めぐりみたいな話になってきたのだけれど、私にとってはこの「One More Time」なのである。昔からよく分からない歌だと思ってきたのだが、歌詞の内容がある程度は英語のままで理解できるようになってきた今でも、やっぱりよく分からない。

それでもほぼ間違いないと思われるのは、この歌が何らかの「不安や恐怖」を表現している歌だ、ということだろう。歌詞に使われている言葉はそれについて何かを「説明」していると言うよりは、むしろイメージをイメージのまま「スケッチ」しているような内容になっているのだと思う。

冒頭に出てくる「ゲットー」という言葉の元々の意味は、昔からヨーロッパ世界で差別と迫害の対象とされてきたユダヤ系の人々が、諸都市において一箇所に集住させられていた「強制隔離居住区」のことを指しており、ナチスによるホロコースト以降はこの言葉に直接「絶滅収容所」を想起させる「新たな意味」が付け加わった。そしてそれが転じて、第二次大戦後の英語圏の諸国においては、諸都市において特定の民族やあるいはとりわけ貧しい人々が集住する、主として生活条件の劣悪な一角が、「ゲットー」という言葉で呼び習わされるようになっている。とのことらしい。

ジョー·ストラマーという人にとって「ゲットー」が「特別な意味」を持った言葉だったということは、「ハマースミス·パレスの白人」の翻訳記事などを通してこれまでにも見てきた通りである。前回の記事でも触れたように「外交官の息子」だった彼氏にとって、「ゲットー」とは「本物の反逆者」たちが暮らしているはずのある意味で「憧れの場所」であったわけだけど、実際にそこに暮らしている人たち自身にとって「ゲットー」とは「いつか出て行きたい場所」ではあっても「自分から入って行きたい場所」では決してなかった。そんな風に「彼氏の思い入れ」と「ゲットーの人々の気持ち」との間には「スレ違い」があったわけだし、また彼氏と「ゲットー」の人々とは一貫して「他者」であり続けたわけなのだが、そのことの上で依然としてここに歌われているのは「彼氏にとって」の「ゲットー」のイメージなのだろう。それ以上のコメントは私の中からは何も出てこないけど、とにかくそのことについては、ハッキリさせておかねばならないと思う。

英語の歌詞の中に「空手」や「カンフー」が出てくるのはいかにも80年代だなという感じなのだが、その意味するところはやっぱり分からない。「ありとあらゆる人間がありとあらゆる人間に敵対しあっている近未来」みたいなイメージなのだろうか。この歌に描かれている「街」には、昔あった「マザー2」というゲームに出てきた「ムーンサイド」みたいな薄気味悪さがある。

「貧困を計算するのにシリコンは要らない」という歌詞の中で、ジョー·ストラマーはかなり「恥ずかしい間違い」をやらかしている。彼氏が言いたかったのは当然にもコンピュータの部品に使われるシリコン(ケイ素/silicon)のことだったのだろうけど、それを「silicone」と綴ると整形手術で使われる「シリコン樹脂」のことになってしまうのである。おそらくは「最近よく聞く言葉だから」ということで歌詞に採り入れてみたのはいいものの、彼氏自身その「違い」が分かっていなかったのだと思われる。そこへ行くと日本語はいいよ。私みたいに彼氏と全く同じ勘違いをしたまま今の今まで暮らしてきた人間でも、「シリコン」とだけ言っていればそのことが「バレない」のだから。

もっとも1980年という時代を考えたなら、「シリコン」という言葉を知っていただけスゴい、という感じもしてくる。私が幼稚園ぐらいの頃には「電卓」というものがそれこそ「文明の最先端」という感じで、何千円もしたのを覚えている。あるいは万単位だったかもしれない。それが小学生になると数百円で買える「カード電卓」みたいなのが普及しだして、文明というのはこんなに凄い勢いで発展するのかと驚嘆していたのだけど、そんな時代も今から思えば「一瞬」だった。だから言ってみればこういう歌ほど、「古くなるのが早い」ということなのかもしれないな。

ワッツ」や「モンゴメリー」は、リンク先の諸記事でも触れてきたように、アメリカの黒人解放運動の歴史を象徴するような大事件の舞台となってきた街の名前。けれどもジョー·ストラマーがその名前に何を「象徴」させたかったのかということは、依然としてさっぱり分からない。いったい、この歌に「表現」されているのは彼氏自身の「不安や恐怖」であるはずなのにも関わらず、「ゲットー」しかり「ワッツ」しかり、それを「表現」するのに「他者」の表象ばかりが「ネタ」として引き合いに出される手法には、どうしても私は懐疑的になってしまう。彼氏にとっては「不安と恐怖の象徴」なのかもしれないが、アメリカのアフリカ系の人々にとって「ワッツ」や「モンゴメリー」は「怒りの象徴」であると同時に「希望の象徴」であるはずなのに。けれどもまあ、そもそも彼氏が何を言いたいのかを私はよく分かっていないのだから、ここではそれ以上は踏み込まないことにしておく。


One More Time One More Chance

そんなこんなで、ちっともよく分からない記事になってしまった。ちなみにこの歌に出てくる「桜木町」は神奈川県横浜市の桜木町のことで、大阪府寝屋川市の桜木町のことではないらしい。むかし私はそのことをめぐってしなくてもいい知ったかぶりをして、今にして思えばそれがきっかけだったとしか思えないのだけど、大好きだった人にフラれたことがあった。皆さんも知ったかぶりには気をつけよう。siliconeではなくてsilicon。ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1980.12.12.
Key: G