華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

I Shot The Sheriff もしくは 藪の中 (1973. Bob Marley & The Wailers)


I Shot The Sheriff

I Shot The Sheriff

英語原詞はこちら


(I shot the sheriff
But I didn't shoot no deputy, oh no! Oh!
I shot the sheriff
But I didn't shoot no deputy, ooh, ooh, oo-ooh.)
Yeah! All around in my home town,
They're tryin' to track me down;
They say they want to bring me in guilty
For the killing of a deputy,
For the life of a deputy.
But I say

Oh, now, now. Oh!
(I shot the sheriff) the sheriff.
(But I swear it was in self defense.)
Oh, no! (Oh, oh, oh) Yeah!
I say: I shot the sheriff oh, Lord!
(And they say it is a capital offense.)
Yeah! (oh, oh, oh) Yeah!

Sheriff John Brown always hated me,
For what, I don't know,
Every time I plant a seed,
He said kill it before it grow,
He said kill them before they grow.
And so

Read it in the news:
(I shot the sheriff.) Oh, Lord!
(But I swear it was in self-defense.)
Where was the deputy? (oh)
I say, I shot the sheriff,
But I swear it was in self defense. (oh) Yeah!

Freedom came my way one day
And I started out of town, yeah!
All of a sudden I saw sheriff John Brown
Aiming to shoot me down,
So I shot, I shot, I shot him down and I say:
If I am guilty I will pay.

(I shot the sheriff,)
But I say (But I didn't shoot no deputy),
I didn't shoot no deputy (oh, no-oh), oh no!
(I shot the sheriff.) I did!
But I didn't shoot no deputy. Oh! (oh)

Reflexes had got the better of me
And what is to be must be,
Every day the bucket a-go a well,
One day the bottom a-go drop out,
One day the bottom a-go drop out.
I say

I, I, I, I, shot the sheriff.
Lord, I didn't shot the deputy. No!
I, I (shot the sheriff)
But I didn't shoot no deputy, yeah! So, yeah!



謎の多い歌である。こういう歌はいきなり直訳しても謎を深めてしまうばかりになってしまうことが多いので、どういうことが歌われている歌なのかということを探るためには、一つ一つのフレーズを詳細に検討してゆくことが、まず必要になると思う。

I shot the sheriff
But I didn't shoot no deputy

私はシェリフを撃った。
でも私はデピュティは撃っていない

別段、難しいことが歌われているわけではないのだけれど、ボブ·マーリーは果たして「どっちが言いたくて」この歌を作ったのだろうか。「私はシェリフを撃った」という部分が主題なのだとしたら、この歌は「誇りのための歌」なのだということになるし、「デピュティは撃っていない」という部分に主題があるのだとすれば、この歌は「弁明のための歌」であるということになる。

そもそも「シェリフ」や「デピュティ」というのは「何者」なのだろう。まずはそこから調べてゆく必要があると思われる。

「シェリフ」という言葉を私が初めて聞いたのは、子どもの頃に見たロビン·フッドのアニメ映画を通じてのことで、そこでの「シェリフ」はロビン·フッドたちが愉快に暮らすイギリスのノッティンガム地方を統治する悪代官の「役職名」だった。当時における「シェリフ」は国王から授けられるひとつの「身分」であり、その土地における最高権力者のことを指す称号だったと言いうる。

イギリスにおけるこの身分制度は植民地となったアメリカにも移入され、当初のアメリカには各地にイギリス国王の任命する「シェリフ」が配置されていたらしいのだが、アメリカが独立して以降の「シェリフ」は、基本的にその土地の住民によって選挙で選ばれる「保安官」のことを指す称号となった。「国王による任命」と「選挙による選出」では、その政治的な存在理由が相当に変わってくることにはなるが、いずれにしてもその土地において、他の人間に対しては禁じられている「武力」を持つことを公的に認められている「権力者」のことを指す呼び名であることには、変わりがない。

そして私が調べた限り、少なくとも20世紀以降のジャマイカで「シェリフ」という言葉が「制度」や「役職名」として使われてきた形跡はどこにも見当たらない。ボブ·マーリが生まれた時、彼氏の周りに「シェリフ」を仕事にしている人は「いなかった」わけであり、彼氏はおそらくこの言葉をアメリカの西部劇か何かを通じて知ったのだと思う。だから作った本人の中では、この歌は「ジャマイカではないどこか別の国」を舞台にした歌だったということになるのだろう。そのことの上でこの歌の中での「シェリフ」は明らかに「権力の象徴」であり「憎むべき存在」として描かれており、ボブマーリーはたとえそいつを殺すことになったとしても自分は後悔しないだろう、ということをハッキリ口にしている。そこまでは、いいのである。

問題は「デピュティ(deputy)」だ。 この聞きなれない英単語がこのブログに出てくるのは実は今回が二回目になるのだけれど、辞書ではこの言葉に「代理人」「副官」「副保安官」といった訳語が与えられている。「シェリフ」が「固有の役職名」であるのに対し、「デピュティ」は限りなく一般名詞に近い言葉であるわけだ。だからこの言葉に「どういう人物像」がイメージされているのかということが、私には非常にわかりにくい。「副保安官」という「特定の人物」のことが歌われているのか、「下っ端のその他大勢の一人」のことが歌われているのかということも、このフレーズだけでは、判断できない。翻訳に当たって一番重要なのはボブマーリーがこの「デピュティ」に対してどういう「感情」を持っているかということではないかと思うのだが、その肝心なことがこの歌詞の中では完全に「藪の中」なのである。

お代官様を撃ったのはあっしでごぜえやすよ
下っ端なんぞは初めから狙っちゃいません

初めてこの歌を聴いた時、私の耳には冒頭のフレーズがこんな風に響いていた。この歌を「反権力の歌」として聞こうとする分には、そんな風に解釈するのが一番スッキリしているように思う。けれども一方でこの歌は

保安官のことは撃ちました。
どうしても許すことができなかったから。
でも副保安官さんみたいないい人のことを
私が撃つわけがないじゃないですか!

みたいな歌である可能性も、排除することができないわけなのだ。どちらの内容で解釈するかによってこの歌は全く「別の歌」になってしまう。

この歌が「反権力の歌」であることは間違いないところだと思うのだが、反権力的な思想を持っている人間が「権力機構の下っ端の人間」に対して抱いている感情というものには、甚だ複雑なものがある。「シェリフ」みたいに「上の方の人間」というのは、そもそも「生まれながらの特権階級」であって、「初めから自分たちとは違った世界の住人」である場合が、「庶民」の場合はほとんどだ。けれども「下っ端」の警察官やら自衛官やら官僚やらといった存在は、「元はと言えば」自分たちと同じ庶民であったり貧乏人であったりするわけなのである。だからこそ時には「裏切り者」として特権階級に向けられる以上の激しい憎しみの対象となることも起こりうるし、また時には「元はと言えば同じ仲間」なのだからということで、「反権力」を掲げている人間の側に「できることなら敵に回したくない」という心理が働くことも、起こりうる。この相反する二つの感情は同じ一人の人間の中に同居していたって決して不自然ではないものだし、それは自分自身のことを振り返っても、そう思う。今の香港の人たちはあらゆる瞬間にその二つの感情に振り回されて、苦しみながら戦っているはずである。

だから私は、この歌に出てくる「デピュティ」が主人公にとって、あるいはボブマーリーにとって、「敵」に見えていた存在だったのか「仲間」に見えていた存在だったのかということを、「ちゃんと」知りたいと思う。「敵側の人間」の一人だったとした上で、その相手が主人公にとって面識のあった人間だったのかそうではなかったのかということによっても、「デピュティを撃つ」という行為が主人公にとって持つ意味は、変わってくる。けれども歌詞の中にそれを明示してくれる情報は、与えられていない。

付け加えて言うならば「デピュティ」というのは「シェリフ」よりは「下」の立場の人間を指す言葉にあるにせよ、「副」であるということは「それに準ずる身分」の人間を指す言葉でもあるわけである。だからこの言葉が英語話者の人たちにとって「下っ端」という語感を持っているのかそれとも「えらいさんの一人」という語感を持っているのかという、基本的なことがそもそも私にはよく分からない。知っている方が読んでいらっしゃったら、教えて頂きたいと思う。

いずれにしても歌詞の中に示されているのは、主人公はシェリフのことは撃ったけどデピュティのことは撃たなかったのだということ、もしくは撃とうと思っていなかったのだということ、それだけである。次に進もう。

All around in my home town,
They're tryin' to track me down;

直訳は「私の地元の街の至るところで、かれらは私のことを追跡して捕まえようと試みている」。「track down」は「見つけ出す」「追いかけて捕まえる」という意味の熟語である。「お代官様を撃ったのはあっしでごぜえやすよ」という私の第一印象では、歌の舞台が「お白州」的な場所であるというイメージになっていたのだけれど、この歌詞を読む限り、主人公はまだ捕まっていない。「山狩り」の最中で、かつ地元の街には主人公の味方になってくれる人間は一人もいない、といった印象である。だとしたらこの主人公はどこにいて、誰に向かってこの歌を歌っているのだろう。隠れ家の中で、自分のことをかくまってくれている友人か恋人に向かって、といったところだろうか。

They say they want to bring me in guilty
For the killing of a deputy,
For the life of a deputy.

直訳は「やつらは私に有罪判決を下したがっているらしい。デピュティを殺したことを理由に。デピュティの生命を理由に」。「 bring in guilty 」は「有罪判決を下す」という意味の熟語。「デピュティ殺し」という言葉が出てきたわけだけど、この歌の中で「kill (殺す)」という言葉が出てきたのはよく考えるとこれが初めてで、主人公は飽くまでも「shoot(撃つ)」という言葉しか使っていない。では実際のところ、デピュティは「死んだ」のだろうか。そしてシェリフは主人公の意に反して「生きてる」わけなのだろうか。

そのことが実は、歌詞を最後まで読んでも、よく分からないのである。次に進もう。

Sheriff John Brown always hated me,
For what, I don't know,
Every time I plant a seed,
He said kill it before it grow,
He said kill them before they grow.
And so

シェリフのジョン·ブラウンは
おれのことを
いつだって目の敵にしてきた。
何が気に入らなかったのか
おれには分からない。
おれが種をまくたびに
あいつはそれを
根こそぎにしてやると言った。
育って大きくなる前に
その命を奪ってやると言った。
だからおれは…

「ジョン·ブラウン」という名前に関しては、1963年にボブ·ディランが同名の歌を作っていること、ならびにブルース·スプリングスティーンが1981年に出した「Johnny‘99」という歌の中に同名の人物が登場していることが、海外サイトで指摘されていた。三者の関係については、明らかではない。

「マーリーが種まきゃブラウンがほじくる」的な歌詞について。とりあえず歌の主人公は「農民」という設定になっているということでいいと思うが、いろんな解釈が可能なように書かれた比喩表現なのだと思う。ボブ·マーリーの歌う反逆精神が民衆に影響を与えることを権力者たちが恐れ、躍起になってそれを鎮圧しようとしているさまの描写だと考えるのが一番しっくり来るが、もっと即物的に「せっかく作ったマリファナ畑を警察に荒らされてしまった」という彼氏の実体験にもとづく歌詞だという解釈も、けっこう流通しているらしい。

ちなみにボブマーリーとつきあっていたエッシャー·アンダーソンという人は、2011年のインタビューの中で、彼女が医者からセックスの際に避妊薬を使うよう指導されていたことについてボブマーリーは「それは人殺しと同じだ」と憤慨していたというエピソードを明らかにしており、「種を殺して回る」この歌のシェリフとは、彼氏にとっては「赤ん坊殺し」のその医者のことを意味していた、という趣旨のことを語っている。歌が書かれた際にはそういうこともボブマーリーの意識の中には存在していた、ぐらいのことは言えるかもしれないが、しかし全部をそれで解釈するのはさすがに無理があると思う。

Read it in the news:
(I shot the sheriff.) Oh, Lord!
(But I swear it was in self-defense.)
Where was the deputy? (oh)
I say, I shot the sheriff,
But I swear it was in self defense. (oh) Yeah!

おれはそれをニュースで知ったんだ。
シェリフを撃ったのは確かにおれだ。
でもかみさま。
誓って言うけどそれは
自分の身を守るために
やったことだった。
デピュティなんか
どこにいたって言うんだ?
おれが撃ったのはシェリフだった。
誓って言うけどそれは
自分の身を守るために
やったことだった。

…このあたりから「歌の世界で起こったこと」はどんどん「藪の中」の様相を呈してくるのである。一応、ここまでの流れを整理しておくと、歌詞に歌われている「事件」の内容には3つの可能性が存在している。

  • ①.シェリフもデピュティも死んだ
  • ②.デピュティだけが死んだ
  • ③.シェリフもデピュティも死んでいない

…上段の歌詞では「デピュティ殺し」という言葉が出てくるから③については排除できるようにも思うけど、「撃っただけ」でも新聞は「殺そうとした」と書くだろうから、「両方とも生きてる可能性」だって依然捨てきれないと私は思う。

そのことの上で主人公は新聞に「自分の起こした事件」として書かれていたことの内容を知って、「驚いて」いる。そして「 Where was the deputy? デピュティなんかどこにいたんだ?」と言っている。つまり主人公はデピュティの姿を「見ていない」のだし、彼氏がシェリフ(だと思った人間)を「撃った」時、その相手は「一人」だったわけである。

どういうことなのだろうか。続くフレーズを見てみよう。

Freedom came my way one day
And I started out of town, yeah!
All of a sudden I saw sheriff John Brown
Aiming to shoot me down,
So I shot, I shot, I shot him down and I say:
If I am guilty I will pay.

ある日おれにも自由になる日が
やってきたんだ。
それでおれは街を出ようとしていた。
突然おれは
シェリフのジョン·ブラウンが
おれのことを撃ち倒そうと
狙いを構えているのに気づいた。
それでおれは
それでおれは
あいつのことを撃ち倒したんだ。
もしおれが罪を犯したんだとしたなら
そのことは
償わなくちゃならないと思ってる。

…「事件」の具体的な経過が初めて明らかにされる。「Freedom came my way one day(ある日、自由が私の行く手にやってきた)」というフレーズをどう解釈するか、「正解」があるとは思えないが、おそらく主人公はそれまで「奴隷」の身分にあった人で、それが「解放」されて「自由」になる時代を迎えたということ、あるいは奴隷制の時代が終わった後でも、年季奉公か何かでやはり奴隷と変わらないような状態のもとで働かされ続け、その契約期間がようやく明けたということ、どちらかなのだと思う。それでようやく「自由の身」になって「新しい世界」に踏み出そうとしたところで、「自由でなかった時代」に自分のことを一番目の敵にしていた人間が、自分のことを殺そうとしていることに気づいた。極めて、「ありそうな話」だ。差別主義者にとって一番許せないことは、自分が差別している相手が自分と同じように「自由な立場の人間」になることに他ならないわけだから。

Reflexes had got the better of me
And what is to be must be,
Every day the bucket a-go a well,
One day the bottom a-go drop out,
One day the bottom a-go drop out.
I say

反射神経の方が
頭で考えるより早かったんだ。
そしてそれは当然
そうしなくちゃいけないことだったし
そうならなきゃいけないことだった。
バケツだって
毎日井戸に放り込まれてたら
いつかは底が抜けるもんだよ。
いつかは底が抜けるもんだよ。

主人公は、反射的に相手のことを撃ってしまった。彼氏はデピュティのことをシェリフだと思って、撃ってしまったのだろうか。しかし相手が誰であれ、そいつが自分のことを狙っていたのだとしたら、彼氏にとっては「正当防衛」だったはずである。それなのに「自分が撃ったのはシェリフだった」ということに、彼氏はなぜ「こだわって」いるのだろう。

考えられるのは、「シェリフには恨みがあったけどデピュティには恨みがなかった」ということである。「バケツだって毎日水に放り込まれていたら底が抜ける」と言っているように、彼氏にとって「自分がシェリフを撃ったこと」は「積もりに積もった怒りを爆発させた正義の決起」としての意味を持つ、誇るべき行為だった。ところが撃たれた人間として新聞に載っていたのが、自分にとっては何の恨みもないデピュティだったということで、動揺と「罪の意識」に襲われて、「言い訳」を始めたのだという解釈がまずひとつ。

さらに考えられるのは、歌の主人公の彼氏はもうちょっと「腹の座った人」で、地域の最高権力者であるシェリフを狙撃したという「名誉ある行為」が、下っ端のデピュティを狙い撃ちにしたという「不名誉な行為」としてマスコミで宣伝されていることにむかついているのだ、という解釈である。しかしいずれにしても、シェリフを撃ったつもりでいたのにその相手がデピュティだったと新聞に書かれていたことに、主人公の彼氏が「キツネにつままれたような気持ち」になっていることには変わりない。そしてこの歌はその主人公目線でしか書かれていないから、聞いている我々だってやっぱり「キツネにつままれたような気持ち」になるしかないわけなのだ。

そしてここからは完全に「想像の世界」の話になるけれど、主人公が撃ったのはやっぱりシェリフでデピュティではなかったということも、充分に「ありうる」話なのではないかと私は思う。支配階級の側では支配階級の側で、地域の最高権力者であるシェリフが狙い撃ちにされるということは非常に「不名誉」なことだし、それも自分の気に入らない人間を闇討ちにしようとした現場で返り討ちにされたのだという「真相」が世間に知れるようなことになったら、いっそう「不名誉」なことになる。だから撃たれたのは「デピュティ」であることにしてシェリフの悪事が暴かれることを回避し、かつ世間の同情を集めて主人公を死刑に追い込もうとする、ぐらいの情報操作は、ああいう立場にある人間たちにとっては日常茶飯のことだろう。主人公の彼氏はただ「誰かに狙われた」と言っているわけではなく、「シェリフのジョン·ブラウンに狙われた」とハッキリ名前を出して言っているのだ。それが実はデピュティだったということなどは、主人公の立場に立って考えるなら、やっぱりありそうなことには思えない。

この場合、普通に考えるなら、「シェリフは死んでいない」ということが「必要な条件」になる。弾がそれたのか、あるいはケガで済んだのなら、デピュティにも同じ場所に包帯でも巻かせておけばそれで済む。つまりその場合には、主人公は「死刑になるような罪」なんて、実際には何も起こしていないことになる。それでも「権力機構の一員」を殺そうとしたということは、かれらにとってはそれだけで「死刑に値すること」になるわけだ。

主人公の銃弾でシェリフが死んでいたとした場合、支配者たちがその事実を隠蔽した上で主人公を罪に問うためには、「デピュティにも」死んでもらわねばならないことになる。シェリフは別の理由で死んだことにして、時間差をつけてお葬式を出せばいい。そこまでやるか、という気がしないでもないが、日本でだって生きている大臣経験者の秘書たちがバタバタと「自殺」させられているではないか。その主人が「不名誉な死に方」をするぐらいの一大事がもし起こったら、「副官の命」なんてそれをもみ消すためにいくらでも「使い捨て」にされることだろう。そういうえげつないことが、歌の主人公の全く与り知らないところで進行していたとしても、ちっとも不思議でないのが我々の生きている世界の「現実」であるわけなのだ。

さらに、デピュティを殺したのは実はシェリフで、その罪を主人公になすりつけるために挑発して発砲させた、みたいなことが「真相」になっている可能性もある。この場合、主人公の彼氏は完全に「ハメられた」のだということになるし、シェリフは自分にとって気に入らない存在を二人まとめて「抹殺」することに成功したことになる。

しかしいずれにしたって、真相は「藪の中」なのである。私にはこの歌にどうしてこんなにもややこしい「設定」が必要だったのかということが、さっぱり分からない。

ボブマーリー自身は、この歌の解釈をめぐって世の中の人が頭を悩ませているさまを「面白がっていた」ふしがあるらしく、この歌をカバーしてヒットさせたエリック·クラプトンが歌詞の意味を教えてくれと頼んだ際にも、「ちゃんと教えてくれなかった」ということが関係資料には書かれていた。「この歌のある部分は、実際にあったことを歌っている。でもそれがどの部分かは教えない」。そんな感じだったらしい。

さらに「この歌に出てくる『シェリフ』は『不正(wikidness)』を象徴している」とか、「本当は『警察官を撃った』と書きたかったのだけどそれだといろいろうるさいことになりそうなので『シェリフ』にした」等々のコメントも残されているが、「そんなことは教えてもらわなくたって大体わかりますよ」と読み手が感じる範囲以上の情報は何も伝えられていない。結局この歌に関しては、文法的に無理のある解釈に走らない限りは「各人が聞きたいように聞く」のが「正解」であるとしか言いようのないことになっているのだと思う。

そんなわけで以下に紹介するのが、「文法的に無理な解釈にならない範囲」で最大限に「いろいろな読み方」が可能になるように工夫した、私自身の手によるこの歌の試訳である。長ったらしい文章になってしまった。ではまたいずれ。

I Shot The Sheriff (Eric Clapton.1977.)

I Shot The Sheriff

英語原詞はこちら


I shot the sheriff
But I didn't shoot no deputy, oh no! Oh!
I shot the sheriff
But I didn't shoot no deputy, ooh, ooh, oo-ooh.

シェリフを撃ったのはこのおれだ。
でもデピュティは撃ってない。
撃ってないぞ。
シェリフを撃ったのはこのおれだ。
でもデピュティを撃った覚えは
おれにはない。


Yeah! All around in my home town,
They're tryin' to track me down;
They say they want to bring me in guilty
For the killing of a deputy,
For the life of a deputy.
But I say

街中のやつらが
おれを探して捕まえようとしてる。
みんながおれに
有罪判決を下したがってるらしい。
デピュティ殺しの罪を。
デピュティの命に対する罪を。
でも言わせてもらうぞ。


Oh, now, now. Oh!
(I shot the sheriff) the sheriff.
(But I swear it was in self defense.)
Oh, no! (Oh, oh, oh) Yeah!
I say: I shot the sheriff oh, Lord!
(And they say it is a capital offense.)
Yeah! (oh, oh, oh) Yeah!

おれが撃ったのはシェリフなんだ。
でも誓ってそれは
自分の身を守るために
やったことだった。
そうじゃないんだ。
おれが撃ったのはシェリフだった。
かみさま。
やつらはおれを
死刑にするって言っている。


Sheriff John Brown always hated me,
For what, I don't know,
Every time I plant a seed,
He said kill it before it grow,
He said kill them before they grow.
And so

シェリフのジョン·ブラウンは
おれのことを
いつだって目の敵にしてきた。
何が気に入らなかったのか
おれには分からない。
おれが種をまくたびに
あいつはそれを
根こそぎにしてやると言った。
育って大きくなる前に
その命を奪ってやると言った。
だからおれは…


Read it in the news:
(I shot the sheriff.) Oh, Lord!
(But I swear it was in self-defense.)
Where was the deputy? (oh)
I say, I shot the sheriff,
But I swear it was in self defense. (oh) Yeah!

おれはそれをニュースで知ったんだ。
シェリフを撃ったのは確かにおれだ。
でもかみさま。
誓って言うけどそれは
自分の身を守るために
やったことだった。
デピュティなんか
どこにいたって言うんだ?
おれが撃ったのはシェリフだった。
誓って言うけどそれは
自分の身を守るために
やったことだった。


Freedom came my way one day
And I started out of town, yeah!
All of a sudden I saw sheriff John Brown
Aiming to shoot me down,
So I shot, I shot, I shot him down and I say:
If I am guilty I will pay.

ある日おれにも自由になる日が
やってきたんだ。
それでおれは街を出ようとしていた。
突然おれは
シェリフのジョン·ブラウンが
おれのことを撃ち倒そうと
狙いを構えているのに気づいた。
それでおれは
それでおれは
あいつのことを撃ち倒したんだ。
もしおれが罪を犯したんだとしたなら
そのことは
償わなくちゃならないと思ってる。


(I shot the sheriff,)
But I say (But I didn't shoot no deputy),
I didn't shoot no deputy (oh, no-oh), oh no!
(I shot the sheriff.) I did!
But I didn't shoot no deputy. Oh! (oh)

シェリフを撃ったのはこのおれだ。
でもデピュティは撃ってない。
撃ってないぞ。
シェリフを撃ったのはこのおれだ。
でもデピュティを撃ったのは
おれじゃない。


Reflexes had got the better of me
And what is to be must be,
Every day the bucket a-go a well,
One day the bottom a-go drop out,
One day the bottom a-go drop out.
I say

反射神経の方が
頭で考えるより早かったんだ。
そしてそれは当然
そうしなくちゃいけないことだったし
そうならなきゃいけないことだった。
バケツだって
毎日井戸に放り込まれてたら
いつかは底が抜けるもんだよ。
いつかは底が抜けるもんだよ。


I, I, I, I, shot the sheriff.
Lord, I didn't shot the deputy. No!
I, I (shot the sheriff)
But I didn't shoot no deputy, yeah! So, yeah!

シェリフを撃ったのはこのおれだ。
でもデピュティは撃ってない。
撃ってないぞ。
シェリフを撃ったのはこのおれだ。
でもデピュティを撃ったのは
おれじゃない。


=楽曲データ=
Released: 1973.4.
Key: B♭