華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Rags And Bones もしくはキミの始まりの日へ (1975. The Band)


Rags And Bones

Rags And Bones

英語原詞はこちら


Catch a taxi to the fountainhead
Blinking neon penny arcade
A young Caruso on the fire escape
Painted face ladies on parade
The newsboy on the corner
Singing out headlines
And a fiddler selling pencils
The sign reads: Help the blind

タクシーをつかまえて
あの始まりの場所へ。
ネオンがまたたく
コインゲームの店。
非常階段の上では
未来のカルーソが歌ってる
顔にペイントしたお姉さんたちが
パレードを作っている。
通りの角には新聞売りの少年。
その日のトップニュースを
歌うように叫んでいる。
鉛筆を売っているバイオリン弾き。
ボードには
「目の見えない人を助けましょう」
という文字。


Comin' up the lane callin'
Workin' while the rain's fallin'
Ragman, your song of the street
Keeps haunting my memory

あの路地が近づいてくる。
ぼくのことを呼んでいる。
雨が降りしきる中でも
忙しく立ち働いている。
ラグマンのおじさん
街角のあなたの声が
ぼくの思い出の中には
響き続けています。


Music in the air
I hear it ev'rywhere
Rags, bones and old city songs
Hear them, how they talk to me

空気の中の音楽。
どこにいてもぼくには聞こえる。
「ボロ切れにがらくた」の呼び声
そして懐かしい街の歌
聞こえるだろう。
何て言ってくれてるか
わかるだろう。


Trolley car rings out the morning
Whistle blows at noon
A cat fight breaks open the night
While watch dogs bay at the moon
A preacher on an orange crate
With a Salvation Army Band
And clicking along the cobbled stones
That's the sound of the ice-cream man

路面電車の鐘の音が
朝を送り出し
警笛の音が正午を告げる。
番犬が月に向かって吠えたかと思えば
ネコの喧嘩で夜が明ける。
救世軍の楽隊を引き連れた
ミカン箱の上の牧師さん。
砂利道の方から聞こえるのは
アイスクリーム屋さんが
道具をカシャカシャ言わせる音。


Comin' up the lane callin'
Workin' while the rain's fallin'
Ragman, your song of the street
Keeps haunting my memory

あの路地が近づいてくる。
ぼくのことを呼んでいる。
雨が降りしきる中でも
忙しく立ち働いている。
ラグマンのおじさん
街角のあなたの声が
ぼくの思い出の中には
響き続けています。


Music in the air
I hear it ev'rywhere
Rags, bones and old city songs
Hear them, how they talk to me

空気の中の音楽。
どこにいてもぼくには聞こえる。
「ボロ切れにがらくた」の呼び声
そして懐かしい街の歌
聞こえるだろう。
何て言ってくれてるか
わかるだろう。


The organ grinder and his monkey
Still walkin' the same old beat
The shoe-shine boy slappin' leather
He puts the rhythm in your feet
Strollin' by the churchyard
List'nin' to the Sunday choir
With voices rising to the heavens
Like sirens screaming to a fire

オルガン弾きとその猿が
昔と変わらない足取りで
今でも歩き続けている。
革に靴墨を塗りたくってる
靴磨きの男の子。
あの子は人の足を使って
リズムを刻むんだ。
日曜日の合唱隊の歌を聴きながら
教会の敷地をぶらつく。
炎に向かって叫ぶ人魚たちみたいな
天に昇ってゆくその声。


Comin' up to the lane callin'
Workin' while the rain's fallin'
Ragman, your song of the street
Keeps haunting my memory

あの路地が近づいてくる。
ぼくのことを呼んでいる。
雨が降りしきる中でも
忙しく立ち働いている。
ラグマンのおじさん
街角のあなたの声が
ぼくの思い出の中には
響き続けています。


Music in the air
I hear it ev'rywhere
Rags, bones and old city songs
Play them one more time for me

空気の中の音楽。
どこにいてもぼくには聞こえる。
「ボロ切れにがらくた」の呼び声
そして懐かしい街の歌
もう一度ぼくのために
鳴り響いてください。



ザ·バンドのメンバー5人が心をひとつにして作った最後のアルバム「Northern Lights – Southern Cross」の、そのまた最後を飾る曲。実際には「ラストワルツ」の翌年になってから「Islands」というアウトテイク集みたいなアルバムが発表されているのだけれど、私にとってはこの曲こそが「ザ·バンドの最後の曲」だったという印象がどうしても強い。そしてこの曲を歌うリチャード·マニュエルの声が、本当に、大好きだ。

この歌詞の中に描き出されているのは、ギタリストのロビー·ロバートソンが幼い頃を過ごしたトロントのダウンタウンの日常で、彼氏の自伝「Testimony」の第二章では、その情景が以下のように綴られている。(上の写真はネットで拾った1950年のトロント市街)

I grew up surrounded by busy, vibrant neighborhoods alive with immigrant sounds and smells. Some of my very earliest recollections are of rows of storefronts, each one memorable from all the various indelible scents of the neighborhood. The corner drugstore with its medicines, chemicals, and soda fountain mixture. Sweet aromas of pipe smoke from the smoke shop downstairs, proudly displaying Cuban cigars behind glass in the back. A Jewish deli poured out the scent of hot corned beef and dill. The bakery around the corner was my favorite-when you passed by you could almost taste the fresh baked bread and cinnamon pastries. The candy shop, a close runnerup, made its own maple squares, marzipan, and Turkish delight. The shoe repair shop had a leathery, musky, shoe polish odor that impressed my young nostrils. The fish market had its ups and downs, of course, but in its freshest moments the smell of the ocean, lakes, and rivers carried in with the fish was wonderful. Alley cats would sit out front, waiting for a donation. Another gem was the Nuthouse, where they roasted and cooked so many kinds of nuts it was almost impossible to choose which to buy. The fruit and vegetable stand and butcher shop were next door to each other, so poultry and citrus intertwined. At the end of the block the smell of buttery fresh popcorn from the movie theater filled the air. At Honest Ed's giant bargain store over by Bathurst Street they had one section where they kept the denim, an the jeans had this new scent to them. What was that particular smell? You never forgot it.
外の世界から運ばれてきた音と匂い、忙しく活気のある隣人たちに囲まれて、私は育った。私の最も古い思い出のいくつかは、ずらっと並んだいくつもの店、そしてそのひとつひとつが持っていた忘れられない様々な匂いと結びついている。薬や化学製品の匂いが漂い、ソーダ噴水が置いてあった角の薬局。キューバの葉巻を誇らしげにショーウィンドウに飾った階下のタバコ屋からは、甘いパイプの煙の匂いが上がってきた。ユダヤ人の経営する惣菜屋からは、熱々のコンビーフとディル(ハーブの一種)の匂いが立ちのぼっていた。角を回ったところのパン屋は私のお気に入りだった。そこを通る時には焼きたてのパンとシナモン·ペストリーの味が口に入ってくるような気がしたものだ。それと甲乙つけがたかったのが、自前のメイプルスクエアやマージパン、ターキッシュ·ディライトを作っていたキャンディ屋。靴直しの店からは革の匂いや麝香の匂い、独特の靴磨きの匂いが流れてきて、私の幼い鼻腔に強い印象を残した。魚市場の匂いは、もちろんいい時も悪い時もあったが、その売り物が一番新鮮な時間帯には、魚が泳いでいた海や湖や川の匂いまで感じることができて、すばらしかった。街の野良猫たちは横丁の入口に座り込み、自分たちの分け前を待っていた。忘れてはならない宝石は、ナッツ店だ。さまざまなナッツをローストしたり味付けしたりするその香りをかいでいると、何を買えばいいか分からなくなってしまうのが常だった。青果店は肉屋と隣りあっており、そこでは鳥肉の匂いとシトラスの匂いとが絡み合っていた。街区の端では、映画館から漂ってくるバターの利いたポップコーンの香りが空気を満たしていた。バサースト·ストリートに一角を占めていた「正直者のエドのジャイアント·バーゲン·ストア」からは、デニムとジーンズの新しい匂いがいつも流れてきた。その匂いを、一言で何と呼べばいいのだろう?絶対に忘れることのできない匂いだ。

Police on horseback patrolled the back alleys, parks, such as nearby Christie Pits, and main streets too. Rag-and-bone men with horse-pulled wagons roamed the back streets singing out, "Rags, bones,old iron," and the scent of manure played its own part in the mixture of downtown city life. And this was all in one block.
横丁や、クリスティ·ピッツ(トロントにある大きな公園)の周りにあるようないくつもの公園を、馬に乗った警官が巡回していた。大通りもだ。馬にワゴンを引っ張らせた廃品回収業者が、「ぼろきれにガラクタ、鉄くずはございませんかあ」と歌いながら、裏通りを行ったり来たりしていた。そして「肥やしの匂い」が、下町のごちゃ混ぜな暮らしの全体に味つけを施していた。それらのすべてが、ひとつの街区の中にあったのだ。

以前に「Testimony」の読書ノートを作った時にも書いたことだけど、ロビロバ氏の自伝のこの辺りの描写には、私の母親の実家があった日本国大阪市の下町の風景とも重なってくるものがあって、とても親近感をおぼえる。私の記憶の中の都島区の国道沿いの商店街では、仏壇屋と魚屋と乾物屋と果物屋と漬物屋とが一列に並んで、「それぞれの匂い」を競い合っていた。匂いの記憶というものは一番鮮やかで、絶対に消えないものだと感じる。

それにつけてもこの「Rags And Bones」という曲に「おんぼろ人生」という邦題がつけられているのは、何とひどい「翻訳」の仕方なのだろうか。「Rags And Bones」というのは文中にもある通り、「廃品回収屋さんの呼び声」なわけなのだけど、それを捕まえて「おんぼろ人生」と表現するなんて、どういう了見なのだろうと思う。それだけでなくこの歌には、この文章のように下町で暮らすさまざまな人々の姿が歌い込まれているわけだが、それは全体が「活気のある生き生きした情景」として描写されているはずなのである。それなのに「おんぼろ人生」という邦題は、あたかもその全体が「おんぼろ」であるかのような情報操作を行なっている。何のためにそんなことをするのだろう。この歌を自分で翻訳する時には誰かが勝手にくっつけた「負のイメージ」を吹き飛ばすような「元気な言葉」で翻訳したいものだというのが私の念願だったのだけど、はてさてそれはどこまで果たせたことだろうか。自分で読み返しただけではやっぱり、心もとないような感じがする。

=翻訳をめぐって=

Catch a taxi to the fountainhead

「fountainhead」は「水源」「根源」等を意味する単語。「自分の人生という大河の源流に位置する始まりの場所」的な思いが込められた言葉遣いなのだと思う。

Blinking neon penny arcade

「penny arcade」は辞書には「ゲームセンター」と書かれているが、我々世代の人間が「ゲームセンター」という言葉から思い浮かべるようなビデオゲームが並んだ場所は「video arcade」と言うのだそうで、「penny arcade」はそういうのが出てくる前の時代の言葉らしい。私が高校生の頃までは大阪の新世界や大峰山の麓の洞川の町に辛うじて残っていたような、手打ちのパチンコ台やゴロゴロうるさいスマートボールや景品のタバコをそのまま的にした射的ゲームがわしゃわしゃ並んだ「遊技場」の雰囲気に近い言葉なのだと思う。もっともアメリカには昔からそれよりもうちょっとシャレた「ピンボール」というものがあったわけなのか。それにつけても世の中は、うかうかしているとアッと言う間に、ちょこっと20世紀のことを覚えているだけで「古老」扱いされてしまうような時代を迎えてしまいそうで、最近はややもすると焦ってしまう。


1940年のピンボール


2019年のスマートボール…さすが新世界まだ残ってたのか

A young Caruso on the fire escape

「Caruso」とは19世紀から20世紀に活躍した史上最高のテノール歌手と呼ばれるエンリコ·カルーソーという人のことを指しているのだと思われる。「若いカルーソー」ということはつまり「カルーソーを目指して頑張ってる人」ということなのだろう。歌詞には直接「歌っている」という言葉は出てこないけど、おそらくは「fire escape」=非常階段を練習場所にしていたのだろう。余談ながら昔いてはった非常階段という女性の漫才コンビは、同じようにビルの非常階段を練習場所にしてはったから非常階段だったのだという。若くして亡くなってしまわはったミヤコさん。英語の上手い人だった。


Ragman, your song of the street

「Ragman」は別名「rag-and-bone man」と言い、リヤカーや馬に引かせた荷車で街を回って古着や不用品を買い取っていた業者の呼び名だったとのこと。「廃品回収のおじさん」とほぼ同義ではあると思うが、ちり紙や商品券と交換していたわけではなく買い取ってたわけだし、「回収」という同じ言葉を使うのもどうかと思う。所変われば品変わるわけだから「ラグマンのおじさん」は「ラグマンのおじさん」でいいのだと思う。



「Rags, Bones...」というのはラグマンのおじさんの「口上」で、直訳すると「ボロ布と骨」になるのだけれど、この場合の「bone」は「不用品」のこと。ただし「骨」という言葉が「不用品」という意味で使われるのはこのケースに限られているような感じなので、なかなか訳し方が悩ましい。日本語でも「両方の意味」を同時に表現できる「ガラ」という単語があるけれど、さすがに言葉としての座りが悪いので、「がらくた」と意訳した。

Rags, bones and old city songs

どうでもいい話で恐縮なのだけど、この「old city songs」のところを歌うリチャードの声が私には初めて聞いた時からずっと「お月さん」と聞こえている。だから月のきれいな晩などに唐突にこの歌が頭の中に流れ出すことが、私の場合はよくある。



ジッタリンジン お月さん

A cat fight breaks open the night

この部分に「にゃーん」というネコの鳴き声が録音されていたことに、YouTubeのコメント欄を読んで初めて気づかされた。ユニコーンのペケペケに「くまちゃん」を見つけた時以来の新鮮な驚きだった。


ユニコーン ペケペケ

A preacher on an orange crate
With a Salvation Army Band

「Salvation Army」=「救世軍」というイギリス発祥のプロテスタント系キリスト教団体は日本でも割と活発に活動しているらしく、私も子どもの頃に大阪駅近辺で「社会鍋」という鉄鍋をぶら下げて募金活動をしている前を通りかかった記憶があるのだが、最近はとんと姿を見なくなった気がする。「ブラスバンド」というものの本物を見たのは、あの時が初めてだったのではないかと思う。ザ·バンドの楽曲でホーンアレンジが施されているものは、この「救世軍バンド」のスタイルを真似ているパターンが極めて多いらしい。

And clicking along the cobbled stones
That's the sound of the ice-cream man

アイスクリーム屋さんにつきものなのが「click」という単語であることは、以前にトム·ウェイツの楽曲について調べた時に明らかになった通りなのだが、それにつけてもいろんな歌の翻訳というのは、してみるものである。
nagi1995.hatenablog.com

The shoe-shine boy slappin' leather
He puts the rhythm in your feet

「slap」は「平手で叩く」だが、「塗りたくる」という意味もあるらしい。主語が靴磨きの少年である以上、彼氏はおそらく「靴墨を塗りたくっている」のだと思われる。もっとも「客の足でリズムをとる」ということが言われているあたり、靴をピシャピシャ叩いているイメージの方が「正解」なのかもしれない。あるいは、掛け言葉なのかもしれない。


平沢進 オーロラ

先般日本を襲った台風15号のために私の住んでいる地域は丸一週間にわたる停電と断水に見舞われ、いまだにいろんなところがひっちゃかめっちゃかなのだが、不自由な中で周りの人たちや見知らぬ人たちと助け合いながら日々を送る中、しきりと頭の中を回り続けていたのが、この歌だった。ロビー·ロバートソンがこの歌に重ねた幼い頃の風景、私自身の中にも存在した同じような記憶の風景の中で、身の回りの大人たちは誰も彼もがみんな「力強く見えていた」ことを、私は思い出していた。「人間というのはこんなにたくましくて、どんな困難の中でも生きて行ける存在なのか」という幼い頃に感じた新鮮な驚きが、いま現在の風景の中に甦ってくるような感覚を覚えたのだった。だから大変なことや腹の立つことはかぞえきれないくらいあったにせよ、基本的に私自身は、辛くはなかった。そして停電から回復した後に最初に取りあげるのはこの曲にしようと、2日目ぐらいの段階から自分の中では決まっていた。実際にそれを記事にできるまでには、思ってもみなかったほどの時間がかかってしまったわけなのだけど。

被災地域にはいまだに停電や断水が続いているところが多くあります。一日も早い復旧を祈念すると同時に、私もブログなんか書いてるだけじゃなくて実際に身体を動かして他の地域を支援する側に回ってゆかねばという気持ちを新たにしております。頑張りすぎなくてもいい程度に、頑張りましょう。ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1975.11.1.
Key: A