華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Ain't No More Cane もしくはもはや地平線にサトウキビなし (20c. American Folk Song)


Ain't No More Cane

中学の時に手に入れたボブ·ディラン&ザ·バンドの「Basement Tapes」に入っていたバージョンが大好きだったのだけど、youtubeにはいい動画が上がっていなかったので、「Blue Water Highway」というアメリカのローカルバンドと思しき人たちの、素晴らしい演奏を貼りつけさせて頂いた。こんな景色のところでこんな風に歌えたら、さぞかし気持ちのいいことだろうな。

「Basement Tapes」のCDについていた歌詞カードには冒頭のフレーズが「Ain't no more cane on the horizon」と記載されており、それにつけられていた片桐ユズルさんの和訳が

もはや地平線にサトウキビなし

というもので、14歳だった私はなんと格調高い名文なのだろうとシビれていたものだった。けれども現在ネットで確認できるこの歌の歌詞の中に、「地平線」を意味する「horizon」という言葉はどこにも出てこない。「horizon」と聞こえていた部分で実際に歌われていたのは「 Brazos 」という言葉だった。テキサス州を南北に縦断してメキシコ湾に流れ込む、全米で11番目に長い川の名前である。

テキサスの人々がこの川の名前から連想するのは「刑務所」と「囚人労働」の歴史なのだという。細かい背景については後述するが、1836年にメキシコから独立し1845年にアメリカ合州国に編入されて以降、広大なテキサス州においてすべての囚人はこの川の流域に集められ、一面に広がる綿花の畑やサトウキビ畑での、強制労働に従事させられてきた。この歌は、多くが黒人で構成されていた、「罪」にもならないような些細な口実で自由を奪われたテキサス州の囚人たちの間で、労働の合間に歌われていたワークソングを起源とする歌だったというのが、今回調べてみて私自身、初めて知った事実だった。

Ain't No More Cane

英語原詞はこちら


Ain't no more cane on the Brazos
Oh, oh, oh-oh
It's all been ground down to molasses
Oh, oh, oh-oh

ブラゾス川から積み出されてゆく
サトウキビはもう残っていない。
うー、うー、うーううーう!
もうみんな挽かれて
糖蜜になってしまった。
うー、うー、うーううーう!


You shoulda been on the river in 1910
Oh, oh, oh-oh
They were driving the women just like they drove the men.
Oh, oh, oh-oh

1910年にあんた
あの川んとこにいたはずだよな。
うー、うー、うーううーう!
あそこじゃ女も男と同じように
こき使われてたものだった。
うー、うー、うーううーう!


Go down Old Hannah, don'cha rise no more
Oh, oh, oh-oh
Don't you rise up til Judgement Day's for sure
Oh, oh, oh-oh

昔なじみのハンナさん
沈んじゃってください。
そしてもう上がってこないでください。
うー、うー、うーううーう!
最後の審判のその日まで
どうか上がってこないでください。
うー、うー、うーううーう!


Ain't no more cane on the Brazos
Oh, oh, oh-oh
It's all been ground down to molasses
Oh, oh, oh-oh

ブラゾス川から積み出されてゆく
サトウキビはもう残っていない。
うー、うー、うーううーう!
もうみんな挽かれて
糖蜜になってしまった。
うー、うー、うーううーう!


Captain don't you do me like you done poor old Shine
Oh, oh, oh-oh
Well ya drove that bully til he went stone blind
Oh, oh, oh-oh

キャプテンどうか
あのかわいそうなシャインに
あんたがやったことを
おれにはしないでください。
うー、うー、うーううーう!
あんたはあいつが完全に
目が見えなくなってしまうまで
いじめ倒したんだ。
うー、うー、うーううーう!


Wake up on a lifetime, hold up your own head
Oh, oh, oh-oh
Well you may get a pardon and then you might drop dead
Oh, oh, oh-oh

終身刑の日々の中で目覚め
自分の首が体にくっついてることを
そのたびちゃんと確かめな。
うー、うー、うーううーう!
そのうち減刑にもなるだろうさ。
そしたら途端に
ぽっくり行っちゃったりとか
するもんだけどな。
うー、うー、うーううーう!


Ain't no more cane on the Brazos
Oh, oh, oh-oh
It's all been ground down to molasses.
Oh, oh, oh-oh

ブラゾス川から積み出されてゆく
サトウキビはもう残っていない。
うー、うー、うーううーう!
もうみんな挽かれて
糖蜜になってしまった。
うー、うー、うーううーう!



…ブラザーズ·フォアによるカバーがこんな邦題で発売されていたことを今まで全く知らずにいたのだけど、ディラン&ザ·バンド経由でこの歌を知った身としては全然イメージと結びつかないな。



そして上の写真がテキサス州を流れるブラゾス川。「あんたもあの川にいたんだろう?」と言えば、迫害される立場に置かれたテキサスの人々の間の符牒では「あんたも刑務所帰りだろう?」と言うのと同義のあいさつ言葉として通用することになる。冒頭のコーラスの後の最初の歌詞に歌われているのは、そんなフレーズなのだと思われる。

刑務所といえば「悪いことをした人間が行く場所」だと我々は学校で習うわけだし、私の親も子どもにそういう風に教える人間だった。けれども差別のために不当に「市民権」を奪われている様々な立場の数えきれないくらいの人々にとって、「刑務所に送られる」ということは地震や台風よりももっと激しい頻度で自分や自分の周りの人々に降りかかる「災難」に他ならず、極めて生活に密着した出来事になっている。マイルス·デイヴィスみたいに既に60年代の時点で押しも押されぬ「セレブ」になっていたような人でさえ、やれ黒人が高級車に乗るのが生意気だと因縁をつけられては白人の警官に囲まれ、そしてそれへの対応が生意気だと言っては銃を突きつけられて本当に殺されかけ、さらに刑務所に送られてそれでもそれで済んだのはラッキーだった、みたいな話が伝記を読んでいると至る所に出てくるのだ。「ふつうの黒人」の人々の日常がいかに「刑務所」と隣り合わせだったかは、想像するに余りある。

そしてそれは決してアメリカだからとか昔の話だからとか言って片づけられるような話ではなく、全く同じことはこの日本においても「近代」というものが始まって以来、一貫して「当たり前」のように繰り返されてきた。「朝鮮人だから」という理由だけで「刑務所送り」にされた経験を持つ人々は、「戦後」の歴史だけを振り返ってみても本当に数知れないのだし、2019年現在のこの時点においても、戦争から逃れて日本に難民申請をしてきた人々があろうことか入管収容所に監禁され、そこの処遇のあまりのひどさに命がけのハンガーストライキに突入している。そうしたニュースは「聞く耳」さえ持っていればあらゆる人々のもとに当然のごとく「届いて」いるはずなのである。大多数の人間がそうしたことに「無関心」でいられるのは、つまるところ大多数の人間が「刑務所に入れられるような人間」のことを差別しているからに他ならない。

刑務所も監獄も入館施設も、本質的には「差別の上にしか」成立しない制度であり、暴力装置なのであって、究極的には「軍隊」と同じく、人間世界から廃絶されるべきものだと私は思っている。いずれにしてもこの歌は、「刑務所に入れられるような人間の身の上」を「他人事」として片づけてしまうことのできるような心性の持ち主が、聞いたり歌ったりしていい歌ではないと思う。

=翻訳をめぐって=

Wikipediaの「囚人貸出制度」という項目によるならば、南北戦争終結後のアメリカ南部諸州には、奴隷解放による「労働力の不足」を補うため、企業が州に一定のカネを払えば、「囚人の労働力」を無償で使用できる、という制度が存在したらしい。「労働力の不足」と言うけれど正確にはそれは「タダで使える労働力」の「不足」という虫のいい話に過ぎなかったわけであり、この「新しい制度」は「形を変えた奴隷制」以外の何ものでもなかった。そしてこの制度のもとで、南部諸州においては「奴隷の不在」を補ってあまりあるほどの「黒人の囚人」が、新たに「作り出される」ことになったわけなのである。この制度が最後まで残っていたアラバマ州では1928年まで「囚人の貸出」が行われていたとのことであり、「囚人労働」それ自体は21世紀の現在に至っても様々な形で継続されている。「1910年」という言葉が歌詞に入っているこの歌が、そうした時代背景のもとで歌われていた歌だったことは、間違いのないところだと思われる。

この歌をカバーしている元ディープ·パープルのボーカリスト、イアン·ギランのウェブサイトには、「 Ain't No More Cane 」をめぐって以下のような記述があった。

20世紀前半にテキサスとルイジアナの刑務所に入っていた レッドベリー(ハディー・レッドベッター)という人物によって書かれたというこの曲は、彼がテキサスはヒューストン郊外の刑務所で鎖に繋がれた囚人達について書いた有名な2曲の一つ。その他にも彼がヒューストンで捕まった後に入れられた刑務所での暮らしについて書いた "Midnight Special" も有名な曲だ。"Cane on the Brazos" は囚人達が野外での作業をしながら唱っていたものを、レッドベリーが釈放後も演奏し続けたものと思われる。

テキサスを流れるブレイゾス河はヒューストンの80キロ程南西にある。その下流に沿って、サトウキビの農作に最適な、湿気が多く実りの多い土壌が拡がっている。黒人の囚人達はこの河沿いに刑務所が経営するいくつかの農場に送りこまれ、鎖に繋がれた状態でサトウキビや綿を刈る作業をさせられた。当時ほんのちょっとした罪で刑務所に送られ、奴隷として就業させられる黒人の数はかなりのものだった。

サトウキビ刈りほど大変な作業は滅多にない。重苦しい夏の熱気の中、余りに数が多くてはらっても仕方のない蚊の大群に囲まれて、囚人達は茂みにヘビがうようよ潜んでいる畑に、数インチの泥に足を突っ込んで立ち、かがんだ格好でナタでサトウキビを刈る。馬に乗った看守達が、逃げようとする者はすぐにも撃てるようにライフルを手にして見張る。この鎖繋ぎの強制労働は60年代まで続いた。その様子はヒューストン西部を通過する高速道路からもよく見えたものだった。刑務所本部とサトウキビ圧搾作業所のある地域はシュガーランドと呼ばれ、現在ではヒュ-ストン郊外の一部だ。刑務所は今でも存在しているが、鎖に繋がれての労働は廃止された。テキサスがまだ旧南部だった時代から受け継がれた中でも最も邪悪な習慣だったと言えるだろう。

レッドベリーという人は自らが刑務所を行ったり来たりしながら歌っていたことで有名なフォーク&ブルースシンガーなのだけど、英語版Wikipediaにはこの曲を彼氏が作ったり録音したりした証拠はどこにも存在しないと記載されており、むしろ囚人の人々の間で実際に歌われていた歌が様々に形を変えて広がった、というのが本当のところであるらしい。何はともあれ以上のようなことを「歌の風景」として思い描いた上で、各フレーズを見てゆくことにしたい。

Ain't no more cane on the Brazos
Oh, oh, oh-oh
It's all been ground down to molasses
Oh, oh, oh-oh

「cane」は「籐·竹·シュロ·サトウキビなど節のある茎」のことであり、ここでは明らかに「サトウキビ」のことを指しているが、同時に「cane」には「鞭」という意味も存在している。主人公はサトウキビを刈り取ってブラゾス川の水運を通じて出荷する囚人労働について歌っているわけだが、同時に今では刑務所から解放されたから、あるいは奴隷の身分から解放されたから、「鞭」からも解放されたという感慨がここには重ねられているのだ、という解釈も存在しているらしい。

さらにザ·バンドのロビー·ロバートソンは、この歌に出てくる「ケイン」という言葉の響きから「Old Dixie Down」に出てくる「ヴァージル·ケイン」というキャラクターを創造したのではないかということが、一部では言われている。相当局地的な「一部」ではあるようだが、言われてみると私もすごくそんな気がしてくるので、参考意見として紹介しておきたいと思う。

Go down Old Hannah, don'cha rise no more
Oh, oh, oh-oh
Don't you rise up til Judgement Day's for sure
Oh, oh, oh-oh

この「Old Hannah (昔なじみのハンナさん)」という言葉が「何」を意味しているかということについては、二つの説が存在している。

ひとつは「ハンナ」は「太陽」のことだという説である。太陽さえ「沈んで」しまえば、炎天下の労働からはとりあえず「解放」されるわけだ。そして沈んだ太陽が二度と昇ってこなければ、鎖につながれて働かされることももうない。そういう歌詞だという解釈がまずひとつ。

もうひとつはさらに具体的で、「ハンナ」は「サトウキビを積み出す船」を意味しているという説である。刈り取ったサトウキビを積み込む作業は、船がその重みで吃水のギリギリまで沈み込むまでは、終わりにならない。早く沈め、もう浮いてくるな、という囚人たちの思いがここには込められている、とされている。しかしあるいは「憎たらしい船」が本当に沈没して二度と浮かんで来なければいいのに、という思いも、同時に込められていたかもしれない。

Wake up on a lifetime, hold up your own head
Oh, oh, oh-oh
Well you may get a pardon and then you might drop dead
Oh, oh, oh-oh

「pardon」は「減刑(する)」。相手の言うことが聞き取れなかった時に言う「パードン?」がこの「パードン」と同じであることに私はうかつにも今まで気がつかずにいたのだが、してみると「パードン?」は直訳するなら「お慈悲を!」「お許しを!」という意味の言葉だったことになる。へりくだるのにも、程があるのではないだろうか。


Ain't No More Cane

動画は1970年に行われた「Festival Express」というイベントで、ロックスター達が大陸横断鉄道を借り切ってカナダ各地を公演して回るというその道中の一場面なのだけど、ザ·バンドのリック·ダンコと亡くなる直前のジャニス·ジョップリンが、何に酔っ払ったのか知らないが、ベロベロになってこの歌を合唱している。伴奏をつけているのはグレイトフル·デッドのジェリー·ガルシアである。列車の中でこんなことをやられたら、他の人たちはひたすらやかましくてたまらなかったはずなのだけど、それでもやはりもしも自分がこの同じ場に居合わせることができていたならと、思ってしまわずにはいられない私なのだった。ではまたいずれ。


=楽曲データ=
American Traditional Folk Song
Key: G