華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Chain Gang もしくは過ぎてゆく時間の中でピーターパンにもなれずに (1960. Sam Cooke)


Chain Gang

Chain Gang

英語原詞はこちら


Hoh ah, hoh,
I hear something saying
Hoh ah, hoh ah
Hoh ah, hoh ah

ふっ!…あー…ほっ!…
何か言ってるのが聞こえる。
ふっ!…あー…ほっ!…あー…


(Well don't you know)
That's the sound of the men
Working on the chain, gang
That's the sound of the men
Working on the chain, gang

(知らないのかい)
あれは人間が出してる音だよ。
鎖につながれて働かされてる
人間の一団さ。


All day long they're saying,
hoh ah
Hoh ah, hoh ah, hoh ah

一日中あの人たちは
言い続けてる。
ふっ!…あー…ほっ!…あー…


(Well don't you know)
That's the sound of the men
Working on the chain, gang
That's the sound of the men
Working on the chain, gang


All day long they work so hard till the sun is going down
Working on the highways and byways and wearing, wearing a frown
You hear they moaning their lives away
Then you hear somebody say;

お日さまが沈んで行くまで
あの人たちは一日中働いている。
ハイウェイの上で
バイウェイ(横道)の上で
眉間に、眉間にしわを寄せて。
あの人たちが自分の人生を嘆く声が
聞こえるだろう。
そして誰かが言うのが
聞こえるだろう。
ふっ!…あー…ほっ!…あー…


That's the sound of the men
Working on the chain, gang
That's the sound of the men
Working on the chain, gang


Can't you hear them singing, mmm hoh ah
I'm going home one of these days
I'm going home, see my woman
Whom I love so dear
But meanwhile, I gotta work right here

あの人たちが歌うのが
聞こえてこないかい。
「そのうちきっと
自分の家に帰るんだ」
「帰っていちばん大好きな
あの人の顔を見るんだ」
「でもそれまでは
ここで働かなくちゃならない」


Well don't you know
That's the sound of the men
Working on the chain, gang
That's the sound of the men
Working on the chain, gang


All day long they're singing, mm hoh ah
My, my, my, my, my, my, my, my work is so hard
Give me water, I'm thirsty, my, my work is so hard
Woah oh
My, my, my, my, my, my, my, my work is so hard

一日中
あの人たちは歌っている。
ふっ!…あー…ほっ!…あー…
おれの、おれの、おれの、おれの、
おれの仕事は本当に辛いよ。
水をくれ、のどが渇いた。
おれの、おれの、おれの、おれの、
おれの仕事は本当に辛いよ。
ふっ!…あー…ほっ!…あー…

=翻訳をめぐって=

サム·クックの「Wonderful World」を取りあげた後、期せずして「囚人の歌」を連続で取りあげることになり、そしたら結局、サム·クックに戻ってくることになってしまった。ポップスの歴史の中でおそらく一番有名な、「囚人の出てくる歌」だと思う。

以前に「ジンギスカン」を取りあげた時、あの有名な「ふ!は!」というかけ声に関してもかなりの文字数を費やしていろんなことを書いたことを覚えているのだけれど、よく考えてみるとこちらの「ふ!は!」が登場したのは、あれより20年も前の時代のことだったのである。私はあの響きに勝手に「モンゴルの軍団の鬨の声」のイメージを重ねていたのだが、この歌の背景に響き続けているのは、真夏の炎天下でおそらくは鉄道のレールを敷設する作業に従事させられている「囚人たちの苦悶の声」だ。時折聞こえてくるカキーンという金属音は、連結部にハンマーを打ち下ろす音の描写なのだと思われる。

「ジンギスカン」を作った人たちの中にこの歌のことを「参考」にする気持ちがあったのかどうかまでは私は知らないけれど、結果的にあの曲がヒットしたことは、「ふ!は!」という響きの中にもともと込められていた「苦悶の叫び」を「かき消す」ことにつながってしまったのだから、罪作りなことをしてくれたものだな、という感じがする。モンゴルの人たちだって、「自分たちのイメージ」が自分たちの与り知らないところで「アメリカの囚人たちが苦しみ喘ぐ声」と重ねられてしまっている事実を突きつけられたなら、やっぱり戸惑わずにはいられないことだろう。



「チェインギャング」とは、逃亡を防ぐために青と白のボーダーのつなぎやオレンジのベストなどの目立つ服を着せられ、互いに鎖で体をつなぎ合わされて、道路建設や土木工事、さらには市街地の清掃などの労働に従事させられていた「囚人の人たちの一団」を指す呼び名である。南北戦争以後、「奴隷労働に代わるものとしての囚人労働の使用」が経済システムに組み込まれるまでになっていたアメリカ南部諸州においては、「刑罰」に名を借りたこの囚人労働の搾取がおおむね1955年まで残存しており、最後に廃止されたノースカロライナ州では1970年代に至るまで、「鎖につながれて働かされる人々の姿」が、至る所に見られたという。1995年頃には「犯罪者への厳罰化」を主張する右翼の政治家の主導によって、アラバマやアリゾナなどのいくつかの州でこの制度が「復活」させられる動きがあったらしいのだが、いずれも「商業奴隷制度の復活」であるという批判を浴びて、一年足らずで廃止に追い込まれている。けだし、当然の話だと思う。それでも「市民の目から見えないところ」においては、現在でもこの制度が主として囚人の人たちに「屈辱を与える」目的のために、至る所で隠然と継続させられているらしい。



「伝説」によるならばサム·クックは1959年のある日、ツアー中にハイウェイをクルマで走っていたところ、炎天下に囚人の人たちが働かされている現場に行きあって心の痛みに耐えきれなくなり、クルマを降りてかれらの何人かと握手して、タバコを何カートンかプレゼントしてその場を離れたのだけど、心の痛みは胸から離れず、そうして出来あがったのがこの曲だったのだという。一方でその時代、目立つ格好をさせられた「チェインギャング」はどこの街でも憎悪と軽蔑と嘲笑の的になり、「善良な市民」からは石や物を投げつけられることも「当たり前」だったという趣旨のことが、英語版のWikipediaには書かれている。

「善良な市民」であれば「きたないもの」でも見るような目をして通りすぎるか、あるいは「わざわざ」侮辱や嘲弄を加えていくのが「当たり前」とされていた「チェインギャング」の一群に対して、サム·クックは なぜそんなにも「心を痛めた」のだろうか。飽くまで想像でしか書けないけれど、それは結局のところ、かれらの置かれた境遇が「他人事に思えなかったから」ということに尽きていたのではないかと私は感じる。前回前々回の記事で見てきたごとく、当時のアメリカ社会において「アフリカ系アメリカ人であること」はそれだけで「狩られる」危険性と背中合わせの日常を生きることに他ならなかったわけだし、21世紀になった今日に至ってもそれが根本的なところで「変わった」と書けるような材料は、いまだ私の中には存在していない。何せトランプが選挙で勝つような国なのである。1950年代後半の時点でサム·クックは既に音楽セールスの面においては「セレブ」な生活を送っていたわけではあるけれど、自分たち黒人を取り巻く状況が何も変わっていないことは肌身にしみて実感していたはずだし、だからこそ60年代以降の彼氏は、積極的に公民権運動の先頭に立って行った。自分も場合によっては「チェインギャング」の一人として、屈辱の中での強制労働を強いられる身になっていても何もおかしくなかったという意識を持っていたからこそ、実際にそういう目にあわされている同胞たちの姿を見て、彼氏は「たまらない気持ち」になったのではないだろうか。そんな感じがする。

「Chain Gang」という言葉で画像検索をかけてみると、縞々の服を着せられた人たちの昔の写真と並んで、自分たちの祖先が「鎖につながれて」アメリカに連れてこられた時の様子を描いた黒人アーティストの作品が、いくつか出てくる。それから数百年が過ぎてもなお「同じ仕打ち」を受け続けていた「チェインギャング」の姿は、20世紀を生きたアフリカ系アメリカ人の人たちにとって、「自分たちの歴史を象徴するイメージ」に他ならなかったのだろうなということが察せられる。人間というものは決して「鎖につながれていい存在」ではないし、「鎖につながれていい人間」などこの世には存在しない、という「思想」は、「他者を鎖につなぐ側」の人間たちの間からは、決して生まれてこないものだ。その「本当に人間をひとつにする思想」が、「鎖につながれ続けてきた」人々の側から初めて「形」となって生み出されてきたのが20世紀という時代だったと私は感じているし、またそれが人間の歴史においてあの時代が持っていた「意味」だったとも感じている。その意味で、「チェインギャング」という「蔑称」でさげすまれてきた人たちのことを飽くまで「人間」として描き出したこの短い歌は、それだけで「人間の歴史」の新たな出発点に刻みつけられるべき重要性を持った歌であるというのが私の感想である。



ところで「ギャング」という「日本語」について。「デジタル大辞泉」では

1 暴力的犯罪者の一団。また、その一員。特に、米国の犯罪組織をさしていうことが多い。
2 強盗。「銀行ギャング」

という「定義」が与えられている。つまり「日本語化」された「ギャング」という言葉は初めから「犯罪者を指す言葉」になっており、このことからしても我々日本語話者が「チェインギャング」という言葉から思い浮かべるイメージは「鎖につながれた黒服にサングラス姿の犯罪組織の構成員(たち)」みたいなものになりがちなのではないかと思われる。て言っか、わたしの場合はそうだった。けれどもweblio和英辞典によるならば、「gang」とは

(労働者・奴隷・囚人などの)一群, 一隊, (悪者・犯罪者などの)一団, 一味, 暴力団, ギャング団, (排他的な若者・子供の)遊び仲間, (特に)非行少年グループ, ひとそろい, ひと組

を意味する言葉だとされており、さらには「グループ分けする」という「動詞としての使われ方」もされている言葉なのだという。「悪者の一団」という意味も確かに存在してはいるけれど、それだけではない。むしろどちらかといえば、「身分の低い人間」が自分たちの権利を守るために団結する行為を指して支配階級の人間がそれを「徒党を組む」と侮蔑的に表現する場合と同様に、貧しい人間や差別されている人間が肩を寄せ合って生きようとしていることに対し、「市民」階級の人間たちの間からさげすみと嫌悪を伴って投げつけられてきた言葉が「gang」という英単語だったのではないか、という印象を受ける。ちなみに「ギャングの構成員」のことは「gangster」という別の英単語で呼ばれているとのことなのだが、英語社会で暮らしているとりわけ貧しい人々は、別に「悪い人間」でなくても「gang」という言葉で呼ばれることが起こりうる、ということなのである。それはある意味、日本語社会においても同様のことではあるわけなのだけど。

問題はそれなら、この歌に使われている「gang」という言葉はどういう「語感」を伴った英単語なのだろうかということである。サム·クックは「鎖につながれて屈辱的な労働を強いられている自らの同胞」のことを、嫌悪と軽蔑を込めて「gang」という言葉で呼び捨てにしているのだろうか。そんなことはあり得ない。この場合の「gang」という言葉に「侮蔑的な意味」は全く込められていないことを私は感じるし、むしろそこには「同胞愛」や「敬意」に近い、そういう感情が込められているように感じる。「gang」というのは出発点的には他者から不当に投げつけられる「蔑みの烙印」のような言葉であったとしても、抑圧された人間同士が力を合わせて生きていこうとする場合には「誇りを伴った自称」にも変わりうる言葉なのである。

そんなわけでこの歌の歌詞の試訳に際しては、「gang」の訳語に「ギャング」という「日本語」を宛てるのではなく、「人間の一団」という表現を使わせてもらうことにした。長い説明になってしまった。


ブルーハーツ チェインギャング

私が「チェインギャング」という言葉に初めて出会ったのは、ブルーハーツの2枚目のアルバムの最後に収録されているこの曲を通じてであったわけで、この曲のことを大好きではありつつもその歌詞の言葉遣いに関しては長年にわたって納得できない気持ちを抱え続けているということについてはかなり以前の記事でネチネチ語らせてもらったところではあるのだが、それはそれとしつつ(読みにくい文章だな…)、私がこの歌から受け取った「チェインギャング」という言葉の第一印象は、「独房の中でひとり鎖につながれて空を仰いでいる孤独なギャングスター」みたいなイメージだったのである。この歌からは「歌い手以外の人間」の顔が全く見えてこないから。

しかしながら今回こうやって調べてみて改めてわかったことは、「チェインギャング」という言葉を使うからにはこの歌の彼氏には今この瞬間にも「同じ鎖に一緒につながれている誰か」がいなければ「おかしい」ということなのだ。「チェインギャング」とは「囚人が一人だけでは成立しない概念」なのである。

その「誰か」のことを直ちに「仲間」と呼べるかどうかは、微妙な問題ではある。映画などでもよく見るように、「鎖につながれた逃亡犯」というのは、「助け合う関係」にもなり得れば「殺しあう関係」にもまたなり得る、二人かそれ以上の人間集団であるわけだからだ。「チェインギャング」をタイトルに冠した歌を作るからにはその「関係」の中でどう生きるかということを問題にした歌にならなければ「おかしい」はずだと思うのだけど、あの歌がどう聞いても「ひとりぼっちの歌」にしか聞こえないのは、どういうことなのだろう。

そんなわけで真島昌利氏は「チェインギャング」という言葉にどういうイメージを重ねていたのだろうということが気になって仕方ない今日この頃なのである。別に「アラ探し」をしてるわけでは、ないのである。単に単純に純粋にピュアに、「もっといい曲」を私は作ってほしいだけなのである。ということでまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1960.7.26.
Key: G