華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Stagger Lee もしくは Stack-A-Lee もしくは Stagolee もしくはスタッガーリーは言うのさ (1896? American Folk Song)


アンダルシアに憧れて

アンダルシアに憧れて
バラをくわえて踊ってる
地下の酒場のカルメンと
今夜メトロでランデブー
ダークなスーツに着替えて
ボルサリーノをイキにきめ
いかすクツをはいた時に
電話がオレを呼び止めた
受話器の向こうがわでボス
声をふるわせながらボス
ヤバイことになっちまった
トニーの奴がしくじった
スタッガーリーは言うのさ
今夜港で決着を
立ち入り禁止の波止場の
第三倉庫に8時半
誰か彼女に伝えてくれよ
ホームのはじでまってるはずさ
ちょっと遅れるかもしれないけれど
必ず行くからそこで待ってろよ

ー真島昌利「アンダルシアに憧れて」1989年

=はじめに=

最初に書いておくならば、今回の記事はクラッシュの「Wrong 'Em Boyo」という長年の懸案だった曲の翻訳記事を書くための「予習編」なのである。けれども20世紀のポピュラー音楽を好きな人なら誰でもどこかで一度くらいは聞いたことのある「スタッガー·リー」という名前の人物、またはそれにまつわるさまざまな楽曲について「ちゃんと」調べて書こうと思ったら、とてもおざなりな文章で終わらせることはできそうにない。聞くところによるとアメリカではこの「スタッガー·リー」をめぐって過去100年の間に200を越える種類の歌が作られているとのことであり、しかもその数は現在進行形で増え続けているらしい。全部を聞くことなんておよそ不可能だし、まして翻訳して他人に読ませる文章にすることなどなおさら不可能だ。けれども最低、自分の知っている3つぐらいのバージョンを「全部」翻訳して比較検討してみることを抜きにしては、「スタッガー·リー」について語ったことにはならないと思う。それと同時にそもそもその「スタッガー·リー」というのは何者なのかという問題についても、一定のことは調べておかないわけにいかないと思う。そんなわけで今回の記事は絶対、長くなる。あらかじめ「目次」を作っておくことにしたい。気の重いことである。

ややこしい話を全部すっ飛ばして言うならば、昔々スタッガー·リーという人がいたのである。19世紀末のアメリカにいたのである。その人のことを歌にするのが20世紀のアメリカでは流行ったのである。そのことが巡り巡って日本の歌謡曲の歌詞の中にまで、上に貼りつけた動画の例に見られるように「スタッガー·リー」という名前が登場するようになった歴史が存在しているわけなのだけど、当時小学生だった私には「スタッガー·リー」というのが誰なのかなどもちろん分からなかったし、世の中の人にだってよく分からなかったに違いないのである。そして今にして思えば歌を作った人自身にだって、「ちゃんと」分かっていたかどうかなんて分かったものではないのである。

では「ちゃんと分かる」とはどういうことを言うのかという問題については、ひとまず措こう。私だってじゃあそれならお前は「ちゃんと」分かっているというのかと言われたら、「ちゃんと」分かっている感じは自分でもしない。けれども最低限、「ちゃんと」調べることぐらいはしておきたい。それが今回の記事のテーマであり、従って読者の皆さんはこの文章の中に「スタッガー·リー」をめぐる何らかの「答え」が書かれているなどという風には、考えないでほしいと思う。私がここで提供することができるのは「資料」だけなのであり、「答え」はそれをもとにして歌を作る人やその歌を聴く人が、それぞれの形で出してゆけばよい。と思うのだけれどもしかしその答えが果たして実在した「スタッガー·リー」という人自身にとっても「納得のいく答え」になりうるかといえばおよそなるとは思えないわけで、思えないから私自身にはその問題について「答え」めいたことを出そうという気持ちに自体、おおよそなれないわけなのである。ふう。何で冒頭からこんな言い訳めいた話をしなければならないのだろうか。

数ある「スタッガー·リー」関係の楽曲の中でおそらく一番有名なのは、1959年に全米で一位を記録したロイド·プライスという人の歌ったバージョンであると思われる。いろいろ理屈を言っても始まらないので、まずはこの人の歌った歌詞を訳出しておくことにしたい。


Stagger Lee (Lloyd Price)

Stagger Lee (Lloyd Price)

英語原詞はこちら


The night was clear
And the moon was yellow
And the leaves came tumbling down

夜の空気は冴えわたり
月は黄色く色づいていた。
そして木の葉が舞い散っていた。


I was standing on the corner
When I heard my bulldog bark
He was barkin' at the two men who were gamblin'
In the dark

自分の飼っているブルドックが
吠えるのを聞いた時
わたしは曲がり角のところにいた。
ギャンブルをしている
二人の男たちに向かって
吠えていたのだ。
闇の中で。


It was Stagger Lee and Billy
Two men who gambled late
Stagger Lee threw seven
Billy swore that he threw eight

夜遅くまでギャンブルをしていたのは
二人の男たちだった。
スタッガー·リーとビリーだ。
スタッガー·リーが7を出すと
ビリーは自分は8だと告げた。


Stagger Lee told Billy
I can't let you go with that
You have won all my money and my brand new
Stetson hat

スタッガー·リーはビリーに言った。
このままじゃ帰らせないぞ。
おまえはおれのカネを全部巻きあげて
新品のステットソンの帽子まで
盗って行きやがった。


Stagger Lee went home
And he got his forty-four
Said, I'm goin' to the barroom just to pay that
Debt I owe

スタッガー·リーは家に行って
自分の44口径を手に取り言った。
「今からバーに行くぞ。
自分の借りを返してやりに行くんだ」


Stagger Lee went to the barroom
And he stood across the barroom door
He said, nobody move and he pulled his
Forty-four

スタッガー·リーはバーに行き
ドア越しに立った。
「誰も動くな」と言うと
自分の44口径を取り出した。


Stagger Lee, cried Billy
Oh, please don't take my life
I've got three little children and a very
Sickly wife

「スタッガー·リー」
ビリーは泣き叫んだ。
ああ命だけは助けてくれ。
おれには三人の小さな子どもがいて
よめさんはひどく病気がちなんだ。


Stagger Lee shot Billy
Oh, he shot that poor boy so bad
'Till the bullet came through Billy and it broke the bar
Tender's glass

スタッガー·リーはビリーを撃った。
あああいつはあのかわいそうなやつを
めちゃめちゃに撃った。
弾丸がビリーの身体を通り抜け
バーテンダーのグラスを砕くまで。

  • ステットソンの帽子

…上に歌われていることをまとめてみると、以下のような話になる。

  • スタッガー·リーとビリー·リヨンズはギャンブラーだった。
  • スタッガー·リーは賭博でビリー·リヨンズに負け、とりわけお気に入りのステットソンの帽子を巻き上げられたことに腹を立てた。
  • スタッガー·リーは自宅まで44口径の銃を取りに行き、バーに戻ってまだそこにいたビリー·リヨンズに突きつけた。
  • スタッガー·リーは命乞いするビリー·リヨンズに向かって無慈悲に発砲し、弾丸はビリーの身体を貫通してバーテンの持っていたグラスを砕いた。

…「Stagger Lee threw seven…」云々という下りについて、「スタッガー·リーは7を投げた」ということは「トランプの7のカードを出した」という意味かと私は思ったのだけど、海外サイトを見ていると二人がやっていたのは「サイコロ賭博」だったことを示唆するような挿絵も出てきたりして、どちらが「正解」なのかは私には何とも言えない。いずれにしてもスタッガー·リーという人物は、博打で帽子を取られたぐらいのことに腹を立て、わざわざ家まで拳銃を取りに行って、その間に頭を冷やせばいいのに冷やすこともせず、バーに戻って命乞いをしている相手を射殺したわけだ。悪いやつだし、博打打ちのモラルからしても最低であると言えよう。殺されたビリー·リヨンズという人も、まさかそれしきのことで殺されるとは思わないから、逃げることもせずにバーに残って談笑を続けていたのに違いない。不運な人である。

ところで私が初めて「スタッガー·リー」的な人物の名前に出会ったのは、「アンダルシアに憧れて」の歌詞を別にするならば、1992年に発表されたボブ·ディランによるカバー曲集「World Gone Wrong」の中に収録されていた「Stack-A-Lee (スタッカ·リー)」という曲を通じてのことだった。このアルバムのライナーノートにはディラン自身の文章による各曲の「解説」が記載されていたことの一方で、「アーティストの意向により歌詞は掲載しません」という但し書きが最後に小さく付け加えられており、中学生だった私は「英語の分からないリスナーは相手にしないってことかよ!」と屈辱に打ち震えたことを覚えている。けれども10年ぐらい経ってインターネットの時代になると、開設されたディランの公式ウェブサイトでは「World Gone Wrong」収録曲の歌詞もしれっと閲覧できるようになっていて、「アーティストの意向」というのは何だったのだとここでもまた腑に落ちない気持ちにさせられたことを覚えている。

それはそれとして、歌詞が読めるようになっても英語がまともに分からなかった当時の私にはやっぱりどういうことが歌われている歌なのか朧気にしか分からなかったものなのだけど、ある程度分かるようになった今になって詳細に読み返してみると、そこに歌われている物語の内容は、ロイド·プライスの歌の内容と全然違っているのである。もちろん「スタッカ·リーがビリー·リヨンズを殺した」という大筋については同じなのだが、細部をめぐってはまるで別の事件の話をしているのではないかと思われるぐらいに、いろんな前提が異なっている。ディラン自身の歌唱が聞ける動画は例によって滅多なことでは見つからないので、ここではフランク·ハッチソンという人が1927年に録音した「元歌」の動画を貼りつけて、その内容を検証してみることにしたい。それにしても「元歌」の動画なら簡単に見つかってしまうのだから、改めてすごい時代になったものである。


Stack-A-Lee (Frank Hutchinson)

Stack-A-Lee (Bob Dylan)

英語原詞はこちら


Hawlin Alley on a dark and drizzly night
Billy Lyons and Stack-A-Lee had one terrible fight
All about that John B. Stetson hat

霧雨のそぼふる
暗い夜のハウリン·アレイ。
ビリー·リヨンズとスタッカ·リーは
とんでもない争いをやった。
すべてはあのジョン·B·ステットソンの
帽子をめぐってのことだった。


Stack-A-Lee walked to the bar-room, and he called for a glass of beer
Turned around to Billy Lyons, said, "What are you doin' here?"
"Waitin' for a train, please bring my woman home

スタッカ·リーは酒場に入ると
ビールを一杯注文し
ビリー·リヨンズの方を振り向いて
言った。
「ここで何をやってるんだ?」
「列車を待っている。
お願いだから私の妻は
家に帰らせてやってくれ」


"Stack-A-Lee, oh Stack-A-Lee. please don't take my life
Got three little children and a-weepin', lovin' wife
You're a bad man, bad man, Stack-A-Lee."

「スタッカ·リー、ああスタッカ·リー
お願いだから殺さないでくれ
私には小さな子どもが三人いて
私のために泣く妻もいる。
おまえは悪いやつだ。悪いやつだよ。
スタッカ·リー 」


"God bless your children and I'll take care of your wife
You stole my John B., now I'm bound to take your life."
All about that John B. Stetson hat

「おまえの子どもたちに
神さまのおめぐみがありますように。
そしておまえのかみさんは
おれが面倒見てやるよ。
おまえはおれのジョン·Bを盗んだんだ
したがっておれは
おまえを殺さなければならない」
すべてはあのジョン·B·ステットソンの
帽子をめぐってのことだった。


Stack-A-Lee turned to Billy Lyons and he shot him right through the head
Only taking one shot to kill Billy Lyons dead
All about that John B. Stetson hat

スタッカ·リーは
ビリー·リヨンズの方を向くと
まっすぐにその頭を撃ち抜いた。
たった一発で
ビリー·リヨンズを殺してしまった。
すべてはあのジョン·B·ステットソンの
帽子をめぐってのことだった。


Sent for the doctor, well the doctor he did come
Just pointed out Stack-A-Lee, said, "Now what have you done?"
You're a bad man, bad man, Stack-A-Lee."

医者が呼ばれてやって来た。
医者はスタッカ·リーを指さして言った
「あんたは一体なんてことをしたんだ。
あんたは悪いやつだ。悪いやつだよ。
スタッカ·リー 」


Six big horses and a rubber-tired hack
Taking him to the cemetery, buy they failed to bring him back
All about that John B. Stetson hat

6頭だてのゴムの車輪の馬車が
あいつを墓場へ連れにやってくる。
けれどもあいつを連れ戻すことは
誰にもできなかった。
すべてはあのジョン·B·ステットソンの
帽子をめぐってのことだった。


Hawlin Alley, thought I heard the bulldogs bark
It must have been old Stack-A-Lee stumbling in the dark
He's a bad man, gonna land him right back in jail

ハウリン·アレイで私は
ブルドッグの吠える声を
聞いたように思う。
いま思えばあれは
スタッカ·リーのやつが
闇の中でつまづいていたのに違いない。
あいつは悪いやつだ。
まっすぐ監獄に
送り戻されることになるだろう。


High police walked on to Stack-A-Lee, he was lying fast asleep
High police walked on to Stack-A-Lee, and he jumped forty feet
He's a bad man, gonna land him right back in jail

警察のえらいのが
スタッカ·リーに歩み寄った。
あいつはぐっすり眠り込んでいた。
警察のえらいのが
スタッカ·リーに歩み寄り
あいつは40フィートも跳びあがった。
あいつは悪いやつだ。
まっすぐ監獄に
送り戻されることになるだろう。


Well they got old Stack-A-Lee and they laid him right back in jail
Couldn't get a man around to go Stack-A Lee's bail
All about that John B. Stetson hat

やつらはスタッカ·リーを捕まえ
まっすぐ監獄に送り戻した。
スタッカ·リーを保釈にしてくれる人は
どこにも見つからなかった。
すべてはあのジョン·B·ステットソンの
帽子をめぐってのことだった。


Stack-A-Lee turned to the jailer, he said, "Jailer, I can't sleep
'Round my bedside Billy Lyons began to creep."
All about that John B. Stetson hat

スタッカ·リーは
看守の方を見て言った。
「担当さん、眠れないんです。
おれのベッドの周りを
ビリー·リヨンズが
這い回りはじめたんです」
すべてはあのジョン·B·ステットソンの
帽子をめぐってのことだった。



…この歌の中には、スタッカ·リーとビリー·リヨンズが「ギャンブラー」だったなどということは、どこにも歌われていない。むしろビリー·リヨンズはスタッカ·リーの帽子を「盗んだ」のであり、その犯人をスタッカ·リーが「発見」したところから「事件」が起こった、というストーリーになっている。それにしてもたかが帽子ひとつで人まで殺すかという話にはやっぱりなるわけだが、「ギャンブルに負けた逆恨みの殺人」とは全く話が違ってくるわけで、ロイド·プライスの歌詞の情報だけを鵜呑みにして彼氏のことを「悪いやつだ」とか「最低であると言えよう」などと決めつけてネガキャンを張っていた私は、一体何をやっていたのだという話になる。命乞いするビリーを無慈悲に射殺する描写は両方の歌に共通しているが、この歌の中のスタッカ·リーは監獄の中で自分が殺したビリーの影に脅えるなど、「人間的なところ」のある人物として描き出されてもいる。この歌、と言うよりこの人物をめぐって簡単に「答え」を出す気になれないというのは、そのあたりの「実際のところ」が本当に「分からない」からなのである。実在した「スタッガー」もしくは「スタッカ」リーというのは、それなら「本当は」どういう人物だったのだろうか。調べられる範囲のことは、調べておくしかないと思う。

=スタッガー·リーとは何者か=



伝承の中のスタッガー·リー、本名リー·シェルトンという人は、話を総合するなら上図のようなイメージの人物だったとされている。19世紀末のアフリカ系アメリカ人としてはおそろしくスタイリッシュな出で立ちをした人で、指には無数の指輪、手には黒檀の杖、「セントルイス·フラッツ」と呼ばれる先の尖ったミラー付きの靴、ダブ·カラー(鳩色)のスパッツ、腰に無造作に突っ込まれたスミス&ウェッソンの44口径の拳銃、そして頭には「問題の」ステットソンのハイ·ローラーハット。何だか平家物語に出てくる武者の登場シーンみたいな描写だな。それと、左目が斜視だったと言われている。

問題は見た目ではなく中身である。すなわちスタッガー·リーと呼ばれていたその人は、本当は「どういう人」だったのかという問題である。このことをめぐっては、とりあえずWikipedia英語版の「Lee Shelton」の項目を丸ごと訳出しておくのが、21世紀の基準からするならば一番「公平」なところなのではないかと思う。Wikipediaの記述だって場合によっては間違いだらけであることは、このブログの歴史の中でも何度も思い知らされてきたところではあるのだけれど、知らないことを初めて調べる時には学者も庶民もとりあえずはWikipediaを開いてみるのが今の時代の常識だし、疑うにせよ鵜呑みにするにせよ、最初は誰でもそこから出発するしかないわけなのである。


リー·シェルトン(1865.5.2.〜1912.3.11.)、一般的には「スタゴリー」「スタッガー·リー」「スタッ·コー·リー」の名前で知られるこの人物は、1895年のクリスマスにビリー·リヨンズを殺して以来、民間伝承の登場人物のひとりとなったアメリカの犯罪者である。伝えられるところによればシェルトンの持っていたステットソンの帽子が奪い取られたところから起こったとされているこの殺人事件によって、シェルトンはタフネスのアイコンとなり、また初期のフォークやブルースミュージシャンの心のありようを示す一つのシンボルとなった。有名なフォークソング「スタッガー·リー」は、この事件にもとづいて作られている。19世紀末以来、その物語の内容には、歌の数だけのさまざまなバリエーションが付け加えられている。

=背景=

史実の上でのリー·シェルトンは、1865年にテキサス州で生まれたアフリカ系アメリカ人だった。彼は長じて後、ミズーリ州セントルイスで馬車の馭者の仕事につき、噂されるところによれば、ピンプ(売春の斡旋の客引きをする人物)でかつギャンブラーでもあった。また「黒人のいかがわしい集まり」であると世評されていた政治的社会的会合「フォー·ハンドレッド·クラブ」において、指導者的な位置にあったとの記録もある。彼は普通のピンプとは違っていた。セシル·ブラウンの描写するところによるならば、「リー·シェルトンは『マックス』と呼ばれるセントルイスの有名なピンプのグループに所属していた。マックスはただの与太者の集まりではなく、非常に目立つ格好をしていることが常だった」。彼には「スタグ·リー」もしくは「スタック·リー」というあだ名がつけられており、その由来としては、彼が「友だちのいないやつ」を意味する「スタグなやつ」だったことから来ていたという説、あるいは有名な川船の船長だった「スタック·リー」という人物の名前から拝借したものだという説などが存在している。音楽研究家のロマックス親子の説は、船上での売春業で有名だったメンフィスのリー家の所有する船、「スタック·リー」号から来ていたのではないかというものだ。リー·シェルトンのニックネームは、その後、民間伝承の中でさまざまな別のバリエーションを生み出すことになっていった。

1895年のクリスマスに、シェルトンはセントルイスの酒場で、ウィリアム"ビリー"リヨンズに対し、口論の後に発砲した。セントルイスのグローブ·デモクラット紙に掲載された記事の内容は以下の通り。



William Lyons, 25, a levee hand, was shot in the abdomen yesterday evening at 10 o'clock in the saloon of Bill Curtis, at Eleventh and Morgan Streets, by Lee Sheldon [sic], a carriage driver. Lyons and Sheldon were friends and were talking together. Both parties, it seems, had been drinking and were feeling in exuberant spirits. The discussion drifted to politics, and an argument was started, the conclusion of which was that Lyons snatched Sheldon's hat from his head. The latter indignantly demanded its return. Lyons refused, and Sheldon withdrew his revolver and shot Lyons in the abdomen. When his victim fell to the floor Sheldon took his hat from the hand of the wounded man and coolly walked away. He was subsequently arrested and locked up at the Chestnut Street Station. Lyons was taken to the Dispensary, where his wounds were pronounced serious. Lee Sheldon is also known as 'Stag' Lee.
昨夜10時、モルガン通り11番のビル·カーティスの酒場で、25歳の沖仲仕(levee hand?)ウィリアム·リヨンズが、馬車の馭者であるリー·シェルドン(原文まま)によって腹部を撃たれた。リヨンズとシェルドンは友人同士であり、その時は会話をしていた。ふたりとも酔っていたようで、やたらと元気が良かった。話題は政治問題に移り、言い争いが始まって、リヨンズはシェルドンの帽子をその頭からひったくった。シェルドンは憤激してそれを返すように言ったが、リヨンズはこれを拒否し、シェルドンは自分のリボルバーを抜いてリヨンズの腹部を撃った。被害者が床に崩れ落ちるや、シェルドンは傷ついた彼の手から自分の帽子を奪い、クールに立ち去った。その後、彼は逮捕され、チェストナット·ストリート駅に勾留された。リヨンズは医院に送られ、その負傷は深刻であると診断された。リー·シェルドンは「スタグ·リー」という名前でも知られている。



より詳細な記録は裁判の資料として保存されている。それによるとと、最初はシェルトンの方が先にリヨンズのダービーハット(山高帽)をはたき落した。それでリヨンズはシェルトンの帽子を奪って、弁済を求めた。するとシェルトンは自分の銃を抜き、それでリヨンズの頭部を小突いた。リヨンズはシェルトンに掴みかかり、シェルトンは発砲した。リヨンズは傷のため、結局死亡した。シェルトンは裁判にかけられ、1897年に告発されて、懲役25年の刑を言い渡された。彼は1907年に仮釈放されたが、暴行と窃盗の罪で2年後に再収監され、再び仮釈放を受けることはできず、ジェファーソン·シティのミズーリ州刑務所の病院内で、1912年3月11日に肺結核のため死亡した。

シェルトンはミズーリ州ヒルズデイルのグリーンウッド墓地に埋葬され、「ザ·キラー·ブルース·ヘッドストーン·プロジェクト」は墓碑銘のない彼の墓を特定するための基金を設けて、2013年4月14日、公共墓地内にその標石が設置されることになった。



=歌と伝承=

事件から間も無く、この殺人は「スタゴリー」「スタッガー·リー」その他の名前で知られるフォークソングの主題として取り上げられることになった。最も早いバージョンは、アフリカ系アメリカ人の間で歌われていた「フィールド·ホラー」や、その他のスタイルの労働歌の形式をとっていたものと思われる。「スタッカ·リー」にまつわる最初の記録は、1897年にカンザスシティで「ピアノ弾きのチャーリー·リー教授」によって演奏されていたというものである。1910年までにはこの歌は、ミシシッピ川下流域のアフリカ系アメリカ人のコミュニティで広く知られるようになっていた。この年には音楽研究家のジョン·ロマックスが部分的な採譜をおこなっており、1911年には二つのバージョンの楽譜が「アメリカ民俗学ジャーナル」上に掲載された。この歌は1923年に「ワーリングのペンシルバニアンズ」によって初めて録音され、ヒットを記録した。同年にはフランク·ウェストファルとそのオーケストラによって別のバージョンも録音され、そしてハーブ·ウィードーフトとそのバンドが同曲を録音している。同じ1924年にはラヴィー·オースティンによって、この曲の歌詞つきバージョンが「スキーガ·リー·ブルース」というタイトルで録音されており、翌年にはマ·レイニーがルイ·アームストロングのコルネットをバックに同曲を録音した。フランク·ハッチソンによる有名なバージョンは1927年に録音されている。

歌の伝承の中で、事件の内容はさまざまに粉飾されており、事実と異なる内容や、想像上のディテールがいくつも付け加わっている。多くの歌の中では、スタッガー·リーの帽子が男らしさのシンボルとしての位置を持つものだったとして、強調されている。彼が死刑を宣告され、堂々とそれを受け入れたという話になっているものもある。あるバージョンではスタッガー·リーが地獄に行って悪魔からその座を奪う話まで付け加わっている。

=影響=

「スタッガー·リー」の名前はその後、狡猾で、都会的で、クールで、法律をものともせず、暴力的でかつ白人の権威を否定するタフな黒人男性を象徴する言葉となった。シェルトンの死後30年の間に民俗学者のベンジャミン·ボトキンが収集した彼にまつわる伝説の中では、さまざまなことが語られている。いわく、スタッガー·リーは生まれた時から顔中に傷があった。(このことは霊魂を見る能力と、トラブルに巻き込まれる運命の証拠であるという)。悪魔に魂を売って魔法の帽子を手に入れ、そのために人殺しをすることになった。さらには彼には動物に変身する能力があり、サンフランシスコの地震を引き起こしたのは実は彼であり、西部開拓時代の有名なガンマンであるジェシー·ジェイムズと決闘したといったような話まで伝わっている。作家で音楽評論家のグレイル·マーカスは、スライ·ストーンのアルバム「There's a Riot Goin' On」の中に、伝承の中で語られてきたスタッガー·リー像が強く影を落としていることを指摘している。

ダラスのシアター·センターでは、スタッガー·リーとビリー·リヨンズの伝承をもとにしたオリジナルミュージカルが公開されている。劇の中では登場人物たちが北アメリカにおけるアフリカ系アメリカ人の歴史の旅を繰り広げ、その中でさまざまな差別と暴力を目の当たりにしてゆく。開演は2015年1月21日。

…疲れた。日本語版のWikipediaにいまだ「スタッガー·リー」の項目は存在していないらしいので、奇特な方がいらっしゃいましたら上の訳文を全部丸写しして下さって構いませんから、世の中の人のために新しく作成しといて頂ければ幸いです。ジョン·レノンの「Working Class Hero」の翻訳記事を書いた時にも似たような使命感にとらわれたことがあったのですが、調べてみたらあまりに手続きがややこしそうだったので、自分でやるのはあきらめたのです。私はとりあえず、ブログ書きにだけ専念していることにしたいと思います。

さてそのことの上で、詳しい事実経過を記録した文章を読めば読むほどに、私は分からなくなる一方なのである。何でこんなに「取るに足らない事件」が、アメリカの民衆史に語り継がれるような「巨大な伝説」に化けるようなことになってしまったのだろう。

それはまあ、人一人死んでいるわけであり、「取るに足らない」などという言葉を軽々しく使っていいとは思わないが、それにしたって事件の内容はあまりにもしょーもない。小学校一年生だった時、クラスメートの古屋耕平くんと言い争いをしている中でなぜか互いの筆箱の奪い合いになり、それを「人質」に取り合って掴み合いのケンカをする、みたいな流れになったことがあったのを唐突に思い出したのだけど、それと同じことを酔っ払った二人の大人がやっていただけなのである。それが大人のやることなので叱ってやめさせてくれる「先生」が出てきてくれるわけでもなく、結局死人が出る騒ぎにまでエスカレートしてしまった。どう理屈をこねても「それだけの話」だったとしか、考えようがないのである。さらに言うなら同日、1895年のクリスマスのその日には、セントルイス市内だけで同じような「小さな殺人事件」が他に5件も起こっていたらしい。その中でこのリー·シェルトンの事件だけがどうして「伝説」として全米に語り伝えられることにまでなったのか、私には皆目分からない。

ある日本語のサイトには、「黒人差別が激しかった時代に白人を射殺したことでスタッガー·リーは英雄になったのだ」という趣旨のことがまことしやかに書かれているのだが、殺されたビリー·リヨンズは「同じ黒人」だったわけだし、またスタッガー·リー自身は「ピンプ」という女性差別で飯を食うような商売をシノギにしていたわけである。ホメられた話では全然ないと思う。確かに当時のアメリカ社会の法律は白人の手によってのみ形作られたものであり、それを屁とも思わず行動したというそのこと自体が、Wikipediaに書かれているごとく「白人の権威を否定する」行為だったと、言って言えないことはないと思うのだけど。

しかしながらその一方で、当のアメリカではスタッガー·リーという「伝説の中の有名人」のことを、何の根拠もなく「白人のアウトロー」だったと勘違いしている人が今でも相当数いるらしい。画像検索してみるとまるで西部開拓時代のガンマンみたいな格好をした鷲鼻の「スタッガー·リー」のイラストがいくつも見つかるし、また「スタッガー·リー」関係の歌を作ってきたミュージシャンたちの中にも、彼氏のことを白人だと思い込んだまま曲を作っていた人が少なくなかったのだという。考えてみれば「アンダルシアに憧れて」経由で「スタッガー·リー」という名前に出会った私の第一印象も「イタリア系のマフィアの一員」といった感じのものだったので、人のことは言えないわけなのだけど、この事実が物語っているのは、「スタッガー·リー」が「伝説」になった理由は必ずしも彼氏が黒人だった点に存在しているわけではない、ということなのである。

じゃあ何が、彼氏の名前を強烈に人々の印象に刻みつけることになったのだろう。「帽子」だろうか。「おしゃれだったこと」だろうか。「去り際がクールだったこと」だろうか。いくら考えても、「決め手となった要素」があったようには思えない。

アメリカには伝統的に「マーダー·バラッド (人殺しのバラッド)」と呼ばれる「音楽のジャンル」が存在している。実在の事件を題材に、どこでどんな風にその殺人が行なわれたのかということを、オチも意味も教訓もなしに淡々と描写し続けるような、感想を求められても困るタイプの楽曲群である。以前に取りあげたアイルランドのフォークソングである「Whiskey In The Jar」などはそうした「アメリカの伝統」の「源流」に位置していると思われる作品であり、おそらくは大西洋の向こう側で歴史的にジャーナリズムに代わる役割を果たしてきたイギリスやアイルランドの「バラッド」文化がアメリカで独自の発展を遂げることを通し、「マーダー·バラッド」という「ジャンル」が成立したのではないかということが学者の世界では語られている。そして「人殺し」が口承芸能の題材となること自体は別にアメリカの専売特許でも何でもなく、やくさを主人公とした広沢虎造の浪曲などはそういう目で見るならば全部が「マーダー·バラッド」に「分類」されうる作品なのではないかと私なんかは感じる。

ではなぜ人は「人殺し」のことを「歌」にしたがるのだろうかという根本的な問題にまで踏み込んで考えなければこの歌に関する「答え」は出せそうにないのだが、その問いへの「答え」を出すことができるのは、「人殺しのことを歌にしたくて仕方ない」「人殺しの歌を聞きたくて仕方ない」という「衝動」を実際に持っている人だけだろう。私の中にはその「衝動」自体が存在しているように思えないので、「分析」しようにもその「対象」を見つけることができないのである。客観的なことを言うならば、今より娯楽の少なかった時代、殺人事件のニュースに人々が興奮させられた度合いは現在と比べ物にならないほど高かった、みたいなことは言えるだろう。けれどもそんな風に「分析」してみせる人間自身がそのことに「興奮」しても「熱中」してもいないのだとしたら、どんなことを言っても「想像」にしかならないし、つまりは「ウソ」にしかならないわけなのだ。したがって私にはそれ以上のことは、書けそうに思えない。

私が小学生になるかならないかの頃、大阪では山口組と一和会との間に有名な「山一戦争」が繰り広げられており、毎朝「ひらけ!ポンキッキ」が終わるとすぐに、「昨日の抗争での死者は何人だった」みたいな「おはようナイスデイ」の報道にテレビが切り替わっていたことを今でもよく覚えている。でもって子ども心にもと言うべきか子どもだったからと言うべきか、そういうニュースに確かに「興奮」させられていたことも覚えている。竹中組の組長がヒットマンに蜂の巣にされながら、自ら車を発進させて襲撃者をなぎ倒した現場の再現映像などは、当時5〜6歳だったはずなのに何でそこまで見てたのだと自分でも呆れてしまうぐらい、鮮明に記憶に残っている。何より周りの大人たちがそうしたニュースに「興奮」しまくっていたし、そうした環境にいれば子どもというのはその空気に「感応」せずにはいられないものなのである。20世紀のアメリカの人々はあの時みたいな感じで「スタッガー·リーの物語」に興奮し、イメージを膨らませていたのだろうな、と想像することはとりあえずできる。同時期の大阪では「グリコ·森永事件」が起こり、阪神が21年ぶりに優勝し、さらに日航機墜落事故が起こりといった感じでとかく毎日が「大騒ぎ」だったのだけど、そういったニュースにいちいちドキドキさせられながら過ごしていた頃の思い出が、私の中には不思議と「世界が平和だった時代の記憶」として刻みつけられている感じがする。

「阪神大震災とオウム事件」以降、テレビが伝えるニュースはそれと段違いに「悲惨」なものばかりになり、そういったニュースに触れる回数が増えれば増えるほど、「人が死ぬ話」に赤の他人が「興味本位」で首を突っ込むようなことは、ひたすら醜悪なことにしか私には思えないようになっていった。今の日本のジャーナリズムは「差別と戦争」を「娯楽の対象」として描き出すことを各社が「生存戦略」として競い合うまでに転落しており、それを思うなら「やくざの殺し合い」が「ニュースの主役」になっていたような時代は確かに「平和な時代」だったという感慨にふけらずにはいられないが、考えてみるなら「差別と戦争」を「娯楽」にできる感覚というものは、明らかに「やくざの殺し合い」を「娯楽」にできるその感覚の延長線上に成立しているものなのである。「スタッガー·リー」というこの「よく分からない人殺しの歌」のことを、訳知り顔で批評していいような気持ちに私がなれない理由は、そこらへんの問題意識から発している。

ありとあらゆるタイプの「悪党」と殺人事件とを量産してきたアメリカの歴史の中で、スタッガー·リーとその事件だけがどうして「伝説」としての「地位」を獲得することができたのか。アメリカの研究者に言わせても、正確なところはやっぱり「謎」であるらしい。案外それは、「曲が良かったから」という事件そのものとは無関係な要素によるところが大きかったのではないだろうか。ロイド·プライスが歌うバージョンのあのメロディがいつごろ成立したものであるかということは、今回調べた範囲ではよく分からなかったのだが、今の私が「スタッガー·リー」という言葉から反射的に連想するのは、Cのコードで始まった歌が突然E7に変わる時の「足元の地面が崩れてゆくようなあの感じ」なのであり、私の中での「スタッガー·リー」とは、他のどんな歌の中にも存在しない「その感覚」の別名なのである。歌詞の内容は分からなくてもその一点でこの歌のことが好きだと言う人は決して少なくないのではないかと思われるし、そこだけ切り取って言うならば私にとってもやはり「好きな曲」であることに変わりはない。

そんなわけで最後は、いろいろな「スタッガー·リー」のバージョンの中で私が最も気に入っており、かつ歌詞の内容もファンタスティックなドクター·ジョンの「Stack-A-Lee」を訳出することをもって、歯切れの悪いことになってしまった今回の記事の結びに代えさせてもらうことにしたい。ここまでで2万字越えか。スッキリしない上にやっぱり長ったらしい文章になってしまったな。


Stack-A-Lee (Dr. John)

Stack-A-Lee (Dr. John)

英語原詞はこちら


Stack-a-Lee shot Billy Lyons
He shot that boy so fast
The bullet went through Billy
It broke the bartender's glass

スタッカ·リーは
ビリー·リヨンズを撃った。
実に素早く撃った。
弾丸はビリーの身体を通り抜け
バーテンダーのグラスを砕いた。


Stack-a-Lee went around the corner
Where they shot Stack in his side
Stack-a-Lee went stumbling
In his mother door

スタッカ·リーは曲がり角を回り込み
そこでやつらに脇腹を撃たれた。
スタッカ·リーはよろめきながら
母親のドアに駆け込んだ。


He said mother, oh mother
Won't you turn me, over slow
I've been jabbed in my left side
With a police 44

「母さん、母さん」と彼は言った。
おれの体をゆっくりと
反対向きにしてくれないか。
左の脇腹をやられちまった。
警察の44口径で。


When all the ladies, heard that Stack
Oh Stack-a-Lee was dead
Some come dressed in orange colors
Some came dressed in red

レディというレディたちは
スタッカ·リーがああスタッカ·リーが
死んだということを伝え聞くと
ある者はオレンジで着飾り
ある者は赤で着飾ってやって来た。


Oh play it for him now
あいつのために演奏だ。

Stack-a Lee went to the devil
To identify poor Billy's soul
But the poor boy he was absent
He had gone down to Shango

スタッカ·リーは
悪魔のところに行った。
かわいそうなビリーの魂の
身元確認をするために。
ところがビリーはそこにはいなかった。
あいつはシャンゴに行ったのさ。


Now the devil heard a rumbling
A mighty rumbling, under the ground
He said that must be Mr. Stack pointing Billy
Upsidedown

そして悪魔は地響きを聞いた。
地面の下にものすごい地響きを聞いた。
こいつは
スタックの旦那がビリーのことを
逆さまに指差してるんだな
と悪魔は言った。


Now it seems that old devil
On top of his Devil chair
He said if you want Mr. Stack boy
Get him by yourself

悪魔の椅子のてっぺんに座ってる
年老いた悪魔が
もしスタックの旦那を返してほしいなら
自分で何とかするんだなと
そう言ったみたいだ。


Now I told you all my little story
And sang you all my little song
But Stack-a-Lee and Billy Lyons
They both dead and gone

おれのちょっとした話は
これで終わり。
あんたのためのちょっとした歌も
これで終わり。
でもスタッカ·リーとビリー·リヨンズは
二人とも死んで
遠いところへ行ってしまった。



Shango: ナイジェリアのヨルバ族に伝わる神の名で、同地にルーツを持つ人々の暮らすカリブ海諸国ではしばしば「天国」を表す言葉として使われている。

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「日本のマーダー·バラッド」と言うべき河内音頭の定番演目「河内十人斬り」をモチーフにした町田康氏の小説「告白」の朗読が、このたび全45回で完結したので、これを機会に再生リストへのリンクを貼りつけさせておいてもらうことにしたい。「羊をめぐる冒険」と同じく元々はこの朗読も、日本語を勉強している中国人の友人のための音声資料として活用してもらうべく開始したものだったのだけど、今回は全編がネイティブスピードの関西弁になっているもので、他地方の方には日本語話者であっても相当聞き取り辛いのではないかということが想像される。必ず中央公論社からテキストとして原書をお買い求め頂いた上でご鑑賞下さいませ。この小説それ自体についても書かねばならないことがいろいろあるのを感じているのだが、実現できるのがいつのことになるかはまだ分からない。ではまたいずれ。

告白 (中公文庫)

告白 (中公文庫)