華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Wrong 'Em Boyo もしくはそれは間違いですぼよ (1979. The Clash)


Wrong 'Em Boyo

Wrong 'Em Boyo

英語原詞はこちら


Stagger Lee met Billy and they got down to gambling
Stagger Lee throwed seven
Billy said that he throwed eight, hey
So Billy said, "Hey Stagger! I'm gonna make my big attack
I'm gonna have to leave my knife in your back"
(C'mon, let's start all over again)

スタッガー·リーはビリーと出会い
二人は賭場へと向かっていった。
スタッガー·リーが出した目は7で
ビリーは自分の目は8だと言った。
だもんでビリーは言った。
「よおスタッガーおまえに
でっかいのを食らわしてやるぜ。
おれはおまえの背中にナイフを
突き立ててやらなくちゃいけねえな」
(さあ最初から
もう一度やり直しましょう)


Why do you try to cheat?
And trample people under your feet
(Don't ya' know it is wrong?)
To cheat the tryin' man
(Don't ya' know it is wrong?)
To cheat the tryin' man
But you better stop
It is the wrong 'em boyo

どうしてあなたは
だまそうとするのですか。
そして人々を自分の足元に
踏みにじろうとするのですか
(間違っているとわからないのですか)
むかつくやつだからといって
だまそうとするだなんて。
(間違っているとわからないのですか)
むかつくやつだからといって
だまそうとするだなんて。
でもおよしなさいそれは
間違っている(ろんぐ)
のですあの人たちに
そんなことをするなんて(えむ)
あなたよ(ぼよ)ってやつです。


You lie, steal, cheat and deceit
In such a small, small game
(Don't ya' know it is wrong?)
To cheat the tryin' man
(Don't ya' know it is wrong?)
To cheat the tryin' man
You better stop
It is the wrong 'em boyo

あなたはうそをつき人から盗み
いかさまをやって出し抜く。
そんなちっちゃなちっちゃなゲームで。
(間違っているとわからないのですか)
むかつくやつだからといって
だまそうとするだなんて。
(間違っているとわからないのですか)
むかつくやつだからといって
だまそうとするだなんて。
およしなさいそれは
間違っている(ろんぐ)
のですあの人たちに
そんなことをするなんて(えむ)
あなたよ(ぼよ)ってやつです。


Billy Boy has been shot
And Stagger Lee's come out on top
(Don't ya' know it is wrong?)
To cheat the tryin' man
(Don't ya' know it is wrong?)
To cheat Stagger man
You'd better stop (you better stop)
Hey, it is the wrong 'em boyo hey

ビリー·ボーイは撃たれ
スタッガー·リーがトップに立った。
(間違っているとわからないのですか)
むかつくやつだからといって
だまそうとするだなんて。
(間違っているとわからないのですか)
むかつくやつだからといって
だまそうとするだなんて。
およしなさいそれは
間違っている(ろんぐ)
のですあの人たちに
そんなことをするなんて(えむ)
あなたよ(ぼよ)ってやつです。


So you must start all over again
All over again
(Don't ya' know it is wrong?)
Play it, Billy, play
(Don't ya' know it is wrong?)
Well play it, Billy, play
An' you will find
It is the right 'em boyo

だからあなたは
最初から全部やりなおすべきです。
(間違っているとわからないのですか)
やりなさいビリーやるのです。
(間違っているとわからないのですか)
やりなさいビリーやるのです。
そうすればわかることでしょうそれは
正しいこと(らいと)
なのですあの人たちに対しては(えむ)
あなたよ(ぼよ)ってやつです。


But if you must lie and deceit
And trample people under your feet
(Don't ya' know it is wrong?)
To cheat the tryin' man
(Don't ya' know it is wrong?)
To cheat a tryin' man
You better stop
It is the wrong 'em boyo

けれどもしあなたがどうしても
だましたり出し抜いたり
人々を自分の足元に踏みつけなければ
ならないのだと言うのだとしたら
(間違っているとわからないのですか)
むかつくやつだからといって
だまそうとするだなんて。
(間違っているとわからないのですか)
むかつくやつだからといって
だまそうとするだなんて。
およしなさいそれは
間違っている(ろんぐ)
のですあの人たちに
そんなことをするなんて(えむ)
あなたよ(ぼよ)ってやつです。


It is the wrong 'em boyo
It is the wrong 'em boyo
It is the wrong 'em
It is the wrong 'em boyo
It is the wrong 'em boyo

それは(いっといず)
間違っている(ろんぐ)
のですあの人たちに
そんなことをするなんて(えむ)
あなたよ(ぼよ)ってやつです。

=翻訳をめぐって=

長年の課題曲だったこの曲についても、619曲めにしてようやく翻訳記事を書けるところにまで漕ぎつけることができた。試訳を読んで頂ければお分かりのように、この歌は「スタッガー·リー」というアメリカの伝説的なアウトローの物語を下敷きにしているのだけど、その「スタッガー·リー」という人の話ならびにそれにまつわる歌の数々についてはリンク先の前回の記事で完膚なきまでに触れつくしたので、今回は一切触れない。問題は「Wrong 'Em Boyo」というどんな辞書にも出てこないこの謎のフレーズは一体何を意味しているのか、というその一点なのである。

細かく言うならば、「Wrong」と「'Em」は普通の辞書にも載っている。「Wrong」は「間違っている」という意味の形容詞であり、「'Em」は「かれら」を意味する「Them」という言葉の省略形である。ただし、この二語がこういう並び方をするケースというのは、文法的な常識を考えるなら滅多なことではありえない。「Wrong」と「'Em」とを強引に「くっつけた」場合、英語話者の耳には恐らく「Wrong」という形容詞が「他動詞」として使用されているように感じられ、「かれらにWrongをする」みたいな感じで「聞こえて」いるのではないかということが想像される。学校に行っていた頃はもとより、100曲目台や200曲目台の頃の自分の感覚ではそれを「想像」することさえ覚束なかったことをよく覚えているので、思えば私も成長したものである。

「Boyo」に関してはクラッシュの面々が時々真似してイキっていたジャマイカあたりの言葉ではないだろうかと漠然と想像していたのだけれど、調べてみたらジャマイカあたりにはそんな言葉は存在しないらしい。アイルランドで時折、「boy」という言葉が「呼びかけ」として使われる場合、つまり「よお兄ちゃん」みたいな感じで使われる際に、親しみと砕けたニュアンスを込めて「Boyo」と言う例が見受けられる、という情報が海外サイトには載っていたのだが、この曲にアイルランド的な要素は全くない(とアイルランド人でも何でもない私に言いきれるのかどうかはさておき)し、クラッシュのメンバーの中にもアイルランド人は一人もいない。全員がアイルランドにとっては一番「近くて遠い国」であるところの、イングランド人である。日本人と朝鮮半島の人々との歴史的な関係を考え合わせるなら誰でも想像できて然るべき話だと思うが、そのイングランド人が「無意味に」アイルランド人の口真似をして面白がるようなことは民族差別以外の何ものでもないことなのであって、クラッシュともあろう人たちがそういうことを面白がる感性の持ち主だったなどとは、私には到底思えない。

It is the wrong 'em boyo
It is the right 'em boyo

…この「謎の二行」を除いては、この歌の歌詞は至ってシンプルで分かりやすい英語で書かれている。そしてそのシンプルで分かりやすい部分の内容から類推するに、この二行もまた

It is wrong (それは間違っています)
It is right (それは正しいです)

という「至ってシンプルで分かりやすいこと」以外には、明らかに何も言っていないのである。つまり残りの「'em boyo」の部分は「単なる語呂」でしかないと切り捨てることも、他のブログでなら或いは許される範囲のことなのではないかと思う。

だが、うちのブログは他のブログとは違うのだ。

「'em boyo」が「単なる語呂」でしかないのだとすれば、それが「どういう語呂」なのかということまで含めて解明するのでなければ、翻訳ブログの看板が泣くというものではないか。

私の育った奈良県北西部では「じゃんけん」のことを「インジャン」と読んでおり、野球の先攻後攻を決める際などにチームを代表してインジャンに臨む人のことを「インジャナー」、また人並みはずれてインジャンに強い天賦の才を持った人のことを「インジャニスト」と呼称するなどの習慣がさらに局地的に存在していたりなどしていたのだけれど、その際、

いーんーじゃーんで、ほーい
(メロディは「らーそーみーそーら、しーら」)

という歌と共に勝負が開始されるべきところを

いーんーじゃーんで、ほーいーの
さっぽろいーちのへのかっぱ

(らーそーみーそーら、しーらーそ
みーそそらーそそみみそそら)

と歌って相手の出足を挫くという小技が子ども社会では多様されていた。あるいは駆けっこ(これは「走り」と呼ばれた…って普通やんけ)をする際にも、公平であるべき審判が

よぉーーーい、ドン!

と言うべきところを

よぉーーーい、
どんぐりころころどんぐりこ…

と歌い始めて競走者たちにフェイントをかけ、全員をずっこけさせるなどの情景がどこの町内でも見られた。札幌一の屁の河童。どんぐりころころどんぐりこ。いずれも意味を説明しろと言われたらできないことはないけれど、むしろ「意味がないということに意味があるフレーズ」なのである。「河童の屁」なら日本語として意味は通っているが、「屁の河童」という日本語は相当に変だ。「どんぐりころころどんぶりこ」であったなら、ああ「どんぶりこ」というのはお池にはまった音の擬音表現なのだなと、説明されなければ分からないけれど説明されれば分かるにしても、「どんぐりこ」は説明すること自体がそもそもムリだ。そしてそうした「屁の河童」や「どんぐりこ」の変てこりんさは、まさに「ロンゲム·ボヨ」の「ゲムボヨ」、あるいは「ボヨ」の変てこりんさそのものなのである。このことは英語が分かる人であればあるほど、間違いなくそう感じるところなのではないかと思う。

クラッシュの人たちはどうしてただ単に「Wrong」と言えばいいところを「ロンゲム·ボヨ」と言わなければ「気が済まなかった」のだろうか。

「ボヨ」とはいったい何なのだろうか。

数年前、と言っても既にけっこう昔な感じがするけれど、「あげぽよ」とか「つらぽよ」とかいった言葉が意味不明の流行り方をした時に、私はこの「ぽよ」という言葉の謎を解明することができれば「ロンゲム·ボヨ」の謎にも答えが出せるのではないかといったようなことを、かなり、と言うか相当、というかめちゃめちゃ真剣に考えてみたことがあった。「ロンゲム·ボヨ」という曲に対する私の思い入れは、それほどまでに深かったのである。「あげぽよ」と「ロンゲム·ボヨ」とは、ことによると「ルーツを同じくしている言葉」なのではないだろうか。「ぽよ」と「ボヨ」との違いは存在しているにせよ、言語によっては「同じ発音の言葉」であると認識されても何も不思議がないくらいに両者の響きは似ている。そして語末に使われるフレーズであるということも似ている。われわれ日本語話者とかれら英語話者とが「ぽよ/ボヨ」から感じ取っているものは、ひょっとするなら「同じ何か」なのではないだろうか。

いやいやしかし、と私は思う。他の言語でなら確かに「ぽよ」と「ボヨ」とは「同じ言葉」と見なされることもあろうが、我々日本語話者にとって「ぽよ」と「ボヨ」とはやっぱり「違う言葉」なのである。可能な限り少ない文字数でその差異を表現するならば「ぽよ」は「ひよこのイメージ」であり「ぼよ」は「カエルのイメージ」なのであって、この違いというのは不可逆的なものだ。では英語話者にとってはどうなのだろうか。英語話者は「ボヨ」という響きに何を感じ取っているのだろうか。

…やめよう。一人で考えていたって分かるわけがないのである。「あげぽよ」の時にも結局そう思って、考えるのをやめたのだ。それにも関わらずいまだに未練がましく考え続けてしまうのは、「ぽよ」と「ボヨ」の間に「関連性」を見つけることさえできれば「ロンゲム·ボヨ」を「間違いですぼよ」と訳しても「間違いではない」ことになり、そういうキャッチーな感じの訳し方にした方が何となく読者サービスっぽいかな、という誘惑に似た気持ちを私が振り切れずにいるからなのである。だが腐っても「言葉の問題」を科学的に対象化しようとする志を持って生きてきたはずの人間が、

シニフィアン(意味するもの)とシニフィエ(意味されるもの)の関係は恣意的である

というソシュールの原則を踏み外すようなことをしては、いけないと思う。そう考えて「間違いですぼよ」という訳し方に関しては「捨てる」ことを決意した私だったのだが、サブタイトルに使うことにしたのはやっぱりどこかに「未練が残っているから」なのだろうなと思う。「Old Dixie Down」でこのブログを始めた最初の頃の時点から、「ロンゲム·ボヨ」を翻訳できる日が来たら絶対「間違いですぼよ」で行ってやろうと決めてかかってたんだもんな。実は。


Wrong 'Em Boyo (The Rulers)

…ここまで読んでこられた方々は、つまるところ上で私がダラダラ書き連ねてきたことは全部ナギという男の憶測にすぎないではないかという不信の念を抱かれていることかもしれないが、私は自分が「英語を知らない人間」であることをわきまえているつもりなので、どんな曲であれ一通りのことは「調べた上で」書くようにすることを心がけている。この曲に関しても、調べられるだけのことは、調べつくした。そして調べてみるまで私自身全く知らなかったこととして、「ロンゲム·ボヨ」はクラッシュのオリジナルではなく、元々は「ザ·ルーラーズ」という謎のバンドが演奏していた曲だったということが明らかになった。

「謎のバンド」と書いたのはこの「ルーラーズ」について調べてみても「ロンゲム·ボヨのオリジナルを歌っていたバンド」という以外にほとんど情報が見つからず、どこの国のバンドだったのかということさえ特定できなかったからなのだが、一応ジャンル的には「ロック·ステディ」を演奏していたグループの中に「分類」されている。「ロック·ステディ」というのは私が理解している限りでは「スカからレゲエが生み出されるに至るまでの過渡期の時代」にジャマイカで一世を風靡した音楽の名前なので、ことによるとルーラーズの人たちはジャマイカ人だったのかもしれない。だとしたら「ロンゲム·ボヨ」というのは、辞書にこそ載っていなかったにしてもやはり「ジャマイカ風の言い回し」なのかもしれない。その場合は同じ「語呂」でも、「イングランド的な語呂」ではなく「ジャマイカ的な語呂」であるということになる。

「Wrong 'Em Boyo」というフレーズを意味や文法構造まで含めて「解説」してくれているサイトは、私の調べた限り、英語圏にも存在しない。ジョー·ストラマー自身「意味が分かる人がいるならお目にかかりたい」的なコメントを残しているらしい。つまり「Wrong 'Em Boyo」というのは、英語世界の人々や歌っていた本人たちにとっても「わけの分からないフレーズ」であったわけである。「'Em」や「Boyo」の「個別の意味」を追求することにあまり意味はないと思われるし、それにこだわりすぎたら解釈が「こじつけ」になってしまう危険の方が大きいのではないかと思う。

ルーラーズが出したレコードの中にはタイトル表記が「Wrong Embryo」となっているものがあるらしく、英語圏のサイトでは「これが本当の意味だったんだ!」みたいな感じでこじつけの解釈がなされているケースが散見されるのだが、この表記に関してはレコード会社の誤植にすぎなかったことがハッキリしているので、それにとらわれることは無意味である。従ってその「こじつけの解釈」の内容にもここでは踏み込まない。

唯一参考になりそうに思われた情報は、英語圏のYahoo知恵袋的なサイトで「クラッシュのWrong 'Em Boyo ってどういう意味なんですか?」という質問を投げかけていたスペイン語話者の人に対し、ある英語話者の人が

私たちにも意味はよく分からないが、響き的に

It’s the wrong thing to do to them, boy

的なことを言っているのではないかということが想像される。

という回答を残していたことだった。つまりはこれが英語話者の人々にとっての「Wrong 'Em Boyo」というフレーズの「聞こえ方」であるわけだ。「間違っている(ろんぐ)のですあの人たちにそんなことをするなんて(えむ)あなたよ (ぼよ)」という上記の試訳は、それにもとづいた翻訳の仕方になっている。

その上で重要なのは、上の説明の限りでは「It is wrong 'em boyo」とも言っても「不自然」ではないはずなのに「It is the wrong 'em boyo」という形で「theをつけた言い方」が敢えて採用されている以上、ここでの「wrong 'em boyo」はその全体が「ひとつの名詞」であると認識されていることになるということだ。なので私も最後に「ってやつですよ」という語尾を付け加えることで「全体を名詞化する工夫」を施しておいた。

とはいえ「Wrong 'Em Boyo」は飽くまで「Wrong 'Em Boyo」なのであり、「It’s the wrong thing to do to them, boy」ではない。それなのにそれを「It’s the wrong thing to do to them, boy」という意味でしか翻訳できなかった上記の試訳は、内容としては「不正確」なものであり、その響きの変てこりんさを日本語を使って「再現」するところにまで行きつけなかったことには、正直に言って忸怩たる気持ちを抱え込んでいる。しかしながらそれが今の私の「限界」なのだとしか、ここでは言いようがない。

あと、調べてみるまで分からなかったこととして、「To cheat the tryin' man」の「trying man」は「挑戦している人」とか「頑張っている人」という意味なのだろうと最初は思っていたのだけれど、「trying」という言葉には「イライラさせる」とか「大嫌いな」という意味も存在していることが明らかになった。そのニュアンスで訳出した方が、この歌の文脈的にはふさわしいのではないかと考えられる。

…それ以上のことを書いても、「余計なこと」にしかならないだろうな。後は読者のみなさんのそれぞれで、「Wrong 'Em Boyo」というフレーズの変てこりんさに好き勝手に「思いを馳せて」頂ければそれでいいのではないかと思う。その変てこりんさは恐らく英語話者の感じる変てこりんさとは違った内容の変てこりんさであることから逃れることはできまいが、それでも「かけがえのない変てこりんさ」であるに違いないはずなのである。

何やねんそれは。


まんが道 ボヨヨンロック

この曲に言及できる機会を与えてもらえただけでも、「Wrong 'Em Boyo」の翻訳に取り組んだのは「意味のあること」だったと私は感じている。「ボヨ」という響きを備えた英語の歌など、他には絶対に存在しないからである。ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Written by Clive Alphonso; and originally performed by The Rulers in 1967.
Key: C→G