華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Очи чёрные もしくは黒い瞳 (1884. Russian Folk Song)



トータル·バラライカ·ショー」は前回とりあげた「Gimme All Your Lovin'」の後、「Those Were The Days (悲しき天使)」の大合唱で怒涛のような一回目のフィナーレを迎え、それに続いて赤軍合唱団の皆さんにより、いっさいのおちゃらけを交えずに朗々と歌いあげられたのがこの歌だった。 邦題は「悲しき天使」。Wikipediaには「世界で最も有名なロシアの歌のひとつ」と記載されている。


Total Balalaica Show/ Dark Eyes

オチ ちょーるぬぃえ
Очи чёрные
ロシア語原詞はこちら

オチ ちょーるぬぃえ
Очи черные,
オチ じぐーちえ
очи жгучие,
オチ すとらーすぬぃえ
Очи страстные
い ぷりくらーすぬぃえ
и прекрасные!
かく りゅぶりゅ ヤ ヴァス
Как люблю я вас!
かく ばいゆーす ヤ ヴァス
Как боюсь я вас!
ずなーち うゔぃーじぇる ヴァス
Знать, увидел вас
ヤ ね ふ どーぶるぃ チャス
я не в добрый час!

黒い瞳よ
燃えるような瞳よ
情熱的でそして
美しい瞳よ
私はかくもあなたを愛し
かくもあなたを恐れている
きっと私はよくない時に
あなたに出会ってしまったのだ

オチ ちょーるぬぃえ
Очи черные,
じぐーちえ ぷらめんにぃ
жгуче пламенны!
い まにゃーと アニ
И манят они
ふ ストラヌィ だーるにえ
в страны дальние,
ぐじぇ つぁりっ リュボフ
Где царит любовь,
ぐじぇ つぁりっ パコイ
где царит покой,
ぐじぇ ストラダニヤ にえっ
Где страданья нет,
ぐじぇ ブラージデ ざぷれっ
где вражде запрет!

燃えるように輝く
黒い瞳よ
その瞳が私を
連れ去ってしまった
愛の統べる国へ
やすらぎの統べる国へ
苦しみのない世界へ
憎しみから自由な世界へ

にぇ ふすとらちゃーる ぶ ヴァス
Не встречал бы вас,
にぇ すとらだーる ぶ たく
не страдал бы так,
ヤ ぷろじーる ぶ ジズニ
Я прожил бы жизнь
うりばーゆちし
улыбаючись.
ヴィ すぐびり ミニャー
Вы сгубили меня,
オチ ちょーるぬぃえ
очи черные,
うにぇすり なゔぃえく
Унесли навек
マヨ スチャースチエ
мое счастие.

あなたは私と
出会うべきではなかったのだ
出会っていなければ私も
かくまで苦しまずとも済んだ
微笑みの中で人生を
送ることができていただろう。
あなたの黒い瞳は
かくも私をめちゃめちゃにした
その瞳が私から
幸せを奪っていった。

オチ ちょーるぬぃえ
Очи черные,
オチ じぐーちえ
очи жгучие,
オチ すとらーすぬぃえ
Очи страстные
い ぷりくらーすぬぃえ
и прекрасные.
ヴィ すぐびり ミニャー
Вы сгубили меня,
オチ すとらーすぬぃえ
Очи страстные
うにぇすり なゔぃえく
Унесли навек
マヨ スチャースチエ
мое счастие…

黒い瞳よ
燃えるような瞳よ
情熱的でそして
美しい瞳よ
あなたの黒い瞳は
かくも私をめちゃめちゃにした
その瞳が私から
幸せを奪っていった。

オチ ちょーるぬぃえ
Очи черные,
オチ じぐーちえ
очи жгучие,
オチ すとらーすぬぃえ
Очи страстные
い ぷりくらーすぬぃえ
и прекрасные!
かく りゅぶりゅ ヤ ヴァス
Как люблю я вас!
かく ばいゆーす ヤ ヴァス
Как боюсь я вас!
ずなーち うゔぃーじぇる ヴァス
Знать, увидел вас
ヤ ね ふ どーぶるぃ チャス
я не в добрый час!

黒い瞳よ
燃えるような瞳よ
情熱的でそして
美しい瞳よ
私はかくもあなたを愛し
かくもあなたを恐れている
きっと私はよくない時に
あなたに出会ってしまったのだ


Очи черные 黒い瞳

この歌の日本語字幕付きの動画がYouTubeに上がっていたのだけれど、いやはや、すごいものを見せてもらった気がする。まずこれほどまでに「赤が似合う女優さん」というのを初めて見た気がして、それがのっけから大迫力なのだけど、それにつけてもスラブ系の男性というのはどうしてハゲていても、と言うよりハゲていればいるほど、カッコいいのだろう。何か、人生との向き合い方というものが、我々日本の男どもと比べるとそもそもからして、違っているのではないかという感じがしてきてしまう。そしてまたロシアの人たちというのは、「だんだん早くなっていく演奏」というのが本当に好きだ。最後には色とりどりの民族衣装をまとった人たちが出てきて客席と一緒に踊りまくるのだけど、非常に「土俗的」なことがやられているはずなのに極めて垢抜けていて、目を奪われずにはいられない。このブログのごくごく最初の方に書いたことの繰り返しになるのだが、ロシアの人たちは「エンターテインメントの楽しみ方」というものを我々日本人とは次元の違った文化の厚みの上に立って、心得ている。こういうのを見るたびにつくづく私は、ロシア人になりたくなってしまう。

こういう趣向が例えばNHKで再現されるとしたら、どんな風になるだろうか。まず、黒い着物を着た坂本冬美さんがしっぽりと飲んでいる。そこに頰かむりをした吉幾三が入ってきて、笑いが起こる。この場合別に笑いなんて必要ないと思うのだが、「そういう笑い」がなければなぜか「エンターテインメント」が成立しないことに、日本の文化はなっている。最後には田楽囃子みたいな格好をした人たちがステージにぞろぞろ入ってきて、金色の紙吹雪が舞う中でぐるぐる回ったりするのだけど、別に客席はそれと一緒に踊るわけでもない。ただ眺めているだけである。吉幾三は尻ぐらい出すかもしれないが、坂本冬美さんは絶対にスカートを振り回さない。と言うより、振り回せるような衣装になっていない。ダサいとか田舎っぽいとかいう言葉を悪口として使うのはイヤだけど、やっぱり、面白くない。と言うか私自身はそういう場所に居合わせることそれ自体が、しんどくなる。別に吉幾三や坂本冬美さんに対して恨みはないし、むしろ嘘偽りのない気持ちとして敬意を感じていたりもするのだけれど、そういう人たちが生きてきた世界に綿々と受け継がれてきた「お客様は神様です」的な「文化と伝統」が、やっぱり、いけないのだと思う。それは「演じる側」の人たち自身が自発的に作り上げてきた「伝統」などではない。「神様」扱いされなければ気が済まなかった「観客」の側が作り上げてきた「歴史」であり「伝統」なのであって、結果的にそれに縛られ、日本の「観客」のほとんどは「自分自身が楽しむ」のがどういうことであるかということすら知らないまま、今でも生きているのである。悲しいことだと思う。

この歌の「вас」という歌詞を「あなたがた」と翻訳しているサイトがあったのだが、多分誤訳である。「вас」は確かに「あなたがたを」と翻訳される二人称複数の代名詞なのだが、ロシア語では同時にこの複数形が「あまり親しくない相手に改まった調子で呼びかける時」の二人称としても使われうる。と文法書にはある。日本の文字に移すならさしずめ「貴方を」という感じで、「おまえを」だと「тебя(ティビャ)」になるのだとのこと。フランス語の「vous」と「tu」も、同じ関係にあるらしい。「vous」は「コマンタレヴ」の「ヴ」であり、「tu」は「ジュテーム」の「テ」である。

Wikipediaを初め関連サイトの多くではこの歌が「ジプシー歌謡」であると紹介されているが、この歌を作ったのは「ウクライナ人の貴族とドイツ生まれのロシア人の作曲家」で、「ジプシー」と呼ばれてきた人たち自身の中から生まれた歌でも何でもないということには、注意が必要だと思う。歌詞に出てくる「黒い瞳の女性」はその「ウクライナの貴族」の目線から想像された「ジプシーの女性」に対する「イメージ」であるわけだが、それは決して「対等な目線」ではなく、むしろ「オリエンタリズム的な興味と関心」の対象としてしか相手のことを見ない、差別的な視線であると感じられる。しかもこの歌の主人公は言うに事欠いて、「相手のせいで自分の人生がめちゃめちゃになった」的な逆恨みの仕方をしている。相手のことを初めから「一段低く」見ていたから、それと「同じ立場」に立たされた時に「自分の人生がめちゃめちゃになった」とこの男は感じたのであろう。全然同情する気にはなれないし、またいい歌詞だとも思えないというのが私の感想であることは、付記しておきたい。


加藤登紀子 長谷川きよし/灰色の瞳

「黒い瞳」というタイトルを初めに見た時に私が思い浮かべたのはこの曲だったのですけど、こちらはもともとアルゼンチンの曲だったらしいですね。フォルクローレというやつらしいです。というわけでまたいずれ。