華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

I've Seen It All もしくは見るべきほどのものは見つ (2000. Björk)



さて今回は久々にリクエストにお応えしての翻訳記事である。などと言うと聞こえはよいのだが、実際の経過がどんな感じだったかと言えば、とある所で初めて会った人を前に私がどんな話をしていいか分からなくなってドギマギしてしまい、実はこういうブログをやっておりましてなどということを不細工にもこちらから打ち明け、あまつさえもし何かお好きな曲がありましたら取り上げさせてもらいますよなどと、明らかに大して興味を示しているようにも思えないその相手からほとんど押し売りをするようにして取りつけた「リクエスト」が、今回の曲だったという次第なのである。後から思い返すならこんなに恥ずかしい話はない。それにも関わらず気がつけばそんなことばっかり繰り返してきたのが私の人生であったりもするわけで、全く布団に逆さに頭を突っ込んで縮こまってしまいたくなる。

でもって今回みたいなケースの場合、私がそれに応えて翻訳記事を書かせてもらったとしても、その人が実際に読んでくれるかどうかは甚だ心もとない。初対面の人から好きな音楽について聞かれて社交辞令みたいな感じで答えた曲名で、何日も経ってから本当に記事が書かれているかどうかを検索してまで確かめたいと思ってくれるような人。まあ、あんまりいるとは思えない。そして今回に関して言うならば、その人と私がもう一度顔を合わせることのできる機会というものは、よっぽどのことでもない限り、訪れそうには思えない。とはいえ自分が高校生だった頃、「俺は自分を褒め讃える詩しか作らない」というキャッチフレーズで同世代のあいだに広範な支持を集めていた三代目魚武濱田成夫という人の、

俺様は約束してない事を守ったりする

という人生に対する姿勢を、私は今でも自分の生き方として大切にしていたりする。(ちなみに引用した一行詩のタイトルは、「俺の魅力」という)。その人が読んでくれようと読んでくれまいと、今回取りあげるその曲に私がその人を通じて初めて出会うことができたという事実こそが、私の歴史にとっては、一番大切なことなのだ。そのことを文字にして記録に残しておくことは、少なくとも私自身にとっては、無意味なことではない。

「ダンサー·イン·ザ·ダーク」という映画の挿入曲で、ビョークがレディオヘッドのトム·ヨークと一緒に歌ってた歌

というのが、さてそのことの上で、その人が私に教えてくれた「好きな曲」に関するあらましだった。「ダンサー·イン·ザ·ダーク」という映画を私はまだ見たことがなかったし、「ビョーク」も「レディオヘッド」も、名前は耳にしたことがあっても一度もまともに聴いてみたことのなかったミュージシャンだった。なので私はまずその映画を見るところから始めた。

そしたらそれは、今までに見たことがなかったぐらい、悲しくて美しい映画だった。


I've Seen It All

I've Seen It All

英語原詞はこちら


I've seen it all, I have seen the trees
I've seen the willow leaves dancing in the breeze

私はもう全部見てしまった。
木がいっぱい生えてるのも見た。
ヤナギの葉っぱが
そよ風の中でダンスしているのも見た。


I've seen a man killed by his best friend
And lives that were over before they were spent

親友の手にかかって
殺された人を見た。
まっとうされることなく
終わってしまった命も
いくつも見てきた。


I've seen what I was — I know what I'll be
I've seen it all — there is no more to see!

自分が何だったのかを
私は見てきたし
自分がどうなるのかも知っている。
私は全部見てしまった。
もう見るものなんてない。


You haven't seen elephants, kings or Peru!
象は見たことないんじゃないの?
王様だとか。
ペルーだとか。


I'm happy to say I had better to do
そんなのを見るより
他にやることがあって
私は本当によかったと思うな。


What about China? Have you seen the Great Wall?
中国はどうかな。
グレート·ウォール(万里の長城)
見たことある?


All walls are great, if the roof doesn't fall!
屋根さえ落っこちてこないなら
たいていの壁は
グレートなもんだと思うよ。


And the man you will marry?
The home you will share?

自分が結婚する相手のことは?
一緒に暮らす家のことは?


To be honest, I really don't care...
ぶっちゃけて言うとね。
本当にどうでもいいんだな。


You've never been to Niagara Falls?
ナイアガラの滝には
行ったことないよね。


I have seen water, it's water, that's all...
水なら見たことあるよ。
あれって水でしょ。
要するに。


The Eiffel Tower, the Empire State?
エッフェル塔は?
エンパイア·ステート·ビルは?


My pulse was as high on my very first date!
初めてのデートの時の
私の心臓は
それと同じくらいの高さで
高鳴ってたもんさね。


Your grandson's hand as he plays with your hair?
自分の髪の毛をいじって遊ぶ孫が
どんな手をしてるかとか
見てみたくない?


To be honest, I really don't care...
ぶっちゃけて言うとね。
本当にどうでもいいんだよね。


I've seen it all, I've seen the dark
I've seen the brightness in one little spark
I've seen what I chose and I've seen what I need
And that is enough, to want more would be greed
I've seen what I was and I know what I'll be
I've seen it all — there is no more to see!

私はもう全部見てしまった。
闇だって見てきた。
一瞬の閃光の中の
まぶしさだって見てきた。
自分の選んだものを
私は見たし
自分に何が必要なのかも
私はもう見た。
それで充分だと思う。
それ以上望むのは欲張りってものだ。
自分が何だったのかを
私は見てきたし
自分がどうなるのかも知っている。
私は全部見てしまった。
もう見るものなんてない。


You've seen it all and all you have seen
You can always review on your own little screen
The light and the dark, the big and the small
Just keep in mind — you need no more at all

もう全部見てしまったんだね。
そして見てきたすべてはいつだって
自分の小さなスクリーンで
振り返ることができるんだものね。
光も闇も。
大きいものも小さいものも。
心にしまっておくといい。
もう何もいらないよ。


You've seen what you were and know what you'll be
You've seen it all — there is no more to see

自分が何だったのかを
見てきたわけだし
自分がどうなるのかも
知っているわけだ。
全部見てしまったんだね。
もう見るものなんてないよ。

=翻訳をめぐって=

ビョークという人はアイスランドのご出身らしいのだけど、我々が見るとドキッとしてしまうぐらい、東洋的な顔立ちをされている。この人にそっくりな顔をした人を私は知ってるし、何なら上の写真なんて、普段着のテレサ·テン(↓)の写真だと言われたら、フツーにそれで通ってしまいそうな印象を受ける。



その上でアイスランドという国のことを今まで私はほとんど何も知らずにいたのだけれど、よく見るとこの国の名前は思いっきり英語(「氷の島」)で構成されているし、この歌の歌詞もまた、英語で書かれている。アイスランドに住んでいる人たちはイギリスに住んでいる人々と言語もルーツも同じなのだろうかと思って調べてみたのだが、そういうわけでもないらしい。総人口が35万人(何と奈良市とほぼ同じ。面積は北海道と四国を合わせたぐらいあるらしいのだが)のこの島国に現在暮らす人々は、ほとんどが9世紀以降に入植した「ヴァイキング」の子孫だとのことであり、話されている言語(アイスランド語)もノルウェー語やスウェーデン語といった、スカンディナヴィア半島の言葉とよく似た特徴を持つ言語なのだという。

学校教育ではアイスランド語の他に英語とデンマーク語が教えられているので、この国の子どもたちはみんな三ヶ国語が話せるトライリンガルなのだ、といったようなネット記事も目にしたのだけれど、どうなんだろう。日本でも今年から小学校高学年の英語教育が義務化されるという話だが、外国の言葉というものが学校で何年か教わったぐらいでペラペラ話せるようになるものだとは、自分の実感として、とても思えない。とはいえ考えてみると北欧系の歌手の人たちというのは、アバにしてもロクセットにしてもみんな「英語で」歌っている。最初から「世界」を視野に入れて活動しているから、という姿勢の問題もあるのだろうが、北欧系の人たちの感覚からすると、英語というのは日本語話者が想像するほどには「とっつきにくい言語」でもないのかもしれない。

ちなみにアイスランド語での同国の正式名称は「Ísland (イースラント)」なのだという。アイスランド語と英語の違いというのは実際には「それぐらい」でしかないのだろうかといったような気もするが、何ぶん全然知らない人間が想像だけで書いていることなので、本気で知りたいと思ったら本気で勉強する以外にない話なのだと思う。それにつけても、世界で唯一首都からオーロラを見ることができる国だという風に聞かされてみると、やっぱり一生のうちに一回くらいは行ってみたい気がしてきてならない。




さてそのことの上で映画「ダンサー·イン·ザ·ダーク」の舞台はアイスランドではなくアメリカであり、主役のビョークさんの役どころは息子に目の手術を受けさせるため、東欧のチェコから移民として大西洋を渡った母親である。さらに言うならこの映画はアメリカの映画ではなくデンマークの映画であり、撮影された場所もデンマークなのだという。主人公の親友役で登場するいかにもアメリカの労働者然としたおばさんはフランスの大女優のカトリーヌ·ドヌーヴだし、ここまでいろんなことがシャッフルされてみると、21世紀の現在において、国籍や国境といったようなものは、少なくとも映画の世界では既に意味を失ってしまっているのではないかという感じがしてくる。それにも関わらずこの映画に描き出されているのは、やはりさまざまな形で「自由になれない」現実と向き合っている等身大の人々の姿で、その舞台としてふさわしい場所は、やっぱり今の世界においてはアメリカしかありえないのだろうな。という印象を私は受けた。アメリカという土地に子供を連れてたった一人で渡った女性を主人公にした映画だからこそ、その姿には世界中の誰もが「自分自身の姿」を重ねうる余地が存在している。そういう風に作られた映画なのだと私は思う。



映画のネタバレ感想を書くことを目的にしたブログではないので細かい筋については割愛するが、今回取りあげた歌と関連する内容についてだけ触れるなら、主人公のセルマ(ビョーク)は先天性の目の病気を抱えており、その病気が息子にも遺伝している。その子に手術を受けさせるために彼女は渡米を決断したのだったが、彼女自身の視力が映画の冒頭の時点から既にだんだんと失われつつあることが描かれており、後半ではついに、完全に見えなくなってしまう。その直前に映画の中で歌われるのが、上の「I've Seen It All」という曲なのである。

ということだけ書いてしまえば、後は今回の記事にはどんな「解説」も不要であるように思う。

映画の中では上の曲は、セルマと彼女に片想いしている工場の同僚の男性(ピーター・ストーメア)との「かけあい」として歌われているのだが、レコードになっているバージョンでは、相手の男性がレディオヘッドのトム·ヨークになっている。そのレコードバージョンでビョークさんが歌っているパートを赤字、トム氏が歌っているパートを青字、合唱しているパートを紫で上には示したが(女=赤、男=青といったこうしたステレオタイプな表象を世間の慣習に従って使い続けることが「いいこと」だとも思えないのだけど、どういう「歌い分け」がなされているかということに関する情報はこの場合、必要だと思う)、映画の中では男女の歌うパートが多少、入れ替わっている。またこの曲がアカデミー賞にノミネートされた時のパフォーマンスでは、全部のパートをビョークさんが一人で歌い切っている。だからこの歌の歌詞は「会話のてい」をとってはいるものの、どの部分が男の言葉でどの部分が女の言葉であるという風に、決めてかかって聞く必要は必ずしもない歌なのではないかと思う。主語が最後に「I」から「You」へと変わっているが、その全部が「主人公の心の中」で繰り広げられている自問自答であると想像しても、とりわけ映画の後半部分と重ねて考えるなら、あながち不自然には思えない。

あと、まあ、「高鳴ってたもんさね」という訳し方はどうしても「もんさね」でなければならないのかと私自身かなり悩んだところではあるのだが、私にはこのフレーズが「もんさね」としか「聞こえなかった」のである。別段、うまい訳し方だと思ってるわけでも何でもなく、むしろ恥ずかしい訳し方だと思っていることは、付記しておきたい。

それだけ。



今回の記事のサブタイトルにした「見るべきほどのものは見つ」は、壇ノ浦の戦いに敗れて関門海峡に入水した平家の総大将、平知盛が、最期に残した言葉として平家物語に記載されているフレーズである。「I've Seen It All」というこの歌のタイトルを目にした時に反射的に私の脳裏に浮かんだのは、その言葉と共に甲冑を二枚重ねで着込み、体が二度と浮かんでこないように錨を背負って海に飛び込んだという、子どもの頃に震えるほど恐ろしく感じられた伝承の中の彼氏の姿だった。

その壇ノ浦にほど近い九州側の高速道路の山道には、確か日本でそこにしかないという話だったと思うのだけど、坂道を走る車にスピードを落とさせるために道に書かれているシマシマ(わかるかな)が「三三七拍子」のリズムになるように設置されている箇所がある。子どもの頃は、夏休みに親戚の家に行くために関門橋を越えてその「三三七拍子」の場所に差し掛かるたびごとに、「九州に来た」という実感がこみ上げてきたものだった。そんな思い出も、「がたがたごっとん、つったんとん」という列車の音をそのままサンプリングしてリズムパートに使ったこの曲のイントロから、同時に呼び起こされる感じがした。

まあ、感じがしたというだけで、それ以上広げることのできる余地のある話でもないのだけれど。

ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 2000.7.11.
Key: A→D