華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Mothers of the Disappeared もしくは消えた人々の母親たち (1987. U2)


Mothers of the Disappeared

Mothers of the Disappeared

英語原詞はこちら


Midnight, our sons and daughters
Cut down, taken from us
Hear their heartbeat
We hear their heartbeat

真夜中に
息子たちや娘たちは
ぶった切られて
私たちのもとから連れ去られました
あの子たちの心臓の音を聞いてください
私たちには聞こえるのです


In the wind we hear their laughter
In the rain we see their tears
Hear their heartbeat
We hear their heartbeat

私たちは風の中に
あの子たちの笑い声を聞きます
雨の中に
あの子たちの涙が見えます
あの子たちの心臓の音を聞いてください
私たちには聞こえるのです


Night hangs like a prisoner
Stretched over black and blue
Hear their heartbeat
We hear their heartbeat

黒から青へと手を広げ
しばり首にされた囚人のように
夜が垂れ下がってきます
あの子たちの心臓の音を聞いてください
私たちには聞こえるのです


In the trees our sons stand naked
Through the walls our daughters cry
See their tears in the rainfall

木立ちの中に
わたしたちの息子たちは
裸のままで立っています
いくつもの壁の向こうから
娘たちが声を張りあげています
そぼ降る雨の中に
あの子たちの涙が見えるでしょう




=翻訳をめぐって=

以下はWikipedia英語版のこの歌に関する記事からの転載。

The song was inspired by lead singer Bono's experiences in Nicaragua and El Salvador in July 1986, following U2's participation in the Conspiracy of Hope tour of benefit concerts for Amnesty International. He learned of the Madres de Plaza de Mayo, a group of women whose children had "forcibly disappeared" at the hands of the Argentine and Chilean dictatorships. While in Central America, he met members of COMADRES, a similar organization whose children had been abducted by the government in El Salvador. Bono sympathized with the Madres and COMADRES and wanted to pay tribute to their cause.
この歌はU2がアムネスティ·インターナショナルを支援するためのコンサート「Conspiracy of Hope (希望の共同謀議)」ツアーに参加した後、1986年7月にリードシンガーのボノがニカラグアとエルサルバドルで体験したことをもとに作られた曲である。彼は当時、アルゼンチンおよびチリの独裁政権によって自分の子供たちを「強制的に行方不明にされた」女性たちの団体、「Madres de Plaza de Mayo (スペイン語。「5月広場の母親たち」の意。プラザ·デ·マヨはブエノスアイレス市街の一画にある同名の広場の名前)のことを伝え聞いていた。そして中米滞在中には、自分の子どもたちをエルサルバドル政府によって誘拐された人々による同様の組織「COMADRES (コマドレス。スペイン語の正式名称を訳すると「囚人の母親とその関係者たち」)」のメンバーとも出会っていた。ボノはマドレスとコマドレスにシンパシーを抱き、その大義に敬意を評したいと考えたのだった。

nagi1995.hatenablog.com

Midnight, our sons and daughters
Cut down, taken from us

「Cut down」の訳し方は難しい。直訳は「切って」「下がった状態にする」であり、「切り倒す」「切りつめる」「打ちのめす」「こきおろす」等々、いろいろな場面でいろいろな形で使われる言葉である。ここでは政府に反対する運動に関わった子どもたち(年齢は、さまざまだろう。母親にとっては自分の子どもが10代であっても60代であっても「children」は「children」である)がその親から「切り離された」ことを指している言葉だとも読めるし、政府側の報道機関によって「悪者に仕立て上げられた」ことを指している言葉だとも読める。しかしながら政府や民間のテロ組織によって文字通り「切り殺された」ことを表現している言葉だという可能性も、実際そうしたことは無数に起こっていたわけであり、排除できない。「その存在を一撃で否定される」みたいな意味を持った言葉で訳せば、多分その全部を取りこぼすことなく日本語に移せるだろう。そういう言葉はと考えた結果、この静かな歌にはそぐわない言葉の使い方ではあるかもしれないけれど、「ぶった切る」という訳し方になった。

Hear their heartbeat

日本語世界で「親」が「子どもたち」のことを「かれら」と表現することはほぼありえない。子どもがいくつになっていようと必ず「あの子たち」になる。英語世界や中国語世界の住人たちが自分の家族や恋人のことを指すのに「They」や「他们」といった三人称代名詞をフツーに使えるということは、その時点でかれらが相手のことを「他者として」対象化していることを示している。これに対して日本語世界の住人たちは、自分にとって身近な人間のことを「他者として対象化することができない構造」の中に、言語という「制度」を通して、あらかじめ組み込まれている。だから日本語世界では子どもが親のことを「あの人」と表現したりすると、それ自体が「宣戦布告」の意味を持つことにまでなってしまう。それがいいことだとか悪いことだとかは論じても仕方のないことだし、そうした言語構造が日本語話者の精神的自立を妨げているみたいな評論は、しようと思えばできるのかもしれないが、そんなことを客観的な立場からどうこう言えるほど自分が「自立」した人間であるようにも私は思えないので、とりあえず、しない。しかしながら自分の生きている言語空間が「そういう世界」であることに、こうした外国語表現と出会うたびに気づかされてしまう感覚には、「割り切って」しまうことなく、こだわり続けてゆきたいと考えている。

Night hangs like a prisoner
Stretched over black and blue

「黒から青へと手を広げ」という試訳だと「夜が自分の意志で広がってゆく」感じに読めてしまうが、原文では受動態で表現されている。つまり「黒」=「闇の領域」から「青」=「光が残されている領域」に向かって「夜」が「押し広げられてゆく」様子が、歌詞では絵画的に表現されているわけである。それが「押し広げられて」いるものである以上「押し広げている主体」がどこかに存在しているわけで、原文ではそこに「独裁政権」の影がクッキリと浮かび上がってくるような言葉遣いになっている。それを日本語で再現できなかったのは私の限界である。

さらに「black」には「絶望」、「blue」には「悲しみ」という英語独特の意味合いがここには重ねられてもいるのだろうし、「Night hangs」までは「夜のとばりが降りてくる」みたいな感じでフツーに聞けてもその後に「prisoner」という単語が出てくることで、じゃああの「hangs」は「縛り首にされる」という意味だったのか、と聞き手がドキッとさせられるような「仕掛け」も、この歌詞の中には施されている。何しろこうした言葉を「正確に」日本語に移すことは、とても難しいと思う。



以上をもって、アルバム「Joshua Tree」の翻訳作業は完結である。このブログを始めて間もない頃に「With Or Without You」を取りあげた時から数えれば、足掛け三年にわたる大仕事にようやくケリをつけられたことになるわけで、何か感想のひとつも書いた方がいいのかもしれないとも思うが、何を書いても蛇足にしかならないようにも思う。このブログが責任を持てる範囲は「歌詞の内容の日本語による再現」というところまでであり、そのことの上で「歌の聞き方」まで読者の人たちにあれこれ指図できる資格も権限も私にはない。だから私自身がこのアルバムにどのような個人的思い入れを持っているかについてくだくだしく書くことは、ここでは遠慮したい。

ひとつだけ個人的なことを書いておくならば、「Joshua Tree」は私が生まれて初めて「ウォークマンで聞いた音楽」だった。中学2年の時、友人と自転車で吉野山の千本桜を見に行く計画を立てたことがあり、奈良市の家から3時間かけて吉野まで行って200円の甘酒を一杯だけ飲んでまた3時間かけて帰宅する、という今だと絶対やれないようなゼイタクな時間の使い方をしたのだったけど、たどりついた上千本の展望台で友人が誇らしげな顔をしてウォークマンで聞いていたのが、このアルバムだったのである。

当時の私は、自分がウォークマンを持っていなかったということがまず一番大きかったのだろうけど、「音楽を屋外に持ち出してヘッドホンで聴く」という「文化」を、毛嫌いしていた。「広く新しい世界が目の前に広がっているというのになぜそこから五感を切り離し、自分の世界に閉じこもってしまうようなことをするのか」的な腹の立て方をしていた。しかしながらその時は3時間かけてたどり着いた眼下の景色があまりに雄大だったのと、200円で買った甘酒があまりに美味しかったのと、横にいる友人があまりに気持ち良さそうだったのとで、少しだけ「いつもと違うこと」をやってみたい気持ちになり、「それ、ちょっと聞かしてくれへん?」と言ってみたのだった。

それで、「音楽があると、景色はこんなに違って見えてくるものなのか」ということに、ビックリした。

以来、「Joshua Tree」を聴くたびに私の脳裏によみがえってくるのは、何年経っても吉野山の展望台から見下ろした桜の風景なのである。というわけでまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1987.3.9.
Key: A