華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

I Want You もしくは1992.10.16.#5 (1967. Bob Dylan)



私が中学2年生だった時にNHKで放送されたボブ·ディランのデビュー30周年トリビュートコンサート、4番目に登場したのはソフィー·B·ホーキンスというめちゃめちゃにセクシィなお姉さんで、この人の歌を通じて「I Want You」という曲に出会った私は完全にそれにシビれていたのだったが、極めて納得の行かないことにはこの人の出番もまたジョージ·サラグッド氏のそれと同様、後から発売されたCDやビデオには、収録されていない。けれども曲の途中で重たいコートをガバッと脱ぎ捨てるパフォーマンスや、有名なギターフレーズを「とぅっとぅっ…」とスキャットで歌い続けるその後ろ姿などは多くの人の印象に残っていたらしく、こちらの動画はYouTubeでも比較的簡単に見つけることができた。


I Want You (Sophie B Hawkins)

海外サイトによるならばこの時ソフィー·B·ホーキンスさんはニューヨークでデビューしたばかりで、カバーしたのはいいもののあんまり売れていなかった「I Want You」をディラン本人が聞いて気に入り、急遽このコンサートに招かれることになった、という経緯があったらしい。そんなドラマチックな裏事情があったのなら、なおさらCDの収録曲から外されたことが不自然に思えてしまう。なにせ25組のアーティストが登場し34曲が演奏されたこのコンサートにおいて、発売段階でボツになったのは5曲だけ。しかもうち一曲はディラン本人が酔っ払ってて話にならなかった「Song To Woody」で、もう一曲はジョージ·ハリスン御大の「If Not For You」だったのである。ブーイングに迎え撃たれたシネイド·オコナーさんがアドリブで歌った「War」がCDとして発売されなかったのは致し方ないということまで考え合わせるなら、このコンサートの記録から「はみご」にされたのはジョージ·サラグッド氏とソフィー·B·ホーキンスさんの二人だけ、だったという話になる。それって、あまりといえばあまりな仕打ちなのではないだろうか。Wikipediaの記述によるならばソフィー·B·ホーキンスさんは現在55歳。ヴィーガンで、動物の権利や自然環境を破壊から守る運動に長年携わっており、女性運動、LGBT運動の活動家としても広く知られているとのことである。今までずっと知らずにいたことを申し訳なく思う。


I Want You (Sophie B Hawkins)

何しろ私はこの人の都会的かつ洗練されたアレンジを通じて「I Want You」という曲に出会ったものだから、翌年ぐらいになって66年段階のディランのオリジナルを初めて聞いた時には「うわ何これださださやん」と思ったことを強烈に覚えている。「ブロンド·オン·ブロンド」という最高傑作の呼び声高いアルバムでのディランの歌い方は、全体的に「ちゃんとしていない」ように、中学生だった私には思われたのである。それまでに聞いた他のアルバムでは、少なくともディランは「歌って」いた。ところがこのアルバムになると、ディランは歌うことそれ自体を放棄して「しゃべって」いるみたいに感じられた。メロディはけっこう印象的な歌が多いのに、それをわざわざ崩して、ひとつひとつのフレーズの終わりの部分をすごく中途半端な歌い方で、中空に放り出してしまう。その放り出し方がいちいちえろいおっさんみたいに感じられて、当時の私にはとてもカンに触ったのだった。1966年のディランといえばまだ20代だったはずだけど、中学生から見れば充分すぎるほどおっさんだったのである。それが何年か経つと、「その歌い方でないと物足りない」みたいに思えてくるのだから、人間の第一印象なんてとてもいいかげんなものなのだが。

しかしその一方でこの「I Want You」という歌は、「ディランという人はすごい詩を書く」ということを私に認識させた最初の作品であったようにも思う。そう感じた理由には、片桐ユズルさんの訳し方による部分も、間違いなく大きかった。「罪ある葬儀屋はなげく」「よっぱらった政治屋がおどる」といった現在時制の平叙文が矢継ぎ早に繰り出されることで、この歌の言葉は異様なスピード感を獲得している。それぞれの行に描き出されているのはとても奇抜なイメージなのだけど、それが収束してゆく先は「I Want You」という極めてわかりやすいメッセージその一点である。そしてその端々に挟まれる「おれは彼にやさしくはなかったな?(Was I ?)」とか「おまけに おれは…(Because I...)」とかいった言い回しが、いちいちせつない。もっとも今になって読み返してみると、あんまり正確な訳し方になっていないのではないかと思われる部分もいくつかあるのだけれど、片桐さんの訳詞の日本語のリズムというのは、やはり圧倒的なのである。自分で訳してみる段になっても、そのリズムを壊したりそこから飛び出そうとしたりする試みには、やはり私は踏み込めなかった。

一方で佐藤良明氏の新訳は、この歌に関して言うなら特に内容的に問題があるようにも思わないし、また独特のリズムを備えてもいる。ただしそれは「私がずっと思ってきたこの歌のリズム」とはやはり違っている。あと、この人の訳詞からは、片桐さんの訳詞には強烈に漂っていた「せつなさ」が、全般的にまったく伝わってこない。それはおそらくこの人が「ダメな人」ではないから、なのではないかという感じがする。私はずっとディランという人は「ダメな人」なのだという印象を持ってきたし、そういう人の書く言葉だからこの人の歌詞には「せつなさ」があるのだという風にも感じてきた。ダメな人というのはダメなわけだけど、ダメな人にしかわからないような気持ちというものも、やっぱり世の中にはあると思うのである。


I Want You (Sophie B Hawkins)

I Want You

英語原詞はこちら


The guilty undertaker sighs
The lonesome organ grinder cries
The silver saxophones say I should refuse you
The cracked bells and washed-out horns
Blow into my face with scorn, but it's
Not that way, I wasn't born to lose you

罪ある葬儀屋は嘆く
孤独なオルガン弾きが叫ぶ
銀のサキソフォンは言う
わたしはあなたを拒絶するべきなのだと
ひび割れたベルがいくつも
くたびれたラッパがいくつも
わたしの顔の前にぐっと近づいて
あざけるような音を立てる
でもそうじゃないだろうわたしは
あなたを失うために
生まれてきたわけじゃない


I want you
I want you
I want you, so bad
Honey, I want you

あなたがほしい
あなたがほしい
あなたがほしいとてもひどくハニー
あなたがほしい


The drunken politician leaps
Upon the street where mothers weep
And the saviors who are fast asleep, they wait for you
And I wait for them to interrupt
Me drinkin' from my broken cup
And ask me to open up the gate for you

酔っ払った政治屋が飛び跳ねる
母親たちが泣き崩れるストリートの上で
そして深く眠っている救世主たち
かれらはあなたを待っているのだ
そしてわたしはその救世主たちが
壊れたカップから飲もうとしている
わたしのことを止めてくれて
あなたのために門を開け放てと
告げてくれるのを待っている


I want you
I want you
Yes I want you, so bad
Honey, I want you

あなたがほしい
あなたがほしい
あなたがほしいとてもひどくハニー
あなたがほしい


How all my fathers, they've gone down
True love they've been without it
But all their daughters put me down
'Cause I don't think about it

わたしのすべての父親たちが
だめになってしまったその行き方
真実の愛というものそれなしで
あのひとたちはやってきたのだった
ところがその娘たちがまたみんな
わたしのことをこきおろす
そのことについてわたしが
考えようとしないからということで


Well, I return to the Queen of Spades
And talk with my chambermaid
She knows that I'm not afraid to look at her
She is good to me and there's
Nothing she doesn't see
She knows where I'd like to be but it doesn't
Matter

ああわたしはスペードの
女王のところに帰ることにしよう
そして自分の客室係のメイドさんと
話をすることにしよう
その顔をじっと見つめることに
わたしがおそれを感じていないことを
あのひとはわかってくれている
あのひとはわたしによくしてくれて
あのひとには見えないことなんてない
あのひとはわたしが
どこにいたいかということも
わかってくれているわけだけど
そんなことは
問題ではないのだ


I want you
I want you
Yes I want you, so bad
Honey, I want you

あなたがほしい
あなたがほしい
あなたがほしいとてもひどくハニー
あなたがほしい


Now your dancing child with his Chinese suit he
Spoke to me, I took his flute
No, I wasn't very cute to him, was I?
But I did it, because he lied and
Because he took you for a ride
And because time was on his side and
Because I

さて自分の中国服の一式と
ダンスを踊ってるきみの子どもその子が
わたしに話しかけわたしは
その子の横笛を取りあげた
じっさいわたしはその子にとって
それほど魅力的な人間では
なかっただろうそれとも違うとでも?
しかしわたしはそうしたのだ
なぜならそいつはウソをついたからそして
あなたのこともかついだからそして
時間はそいつの方に味方していたから
そして
だってわたしは…


Want you
I want you
Yes I want you, so bad
Honey, I want you

あなたがほしい
あなたがほしい
あなたがほしいとてもひどくハニー
あなたがほしいのだから

=翻訳をめぐって=

  • The guilty undertaker sighs…「undertaker」は「葬儀屋」という意味だと辞書にはあるが、基本的にはイギリス英語で、アメリカではあまり使われない言葉なのだそうである。そういう言葉がアメリカの歌で使われることには間違いなく「意味」があるわけだが、そのニュアンスの違いにまで思いを馳せることのできるよすがとなるような日本語の言い回しというものは、思いつかなかった。「罪ある葬儀屋はなげく」。片桐さん訳のこのフレーズのリズムないし文字数は、完璧すぎるのだ。
  • The cracked bells…英語では「直径数メートルの教会の鐘」も「手に持ってシャンシャン鳴らす鈴」も、どちらも同じ「ベル」である。「ベル」と「訳」すしかないのである。
  • drinkin' from my broken cup…キリスト教でもイスラム教でも、割れたりヒビの入ったりしたコップや杯から飲み物を飲むことは、非常に不吉で邪悪なことだとされているらしい。この歌の主人公は、「救世主たち」がやってきて自分がその「壊れたコップ」から飲もうとすることを妨げてくれることを期待しているわけだが、それはつまるところ「自分が間違ったことをしようとしたら止めてくれる人がほしい」ぐらいの意味なのだと思う。
  • How all my fathers, they've gone down…「すべての私の父親たち」と直訳すると、論理矛盾をはらんだえらく詩的な表現みたいに響くけど、ここでは「すべての自分の先祖たち」という意味なのだと思う。とはいえそう書いてしまうと「意訳のしすぎ」だと思うので、試訳では結局直訳を選んだ。
  • True love they've been without it…「True love」は「恋人」を意味する言葉でもあるが、ここもやはり直訳の「真実の愛」でいいのではないかと思う。「先祖たち」=昔の人々は因習や制度に縛られてそういうのを知らないまま生きていたわけだが、その子孫であるところの「娘たち」=現在の女性は男に対しその「真実の愛」について考えることを厳しく迫る、的な意味なのであろう。ソフィー·B·ホーキンスさんがこの部分をどういう気持ちで歌ってはったのかということまでは、わからないのだけど。
  • your dancing child with his Chinese suit…片桐訳でも佐藤訳でも「中国服を着た子ども」という訳し方がされているのだけど、そう訳せるものなのかどうか、私はよく分からない。「dance with~」といえば「〜と踊る」という意味なのだから、中国服「と」一緒に踊っている子ども、というイメージではないのだろうか。昔のポンキッキの歌で、透明人間が服を着ているような感じでパジャマだけが踊っている映像が流れていた、あんな感じである。ちなみにこの「踊っている子ども」には当時ストーンズに在籍していたブライアン·ジョーンズのイメージが重ねられているのではないかということが、海外サイトでは指摘されていた。実際、中国系の服を好んで着ていたらしいし、いろんな曲でフルートも吹いている。数行後に「time was on his side」というフレーズが出てくるのは、あきらかにストーンズの「Time Is On My Side」という曲名を意識した言い回しである。ということはこの「子ども」は「子ども」と書かれてはいるものの、実際には歌い手のライバルである「彼氏」である可能性も高い。「he」をどういう言葉で訳せばいいのか、悩ましいところだった。


For You (高橋真梨子)

ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1966.6.20.
Key: F