華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

ロビー·ロバートソン自伝「Testimony」読書ノート #22〜CODA (完結編)

#21 Testimony



ロビー·ロバートソンの自伝「Testimony」は、フタを開けてみればザ·バンドがザ·バンドとしてデビューする第21章までの記述で全体の2/3が占められており、その時点で予測できたことではあったが、最終章はやはり「ラストワルツ」だった。自伝が発表された2016年に至るまでの、それからの長い40年間については、何も書かれていない。「ビッグ·ピンク」以降の各章の大まかな内容は、以下の通りである。

第22章

1969〜70年

  • アルバム「The Band」の録音
  • ウッドストック·フェスティバルへの参加
  • ビッグピンクの地下室でのプライベートな録音が、レコード音楽史上最初の海賊盤「Great White Wonder」として流出。ディランもロビーも割と本気で怒っていたと書かれていたのが印象的だった。
  • ボブ·ディランと共にワイト島フェスティバルに参加
  • アルバム「The Band」のリリース
  • ジェシ·ウィンチェスターのアルバムをプロデュースした時のエピソード
  • ウッドストックにヴァン·モリソンが移住してきた時の話
  • エド·サリバン·ショーへの出演
  • リヴォン、リック、リチャードの3人がヘロインに手を出し始め、暗雲が立ち込め始める。ロビーは3人が自分にもヘロインを勧めようとしなかったことに「驚いた」という。書かれていることをそのまま信じるなら、ロビーはこの時期から「仲間外れにされている」と感じ始めたようである。「生まれて初めて悲しい気持ちで」歌を作ったロビーは、「The Shape I'm In」をリチャードに、「Stage Fright」をリックに、「The W.S.Walcott Medicine Show」をリヴォンに捧げる。
  • アルバム「Stage Fright」をレコーディングしていた時期のこと、リヴォンをクルマで送ってゆく道すがらで、ロビーは自分が今の状況をどんなに苦しく思っているか、切々と訴えたのだが、リヴォンは「ヘロインなんてやってない。腕をまくりあげて注射の跡を確かめるか?」と見え透いたウソをつく。リヴォンが初めて自分にウソをついた。そのことにロビーは深く傷ついたと書かれている。前章の川辺のシーンと併せて、私にとってはこの本の中で最も印象的な場面だった。
  • 「Festival Express」というイベントで、ジャニス·ジョプリン、グレイトフル·デッドらと共に列車でカナダを横断するツアーに出た時の話。
  • アルバム「Stage Fright」の完成

第23章

1970〜72年

  • ロビーの次女デルフィンさんが誕生
  • マイルス·デイヴィスがオープニングアクトを務めたハリウッド·ボウルでのコンサートで、リヴォンの演奏がドラッグの影響によりモタつき、暗雲が濃くなる。
  • ツアーでニューオーリンズに行った時の奇妙な経験。
  • 69年から71年にかけて、ブライアン·ジョーンズ、ジミヘン、ジャニス、ジム·モリソンが相次いで27歳で死去。ロビーに大きなショックと恐怖を与える。
  • 71年5月 ヨーロッパツアーに出発
  • 71年9月アルバム「Cahoots」発表
  • 71年クリスマスから72年頭にかけ、アレン·トゥーサンが率いるホーンセクションを加えたライブを敢行。最終日にはディランも参加。ライブアルバム「Rock Of Ages」にまとめられる。

第24章

1972〜73年

  • 1972年は映画の当たり年だったとの回想。この時期、ロビーは日本の勅使河原宏監督から「サマー·ソルジャーズ」という映画への協力依頼を受けるが、「台本がよく理解できなかった」とのことで、断ったという。
  • リヴォンがアーカンソー州の土地への投資の話を持ち込んできて「バンドが混乱させられた」という記事。リヴォンの自伝に書かれていることとは、衝突する内容。
  • ウッドストックに現れたヘンなカメラマンの話
  • ドラッグにのめり込む3人はバンドの会議への出席も滞りがちになり、とりわけリチャードは全く出てこれなくなる。メンバー全員で彼の部屋を訪ねたところ、コカインによる幻覚で部屋中にうごめいているように見える虫を追い払うため、壁を焼け焦げだらけにするなど、深刻な状態になっていた。その姿に誰もがショックを受けながら、それにも関わらずロビーを含めた誰もがドラッグをやめられずにいた「行き場のなさ」が、この箇所では綴られていた。
  • 時を同じくしてロビーは、ロサンゼルスでアサイラムレコードの社長のデイヴィッド·ゲフィンを紹介され、彼の「魅力」に惹きつけられてゆく。ビジネス面でも人格面でも「魅力」を提供してくれる人物だったらしい。ほどなくザ·バンドはアルバート·グロスマンとの間に結ばれていたマネージメント関係を解消し、そしてロビーはゲフィンの招きに応じてカリフォルニアのセレブ集住地、マリブビーチへの移住を決める。(グロスマンとの関係解消は、例によってリヴォンを初めとした他のメンバーの主導で進められたように書かれており、ロビーひとりが「心を痛めていた」ようなことが書かれているのだけれど、ロニー·ホーキンスとの決別のあたりから、都合の悪いことは全部「他のメンバーの主導」で話が進められ、ロビーはいつも「心を痛めていた」ようなことばかり書かれているので、この辺になるともう、私には全然信用できない。結局、「田舎者」のリヴォンや「ジャンキー」のリチャードとツルんで毎日を送るよりも、マリブでのセレブな暮らしの方が楽しくなっただけではないのか、と率直に言って思うし、それが彼氏をザ·バンドの「幕引き」に走らせた一番大きな動機だったのではないかと私は感じる)
  • アルバム「Moondog Matinee」のレコーディング
  • 65万人を集めたワトキンス·グレンでのライブ

第25章

1973〜75年

  • ロビー以外のメンバーも、ウッドストックからマリブに移住
  • ディランとアルバム「Planet Waves」を共同制作
  • 74年初頭から、ディラン&ザ·バンドによる8年ぶりの全米ツアー。ライブの様子は6月発売のアルバム「Before The Flood」にまとめられる。同時期、ディランとサラさんの関係が悪化し、結婚式の介添人をつとめたロビーは心を痛める(もういい)。
  • マリブ近郊のズマ·ビーチに、「第2のビッグ·ピンク」ことシャングリラ·スタジオが開設。
  • イギリスへのツアーでレッド·ツェッペリンのメンバーと共演
  • アルバム「Northern Lights-Southern Cross」の制作
  • アルバムの収録が終わった頃、リチャードが思いつめた顔でやって来て、「歌を書けなくなった自分には著作権料を受け取る資格がない」から、共同にしていた自分の著作権をロビーの方で買い取ってくれないか、と言って来たという記述がある。それをきっかけにリックもガースも「自発的に」自分の分の著作権をロビーに売りたいと言ってきたので、心を痛めながらそれを買い取ったみたいなことが書かれているのだが、当然ながらこの辺も、リヴォンの自伝では全く違った内容のことが書かれている。個人的には全っ然興味がない領域なので、細かいことに踏み込もうとは思わないけど。
  • ディランの「Blood On The Tracks」の印象について。
  • マリブビーチで溺れかけていたキース·ムーンを、リックと2人で助けた話
  • ニール·ダイヤモンドのアルバム「Beautiful Noise」をプロデュース

第26章

1976年

  • 小説家ヘンリー·ミラーとの、マリブでの家族ぐるみの交流
  • 夏のツアーで、ライブ会場に向かうために乗ったボートが高波に襲われ、リチャードが首を骨折。チベットで修行を積んだという謎の医療グループによる謎の治療でリチャードは謎の回復をとげ、ツアーは続行されるが、ロビーはここで「No More」という気持ちになったらしい。つまりは、心が折れたらしい。
  • ロビー、シャングリラ·スタジオのミーティングで「ラストワルツ」の構想を提起。「誰も反対しなかった」と書かれている。この時点で既に9月になっており、11月の「ファイナルコンサート」に向けて怒涛の日々が開始される。
  • 10月30日、TVショーの「サタデーナイトライブ」に出演。ジョン·ベルーシとのエピソード
  • 「ラストワルツ」のためにサンフランシスコに向かう直前、ロビーは一人一人のメンバーと個別に「最後のコンサート」に向けた思いを確認しあい、リヴォンを含めた全員から感動的な言葉が返ってきたと書かれている。それがどこまで本当なのか、確かめることは誰にもできない。

第27章

  • ラストワルツ

CODA

  • 「そしてみんなはそれぞれの道を歩いて行った」的な、4ページの短いエピローグ。

そして私は

ザ·バンドの前史にあたる前章までは、これまで詳細に「読書ノート」をつけてきたものの、この最後の6章分およびエピローグについては、今のところ全く、感想を書いたり細かく分析したりしたい気持ちになれない。これから私は何度もこの本を、少なくともリヴォンの自伝と同じくらいに、何度も読み返すことになるのだと思う。でも今の時点では、正直言って何も書く気になれない。毎回楽しみにして下さっていた読者の方もいることを知っているので、中途半端な形で終わらせることは、申し訳ない気がします。代わりと言っては何だけど、「Testimony」を読み終えた日にツイッターで葉踏舎管理人のマリノさんと交わした会話を本人の許可を得て転載させてもらうことで、今回の企画のしめくくりとしたいと思います。2ヶ月にわたるお付き合い、ありがとうございました。ではまたいずれ。
























↑「美しくなければならなかった」の誤植






























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