華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

ロビー·ロバートソン自伝「Testimony」読書ノート #4.

#3 Testimony#5

  • 「カウボーイの図柄が入った最初のギター」とロビー

第4章の冒頭では、ロニー·ホーキンスがフォークソングのアルバムを作ったエピソードが紹介される。いわゆる「フォーク·ムーブメント」が全米に巻き起こる数年前のことであり、ロニーには「先見の明」があったとロビーは語る。ほとんど注目されなかったアルバムではあるらしいのだが。

ホークスは南部に戻り、演奏と練習の日々が再開される。そんな中でフレッド·カーターというギタリストがバンドをやめることになり、入団以来ベースを担当していたロビーにリズムギターの役割が回ってきた。いつかリードギターを弾いてやるという野望に燃える彼氏にとって、それは夢への大きな前進だった。

「思い返せばたったの4年前、1956年の夏の終わりのことだった」とロビーは回想する。「ロックンロールが一夜にして世界を変えた」のだ。それは文字通り、日付を特定できるぐらいに「一夜」の出来事だったらしい。火曜日にはパティ·ペイジやペリー·コモを聞いていたのに、水曜日にはいきなりチャック·ベリーやエルヴィス、リトル·リチャードが束になって登場したと原文にはある。彼らは先週まで一体どこで何をしていたのだろうとロビーは思ったという。

もはや、カウボーイの図柄入りのアコースティックギターでは満足できなかった。ロビーはどうしてもエレキギターが欲しくなった。両親を拝み倒してその年のクリスマス、最初のエレキギターを手に入れるのだが、それにはアンプがついていなかった。母親のレコードプレーヤーのスピーカーに無理やりギターをつないでめちゃめちゃな音を出しているロビーの姿に、彼女は苦笑し、小さなアンプも一緒に買い足すことを約束してくれる。

時を同じくして、ロックンロールの「rebel spirit (叛逆精神)」は映画の世界でも重要な位置を占め始める。「暴力の季節」や「理由なき反抗」といった映画がティーンエイジャーの心を鷲掴みにし、Gジャンにチーム名をプリントした悪ガキ集団がそこら中の街に結成される。ロビーも「Black Orchids (黒い蘭)」という名前の地元のチームに加入した。揃いのブーツによる金的蹴りで、周辺のチームから恐れられていた集団だったという。

が、ほどなくロビーは、自分があまりに「体力不足」であることを実感し、敵対チームから腹部に強烈なキックを食らったある日に「自分には別のやり方の『叛逆』を見つける必要があるようだ」ということを思い知らされたとある。何と言うか、何とも言いようのない話である。

ホークスはウィル「ポップ」ジョーンズというピアニスト、レベル·ペインというベーシストを新たなメンバーに迎え、ますます旺盛な活動を開始する。リズムギターに転向したロビーのことをいつもサポートしてくれたのは、ドラムのリヴォンだった。

ある日、ロビーとリヴォンがファーストフードの店で食事をしていたところ、ロビーが地元のチンピラ集団から絡まれたことがあった。「よそ者」のロビーにとっては、心細い経験だったに違いない。と、リヴォンがそこに割って入り、

"Don't you be pointing your goddamn finger over this way"
「人のことをそんな風に指さすもんじゃねえ」

"Or I'll gnaw your fucking ear off. Get out of here"
「さもないとてめえの耳を食いちぎってやるぞ。ここから失せろ」

と、ものすごい迫力でスゴんでくれた。相手は自分のソーダを床に叩きつけて出て行った。

It was the first time I'd experienced the protection of an older brother. And it felt pretty good.
それは年上の兄弟からの保護というものを体験できた最初の出来事だった。そしてそれは素敵な感じだった。

とロビーは綴っている。わざわざ原文を引用したのは、ここでロビーがリヴォンのことを初めて「older brother (兄貴)」と表現していた点が、印象的だったからである。

再びカナダへのツアーに出発することになったある夜のこと。6人のバンドメンバーでスシ詰めになったキャデラックの車内で、起きているのはハンドルを握るリヴォンとロビーの2人だけになった。ラジオからはハーモナイジング·フォーの「We're Crossing Over」というゴスペルソングが流れている。ナッシュビル発信のWLAC放送の番組だ。

ロビーはボリュームを上げ、「このベースシンガーの人の声、いいよね」とつぶやいた。するとリヴォンからは、「プラターズのベースシンガーのハーブっているだろ。おれ、あいつとは友だちだぜ」という答えが返ってきた。

「本当に?」と私は言った。「リヴォンがそういう音楽を好きだったなんて、知らなかったよ。プラターズのリードシンガーのトニー·ウィリアムスは、ロックンロールの中で絶対に一番いい声してるよね。ねえ、ハウンドは聞いたことある?」

「誰だい?」

「ジョージ"ハウンド·ドッグ"ロレンツだよ。R&Bのディスクジョッキーで、ラップがめちゃめちゃうまくてさ。時々バッファローのザンジバル·クラブから放送してたんだ。おれ、いっつも宿題しながらそれ聞いてたんだけどさ。テーマソングの"The Big Heavy"ってのが、すごく、いいんだよ。ホーンが入ってきたら、ハウンドがクールな深い声で言うんだ。みなさん、ハウンドの時間ですって」

「そいつは素敵だな」とリヴォンは笑った。

「スゴいんだよ」と私は言った。「それでホーンの演奏の切れ目になると音量が下がってさ。ファッツ·ドミノを紹介するんだ。"Comin' at you from New Orleans, none other than the great Antoine Fats Domino"...」

…このシーンでのロビーの興奮した喋り方は、前章で母親に向かって南部での感動体験をまくし立てていた場面の口調と全く同じである。この自伝を書いた時のロビーはもちろん老齢を迎えていらっしゃるわけだけど、好きな音楽の話をする時には今でもきっとこういう喋り方になってしまう人なのだと思う。丸っきりコドモだし、それもオトナからするとやかましくて仕方ないタイプのコドモである。でもそこが、かわいいと言えばかわいい。いくつになっても、関西弁で言うところの「甘えた」な人なのだな、ということが窺える。

リヴォンは笑って煙草に火をつけ、そして言う。「なあ、前にお前をマーヴェルに連れてって、おれの始まりの場所を見せてやっただろ。今度はおれにお前の話を聞かせてくれよ。マジになってギターを始めたのは、いつからなんだい?」

そこから、ロビーの長い思い出話が始まる。おそらくはこの自伝の中でも、ハイライトと言うべきシーンのひとつである。

ロビーが新聞に出ていたメンバー募集の広告に応募し、初めて「Rythm Chords」という名前のバンドの一員となったのは、13歳の時だった。メンバーは全員彼より年上で、地域の学校主催のパーティなどで、リトル·リチャードやチャック·ベリー、エルヴィスのナンバーを演奏していた。

自宅にドーグ·ウィリスという名前のギターが弾ける下宿人が転がり込んできて、ロビーはこの人からいろんなことを教わることになる。彼氏の紹介してくれたヘレンという名前の既婚女性とロビーが初体験を迎えるエピソードなども語られているが、そういう話は私が恥ずかしいのであまり踏み込まないことにする。

1957年の秋のこと。伝説的なラジオDJのアラン·フリードがトロントにやって来て、ロックンロールショーを開催するらしいという情報がロビーの耳に入る。ラインナップはファッツ·ドミノ、ラヴェーン·ベイカー、エヴァリー·ブラザーズ、チャック·ベリー、フランク·ライモン、そしてバディ·ホリー&ザ·クリケッツだ。ロビーはありったけの小遣いをかき集めてチケットを買う。その「聖なる夜」の文学的描写はそれこそロビー節全開なのだが、いちいち翻訳しているとさすがに大変なので、読みたい人は原文を参照されたい。

バディ·ホリーのギターソロに打ちのめされたロビーは、ショーが終わった後、ガードマンの目をかすめてステージに駆け寄り、大胆にもバディ本人に声をかける。

「すいません」と私は叫んだ。「どうしても知りたいんです。どうやったらアンプからあんなに大きな音が出せるんですか?」

彼は私の方を見て笑った。そしてギターのケースを閉じて、私の方に歩いてきた。黒縁メガネが一層大きく見えて、その服装はロックンロール·スターと言うよりも大学生のようだった。

「きみはギターを弾くのかい?」
「はい。練習中です」
「名前は?」
「ロビーです」。私はすぐに答えた。「ロビー·ロバートソン」。

「ロビー·ロバートソン。いいね!」とボビーは笑った。「やり方があるんだ。僕はこのフェンダーのアンプを、2つの12インチスピーカーにつないでた。それである時、片方のヒューズを飛ばしちゃったんだけど、その方がいい音になったような気がしたんだ。だからそのまま放っといたんだ。こういう音を出すためにスピーカーに穴を開けたり、紙を挟んだりしてる連中もいるよ」

私は信じられなかった。バディ·ホリーがかくまで誠実なナイスガイだったということにとどまらず、私があんなにも飢えていたそうした情報を進んで明らかにしてくれたということがだ。自分のギターのもとへと歩み去りながら、ホリーは片手を上げて言ってくれた。「Good luck to ya!」

ロビーは興奮と感動のあまり家に帰れず、レストランで2時半になるまでボーッとしていて、両親からはこっぴどく叱られることになるのだが、それが彼の人生にとって最も重要な夜だったのだということをどう説明すればいいか、彼には分からなかったとある。すごく、分かる気がする。

家庭においては、父親のジェームズ·ロバートソン氏とロビーとの間の溝が、次第に深まってゆく。数年前にロビーの可愛がっていた犬を酔っ払った父親が蹴り上げたという出来事以来、2人はうまく行かなくなっていたのだが、ロビーがミュージシャンになりたいという夢を明らかにしてからは、関係はいっそう悪化した。父親はロビーに対し、またその母親に対しても、些細なことで暴力を振るうようになってゆく。

DV夫にありがちなように、暴力を振るった後のジェームズ氏はいつも「やさしく」なるのだが、ある日2人が手ひどく殴られ、そしてロビーの片目に真っ黒な痣ができた時が、ロバートソン夫人にとっての「終わりの始まり」になる。(どうでもいいけどロビーという人は「begging of the end」という言葉がどれだけ好きなのだろうかと思う)。離婚を決意した彼女の気持ちを、もはやロバートソン氏はどうすることもできなかった。ある朝、彼女はロビーを台所のテーブルに呼ぶ。

「あんたに言っとくことがあるの。座りなさい」。彼女はテーブル越しに、氷のような声でジム(DV夫)のことを語った。「こうなったらもう、言うしかない。きっと私はもっと早くに言っとかなきゃいけなかったんだと思う…あいつはあんたの本当のお父さんじゃないのよ」。

「何だって?違うの?」 私は息を飲んだ。「本当のお父さんじゃないの? じゃ、誰なの? それで、あのお父さんは、誰なの?」

「また話すよ」。彼女はそれが秘密であるかのように、小声でささやいた。そしてそれ以上は言わなかった。

その夜は眠ろうとしても心を抑えることができなかった。たとえそれほど強烈なニュースであっても、自分は動揺する必要なんてないんだと思いたかった。けれども私の心の中には、声が響き続けていた。「自分にはもう、自分が誰だか分からないんだ。orphan(孤児)? bastard(非嫡出子)? stepchild(継子)?」私はさらなる情報がほしくてたまらなかったが、母親の口から自分たちのバックグラウンドが語られたことは、それまでにはほとんどなかった。

数日後になって、母親からロビーの実の父親の話が少しずつ明らかにされる。彼はアレクサンダー·デイヴィッド·クリーガーマンという名前の、ユダヤ人のギャンブラーだった。ハンサムでおしゃれで、懐にカネが唸っているハスラーだった彼氏は、ローズマリー「ドリー」クライスラーの高い頬骨と赤い肌、大きな瞳と輝く微笑み、そして何よりその純粋な心に、ひとたまりもなく恋に落ちた。

ジム·ロバートソンが地に足のついた普通の男性だったとすれば、アレックス·クリーガーマンはそれと正反対の男性だった。ジムからは求婚を受けていたが、彼女の心は揺れていた。そしてジムが兵役にとられると、アレックスとドリーの仲は不可抗力的に深まっていった。

けれどもある日、アレックスはトロント近郊の高速道路の上でタイヤを交換中にトラックから轢き逃げされて、悲劇的な死を遂げることになる。同乗していた彼の友人が、自分は巻き込まれなかったものの、一部始終を見ていたのだった。その目撃者が評判の良くない男だったこともあり、アレックスは事故に遭ったのではなく殺されたのだという噂が立ったが、真相は誰にも分からない。

傷ついたドリーのもとに、「兵役から戻ったら結婚してほしい」というジムからの手紙が届く。自分が既に妊娠していたことに気づかないまま、彼女はその申し出を受けたのだという。

真実を知ったロビーは、むしろ育ての親のロバートソン氏に同情したい気持ちも覚えるが、それでも彼が自分や母親に対してとってきた仕打ちを許すつもりはなかった。スカボローでの日々は終わった。

ドリーはアレックスの兄のモリー·クリーガーマン、そしてその弟のネイティ·クリーガーマンの2人に、ロビーを引き合わせる。2人のおじはロビーの顔や仕草を見て、彼が自分たちの甥であることを確信する。「テストに受かったような気がした」とロビーは書いているが、自分がそれを受け入れたいと思っているかどうかはよく分からなかった、とある。

「さてジェイミー、どう思う?」とネイティが言った。「お前は自分がユダヤ人だったなんて、思ったこともなかっただろう」。

モリーが大きく微笑んで、付け加えた。「ドリー、あんたはその子に、自分がユダヤ人だってことを教えて育てたんじゃないのかい。見なさい。その子の座り方はユダヤ人の座り方だ」。

「ドリー、あんたはいい仕事をしてくれたよ」とネイティが言った。「いい子じゃないか。モリー。いい顔をしている」

…リヴォンの運転するキャデラックは時速80マイル(約130キロ)で、ハミルトンに向かう高速道路を疾走していた。

"Oh, man"ー Levon grinned at me as I wound up my story "you're Jewish? How about that!"
「なんてこった」。私が物語を終えると、リヴォンは歯を見せて笑った。「お前、ユダヤ人なのか?それってどんな気持ちだ?」

At that moment Ronnie rustled awake. "What, who's a Jew? Let me check and make sure I still got my damn wallet." He shook his head and rubbed his eyes. You saying young Robin here's a Jew? You better pull the car over and shake him down."
その時、ロニーがむくりと起き上がった。「何?誰がJew(ユダヤ人に対する蔑称)だって?俺の財布が大丈夫かどうか、確かめねえとな」。彼は頭を振りながら目をこすった。「ここにいるロビンのガキがJewだったって言うのかい?お前、クルマを止めて、放り出してやれ」。

"Aye, aye, Ron," said Levon. "Next chance I get, I'll turn his pockets inside out."
「はいはい、ロニーの旦那」とリヴォンが言った。こんど、こいつのポケットを裏返して、確かめときますよ」。

"Well I'll be damned. Bad enough he was a redskin, now he's a Jew on top of that."
「ったく、呪われてるぜ。Redskin(赤い肌)だけでも充分bad(悪い)なのに、その上Jewだなんてよ」。

"I'm afraid so." I laughed. "Yeah, you could say I'm an expert when it comes to persecution."
「そうでしょうね」と私は笑った。「でも、迫害されることに関してはエキスパートだって言ってもらいたいですね」。

They kidded me the whole drive to Canada, but it became obvious that Levon looked at me differently after I'd shared some of my past. After all those stories, I became somebody he wanted to know. This was the beginning of a brotherhood.
カナダへのドライブの間じゅう、2人は私のことをからかい続けた。けれども自分の過去を打ち明けてから、リヴォンの態度が明らかに変わったのを私は感じていた。そんな話だったにも関わらず、私は彼が知りたいと思っていた誰かになれたようだった。その時が私たちの、ブラザーフッドの始まりだった。