華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

ロビー·ロバートソン自伝「Testimony」読書ノート #8〜12.

#7 Testimony#13

  • リヴォン&ザ·ホークスの集合写真。右からロビー、ガース、リチャード、リヴォン、リック。向かって左の二人は、ロニー·ホーキンスからの独立以降もしばらく行動を共にしていたジェリー·ペンファウンド氏とブルース·ブルーノ氏。

ザ·バンドのギタリストにして稀代のソングライター、ロビー·ロバートソンの自伝「Testimony」の日本語版の発売に先立ち、同書を原書で読み進めて読書ノートをつけてゆこうということで始めたこの企画だったが、巷ではとうとう日本語版が店頭に並び始めたらしく、読み終えた人の感想もちょくちょくネットに出回り始めている。本当にザ·バンドが好きな日本のファンのほとんどは基本的にそれを買うのだろうし、原書の内容を要約して紹介するというこの企画も、今となってはそれほどセンセーショナルな意味は持たない。ロビー自身の綴った言葉を原書で最後まで読み通すという、自分で自分に与えた課題だけは意地でも貫きたいと思うが、今後は自分のためのメモ書き程度の内容として、あらすじだけを綴ってゆくだけのスタイルに変更したいと思う。読んでくれる方にとっては「つまらなく」なるかもしれないけれど、ご容赦ください。

第8章

この章はロニー·ホーキンスとの旅回りの生活がいかにハチャメチャなものだったか、という内容に終始している。新しい登場人物としては、後にザ·バンドとディランとを結びつけるキッカケを作った人物である、ジョン·ハモンド·ジュニアとの出会いが描かれている。

この章の「目玉」は、「ラストワルツ」の映画に出てくる「ジャック·ルビーのナイトクラブ」と「万引き」のエピソードが細かく綴られている点だと思う。私はあの話はロニー·ホーキンスとホークスが別れて以降の話だと思っていたのだが、ロニーも加わっていた話だったとは全然知らなかった。

第9章

この章もドラッグがらみのエピソードから始まる。南部に行った際、リヴォンのコネでマリファナを扱っている男のところに行くのだが、そいつがヘロインも扱っている様子を目の当たりにして、「これ以上深入りするとヤバいかもしれない」みたいなことを思い始めたと書いてある。

ロニー·ホーキンスが結婚し、ステージをサボり始め、バンドメンバーとの溝が深まってゆく。さらにロビーの身辺では、ヤバい商売に手を出していたネイティおじさんが命を狙われはじめ、ロビー自身も身の危険にさらされるようなことが何度か起こる。最終的にネイティは裁判所で懲役6年の実刑判決を受け、収監されるのだが、このことはロビーの心に深い傷を残したとある。

そんな折も折、ロニー·ホーキンスが自分のことを棚に上げ、リック·ダンコとガールフレンドとの関係に口を挟んできたことをキッカケに、メンバーの怒りが爆発。ホークスはついにロニー·ホーキンスと決別し、「リヴォン&ホークス」としてあゆみ始めることになる。ここでもロビーは「心の痛むことだった」的なことを書いているのだが、ここまでドラッグ絡みのことを含め「悪いことは何でもリヴォンが主犯」だったという語り口に貫かれているので、何割かは割り引いて読まねばならないだろうと、私もそろそろ思い始めている。ロビー自身にだって、けっこう主導的に悪くズルく立ち回った場面は、あったはずなのである。

この章で印象的だったのは、ロビーとリヴォンが家族と一緒にバッファローへオーティス·レディングのステージを見に行き、すっかり圧倒されて放心状態で立ち寄ったクラブで今度はアリーサ·フランクリンが出てきたというエピソードだった。「自分たちの人生で最も思い出に残るミュージカル·ナイトになった」とロビーは綴っている。

第10章

ロニー·ホーキンスと訣別したリヴォン&ホークスは、自分たちだけで独自のツアーを開始する。ケベックではかなり荒っぽい客を相手にすることになるが、客席でケンカが始まると曲のテンポを落としてリチャードがメロウな歌を歌い出すというテクニックを身につけ、それで空気をこっちのものにできたと書いてある。大したものである。

ニューヨークでも仕事のできるチャンスが回ってくるのだが、「ツイストを踊れるような曲をやれないならクビだ」とクラブのオーナーに言われてリヴォンがキレて、結局カナダに帰ったりしている。立派なものである。

その後、ジョン·ハモンドのレコーディングに参加するため再びニューヨークに行き、帰りに「パナマ·レッド」と呼ばれる極上のマリファナをお土産にもらうのだが、それを持ったまま国境を越えたところで、メンバーの全員が警察に逮捕されてしまう。このエピソードについては「Caledonia Mission」の記事で詳述している通りなので、細かくは割愛する。

第11章

何とか収監を免れ、再び南部へのツアーに出たホークス。途中で「ブルースの都」シカゴに立ち寄り、マディ·ウォーターズのステージを見たり、ポール·バターフィールドが家に隠していたマリファナをちょろまかしたりする。実にケチなエピソードなのだが、その描写にえらく多くの文字数が使われている。

テキサス州ダラスのフォートワースでジュニア·パーカーのステージを見に行った際のエピソードでは、当時のそうした場所における「人種間の緊張」をかれらが経験した様子が、生々しく描写されている。強い印象の残る場面だった。

第12章

リヴォン&ホークスの旅暮らしの経済状況は、極めてシビアなものだった。この章の冒頭では、リヴォンの地元で彼の悪友を通じ、ポーカーの賭場荒しをやる計画が持ちかけられたという話が明らかにされている。ピストルで武装し、覆面で顔を隠して実際にその家を襲うところまで行ったのだけど、行ってみたらその日は賭場が開かれていなかった。という感じの「オチ」がつけられていたのだが、どうなんだろう。本当はもっといろいろエグいこと、やってたのかもしれない。

続いて語られるのは、リヴォンの地元でサニーボーイ·ウィリアムソン二世を訪問した時の有名なエピソードである。これについても「ラストワルツ」特集をやった時に触れているので、ここでは繰り返さない。内容についてもリヴォンの自伝に書かれていたことの方が、細かいところまで描写されていた。自分の地元で経験したことだっただけに、リヴォンには一層その記憶が生々しかったのだろうと思う。

1965年の夏、ニュージャージー州のクラブで演奏していた期間に、ロビーたちはレコーディングの機会を求めてそこから目と鼻の先にあるニューヨークへと足繁く通うのだが、その際、ロビーはジョン·ハモンドに連れられてコロムビアレコードを訪れ、「ライク·ア·ローリングストーン」を録音したばかりのボブ·ディランと会い、そのテープを聞かせてもらったということが書かれている。そんな話は全く初耳だったので、ちょっと驚いた。リヴォンの自伝では、当初ホークスのメンバーたちはラジオを通じてしかディランの名前を知らなかったと書かれていたのだけれど、ずいぶん印象が違っている。

その後、ディランのマネージャーのアルバート·グロスマンから連絡が入り、「ボブと会ってほしい」と伝えられる。いよいよ次の章では、ディランが本格的に登場することになる。というわけでまたいずれ。