華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

個人声明2019.10.22 / My Personal Statement 22th October 2019.



天皇および天皇制は私の敵であり,人間の歴史から差別と戦争が廃絶されることを願って生きているすべての人々にとっての敵である。
Tennno is my enemy. The Emperor system is my enemy. And they are the enemies of all the people who long for a world without wars and discrimination.
天皇是我的仇敵。天皇制是我的仇敵。而且,是所有希望從人類歷史中廢除歧視和戰爭的人共同的仇敵。

近代以降、日本という国家は差別と戦争を「正義」であると公言し、あらゆる悪行をほしいままにしてきたが、そのすべては「天皇の名において」正当化されてきた。天皇制という邪悪な制度が存続しかつ更新され続ける限り、日本という国家は誰はばかることなく「同じこと」を繰り返し続けることだろう。
Since the early 20th century, the nation of Japan has declared that wars and discrimination are of JUSTICE and therefore has committed many atrocities, which were justified for the sake of Tenno. We could say that it is inevitable that the nation of Japan would repeat the same mistakes as long as the evil emperor system exists.
近代以來,日本公然聲明歧視和戰爭是「正義」, 犯下無數惡行,這一切都在天皇制下得到正當化。只要天皇制這一邪惡的制度還在存續,日本這個國家一定會不斷再犯下同樣的罪惡吧。

ムッソリーニは民衆によって吊るされ、ヒトラーは自殺に追い込まれたにもかかわらず、ヒロヒトという人間は自分一人が助かるために自分の判断で沖縄や広島·長崎の無数の人々の命を「犠牲」にし、かつそれを「やむを得ないことだった」と放言しながら、アメリカの軍事力をはじめあらゆる「力」を利用の対象として死ぬまで「同じ身分」にとどまりつづけた。未来における世界史の教科書にかれの名前が20世紀最悪の独裁者として刻まれるであろうことは疑いを得ないが、この日本という地に生まれて20世紀を生きた人間たちがその「邪悪の象徴」に「自分の手で」決着をつけることができなかったことは、我々の世代が未来永劫にわたって背負いつづけなければならない恥辱である。
Mussolini was hanged by Italian people; Hitler was forced to kill himself, while Hirohito clung on to his authority at the cost of countless people’s lives in Okinawa, and Hiroshima, Nagasaki, and he succeeded in staying at the same position by making full use of every sort of power including the U.S. military. I’m sure that the textbook of world history in the future would write something like he was the most evil dictator in the 20th century. It must be our inexcusable shame that we Japanese people couldn’t overturn the evil by ourselves during the previous century.
穆索里尼被民眾施以絞刑,希特勒被逼自殺,HIROHITO卻為了使自己一個人免遭一死而犧牲了長崎廣島無數人的性命,並聲稱此乃不得已而為之,利用以美軍為首的各方力量,至死保存自己的名分。未來的世界歷史教科書里他的名字必將作為20世紀最十惡不赦的獨裁者出現,然而生於日本這片土地,並成長於20世紀的人們,並沒有能夠親手了結這個邪惡的象徵,這是我們這一代人永劫難逃的恥辱。

天皇制という歴然たる身分差別制度に反対の声をあげ、かつそれを行動で示すことは、今の時代にこの日本で生まれた人間が「人間の歴史」に対して果たすべき当然かつ「最低限」の責務であると言えるだろう。その「最低限」のことさえできない人間たちが海の向こうまで出かけて行ってやれ地球の未来を考えていますだのやれ戦争に心を痛めていますだの言ってみたところで、誰からも信用されないに決 まっている。
Needless to say, it is the duty of us Japanese people to protest against the discriminatory aristocracy, theTenno system. It must be our necessary and MINIMUM duty to the entire human race. I know that people around the world may not trust us and as long as we are still neglecting this important duty, we have no right to protest wars or participate in the process of creating the future for the planet.
對天皇制這一明顯有身份差別的制度以實際行動表示反對,是這個時代活在日本的人們對人類歷史應當付出的最低限度的責任。這最低限度的事情也做不了的人,即便去到海的另一邊,考慮地球的未來,說著自己因戰爭而心痛,也必然無法被人相信。

私自身はそう信じそのように行動してきたつもりでいるし、また少なくともその「決意」だけでも明らかにすることを抜きにしては、海外の友人たちは、とりわけアジアの友人たちは、決して我々日本人に対して、本当には心を開いてくれないものだということを、痛感させられてもきている。
I believe in it and acted this way. I also learned that friends from all over the world, especially friends from Asia would never open their minds for us as long as we don’t show our determination to take up our duty.
我自己就是這麼相信的,也決定這樣行動,並且我痛感如果不將這份決心公開的話,國外的朋友們,尤其是亞洲的朋友們,絕不會對我們日本人真正敞開心扉。

それにも関わらずこの2019年10月22日、日本で生まれた我々はまたしても、この島の支配階級の人間たちによって、天皇制という血塗られた制度が「更新」されることを「許して」しまった。
Nevertheless, October 22th, 2019, Japanese ruling class coercively held the succession ceremony of the bloody emperor system. We Japanese people failed to stop that again.
然而2019年10月22日,出生於日本的我們,又默許了支配著這個小島的人們將天皇制這一沾滿了鮮血的制度更新。

屈辱だとしか言いようがない。 他には何も言葉が出てこない。
It's a great humiliation on us. I cannot say any other words.
我只能說是屈辱。除此之外,我想不出其他的詞彙來形容。

自分の言葉は本当にただの「言葉」でしかなく、そこには何の「力」も宿っていないのだということを、今日ほど思い知らされたことはない。
Now I feel that my words are no more than just “words” and do not have any power in them.
我今天才發現,自己的語言真的僅僅是語言,當中並沒有蘊含任何力量。

しかしながら私はまだ自分の言葉を手放していないし、それは私が自分から手放すことのない限り誰にも奪えないものなのだということを知ってもいる。
However, I still don’t let go of my words. And I know that nobody can deprive of my words unless I abandon them by myself.
但即便如此,我也沒有放棄我的語言,我知道只要我自己不放棄,別人也無法從我手中奪走。

今この日本語世界に何千億の文字が飛び交っていようとも、「権力におもねった言葉」というものはその「権力」と共にいずれは滅び去る運命にある。歴史の検証に堪えうるのは、それに抗い通した言葉だけである。100年後の世界を生きる人たちに読まれて恥ずかしいような文章を、私は書こうとは思わない。
Even if billions of Japanese words are fluttering about this moment, Every obsequious word is doomed to vanish when the authorities is overturned. Only the words that accomplish the struggle against power can survive the historical judgement. I don’t want to write any words that cannot be shown to people in the future.
即便今天這個日語世界里存在幾千億字詞的交流,我相信「承載著權利的語言」會和權利一起毀滅。能夠承受歷史檢驗的,只有持續與其抗爭的語言。我不會寫,讓百年後的人們讀來覺得可恥的文章。

私たちは最後まで抗い続ける。
We will keep on struggling.
我們將繼續鬥爭。

 2019.10.22記
nagi1995.hatenablog.com