華氏65度の冬

うたを翻訳するということ

Turn It into Love もしくは愛が止まらない (1988. Kylie Minogue)



このかん、80年代の楽曲を連続して取りあげる中で、Winkの「愛が止まらない」の原曲だったこの歌にも再会し、思わず知らず動画に見入ってしまった。私が小学生だった頃に女子に最も人気のあった男性歌手はといえば、まあ光GENJIだったと思うが、女性歌手はといえばこれはもう圧倒的に他の追随を許さないぐらいに、Winkだったと思う。「ルームライト消す指は震え」みたいな歌詞を当時私のクラスメートだった吉田真由美さんや米田奈都子さんはどう理解して口ずさんでいたのだろうと思うと妙な気持ちにならないでもないのだけれど、とにかく廊下を行き交う女の子の誰もが誰も、あの「ちぎっては投げちぎっては投げ」のダンスを真似しながら踊り歩いていたことを鮮明に覚えている。

私はちなみにWinkと比べるなら「一生懸命さ」 がストレートに伝わってくるBabeの人たちの姿の方が好きだったのだけど、並べて語られることの多かったこの二組の間でもWinkの醸し出す「王者感」は歴然としており、Babeはあたかもその「引き立て役」みたいな感じで扱われていたことが、子ども心にやるせなかった。思えば私は小さい頃から、そんな風に「頑張っているにも関わらずライバルと比べて正当に扱われていない感のある人たち」の側に、心惹かれてしまう傾向がある。物心ついた時分から、私が好きだったのは松田聖子さんよりも圧倒的に中森明菜さんだったし、もうちょっと時間が経ってからで言えば宇多田ヒカルさんより倉木麻衣さんだったし、さらに下ってからで言うなら松浦亜弥さんより藤本美貴さんだった。それから後の時代のことは知らない。こういう名前の出しかたをすることは、あるいはその当事者の人たちに対してとても失礼にあたることなのかもしれないけれど、私にはその「不公平感」まで「一緒に引き受けた」上でその人たちに心の中で声援を送っていた自負があるので、言わせてもらってもバチは当たらないと思う。ただしそういう「評価」を「客観的なところ」から並べてみせる人間たちというのは、ただ単にその人たちのことを「disって」いるだけなので、私は許さない。

私が今回この歌に「特別な感慨」を呼び起こされるに至ったのは、そういえば小学校時代のいつだったかの運動会で、この歌の「英語バージョン」が入場曲として使われていたことを、YouTubeの動画から思い出させられたからである。今にして思えばそれがこのカイリー·ミノーグさんの「Turn it into Love」だったわけだけど、「愛が止まらない」をそのまま使わずにあえてその「原曲」を使っていたところに、当時20代とかで職員室では非力な立場に置かれていたはずのあの先生やあの先生たちが、ここぞとばかり「自分の趣味」を押し込んでいたのだろうなということが感じられて、しみじみした気持ちにさせられたのだった。そういう教師たちの「抑圧された日常」みたいなものにまでは、さすがに子ども時代には想像が及ばなかったものだけど、あの人たちはあの人たちでたとえ運動会のBGMの選択ぐらいのことにも「束の間の解放」を求めていたのだろうなということが「わかる」ようになったことを思えば、自分が年をとったこともムダではなかったような気がしてくる。

カイリー·ミノーグというどことなく不思議な響きの名前を持ったその人が実はオーストラリアの歌手で、当時世界で最もセクシィな男と呼ばれていたINXSのマイケル·ハッチェンス氏と付き合っていた人だったといったようなことは、こういうブログを始めることのない限り私が一生知らないまま終わっていたはずのことだったと思う。日本ではヘイゼル·ディーンというイギリスの歌手が歌ったバージョンが先に発売されるというややこしい経過をたどったらしいが、元々からしてカイリーさんのデビューアルバムの収録曲だったとのことなので、ヘイゼルさんのバージョンについてはこの記事では触れない。なお、この曲がシングルカットされてかつ爆発的に売れた国というのは「日本だけ」だったとのことである。

さてこの曲、当初は「どうせアイドルの曲だから」ということで軽い気持ちで取りかかったのだが、いざ歌詞を翻訳する段になると思いの外、大変な曲だった。「これしきの曲でこんなに手こずることになるなんて」と思ってしまった自分の感覚というものを、私は恥じねばならないと思う。ディランやらモリッシーやらの手になるヒネくれまくった歌詞を今までに何曲となく翻訳してきたという自負がいつの間にかそうした慢心を生んでしまっていたのだと思うが、およそ人の記憶に残っている歌の中に「これしきの歌」呼ばわりしてもいいような歌など、実はひとつも存在しないはずなのである。青春というものが誰にとっても「かけがえのないもの」であり、「それしきの青春」呼ばわりされていいような青春など世の中にひとつも存在していないのと、それは同じことなのだ。というわけで、以下、試訳。


Turn It into Love

Turn It into Love

英語原詞はこちら


Do you believe I'd let you down?
Your jealous heart gave you the run-around
You couldn't see that I would always be your friend
If you can look inside your heart
And understand what's tearing you apart
You gotta trust someone
Don't let hate get in the way

私があなたをガッカリさせるなんて
本当に思ってるわけ?
あなたがバタバタしてるのは
自分のジェラシーのせいだよ。
私はこれからもずっと
あなたの友だちなんだってことが
わからないかな。
自分の心の内側をのぞいてみれば
何があなたの気持ちを引き裂いているのか
わかると思う。
誰かのことを信じることが
あなたには必要なんだよ。
憎しみにジャマをさせちゃいけない。


Just turn it into love, turn it into love
And open up your heart
And you'll never feel ashamed
If you turn it, turn it, turn it into love

ただそれを愛にしてくれたら
愛にさえしてくれたならそれでいい。
そして自分の心を開くこと。
そしたらもう
恥ずかしいなんて思うことはない。
愛に変えてくれることさえ
愛に変えてくれることさえ
愛に変えてくれることさえできれば。


When all your other friends are gone
I'll still be here to help you carry on
If you have faith in me
Then I'll believe in you
You are the first thing on my mind
Do you believe I wouldn't have the time?
I have to make you see
You can't push the pain on me

あなたの友だちが
みんないなくなってしまっても
私はここにいて
あなたがあきらめなくてもいいように
手伝ってあげるよ。
あなたが私のことを信じてくれたなら
私もあなたのことを信じる。
私の心の中で一番優先順位が高いのは
あなたのこと。
私があなたのために時間をとることは
ありえないって思ってるわけ?
あなたが私に痛みを押しつけることなんて
できないんだってことを
私はわからせてあげなくちゃいけない。


Just turn it into love, turn it into love
And open up your heart
And you'll never feel ashamed
If you turn it, turn it, turn it into love

ただそれを愛にしてくれたら
愛にさえしてくれたならそれでいい。
そして自分の心を開くこと。
そしたらもう
恥ずかしいなんて思うことはない。
愛に変えてくれることさえ
愛に変えてくれることさえ
愛に変えてくれることさえできれば。


Just turn it into love
Just turn it into love
Just turn it into love
Just turn it into love

ただそれを愛にしてくれたらいい。
ただそれを愛にしてくれたらいい。


If you can look inside your heart
And understand what's tearing you apart
You gotta trust someone
Don't let hate get in the way

自分の心の内側をのぞいてみれば
何があなたの気持ちを引き裂いているのか
わかると思う。
誰かのことを信じることが
あなたには必要なんだよ。
憎しみにジャマをさせちゃいけない。


Just turn it into love, turn it into love
And open up your heart
And you'll never feel ashamed
If you turn it, turn it, turn it into love
Just turn it into love, turn it into love
And open up your heart
And you'll never feel ashamed
If you turn it, turn it, turn it into love
Just turn it into love, turn it into love
And open up your heart
And you'll never feel ashamed
If you turn it, turn it, turn it into love

ただそれを愛にしてくれたら
愛にさえしてくれたならそれでいい。
そして自分の心を開くこと。
そしたらもう
恥ずかしいなんて思うことはない。
愛に変えてくれることさえ
愛に変えてくれることさえ
愛に変えてくれることさえできれば。

=翻訳をめぐって=

「turn into 〜」は「〜になる/する」あるいは「〜に変わる/変える」という意味の熟語である。「turn it into love」は「それを愛にしなさい/変えなさい」という命令形のフレーズであるということになる。

では「何を」愛に変えろ、と言っているのだろうか。それが問題なのだ。

前段の歌詞に「hate(憎しみ)」という単語が出てくることから、「憎しみを愛に変えなさい」と訳している例を他サイトでは見たのだが、それはちょっとありえないだろうと私は思う。そんな「無茶な注文」があるだろうか。それに歌詞をよく読んでみると、彼氏の「hate」はどうやら「ジェラシー」に発しているようなので、カイリーさんに向けられた「憎しみ」ではなく、おそらくはカイリーさんが親しくしている「別の男」に向けられた「憎しみ」なのである。それを「愛に変えなさい」というのはつまるところ「その男のことを愛しなさい」と言っていることになるが、この歌はそんな歌ではないと思う。カイリーさんが「愛に変えてほしい」と訴えかけているのは、カイリーさん自身とその彼氏との「関係」それ自体であると、ここでは解釈すべきではないのだろうか。

だとすれば「turn it into love」はその「二人の関係」を丸ごと「愛と呼ばれる状態」に移行させてほしいといったような呼びかけであることになるが、それを「フツーの日本語」に翻訳しようと思ったら、どう言ったらいいのだろう。このことが本当に、難しかった。最初はやや冗長ながら

あなたの私に対する気持ちを
あなたの意志で愛に変えてくれればいい。
ただそれだけ。

という訳し方をしてみたのだけど、よくよく考えてみるならば彼氏の中に最初から「彼女のことを愛する気持ち」は、「ないはずがない」のである。「愛が存在する」からこそ「ジェラシーが発生する」わけなのだし。しかしその「愛」が「心の中の気持ち」にとどまっている限りにおいては、「関係」が「愛」へと発展することは、まずありえない。だから彼女は彼氏に対し、何らかの具体的な「行動」を通してその「関係」を「愛に変える」ことを呼びかけているのだと考えられる。つまり「turn it into love」とは「気持ちを切り替えてほしい」といったような呼びかけでは「ない」のである。

じゃあ「it(それ)」とは一体「何」なのだろうか。「it(それ)」を「turn(ひっくり返す)」すれば「love(愛)」になるということがここでは歌われているわけだけど、「ひっくり返」せば「愛」になるような「それ」って一体何なのだろうか。て言っかそもそも、「愛」って一体「何」なのだろうか。

…ここに至ってとうとう「考えてはならない領域」に、私は脚を踏み込んでしまったわけなのである。結果、この歌詞の翻訳作業はドツボってしまい、試訳には「それを愛にしてくれたらいい」という敗北宣言にも似た直訳しか掲載できなかったわけなのだけど、いずれにしてもこの歌に歌われている「愛」という言葉は、相手や自分の内側にある「気持ち」のことではなく、双方の間にある、あるいは双方を包み込んでいる「関係」や「状態」の総体を指している。その「不可逆的な状態」に勇気を持って「突入」してほしいといったような、けっこう退路を断った迫り方を、歌い手の彼女は彼氏に対してしているような印象を受ける。原詞の持っているそうしたリアルな緊張感を日本語を使ってうまく再現することができなかったのは、完全に私の限界である。

それにしてもそんな風に考えてみると、「あなた」や「私」ではなく「愛」そのものを主語にしたこの歌の邦題「愛が止まらない」は、直訳でこそないもののこの歌が持っている「風景」を極めて的確に把握した上でつけられたものではないかと感じられ、ウナらされずにはいられない。日本語歌詞の内容も原詞とはまるっきり違ったものになっているのだけれど、それでも例えば「心ごと止まらない」といったような言葉の使い方には、ハッキリと「原詞の世界とのつながり」が感じられる。さらに、他サイトの人が指摘していたことだけど、「あなたにドラマ始まっている」というフレーズの響きには「turn it into love」という原詞の響きが確実に「エコー」させられている。ものすごい日本語使いがいたものだ。誰だったのだろう。日本語詞を書いた人。及川眠子さんか。うーむ。

「恋が走り出したら君が止まらない」という福山雅治の歌を実質的に作詞したのは、この人だったのではないだろうか。いや、やめよう。敵を増やすようなことを書くことは。

その他、自信がなかったのは

Do you believe I wouldn't have the time?
I have to make you see
You can't push the pain on me

という部分の訳し方で、原詞から「歌の風景」を思い浮かべることが全然できなかったもので、私の「想像訳」に近いような内容になっている。もっと正確でかつリアルな翻訳な仕方ができる方がもしいらっしゃったら、指摘していただければ幸いです。


Wink 愛が止まらない

…30年ぶりぐらいに見たPVなのだけど、昔あれほどオトナに見えたお二人の顔が今の自分には完全に子どもにしか見えなくなっていることの衝撃もさることながら、一番最後に二人が「マネキンになるシーン」が目に飛び込んできた時には、そのあまりの「決まり方」に「くわっ」という声が漏れてしまった。「人形になる」ということは「命を失うこと」とイコールなことであるわけだけど、それと同時に「永遠に年をとらない存在に変わる」ことでもあるわけで、それを二人は誰かに強制された結果として受け入れたのか、それとも自分たち自身の意思で選び取ったのか。いずれにしてもビデオの中の時間が「止まった」瞬間に、私自身もあの時代の時間の中に「引き戻される」ような感覚をおぼえたことは、改めて記憶しておきたい。

これからは「鈴木祥子さんが好きです」と言うたびに「あああのWinkの…」という返事が返ってきても、いちいち訂正しないことにしようと思う。ではまたいずれ。


=楽曲データ=
Released: 1988.7.4.
Key: G